連載小説
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心の拠り所
数年後...


「パパー、こっち終わったよ」
「じゃあこっちも手伝ってくれるか?」
「わかったー」

リーゼと暮らし始めて10年と少しが経過していた。
リーゼは順調に成長し、今では家のの手伝いもするようになった。
今の作業は彼が猟で獲ってきた獲物の皮を予め剥いでおき、売るための加工をしているところだ。
手先が不器用な彼は自分で服や道具を作るなどという芸当はできない。
よって皮をなめし、革や毛皮として町に売りに行き、その金で生活に必要なものを調達するのだ。

「アハハ、パパおそーい」
「いやリーゼが器用なんだって。俺は普通」

リーゼが手伝うようになってから加工作業は捗る一方だった。
作業スピードは倍以上になり、商品の単価も彼のものより高く売れた。
今ではリーゼにコツの教えを乞うほどだ。
作業が終わり、片付けの最中にリーゼが口を開いた。

「コレ、いつ売りに行くの?」
「明日行くつもりだけど…何か買ってきてほしいものでもあるのか?」

言い出し辛そうにもじもじするリーゼを見て彼は何が言いたいのか理解できた。

「わたしも行きt」「ダメ」

彼は言い切る前に却下した。

「なんでー!?」
「危ないだろ!角とか尻尾とか翼とか、見られたらどうするんだ!」
「ちゃんと隠すもん!」
「なんかの拍子に見えちゃうかもしれないだろ!」
「気を付けるもん…」

叫ぶように言い返していたリーゼは彼の強硬な姿勢に意気消沈してしまった。

「………。とりあえず、コレ片付けて夕飯にしよう、な?」
「うん…」

リーゼは最近森の外に興味を示すようになった。
彼に禁じられていたため、リーゼは一度も森を出たことがなかった。
彼以外の誰にも会ったことがない。
しかもリーゼは好奇心旺盛でいろいろなことを考える多感な時期だ。
森で過ごし続けろというのも無理な話なのかもしれない。
彼はそんなことを考えながらシチューの鍋をかき回していた。

「リーゼ、シチュー出来たから皿持ってきてくれー」
「………」

リーゼはぶすっとした膨れ顔で器を突き出した。
それを苦笑をしつつ受け取り、シチューをよそってやる。

「なぁリーゼよ、町なんてただ店がいっぱいあるだけだぞ?欲しい物があれば買ってきてやる。それじゃダメか?」
「色んなもの見たいもん…。パパが町行ってるときは一人っきりで寂しいし…」

実際に寂しそうな表情のリーゼに、先ほどの考えも相まってそろそろたまにならいいんじゃないかとも思えてきた。

「ダボダボの大き目の服で翼と尻尾を隠すこと」
「え…?」
「フードをしっかり深くかぶって一瞬たりとも外さないこと。さらに俺から絶対に離れないこと。以上3点を守れるなら連れてってあげよう」
「ホントに!?ありがとう!パパ大好き!」

ずっと暗かったリーゼの表情に花が咲くように笑顔が広がる。

「こらこら、約束はどうした?」
「守る守る!!」
「じゃあ3つ言ってみ?」
「『ダボダボの服で翼と尻尾を隠す』、『フードを深くかぶって角を隠す』、『パパから離れない』!」
「よろしい。じゃあ、明日は早起きだからな。早めに寝るんだぞ」
「はーい!おやすみなさい!」
「待てぃ!寝るのは飯食って身体拭いてからだ!」

すっかりはしゃいでしまっているリーゼはあまり彼の話も聞かずに夕飯をガツガツ食べ、濡らした布で身体を拭き、さっさと床に着いてしまった。
明日が心配な彼なのであった。






「ふぁぁ。リーゼ、準備できたか?」
「できた!」

翌朝、朝焼けの中リーゼが彼を叩き起こした。
何度寝直そうとしても強行に叩き起こされるため、彼も二度寝を諦めて身支度をしたのだ。

「じゃあ行くか」
「パパ、朝ご飯は?」
「サンドイッチにしてあるから荷馬車の上で食うぞ」
「わぁ!楽しそう!」

起きてからはしゃぎ通しのリーゼに一抹の不安を覚える。
約束の安否が懸念された。

「リーゼ、昨日の約束覚えてるか?」
「『フードを外さない』、『ダボダボの服で過ごす』、『ずっとパパと一緒』!」
「フム。ちゃんと覚えてたか」
「もちろん!早く行こうよ!」
「貴女ね、魔物だってバレたらここにいられなくなるんですよ?分かってらっしゃいます?」
「分かってるー!」
「ホントに分かってんのかね…」

