子供じゃないよ

「そういやさ、お前なんて名前なんだ?」
 ベッドでぼーっとしてると、子供の声で問いかけられる。
 この頃はずっと私の家に遊びに来ている男の子のザイルの声だ。
 ザイルは私の家にある「ナイフでも鍬でもない何か」が気になってるみたいで、木目のある床に座ったまま「ナイフでも鍬でもない何か」を弄っている。
 危ないなー。尖ってる所があるから危ないのに。
 注意した方がいいのかなと思ってると、ザイルは近くに置いていた「けさらんぱさらんもどき」を投げてきた。
 頭が凄く痛い。
「くぉおおおらぁああ! 俺が名前を聞いてるんだから答えろよ!」
「え? 名前?」
「そう、名前だ! なんていうんだよ、お前」
「名前ー。ザイルにザイルって名前があるみたいな名前?」
「そうだよ。なんていうんだよ、お前」
 怒った顔をしてそっぽ向くザイル。
 んー、困った。
「ないよ。名前なんて」
「ナイヨっていうのか。変な名前だな」
「ないよって名前なの? 私って」
「いや、俺に聞かれても困るぞ」
「だってザイルが言ったもん。ナイヨって」
「いやお前が言ったんだろ!」
「言ってないよー」
 あれ?と首をかしげる。

 私とザイルのすれ違いはお昼ごはんの時間まで続いた。

「んぐんぐ。名前がないって、じゃあどうやって呼ばれてたんだ?」
「んー。サイクロプス? あとは「ばけもんー」とか「ひとつめー」とか「ばかー」とか」
「いやそれ、名前らしいのってサイクロプスだけじゃねえか! しかもサイクロプスって俺が人間ってのと同じで、エーっと、なんだっけ、んーっと!!」
「種族名」
「そう、それだ! 種族名だろ? それってお前の名前じゃないだろうが!」
「ザイル。何でご飯食べないの?」
「食べてるよ、ああもう!」
 ザイルはいつも怒ってばかり。
 ご飯食べてる時も怒ってる。不思議不思議。
「名前がなかったら困らないか?」
「ザイル困ってる?」
「いや、困ってるって言ったら困ってるけど、ていうか今まで問題なかったのか?」
「今も昔も問題なしー。というか名前で呼ぶのって面白いねーザイル」
「馬鹿だ。こいつ本格的に馬鹿だ」
「うー、また馬鹿って言ったー」
「馬鹿を馬鹿と呼ぶのは正しいって神父さんも言ってたぞ!」
「うー。教会の人、苦手ー」
 剣や槍や他の危ないものを持って追い回された時のことを思い出す。
 私悪い事してないのに、何でだろう。
「いいか、しんじん深いと神様が幸せにしてくれるんだぞ! お前も足が治ったら教会にこいよ!」
「えー、やだー」
「なんでだよ!」
「だってー、また追い回されちゃうもん」
「追い回すって、神父さんはそんなひどいことしないぞ!」
「そりゃそうだよー。だってザイルは男の子だもん」
「いや、女の子も追い回したりしないぞ! 神父さんはいい人だから!」
 あれ、なにか違ったかな。
 んー、まぁいいや。
「よくないから! なに勝手に納得してるんだよ!」
「疲れるー。ザイル、そのキッシュ頂戴」
「駄目だ! だから盗ろうとするな!」
 ザイルがフォークで邪魔してキッシュを取らせてくれない。
 困った。
「じゃあキスしたげるからキッシュ頂戴ー」
「な、ななな、き、きす!?」
 あ、顔が真っ赤になった。
「ふ、ふふふざけんな! だれがお前みたいな単眼馬鹿に、キスされたいかよ!」
「うー。じゃ、抱っこ?」
 かもーんと両手を広げる。
 あ、ザイルが食べ物を吹いた。
「げほっ、げほっ、お、おまえな」
「大丈夫? ほら、お水飲んで」
「ごくっごくっ、ぷはぁ!」
「駄目だよ。ご飯を飛ばしちゃ」
「誰のせいだよ思ってんだ!」
「ザイル」
「おまえだよ!」


「こんにちはー、あれ、まだ怪我してるの?」
 新聞配達のハーピーがやってきた。
 名前は、えっと。
「ハルピュイエ?」
「違うって! ピーネだよ! 何でそんな間違え方するのよー」
「だって軍服着てるもん」
「これはウチの制服だって!」
「黒のショートだもん」
「あぁあああもう! わけわからない自分ルール作らないでよ! はぁ、疲れる」
「お茶飲む?」
「あ、ありがと…って、あんた立って大丈夫なの!?」
「動くから大丈夫ー、あっ」
「ちょ、こんな危なそうな所でこけないでよ!」

