連載小説
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TAKE15 開幕! 遊園地デート大作戦!
「待ぁちゃがれぇぇええいンナロがっテメェェェェ!」
「無事で帰れると思うんじゃねぇぞおおおおおおっ!」
「全速前進だぁぁぁぁぁぁーっ!」
「ブッヒィィィィィィィィィィィィィ!」

「待てと言われて誰が待つか! 然したかがハムもどきの癖には中々しぶとい奴らだ……加速するか。
 マキさん、しっかり掴まってて下さい」
「は、はいっ!」

 白昼のハイウェイを、二台の車が駆け抜ける。
 前を往く二輪車に跨るのは二人の男女。その後ろを走る四輪車には女が複数人。
 二輪車の男女は風貌からして人間と思われ、対する四輪車の女たちは魔物――豚の獣人オークと、その上位種ハイオーク――であった。

(全く、どうしてこうなったんだか……)

 二輪車を運転する男は、加速しつつ物憂げに独白する。
 後ろの女は転落すまいと必死にしがみついている。お蔭で彼女の1mを超える爆乳が押し当てられ、衣類越しにもその感触が伝わってくる。普段ならば股座にテントの一つでも張りたくなる所だが、斯様に緊迫した状況下とあってはそんな余裕もありはしない。

(折角のデートだったのになぁ……)

 女を落とさぬ程度に加速、大小様々な車両の間を巧みにすり抜けつつ、男……もとい、男優の志賀雄喜は回想する。





「……デート、ですか?」

 キラメキングダム株式会社代表取締役社長、古坂彦太郎の口から出た思いがけない言葉に、雄喜は思わず聞き返す。

「そう、デートさ。……と言っても当然、ただのデートじゃない」
「と、仰いますのは……」
「デートの行先は当社傘下の施設で、ということさ。うちの会社は色々と手広くやっていてね、その中には観光ツアーの企画やアミューズメント施設の運営なんかも含まれる……僕の名を見てあんな反応をした君だ、名前くらいは知ってるんじゃないかな?」
「はい。幾つかの施設には撮影で行ったこともありますので……然し、失礼乍らそれは仕事ではなく単なる観光では?」
「いやいや、失礼なんてことはないよ。普通は誰だってそう思うし、僕もただ君らに遊んで来いと言ってるわけじゃない」
 古坂はどこからか取り出した大ぶりなタブレットを起動した。その画面に映し出されていたのは……
「……『四社対抗PV合戦』?」
「そう。まだ一般には公表してないここだけの話なんだが、実はうちと他三つの海外企業でそれぞれ自社事業のプロモーションビデオを作って競い合おうってイベントを考えててね」
「つまり、僕らにそのPVに出てほしいと」
「そういうこと。理解が早くて助かるよ。まぁ、とは言ってもそんなに難しいことは要求しないさ。君らが楽しんでる様子をこっちで撮影して、撮れた画を使わせて貰うだけだから。
 勿論君らが了承してくれれば、だけどね」
「そうですか。僕は元々表に出る人種ですし、構いませんよ。他のお三方次第といった所で」
 話を聞いた時から、雄喜の答えはそれと決まっていた。何せ世界的な観光地として異界のそれにも引けを取らないと言われるキラメキングダム系列の観光施設である。それらに携わる仕事ができるなど、栄誉と言うほかない。ただ一応の配慮として真希奈、克己、満の意見も尊重しておきたいというのが彼の考えだった。
 するとそこで、柳沼夫妻が狙い澄ましたように口を開く。
「ま、お主ならばそう言うじゃろうと思うての? 小田井らには事前に確認を取っておる。何れもお主らと同じように答えておったわ」
「つまりは志賀くん次第だったってわけで……古坂社長、そういうことですが大丈夫ですね?」
「勿論だとも。然し『クズリ』の得刃リンに『マジ無理しないで! 崇砕道さん』の小田井真希奈かあ……どっちも今注目の売れっ子俳優だし、あとの二人も裏方乍ら魔物娘の例に漏れず超絶美人っ。こりゃいいPVが作れそうだっ」

