連載小説
[TOP][目次]
TAKE14 淫化する男優
「ンぎゃっはあああああああぁぁぁぁああっ!
 何やってんの私ぃーっ! もうマジ有り得ないぃぃいいっ!」

 夜間。屋敷の一室にて、乳牛メイドの小田井真希奈は寝間着姿で荒れ狂う。
 涙目で顔を赤くして、壁一面程の大型水槽に何度も頭を打ち付けている。
 その勢いたるや流石怪力で知られるホルスタウロスだけあって凄まじく、強面の大型肉食魚たちも魔物の群れに襲撃された主神教徒らの如く逃げ惑う。

「マッキー! やめなさい! やめなさいってもう!」
「水槽がぁぁぁぁ! 水槽が壊れるぅぅぅぅう! レイアウト崩れてアクリルが割れるぅぅぅぅ!
 っていうか魚っ! 魚がストレスで弱って死ぬーっ!
 やめて! やめてマキマキ! それ結構高かったの!
 わざわざこの部屋の為にベガスから職人呼んで作って貰った一品もので魚も結構レアなヤツだからっ!」

 そしてそんな真希奈を必死で止めにかかるのは、ご存じ毒虫メイドの砂川克己と回遊魚メイドの渡部満。特に水槽を自腹で拵えた満の必死さは尋常でなく、事と次第によっては下半身で巻き付いて締め上げてでも真希奈を止める覚悟であった。
 そんな二人の尽力が功を奏した(?)か、程なくして暴れ雌牛は落ち着きを取り戻す。



「……すみませんでした」
「謝るくらいなら暴れないでよ頼むから……あんた自分の種族が何なのか忘れてないでしょうね?」
「部屋に入って来るなりいきなり大声で叫んだかと思ったら水槽に頭突きし始めるんだものびっくりしたわよ。とりあえず水槽は無事だし魚にも異常無さそうだから良かったものの、レイアウトは無視できないレベルで崩れちゃったし……で、一体何があったの?」
「……ええと、その、実はですね――」
 満に促され、真希奈は先程までの出来事とその前後の心境について語り始める。

 柳沼夫妻の指示通り湯着姿で風呂場に先回りし、雄喜の身体を洗ったこと。その後乳房での"仕上げ"に及び、抱き着いた所雄喜が射精。精液の匂いに興奮し、普段の自分ならば恥ずかしくて絶対に――よほど酒に酔いでもしない限り――言えないような台詞を口走ったこと。
 どうやら同じく吹っ切れたらしい雄喜からもっと身体を洗ってくれと、実質更なる愛撫を求められ、これまた卑猥な台詞を囁きながら体を洗いつつ手コキで何度も射精させたこと。そして途中で湯着が脱げてしまい、お互いに身体を洗い合い愛撫し合ったこと。
 全身を洗い終え泡を流し湯船に入ったもののお互い興奮したままだったので湯の中でも存分に乳繰り合ったこと。

