連載小説
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第三章 穴の外
私は洞窟の中で迷った。
確定的に、不可逆的に、絶望的に。
迷った。
「これは予測しなかった・・・。」
迂闊だった、こんな事になるとは。
「ましてや洞窟の中では救助率も・・・。」
奇跡的に闇蜘蛛殿に出会う事を願うしかないか。
遭難後しばらく経過して、時間感覚も無くなってきた。
「どうするかな。」
どうしようもないな。
一度立ち止まる、止まるべきか進むべきか悩む。
そもそもどちらが前か後ろかすらもあやふやになりつつある。
「闇蜘蛛殿!いないか!?」
食料はない事はない、羊羹だが。
これだけあれば二日は生き残れる、いや上手くやりくれば一週間も無謀と言う訳ではない。
体力は抑えんと、叫ぶのは控えるか。
しかし闇蜘蛛殿との遭遇率も考えると叫ぶ方がいい。
「何してんのよ。」
驚いた、振り返るとぶかぶかの上着だけを羽織った闇蜘蛛殿が不機嫌そうな顔をしていた。
助かった、のだろうか。
「闇蜘蛛殿、元気そうでなによりだ、実は・・・興味本意でここに入ったのだがな。」
「迷ったの!?」
闇蜘蛛殿は楽しげに声に上げる、やれやれ。
そして闇蜘蛛殿は大声で笑いだした。
「あっはは!あーは!バッ・・・カじゃないの!?」
「否定できないのが悲しい所だな、ちょうどいい闇蜘蛛殿に会いたいと思っていた所だ。」
ぼっと一気に闇蜘蛛殿は赤くなった、ギギギっとぎこちない動きで振り向く。
「あ、会いたい?私に?」
「あぁ、もちろんまだ嬢ちゃんと話したい事があるからな、ほら土産だ。」
闇蜘蛛殿に包まれた羊羹を差し出す、それを見た闇蜘蛛殿は一転して冷ややかな瞳に戻った。
「そう、追い出して悪かったわね、誰かさんが余計な事言わなければ話くらい聞いてあげたのに。」
「そう怒るな、それと・・・服を持って来た、これからはこれを着ろ。」
多分似合わないと言う事はないはずだ。
服屋で中々気まずかったな。
「服?あんたが・・・選んだの?」
「そうだ、服がないと町を歩けんからな。」
闇蜘蛛殿は露骨に嫌そうな顔をする、流石にそうか。
突然すぎるが、少しずつ人に慣らしていこう。
彼女の蜘蛛糸ならばあの町の補強材として十分な強度があるはず。
それに町長直々に頼まれてしまったしな。
「町・・・?」
「強制はしない、だが私の町を是非とも見てもらいたいのだ。」
闇蜘蛛殿は人を恐れている、だが私の町の人々は恐れる様な者達じゃない、きっと闇蜘蛛殿とも仲良くなれるはず。
「では今日は・・・そうだな、この穴から地盤を調べて・・・。」
「町、行ってあげてもいいわよ。」
正直かなりの驚きの色が顔に出ていたと思う、思ってもなかった展開だ。
できるだけ平静を装う、私が変な感情を表に出せば闇蜘蛛殿にうつってしまう可能性があるからだ。
「そうか、では着替えてくれ、私は後ろを向いていよう。」
「見ないでよ、絶対見ないでよ、見たらその目潰すから。」
「分かっている、だが今更ではないか?昨日は裸同然・・・。」
背骨に強い一撃を受ける、一瞬だけだが呼吸に難がでた。
「うるさい。」
気難しい娘を持つ、と言うのはこう言う気持ちか。

〜〜〜〜〜

噛みたい。
初めてこの男にそう言った欲求を感じた。
その無防備な首筋。
そこにこの牙をめり込ませたい。
そして肌を貫いて、私の唾液を。
物に名前をつける様に。
そっとナプキンで先に手を拭く様に。
ガラス玉に手垢をべっとりとつける様に。
自分の物である証を。
誰にも触れられていない物を自分の物であるかの様に汚すみたいに。
咬みたい、咬みついて、そして。
「闇蜘蛛殿?」