 と、そんなこんなで雄喜と魔物三名によるPV撮影を兼ねたデートの話はあっさり決定し、柳沼夫妻主導のもと行き先や日程などの計画が練られることとなった。


「まず、全員の体調、行き先となる施設の混み具合、予算額、撮影するPVの構成及び尺、サブタイトルの法則性から推定される残り話数等の諸事情を考慮するに、デートは志賀と小田井・砂川・渡部の内何れか一名から成る人魔ペアで二回行うのが妥当と考えておる。
 尚、尺はデート一回につき一話の予定じゃがあのアホは全く信用できんからどうなるかはわからん
「行先は先日話した通り、キラメキングダム株式会社傘下の観光施設から好きなものを選んでくれ。ただ古坂社長からの要望で『アクセスの良さをアピールしたいのでなるべく日本国内にして欲しい』とのことだ。それと君らのデート費用は当然僕ら夫婦が全額負担するわけだが、悲しいかな僕らもあくまで民間人……出せる額には限りがある」
「此度の計画で既にかなりの出費じゃからのぅ……全く情けない話じゃが」
「古坂社長からは『予算が厳しければ施設の利用料金を免除してもいいし会社で負担することもできる』とは言われたんだけどね、あちらの経営のことも考えるとご厚意に甘えるわけにもいかないかなって……」
「よってその、何じゃ……お主ら、過度な浪費は控えてくれんかの……?」
 心底申し訳なさそうな、目に見えて落ち込んでいる柳沼夫妻の様子に、魔物三名は罪悪感を覚える。思い返せばこの夫妻はこの計画に対して誰より全力で取り組んでおり、自分たちが仕事そっちのけで処女喪失一歩手前まで男遊びに興じていられたのも彼らのお陰である。
 そう考えれば当然、これ以上無理をさせるのは如何なものかと不安にならざるを得ないのだが……

「そうですか、わかりました」

 それ故、この場で夫婦と最も付き合いが長く家族同然の間柄である雄喜の至って冷静な態度には違和感を感じずにはいられないのであった。
 そんな魔物たちの心境を知ってか知らずか、雄喜は平然と言葉を紡ぐ。

「してお二方、具体的には幾らまでなら出せそうですか?」

(い、言ったぁぁぁぁぁ!? 言ったよこの人っ!)
(いっそ引くぐらいストレートに言うじゃないこのイケメン絶倫童貞……)
(まるでどんな客の無茶振りにもとりあえず条件反射で『不可能じゃない』って答えるベガスのハゲニート水槽職人みたいな口ぶりね……)

 雄喜の発言に驚愕する魔物たち。
 然し、その直後……

「ううむ、難しいが……欲を言えば三億五千万までは用意したい所じゃが……」
「現実的なラインだと一億三千万が精々だろうね……」


 柳沼夫妻の発言に度肝を抜かれたのであった。

(いやいやいやいや……)
(何言ってんのよこの偶蹄類とロリコン……)
(デブオタクとハゲニートの水槽職人相手に水槽代は青天井って嬉々として言っちゃう黒人俳優がまともに見えるんだけど……)

 夫妻の金銭感覚に、突っ込む気力すら失せる三名であった。


 ともあれその後も話し合いは進み、各々行き先を決めつつ具体的な計画も定められていった。



 そして時は経ち、デート初日。
 初回で雄喜と行動を共にするのはホルスタウロスの小田井真希奈。
 行き先はキラメキングダム株式会社の運営する『ワンダーパラダイス』。国内外の様々な作品群とタイアップした、王道を踏襲しつつも個性豊かなアトラクションや展示が名物の巨大テーマパークである。


「ユウさーん! こっちですよー、早く早くぅーっ!」
「はいはい、今行きますから待ってて下さいっ」

 派手やかにして豪華絢爛。まさに"奇跡の楽園(ワンダーパラダイス)"と呼ぶに相応しい出入口を潜り、雄喜と真希奈は進んでいく。
 服装は双方共に全体を通してカジュアル。派手過ぎずに素朴、無難乍ら洒落た風に纏められている。
 それらは何れもキラメキングダム傘下の服飾ブランドによる品々であり、彗星の『PV撮影の序でに商品の宣伝もしてみては?』との提案を受けた古坂が用意した代物であった。
 更にそれらは同ブランドの専門家により的確にコーディネートされており、一見違和感はない。
 ただ"違和感が皆無"かというと決してそうでなく。

