連載小説
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第三話 女海賊メアリー参上!
「おぉ!ここね……!」

私はようやく目的のダンジョンまで辿りついた。見たところ、入口は石造りで如何にも秘宝がありそうな感じがする。
この中に究極の秘宝があるかもしれない……よし!早速行ってみますか!

「ハァ、ハァ……おい!急げ!」
「……ん?」

ふと、ダンジョンの奥から人の声が聞こえた。そして徐々に足音らしき音が大きくなり、こっちに向かって来てるのが聞き取れる。

あれ?もしかして……誰かに先を越されちゃった!?うそぉん!?って、ここで立ってる場合じゃないわ!速く隠れなきゃ!

私は慌ててダンジョンの門の縁に隠れてその場をやり過ごす事にした。暫く身を隠していると、三人の人の声が聞こえた。

「ハァ、ハァ……全く、豪い目に遭ったぜ……!」
「ホント、帰るのがこんな命がけとは思わなかったわ……」
「私……もうこんなダンジョンには入りたくないです!」

これは……男の人と女の人?女の方は二人みたいだけど……?
私は見つからないようにそっと顔を出して声の正体を確認した。

「……え!?あれって……」

私が見たのは……一人の背が高くて若い男の人と、白衣を着た青い髪のサキュバス、そして綺麗な着物を着た稲荷だった。ただ、あの身なりからしてこの島の住人って訳じゃないみたい。
特に男の人……何やらシー・ビショップの魔力を感じるわ。もしかしてインキュバスかな?でも何故こんな所に?

「全く、秘宝を探しに来てみたらこのザマだ……!」
「まぁ、無事に帰ってこれたんだから良かったじゃない」
「そうですね……速く海賊船に帰りましょう」

……えぇ!?秘宝!?まさか、ホントに先を越されちゃったの!?
それに今、あの稲荷の女の子、海賊船って……まさかあの人たち、海賊!?
……まてよ、たった今ダンジョンから帰って来たって事は…………もう秘宝を手に入れちゃったの!?

「よし、今日はもう疲れちまったし、速く帰って……」

カチッ!


あれ?気のせいかな?今何かカチッって音が……

ポンッ!

「うぉ!?な、なんじゃこりゃ!?」

突然、ダンジョンの入り口にいる三人の足元から白い煙が小さく噴き出てきた。

「な、なんか……眠く……なって……」
「最後の……さい……ご……で……」
「も、もう……ダメ……眠い……です……」

煙を浴びた三人は一気に全身の力が抜けてその場で倒れてしまった。
……あ、あれ?もしかして……寝ちゃった?

「……そぉ〜っと、そぉ〜っと……」

私はゆっくりと倒れてる三人の海賊たちの下へ歩み寄って様子を見てみた。

「……ぐぅ〜……ぐぅ……」
「あら、お寝んねしてる」

倒れた海賊たちは完全に寝てた。
成程、そう言う事か。地面から噴き出たのは煙状の眠り薬だったのね。
それで、運悪くそのトラップを踏んじゃったって事か…………。

「……それよりも……この人たち……」

秘宝手に入れたのかな?
それだけが気がかりだった。本当に手に入れたのかもしれないし、もしかしたら途中で諦めて引き返したのかもしれないし……。

「う〜ん……」

……念の為……調べちゃおっかな?
この人たちの持ち物を調べて、秘宝があるか無いかを確認しよう。ダンジョンに入るのは、その後でも大丈夫だよね。

「それじゃ、失礼しま〜す♪」

まずは、この男の人から調べよう。
私は男の人の持ち物を調べようと、徐に手を伸ばし…………

「何をしている?」
「ひょえ!?」

突然、背後からガシッっと腕を掴まれた。不意の出来ごとに驚きながらも、私は腕を掴んだ人物へと振り向いた。

「コソ泥め……どういうつもりだ?」

そこには、高貴な服を纏い黒色のマントを羽織った女の人が立っていた。
この人……もしかして、ヴァンパイア?でも、なんでこんな所にいるの?それに今、夜じゃないのに……。