〜〜〜〜〜

「闇蜘蛛殿、大丈夫か?」
振り返る訳にもいかず背中を向けたまま声をかける。
なにやら妙な寒気がしたのでな、穴の中だから襲われる心配はないはずなのだが。
「・・・もう、いいわよ。」
そうぶっきらぼうに告げる闇蜘蛛殿、その声に従って振り返ると、そこには。
「どう?」
比較的明るい印象を受ける花柄の着物の上に、私の渡した上着を着ている闇蜘蛛殿がいた。
闇蜘蛛殿の顔立ちは整っているのに暗い印象を受ける。
せめて少しは明るい印象にならないかと明るい着物を選んだのだが。
「うむ、中々だ。」
優しい黄色に赤と黒が映えていた、私はあまりこの手の感覚は悪くはないが、中々似合っている様に見受けられる、のだが。
「余程その上着を気に入ったのか?その上着は別に捨てて貰っても構わんのだが。」
昨日私の渡した上着をその上に羽織っていた。
「別に、私の勝手でしょ。」
闇蜘蛛殿は顔を隠してそう吐き捨てる、気に入ったのか気に入ってないのかよく分からない反応だ。
ところが闇蜘蛛殿は私に背中を向け屈みこんでしまった。
「どうした?」
急に大人しくなられると心配になる、私が闇蜘蛛殿の肩にそっと手を乗せると。
「ひっ!?」
少し悲鳴を上げて、私から距離を取った。
その目からは困惑と恐怖の色が映っていた。
「闇蜘蛛・・・殿?」
状況が飲み込めない私に、闇蜘蛛殿は胸に手を当て数回深呼吸をして。
「昨日から思ってたけど、闇蜘蛛って私の事?」
すぐに平生を取り戻した闇蜘蛛殿はじとっとした目を向けてきた。
少し困惑したが闇蜘蛛殿は何事もなかった様に睨みつけている。
「あ、あぁ。」
どういう事なんだ、いやまさかだが。
私を怖がっているのか。
「闇蜘蛛って何よ、人を邪魔者みたいに、これだから人間は!」
比較的力無く闇蜘蛛殿は憤慨した、私はひたすらに違和感を感じ続けていた。
たった1日の付き合いだが、すぐに分かった。
「・・・無理をするな。」
「はぁ!?無理なんてしてないし、全然!」
いや無理をしている、必ず。
人に会うのが怖いのか、外に出るのが怖いのか、はたまた別の要因か、それは分からないが、何かを恐怖している。
「町に出るのが嫌だと言うのなら、私は無理には連れ出さん、無理をさせる位なら、止める。」
私の言葉に闇蜘蛛殿は俯いた、だが。
俯いたまま、言葉を紡ぐ。
「・・・嫌よ、あんたが・・・せっかく、行こうって・・・言ってくれたから・・・。」
強く、強く私を見つめて、闇蜘蛛殿は顔を上げた。
その意思は固い、闇蜘蛛殿は元より意固地みたいだからな。
「なにより人間なんかに負けるなんて!絶対嫌!」
また目を潤ませて、涙声で、でも目にはっきりと決意を乗せて、闇蜘蛛殿は叫んだ。
非常に芯が強い、あそこまで恐怖する様な事をされながら、まだその芯は折れていない。
私の一番好きな系統の『人間』だ。

〜〜〜〜〜

恐怖した。
自分に。
昨日は、自分より大きな人間に迫られたからこそ恐れた。
人間は魔物娘を良く思っていない、きっと私を追い出すつもりと決めつけていた。
しかし、今回、私は、いや私が。
人間を、襲おうとした。
話しかけられてようやく自分を取り戻したが、私は人間を食おうとしてしまった。
怖い、怖い、怖い。
せっかく話を聞いてくれる人間を、たった二日とはいえここまで献身的に動いてくれる人間を、ただ一人の繋がりのある人間を。
殺して、食おうとした。
距離を置かないと、離れないと、帰らせなくては。
でないと、危ない、また、あの欲求が出れば。
殺して、しまうかもしれない。
でも、私は人間の期待を裏切りたくなかった。
少なからず人間と話したいと思っていた。
人間は私が出ないと言ってもきっと変わらずここへと来てくれるだろう。
だけど、そう言う事じゃない、違う。
せっかく、せっかく来てくれた、だから。
だから、人間をもっと知りたいと思えたんだ。
自分も自分がよく分からない、突き放さなくてはならないのに、離れたくない。
どうすればいいのか、分からない。