 まず何より二人とも人相が違う
 雄喜は微かに童顔気味で、真希奈は若干大人びている。
 全く別人というわけではなく、あくまで血縁者か他人の空似程度の――それこそテレビ番組で『芸能人似の顔』として紹介されるような――その程度の、然し明確と言えば明確な違いが、そこにはある。
 そしてまた、真希奈の違和感は人相に留まらない。
 角、耳、尾、蹄のある太い脚、白黒斑模様の毛皮……乳牛獣人ホルスタウロスの特徴たるこれらの特徴が、彼女の身体からは綺麗さっぱり消え失せていたのである。
 一応、白黒の斑か縞模様のような頭髪と1mを余裕で超える胸囲はそのままだったが、その点を踏まえても今の彼女は魔物ではなく人間にしか見えないであろう。
 然しそれもその筈。何せ彼女は今現在、術で人間に化けているのだ。その理由は至極単純、無理なく一般人になりすまして安全にデートを楽しむ為である。
 何せただでさえ魔物は目立つ上、更になの知れた芸能人やその関係者とあっては要らぬ騒動を起こす危険がある。そこで真希奈、克己、満の三名は雄喜とのデートに際して人化の術で人間に擬態し、顔立ちも魔術で若干改変し無理のない偽名を使う(また、お互いをあだ名で呼び合う)などして一般人に成りすますことにした。
 同様の理由から雄喜も偽名を用い、顔立ちを魔術で改変することで一般人に化けている。

 そうした対策もあってか現状二人の素姓がバレることはなく、よってデート(及びPV撮影)は滞りなく順調に進んでいた。



「ユウさんほらほらっ! こんなのありますよっ!」
「ほう、これはまた凝った作りの弦楽器ですね。バイオリンのようなアコースティックギターのような、或いはバンジョー? ともかく造形が独特だな……作者は、ヴァタール・スカーレット?」
「えーっと……『コートアルフがネーヴィア島を拠点に活動する楽器職人。
 優れたバイオリニストであるヴォルトヤー・スカーレットの一人息子として生まれ、職人として腕が経つのみならず父に匹敵する凄腕のバイオリニストであり歌唱力が高いことでも有名』だそうですよ?」
「なるほどコートアルフ……どうりで海を思わせる造詣が目立つわけだ」

 各地の歴史と芸術をテーマにした展示のある美術館の如き区画では絵画や工芸品を楽しみ……


『お前たちは我々の同族を奴隷の如く使役し、その利益を貪る……!
 にも拘わらず、同族を守るべく戦う我々を貴様らはっ、テロリストと呼ぶ!』
「おお、流石の迫力……映像越しにもかかわらずこれほどとは……」
「怖いとかカッコイイとか以前に、演技への熱意みたいなのを感じずにはいられませんよねー」
「ええ。遊んでいる最中に仕事の事を思い出すのはどうなんだとか、役者としてではなくキャラとして見るのが正しい作法だろという話なんでしょうが、それにしても……」
「大前提として私達の大先輩って所をどうしても意識しちゃいますよね」
「ええ、特に僕は新人時代『ハンター・オブ・ザ・マーズ』で彼と共演して大変お世話になった記憶が色濃くて」