テンションの高いリーゼに急かされ、馬に鞭を入れる。
町までは大体往復するだけで12時間前後かかる。
リーゼのおかげでかなり出発が早かったため、暗くなる前に帰れそうだ。

「パパ、サンドイッチ美味しいよ!」
「お、そうか?そりゃよかった。俺の分も取ってくれるか?」
「うん!…私が食べさせてあげる!あーん」
「ハハハ…朝早いのに元気だなぁ…」

出発してから約6時間荷馬車に揺られ、二人はようやく最寄りの町に到着した。
リーゼは驚いたことに5時間半ずっとはしゃぎ倒した。
平原が広がり、視界を遮るものがないことすらリーゼには新鮮だったのだろう。
地平線にはしゃぎ、森とは匂いが違うとはしゃぎ、見たことのない花があればはしゃぎ、初体験の荷馬車では売るつもりの毛皮や革にくるまってはしゃいだ。
しまいには所々でスピードを出してほしいと言うので、得意になった彼は悪乗りし、悪戯に馬を疲れさせた。
しかし、30分ほど前からいろいろな道と合流し、行商人や旅行者と顔を合わせると、途端に荷馬車の商品にくるまり、顔を出さなくなってしまった。

(リーゼが人見知りするとは…)

町の門に到着し、まずは検問に向かう。
そこでこの町の役人に荷物を確認してもらい、関税を払うのだ。

「おぉ、アンタか。最近は来る頻度が増えたな」
「どうも。器用な娘がなめし作業を手伝ってくれるようになりまして、売り物がすぐ溜まるんですよ」

すっかり顔見知りになった役人が声をかけてきた。

「ほう。では、積荷はいつも通りか?」
「えぇ。毛皮と革ですよ。」
「確認しろ」

そう言い、下っ端らしい役人に指示を出した。
彼はいつまで経っても検査の緊張感が苦手だった。

「税はどうする。現金か現物か」
「現物です。現金なんて持ってるように見えますか?」
「全く見えんな!ハッハッハッ!」
「ハハハ……ハァ…」

「うわっ!」

「パパぁ!」

下っ端役人の悲鳴と共にリーゼが慌てて彼に飛びついて来た。
どうやら被っていた毛皮たちが急に捲られ、驚いたらしい。

「あぁ、ゴメンなリーゼ。出るように言うの忘れてた」
「おぉ、ソレが件の娘か。いつも服を買って帰っていた」
「えぇ。リーゼ、ご挨拶しろ」

リーゼは彼の服の袖をギュッと握りしめ、隠れるように挨拶をした。

「こ、こんにちは…」
「ほう。なかなか別嬪ではないか。すっぽり外套など被せて、余程大事にしていると見える」
「フッフッフッ…愛娘ですからね」

彼が役人にリーゼを自慢していると下っ端役人が検閲を終えた。

「では、積荷の一割を納めてもらうぞ」
「よろしくお願いします」
「今この町では毛皮のコートが流行だ。せいぜい稼いで来るんだな」

役人に礼を言い、検問を通過すると黙りこくっていたリーゼが口を開いた。

「あの人感じ悪い…」
「役人なんてどの町でもあんなもんだ。要は慣れだ、慣れ」

膨れるリーゼの頭をぽんぽん数回叩いた後、頭皮を4本の指でカリカリ引っ掻いてやった。
リーゼが最近最も気に入っている撫で方だ。





堀を越え、2つ目の門を抜けると、色々な露店が並んでいる大通りに入った。
食べ物はもちろん、生活用品、交易品、何に使うのかも分からないような物まで沢山の商品が目に入る。
リーゼは初めて見る物の山に目を輝かせ、人見知りも忘れて荷馬車から体を乗り出していた。

