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旅は道連れ世は…なさけねぇ

○種族:ゴブリン
○特徴:成人しても子供ほどの大きさにしか成長しないが、人間離れした怪力を持つ。
    耳は長く先端が尖り、頭部に角を生やしている。
    また群れで行動する事が多いため、少人数で遭遇した場合は要注意。









「ってのがゴブリンの特徴だったんだよな。」
 しみじみと呟く。
 誰に言い聞かせるでも無いが、言わなきゃやってられない時もある。
 例えば山の中で薬効のあるキノコや薬草を探しても全然見つからない時とか。
「第一さ、伝え聞いてる話って出鱈目なんだよ。お陰で、ああ、もう!」
 思い切り木を蹴り付ける。
 樹齢100年はありそうな木は全く揺るがず、ただ足が痛いだけだった。


「おーい、そっちの成果はどうだー。」
「さっぱりだよ。こんちくしょう。」
「へっへー。あたしの勝ちだー。」
 背中の篭に薬草やらキノコやらを大量に詰め込んだ相棒がぴょんぴょんと飛び跳ねる。
 俺の身長は並の男連中はもちろん娘連中といい勝負ってぐらい背が低い。
 成長期が短かったんだ。きっとそうに違いない。
「今日は調子が悪かったんだよ。」
「今日も勝ったー。」
 反論する気も起きないまま、軽い篭を背負い直す。
 そして俺よりも一回りも小さい相棒の頭に手を置く。
「あわわわー。」
 相棒の土色帽子ごと頭をぐいぐいとこねくり回す。
 もう頭を右に左に揺らす勢いで。
「えっへへー。」
 かなり雑な扱いだが相棒は嬉しそうに笑いながらされるがままにしている。
 まぁこれが俺とこいつのいつものやり取りだ。
 俺はよくやったと褒めるのは照れくさかったりするので頭を撫で回す事にしてる。
 見た目も中身も子供っぽい相棒なので自然とこちらの態度もそうなってしまう。
「これで新しい街にいけるねー。」
「つか、服とか良いのか?」
「いらなーい。」
 甘えるように擦り寄ってくる相棒。
 これが男なら首に手を回して、絞め落とす所だ。
 頚動脈を狙った「おとす」首絞めは得意なんだ。
 擦り寄ってくる相棒から漂う女の子特有の甘い匂い。
 自然と表情が緩む、が。
「オイ。」
「んー。」
 相棒の手を掴んでどける。
 街中で大声じゃ言えない部分をまさぐっていたのだ。
「だってー。あたし勝ったよー?」
「外でやるのはやめようって言ったろが。」
「えー。ふつーだよ。」
「そりゃ魔物の都合だろうが。」


 ゴブリン。それが相棒の種族名だ。
 小柄で怪力で悪戯好きの小鬼。
 趣味はえっちな悪戯で、好きな事はえっち。
 良くも悪くも魔王の影響を受けて男連中は感涙の世界になっている、らしいのだ。
 禁欲を掲げる教会からすれば魔物は滅ぶべし、王国としても教会に睨まれると不味いので基本的に魔物死すべし。
 つまり世の一般的な見解は魔物はやっつけろと言っているわけだが、実際はそこまで危険な連中じゃなかったのだ。
 それを知ったのは1年前、相棒のコリンに出会った時。
 危険っていえば危険だけど、どっちかと言えば貞操の危機だった。
 しかも帽子を被っていたので最初は「罠にかかって女の子に逆レイプされた」と言うのが正直な感想だった。
 別に集落に連れ込まれて延々と「種馬」にされるわけじゃないので、どっちかと言えば得した気分。
 その最初に会った時以来、コリンとはずっと旅をしている。
「ねーねー。絵、描いてー。ほらほら、絵、絵ー。」
「動き回ったら描けないだろ。」
 宿の室内で駆け回るコリン。
 何でも俺の描く絵が好きなんだとか。
 よく自分の絵を描いて欲しいとせがむんだが、じっとしていられない性質なので未だに完成したことが無い。
「じゃあえっちしよー。」
「その前に次の街に行く準備だ。」
「えー、えっちー、えっちー。」
 魔王の影響で魔物は性に関して正直だ。
 ただ街中でこれをされると凄く困る。
 外見が小さな子供だから良くて白い目、悪ければ自警団に通報されてしまう。
 つか実際に通報された事があった。
 とても悲しかった。
「馬車の手配と運賃か。あと当面の食糧と……んむ。」
 甘い匂いと柔らかい感触。
 僅かに遅れて思考の海から戻ってくると、目の前にコリンがいる。
「ん、んちゅ、ん、ん〜。」
 唇を啄ばむようにキスをしたり、軽く舐めたり。
 大人のキスと子供のキスがあるなら、丁度中間のようなキス。
 甘えるように擦り寄りながらも貪欲に快楽を求めようとする。
 次第に舌の動きが活発になり、口の中にまで入り込んで舌同士を絡めつかせてくる。
 こちらも髪を梳くように手を回して頭を固定し、自分からも舌を絡める。
 鼻に抜ける声と、ぴちゃぴちゃ唾液の混じる音。
 顔を離すと唾液の糸がつぅと引かれる。
 すっかり顔を上気させたコリンをベッドに横たわらせると、いつもの科白。
「2回。それ以上はやらんぞ。」
「ええー。」