 特撮番組を模したステージショーでは、悪役を演じる大御所俳優の思い出話に花を咲かせ……


――ブモォォォォォォォォ――
「うっわ、首長っ! あれアパトサウルスですかね!?」
「いえ、あれはブラキオサウルスですね。確か第一作で主人公が最初に対面した恐竜の筈ですよ。五作目でも同じのが出ましたが、火災に巻き込まれ消えていく様は同作随一の泣き所としてファンの間では未だ語り草になってましてね……僕もあの場面は泣いたなぁ……」
―――グァァ! ガフッ!――
「えぇ!? 何あれでかっ! ワニ!?」
「ああ、モササウルスですよ。海棲のオオトカゲ……四作目にして満を持して登場したシリーズ初の海生動物でした。映画では水中から跳び上がって吊られたサメを一口で平らげたりラスボスに引導を渡したりなど、出番は少なかったもののその分印象的な場面しかないキャラクターで」
「いやいやいやいや冷静に解説してる場合ですか!? あいつ滅茶苦茶水槽に頭突きしてきてますけど!?
「んー、あの子らしくないな……製作陣の解説によると彼女は巨体乍ら人前に出るのを躊躇うシャイガールの筈なんですが」
「だから何で冷静なんですか!? 今にもガラス突き破って来そうなくらいヒビ入ってますけど!?」
「何を仰いますマキさん、どうせVRなんだから食われても死なんでしょ
「いやそんな身も蓋ないこと言われても!?」

 有名SF映画に登場する古代生物の展示施設を体験できる仮想現実アトラクション内部を駆け回り……

 その他絶叫マシンや脱出ゲーム、アーケードゲーム等、二人は様々なアトラクションを堪能した。
 そして時は経ち正午過ぎ。近場のレストランで早めの昼食を済ませた二人は、午後からどのように園内を楽しもうかと大通りのベンチで語らっていた。


「いやー、ほんとに色々ありますよねー。これ一日で回りきれるかな……」
「専用パスポートや園内ホテルなんてものがある理由の実感できる規模、と言った所ですかね。幸いにもボスとチーフから頂いた資金はまだ九割以上残ってますから、いっそ外泊するのも手かと思いますが」
「ああー……そういう手もあるのかぁ。どうしましょうね、ホテルとかちょっと興味ありますけど不意に剥がれちゃうかもしれないし……」
 真希奈の言う"剥がれる"とは(主に魔物の人化に代表される)変身術等が本人の意に反して強制解除されてしまう現象を言う。
「それは僕も他人事じゃないな……では今日の所は日帰りとして――

「オラァ! チビのクセに生意気なんだよぉっ!」

「……なんだ?」

 突如大通りに響く、少女と思しき野蛮な怒声。
 一体何事かと目をやれば……


「ひっぐ、っうっ、うぇぇぇ……」
「おい、返せよ! 返せったら、このっ!」
「へっ、やなこったィ! 取れるもんなら取ってみなー!」
「いよっ、お見事ですお嬢っ!
「身の程知らずの平民どもに格の違いをわからせてやるとはお優しいっ!
「いやはや流石姉御の妹君だぁ、こりゃあ将来大成間違いなしですぜぇ!」
「へっへっへ、いいぜぇ……もっとやってやんなぁトンミン!
 お前も何れは邪区又(じゃくまた)組の幹部になる女だっ! カタギどもへの指導は必修科目だぜっ!」

 それは何とも異質な光景であった。
 小学校高学年程度の不良娘が、明らかに年下の少年少女を痛めつけている。
 それだけならばまだ現実味のある出来事とも言えなくはない。
 然し、その不良娘を何人もの女たち――若く見積もっても15歳以上、年長者ともなれば30代近い者もいる――が取り囲んでは持て囃し、また醜態を晒す被害者の少年少女を嘲笑うとあっては異常と言う他なく、
 また周辺人物が誰も少年少女を助けようとせず見て見ぬふりを決め込もうとする様も不自然さに拍車をかける。


(豚十数匹に猪二頭……発言から察するに猪は姉妹、か)

 遠巻きに観察しつつ、雄喜は推測する。彼の独白通り、女たちの正体はハイオークの姉妹と、それに付き従うオークの集団であった。
 身なりは何れも派手かつ悪趣味の一言。所謂『ギャル系』なる区分に属すのかもしれないが、そのような定義に当て嵌めること自体烏滸がましく思えるほどにセンスがない。ただ金をかけただけの、高級品を手当たり次第身に着けたような……嘗ての氷室剣星のファッションがまともに思える程だとさえ、本気で思った。