 お茶を飲みながらまったりゆったりのんびり。
「最近は便利だね。ハーピーが新聞持ってきてくれるから、色んなことがよくわかる」
「そう言ってくれると嬉しいけど。新聞サービスはもう何十年も続けてるんだけど、あんた一体いくつなのよ」
「ん〜、んー、んん〜」
「あ、いいわ。どうせ数えてないんでしょ」
「うん。わかんない」
 だって私は臆病だから、先々代の魔王のもひとつ前くらいから逃げてばっかりして過ごしてきた。
 他の皆は喧嘩っ早くて、みーんな死んじゃったけど。
 だから私はすごく長生き。
「えっへん」
「いや、胸張って言わないでよ」
「張る胸があるから張るんだよ」
「……ケンカ売ってる?」
「金物なら売ってるよ」
「はぁ。何で私の担当地域にこんな変わり者がいるんだか」
「ハルピュイエも随分変わってると思うよ」
「だーかーら、私はピーネって言ってるでしょ!」
 バタバタ羽が動いて涼しい。
「あー、怖い事件だね」
「なにそれ? ああ、『ゴブリン窃盗団! 奪うのは若い少年か!?』かしら」
「違う違う」
「じゃあ『最近嫁が2次元から出てこないんです…怪奇!ナイトメアに嫉妬したゴーストが絵に取り付いて!』なの?」
「それも違う。むしろそれは見てみたい事件」
「じゃあなによ」
「これ」
 私が指差した事件を見てハルピュイエがいやそうな顔をした」
「ね、怖い事件でしょ」
「怖いって言うか最低な事件じゃない」
 事件の内容は、こんな感じ。

 たまたま反魔物派の村の近くで歩いていたゴブリンとコカトリスの二人組みが行方不明になった。
 行方を追っていたジャーナリストのハーピー達が探し回り、ついに二人の行方を突き止めた。
 二人は反魔物派の村にいた。
 ゴブリンはバンザイをするような形で両手を縛られていて、服は着ていなかった。
 体中が青アザだらけで、顔は表情が読み取れないほど腫れていた。
 コカトリスもまた縄で縛られていたが、彼女の場合は羽根を全て毟り取られていた。
 とさかも尻尾も切り落とされた彼女の目は何も映していない。
 魔力を持つ彼女の目は抉り取られたようで、目のあるはずの部分には石が埋め込まれていた。
 両者とも土汚れと精液がこびりついていていた。
 なお、調査をしていたハーピーは彼女達と共に発見された。
 伝書鳩に村の場所を伝えた彼女はその後に掴まり、同じ運命を辿った。
 3人は今もなお心身ともに魔界で治療中との事。

「記事には書いてないけど、私も現場に行ったからわかるよ。人間って、最低の生き物だよね」
「でも、人恋しいんでしょ?」
「……人間がみんな、こんな事するわけじゃないから」
 泣きそうな顔をしてるので、頭を撫でてあげる。
「好きな人、いるんだ?」
「うん。その人は私が魔物でもいいって言ってくれた。私、その事が凄く幸せなんだって、その時に思い知ったんだ」
「その人は、何してる人?」
「農家。いっつも土を顔につけてる腕白坊主みたいな人なんだ」
「男の子はずっと子供みたいだからね。貴女の気持ちに気づいたのも、ものすごーく遅かったでしょ?」
「あ、わかる? そうなのよ。ずっと前から気になっていたって、だったらその時に告白してくれたらよかったのに。あー、もう」
「ヤっちゃったんだ。発情期」
「……結果的に良かったみたいだけどね」
 図星だったみたい。
 顔を赤くして恥ずかしそうだけど、嬉しそうに笑ってる。
 それじゃあ頑張らないと。
「ちょっと、今度はなにをするつもり?」
「だいじょーぶ。ちょっと手を加えるだけだから」
「なにそれ?」
「トンテンカンテン鉄の声〜」
「聞いてないし」