 夕焼け空にカラスが鳴く。
 その声に合わせるように室内から甘い声が響き始めた。



 5ギル硬貨が10枚。10ギル硬貨が5枚。
 50ギルと100ギルがそれぞれ3枚ずつ木の机の上に置かれている。
 宿代で30ギル払って、今日の売上げで50ギル貰って、馬車に乗るなら大体25〜60ギル。
 護衛も兼ねるなら20ギルくらいで、でも次の街まで馬車で3日だから最小60ギル、最大180ギル。
 次の街の宿代で2日で100ギル払うとすると。
「こんなもんか。」
 500−180−100=220
 砂の上に描いた数字を見てうなずく。
「馬車で3日だけど、盗賊が出るって話だからなー。二人じゃ危ない。」
 水と食糧、馬車と歩きの差。危険度。色々と考える。
 コリンは魔物だからかそれとも単に才能か、物を探したり悪戯したりは得意だ。
 ところがこういう金銭感覚や計画性はゼロだ
 まさに子供。まさに魔物。
 いや、頭の良く回る魔物もいるらしいけど、会ったことないし。
 それはさておき。取り得の少ない俺はこういう所で努力しなきゃいけない。
「森から行けばいいか。見つけた薬草を乾燥させて、森の動物とか狩れば。ん、得だな。」
 運が良いことに俺は簡単な文字の読み書きや計算ならできる。
 辺鄙な村ならそれだけで生計を立てることが出来るくらい便利なのだ。
 最近は教会の教えとかで文字の読み書きが出来る人が多いが、計算は商人でもない限りあまりやらないのだ。
 自慢じゃないが、俺は4桁の計算が出来るのだ。
「商人には勝てないけど。」
 商人は8桁の計算が出来る人がいるとか。
 何だそりゃ。どんだけ硬貨の山に埋もれているんだよ、アンタは。
 5000ギルを5ギル硬貨にしたら1000枚だぞ。
 金貨袋が平均100枚入るとして、10袋。
 50000ギルなら100袋。
 500000ギルなら1000袋。
 5000000ギルなら10000袋。
 50000000ギルなら100000袋。
「駄目だ。想像もつかん。」
 砂に描いたゼロの数を数えるだけで頭痛がしてきた。
「あーもう。だから商人は嫌なんだよ。」
 砂の入った箱、計砂器に蓋をする。
 商人が使う計算器は高くて買えないが、俺らにはこの計砂器で十分だ。
 一々計算するたびに外に出たり高価な高価な羊皮紙を使うよりよっぽどお得だ。
「この便利さが何でコリンにはわからないのかなー。」
 ぐぐーっと大きく伸びをする。
 頼りになる小さな相棒はとても満足げな顔で寝息を立てている。
 その頭から突き出ている小さな二本角。
 眠りこける姿は、角を除けば人間と何も変わらない。

「人間と魔物か。」
 ガラにもなく感傷に浸る。
「あーもう俺には似合わねえっての。」
 シリアスモードに入った自分を無理やり盛り上げて、コリンの隣にもぐりこんだ。