「えっと、もしかして君、ヴァンパイア?」
「もしかしなくても、ヴァンパイアだ」
「で、でも今は夜じゃないよね?外に出ちゃって良いの?」
「空を見てみろ」

腕を掴まれたまま私はヴァンパイアに促されるままに空を見上げた。

「…………」
「どうだ?天気の調子は?」
「えっと……お世辞にも良い天気とは言えないね……」
「そう言う事だ」

今の天気を見て事情を理解出来た。空には黒い雲が空一帯を覆っていて太陽の光を完全に遮ってる。それに忘れてたけど今は夕方で、もうすぐ辺りが暗くなる頃合だった。

「では、次は私の質問に答えて貰おう。今そこで呑気に寝ている三人組は私の旅の同行者だが……何故こんな事になってる?」
「え?この人たち、君の仲間なの?」
「ああ、そうだ。で、何故こんな事になっている?」

そう質問してくるヴァンパイアは完全に疑いの眼差しで私を見つめていた。
うわぁ……なんだか疑われてるよ……私がやったんじゃないのに……。

「えっとね、そこの男の人がトラップを踏んじゃって、地面から眠り薬が噴き出て……」
「何故トラップなんてあるんだ?何故そこまで詳しく知ってるんだ?」
「私、物陰に隠れてて一部始終を目撃してたのよ」
「…………」
「ほ、本当だよ!お願いだから信じて!と言うかもう腕を放して!」

私が必死に弁明しているのにも関わらず、ヴァンパイアは私の腕を掴んだまま睨んでくる。
うぅ〜、何か怖いよぉ〜!お願いだから信じてよ〜!

「……フン、どうやら嘘ではないようだな」
「お!信じてくれるの!?」
「まぁ、その様子からして嘘を付いてる訳ではなさそうだしな」

おお!信じてくれた!やっぱりちゃんと話せば分かってくれるものね!

「……で、貴様はさっき何を仕出かそうとした?」
「……ほぇ?」
「何か盗もうと手を伸ばしただろ?私はその動作をしっかりとこの目で見たぞ」

一難去ってまた一難……疑いが晴れて躍っている心を打ち砕くかのようにまたしても有らぬ疑いを掛けられた。

「ぬ、盗もうだなんてしてないよ!私はただ、この人たちの持ち物を調べたくって……!」
「さて……どうだかな……」

ヴァンパイアは私の腕を掴んだまま未だに疑いの眼差しを向けている。
どうしよう……もうこれ以上弁解のしようがない……私、どうすればいいの?

「リシャス、そこまでにしてやれ。それ以上問い詰めたら可哀想だろ?」

ふと、私の足元から男の人の声が聞こえた。

……あれ?この人、さっき寝ちゃったハズなんだけど……?

そこには、寝ていたハズの男の人がこっちを見ていた。

「……キッド、やはり貴様、最初から眠っていなかったな?」
「あ、やっぱりバレてたか?」
「ああ、一瞬だけ目を開けてこっちを見ていた気がしたのでな」

男の人……キッドと呼ばれた人は苦笑いを浮かべながら徐に立ち上がった。

「で、何故貴様だけ眠らなかった?」
「いや、トラップを踏んだ瞬間に嫌な予感がしてさ、煙が出た瞬間に鼻と口を塞いだんだ。まぁ、倒れる程の眠気は防げなかったがどうにか耐えられたけどな」

成程……この人、対処法を知ってたんだ……侮れない人ね。

「で、リシャスこそどうしたんだよ?こんな所まで来て」
「ああ、今日は早く目が覚めてしまってな。何もやる事が無くて気晴らしにこの島で散歩をしてたんだ。そしたら自ずとここに辿りついて、今に至ると言う訳だ」
「そうかい……さて、問題はこの女だな」

この男の人……キッド君は私へと視線を移した。
うぅ……ヤバいなぁ……秘宝を探しに来ただけなのに……とんでも無い事になっちゃった。

「……ん?」
「……ほぇ?」
「んん?う〜ん?」
「な、なにかな……?」

キッド君は私の顔をまじまじと見つめてきた。
そんなに見つめられても困るんだけどなぁ……。

「……ここで立ち話も何だし、こいつも船に連れていくか」
「えぇ!?」

ふ、船って……この人の海賊船に?なんで?私をどうするつもりなの?