〜〜〜〜〜

闇蜘蛛殿の案内でようやく出口にまで来た、かけてあった縄ばしごを登って穴から上がる。
よかったまだ陽は高いな、随分の時間迷っていた感覚だ。
闇蜘蛛殿の顔はずっと暗かった、悩んでいるらしい。
人間はまだ怖いのだろうか、だが行動に出た、それだけ十分だ。
闇蜘蛛殿は成長できる、今は見守っていよう。
「そうだ、えーと・・・君は自身が何の種類の妖か分かるか?」
闇蜘蛛殿と呼ばれるのはあまり楽しくなさそうだからな、君 と呼んでおこう。
名前がないのは不便だな。
闇蜘蛛殿は気力の少ない目を向けてくる。
「分からないわよ、ずっと一人だったから、誰も教えてくれなかった。」
目を逸らしつつ闇蜘蛛殿は言う。
やはりか、だとしたら。
知っていそうな者に聞くのが一番だ。
「私達の町、流木の町を案内しよう。」
あそこに行こう、巫女の嬢ちゃんの所だ。
巫女の嬢ちゃんは妖に非常に詳しい、あの 松 以上にだ。
「流木の町は中々面白い町でな、川の真上の大きい流木を改造して作られているんだ。」
反応、ほとんど無し、だが私は闇蜘蛛殿に話し続けた。
流木の町の名物、美味い甘味処、それに町長殿の趣味の歓楽街。
話しながら歩くと警備隊の見張り台にまで着く。
ここまでくれば後は道なりに進めばいい。
「上に気を付けろ、おーい。」
一応声をかけて行こうと思い、大声を出す。
しかし反応はなかった、昨日と同じならアカオニの嬢ちゃんが顔を出すはず、現に今日も挨拶をしたばかりなのにだ。
「留守か?」
いや、そんな事があるのだろうか、見張り台には常に誰かしらいる決まりだろう。
「君、ここで待っていてくれ、様子を見てくる。」
「・・・一緒に行く。」
外に出てからと言うもの、闇蜘蛛殿はかなりしおらしくなってしまった。
そうだよな、ずっと地下で暮らしていたと言うのに急に外へ出るとなれば不安になって当たり前か。
「先に私が登って安全を確かめる、付いて来てくれ。」
こくりと闇蜘蛛殿は頷いた、私はゆっくりと見張り台の二階に上がった。
そこには誰もいなかった、武器がいくつか置いてあるだけだった。
異様、何故武器が置いてあるだけなのか、それに武器も少ない気がしなくもない。
「一旦登って来い、少し調べよう。」
闇蜘蛛殿を上がらせる、周りを見渡すが、やはりアカオニどころか人気が無かった。
町の方にいったのか、ここらにいないはずがないのだが。
「ちょっと。」
闇蜘蛛殿に話しかけられて振り返る、そこには本が数冊あった。
眼鏡の嬢ちゃんの物か、置き去りにしたのだろうか。
「その本がどうかしたか?」
「いや、本じゃなくて、あっち。」
指差した先には、森、その中をじっと見ると。
何かが光った気がする、それは。
「危ない!」
矢だった。
闇蜘蛛殿を庇って屈む、その頭上を矢がかすめていった。
とりあえず見えたのは一人だ。
「何!?何が起きたの!?」
「狙われているらしい・・・手すりがあって助かった。」
おそらくこの見張り台は攻撃から身を隠せる仕組みになっている。
しばらく隠れていよう、この見張り台より高い木はあまりないから狙撃はされないはず。
「狙われてって、何に!?」
「それが分かれば苦労はしない。」
闇蜘蛛殿を抱き寄せる、ここは完全に安全と言う訳ではないからな。
私が守らなくては。
「ふあ!?あ・・・ちょ、ちょちょっと!何してんのよ!?」
「暴れるな、今私達は狙われているのだぞ。」
より強く、闇蜘蛛殿を抱き締める。
手すりの影から森を伺うも、どうやら盗賊やごろつきではないな、動きが統率されている。
「ここにずっといる訳にもいかないな・・・。」
私は置いてあった槍を一本手に取る。
一、二、三・・・六本か。
私は闇蜘蛛殿をできるだけ優しく離した。
「いいか、今から迎撃する、可能な限り動かず、場合によっては私を見捨てろ。」
「ふあぁ・・・え?はぁ!?そんな事、できる訳ないでしょうが!」
今まで一番の剣幕で闇蜘蛛殿は言う。
そうだな、君は優しいからな、だが時には非情も必要なのだ。
「さぁ!来い!」
私は立ち上がり、槍を投げる構えをした。
神経統一、静かな水面の様に少しの異変も逃さない。
殺意、どこかに張り付く様な気配を感じた。
「そこだ!」
槍を森の中に投げる、その後すぐに全身を強張らせた。
そして頭部を狙った矢を、手のひらで庇う。
「ぐっ!?」