「パパ!パパ!アレなに!?あっちは!?」
「一度にいくつも聞くなって。てか危ない。もっとこっち寄りな」

はしゃぐリーゼの腰に手を回して引き寄せる。

「じゃあアレ!アレなに!?」

また端に寄っていってしまう。

「アレはバナナっていう南方の果物だ。甘くて美味いぞ」

同じ様に引き寄せる。

「次はアレ!あのキラキラした奴!」

再度端に。

「アレは宝石。種類は色々あるがどれも目を剥くほどに高価だ。こら、端に寄るな」

引き寄せる。

「アレ!あの人が舐めてるやつは!?」

端に。

「アレは口紅。食べてるんじゃなくて唇に塗ってるんだ。唇の色が気に入らない奴が使うもんだ。綺麗なピンク色したお前には不要だな」

リーゼは何度でも荷馬車の端に寄ってしまうので、諦めてリーゼの腰に手を回し、捕まえておくことにした。

「へぇ〜、スゴイなー」

未だにキョロキョロしていたがリーゼの質問は一時中断らしい。
彼はあれだけ騒いで注目を集めていたリーゼが少しも怪しまれない事に驚いていた。

(案外バレないもんなんだな。わりと角の盛り上がりとか分かっちまうけどな。まぁ、魔物がこんな所にいて、しかも大人しくしてるなんて思う奴いないか…)

「ちょいとアンタ!」
「うおっ。な、なんです?」

考え事をしていると、いつの間にか中央の広場に入っており、果物の露店のオバサンに急に大声で声をかけられた。

「アンタねぇ!可愛い娘がこんな物欲しそうに果物見てるのに買ってやろうと思わないの!?」
「へ?」

隣りを見ると、リーゼはジーッとバナナを見つめていた。
甘くて美味しいと言ったのを覚えていたのだろう。

「食べたいのか?」

コクリ…

バナナから視線を外さずに頷くリーゼ。
彼はもともと欲しがるものは現実的な範囲で買ってやろうと思っていたので悩む事なくバナナを買ってやった。

「じゃあ一本よろしく」
「一本しか買わないのかい!?子供のために二房くらいドーンと買ってやるのが親の愛ってもんじゃないのかい!?」
「高価な南方の果物をそんなに買えるか!」
「しょうがないねぇ。一本で勘弁して上げるよ」チッ
「ったく…。商人ってのはホント逞しいよな」

彼はバナナ一本分の代金を支払った。

「リーゼ、受け取ってくれ」
「う、うん」

リーゼは頷くとオバサンに向き直った。

「はい、どうぞ」

ニッコリ笑顔のオバサンが差し出すバナナにリーゼは恐る恐る手を伸ばした。

「あ、ありがとう…」
「おや、いい子だねぇ。コレもオマケしてあげるよ」

そう言ってリンゴも1つ押し付けてきた。

「オイオイ、俺とは随分な差じゃないか?」
「大の男が女々しい事言ってんじゃないよ!」
「あーはいはい、失礼しました」

最初の敬語はどこかに吹っ飛び、最後は母親と話すような気分を彼は抱いていた。

「またおいでよー!」

荷馬車を進めると後ろで先程のオバサンが声をかけ、手を降っている。
無言で、しかし必死で手を振り返すリーゼを見ると、もうあまり人見知りは心配しなくていいかも知れないと彼は思えた。

(あの店寄ってよかったな)

そんな事を考えていると、リーゼが声をかけてきた。

「パパ!コレどうやって食べるの!?」
「貸してみ?」

バナナを縦にスルスルと剥いていく。
それを見てリーゼは目を輝かせながら拍手を送っていた。

「ほら。バナナはリンゴほど固くないからあんまギュッと持つなよ?」
「えっ!う、うん。気を付ける」

リーゼはバナナを受け取ると、バナナを持つ手を出来るだけ揺らさないように持ち、顔を近づけていった。
なみなみと入った碗のお茶を啜るときのような感じだ。

「ハハハ。リーゼ、そんなんで崩れるほど緩くは…」

チュパッ

「………」

リーゼはバナナの先端に吸い付く様なキスをした。

レロレロチュパチュパ

「………………」

先端を舐め、優しくねぶる。

ジュッポジュッポ

「…………………………」

強烈なバキュームをしながらのヘッドストローク!