(どの種族でもそうだが、ああいう奴らがいるせいで泰山王神の魔物叩きに騙されるバカが後を絶たないんだ……まあいい、あの子供たちには悪いがこの場は施設係員や警察に任せるとしよう。僕一人なら介入していた所だが、小田井さんまで巻き込むわけにはいかん)
 雄喜はあくまで理性的に、私情抜きで冷静な判断を下そうとしたが……

「うるせぇーっ! しつけーなテメーっ! アタイはこの『ワンパラ』限定の呪卍トレカをコンプしなきゃならねーんだっ!
 もう七回もわざわざこんなとこまで来て毎回全部箱買いしてんのにSSRのグラハイドラが全ッ然出ねーんだよっ!
 幾つ開けてもクサカイザーだのジョーエイムだの群青だのと同じのばかり出やがって!
 んで今回こそはと買って開けたらプレアデスとかいうハズレのカスレアじゃねーか!
 もう五枚目だぞ! ふざけんな! これ買うのに何十万もかけてんのに気配もねぇわ!
 そこでてめーらが一袋買っただけでグラハイドラ当ててたらよぉ!? 奪って当然だよなぁ!
 つかオメーらカタギは格上のアタイにそれを献上する義務すらあるんじゃねぇかぁ!? なぁおい、アタイ何かおかしーコト言ってっかよ!? なぁ!?
 つか出てこねぇグラハイドラもグラハイドラだよ! あのトカゲ野郎ナメてんじゃねーっつの!
 大体あいつなんか主役っぽい扱いになってっけど……――



 まあなんというか、
 無理だった。


「マキさん、少々お待ちを……」
「えっ、ちょっとユウさん!? 何しにっ――」
「大丈夫だ、問題ないっ」
 ぬっとベンチから立ち上がった雄喜は、止めようとする真希奈に平成に流行った名言だけを言い残し、早足で騒ぎの現場へ向かう。


「ふざけんな! そんな法律がどこにあるんだよ! カードが出ないのはお前の運がないからだろ!? っていうか、そんなに箱買いする金があるなら通販でシングル買えよ!
「あんだとテメェ!? そんな負け組オタ野郎みてーなことができっかぁ!
「おおそうだとも! よくぞ言った我が妹よ! トレカは爆買いして当てるもん、シングル買いなんざ負け組の――
「おい、ニクども」

 幾らかの趣味人や業者を敵に回しそうな姉猪の暴言を遮る、雄喜の罵声。
 あまりにも安易で短絡的な、並みの魔物ならば適当に受け流す程度造作もないような、低レベルな悪口(あっこう)。
 然し生来自分たちは特別だと信じて疑わない傲慢なハイオーク姉妹、並びに彼女らを妄信するオーク軍団を挑発するには、その程度でも事足りた。

「……あ゛ぁ゛?」
「んだぁテメェー? もイッペン言ってみろゴラァ!」
「なんだ、もう一度言って欲しいのか? ブタの聴覚も大したことがないな……或いは罵られたいのか?
 生憎とこっちはそういう性癖もなければ、お前らみたいなのもまるでタイプじゃないし、そもそも初対面の相手と往来でヤり合うのも御免被りたいわけだが――
「やかましい! んなこと言ってんじゃーねぇんだよ!」
「テメー、ウチらが誰だかわかってんだろうなぁ!?」
「ああ知ってる。あんたらみたいなのは各地で有名だからな」
「なっ……! オレらを知ってその口の利き方だとぉ!?」
「なんて生意気な野郎だ!」
声無しで名前変えられるエロゲ主人公みてーなツラの癖によぉ!」
(なんでボスのコンセプト知ってんだこの豚……)
「ともすりゃ今すぐにでもブチ犯してやりてえ所だがっ!」
「我らが姉御と妹君に免じてお前にチャンスをくれてやるぜ!」
「……その喜劇に出てくるチンピラ三人組がグルグル回るような喋り方どうにかならんか?
 まあいい。で、チャンスとは?」
「簡単なことだ! テメー、あたしらを知ってると言ったな?」
「ああ、勿論だとも。さっきも言ったがあんたらみたいなのは世界的に有名だからな」
「せ、世界か……!」
「そんなに有名だっけか?」
「いや待て、冷静に考えてみろ。姉御はその気になりゃレスカティエも半日で取れる女だぞ? 知らぬ間に世界的スターになってたっておかしかねぇ!」
「そうか、そう言われりゃその通りだな!
 よっしゃ長芋野郎! そうとなりゃ話は早えっ――ウチらの名を言ってみろっ!
「ドブのように汚れ切ったオークの面汚し」
「「「「「「「「「ブッヒィィィィィィィィィィィィィ!?」」」」」」」」

