連載小説
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愛は巡る
数年の月日が流れた



「パパー!」

猟を終えて家に帰ってくると、それを見つけたまだ幼い少女がこちらに駆けてくる。
その少女は普通の少女ではない。
捻じれた太めの角、腰部から生える羽根、それに尻尾。
人間では有り得ない部分を有している。

「パパ、おかえりなさーい!」
「おう、ただいま」

突進する勢いでリーゼが彼に突撃する。
それをふわりと受け止め、彼は愛娘の頭を撫でてやった。

「えものとれたー?」
「当然。今日は鳥肉だぞ」
「わーい!」

彼の猟の腕は格段に上がり、手ぶらで帰ってくることはなくなっていた。

「んー♪」

ひとしきり感情を吐き出したリーゼは彼の股間部に顔をグリグリとこすり付けた。

「くぉら!どこに顔こすり付けてるんだ!」

彼はすぐさまリーゼを引き離す。

「ぶー、いいでしょー?これすきなのー」
「ダーメ。お前は女の子なんだから節度ってもんをわきまえなさい」

反魔物領出身で、現在も反魔物領に住む彼には魔物の正しい知識はない。
魔物が性的な行為を本能レベルで求めていることも、リーゼがサキュバスと呼ばれる種族であることも知らなかった。
単純に魔物という人間に攻撃的な生物、という認識しかない。
リーゼが彼を襲わないのは人間と同じように育てた結果と思っている。
そんな彼に育てられたリーゼも、自分のことについてほとんど知らない。
ただ、羽根や角、尻尾から普通の人間とは違うことだけを自覚していた。

「それにしてもこの角、見た目に反して随分柔らかいよな。これでいいのか?角として」

先ほどのスキンシップで股間にバシバシ当っていたリーゼの角をプニプニとつまむ。

「わかんないよー。でもパパにグリグリできるからやわらかくてよかった!」

リーゼはくすぐったそうに身を捩った。
魔物の体は大切な男性を傷つけないよう、角や鉤爪は触れられる瞬間に軟化するようにできている。
もちろん二人ともそんなことは知らない。
触れるのも彼だけなのでいつでも柔らかいものだと思っていた。
特に彼は人間を捕食する魔物に人間を保護するような特徴があるなどとは毛ほども思っていなかった。

「ねね!はやくおうちでもじおしえて!」
「ハイハイ。そんなに急かすなって」

リーゼは本が好きだった。
女の子が恋するお話が大好きだった。
特に絵本でキスのシーンを見ると食い入るように何時間も見つめていた。
終いには彼に「コレがしたい!」とせがむ始末だった。
それを言い出すと長いので彼は額にキスすることで難を逃れている。

(この年で随分マセてるよなー。それらしい教育なんて一度もしたことないのに…)

家に入ると彼は仕事道具を置き、リーゼの待つリビング兼ダイニングルームの部屋に入った。

「パパ!はやくはやく!」

彼は苦笑しながら早足で近付いて行った。
彼が席に着くと、膝をポンポン叩く。
するとリーゼは嬉しそうに近寄っていき、その膝に座った。
これがいつも通りのお勉強スタイルである。
文字の勉強以外はあまり好きでないリーゼも、膝に座れると分かれば喜んで寄ってくる。

「えへへー」
「さ、今日の本はコレだ」

言葉の勉強は、リーゼが本を音読しながら意味や読み方の分からない所を教えるだけ。
リーゼはこれだけで十分に内容を吸収できる。

「なにこれー、おもしろくなさそう。べつのにしようよー」

本のタイトルは淑女の振る舞い。
最近キスをせがんだり股間に頬擦りしたりと目に余る行動が増えてきた故のチョイスだ。

「ダメ。今日はコレな。次の文字の勉強はリーゼの好きな本でいいから今日はコレで頑張れ」
「ホント!?がんばる!」

彼はリーゼの素直な感情表現に表情を緩めつつ、音読を聞いていた。







「どうすっかなコレ…」

彼は悩んでいた。
今日の獲物は野ウサギだ。
しかし、仕留めたウサギには子供がいたらしく、ちっこいウサギが怯えながらも親ウサギに寄り添って離れなかった。
子供で小さいウサギは狩ってもあまりうま味はなく、いつもは逃がしていたが、今回はついてきてしまっている。
この子ウサギをどうするか悩んでいるうちに家まで着いてしまった。

「パパ!おかえりなさい!」
「ただいま、リーゼ」

外で飛ぶ練習をしていたリーゼが駆け寄ってくる。

「それなぁに?」

すぐに子ウサギに気付き、興味を示し始めた。

「ウサギの子供だよ。なんかついて来ちゃってなー」
「かわいい!もこもこしてる!」
「え?あ、おい!」

目を輝かせていたリーゼは子ウサギを抱え上げると家に駆け込んで行ってしまった。
彼もリーゼを追って家に入ると、早速ウサギと遊ぶリーゼが目に入った。

「リーゼ…。そいつ飼うつもりか?」
「飼いたい!」

間髪入れずにリーゼは答えた。
「でもな、生き物を飼うってのは難しいんだぞ?そいつの命にも責任を持たなきゃいけないんだ」

「うん、わかってる!」

全然分かってなさそうだった。

(まぁ、ペットを情操教育に取り入れれば今以上にやさしく、人間を襲ったりしなくなるかな)