「その食い方やめろ!」
「んぷぁ!」

我慢できず彼は大声を出した。
それに驚いたリーゼはチュポッと音を立ててバナナから口を離す。

「そんなのどこで覚えてきたんだ!」
「チュルチュルって食べようとしたら思ったより固くて…」
「そんな緩いわけあるか…。噛んで食え、噛んで…」
「はーい…」

リーゼはしょんぼりとバナナを口に運んでいる。
つい大声を出してしまい、彼はリーゼのテンションに水を差してしまったことを悔いた。

「なぁリーゼ、あの店に寄ってかないか?」

彼は目に入ったアクセサリーを所狭しと並べる露店を指さした。
リーゼもお気に召したらしく、荷馬車を寄せると我先にと飛び降りた。

「いらっしゃい、お嬢ちゃん。好きに見てきなよ」

シートを広げ、そこにアクセサリーを置いているだけの簡単な店に、ちょっと怪しめな感じの風貌をした男が胡座をかいていた。

「何でも一つ、欲しいものを買ってやろう!」
「ホントに!?」

パッと花咲くような笑顔に彼は胸を撫で下ろした。

「お!パパさん気前が良いね。お嬢ちゃん、コレなんかどうだい?」

早速いかにも高そうなゴテゴテした首飾りを勧めてくるが、リーゼはただ一点を注視していた。

「キレイ…」
「お、お嬢ちゃん?こっちの方がキレイだよ?ほぉらこんなにピカピカ!」
「パパ!コレがいい!」
「え…無視…?」

リーゼが指さすアクセサリーは内側が虹色に光を反射する貝殻と、磨かれて透き通ったいくつかのガラス玉があしらわれたネックレスだった。
上記のように言えば聞こえはいいが、少し安っぽい感じのする物だった。

「もうちょっといいのにしたらどうだ?アイツのはちょっと厳しいけど、もう少しくらいいいのだって…」
「ううん、コレがいい!」

リーゼは本当に気に入っていたようで、既にそれを握り締めていた。

「わかった。じゃあこれ貰うよ」

会計を済ませると、二人はゴネる店主を無視して店を去る。
リーゼは買ったばかりのネックレスを首に下げ、嬉しそうに眺めていた。
その様子に満足した彼は広場を後にするのだった。







大量の露天を抜けると店舗区画に差し掛かる。
十分人通りはあるが広場ほどの賑わいはない。
その一角にある服飾店の裏に回ると邪魔にならない位置に荷馬車を停め、馬を繋いだ。

「リーゼ、馬と荷馬車を見ててくれるか?」
「うん、分かった!」

未だにネックレスに夢中なリーゼに番を頼み、彼は裏口の戸を叩いた。

「はい。あ、またいらして下さったんですね。お待ちしていました」

服飾店の仕立屋兼店員の成人したばかりくらいの女性が出てきた。
彼女はその若さで、数人の従業員を抱える店を持つ才女だった。

「最近は毛皮のコートが流行ってて毛皮が欲しかったんですよ」
「検問でお役人さんも言ってたよ」
「早速なんですけど、今日はどのくらい持ってきました?」
「そろそろ寒くなる時期だからね。毛皮と革が8:2で数が50ってとこかな」
「素晴らしいです!猟師さんってほとんどの人がそういう計算弱くて参っちゃってたんですよ。需要のないもの持ってこられて『買ってくれないと冬も越せねぇ』とか言われても困っちゃいます!その点あなたはこっちの需要を計算して欲しい量持ってきて下さるからホント大助かりで」

(あーぁ、始まっちゃったよ)

