連載小説
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砂の参
「いいかい魚住くん。君に一々説明する必要もないと思うけど、僕らは別に遊びに行くわけじゃないんだ。気を引き締めて行こう」
「ええ、その点は承知の上ですよ斑田さん。事は一刻を争うほどに重大ですが、焦って生半可な状態で向かったんじゃどうにもなりません。準備は入念に行わなきゃいけませんね」

 夕暮れの一般道を往くバンの車内。ハンドルを握るハンタロウは助手席のカゲトラに言い聞かせる。とは言え彼も既に相応の覚悟をしていることは、頼もしさに溢れた返答にこれでもかと現れていた。

「いい答えだ、魚住くん。やっぱり君に協力を頼んで正解だったよ」
「買い被りすぎですよ斑田さん。まだ作戦は始まってすらいないんですから……よく言うでしょう? 『家に帰るまでが遠足だ』って」
「ああ、『帰路についても油断せず気を抜くなって』意味の、言わずと知れた決まり文句だね」
「ええ。まして今回は遠足なんて生温いものじゃない。場合によっては生きるか死ぬか……命懸けの展開も決して無くはないわけですから」
「そうとも……やるよ、魚住くん。
 僕らで必ず、銀辺を助けるんだ!」
「はい、斑田さんっ!」

 かくしてハンタロウとカゲトラの戦いは密やかに幕開ける。
 行方不明のケンスケを、必ず助け出す為に。


 ハンタロウとカゲトラによるケンスケ捜索は徹底したものであった。その道のプロフェッショナルにこそ遠く及ばないものの、公的機関に頼りもしない未経験の素人にしては驚異的と言えた。
 二人の給料二年分に相当する額の金でエベレストに挑む登山家の如く装備を整え、昼は砂丘や街中で聞き込みをし、夜間はライトで夜闇を照らしながら砂丘で手掛かりとなる証拠を探った。
 また、ケンスケが誘拐された可能性も考慮し、ネットで情報を募ることも忘れず、いざとなれば犯罪者や魔物との戦闘も覚悟の上だった。特に魔物については、二人揃ってそれまでそこまで詳しくなかったためこの作戦の為にわざわざ学んだほどであった(更に加えてハンタロウは魔物への対抗策としてどこからか魔界銀製の武器も仕入れており、カゲトラを戦慄させた)。

「どこで手に入れたんですかそれ……」
「ま、ちょっとしたツテというかコネでね……魔界銀製品を溶かして自作した弾丸とかもあるよ?」
(ハッキングとか平気でやっちゃうし銃もホイホイ扱えるし、相変わらず何者なんだこの人……)

 二人は三日三晩殆んど休まず調査を続けたが、結局確かな情報を掴むことなどできなかった。砂丘表層に手掛かりはなく、当日砂丘に居たのはほぼ自分達のみ。不特定多数相手に目撃情報を募っても総じて別人との結論しか出ず、警察顔負けの捜査力を誇るハッカーらに依頼しても目ぼしい結果は出なかった。
 そして最後の頼みの綱、当日の鳥取砂丘を写した衛星写真を解析した所、当日ケンスケが倒れていた場所は特的できたものの、砂上の彼はものの数分足らずの内に忽然と姿を消しているかのやうだった。
 写真には人間や魔物に拐われたような形跡すら見受けられず、まさしく『砂の中に消えた』としか言い様のない有り様にはハンタロウもカゲトラも頭を抱えるしかなかった。

 最早二人に残された選択肢は、ただ一つ

「魚住くん……わかるよね? 僕らにはもう、選択肢なんてない……」
「ええ、こうなったらもう、仕方ありませんよ……」

 あるファミリーレストランの駐車場。肩をすくめた二人は、静かに車へ乗り込んだ。




「……ぎゅぎゅっ……ぎゅうー♪ ……ぎゅぎゅっ♪……ぴゅっ、ぴゅ、ぴゅるぅ〜♪」
「ぁっ、んっ、っく……っぁはぅっ!」
 全身を滴る成分不明の粘液。
 人間のそれとは異なる感触の豊満な乳房。
 絶妙に脳を刺激し衝動を助長させる巧みな囁き。
 エリモスの絶技によって弄ばれたケンスケは容易く絶頂し、見事なまでに射精する。
(……恐ろしいもんだな、慣れってのは)
 余韻に浸りながら、ケンスケは思案する。
 色恋など自分には関係がない。自分は生涯独身童貞でも気楽に生きていればそれでいいと思っていたのに、気付けば彼女の虜になっていた。
 彼女に依存して生きている自分が居たのである。