「まさか、私を海に沈めちゃうの!?やだやだやだ!!それだけはやだ!!」
「落ちつけよ、少しばかりお話するだけさ。酷い目には遭わせたりしない」
「……ホントに?」
「あぁ、それに俺は断言できる。アンタは絶対に悪い奴じゃない。そうだろ?」

思わずこの場から逃げようと抗う私に、キッド君は優しく宥める様に話しかけてきた。
なんだろう……この人、海賊の割には優しそうで野蛮な人とは思えない。それに、私が悪い奴じゃないって……どう言う事だろう?

「さてと、そんじゃ……」

すると、キッド君は踵を返し、未だに眠っているサキュバスと稲荷の二人組の下まで歩み寄った。
そしてその場でしゃがんでそっと二人の耳元で…………






「何時まで寝てんだ!起きろぉぉぉぉぉぉぉ!!」



「「あひゃああああああ!!?」」

素っ頓狂な叫び声が島中に響き渡った………………。





******************************





海賊船のダイニングにて、俺はダンジョンの入り口で出会わせた女を連れて帰って来た後、色々と話を聞く為にダイニングに移動した。

ちなみにあの後、楓とシャローナはかなり疲れた様子で早くも自室に(シャローナは医療室に)向かって行った。リシャスに至ってはコリックと一緒に過ごすとか言って自室へと戻って行った。
そのお蔭で今現在ダイニングにいるのはダンジョンで出会った女と俺だけだ。

「さてと、まずは自己紹介からした方が良いか?」
「うん、そうね……」

未だに警戒しているのか、テーブルの向かい側に座っている女は緊張気味な様子だった。
俺は改めて目の前にいる女の外見を見てみた。服装は至ってラフな格好で動きやすそうだ。少し汚れてはいるものの、頭に巻かれてるバンダナが様になってる。
見たところ武器らしきものは持っていないようだが……女の足元にはさっきまで肩に掛けられてた小さめのバッグが置かれている。
一言で言うと……『海賊』みたいな感じだ。

「それじゃ、まずは俺から。俺の名はキッド、この海賊船の船長だ」

挨拶もそこそこにして、俺から名乗って話を切り出した。すると、バンダナの女は応えるように自ら名乗って来た。

「私はメアリー。今は独りだけど、これでも海賊をやってるの。よろしくね」
「ほう、やっぱり海賊だったか。それにしても独りで海賊とは大変そうだな」
「えへへ、いや〜実は海賊になってから一カ月しか経ってないんだよね〜♪」
「一カ月?てことは海賊としての経験はまだ浅いのか」
「うん、でも何時かは大きな海賊船のキャプテンとして冒険しようと思ってるんだ」

話すうちに緊張が解れたのか、メアリーは終始笑顔を絶やさずに話してきた。
子供みたいに天真爛漫な女だ。やっぱり悪い女じゃなさそうだな。

「……で、アンタは何故この島に……って聞く必要無いか」
「あ、もしかして分かっちゃってる?」
「どうせアンタも俺たちと同じ様に秘宝を狙って来たんだろ?」
「そ、そうだけど……」

