連載小説
[TOP][目次]
砂の弐
「っ、っっ、く、ぅぉ、ぁ……はぅあっ!
「んふふっ……お兄さん、意外と可愛いですねぇ……」

 贅肉のない痩せ細った体に、年液まみれの爆乳が押し当てられ形を変える。
 これまたやはり、年液まみれの手指が男根を、そして睾丸や肛門までをも弄ぶ。
 最早独立した一つの生物然とした細長い舌が身体を這い回り、乳首に絡みつく。
 そうして迫り来る不本意な快感に、口からは熱い吐息と上擦った喘ぎ声が漏れ出しては、虚空に消える。

(……どうしてこうなった……何故俺なんだ……何故俺がこいつに……?)

 "彼"即ち会社員の銀辺ケンスケは現在、謎めいた全裸の女によって弄ばれ、辱められていた。
 恐らく何かしらの魔物と思しきこの女は、どういうわけだかケンスケに大層執着しているようであり、凡そ己の身一つで為し得るあらゆる行為を以てこの男の心身を愛で回し、彼を絶え間なき極上の快楽地獄へと導き続ける。


 果たして女の狙いは何なのか。その真意は不明であった。
 ただどうやら、敵意や悪意による行動というわけではないらしく、時折女がケンスケに投げ掛ける言葉は、あたかも夫を慰める妻か、或いは子をあやす母のような、不純物なき情愛を想起させた。


 幼くして親類を立て続けに亡くし、極力何かに縋ろうともせず過酷な生涯を歩んできた彼にとって、女の紡ぐ愛の言葉とは、まさにひび割れる程に冷え乾く心へ染み入り、暖かに潤し幸福感をもたらす至高の薬湯に他ならず。ケンスケの女に対する抵抗感は瞬く間に消えていく。

「……辛かったのでしょう? 苦しかったのでしょう? でも、もう大丈夫ですよ……安心して……」
(……ああ、どうしてだろう……あれほどに怖かったのに……あれほどに気味悪かった筈なのに……いつの間にか、彼女に全てを委ねたくて仕方なくなっている……)
「ここにはあなたと、私だけ……あなたを傷つけ、苦しめようとするものなんて、なんにもありはしないから……」

 そうしてゆっくりと高ぶった快楽は、膨大な量の精液という形で体外へ排出される。
 激しい射精の度、心底幸福そうな顔で絶頂するケンスケの姿は、限りなく爽やかで希望に満ち溢れていた。




「ぬああああっ! なんで俺がこんな目にぃぃぃぃぃぃ!」

 株式会社ナニガシ企画一階のオフィスに、中年男の惨めな悲鳴が響き渡る。
 悲鳴の主は藻仁田ニイヒト。この部署を取り仕切る課長にしてオフィス全域の監視役を自負する男であるが、幼稚傲慢強欲非常識と、長(おさ)とは名ばかりの単なるろくでなしであった。
 監視役を自負する通り、普段は仕事らしい仕事など一切しない。彼が他の部署から引き受けた仕事はすべて部下たちに回され、然しその手柄はほぼ全て彼が横取りしてしまう
 そんな、普段であれば決して働かない筈の男が、何故か今日に限っては机で書類と格闘しながら泣き叫んでいた。まるで、連休終盤で宿題の処理に追われる馬鹿な小学生のように。

「……うるさいですよ、課長。いい年こいた大人が何騒いでるんですか全く……」
「ほんとですよ。いつもの無駄な気力と有り余った余裕はどこ行っちゃったんです?」

 ハンタロウとカゲトラは黙々と仕事をこなしつつ、上司に辛辣な言葉を投げかける。
 最早上司どころか同じ人間としてすら見ていないのは明らかである。然し部下の態度に声を荒げる余裕すら、今のニイヒトには微塵もないのであった。

