連載小説
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第二章 下準備
「人間はあんたみたいな間抜けがこんな何人もいるものなの?」
闇蜘蛛らしき嬢ちゃんは一転してむすっと不機嫌そうな顔になった。
背中より生えている蜘蛛の足、その節の暗闇に映える赤い目玉の様な紋様、そして禍々しさを感じる雰囲気。
私はその姿に少しばかり固唾を飲んだ。
「間抜けと言われると耳が痛いな。」
とりあえず敵対的ではない、そう解釈して問題ないだろう。
これはこちらとしてもありがたい、話を聞いてはくれると言うことだからな。
「結論から言えば落ちた者達も間抜けではなかったはずだ、突然穴が開き 落ちた、私もそうだった様にな。」
闇蜘蛛殿はイマイチ納得いかない顔をした。
この反応だと我々が穴に落ちた事をあまり芳しく思っていないのか、睨みつける様な とか言っていたしな。
「そんな浅い地層に穴を掘った様な記憶ないけどな・・・あんたらが無責任に掘り返してたんじゃないの?」
「うぬ・・・いや、地面に掘り返した様な形跡もなかった、誰かが仕掛けたとは考え辛い。」
思い返して見ても地面は至って普通、草花まで生えていた位のまさしく自然だった。
だからこそ分からない、それはお互い同じ事らしい。
「えー・・・あんたまさか採掘作業か何かの上で私の存在邪魔になったから懐柔して攫おうとしてるんじゃなきでしょうね・・・。」
「そんな訳がないだろう、私は嘘は吐かない。」
昔から決めている事だ、嘘を吐かずに正直に生きる。
私の信条だ。
「ふん、どうだかね人間。」
「こちらも質問させてもらう、意図してあの様な罠を仕掛けた、と言う訳ではないのだな。」
私の質問に対しての闇蜘蛛殿の反応は。
「あ、ええ、勿論よ、うん。」
妙に白々しいものだった。
何か隠しているな、間違いない。
「そうか、何もしていないか。」
だが藪蛇は困る、隠したからには何かしら事情があるのだろう。
特に触れる事はしなかった。
「ぐぬ・・・張ったわよ・・・罠。」
ふむ、どうやら藪蛇ではなかったらしい。
隠した理由は分からないが、質問させてもらおう。
「なぜ罠を張っていたか聞いても?」
「こっちだって生きる為に必死なのよ、幾つか獣を狩るのに夜に仕掛けた罠があるわ・・・。」
そう言う事だったのか、それだったら解決策自体は出し易い。
「ふ、ふん、余程の間抜け揃いみたいね!人間なんて!」
「そうだな、どうしたものか・・・。」
そこではっとする、この闇蜘蛛殿 衣服の類いを一切身につけてはいなかった。
この洞窟で暮らしているのなら衣服はいらないのか。
「これを着ろ。」
私は上着を一枚、闇蜘蛛殿に羽織らせた。
これなら多少はマシなはずだ。
「・・・なによ、これ。」
「見ていてこちらが寒くなるのでなその上着はくれてやる。」
さてと、解決策だったな。
「うえ、なんかおっさんの臭いがする。」
「いい臭いだろ、それで話を戻すが・・・。」
しかし闇蜘蛛殿は上着の臭いを嗅ぎ続けた。
妙に集中してだ。
「どうした?」
「なんでもないわよ、って話を脱線させないでくれる?話すのは苦手なのかしら?人間。」
やれやれ、中々気難しくて困る。
そう言えば名前を名乗っていなかったな、失念していた。
「まずは私の素性を言うべきだったな、私は藤太郎と言う、この森で謎の落とし穴が幾つか発生した、と聞いてその調査に来た近くの町の者だ。」
だが闇蜘蛛殿の反応は薄く、未だに上着を気にしている様子だった。
闇蜘蛛殿にとっては何か物珍しいのかね、普通に市場で購入した物なのだが。
「聞いているか?」
「はいはい、聞いてるわよ、大間抜けの房太郎。」
ふむ、確かに名前を間違えられるというのは中々に腹が立つものだ、青助には悪い事をしたな。
「それであんたもこうして被害者の一員になった訳ね。」