秘宝の話を切り出した瞬間、メアリーはまたしても緊張した様子を見せた。どうやら、秘宝を狙ってるライバルだと認識されてるのが嫌なんだな。

「あぁ、言っておくが今は秘宝は誰の物かなんて口論は禁止な。手元に無い物を奪い合ってもしょうがないだろ?」
「……ま、それもそうだね。でも、もしゲット出来たら私にも見せて欲しいな」
「なんだ?見るだけでいいのか?」
「うん、だって私、最初から秘宝をお金に変える気はないし、お宝が見れるだけで満足だもん」

そう話すメアリーの笑顔からして、今の言葉は嘘じゃなさそうだった。
それにしても、お宝は見るだけで十分だなんて言う海賊、俺は初めて見た。

「アンタみたいに純粋な海賊は初めて見たな。アンタ、俺から見れば結構変わってるぜ」
「え?だったら君だって同じでしょ?」
「……俺が?」

メアリーはテーブルに肘をついて顔に手を添えながら言った。

「だってさ、普通だったら初めて会った得体の知れない怪しい人をいきなり船に乗せたりしないでしょ?それなのに君は私が『悪い奴じゃない』とか言って……なんでそう思ったの?」

……まぁ、それは尤もだ。

「一目見た瞬間から分かったさ。アンタは悪い奴じゃないってな」
「あ、断言した。で、その根拠は?」
「そうだな……まぁ、仮にも間違ってたら申し訳ないんだが……」
「ん?」

俺はジッとメアリーの眼を力強く見据えて断言した。

「アンタ、魔物だろ?」

俺がそう言った瞬間、メアリーは目を見開いた。
その表情からして、内心動揺してるのかもな。だが、問題はメアリーがどんな魔物かだ。俺の勘が正しければ、多分こいつは……そう、アレだろうな。

「……なんでそう思うの?」
「いや、なんつーかさ……アンタってそんな感じがしてさ。なんなら、アンタがどんな魔物か当ててやろうか?」
「……どんな魔物だと思う?」

メアリーは真偽を見定めるかのように真剣な面持ちで俺を見据えた。

「そうだな……俺の読みが正しければ…………」
「………………」








「アンタ、リリムだろ?」




「え……」

俺の言葉を聞いた途端、メアリーはひどく驚いた表情を浮かべた。だが、俺は構わずに話を続けた。

「いや、実はな……俺の叔父さんがアミナって言うリリムを嫁に貰っていてな。俺自身もアミナさんと何度も会ってるんだ。まぁ、正式には俺の叔母さんって事になるな」
「!?」
「それで、偶然かもしれないけど俺はその人以外にも色々なリリムに関わったんだ。それが原因で自ずとリリムの魔力を感じる事が出来てな。アンタからも、そのリリムと同じ魔力を感じるぞ」
「…………」
「それに、そのアンタの赤い瞳。それは全てのリリムの共通点だ。違うか?」

あくまで偶然なのかもしれないけど、俺は叔母さんであるアミナさん以外にも様々なリリムに会って、そのお陰でリリムの魔力を感じ取る事が出来るようになった。やっぱりリリムは全員魔王の娘なだけあって、魔力の波長が似ているのかもな。

「……あっちゃ〜!こんな簡単に見破られるなんて、私もまだまだね……」

やがて観念するかのように、メアリーは苦笑いを浮かべながら頭のバンダナを外した。そこには、リリムの共通点である黒い角があった。
やっぱりこいつ、リリムだったか。自分から言うのもアレだけど、俺の洞察力も捨てたもんじゃないな。

「それにしても海賊をやってるのは聞いてたけど、まさかこんな所でアミナ姉さんの甥っ子さんと出会うなんて思わなかったよ」
「アミナさんを知ってるのか?」
「うん、アミナ姉さんには子供の頃から可愛がって貰ってたよ。最近会ってないけどね」

メアリーは外したバンダナを再び頭に巻きながら懐かしそうに笑いながら話した。
でもまぁ、俺もこんな島でリリムと出会う事になるなんて思ってもいなかった。冒険ってのは、何時どこでどんな人に会うのか本当に分からないものだ。