 雄喜がさらりと口にした一言に、オークたちはあたかも喜劇かギャグ漫画の如く盛大にずっこける。

「なんだ、大声で騒いだり地面にめり込もうとしたり忙しい奴らだな。そんなに石畳が好きなのか? さては石畳フェチ……というよりは対物性愛者か?
 縛ったり縛られたり食ったり食われたり、魔物の性癖星の数とはよく言うが流石に対物性愛は聞いたことがないな。といって対物性愛は心に深い傷を負った証とも言われるし当然差別するつもりはないが」
「ちげー! ちげーよ! あたいら別に地面へ抱き着いたわけじゃねーよ! ズッコケたんだよテメーのボケに!」
「なんだそうか。なら最初からそう言え」
「言う前にテメーがボケたんだろうが!」
「そうだったかな。まあいいじゃないか、過ぎたことなんだから……で、だ」
 烈火の如く怒り狂うオークたちを無視して、雄喜は場の流れから取り残され立ち尽くすハイオークの姉妹に歩み寄る。
「そこの猪、欲しいもんが出ないから奪ってやるって気持ちはわからんでもないが、とりあえずそのカードはそっちの子に返してやれ。その子が金を出して買った以上、それは正真正銘その子のものだろう」
「あぁん!? なんだオメー、アタイに説教するつもりかぁ!?」
「まあ、そうなるな。だが世の中なんてそんなもんだろう? 『他人のものを勝手に盗ってはいけない』。刑法や十戒なんかにも書いてある、当たり前のことだ。お前がどれほど高貴なもんかは知らんが、高貴なればこそ下々の手本になるよう法律は守るのが筋だろうよ、なあ?」
「ぬっぐぅぅ……!」
 雄喜に諭しに言い返せず、妹ハイオークは歯噛みするが……
「おうテメー、ナメた口キいてんじゃねーぞッ!」
 ここに来てそれまで静観していた姉ハイオークが口を開く。
「さっきから聞いてりゃあ芸人ぶってくだらねーボケ連発したり善人ぶって正論かましたりとハンパばっかしゃあがってからに……カタギ風情が極道にタテ突いて無事で済むと思ってんのか? ああん?」
「なんだ、お前らヤクザなのか?」
「おうともよ。オレは土田トンナ! んでこっちは妹のトンミン!
 黒十字会(くろじゅうじかい)系一次団体、邪区又組(じゃくまたぐみ)が最高幹部"鋼の破戒僧"こと土田鉄柱(つちだてっちゅう)の跡取り娘、土田姉妹とはオレらのことよ!」
「いよっ、姉御ォ!」
「バチクソにキマってますぜぇ!」
「なるほど親の七光りか。なら余計カードはその子に返すべきだな」
「……っっ! 跡取りだっつってんだろ!? てめえマジで死にてえようだなあっ!?」
「まーまー姉ちゃん、落ち着きなって。わかんねーやつには何言っても無駄ってもんよぉ。まして美人ハイオークより人間のチビを選ぶような変態ロリコン野郎じゃアタイら姉妹のスゴさがわかんなくてもしょうがねぇってヤツさぁ。
 なぁ〜そうだろぉ? この変態ロリコンペド野郎がよぉ〜?」
「……」
「なんだあ? 黙りこくって返事もできねーとは、さては図星だな? てめー大物ぶってる癖に――
【黙レェ】
 向かい合って挑発してきたトンミンを睨み付け、雄喜はシンプルに言い放つ。
 然し実際、雄喜の一言は強気なトンミンを黙らせようにも些か圧を欠き、まして彼女を怯えさせることなどできようもない