 来た時よりも重そうな恋するハルピュイエが飛んでいく。
 カラスが鳴くから帰ろう。
 ブラックハーピーじゃなくても鳥は夕日と共に帰っていく。
 日が沈んだら夜になる。
 夜になったら星が輝く月が顔出す。
 夜は皆眠ってる。
 起きているのは夜好きの魔物と変わり者の人間だけ。
 私は夜好きの魔物じゃないから、眠くなったら目を閉じる。
 そしてまた朝を迎えて、夜を迎えて、朝を迎える。
 昔と同じ様に、起きて寝て、金槌を振り下ろす。
 たまに新聞に載っている出来事に笑って、怖くなってを繰り返す。
 いつもと同じになって、首をかしげる。
「最近、ザイル見かけないなぁ」
 足が治っているのがばれちゃったかな。
 でも、何にも言わないで来なくなるのは不思議。
「子供だから忘れちゃったかな」
 人間はみんな忘れっぽい。
 子供はとくに忘れっぽい。
 小さい頃に仲良くしてても、大人になったら忘れるなんてよくある。
「ザイルも同じかなぁ。ちょっと早かったけど、仕方ないよ」
 カァンと甲高い声で答える鋼の子供。
「この子達だけは、ずっと一緒に居てくれる」
 響きの余韻を鳴らすその子を撫でる。
 いつもは冷たい金属も、火を入れればあったかくなる。
 まだ熱が残っているその子もちょっとだけあったかい。
「うん。あったかい。でも」
 でも。
「人間の方があったかい」
 金属の子の声は、もう消えている。
 あの騒がしい声は聞こえない。
 今も、そしてこれからも。


 ある日、私が鉄を打っているとドアが開いた。
「んー、だれ?」
 振り向きながら聞いてみる。
 ハルピュイエじゃない。
 あの子はドアを開ける前に挨拶する。
 というか開いた木窓から入ってくるからドアは開けない。
 振り向いた先にいたのは、人間だった。
 大人の人間が1人、2人、3人。
 冷たい色をした白金の鎧を身につけた人間。
 教会の人。
「ふん、一つ目か。こんな所にまで現れやがって」
「気をつけろよ。やつらの力はオークの比じゃないぞ」
「わかってる。ああ、畜生。気持ち悪いな、目が一つだけなんて。人間の女に化けているのに目が一つだけって、俺らを馬鹿にしてるのか?」
 教会の人たちはみんな同じ事を言う。
 そして皆武器を手に、襲い掛かってくるんだ。
「ザイルは来ないんだね」
「あ? 村の子供は神父が念入りに洗礼をしている。母親は発狂寸前だ。嬉しいか? 化け物」
 やっぱりザイルは子供だ。
 私がどれだけ人間に嫌われているのかって知らなかったんだ。
 私も言わなかったから、誤解していたのかな。
「残念だったな。村の子供は高位の洗礼を受けている。二度とお前達魔物には惑わされない」
「高位の、洗礼?」
 私の周りを教会の人が囲む。
 動かない私の周りを武器を持って囲んで、襲いかかろうとする。
 何もしてないのに。
「ああ、そうだ。幸い、司祭様も村にお越しになっている。日が沈む頃には洗礼は完了しているだろう」
「洗礼って言うと、あれだよね」
 私は思い出す。
 『高位の洗礼』を受けた人間のこと。
 不思議で仕方なかったから覗いてみた『高位の洗礼』の光景。
「魔物は危険だー、魔物は殺さないといけないーって延々沢山の大人たちに言われ続けて、言う事聞かなかったら変な呪文で頭の中を弄るあれでしょ?」
「なんだそれは?」
「魔物の癖に、見てきたような事を言うな!」
「私は目がいいからね、見えるんだよ。あ、それともう一つあるんだ」
「何だ?」
「おい、魔物の言う事なんざ無視してとっとと殺しちまおうぜ」
 教会の人の一人が、続きを言えって促してくる。
「記憶を失うんだ。記憶が変わるんだ。『自分は昔から魔物が嫌いだった、憎かった』って。魔物と仲良くしていた子は、その記憶も全部なくしちゃうんだ」
「魔物のお前が何でそんな事を知っているんだ?」
「私はね、君たちよりも沢山生きてきたから、いっぱい知ってるんだよ」
「ふざけるな! おまえの言う事なんざ信じられるか!」
 剣が振り下ろされる。
 慌てて受け止めると、ザクリと刃が掌に食い込んだ。
「なっ!? 馬鹿な、俺の剣が受け止められただと!?」
「いたたた。この子は本当にやんちゃなんだから」
 葉っぱみたいな紋様を撫でる。
 すると剣を振り下ろした教会の人が慌てて下がった。
「貴様、この剣は並の剣とはわけが違うんだぞ! 洗礼の施された剣だぞ!」
「変なこといっちゃ駄目、洗礼なんてかかってないよ、ソレ」
 また教会の人が驚いた。
「馬鹿な。司祭様が嘘をつくはずがないだろう!」
「もう話を聞くな! こいつは魔物なんだ! これから殺すやつの話なんて聞いても仕方が無いだろう!」
「それよりもお茶飲む?」
「ふざけるな!!」
 3人とも怒ってばっかり。
 掌も痛いし、どうしたらいいんだろう。
「あ、そうだ。ザイル、どうしよう」
 あの子も、忘れちゃうのかな。
 ちょっとだけ寂しいな。
「お前、何で反撃しようとしないんだ」
 教会の人が不思議そうにしてる。
「それに、何でそんな顔をしているんだ」
「君も変な顔をしてるよ」
「俺が?」
「そう」
「おい、惑わされるな! こいつは魔物だぞ!」
「くそっ、貴様、とっとと殺してやる!」
 もう一本の剣が振り下ろされたので、また受け止める。
 この子は優しいから、掌を切らずに止まってくれた。
「うそだろ…?」
「だってこの子は優しいから。最近、切れ味が鈍っていたりしてない?」
 この子が言ってる。
 もう誰も切りたくないって。
「くそっ! 何なんだこの魔物は!」
「落ち着け! 一旦下がるぞ!」
「お茶は飲んでいかないの?」
「ふざけるな!! おい、出るぞ!」
「なぁ、お前。何で反撃しないんだ」
「えー」
 教会の人が出て行こうとするけど、一人だけ残ろうとする。
「だってー」
「だって、なんだよ」
「怪我させたくないんだもん」
「……は?」
「おい、行くぞ! この馬鹿の言葉を真に受けていたらきりがない!」
「あー、馬鹿って言ったー」
「馬鹿を馬鹿と言って何が悪い!」
「落ち着けって言ってるだろ! ぶん殴るぞ!」
「ケンカはよくないよ」
「「誰のせいだと思っている!!」」
「君達」
「ふっざけんなよ!!」
「そこ動くな! もう斬る、切り刻んでやる!」
 怒った二人が逃げるとか出て行くとか忘れて近付いてきた。
 二人があんまりにも怒るから、残った教会の人も、困ってる。
「変わんないなー、君たち」
 だから思わず笑っちゃった。
 3人とも、石化したみたいに動きが止まった。