「――それでまあ、のぼせてもいけないから身体が温まった所で湯船から上がったんですけど……」
「まだ興奮してたからヤっちゃったわけね?」
「……はい」
「ナニをシちゃったわけ?」
「……言わなきゃいけませんか?」
「言わないなら夜明け以後にご主人様から聞き出すまでよ」
「ご主人様が口を割らないなら割らないでお仕置きに搾り取らせて貰えばいいし」
「はあっ!? わ、わわ、わかりました! 言いますよっ! 言わせて頂きますっ!
 えと、そのですね……湯船から上がっても、ご主人様のおちんちん勃起しっぱなしで苦しそうだったので……」
「「だったので……?」」
「タイルの上に敷いたマットの上へご主人様に寝転がって頂いて、そのまま私のおっぱいでこう、挟みまして……ぎゅむっ、ずりゅっ、からのぴゅぅ〜……みたいな、そんな感じでした」
「なるほどパイズリね……」
「最後の最後にホルスタウロスの王道を持ってくるとはやるじゃないマキマキ。
……で、話だけ聞くと非の打ち所もなく完璧に大成功って感じしかしないんだけど、そこから何でああなったわけ?」
「はい。それはもう、私自身上手くやったなって思ってたんです。思ってたんですけど、お風呂から上がって、パジャマに着替えて、ご主人様を寝室までご案内して……寝るまで少しゆっくりしようかなって休憩室に向かってたんですけど」
「けど?」
「歩いてるうちに体温下がってきて、その拍子に頭が冷えたせいなのか、それまでの自分の発言・行動を冷静に客観視しちゃって……」
「恥ずかしくなった?」
「はい、恥ずかしいやら申し訳ないやらなんか情けないやらでもうどうしていいかわからなくなって、休憩室までの廊下を猛ダッシュ」
「ああ、だから揺れを感じ取ったキヨヒトがソワソワしてたのね……」
 キヨヒトとは件の水槽で飼われている黒いエイのことである。その他ハタ、ウツボ、ミノカサゴなども飼われており、それらの全てにヒナやアキラ、コウセイなどの名がついている。
「で、部屋に入ってお二人と顔を合わせたらなんでかそういう感情がピークまで来ちゃって……」
「……勢い余って自棄起こした結果がアレ、と」
「はい……」
「どうしてそうなっちゃうのかしらねぇ……人間はともかくとして魔物なら寧ろ表彰モノの英断だと思うけど」
「やー、まぁその、何と申しましょうか、二十代中盤の処女風情が調子乗るなんて程度が低いっていうか……あとあそこまで散々シておいて処女をご主人様に捧げ損なったのもどうなんだろうなぁって……」
「――はぁ〜!
……あんたねぇ、どこまで真面目なのよ……」
「深く考えすぎよ……真剣になるのはわかるけどもう少し肩の力抜いたら? 確かに今のあなたは主に欲情しちゃうエロメイドを演じる女優だけど、別にそういう映画やドラマを撮ってるわけじゃないでしょう? と言って実際ご主人様にお仕えしてる以上仕事じゃないとも言い切れないけど、重要なのは最終的にこの計画が成功すること……極論言っちゃえばそれ以外はさほど気にしなくても大丈夫なのよ?」
「な、なるほど……それは盲点でした……」
「それとマッキー、あんた『二十代中盤の処女風情がスケベに調子付くのは程度低い』なんて言ってるけど、どんな魔物だって生まれた時はみんな処女なのよ? そりゃ幾つで男を知るのかはピンキリとしても最初から経験豊富な非処女の魔物なんて居やしないし、性経験の有無だけで優劣なんて決まりゃしないわよ」
「かつみんの言う通り。それこそ魔王様傘下の大御所なんて齢三桁とか四桁でも未婚なんてザラなんだし、仮に性経験や配偶者の有無だけで優劣決まるんならそういう組織や社会の為に身を削って貢献して下さってる大御所の方々よりその辺で適当に男食い散らかしてる住所不定無職のデビルバグやチンピラハイオークの方が格上って事になっちゃうわよ? そんなのおかしいでしょ?」
「それはかなり問題のある言い方だとは思いますが、ありがとうございます。そう言って頂けてなんだか安心しました……」
「いいのよ。困った時はお互い様、魔物娘は助け合いでしょう?」
「自分のやったことを誇りなさいマッキー。あんたは今日、この計画を大きく前進させたのよ? 確かに、話を聞く限りでは中で出して貰うことはできなかったんでしょう。ご主人様の童貞を頂くことも、ご主人様に処女を捧げることもできなかったんでしょう。けどそれでもあんたは彼に、魔物とスケベな事するのは気持ちよくて最高なんだって思わせることができたわけでしょ? それってこの計画にとっても私達にとっても重大な進歩だし、間違いなく成功だって思わない?」
「……そう、ですね。ありがとうございます。私、お二人のお陰で自信が持てました。これからは女優らしく魔物らしく――自分らしく誇らしげに生きていける気がします」
「その意気よマッキー」
「あなたスゴい子なんだからもっと胸張って堂々としてなさいな」
「と言って、張りすぎにも注意だけどね」
「「足元見えなくなるから」」
「……その一言要ります?」