「あぁん? なんだぁテメー、その程度で極道脅したつもりかコラ? ガキだからって見くびんじゃねーよ! オレら姉妹は無敵なんだ、学校では上級生ばかりかセンコーさえビビってひれ伏すほどにな! ましてテメー如きカタギのシャバい虚仮威しが何になる!?  なあトンミンそうだろうよ! お前も何か言ってやれ! さあ!」
「……」

……筈だった。

「おいっ、トンミンっ!? どうした!? 何をモタモタしてやがる? あのまま野郎にイキらせといていいってのかよっ!? さあ言ってやんなぁトン、ミン?」
「……っ、ぁ……ぅぅっ……」


 トンミンは恐怖に震えていた。
 それは弱者に強く強者に弱いオーク属の本能に起因する、未知への恐怖であった。


「お、おいトンミンっ!? どうした!? 何があった!?」
「妹君っ、しっかりして下せぇ!」
「お気を確かにっ!」

 振るえるばかりのトンミンを何とかしようと、姉トンナやオークたちは奔走する……が、如何なる行為も意味を為さず。
 ともすれば必然、彼女らが取る行動は……

「野郎ぉ、妹に何をしたぁ!?」
「なんかやったんだろテメー!」
「オメーが何かやったってことだけはなんとなくわかんぞコラー!」
「何やったんだかは見当もつかねーけどなぁ!」

 雄喜に怒りの矛先を向けることに他ならず。
 事実、トンミンが雄喜の何かに恐怖を感じ硬直したのは紛れもない事実であった。
 然しそれを指摘された当人はと言えば……

「さて? 取り分け何か妙なことをした覚えはないが? ……ただ、傷付いた子供を助けるという大人の義務を果たしただけで小児性愛者扱いされたのに腹が立って少し怒鳴ってしまったってだけだよ。
 もしそれでその子が震え上がってベソかいてるというんなら悪いことをした、申し訳ない。
 ただ本当に、軽く叱り飛ばしただけのつもりだったんだがな……まさか獣人界のオーガとも称されるハイオークの、それも未来の暴力団幹部たるほどの逸材がこの程度で凍り付くほど繊細な弱虫だったとは全く予想外と言わざるを得んわけだが――
「うるせぇーっ! こっちが下手に出てやってりゃ好き放題ベラベラ抜かしやがって! こんなん何かの間違いだ!
 おいコラ、トンミン! オメェあんな野郎にバカにされて悔しくねーのか!? そんなションベン臭ぇカタギのガキみてーにオレの裏ァ隠れやがって! なんかガツんと言ってやれよオイ!?」

 苛立ちを募らせたトンナは尚も震えたままのトンミンをも怒鳴り付け、妹の背中を力任せにばんっ! と叩く。
 それは本人にしてみれば『ほら背筋を伸ばせ気合を入れろ! あんな奴なんかに負けるなお前は強いんださあ行け!』と、妹を鼓舞するつもりでの行動であった……が、そんな姉の想いは妹に微塵も届かず、寧ろ最悪の形で裏目に出ることとなる。



「っ……!」

 背を叩かれた、衝撃。
 ハイオーク特有の剛腕から生じたそれは、衣類から皮膚、筋繊維と骨を伝い、内臓まで到達する。

「ぅく……」

 それだけならば、まだ良かった。
 ただ叩かれて痛いだけならずっとマシだったろう。

「――……っ」

 だがその衝撃は体内の深部にまで及び――


「ぁ、ぁぁっ……!」


 引き締まっていた頸部筋が一気に緩み、瞬く間に膀胱が開く


「ぁぁぁあああああぁぁぁぁぁああ……」


 股が濡れ、やがて太腿を液体が伝う。
 徐々に激しさを増したそれは、乍ら遂に少女の足元へ異臭と湯気を放つ生暖かい不快な水溜りを作っていく。
 口からは声が漏れ、目からは涙が溢れる。何やら周囲が騒がしいようだが、何も頭に入って来ない。


 即ちトンミンは公衆の面前にて失禁してしまったのであった。
21/08/10 13:04更新 / 蠱毒成長中
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