「兎げっとー。」
「こっちもだ。」
 普段は大雑把なコリンだが、罠を作るのはとても上手い。
 野草探しが上手いのも罠作りが上手いのも、周囲の地形を知り尽くしているから。
 本人曰く「ばれないよーにすると楽しいー」だそうだ。
 つまる所、「隠れる場所は無いか」「ここなら隠れやすそうだ、ここはどうかな」「あれ、なんだろうこの草」「ここなら罠が見つかりにくいぞ」とか。
 森の中ならコリンの方が並みの冒険者より一枚上手なんだ。
 かくいう俺は特技も何もないので普通に狩ってる。
「2羽同時か。相変わらずすげーな。」
「んやんや、ナイフで兎やっつける方が凄いー。」
 コリンは時々妙な褒め方をする。例えばこの狩りのやり方とかだ。
 別にナイフで兎狩るの位普通だろう。
「んやんや、あんなにすばしっこい兎をどーやってやっつけてるんだー?」
「こう、ざくっと。」
 兎を捌いているナイフを逆手に持ち、垂直に降ろす。
 その証拠に、俺の捕まえた兎は脳天に穴が開いている。
「逃げられるよー、ふつー。」
「音を立てたら逃げるだろう。だから音を立てないように近寄るんだよ。」
「むりむりー。」
 馬鹿話をしながらも俺たち二人は手際よく兎を捌いていく。
 2羽は香草を腹に入れて香草蒸し。
 残りは立ち昇る煙を使って軽く燻製し、蒸し焼きが出来上がるまで毛皮をなめす。
 魔物にはこんな面白いやつがいるんだとか。
 人間の社会には流行ってのがあってその時々によって服装とかを変えるんだとか。
 お互いの知らない事を教え合ったり、これからの事を話したりと会話が尽きない。
 コリンと一緒になって以来はこういう風に過ごす事も多くなった。
 一人の時はなんていうか、こう、暗かった。
 だからあの時罠にかかってえらく赤面ものの体験をしたけど、出会えて良かったと思っている。
 恥ずかしいから絶対に言わないけど。


「いよぉっし、街に着いた!」
「着いたー。」

 と喜んだのもつかの間。
 門番のいない街門をくぐると眉をひそめる。
 街の空気が穏やかじゃない。
 活気が無いと言うよりは空気が張り詰めている。
 歩いている人も、洗濯物を干す人も押し黙ったまま。
 遠く見える領主の城へと続く石畳が妙に冷たく感じる。
「あの、この街っていつもこんなに静かなんですか?」 
 たまたま歩いているおばさんに声をかける。
「いや、いつもこんな感じだよ。」
 返事をするのも億劫な感じでちらりとこちらを見て、のそりと歩き出す。
 何かあるのは違いないが、深く突っ込んではいけない。そう感じ取った。
 おばさんの丸まった背中が追求を拒んでいた。

 宿の一室に入るとベッドに腰掛けて一息つく。
「何か変な街ー。」
「コリン。ちょっと慎重に行こう。」
「えー、なんでー。」
「あと声も小さくしような。」
 ぼふとコリンの頭を撫でる。
 コリンは不満そうにしながらも、こくりと首を縦に動かす。
「この街は一泊したら出よう。」
「えー?」
「俺は何となくここより森の方がいい。」
「まーいーけどねー。」 
 小柄な体をばふりとベッドに横たえると脚をばたつかせる。
 恐らく今コリンの頭を覗き込んだら疑問符がぎっしりと詰まっているだろう。
 コリンの頭が悪いわけじゃない。
 魔物には理解できない、人間が持つ変な部分がこの街の活気のなさの原因だと思う。
 結局俺にも何が何だか良くわからないけど、長居したくない思いだけはどんどんと強くなっている。
 はっきり言って宿代はいいから街を出たいくらいだ。
 何でこんなにもいやな感じがするのかわからない。
 第一、前の町では変な噂も無かったし、俺たちが着く数日前には同じ街から出た馬車が到着してるのだ。
「ここみたいにでかい街で起きるとしたら、戦争か?」
 この辺一帯を治める領主の城下町なんだからでかいのは当たり前。
 他に街の活気が無くなる理由といえば。
「領主の我が侭くらいか。」
 深々とため息をつく。