 翌日以後、雄喜は変わった。それまで彼の心にあった性への抵抗感や罪悪感が徐々に薄れ、かえって日を追う毎に性に対し積極的に振る舞うようになっていったのである。

「小田井さん、ちょっと失礼しますよ……」
「え、どうしたんですかご主人様っ――って、ちょっ!? そこはっ、やっ♥ あっ♥ んはぁぁぁっ♥

 ある時は真希奈に抱き着きながら、彼女の尻尾の付け根――克己から教わった真希奈の"弱点"――を入念に責め立て……

「ほいっ」
「はぇっ!? ご、ご主人様!? 一体何をしてるんですの!?」
「ああ、すみませんね。尻尾の付け根がどうなっているのか気になってしまって……」

 またある時は克己の背後から忍び寄り、彼女のスカートをめくり上げ中に顔を突っ込み……

「すみません渡部さん」
「はい、何でしょうかご主人さm――ぁっ、んんっ♥」
「ほっほぅ……なるほど。皮膚の境目ははっきり分かれておらず人肌と鱗の中間的な部分があると……」
「っ♥ は、ぁあんっ♥ れ、冷静な考察を述べられながらお腹弄られてっ♥ 学者に飼われてる研究対象になった気分っ……♥

 更にまたある時は真正面から堂々と満に接近し、鰻女郎特有の独特な皮膚の質感を堪能しつつ身体のあちこちをまさぐり……

 雄喜は三人のメイドたちを求めては手を出し続けた。それは彼女らにとってまさに願ったり叶ったりの展開であり、侍女たちもまた主を求めては事あるごとに性的な行為に興じていく。



「じゃあ、始めますねー」
「はい、お願いします」
「……ぎゅっぎゅー♪ にゅるるん♪ ずーりずーり、ぴゅっぴゅー♪」
「んっ、お……っは、っ……」
「あらあら、ガマンばっかりしてちゃいけませんよぉ? 出したくなったら溜め込まないで、すぐにぴゅーって出しちゃいましょ?
 ほーら、にゅるにゅる〜ずりずり〜♪ おち〜んちんっ、ぴゅるるぅ〜♪」
「ぁ、はっ、ああ……♥ ぴゅ、ぴゅっふうううううううっ♥

 真希奈は自慢の乳房を用いて雄喜の巨根を挟み込み愛撫する所謂『パイズリ』で彼を幾度となく射精させ、乳首から母乳が染み出せばそれを彼に飲ませもした。
 快楽と幸福感によって上質に仕上げられたそれは、ただ濃度と栄養価が高い上にあらゆる乳製品に適し、彼女の母乳から作られたヨーグルトやチーズは雄喜はじめ志賀邸内外の大勢に振る舞われ人気を博すこととなる。



「ぬ、う、おお……う、動けんっ……!」
「それはもう、魔物が持つ内では最強の猛毒ですから……♥」
「……はは、全くもって仰る通りっ。こりゃあ強烈だっ」
「ええ、そうでないとお仕置になりませんもの……。
 ご主人様、幾らムラムラしちゃったからってスカートめくりやカンチョ―なんてくだらないイタズラにうつつを抜かさないで下さいまし? もう子供じゃないんですから……」
「そう言われてもねぇ……僕だって男ですよ。美人のメイドさんがスカートひらひらさせてたらおパンツ見たくなりもしますし、尻穴を突かれた時の反応が色っぽくて可愛いんだからカンチョ―とてやめられないんです」
「はあ……全くしょうがない、困ったご主人様ですこと……。これはまたいつも通り、全身でご理解頂くしかないようですわね……♥」

 ギルタブリルとしての攻撃性を制御下に置いた克己は雄喜を"お仕置き"で巧みに責め立てる。
 度々メイドたちへの卑猥なイタズラに手を染める主を罰すべく彼女が用いるのは自身の尾に備わる猛毒であり、これにより自由を奪われつつ強制的に射精寸前まで追い込まれた青年は、大抵の場合主に下半身を強調するようなポーズで精液をぶちまける"お仕置き"を堪能するのである。



「よっっ、ほ! ふんっ! ……ふふん、やっと捕まえられた……」
「あんっ♥ 捕まってしまいましたぁ♥ お上手ですわ、ご主人様っ」
「ははっ、買い被りですよ……」
「んあっ♥ ひゃ、はぅん♥ ご、ご主人様っ♥ そんな入念におっぱい責めないで下さいましっ♥」
「そう言われてやめる男はそういないっ。少なくとも僕はやめるようなタイプではないわけですよ渡部さん……」
「んもぅ、ご主人様ったらぁ〜本当に貪欲なお方っ♥ 養殖技術が進歩したとはいえニホンウナギは未だレッドデータブックに名を連ねる動物ですのに、そんなに求められたら絶滅しちゃうっ♥」
「大丈夫、絶滅なんてさせやしません。寧ろその逆、保護ってヤツですよ……こんなにも美しい貴女を絶滅させようなんて奴を寧ろ逆に滅ぼしてやりましょう