この女性は才女ではあるが愚痴を溢し始めると長いのだ。

「えーっと、今日は娘も一緒に来てて外で待たせてるからあんまり長くなると困るんだけどな」
「あ、そうなんですか。ではサッサと交渉に入りましょう」

需要のお陰でいつもより高く買ってもらい、さらに今後もよろしくと言う事で少し色を付けてもらった。

店を出るとリーゼが何かをじっと眺めていた。

「リーゼ?」
「あ、パパ。おかえり」
「ただいま。何見てたんだ?」
「ううん、なんでもない。早く行こ!」

すぐいつものように戻ったリーゼを訝しがりつつ、彼は促されるままに馬車を出した。






その後はリーゼの服や野菜に調味料、その他の生活に必要なものを買い、町を出た。
魔物であることは誰も疑いすらしなかったようだ。
その帰り道のこと。

「ねぇパパ」
「んー?」
「わたしのママってどんな人だったの?」
「あー、お前の母親は…え?」
「わたしのママは…なに?」

リーゼは荷馬車に揺られながらそんな事を聞いてきた。

「な、なんでそんな事聞きたいんだ?」
「今日、町で親子を見たの。その子供がその子のパパとママと手を繋いで歩いてた」
「それ見て母親の事が気になった、と?」
「うん」

服飾店での事だろう。
彼の頭は魔物であることを隠すことに気を取られ、母親について知りたがるとは考えが及んでいなかった。

「随分前にわたしが聞いた時はもっと大きくなったらって言ってたよね。そろそろ教えてほしいな」
「で、でもなぁ…」
「ホントは、大体分かってるよ。…もう死んじゃってるんでしょ?」
「それは…」

彼もリーゼはそれくらい把握しているだろうとは思っていた。

「わたし平気だよ?ママのこと全然覚えてないし、ウサちゃんのこともあったし、何よりパパがいるもん」
「………」

リーゼの成長は彼も理解している。
母親の死を伝えても前のようになるとは思っていなかった。
しかし、嘘を吐かずに母親のことを伝えるならリーゼと彼の関係についても話すことになる。
その時期の見定めが、彼にはまだ出来ていなかった。

「ちょっとショックな事もあるかも知れないが…それでも聞くか?」
「うん…聞きたい」
「それじゃ、もっと相応しい場所に行くか」

そういうと、彼は進路を変え、住んでいる森とは別の森に進路を定めた。






「パパ、まだなの?」
「そろそろだ」

荷馬車を降り、歩き始めてしばらく経った。

「この辺だな。…お前の母親は、ここで亡くなった」
「やっぱり…」
「その日は大雨が降っててな。俺が見つけたときは赤ん坊のお前を守る様に蹲って抱きしめてた」
「………」
「本当にお前を愛してたんだろうな。瀕死の重症だったのに息を繋いでて、俺にお前を手渡したらすぐに亡くなっちまった」

包み隠さず、彼は真実を淡々と述べる。

「そっか…どんな人だったの?」
「……俺が知ってるのは魔物の風貌をしていたって事だけだ」
「え、どういうこと…?パパの奥さんでしょ?」

リーゼは意味が分からないという表情をしている。

「お前の母親を見つけた時、側にもう一人、男の遺体があった。こっちは着いた時には既に亡くなってた」
「それより!ママのこと知らないってどういうこと!?」

賢いリーゼには意味がすぐに分かったのだろう。
既に血の気の引いた顔をしている。

「まぁ聞けって。…その男がお前の父親だ」
「違う!わたしの父親はパパだもん!」
「それで、お前を渡された俺は、お前と一緒に生きてくことを決めたんだよ」
「やめてよ!やめて!」