「うむ、それで君の名前を聞いても構わないか?」
闇蜘蛛殿は私から視線を外した。
何か言いにくそうに顔をしかめる。
「無いわよ、名前なんて。」
闇蜘蛛殿は私に背中を向け、睨みつける様な目を向けてきた。
それは敵意を含んだ視線だった、名前を聞いたのはそれこそ藪蛇だったか。
「それで?あんたはその落とし穴を作った私をどうするの?人間らしく野蛮に殺す?それとも私を攫って弄ぶ?そんな刀を持って来たって言うのは、そう言う事よね?」
闇蜘蛛殿は置いた刀に目をやって挑発した。
やれやれ、本当に気難しいものだ。
私は刀を拾って立ち上がり、闇蜘蛛殿の前に立った。
私の胸程の身長に、この刀程の太さしかない手足、そして大きい相手を目の前にして目に見えて怯えている反応。
見下ろす闇蜘蛛殿の目は、私を睨んでいた。
人間は嫌いだったらしい、話を聞いてくれていたのはただ私を一時的に許していただけか。
まるで、人に襲われていた狼を助けた時の様な、正しい事をしたはずなのに嫌な気分になる感覚。
「なによ、怒ったの?人間なんて野蛮なだけじゃない、ただ壊すだけじゃない、あんたも私を、私を・・・ころしにきたんでしょう・・・。」
最後の方の言葉は震えて、辛うじて聞こえるだけだった。
私の心境はその感覚に似ていた、助けたい対象が私の事を信頼していない。
私は闇蜘蛛殿の手首を掴んだ、闇蜘蛛殿はビクッと大きく震えた。
しかし意外な事に一切抵抗しなかった。
「この刀はくれてやる、私を刺すなり好きにしろ。」
その手のひらには余る刀を無理やり握らせた、そして私は闇蜘蛛殿から数歩離れる。
闇蜘蛛殿は刀と私を交互に見て、混乱した瞳を向けた。
「な、何を言ってるのよ!綺麗事ならたくさんよ!やるんやらさっさとやりなさいよ!」
「刀が原因で話を聞いてくれないと言うのなら渡すのが一番だろう?この通りだ、君に敵対するつもりは毛頭無い。」
更に二歩下がって再び地面に正座する、私の事を信じてくれぬと言うのなら言葉よりも態度で示そう。
それが私のやり方だ。
「落とし穴を意図していないと言うのなら尚更だ、私が君を傷つける意味など、無い。」
私はまっすぐ、闇蜘蛛殿の目を見上げ続けた、戸惑いと怯みを含むその赤い瞳は数秒経過して。
「何よ・・・。」
落胆した様に瞳は閉じられた。
そしてため息と共に、顔を逸らされ。
「何よ、何よ!そんな私が悪いみたいな言い方は!これじゃあ私が私が・・・。」
吐き捨てる様に、俯いて。
「怯えている子猫みたいじゃない・・・。」
と呟いた。
辛うじて聞こえたその言葉に、私は少しばかり戸惑った。
「子猫?」
はっと顔を上げた闇蜘蛛殿は頬を染めて、憤慨した。
「聞いてんじゃないわよ!デリカシー無いわね!」
「でり・・・?何だと?菓子の事か?子猫とか菓子とか、確かに急にとは言え怯えた君はまるでこね。」
「うるさい!うるさいうるさいうるさい!もう帰りなさいよ!私はこれから用事があんのよ!」
私の言葉を遮って闇蜘蛛殿は急に暴れだした。
暴れる闇蜘蛛殿は見た目以上の怪力を持っていた。
叩かれるとかなり痛いな。
「それでは明日時を見てまた伺うが・・・この壁を登る猶予位は欲しい。」
赤面した顔でしっしと手を払い早く帰るのを促す。
完全にへそを曲げてしまったらしい、とりあえずしばらくは通う事にしよう。
解決策も探さなくてはいけないからな。
「突然邪魔をして失礼した、では!」
闇蜘蛛殿は横穴に引っ込んでしまった、横穴は暗く闇蜘蛛殿は見えなくなった。
私は踵を返し、明かりを点けそれを口に咥えて壁を登り始める。
土の壁は登るのが大変だな、明日は縄梯子なりを持って来るとしよう。
色々準備不足だったか、アオオニの嬢ちゃんの時に羊羹も買ってくればよかった。
明日は買って行こう、それならばへそをまっすぐ直してくれるだろう。