 元来エキセントリックかつ愉快犯然とした性格乍らも本質的にはジパング魔物らしく温厚で受け身気質な満は、年長者らしく一歩退いた姿勢で落ち着いて構えつつ、迸る色香で雄喜を誘惑し彼自身を"襲わせる"形式を好んだ。然し一方自ら手を出すことにも積極的で、浴室や寝室などの邸内に留まらず、屋敷周辺の渓流や湖に於いても欲望のまま長い胴体で主に絡みつくのだった。


 このような具合に、青年と魔物たちは互いに身体を求め合い、日に三度から五度のペースで何かしらの性行為に及ぶようになっていた。特に豹変ぶりの凄まじい志賀雄喜については、精神面でのインキュバス化が着々と進んでいると言えた。
 或いはただ、死ぬ前提で色々と吹っ切れてしまったのかもしれなかったが……ともあれ志賀邸の日々は充実したものとなっていった。




「そぅらトウマ、お前の大好物のイカだぞ〜。リンタロウにはエビ、メイにはアサリをやろうなー」
 真希奈との混浴から十日ほど過ぎたある昼前。邸宅の一室にて、雄喜は満から渡されたメモ書きを片手に水槽の魚たちに餌を与えていた。
「リョウには冷凍小魚、ソラには真空パックの虫、レンは白点病の治療で別の水槽にいるから後回しとして、ケントには切り身でソフィアには缶のヤツを適量……。
 さて残るはテツオか。テツオ……どこだ? 派手で特徴的な外見なんだから隠れててもすぐ見つかる筈なんだが……」
 満から貰った写真付きリストにある最後の一匹が見つからない。警戒心が強く頻繁に隠れる性格とはメモ書きにも書いてあったが、とは言え餌やりは健康状態の確認も兼ねているので水中に餌を放り込んで終わりとは行かない。そもそもテツオは機動力に欠け水底に居がちな魚である。ただ水中に餌を放り込んだだけでは他の魚に取られてしまうだろう。
「全くどこ行ったんだか……」
 仕方なくテツオを捜す雄喜。自ら引き受けた仕事なだけに諦めて満を呼ぶという選択肢はなかったのだが……
「ご主人様、お客様がお見えになりましたわ」
 他ならぬその満自身に呼ばれた為、結局後を任せて客人とやらの対応に出向かざるを得ないのであった。


(僕に客か。一体誰だろうな……)
 満に魚の世話を任せ、克己の補助を受けつつ正装に着替えた雄喜は廊下を進みつつ考える。何せこの屋敷に来てからというものの、客人を出迎えたことなどなかった。期待と不安を胸に応接室へ足を踏み入れれば、そこに居たのは……

「おう志賀、久しぶりじゃの」
「志賀君、久しぶり」
「元気だったか志賀ァ」
「そのスーツよく似合ってんぞ志賀ッ」
「どうもー」

 柳沼夫妻に武田と氷室――何れもある意味で予想通りの、客と聞いて一瞬脳裏を過った面々――であった。それともう一人、初対面の中年男がいる。長身痩躯で眼鏡をかけた、ラフな身なりのその男の顔に雄喜は既視感を覚えたが、どこで見た誰だったのかが今一思い出せない。

「ボス、チーフ……それに武田監督と氷室先生まで。お久しぶりです」
「うむ。元気そうで何よりじゃわい」
「一応使用人の皆から邸内での出来事や君の様子について話を聞いてはいたんだがね、実際に健康そうな君を見れて安心したよ」
「万一また体調崩してたらヤベーなと思ってたが……」
「杞憂だったみてーだな」
「はい。お蔭様でこの通りなんとか……この度は僕の為にここまでして下さり本当にありがとうございます」
「気にすることはないよ。揃って身寄りがなく未だ子もいない僕ら夫婦にとって社員は家族も同然なんだから、大切にするのが当り前さ」
「ありがとうございます、チーフ」
「特にお主は我がオーマガトキプロダクションのエースであるが故にの、この程度でもまだ足りぬとさえ思うておるわい」
「恐縮です、ボス」
「俺らは大して力貸せてねぇが……スマホアプリの服、ありゃあ俺がオーダーメイドで作らせた代物でな。説明文やレーダーチャートも俺が考えたんだぜ?」
「そ、そうだったんですか……?」
「……気持ちはわかるが大丈夫だ、安心しろ志賀ぁ。そりゃ確かにこいつの口からオーダーメイドなんて言葉が出たら不安にもなるだろうが、服そのものはまともに仕上がってただろ?」