などと少しズレた思惑で彼は飼うことを許可することに決めた。

「よし、リーゼがちゃんと世話するって約束するなら許してやろう。どうだ、
ちゃんと世話するか?」

「うん!する!」

リーゼは嬉しそうに相槌をうった。

「なら、まずは名前を決めてやらないとな」
「じゃー、ウサちゃん!」
「………」

かなり安直な名前が飛び出してきた。

(まぁ飼うのはリーゼだし、いいか…)

などと、彼は投げやりに納得するのだった。







それからリーゼはサボることなくしっかりと子ウサギの世話を焼いていた。
エサを与え、飲み水を用意し、粗相をすれば後片付けもする。
彼はそんな成長したリーゼの様子を微笑ましく見守っていた。
もちろんリーゼも与えるばかりではない。
いつも彼が猟に行っている時間は退屈で、寂しさを感じていたリーゼだったが、ウサギを飼うようになってからはそれも感じなくなった。
そんな生活が続いていたある日。

「パパ!ウサちゃんをおさんぽにつれていきたい!」

リーゼが唐突にそんなことを言い出した。

「そんなことしていいのかー?ウサちゃん逃げちゃうぞ?」
「ウサちゃんはにげないもん!」

実際、ウサギはリーゼによく懐いており、自ら寄っていくほどだった。

「ハハハ、そうだな。じゃあ俺も行くから準備しな」
「うん!」

準備といってもろくにすることはない。
ウサギをリードにつなぐわけでもなく、ただ連れてくるだけだ。
そのため、準備はすぐに整った。
彼は護身用の剣を腰に下げて、玄関に向かった。

「じゃあ、出発するか」
「うん!」

リーゼは元気よく返事し歩き出した。
ウサギもそれについていく。
ウサギの歩みに合わせてゆっくりと歩くこと十数分。
開けたところに出た。
彼が猟の際に休憩に使う場所であり、ウサギと遊ぶにはいい感じの原っぱになっている。
人間を襲うような危険な動物はいなかったはずだ。

「リーゼ、この辺でウサちゃんと遊んできな」
「うん!」

彼はウサギと遊ぶリーゼを見守りつつ、感慨深いものに浸っていた。

「リーゼも随分成長したもんだよな。出会ったときはちょっと力を入れ過ぎただけで壊れちまいそうだったのに…。リーゼの母親はこれで納得してくれてんのかね…」

その呟きは誰に届くわけでも届けようとしたわけでもなく、虚空に消えていった。

「パパァ!!」
「うおっ!」

ボーっとしていた彼は切羽詰まったリーゼの声に飛び跳ねた。
すぐにリーゼのもとに駆け寄っていき、

「リーゼ、どうした!」
「キツネさんがウサちゃんつれてっちゃった!」

今にも泣き出しそうな表情のリーゼはキツネが去って行った方を指さして叫んだ。

「ちくしょう!」

彼は剣に手をかけながらリーゼが指さした方向に走り出す。
ついさっきの出来事だったらしく、彼はすぐにウサギを咥えたキツネを見つけた。
彼は剣にかけていた手で腰の後ろにつけていたナイフを引き抜き、キツネの目の前に投げつけた。
キツネは目の前に刺さったナイフに驚いたのか咥えたウサギを落とし、慌てて去って行った。
彼はすぐに駆け寄ってウサギの安否を確認したが、ウサギは既にその命を絶っていた。

「クソッ!!」

人間を襲うようなことはなくとも、ウサギを狩るような動物がいることくらいになぜ気付かなかったのかと自身を呪う。
地面を殴りつける音と同時に背後から足音が聞こえた。

「パパ…?ウサちゃんは…?」

彼に追いついたリーゼは恐る恐る跪く彼に近付いて行った。

「リーゼ、ごめんな…。間に合わなかった…」

そういってだらりと手足を投げ出すウサギを差し出した。
それを受け取ったリーゼは目から大粒の涙をボロボロこぼしながら抱きしめていた。

「ウサちゃん…ごめんね…。わたしが…おさんぽしたいなんて…いったから…」

リーゼはウサギの遺体を抱きしめながらしきりに謝っていた。
彼は泣き続けるリーゼをウサギごと抱きかかえ、家に帰った。
リーゼは家に帰るとウサギの遺体を抱きかかえたまま毛布にくるまってしまった。

「なぁリーゼ、ウサちゃんを外に埋めてあげよう」

彼は出来るだけ優しい声色で声をかけたが、リーゼは反応しない。

「リーゼ、いつまでも泣いてるだけじゃウサちゃんも浮かばれないぞ?」

やはり、反応はない。

「先に行って埋める場所作っておくからな。決心がついたらおいで」

そういって彼は表に出た。
彼はすぐに墓穴を作り終えてしまった。
子ウサギを一匹入れるだけの小さな墓穴だ、無理もない。
仕方がないのでリーゼが出てくるのをただ待っていた。
しかし、日が暮れてもリーゼは出てこない。
様子を見に家に入ってみれば、出た時と全く同じ様子で毛布にくるまっていた。