〜〜〜〜〜

暗がりに身を隠していた闇蜘蛛は、男が完全に穴を登りきるまでに男が穴を登るのを見届け続けた。
男が穴を登りきり見えなくなると、闇蜘蛛は少し深呼吸をして体を落ち着ける。
だが心臓の鼓動は頭の中に響き続ける、恥ずかしさからくるものだ そのはずだ、闇蜘蛛はそう自分に暗示する様に繰り返した。
一瞬、自らの手首を掴んだ男の事を思い出す、多少は落ち着いた鼓動は再び活発化して早まった。
ぶんぶんと数回頭を振り回し、その場を立ち去ろうとする。
そこで先ほど落とした、男に無理やり押し付けられた刀が目に入る。
もう一度あの場面を思い出し、鼓動が早くなり、深呼吸をし、恨めしそうにその刀を睨みつける。
だが呆れたかの様に闇蜘蛛はため息を吐き、闇蜘蛛は立ち去ろうとする、がその足は止まる。
「あ゛ぁぁぁ!もう!」
闇蜘蛛は叫んでから踵を返し、ずんずんと数倍強い歩みで刀に近づいた。
「好き勝手言って・・・女の子に乱暴するなんて最!低!のクズよ!これだから人間は嫌なのよ!」
乱暴に刀を拾い上げ、だが今度は刀を優しく胸に抱えて、再び数倍強い歩みで横穴へと帰って行った。

〜〜〜〜〜

少しばかり疲れたな、数時間話していた気分だ。
しかしまだぎりぎり夕方、いや十分夜と言える時間だった、太陽の端がまだ見えていて帳が空を支配しつつある。
その中を帰路についていた、見張り台に寄って無事を伝えなければ。
見張り台の足元に着き、梯子の下から声をかけた。
「はいはいはーい!っておたくか、今下降りるから待ってな!」
上の階でアカオニの娘が身を乗り出していた、先ほどの理知的ではない方のアカオニの嬢ちゃんだ、
アカオニの嬢ちゃんは手すりを乗り越え降りてきた、否落ちてきた。
「派手だねぇ怪我すんなよ?」
妖とは言え無茶すれは負傷する、種族どうこうじゃなく生物なら当たり前の事だ。
「そんなヤワじゃないよ、それで首尾はどうだった?」
「上々だ、警備はまだ必要そうだ、原因自体は分かったからアオオニの嬢ちゃんと話し合いだな。」
「原因分かったのか!何だったんだ?」
おっと失言してしまった、いや闇蜘蛛殿の事は話した方がいいだろうか。
あくまで調査の結果として話せばいいだろう。
「あぁ地下に住んでいる妖の娘が仕掛けた獣用の罠に人が落ちたらしい。」
今分かっている分はこれくらいだ、闇蜘蛛殿もよく分からないみたいだからな。
「妖ぃ?どんなだった?」
「む・・・。」
言われてみれば闇蜘蛛殿は見た事の無い種類の妖だったな、蜘蛛の妖と言えばジョロウグモやウシオニだ。
蜘蛛に囚われず虫型の妖と考えても精々大百足やおおなめくじぐらい。
そのどの特徴にも含まれない様な風貌をしている。
生態も、穴を掘って暮らすと言う妖はあまり馴染みがない。
「分からないが・・・蜘蛛、の足を持っていて地面に穴を掘って暮らしているらしい・・・。」
「蜘蛛?で、穴を掘って?それまさか、ウシオニとかじゃないだろうな?」
それは、無い、と言い切れる。
闇蜘蛛殿は蜘蛛よりも人に近い姿をしていたからだ。
「いいや、それはないな。」
私の言葉にアカオニの嬢ちゃんはいまいち信用できない、そう言う目を向けてきた。
「大体その妖がウシオニだったら私は今ここにいないだろう。」
穴に落ちた時点で連れ去られて終わりだ、そう考えると中々恐ろしい罠にかかったものだな。
ようやく納得した様に、いやアカオニの嬢ちゃんは腑には落ちていないらしい。
「それもそうだな、んじゃまだ警備はするって事で、気を付けて帰んなよ?」
結局何の妖かは分からず、種族不明という事で情報的には進展無しだ。
「あぁ・・・おっと、彼女は気難しいのでなあまり刺激しない様に頼む。」
性格的にはアカオニとは相性が悪いだろうからな、一応注意はしてもらいたい。
「気難しい?まーウチらがやるのは警備だけなんで、多分大丈夫だと思いますぜ!」
「そうか、世話になったな!では!」
再び明かりで道を照らしながら、私は帰路に着く。
陽は落ちたがするべき事はかなりある。
「見込み通り、骨のある仕事だな。」
少し体を伸ばしてほぐす、肌寒さを感じて そう言えば上着をくれてやったのを思い出した。
「土の中が暖かいとは言え、あれで寒さをしのげるとは思えんな。」
服も買って持って行くか、などと考えながら道を歩いた。