構わず話を続ける彼に、リーゼは半狂乱で叫んだ。

「リーゼ、俺は確かにお前の実の父親じゃない。でもな、お前の事は実の娘のように愛してる。その気持ちは本物だ」

リーゼは何かに怯えるようにガタガタと震えている。
手には今日買ったばかりのネックレスを握りしめて。

「リーゼ…大丈夫か…?」
「わ、わたし、先に帰ってるね」
「え、おい。帰るってお前!」

リーゼは服を脱ぎ捨て、下着姿で馬車とは比べ物にならない様な速度で飛んでいってしまった。

「リーゼ!リーゼ!…くそっ!」

リーゼの向かった方角は家のある方角と同じだった。
恐らく、本当に帰ったのだろうと彼は考えた。
しかし、嫌な予感が拭いきれなかったため、彼は全力で馬車まで走った。





馬の疲労も考えず飛ばすこと2時間。
彼はなんとか日が沈み切る前に帰ることができた。

「リーゼ!いるか!?」

彼は荷馬車を放って家に駆け込んだ。

「あ、パパ。お帰りなさい。夕飯作っておいたよ」
「え…?」
「どうしたの?」
「い…いや…」
「ふふっ。変なパパ」

家の中ではリーゼが夕飯を作って待っていた。
いつもどおりのリーゼな気がするが、どこかおかしい。

「荷馬車の荷物はわたしが片付けておくから、先にご飯食べてて」
「い、いや、それくらい俺がやるよ」
「いいからいいから。パパはゆっくりしてて」

リーゼはグイグイと彼を押してテーブルにつかせた。
料理を見るといやに豪勢で、いつもはリーゼが寝てからチョビチョビ飲んでいた酒まで出してある。
結局色々考え込んでいる内に手を付けないままリーゼが戻ってきた。

「あれ?食べ始めてよかったのに」
「ち、ちょっとな…」

彼は混乱していた。
尋常ではない様子で、今までにない速さで飛んで帰ったリーゼの面影はどこにもない。

「はい、パパ。おしゃくするよ?」

そう言い、リーゼはウイスキーの瓶をこちらに向けてくる。

「お、おう。ありがとな…」
「いえいえ。いつもお世話になってますから」

戸惑いつつも、彼は食事を始めるのだった。

それからもリーゼは先の夜のような調子が続いた。
彼の猟を手伝いたいと言ってきたり、家事は1人で全部やると言ってきかなかった。
そしてやった仕事は逐一彼に報告しに行く。
まるで褒めて貰わなくてはどうにかなってしまうかのようだった。
それから数日経った夜。

「リーゼ、今日の洗い物くらい俺がやるよ」
「いいからいいから。パパはゆっくりしててよ」

リーゼの家事においての頑固さはこの数日で身に沁みて分かっていた。
リーゼが10歳を過ぎた頃から少しずつ分担していたのだが、最近は全てリーゼの仕事になっている。

(やっぱりあの夜からリーゼの様子はおかしい…)

彼はそう思いながら洗い物をするリーゼを見つめていた。

ガシャーン!

リーゼが陶器の皿を落とし、破片が飛び散った。
リーゼは皿を落とした格好のまま固まっている。
心配になった彼はリーゼに近付いていき、声をかけた。

「リーゼ、大丈夫か?」

リーゼの顔を覗き込むと、真っ青な顔で小刻みに震えていた。

「ごめんなさい!許してください!」
「お、おい!大丈夫なのか!?」
「ごめんなさい!ごめんなさい!捨てないでください!」
「す、捨てる…?何言ってるんだ?この皿か?」

リーゼは先の夜のように半狂乱になって謝ることをやめなかった。

「リーゼ、落ち着け!俺はこんな事で怒っちゃいない!ミスは誰にでもあるもんだろ!」
「ほ、本当…?」
「本当だ。俺が怒ってるように見えるか?」

彼は精一杯の微笑みを浮かべ、リーゼを見つめた。

「見えない…」
「だろ?安心しろって、な?」

しばらく抱きしめながら頭を撫で続けていたらリーゼは落ち着きを取り戻したらしく、自ら離れた。
そしてもう一度だけ謝り、1人で片付けを開始した。

(捨てないでって、リーゼのことか…?本当の親じゃないから捨てられると思ったってのか…?)

森で彼と二人きりで育ったリーゼは唯一の大事な存在を失うことを極端に恐れているのかもしれない。
彼はそんな思いを抱きながら割ってしまった皿を片付けているリーゼを見ていた。
リーゼが片づけを終えたことを確認すると、彼は声をかけた。

「リーゼ、ちょっと出ないか?」
「え…?う、うん…」

彼はリーゼがちゃんと付いてきていることを確認してから家を出た。
明るい月に照らされた夜の森を歩いていく。
100mほど歩くと彼は急に地面に横になった。

「リーゼ、お前もどうだ?星が綺麗だぞ」
「そ、それじゃあ…」

戸惑いがちにリーゼも横になった。

「ここはな、実は俺たち親子にとってとても重要な場所なんだよ」
「重要な…場所…?」
「そうだ。俺が初めての猟でボウズを叩き出し、道に迷って野宿した場所だ!」
「の、野宿って…ここ家のすぐ近くだよ?」