(……寝て起きて、彼女に食事を貰い、彼女との性行為に興じる……なんというか、パッと見ただのヒモだよなあ……。
 俺が彼女にしてやれることと言えば、精々時折地上のことを話して聞かせるくらいのものだ。これでいいのだろうかと、今でも時折思うことがある。
 地上の話というのも、彼女が何でもいいと言うからわりと結構なんでも話してしまっているが、彼女が心から楽しんでくれているという確証もない……。
 これでいいのか、俺……なんて悩んだところで、結局彼女と接しているとそんな悩みなんて気に留める価値もないと思ってしまう……)

 それなりに真面目なケンスケは、エリモスと暮らす日々を楽しみつつも自分の存在意義について悩んでもいた。この状況に甘んじていていいのだろうか。もっと彼女の役に立てることはないだろうか。
 然し幾ら考えても彼の納得できる答えは出なかった。仕方がないと諦めたケンスケは、柔らかな内壁にもたれ掛かり静かに眠りにつく。
(思い悩むことはないのかもしれない……だがそれでも俺は……)
「ふふっ……おやすみなさいね、ケンスケさん……」
 安らかに眠るケンスケに優しく微笑むエリモス。その視線は子を見守る母か、弟の身を案じる姉のようであった。
 内壁を寝袋のように変形させケンスケを包み込んだエリモスは、夢の中にいるであろう愛しい男へ軽く口付けし、無駄のない動きで外殻の″頭部″へ向かう。
(こんな時刻に上の方が騒がしい……何かあったのでしょうか……)




「うおおおおおおお! スコップを砂地に上からSHOOOOOOT!」
「超! Exciting!!」

 日も暮れた鳥取砂丘。人気のない筈の砂地に、平成に流行った玩具CMめいた男二人の騒ぎ声が響く。
 その発生源こそは――殆んどの読者諸兄姉らはお察しのことと思うが――会社員の斑田ハンタロウとその後輩、魚住カゲトラに他ならず。

「掘削やめるもんかーっ♪ 助け出す誓ぁいぃぃぃぃぃ!」
「どうして諦めるんだそこで! 諦めるな! もっと! 熱く! なれよぉぉぉぉ!」

 砂地でスコップを振り回し、人間離れしたペースで大量の砂を掘り起こしては穴を堀り続ける二人。その有り様は最早人間の男に化けた魔物が如き勢いであった。

「待っててよ銀辺ぇぇぇっ!」
「ケンパァーイ! 今迎えに行きますーっ!」


 最早万策尽きたハンタロウとカゲトラは、最後の悪あがきとばかりに些か正気の沙汰とは思いがたい行動に打って出た。
 それは『ケンスケが消えた地点をひたすら掘り続ける』という馬鹿げた暴挙としか言い様のないものだった。

 後に二人はこの時の心境についてこう語ったという。


――あの時は多分もう正気ではなかっただろう。
――結果的に彼が助かれば自分達はどうなってもいいと、本気で思っていた。
――無意味で馬鹿げているという自覚はあった。だが諦めるよりはマシだと思った。

――そして同時に、まさかあんなことになるとは夢にも思わなかった。
20/02/12 20:21更新 / 蠱毒成長中
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■作者メッセージ
〜今回わかったこと〜
・ケンスケを助けるべく動き出したハンタロウとカゲトラ。
・二人のケンスケ救出にかける熱意や想いは本物。
・ハンタロウは何やらヤバげな知り合いがいるらしい。
・ハンタロウは銀製品を溶かして武器に加工する技術も持っている。
・どうあがいても見つからないケンスケ。
・短時間でエリモスとの生活に慣れるケンスケ、やっぱチョロい?
・追い詰められた二人の暴挙はまさかの奇跡を起こすのか。

そして次回わかること……
それはまだ、草生した砂の中……
それが……スナキズナ!

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