手の甲に矢が突き刺さる、しかし筋肉を緊張させていたので大した傷ではない。
昔は受け止めるくらいできたんだがな、私も歳だな。
倒れこむ様に再び隠れる、そして手の甲に刺さった矢を引き抜いた。
「え、大丈夫!?」
「問題ない、が。」
まだまだいるらしい、もはや気配を隠すつもりはなさそうだ。
数十人、数えるのも億劫な数だ。
「依然劣勢、だな。」
強く手の甲を抑えながら様子を見る。
すると何やらよく分からない声が聞こえてきた。
よく聞き取れないが、大声で何かを言っている。
「え!?嘘、なんで・・・。」
「聞き取れたのか、なんて言っている?」
何故か私にはさっぱり聞き取れない、妙に早口のも拍車をかける。
初めて聞く方言だな、何を言っているか分からん。
「あいつら、こんな所まで・・・。」
「知ってる連中か?」
闇蜘蛛殿は歯を食いしばっていた、その表情から怒りと恐怖が混ざり合っていた。
「知らないわよ、あいつらが私を襲って巣穴から引っ張り出した奴らなんて。」
引っ張り出した、少しばかり矛盾を孕んだその言い方を気になった。
しかしその疑問は森から聞こえる叫び声でかき消された。
「何!?」
「うわ!?突撃してくる!」
私はすぐに槍を投げる、しかし動きが早いため次々と躱された。
見張り台の下に潜り込まれ、槍投げでは対応できなくなる。
「あんた武器持ってないの!?」
「すまん、君を怯えさせてはいかんと思ってな。」
一本残しておいた槍を、はしごに向かって構える。
一人の敵が顔を出した、その肩を槍で突き刺す。
「ぬん!」
すぐさま槍を引き抜き、矛先で顔を殴りつけた。
体勢を崩した敵兵はそのまま落ちる、共にはしごを登っていた敵兵も巻き込まれただろう。
「きゃ!?」
闇蜘蛛殿の声に振り返ると木を伝って敵兵が乗り込んできた。
統率が取れていたと思ったがやはり司令塔か何かがいそうだ、こちらの戦力を確認してからすり潰す作戦か。
「雑兵では、相手にならぬ!」
槍で相手を突く、二、三度剣で防がれるも私の槍が突き刺さる。
動揺した相手を思い切り蹴り飛ばし、その勢いで槍を引き抜いた。
相手は下へと崩れ落ちていく。
「この藤太郎を狩ろうと言う!猛者はおらぬか!」
威嚇をしたはいいがこの状況を私はひっくり返せるのだろうか。
「どうした!私はここだ!」
いいや、勝つ。
ここまで派手に動いているのだ、警備隊が気付いてくれるのも時間の問題だろう。
はしごから一人、木からもう一人が乗り移って来た。
槍を構え直し、再び闇蜘蛛殿を私の後ろに移動させた。
「ちょ!?二対一!?」
「下がってろ!」
私はその片方に突貫する、剣で防がれるも力任せの一撃で剣を弾き落とす。
後ろからもう片方が斬りつけようとしてくる、それを槍で上手く弾く。
しかしすぐに復帰した、剣を持っていない方が私の首に腕をかけた。
「ぐ・・・。」
なんとか引き剥がそうと抵抗するも、効果が薄い。
敵兵は剣を握りしめ、こちらに近づいてきた。
「えい!」
その首を抜刀していない刀が貫いた、闇蜘蛛殿だ。
「それ!」
そして刀を敵兵の腹に叩きつけ、見張り台から叩き落とした。
私は首を抑えていた敵兵に頭突きをする、すぐさま腕をすり抜け、見張り台の外に蹴り飛ばした。
「すまない!助かった。」
「いいから!まだ来るわよ!」
闇蜘蛛殿ははしごから登って来ていた敵兵の脳天に、刀の一撃をお見舞いした。
抜刀していたら悲惨な事になっていただろう。
「後ろ!」
背後から飛び移ろうとしてきた敵兵を殴って、木に戻した。
「分かっている!」
次々と敵兵が来る、入れる場所は限られているので対処はできるが。
見張り台に登っていなければ囲まれて終わりだったな。
「ちょっと!あんたらどんだけいんのよ!」
闇蜘蛛殿がぼやく、確かにこの数は手に余るな、一体どこから来たんだ。
「ぬ?」
急に敵兵の攻撃の手が緩くなった、残った奴らを適当にあしらってから周りを見渡す。
少し離れた所で敵兵は私達を見ていた。
「気味が悪いな・・・君、離れるな。」
何か妙な匂いがする、少し焦げ臭いか。
はっとしてはしごから下を見る、そこには。
「な、んだと!?」
煙を吹く円筒状の物体、それすなわち。
「君!」
爆弾だ、闇蜘蛛殿に気にしていたから、完全に不意を突かれた。
迂闊にも程があるだろう、女児の一人も守れないで。
伸ばした手が闇蜘蛛殿に届く前に、見張り台の破片が私の体を吹き飛ばした。