大切な話だと思ってついてきたリーゼは、彼のやけに明るい話題に余計に戸惑ってしまっている。

「そうそう。道に迷ったってだけでも十分あほらしいのに、更に家のすぐ近くだってんだからもう笑うしかねぇよなぁ」

彼は笑いを堪えながら言った。

「我ながらなっさけねぇなぁ」
「………」
「でも、情けないだけじゃ終わらねぇ。ここはリーゼ、お前の名前を決めた場所でもある」
「な…まえ…?」

リーゼが彼の方を向いた。
町から帰ってからリーゼが本当の意味で彼を見たのはこれが初めてかもしれない。

「そうだ。リーゼ、いい名前だろ?意味、分かるか?」
「…分かんない」
「じゃあヒントだ。俺は名前を決めた日の前夜、花の名前とか東方の風水という文化を参考にお前の名前を考えました。決まらなかったけどな」
「え…じゃあ花の名前なの?」
「違います」
「ならそんなの分かんないよ…」
「正解は、とある国の言葉で『愛』って意味だ。まぁちょっと捩ったがな」
「ふーすいっていうのに因んだの?」
「いや、そのとある国は東方の国ではない」
「じゃあさっきのヒントって…」
「ハッハッハッ!関係はない!」
「もうっ、パパのばか」
「ハハハ。…そう、愛って意味だ。お前は、俺の、『愛』なんだよ」
「パパ…?」

一瞬で真面目な表情になった彼の横顔にリーゼは驚いた。

「最初の猟はさ、俺がお前を置いて家を出ようとすると大泣きするから背負って行ったんだよ。夜泣きもしない子だったのに」
「そうなんだ…」

リーゼの声に持ち前の明るさがにじんできた。

「挙句の果てに帰れなくなっちまうし、これはリーゼ、当時は赤ん坊って呼んでたけど、コイツだけでも暖かくしてやんなきゃマズイなって思ったんだよ」
「その名の通り、赤ん坊だしね」
「それでさ、俺の身体にくくりつけるのに使ってた布でくるんで、リーゼをまるごと包み込める様に抱きしめたんだよ」
「身体痛くなりそう」
「こら。茶々をいれるんじゃあない。まぁ痛くなったんだけどさ…」
「あははっ」

リーゼにも笑顔が浮かぶようになってきたことに彼は安堵しながら話し続ける。

「それで思ったんだ。あぁ、暖かいな、てさ」
「暖かい?」
「そうだ。もちろん体温で暖かいのもあったけどさ。なんて言うか、胸の奥からじわぁっと滲み出てくる暖かさだ」
「………」

リーゼは俯き、押し黙った。

「その時は俺もさ、色々あって大事にしてたモノがみんな遠くに行っちまって多分寂しかったんだな。そんで自分の無力を痛感しながらの野宿、気付かなかったけどかなりキテたんだろう。んで、その時、こんなに心地いい暖かさをくれるコイツを大事にしようって決めた」
「うん…」

俯いたリーゼの声は震えていた。

「お前の名前は『愛』だ。俺の愛そのものだ。リーゼ、俺はお前を呼ぶ度にお前への愛を再認識する。そんな俺が、お前を捨てるわけ無いだろ?」
「うん…うん…」
「血のつながりとか関係ない。魔物?知ったことか。お前は俺のありったけの愛を一身に受けて俺の『愛』そのものになっちまった、俺の大事な大事な宝物だ」
「パパぁ…」
「安心しろリーゼ。俺はお前が嫌がっても俺の元に縛りつけとくかもしれないくらい、お前が大事だ。俺のご機嫌伺う必要はないぞ」
「うん…」

泣きじゃくるリーゼを撫でてやりながら、彼はやけに明るい月を眺めていた。





リーゼはしばらく泣き続けたが、次第に収まると、彼は声をかけた。

「風邪引いちまうよ。そろそろ家に帰るぞ」
「………」

しかし、リーゼは座り込んだまま立ち上がろうとしない。

「…どうした?」
「……抱っこ」

リーゼはそう言いながら両手を彼に突き出した。
彼はポカンとした表情でリーゼを見つめている。

「抱っこ!」
「…プッ、ハッハッハッ!はいはい、お任せください、お姫様」
「あ、お姫様抱っこがいい!」
「あいよー」

月明かりが二人の足元に大きなひとつの影を映し出していた。
12/12/11 23:01更新 / ミンティア
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■作者メッセージ
Auch er liebte Liese.
彼はリーゼを愛し過ぎている。