〜〜〜〜〜

流木の町へと帰ってきた、私はそのまま家へと帰る。
事はせずに今朝話を聞いた、町長の屋敷の向かい。
図書館へと来ていた、ここへ来るのは久々だが基本的にいつでも開いているはず。
「失礼っと。」
何となく威圧感の扉を開くと、机越しにアカオニの嬢ちゃんが私を見つめてきた。
多分先ほどの理知的なアカオニの嬢ちゃんだ、眼鏡も一緒だし間違いない。
「よう、ちょっといいか?」
眼鏡の嬢ちゃんは本に目を戻した、そんなに面白い本なのかね。
本を読みながらぶっきらぼうに呟く。
「なんでしょう。」
「妖の本、具体的に言うと虫型の妖について詳しく乗ってる本を探してんだ、どこら辺にある?」
眼鏡の嬢ちゃんは奥の本棚を指差した。
「奥から三台目、手前から二番目の並びの本棚が妖についての本がある場所です、名札があるので近くまで行けば分かるでしょう。」
「そうか ありがとうな、警備の仕事は副業か?」
眼鏡の嬢ちゃんは本をめくる手を止め、私の顔をもう一度見て、目を丸くした。
「あなたでしたか・・・。」
「よう、悪かったな邪魔して、奥から三台目・・・手前から何番目だったっけ?」
話していたら忘れてしまった、格好つけるのは失敗したらしい。
「手前から二番目の列です、構いませんよ仕事ですので。」
眼鏡の嬢ちゃんは本に視線を戻した。
もののついでだ、幾つか本を借りてくかね。
私は本の海原へと漕ぎ出した。

〜〜〜〜〜

本を調べ始めてしばらく、虫型の妖に留まらずに様々な妖について調べたが。
「要領を得ないな・・・。」
どの記述も闇蜘蛛殿とは少し外れている。
かなりの数の妖と交流を結んできたつもりでいたのだが、私の経験則でも初めて見るタイプの妖である。
所詮は私だからな、まだまだ勉強不足だったと言う事か。
「やれやれ、引き上げるか。」
目を通した中には私の目を惹いた物もなかったしな。
「おや、藤じゃないか、どうしたんだい?」
間の悪い事に帰ろうとした所に知っている男が背後から話しかけてきた。
「帰ろうとしてた所に・・・間の悪さは相変わらずだな、松。」
「久しぶりに会ったのに随分な挨拶だな藤。」
振り返るとやはり松だった。
私の旧友にして、町長殿の夫、そして副町長。
「仕事か?」
「そうだ、藤はどうしたんだ?お前は本なんて読まないだろ。」
「調べ物してるだけでそこまで言うかよ、ひでーな。」
間が悪い、とは言ったものの丁度良かったか。
闇蜘蛛殿の事を聞けば、引っかかるかもしれない。
「ちょっといいか?穴を掘る、んで蜘蛛の特徴を持った妖って知らないか?」
松は私の話を聞いて、首を傾げた。
「ちょっと詳しく話して、ここあたりがない事もない。」
闇蜘蛛殿の身体的特徴、赤い装飾やら四本の足について話す、しかし最初の様な反応は得られなかった。
「うん・・・結論は私にも分からない。」
「そうか。」
無駄足だったか、しょうがない後で巫女の嬢ちゃんの所に行くか。
巫女の嬢ちゃんも分かるかどうかは微妙だけど、後の手かがりはあいつだけだ。
「穴を掘って生活する蟻の妖、と言うのは聞いた事があるんだが・・・。」
「ん?だいぶ似ていないか、それ。」
「いや、アラクネ属は本来下半身が全て蜘蛛の体であるはずなんだ、その特徴に当てはまらない。」
確かに、そこは私も悩んだ部分だ、やはりそこが一番の問題だな。
「もちろんアラクネ属とは言えその蜘蛛の体の特徴を持たない者もいるだろう、それを知らない場合何も言えんな。」
「分かった分かった、収穫はそれなりだ。」
私達だけじゃ分からない、と言う事が分かった。
なら視野を広げないとな。
「時間を取らせて悪かったな、副町長殿。」
私が戯けて言って見せたら松は顔をしかめる。
「なんだそれは、気持ち悪いな。」
「本気の声で言いやがって・・・。」
たく、なんか最近周囲からの当たりが厳しい気がするぞ、気のせいか。
「冗談だ。」
「でなきゃシバいてる。」
ため息を吐きながら私は松に背中を向けた。
後ろ手を振りながら、図書館を去る事にした。
特に目を惹いた本も無かったんでそのまま帰ろうとした、んだが。
「仲、よろしいんですね。」
眼鏡の嬢ちゃんに話しかけられた、聞かれてたか。
盗み聞きとは、あまり行儀がよくないな。
「ん?あー、まぁな。」
「副町長と?」
あんまりこう言う事は詮索すべきじゃないと思うがね、若いのはぐいぐい来るな。
「嬢ちゃんも話しかけてみればいいさ、あいつは悪い奴じゃない。」
「あいにく政治学の本は読まないので、それに・・・もう売約済みですし。」
売約済み、と言うと妻持ちって事か。
やっぱり妖だとそう言う目で見るのかね。
「そうかい、じゃあまたな。」
妖にとっちゃあ望みの無い相手はあんまり関わりたくないのかね。
眼鏡の嬢ちゃんは本に視線を戻した。
さてと、帰るか。