「……でもさ、それがどう関係してるの?」
「あ?何がだ?」
「だから、私が悪い人かどうかって事。確かに私はリリムだけど、なんでそれだけで悪い人じゃないって判断したの?」

ああ、そう言う事か。でも、俺自身も詳しくは分かっていない。ただの経験から理解した事だからな。

「そうだな……まぁ単刀直入に言うと……リリムに悪い奴はいないからな」
「ほえ?」

俺の答えを聞いたメアリーは、まだ理解できないと言いたげに首を傾げた。その仕草は何処か子供っぽく感じるが、俺はとりあえず話を続けた。

「さっき言っただろ?手の指で数えられる程度でしかないが、俺は色んなリリムと出会ったんだ。その人たちは全員良い奴で、根っからの悪人は一人もいなかった」
「うんうん!みんな優しいよ!」

俺は嬉しそうに頷くメアリーに話し続けた。

「リリムは世界中に数え切れない程存在するが、やっぱり全員血が繋がってるだけあって良い人ばっかり。それで分かったんだよ。『魔王の娘』はみんな悪い奴じゃないってな」

今言った俺の言葉の中には偽りなんて一片も存在していない。偏見かもしれないが、魔王の娘はみんな良い奴ばかりで、救いようのない極悪人は一人もいない。俺は本気でそう思っている。

「……えへへ!よかった♪」

メアリーは嬉しそうに、そして安心したように温かい笑みを浮かべた。

「船に乗せられた時はさ……もしかして殺されるんじゃないかと思ったけど、君が優しい人で安心したよ」
「別に殺すとは一言も言ってないだろ」
「そうだっけ?ま、良いか!君とはお友達になれそうだしね♪」
「おいおい、話が早いな……」
「えへへ!あ、でも分かってるかもしれないけど、君の妻になる気はないよ。そんな気は無いし、私はお嫁さんのいない男と結ばれる予定なの」
「俺だってそんな気は無ぇよ。俺が愛しているのはサフィアだけだ。他の女に目移りする気は無いし、ハーレムも興味無い」
「へぇ〜、意外と一途だね」

気のせいかもしれないが、こうして他愛も無い会話をしていく内にお互い打ち解けられたように感じた。
初めて会った人との何気ない会話ってのも、悪くないものだ。

「あらキッド、お帰りなさい」
「あ!お兄ちゃん、お帰り!」
「おう!ただいま!」

突然、ダイニングの扉からサフィアとピュラが入って来た。
おお、そうだ。ちゃんとメアリーに二人を紹介しなきゃな。

「ああ、あのシー・ビショップはサフィアで、俺の妻でもある。で、こっちの小さいマーメイドは……」
「……か……か……」
「……ん?どうした?」

メアリーは驚いた表情を浮かべたかと思うと…………

「可愛い〜♥♥」

キラキラと目を輝かせながらピュラの下まで駆け寄った。そしてピュラの目線に合わせる様に膝を曲げて優しい口調で話しかけた。

「どうも初めまして!私、リリムのメアリー!ねぇ、君のお名前は?」
「あ、えっとね……私、ピュラ!マーメイドだよ!」
「ピュラちゃんか!良い名前だね!それに君、すっごく可愛い!」
「そ、そうかな……ありがとう!」

優しく接してくるメアリーに対し、ピュラも嬉しそうな微笑みを浮かべた。
しかしこの反応……もしかして子供が好きだったりするのか?