「リーゼ、出ておいで。ちょっと出かけよう」

彼はそう言うとリーゼのくるまっている毛布をめくっていき、未だ泣き続けるリーゼを抱き上げた。
抱き上げられたリーゼは彼の胸に顔を埋め、嗚咽を漏らしている。
リーゼが抵抗しないことに安心するとそのまま家を出た。
彼はリーゼを抱えたまま歩き続けた。

「…リーゼはホントにウサちゃんが好きだったんだな」

突然ポツリと声を出す彼。

「ウサちゃんはこんなに愛されて幸せだったと思うぞ」

リーゼに反応はない。

「リーゼに愛してもらえてなかったらきっと数日も生きられなかった。そんなリーゼのことを、きっとウサちゃんも好きだったんだと思う」
「…ホント?」

やっと言葉らしいものを喋ったリーゼに喜びを覚え、彼はしゃべり続ける。

「もちろんさ。…愛ってのは受け継がれていくものなんだよ。俺がリーゼを愛してるように、リーゼはウサちゃんを愛してた」
「…パパも愛してるよ」
「ありがとな。…愛してもらって、良くしてもらった恩は、次、自分が愛した人、動物、物でもいい。それに良くしてやって報いるんだ。そうして愛は受け継がれていく。なくならないんだ」

嗚咽は止まっていて、リーゼは彼の言葉を聞いているようだった。

「リーゼはウサちゃんを愛してた。死んじゃって悲しいよな。俺も悲しい。でもさ、それで終わりでいいのか?もう愛することはやめちまうのか?愛したものの遺体は良くしてやらなくてもいいのか?違うだろ」
「………」

リーゼの体がピクリと反応する。

「埋めてやろう、リーゼ。今までありがとうって気持ちを込めてさ」
「……うん」

リーゼの声は泣いている最中のような鼻声だ。

「それにな、ウサちゃんだってリーゼのことが大好きだったんだ。その大好きな人が自分のせいで泣き続けるなんて辛いぞ。悲しむのはいい。でもそれだけじゃダメだ。どうすればいいかわかるだろ?」
「……うん」
「よし、えらいぞリーゼ。じゃあ帰るか」

そう言って彼は歩いてきた道を引き返していった。
先ほど掘った墓穴にウサギの遺体を入れ、2輪ある花の1輪をウサギに乗せてやる。

「ほらリーゼ、ウサちゃんを飾ってあげな」

リーゼはもう1輪の花を受け取るとウサギの上に乗せた。

「ウサちゃん…いままでありがとう…」

彼はリーゼが離れると墓穴を埋め、四角い、大きめの石をその上に置いた。

「もう遅いし、ご飯食べて、今日はもう寝ような」
「うん…」

彼の服をギュッと握りしめ、リーゼは彼に続いて家に入った。







「どうした?眠れないのか?」

就寝前、なかなか寝付かないリーゼに彼は声をかけた。

「パパ…。パパはしんじゃヤだよ…?」
「おう、パパはまだまだ死なない。安心しろ」

それを聞くとリーゼは安心したように眠りにつくのだった。
12/12/10 12:38更新 / ミンティア
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■作者メッセージ
Auch er liebte Liese.
彼はリーゼを愛し過ぎている。






「ただいま、リーゼ。調子はどうだ?」
「パパ!おかえりなさい!」

彼が猟から帰ってくると、リーゼは飛ぶ練習をしていた。
既に結構な時間練習しており、しばらく前に彼と頭の位置が並ぶくらいには飛べるようになっていた。

「見て見て!こんなに飛べるようになったよ!」

するとリーゼは腰部から生える翼をはためかせ、ぐんぐん上昇していき家の屋根を軽く超す程に高く浮かび上がった。

「おぉ!すごいじゃないか!」

とは言ったものの彼は今にリーゼが落ちてこないか気が気ではない。

(あんなところから落ちたらただじゃ済まんぞ…!早く降りてきてくれ…!)

しかし努力の末手に入れた力を披露する娘にそんなことを言えるはずもなく、胃が痛い思いを味わっていたが、リーゼは意外と早く降りてきた。
そしてそのまま彼の胸に飛び込む。

「どうしたリーゼ。なにか怖いものでも見たか?」
「おそらはパパがいないからキライ…」

こんなことをいうのである。

「そ…そうかそうかぁー!パパいないから嫌いかぁー!可愛いなぁーお前はー!」

はしゃぐ彼は滅多矢鱈とリーゼを撫でまわし頬擦りする。

「パパァ、くすぐったいよぉ」

そう言いつつもリーゼは嬉しそうだ。

「可愛いなぁ可愛いなぁ!可愛さの権化だな!名前もプリティーとかキュートとかエンジェルとかに改名するか!?ん!?」
「それはイヤ…」

娘が若干引き始めてもなおはしゃぎ続ける彼。
こうして彼の親バカっぷりは留まるところを知らないのであった。

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