町にて

「おまえ!こんなところでなにしてるんだ!」
「え?」

リーゼは、父親が新しい猟につかう道具の選別に時間がかかっている最中、退屈そうに店の壁に寄りかかっていた。
そこにリーゼより4つ5つ年下のこの店の子供らしい男の子が声をかけてきたのだった。

「えっと、パパを待ってるんだよ」
「うそだ!うちをのっとろうとしてるんだろ!」
「えぇ!?そんなことしないよ!なんでそんなこというの!?」
「だってつのはえてる!」

そう言われたリーゼは頭を押さえて周囲を見回した。
幸い周囲には誰もいない。
しかしこのまま騒がれれば危ういだろう。
それに何よりリーゼは、バレたことがパパに知られると怒られる、と思っていた。

「ねぇ、もう少し小さな声でお話しよ?」
「やだ!」

少年は手に持っていた木製のおもちゃの剣を振り回した。
おもちゃの剣は既にいろいろな所を叩いていたためか、既に致命的なヒビが入っている。
そんなものをブンブン振り回せばどうなるかは火を見るより明らかだ。

「「あ」」

おもちゃの剣は折れ、壁にぶつかって床に落ちた。

「えーっと…」
「ひぐ…」

呆然とするリーゼを前に表情を歪ませる少年。

「ぶえええええええええええええ!!」
「わっわわわっ」

泣き喚く少年を前に慌てふためくリーゼ。

「泣いちゃダメ!男の子は女の子の前ではカッコつけなきゃダメってわたしのパパが言ってたよ!キミは女の子なの!?」
「うぐぅ…。おどご…」
「だったら我慢しなきゃダメだよ!」
「うん…」

リーゼは父親の言葉を思い出し、何とか少年を泣き止ませることに成功する。

「お前…何やってんの…?」

そこで彼の登場である。

「パパ!…この子の剣が壊れちゃったの。直してあげられる?」
「んー…根元からぽっきりか…。でもま、この折れ方ならいけるだろ」

彼は今買ってきたばかりのトラップ作成用工具を取り出した。
おもちゃの剣の折れ方は真横にポッキリ、というわけではない。木の皮を剥がしたような断面で、とても鋭利な状態になっている。
まずはその断面に、ボン・ドーと呼ばれる、木材の接着に便利な粘液を取り出し、塗る。
ボン・ドーがある程度固まったら錐を使って二つの破片を通るように穴をあける。
そこに太めの針金を通し、突き抜けたら、飛び出た部分を曲げる。
それを3度ほどすればわりとがっちり固定されるのである。
針金を覆うような飾りをつけてやり、ささくれ立っている断面をヤスリ掛けすれば完成である。

「ほら、少年に渡してやれ」
「パパ、ありがとう!」

リーゼは喜んで受け取り、少年のもとへ向かう。

「はい、わたしのパパが直してくれたよ。だからもう泣いちゃダメ」
「わぁ!おねぇちゃんありがとう!」
「いいよ。でもその代り、角のことは、内緒ね?」

リーゼが少年にウィンクをしてやると少年の顔はみるみる赤くなっていく。

「!?」
「パパ、どうしたの?行こうよ」
「お、おう」

リーゼはさっさと荷馬車に向かってしまう。
彼はリーゼがいなくなったのを確認すると少年に近付いて行った。

「テメェ、コノヤロウ。変な気起こすんじゃねぇぞ。リーゼはなぁ、お・れ・の、娘なんだ。惚れたりしやがったら…!」

少年の赤かった顔が急速に青くなっていく。

「パパ!なにしてるの!いじめちゃダメ!」
「だ、だってよリーゼ、コイツが!」
「カッコつけるんじゃなかったの?今のパパ…すごくカッコ悪い」
「ごめんなさい」

彼の親バカっぷりは周囲までもが迷惑を被るのであった。

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