「なぁメアリー、ひょっとしてアンタ子供好きだったりする?」
「うん!好きだよ!ちっちゃくて可愛いよね!」

そう言うメアリーは明るい笑顔を浮かべながらピュラの頭を優しく撫でた。ピュラの方も満更でもないようで、抵抗せずに頭を撫でられている。

「あの、キッド……この人は一体……?」

すると、サフィアが俺に歩み寄って尋ねてきた。
そりゃいきなり見知らぬ人が船に乗ってんだ。不思議がるのも無理はない。

「ああ、本人曰く海賊だそうだ。島を探索してる時に出会ってな。でも心配無いさ、悪い奴じゃないんだから」
「ウフフ、そうみたいですね」

サフィアは微笑ましそうにメアリーとピュラがじゃれ合ってる光景を眺めた。

「あら、みなさんお揃いで」
「あ、キッド船長!お疲れ様です!」
「珍しいな。夕食前にこれだけ人が揃うとは」

今度は楓とコリック、リシャスがダイニングに入って来た。
楓の方は少し休憩して疲れを取った為か、さっきよりは生き生きしてる。

「あら、楓さん。お身体の方は大丈夫ですか?」
「ええ、お陰さまで早くも良くなりました。早速お夕食の支度を始めますね」

そう伝えると楓はいそいそとキッチンの方へ向かって行った。しかし、突然キッチンへ向かう足を止めて、メアリーへと視線を移しながら訊いてきた。

「えっと……そちらの方の分もご用意しましょうか?」
「え?」

どうやら楓はメアリーの分の夕食も作ってくれるらしい。しかし、メアリーは慌てて両手を振りながら答えた。

「そ、そんな悪いよ!お邪魔した上にご飯まで頂くなんて!」
「そんな、遠慮しないでください。船長さんもよろしいですよね?」

楓は俺に賛同を求めてきた。
……そうだな。一緒に食べる人が増えるのに悪い気はしない。

「勿論だ。メアリー、アンタも遠慮するなよ。一緒に食おうぜ」
「で、でも……」

それでも遠慮してるメアリーに、今度はピュラが話しかけてきた。

「メアリーさんも一緒に食べようよ!ねぇ、良いでしょ?」
「ピュラちゃん……うん!それじゃ、ゴチになります!」

ピュラの呼びかけによってようやくメアリーも食べる事になった。

「はい、ではもう少しだけ待っててくださいね。今夜はカレーライスですよ」
「おお!やったぁ!私、カレー大好き!」
「あ、楓さん。微力ながらお手伝いします」
「え、あ……そうね。ご馳走になるんだから手伝わないとね!楓ちゃん、私もお手伝いしま〜す!」

キッチンへ向かう楓の後を追うように、コリックとメアリーも楓を手伝う為にキッチンへ向かった。
へぇ、子供っぽい性格の割には律儀なところもあるんだな。

「しかし、あのメアリーとか言う女……まさかリリムだとはな」

ふと、ダイニングの入り口付近で壁に背を預けてるリシャスが呟いた。
そう言えば船のメンバーの中で初めてメアリーと対面したのはリシャスだったな。
すると、俺の隣にいるサフィアが話しかけてきた。

「それでキッド、あのメアリーさんを新しい船のメンバーとして迎え入れるのですか?私は全然構いませんけど……」

あぁ、成程……新しいメンバーか。その考えは無かった。
そりゃあリリムが仲間になってくれるのは心強い事この上ないけど……残念ながら仲間にはなってくれなさそうだ。

「残念だが、あいつは仲間になりそうもないぜ」
「え?どうしてですか?」
「あいつ、何時かは海賊団の船長として冒険するのを夢見てるらしいんだ。これから船長になる予定なのに、今更別の海賊団に入団する気は無いだろう」
「ああ、考えてみればその通りですね」

サフィアは納得したように大きく頷いた。
俺としては仲間が増えるのは喜ばしい事だが、本人の意思を考えずに無理矢理入れさせるなんて強引な真似はハッキリ言って嫌いだ。キチンと相手の意思を尊重した上で仲間に引き入れる。それが一番だ。

だが、一晩くらい船に泊めてやっても良いか。
あんなに無邪気な性格なら他のメンバーともすぐ仲良くなれそうだし………………





ヒュゥゥゥゥゥ………………





「!?」

なんだ!?今、あの窓から誰かの気配が!