「なぁんでだぁぁぁぁ!? どうしてこうなったぁぁぁぁぁ!?」
「そりゃ銀辺が居ないんですもん、必然的にこうなりますよ」
「自分たちいつもケンパイにお世話になりっぱなしでしたからねー」
「なら何故銀辺がいないっ!? この非常事態にあいつはどこで油売ってるんだ!」
「それは話しましたよね、昨日砂丘で草取りしてる最中に行方不明になったって」
「何ぃ!? 初耳だぞ! あいつめぇ、この俺の許可なく無断で行方不明なんかになりやがって! なんて身勝手な奴だっ!」
 身勝手なのはお前の方だ。誰もがそう思うことだろう。
「というかなんで鳥取砂丘で草取りしてただけの奴が行方不明になるんだ! そもそもお前ら、ちゃんと捜したのか!?」
「そんなのこっちが知りたいですよ……二時間近く捜しても持ち物一つ見つからないし……」
「消防や警察に通報したか!?」
「しましたけど被害者が20代の男性って言った途端呆れた様子で電話切られました……」
なら良し! 下手に騒ぎが大きくなるとウチの内情が外にバレる恐れがあるからな! 最悪の事態を回避できたようで何より! 欠員が生じたのは損害だが大したことはないだろう! では諸君、あとは任せた!
「か、課長? どちらへ?」
「俺はもう帰る! 今日は早退だ! あとの仕事はお前らやっとけよー!」
 捨て台詞だけを残し、ニイヒトは姿を消してしまった。

「……」
「……」
 残された二人は、特に態度や表情を変えもしない。
 ニイヒトの暴挙は今に始まったことではない。あの男は元からあの程度の屑だった。
 部下たちには会社に泊まってでも仕事をしろ、年末年始祝日だろうが会社に出て来いと言う癖に、自身は定時だから帰るとか祝日だから休むなんてことはザラである。
 仮にも部下の命が危ういという時にまで自分たちの不正がバレることを心配していたのは流石に驚かされたが、冷静に考えれば至極当然のことと言えた。
 それは彼らにとって最早見慣れた光景であり、普段ならばそのまま仕事を続けていたであろう。

 然し、今回は違った。

「……ねえ、魚住くん」
 ちょうど資料の編集を終わらせた所で、ハンタロウが呟く。
「ちょっと提案があるんだけど、いいかな?」
「……『仕事代わりにやっといてくれ』ってのは無しですよ」
「ああ、今回は違うよ。……魚住くん、ちょっと手を貸してくれない?
 僕ね……どうしてもやらなきゃいけないことがあるんだ。是非君にも協力して貰いたくてね……」
「……奇遇ですね、斑田さん。自分もちょっと、斑田さんに手伝って貰えたらって思う事、あるんですよ」

 その後二人は、揃って会社を抜け出した。




「ほーらっ……しこ、しこ、ぴゅっ、ぴゅ……しこ、しこ、ぴゅっ、ぴゅ……」
「っぅ、ぉ、ぁ……っく、っふひうっ!?」
 耳元からの淫らな囁きに脳を刺激され、いきり立つ男根を両手でしごかれる。
 忽ちに劣情を煽られたケンスケは、されるがまま盛大に射精する。その顔には最早、出会った当初の不信感や恐怖感などありはしない。
 ただ彼は、純粋な快楽と幸福感に酔いしれていた。
(……実感している……俺は今、満たされているんだ……彼女、エリモスに……)

 最初の交合がひと段落して以後、ケンスケは命の恩人である謎の女……もとい、サンドウォームのエリモスと改めて言葉を交わしていた。
 曰く、彼女は物心ついた時には鳥取砂丘で暮らしていたが、昼間の砂上は何やら騒がしく少々怖かったとの事で、食料確保などは専ら夜間など人目のない時間帯に行っていたという。
 夜間は砂上に出て食物を集め、昼間は上から聞こえてくる者たちの声に耳を傾け……そうしている内、エリモスは自分の住むこの砂地が何やら特別な場所であると理解し始める。

 知能が低いとされるサンドウォームだが、それはあくまで文明と接触していないことが原因であり、潜在的な知能そのものは他の種族と大差ないとする説もある。その証拠として、体内を構成する細胞組織は変幻自在であり様々に形を変えられるとか、人化術で芋虫型の外殻部を格納し実質的に本体部分のみで活動することも可能といった報告もあり、原始的に見えてかなり芸達者な側面もある魔物なのである。
 故に、幼い頃から鳥取砂丘で暮らし砂上の喧騒を聞いて育ったエリモスが、自身の住まう土地について大まかに理解し、自分なりの環境保護や景観維持に努めるようになるのも別段妙なことではなかった。