〜〜〜〜〜

痛い。
目を開けても地面しかない。
最後の記憶はいきなり吹っ飛ばされて、顔から地面に突っ込んだ事。
「何よ・・・もう。」
文句を言いながらも立ち上がる。
刀は背中に隠してある、それをしっかり確認した。
顔を上げる、そこは見覚えの一切無い森だった。
「どこよ、ここ。」
ハッとして周りを見渡す、しかし誰もいない。
幸か不幸か、あの教団兵も、人間もいない。
「ちょ!ちょっと!どこ!?人間!?」
反応無し、飛び起きて周りを見渡す、しかし。
誰もいない、誰も。
私一人だけ。
「人間!?に・・・え?」
人間がいるかどうか、それしか見ていなかった。
私の背後の森が燃えていた。
メキメキと大きな音を立ててどこかの木が倒れる。
枝伝いに火は広がっていく。
「嘘、この森には・・・。」
私の、巣が、あるのに。
「ぐっ・・・人間!どこにいんのよ!人間!」
ぎりりと歯を食いしばって、走り出した。
あの人間ならそうそう負傷しない、どこかで私を探しているはずだ。
絶対、そうだ、私を、探してくれて。
「人間!に・・・んげ、ん。」
少し遠く、誰かが倒れ込んでいた。
動かない、ぴくりとも。
本能に近い感覚で、その誰かが人間であると、確信した。
「嘘・・・。」
急いで人間に駆け寄る、うつ伏せに倒れていたのを仰向けにする。
頭の部分の位置の土が、赤く湿っていた。
血、だ。
「に、んげ、ん、そん・・・な。」
先程から、人間からの反応はない。
私の、所為だ、私がいたから、こんな事に巻き込まれて。
それにさっき、拾った槍で戦っていた、私に刀を渡したから、武器が無かった。
だから、あんな苦戦してた。
「人間・・・。」
再び、歯を食いしばる。
一際大きな、炎の音と、また木が倒れる音でハッとする。
私は急いで人間を抱えて、走り出した。
「・・・か、いな・・・か、ふ・・・じを・・・れ。」
「ひっ!?」
誰かがいる、しかし私の脳裏には瞬間的に先程の教団兵がよぎる。
まだいたのか、逃げないと、今襲われたら。
「ぐっ、うぅ・・・勝手に死んだら!許さないから!」
私は声とは反対方向に走り出した。