 ここ最近、魔王の勢力が拡大しているらしい。
 教会連中は語る。今こそ我々人間が清廉潔白となりて邪なる魔物を打ち滅ぼす時だと。
 辺鄙な村にまで教会騎士団が来るほどなんだから決戦も近いのだろうと子供の頃は思った。
 キラキラ光る白銀の鎧に子供達は皆憧れて、将来は教会騎士になるんだと口々に言っていた。
 俺も昔はそうだった。考えを変えたのはコリンに会ってからだけど。
 いや、あの時だったかな。あんまり覚えてないな。
「世の中不景気だな。」
「いつものことー。」
 魔王の勢力拡大と同じ頃、各地で行方不明者が頻発した。
 教会も国の兵士も魔物の仕業だって言っていた。
 けど大きな街や城の近辺でも行方不明者は発生していたのだ。
 それを知ったのは村を出て旅をして暫くの事だったけど、アレは驚いた。
 自由な身の冒険者や傭兵は忠誠もご近所付き合いなんて無いから、本音が聞ける。
 魔物の姿も見えないのに行方不明者が発生しているのは、領主達のせいだ。
 理由は知らないけど、教会の裏の顔に関係しているんじゃないかって噂だ。
 裏って何だろう。聞いてみたら年配の傭兵が静かに笑う。
 清廉潔白なんてのは存在しない。
 その時は思い切り反発していたっけ。
 コリンと会って、魔物の事を良く知ってからは正直悩んでいる。
 魔物は悪だ滅ぼすべきだと言い続ける教会。
 でも実際の魔物は殆ど人を殺さず、むしろ生かそうとしている位だ。
 魔物との間に生まれた子は魔物になるから、このまま魔物が増え続けたら人がいなくなるかも。
 そう思ったけど、たぶんその前に魔王が何らかの手を打つだろうな。
 人がいなくなると困るのは魔物だから。
「良くわかんないのは教会の連中なんだよな。」
「んー。また悩みごとー?」
「あー、タダの独り言だ。」
「じゃー、一緒に悩むー。」
 聞けよ人の話。独り言だって言っただろーが。
 でも一緒に悩んでくれるといってくれて、少しだけ胸の中が温かくなる。
「いやな。何で教会は魔物の事をひた隠しにしてるのかなって。」
「んー?」
 ベッドの上で脚をばたばたさせながらコリンは首をかしげる。
「教会は冒険者や傭兵と同じくらい魔物に出会ってるはずなのに、魔物の事は昔のまんましか伝えてない。」
「サボりまー。」
「確かに巻物は貴重だし本も貴重だから、書物として出回っていないのはわかるけど。」
「んー?」
「誰からも、魔物が変化した事なんて聞いてない。ずっと人を殺す悪者としか言ってなかった。」
「んー。」
 真面目な話をしてる俺と違い、つまらなさそうにベッドに寝転がるコリン。
 確かに面白い話題じゃあないけど。
「それよりえっちー。」
「いやまぁ待て。我慢してるのはわかるけど、っておい!」
 ぐぃと思い切り体を引っ張られ、ベッドに引き込まれる。
 こういう時コリンが人間じゃないんだって実感する。
「人の話を、んむぅ!」
 普段の甘えるようなキスじゃなくて、酷く野性的で濃厚なキス。
 逃げられないように押さえつけながら貪るように唇を重ねて、舌で口の中を蹂躙してくる。
 あまりの乱暴さに少し抵抗して、すぐに諦める。
 ここ何日かは禁Hをしていたから、我慢の限界だったんだろう。
 おまけに変に小難しい話もしていたし。
「ぷはぁー。」
 互いの口が離れる。
 二人とも口周りは唾液まみれで、コリンの上気した顔と潤んだ目と唾液でてらてらと光る口と。
 ああもう、全部反則だ。
 回数なんて関係ない。重なりたい、抱きたい。一つになりたい。
 まるで魅了の魔法にでもかかったみたいに頭がボゥとする。
 俺が、コリンが、相手を誘うように顔を近づける。
 2度目のキスは、1回目以上に熱の篭った物だった。




「日が沈んでるなー。」
 ぐったりとベッドに横たわったまま、外の暗さに気づく。
 何回やったか覚えてない。ただ交わり続けたっていうだけだ。
 こういう時、普段から食べているキノコの薬効に驚く。
 ゴブリン愛用のキノコは精力抜群。すげぇもんだ。
「んー。」
 気持ちの良い気だるさに浸っていると、コリンが擦り寄ってくる。
 魔物は基本的に精力抜群というか、えっちに強い。
 何でも魔王が代わったからこうなったっていう話だとか。
 俺としては万々歳。グッジョブ、魔王様ってやつだ。
「ねーねー。」
「ん?」
「元気出たー?」
「……ああ、ありがとな。」
「えへへー。」
 ぐしゃぐしゃに頭を撫でてやる。
 どうもこの街に来てからの俺を心配してくれていたみたいだ。
 やっぱり、教会が言う「魔物は悪だ」ってのは納得がいかない。
 こいつらはこんなにもいい奴らなのに。
「街でるのー?」
「明日出よう。今日は疲れた。」
「んー。ねるー。」
 机に置いていた水差しで喉を潤し、布団を被り直した。