「キ、キッド!?」

サフィアの呼びかけを背に、俺は咄嗟に椅子から立ち上がり、気配を感じた窓へ駆け寄った。

……今のはなんだ?誰かいるのか?

窓から外の様子を見たが、そこで見えるのはだだっ広い海原のみ。他には何もない。試しに窓を開けて身を乗り出し外の様子を見てみたが、やはりそこには何も無かった。

「……あの、キッド。どうしたのですか?」

すると、背後からサフィアが心配そうに俺の背中を叩いてきた。内心未だに落ち着かないものの、俺はサフィアを心配させないように冷静を装って答えた。

「いや、何でもない。海からサメが顔を出してた気がしたけど、何処にも見当たらなかった」
「サメ……ですか?」
「ああ、気にするな。それよりテーブルに戻ろうぜ」
「は、はい」

頭の中に咄嗟に浮かんだ言葉を並べて誤魔化しつつ、サフィアと一緒にダイニングのテーブルへ向かって行った。

……今、確かに人の気配を感じたような……。

それとも、ただの思い過ごしか?俺としては、そうであって欲しいけどな…………

「みんな〜!ご飯だよ〜!楓ちゃんのカレーだよ〜!」
「ん?今日は出来あがるのが速いな」
「予め数日前から作ってじっくり煮込みましたから、後はご飯に掛けるだけですぐに出せるのです」
「成程……それにしても、これは美味そうだな」

上機嫌なメアリーと微笑ましく笑う楓がテーブルの上に次々とカレーライスを並べていた。美味しそうな匂いが鼻をくすぐり、速くも食欲をそそった。

「キッド、今日も美味しく頂きましょう」
「……ああ、そうだな」

サフィアの温かい笑みを見た瞬間、俺の心も次第に温かくなってきた。

さて、今は腹ごしらえが優先だ!今日も沢山食って明日に備えるとするか!





****************




「……成程、今までの海賊とは違うな…………」

俺は魔力で構成した巨大な鳥……ウィング・ファルコンに乗り、足元で海岸に停泊している海賊船を見下ろした。

数時間前まではラスポーネルの船に乗っていたが、船より俺の魔術で作られた鳥の方がよっぽど速い。というわけで、まずは俺だけ先陣切って島の様子を見に来てみた。
そこで海賊船らしき船を見つけて窓から船の内部を見ようとしたら……危うく気付かれるところだった。

「ひと足早く様子を見に行って正解だったな。これは久々に楽しめそうだ」

久しぶりに目にした手応えのある標的を見て奴らとの戦闘が楽しみに感じてきた。
特に長剣とショットガンを腰に携えた船長らしき男……確か、キッドと言う名前だったな。俺自身は気配を消したつもりでいたが、奴は僅かな気配ですら感じ取った。

「あの男は……久々の大物になりそうだな!」

俺はあの男……キッドとの戦闘に備える為に、ラスポーネルの船へと引き返す事にした。

「よし……行け!ウィング・ファルコン!」

魔力の巨大鳥は、ここより遥か遠くで海に浮かんでる船に向かって優雅に羽ばたいた………………。

「血が騒ぐ……この俺の……バジルと言う名の賞金稼ぎの血が!」
12/08/10 22:49更新 / シャークドン
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■作者メッセージ
どうも、シャークドンです!
何だかんだで三話目に突入しました!

さてさて、今回のお話でメアリーの正体が明らかになりました。
と言っても、勘の鋭い方はもう察しがついてるかと思いますけど……。

と、ここでちょっとした補足を……。
最後に出てきたバジルが乗ってる鳥らしきもの……あれはバジルの魔術によって作られた魔力です。直に触れる事が出来る魔力を鳥の形に変えたものです。

そして次回は、今回書かれなかったメアリーに関するお話と、『あの人』に関するお話です。
え?『あの人』って誰かって?
はい、『あの人』とは序説から存在を仄めかしていた……
そう、ティーチ・ディスパー。通称『黒ひげ』のお話です。

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