〜〜〜〜〜

ひたすら、ひたすらに森を走る。
明らかに不釣り合いな大きさの物を運びながら、森を走っていく。
「はぁ、はぁ・・・はぁ!」
危うく人間を落としそうになってから、止まる。
どこだ、ここ。
「はぁ・・・はぁ・・・だぁ!もう!」
訳も分からずまた走る。
止まったら、何かに追いつかれるみたいに、背中から何かへの恐怖を感じていた。
それから逃げるみたいに私は走った、右も左も、上も下も、前も後ろも分からなくなってきた。
「一人・・・独り・・・は!」
昨日、人間が帰った後、ずっと、ずっと。
「は!?」
私の走っていた地面が、急に無くなった。
「いっ!?」
どしゃっと何か固い、凹凸の激しい物にぶつかった。
「たぁ!?」
拍子に人間を放り出してしまった、人間はそのまま地面を転がっていった。
「に、人間!?」
私は急いで人間に駆け寄る、しかし人間は相変わらず一切の反応を示さなかった。
ガタガタと、体が震えだす。
確実に近づいて来る、死。
「い、い加減、起き、うぐ・・・なさいよ・・・人間!」
ぽた、と何かが落ちる。
それは私の目から落ちていた。
「うあぁぁあ!」
もう一度、人間を抱えようとして、倒れ込んだ。
倒れ込んで、ようやく気付く、ここは川だ。
静かに流れる川岸の砂利、私はそれに体をぶつけたのだ。
「確か、町は、川にあるって。」
この川のはず、なら、どこかに、町があるはず。
「上流?下流?どっち、どっち?」
急がなくちゃ、急がないと、急がないと。
私は頬に伝っていた、涙を振り払った。
「もぉぉ!」
私は人間を持ち直し、上流に向かって走り出した、一々考えるのが馬鹿らしくなったから。
とにかく、動いた。

〜〜〜〜〜

もう何時間経っただろう、最早自分自身を引きずっている様に、ずるずると歩いている。
「げほっ、はぁ・・・はぁ・・・。」
人間の血で私の服は大分赤くなっていた、血で何度も滑って人間を落としそうになった、血で何度も視界がふさがった。
諦めそうにもなった。
でも、人間を下ろそうと考えると、どうしても胸が締め付けられる。
誰かが無理やり人間の事を下ろさせたと仮定して、その瞬間私は自ら命を絶つ。
それくらいには、私はどうしても人間を下ろしたくなかった。
「人間・・・起きなさいよ・・・あんた・・・もう。」
でも、私にも限界が来ていた。
少しづつ、歩く速度が遅くなる、視界はずっと赤い、何度かふらついて転びそうになる。
ずしゃっと膝を着く、それでも私は進もうとする。
「もう、もう!一人は、独りは、ひとり、は!」
昨日、人間が帰った後、ずっと、ずっと、ずっと。
「嫌なの!だから!」
寂しかった、だから。
「死な、ないで!」
私の叫びは何にも届かなかった。
17/04/10 07:25更新 / ノエル=ローヒツ
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■作者メッセージ
どうも、チヒツじゃなくてローヒツです。
急展開気味なのと、闇蜘蛛さん関係の呼称のややこしさと読みにくさここで謝罪いたします。
闇蜘蛛さんの人間と言うのはほとんど藤太郎の事を指しています、少し分かりにくいかな、と思ったのでこの場を借りて補足させていただきます。
では、分かりにくい文をここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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