(……俺はあの日、草取りの最中斑田や魚住とはぐれて熱中症で倒れていたんだ……)
 エリモスの愛撫に喘ぎながら、ケンスケは改めて回想する。
(全身が煮えるように熱かったのを覚えている……声も上げられないほどに衰弱していたんだ……このまま死ぬのかとさえ思っていた……だが、砂の中から現れた彼女に、エリモスに助けられた……。
 エリモス曰く、助けた時点での俺は本当に危ない状態だったらしい。彼女は俺を何とか助けようと手を尽くしてくれた。そして俺は、こうして無事に生きている……)

 身に着けていたもの、衣類や雑貨などは軒並み彼女の消化液で溶けてしまった。正直かなりの損失ではあるが、二重三重の意味で命を救われたと思えば安いものだ。ケンスケはそう思った。

(……対話の中で、何故俺をそうまでして助けたのかと聞いたことがある。
 魔物なりに男の精が欲しかったからか? なら何故俺だったんだ。こんな貧相な体つきの、死にかけたつまらない男よりもっと都合のいい奴くらい他に居ただろうに。
 そう聞いたら彼女は、不服そうに少し頬を膨らませ……俺のタマを軽く掴んで揉みながら言ったんだ……)

『確かに精は欲しいです。でもそんな理由だけで貴方を攫ったりはしません。
 ケンスケさん、貴方を助けたのは、そうせずにいられなかったからです。私はこの地を愛しています。この地が特別なものであり、多くの方々に愛されていると知っています。だからこの地で誰かが苦しむことなんてあって欲しくはなかったのです。
 助けた時、ケンスケさんは本当に苦しんでいるようでした。意識の戻らない貴方を介抱する内、暑さだけではなく、他にも多くの物事が貴方を苦しめているのだろうと察しました。
 だからケンスケさん、私は貴方を救いたい、癒したいと思ったのです』

 それから、とエリモスは付け加える。

『それにケンスケさん、貴方はつまらない男なんかじゃありません。貴方がた三人が砂丘の草取りをしている様子をずっと下から聞いていた私が保証します。
 同行者の方が「なんで砂丘の草取りなんてするのか。砂丘も砂漠と同じなら植樹しろ。砂漠は害だ」と言い出したことがありましたよね。その発言に対しもう一人の方がお怒りになって、今にも喧嘩になりそうで……その時貴方は「砂漠や砂丘も自然や社会に於いて少なからず重要な役割を担っている」という説明で彼を諭しておられたでしょう?
 そこまでの博識さと優しさをお持ちの貴方がどうして、つまらない男だと言えるでしょうか。
 少なくとも私は貴方を、とても魅力的で素晴らしい男性だと思いました。
 あと、あなたが貧相と言うその体つき……私は魅力的だと思いますよ? 欲を言えば、栄養をとって健康的な体つきになって頂いたほうがより好ましくはありますが……』

(……断言できることは、彼女が本当に優しい……俺なんかには勿体ないくらいの"いい女"だということ……なんだが、きっとそれを言えば彼女は『ご自分を卑下しないで下さい』とでも言ってくるんだろうか……)


 思案しつつ、ケンスケはエリモスに身を任せ、何度目かの射精に身震いし、幸福感に酔いしれるのだった。
20/02/10 20:11更新 / 蠱毒成長中
戻る 次へ

■作者メッセージ
〜今回わかったこと〜
・ケンスケを助けたのはサンドウォームのエリモス。
・年齢=彼女いない歴=童貞歴のケンスケ、反動からかかなりチョロいかもしれない。
・藻仁田ニイヒトはとにかくやばいやつ。
・そんなやんばいやつに相応の地位を与えているナニガシ企画もやばい会社。
・ハンタロウとカゲトラは会社を抜け出した。どうやら何か考えがあるようだが……?
・エリモスはかなり長い間鳥取砂丘に住んでいて、そこが特別な場所だと知っている模様。
・エリモス曰くケンスケは博識で優しい男。
・でも砂丘の景観維持や環境保護を考えたり、ケンスケを助けて献身的に世話をするエリモスも大概優しい女。

そして次回明らかになること……
それはまだ……草生した砂の中……

それが……スナキズナ!

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33