〜〜〜〜〜

次の日、私はしっかりと用意して家を出た。
土産の為に甘味処に顔を出すと、今日はアオオニの嬢ちゃんはいなかった。
闇蜘蛛殿の事話したかったが、まだ話せる事も少ないしいいか。
「オヤジ、おーい。」
外の椅子に座って店の中に言うも、返事が来ず。
店自体は開いているから、唯単に間が悪かっただけなのか。
「オヤジ って、やっぱいねぇか。」
やれやれ、待つとするか、別に急いでる訳でもないしな。
する事も無く、腕を組んだ体勢で椅子に座っていた。
行き交う人をじっと見つめる、するとその人の中に意外な人物を見つけた。
私は席を立ってその人物を追った。
「よう、魚の嬢ちゃん。」
しかし魚の嬢ちゃんはつかつかと歩いて行ってしまった。
気付いてないのか。
「おーい、おいおい、魚の嬢ちゃん?」
嬢ちゃんの顔を覗き込んでやっと気付いた、そういや名前なんだったか。
名前を覚えられないと言うのはほぼ呪いみたいなものなので直しようがないが、こう言う時は流石に汚点に感じる。
流石に呪いと言うのは比喩だがな。
「着物もらったのか、それで散歩か?」
青い着物を羽織って、耳のヒレや手の鱗を隠さずに歩いていた。
中々に目立つ風貌をしているからこそすぐに気付いたのだ。
「青助は・・・いないのか。」
「・・・ひとり。」
「そうか、今暇か?」
渋々、嬢ちゃんはそう言った表情でこくりと頷いた。
別に表情が変わった訳ではないが、いやじとっとした目が睨む様に変わったか。
「何もしねぇよ、丁度今そこの茶屋が誰もいなくて暇だったんだ、話し相手にでもなってくれや。」
話し相手と言っても私が一方的に話す形にはなるだろうがな。
いいんだよ、おっさんは話すのが好きなんだ。
渋々しながら魚の嬢ちゃんは茶屋の椅子に座ってくれた、それなりの距離を保ってだが。
「何か聞きたい事あるか?青助の事と・・・か。」
表情は変わっていない、表情自体は変わっていないが、頬を目に見えて赤くして、こくこくと何度も頷いた。
「そうか、青助はな・・・最初は唯の馬鹿だった。」
今あの頃を思い出しても頭が痛くなる。
「まだ言うほど大きくもなかったこの町で家一軒一軒に用心棒の仕事ないか聞き回った阿呆を、不審人物として私が捕まえたんだ。」
「それが・・・。」
後の青助なんだよな、これが。
「面白がって猪退治に付き合わせたら重傷負いやがって、あんまり弱かったんで鍛えたんだよ。」
「そんなに・・・?」
今はもうこの町有数の剣士だって言うんだから、成長したもんだ。
「この町・・・好き、赤尾さん・・・言ってた。」
ぼそっと魚の嬢ちゃんが呟く、嬢ちゃんはどうなんだ とは思ったが昨日今日で決まるものじゃないな。
この町を作る時、始まりの頃は酷く苦労したもんだが、諦めずに続けてきたからこそこの特徴的な町が築かれた。
「後は・・・赤尾・・・さんに、直接聞く。」
「青助の弱い頃の話は聞いたら青助嫌がるぞ。」
嬢ちゃんは少し俯いた、しかし顔を上げた時には不安の色は消え去っていた。
「だいじょうぶ。」
そう言い放った。
「なら平気だな。」
青助への嫌がらせにはなるな、最近あいつ調子付いてるからな。
青助が調子付くと碌な事がない。
「他は、あーそうだ、金貯めとけ、青助の奴は貯金とかしないからな、巫女の嬢ちゃんが職場紹介してくれるから行ってみな。」