「コリン、起きろ。」
「んー?」
 気持ちよく寝ていた所を起こされて不機嫌そうに目を擦っている。
 俺は詫びるようにぽんと相棒の頭に手を置いて顔を寄せる。
「予定変更ってわけじゃないけど、いつでも動けるようにしとけ。」
「んー?」
「街が騒がしい。」
 言われて目を閉じるコリン。
 魔物であるコリンの耳は人間離れした聴力を持つ。
「誰か歩いてるー?」
「こんな夜中にな。」
「へーきへーき。気にしすぎー。」
「そっか。じゃ寝てて良いぞ。」
「んー。」
 こてんと頭を枕に落として、もう寝息を立てている。
 暢気なのか、それとも俺を信頼してるのかわからないけど。
 緊張の欠片も無い姿を見て俺も少しだけ落ち着く。
「気にし過ぎって事なら良いんだけど。」
 正直な話、胸騒ぎがして寝付けないのだ。
 だから起きているだけ。
「教会の集会か?」
 大きな街には必ず教会がある。
 小さな村にも教会はある。
 辺鄙な村にだって教会はある。
 教会は人々を守る為にあちこちにあるんだって聞いたけど。
 大きな教会のあるこの街は、死んだように静まり返っている。
 静寂を好む教会の空気は、苦手だ。
 息をする事さえ苦しくなる。呼吸音さえ大きく聞こえる。 
 教会の訓戒で雁字搦めになるのがいやで、俺は冒険者になることにした。
「つーか。魔物と一緒に行動しているから教会が気になるのか。」
 神に背いた行い。罰せられるべき悪行。
 魔物は直ぐ殺すべし。見つけ次第滅ぼすべし。
 それをしていない俺は反逆者だ。
 この事実がある限り、俺はずっと日陰に隠れるようにして過ごさなきゃならない。
 コリンから離れればこんな窮屈な思いはしなくて良い。
 実際、何度か別れようかと思った。
 でもコリンから離れたくなかった。
 ああでもない、こうでもないと悩む様になったし、疲れる。
「やっぱり辺境の村でのんびりが一番か。」
 この街に来たのはある意味で最後の見納めみたいなもんだ。
 もう都会とかそういう所には来る気が無いけど、最後に一度くらいは見ておきたかった。
 まさか最後に訪れる街がこんな風だとは思いもよらなかったけど。
「んー、……。」
「ん?」
「んにゃむにゃ、すー、すー。」
「寝言か。」
 コリンといるせいで心労が尽きないけど、コリンといるお陰で穏やかになれる。
 どっちを選ぶかと言えば、やっぱりコリンと一緒がいい。
 いい夢を見ているのか、コリンは満面の笑みを浮かべている。
 その頬にキスをする。
「ほんと、困ったやつだよ、お前は。」
 呆れ半分嬉しさ半分。
 でもこれで良いんだと思う。
 後悔はしない。



「……、……。」
「………! ………!」
「……。…………。」




「煩いな。寝ていられない。」
 硬貨の計算、今後の旅の指標、ナイフの手入れ。
 色々と時間を潰しているが、静まり返った夜の街は外の話し声を良く響かせる。
 コリンなら俺より耳が良いから会話の内容も聞こえるだろうけど、俺には雰囲気しか伝わらない。
「人、増えてるよな。しかも意外と近い。」
 近いといっても外の通りだ。
 気になって明かり窓を少し開けて覗き込む。
「物々しい。」
 松明を掲げる街の人、鍬や鍬を手にああでもないこうでもないと話し合っている。
 火の明かりが不気味な陰影を生み出している。
「……だ、も……ない。」
「け……す………ろう!」
 物々しい。
 俺の被害妄想とか変なプレッシャーもあって、怪しさ物々しさが3割り増しに感じる。
 一番簡単な予想は、行方不明者が出たってことか。
 次は魔物が出たから討伐しよう、かな。
 兵士の姿が見当たらないってことは魔物じゃあないかもしれない。
「じゃあ行方不明者がまた出たって事か。」
 念のため明かり窓に丸めたシーツを挟んで僅かな隙間を空けながらナイフの手入れを再開する。


 鳥の声が聞こえる。
 外が少し明るくなってきた。
 どうやら朝になったらしい。
「そして俺は何時寝たら良いんだ。」
 気づけば俺は徹夜でナイフの手入れをしていた。





 教訓。
 眠るのが怖いなら、ドアに罠でも仕掛けておこう。





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「おはよー。」
「ああ。俺はお休みしたい気分だ。」
「じゃあ一緒にねよー。」
「ああ、ちょっとまっとけ。もう少しで出来上がる」
「んー?」


10/04/12 22:18 るーじ

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