 武田の口調は真剣そのものだったが、それもその筈。この氷室剣星という男は基本非の打ち所がなく、優れた脚本家として名を馳せるのみならず容姿にも恵まれ、主に魔物からの人気が高く過去には写真集まで出た程の色男である。
 然し天は二物を与えずとはよく言ったもので氷室にも欠点はある。その内最も有名かつ致命的なのが歪んだ価値観から来る壊滅的なファッションセンスであり、服飾に関心が深く身嗜みに気を使うと言えば聞こえはいいが、彼がオーダーメイドで作らせた私服はひたすらに奇妙果てしなく奇抜どこまでも奇怪どうあがいても意味不明といった代物ばかり。
 公的な場ではまともな服を着て、プライベートでは隠れ潜んでいたのだがその努力も空しく週刊誌に暴露されたことで彼の絶望的なファッションセンスは世間に知れ渡った。


「……ま、あの時の俺は実際どうかしてたと思うぜ」
 そう言って氷室は雄喜と武田の側へ向き直り、羽織っていた革ジャンの前をばんっと勢いよく開く。下に着ていたシャツには『だが今は正気だ』の文字。
「前川の娘に発狂され、桐生に扱き下ろされ、赤楚に締め上げられ……前川の義理のオカンだかはセンスあるって言ってくれてたがな」
「バカ野郎ありゃ二十割ネタか皮肉だろうがよ。……ともかくまあそういうわけだから安心しな」
「あとお前らが屋敷で毎日食ってる野菜は殆ど武田ンとこで作ってんだぜ。感謝しとけよ?」
「そうだったんですか、ありがとうございます監督。どうりで美味しいわけだ」
「ま、俺はただ連絡入れて手配しただけだがな。農場の作物がウメェのは跡継いでくれたあいつらのお陰よ」
「だとしてもあのお三方や農場の皆さんを育てたのは監督じゃないですか……ところで」
 見知った面々との会話に花を咲かせつつ、雄喜は先程からずっと気になっていた相手に声をかける。
「すみません、どちら様でしたでしょうか……?」
「ああ、これは失礼。僕はこういう者でね」
「これはご丁寧にどうも」
 そう言ってラフな身なりをした中年男は名刺を取り出した。早速受け取った雄喜が書かれている内容に目を通せば……
(……キラメキングダム株式会社代表取締役社長古坂彦太郎っっっ!?

 雄喜は内心驚かずにいられなかった。何と相手は国内外のみならず魔物の起源たるかの異界にまで幅広く様々な事業を展開する大企業のトップを務める男だったのである。
(そっりゃあ見覚えあって当然だわ……)
 寧ろ何故名前まで思い出せなかったのかと軽く自責の念に駆られつつ、雄喜は非礼のないよう言葉を紡ぐ。
「こ、これは大変失礼しました! よもやキラメキングダムの古坂社長であらせられたとは……!」
「あぁいやいや、大丈夫だよ。そんな肩に力入れてないで、もっと楽にしてくれていいからさ」
「志賀君、緊張するのはわかるけど古坂社長もこう言ってることだし……」
「そ、そうですね……一先ず、お席へどうぞ。誰か、お茶用意しt――」
「既にご用意しておりますぞ主殿ォッ!」
 いかにも芝居がかった動作と台詞を伴い現れたのは、地味に朱角の指示で志賀邸の使用人を演じていたGBB団のリーダー、ワイトの檀カナエその挙動や性格は寧ろファントムやヴァンパイアだとよくネタにされがちだが、これでもワイトである。
「ああ、檀さん……ありがとうございます」
「何のこれしきッ! アンデッドの頂たるワイトの一族に生まれし至高の天才、我らが大いなるヘル女神に最も近きこの檀カナエにかかれば造作もありません!」
 色々とツッコミ所だらけの発言の後『ではこれにて! 何か御用など在られましたらば何なりとお申し付けを!』と、やはりわざわざ芝居臭く言い残して去っていくカナエを見送りつつ、一同は着席する。