思い当たる節があるらしい、嬢ちゃんは目を細めた。
すると茶屋のオヤジが帰って来たらしい、店の奥からオヤジが顔を出して声をかけてきた。
「藤坊?どうした?」
「待ってたんだよ、遅いぞオヤジ、持ち帰りの羊羹を・・・。」
ちらっと魚の嬢ちゃんを見る。
「三つくれ。」
「なんだ!?迷子か、その子。」
魚の嬢ちゃんに気を使ってかオヤジは小声で聞いてくる、妖は見た目と実年齢は一致しない事を知らないらしい。
「いーや、知り合いだなんつーか。」
「赤尾さん・・・の、婚約者・・・からん・・・です。」
婚約者、婚約者、婚約者。
「あぁん!?婚約者だぁ!?」
「お、おい?嬢ちゃん・・・そこまで、進んでたのか?」
ありえない、話でもない、のか。
むしろ妖を相手にここまで持った青助が異質なのか。
「いやいやいや!流石に冗談・・・なんだよな?」
「半分。」
全部否定してくれよ、いや別に青助が結婚する事になんで私はここまで驚いているんだろうか。
いや、多分後輩どころかに教え子に先を越されたのが嫌なんだな。
落ち着け、落ち着け私、半分冗談と言う事は恐らく妖特有の『絶対逃さない。』と言うやつだろう。
「オ、オヤジあのな・・・。」
「おい!息子よ!赤尾さんが結婚だとよ!」
「知らねぇよ!あと俺孫!」
オヤジは叫び声を上げながら店の奥に引っ込んだ。
弁明の機会を逃した。
「オヤジ!おい!」
私も奥へと入ろうとすると左手凄まじい力で掴まれた。
曲がり道を曲がった際、目の前に突進してくる猪を見つけた、振り返ったら襲いかかってきていた兵士が槍を私の鼻先に突きつけていた。
そんな規模の覇気、殺意、そして。
「じ、嬢ちゃん、離してくれるか?」
「嫌。」
恐怖。
嬢ちゃんは光を吸収した様に、暗い瞳を向けてくる。
いつぶりだ、私が、私が。
「ほおっておいて。」
怯むと言う経験をしたのは、いつぶりだ。
「はぁ・・・私は知らんからな。」
そう言うと嬢ちゃんは手を離してくれた、恐ろしい娘だな。
諦めて嬢ちゃんに羊羹を二つ渡した。
「青助と食え、ここの羊羹は美味いからな。」
「あぁん?なんだって!?何か言ったか!?藤坊!」
ここぞとばかりにオヤジが奥から帰ってきた。
「何も言ってねぇよ、お粗末様じゃな。」
私は仕事に取り掛かる事にした、闇蜘蛛殿を待たせるとまたヘソを曲げそうだからな。

〜〜〜〜〜

昨日穴に落ちた場所に着いた、地面に杭を刺して縄ばしごを掛ける。
そのはしごを降りる、最奥まで降りてから横穴を覗き込んだ。
しかしそこには誰もおらず、日光が遮断された通路が続くだけだった。
「入ってみるか。」
闇蜘蛛殿の巣はどうなっているか、単純な知識欲だった。
だが、私は闇蜘蛛殿を侮っていた。
小さいとは言え妖であり、この洞窟を作った張本人。
結果から言ってしまえば、私は洞窟の中で迷った。
17/04/03 22:13更新 / ノエル=ローヒツ
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■作者メッセージ
どうも、ローヒツです。
ヒロイン・・・出番・・・アレ?
あんまり・・・?

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