「なんだか愉快な子だったねぇ〜」
「あれはつい最近我が事務所へ入ったばかりの新人でしての。変わり者でこそあれ根は人格者、実力も確か故何れは志賀に匹敵する我が事務所の精鋭になるであろうと期待しとるのです」
「そうか、そりゃ楽しみだ。いやぁ、うちの会社にも魔物の社員は結構いるけど、あそこまでキャラが濃い子も中々珍しくてねぇ。
 武田くんの農場でも魔物は積極的に雇用してるんだっけ?」
「そーっスねぇ。正直、俺も最初はなんかやべぇなって思ってたんですけど、実際話してみると中身は世間で言うほどには人間と変わんねーなって思ったのもあって、結構雇ってる感じスかねー」
「最初に雇った三人が今の跡継ぎなんだったよな? ゴーレムソルジャービートル、それからジャブジャブだったか?」
オウルメイジな!? いやまそら実際オウルメイジらしかねー性格だがな!? 流石にジャブジャブはなくねぇ!? せめてセイレーンかサンダーバードだろ!」
「……武田殿、種族差別と取られかねん発言は控えた方がええぞ?」
「おっ! そ、そうか……すまねぇヤギ社長。俺としたことがとんだ失言を……」
「気を付けんといかんぞ。マーチヘアならばまだしもジャブジャブはまだ辛うじてマシな部類なのじゃからな……否、ジャブジャブも大概か」
「まあどらもワンダーランド魔物……魔王家三女の被害者という意味では同類なんだけどねぇ。チェシャ猫やトランパート、アリス辺りは結構他社でもタレントとして見かけるくらいだし、マッドハッターやジャバウォックなんかは大陸の方だと会社経営とかやってるんだっけ。ハンプティ・エッグとワンダーワームはよくわからないや……」
「ハンプティ・エッグは俺もよくわかんねぇがワンダーワームなら仕事で会ったことあるぞ」
「どんなだった?」
「有能は有能だがクッソやりづれぇ……」
「あぁ〜やっぱり不思議の国ってそういう所あるよねぇ。僕もね、不思議の国でも事業展開したいなって思ってるんだけど、大切な社員を捨て駒にするわけにもいかないから二の足踏んじゃうんだよねー」
(も、問題発言のオンパレード……!)

 柳沼夫妻、武田、氷室、古坂らの雑談は雄喜の付け入る隙を与えぬまま過激さを増し盛り上がっていく。
 その後も『一部サバトによる行き過ぎた小児性愛や幼児化の推進や強制に規制が必要か』『人間女性を強制的に魔物化させる活動を善行と信じて疑わない過激派を騙る勢力に如何に立ち向かうべきか』『地球上に於ける人類と魔物の共存は推進されて然るべきだが地球全域の完全な魔界化の是非は如何程か』『某フランチャイズ制度によって誕生したロックバンドのギターボーカルとドラマーが問題を抱えていることは事実であり、指導及び矯正の必要こそあれ「場合によってはメンバー交代による両名の強制脱退も在り得る」という本店オーナーの判断は果たして妥当だったのか』等々議論は白熱し、比較的早い段階で雄喜も議論に加わり熱く答弁を交わすようになっていった。

 そして約2時間半後。気を良くした古坂が五度目の出前を頼んだ所で話題は切り替わる。

「さて、それで本題だけども」
「はい」
「僕が今日ここに来たのは他でもない。志賀雄喜くん、君にある仕事を頼みたいんだ」
「仕事、ですか」
「そうだ。と言っても、役者として映像作品に出てくれってわけじゃない。
 もっと簡単な仕事さ……」
「……もっと簡単、と言うと?」
「まあ、何だ……ほら、君の世話をしている三人のメイドさんがいるだろう?」
「……小田井さんに砂川さん、渡部さんですか」
「そう。その三人だ。
 単刀直入に言うが、君には彼女らと――



   ――デートして貰いたいのさ」
21/07/29 21:55更新 / 蠱毒成長中
戻る 次へ

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33