「あれ? どーかしたの?」
 怒っていた教会の人も、不思議そうだった教会の人も、動かない。
 驚いているみたい。
「いま何て言った?」
「え、えーっと、『あれ? どうかしたの?』って」
「その前だ! 何て言った」
「えー、んーっと」
 困った、何を聞きたいのか良くわかんない。
「『変わらないな』って、言わなかったか?」
「言ったよ。それがどうかした?」
「ふざけるな! まるでおれたちの事を知っているみたいな口を聞きやがって!」
「知ってるよー。知らないけど」
「どっちだ!!」
 みんな怒ってばっかり。
 これだから男の子は不思議不思議。
「知っているって言ったな。それなら俺たちの名前を知っているのか?」
「んー」
 目を閉じて思い出す。
 思い出すって言ってもそんなに昔の事じゃないからすぐ思い出せた。
「怒りんぼうのマット、困りんぼうのハム、みんなのリーダーのシックル」
 順番に指を差していく。
 3人とも、顔が青ざめてく。
 ……所で、顔が青くないのに「青」ざめるって不思議。
 サイクロプスならわかるのに。
「どういうことだよ、おい」
「わかるかよ! ちくしょう!」
「あー、また困ってる」
「黙れ!」
「……高位の洗礼」
「シックル? おい、まさか」
「俺たちがそれを受けたって言うのか!?」
「かもしれない。俺は魔物と仲良く遊んだ記憶もないし、むしろ昔から嫌っていた」
「俺等の事を知っているのは、こいつが魔物だからだろ! 真に受けるなよ!」
「そして俺ら3人に共通している事はもう一つあるだろう」
「なんだよ!?」
「俺等の剣。洗礼済みって聞いていたが、『邪神さえ切り裂ける』剣がなんで通じないんだ?」
「魔物だからだろ!」
「いや、俺は他の洗礼済みの剣を見たことがあるが、それとこれは違っていた」
「どう違っていたんだよ!」
「模様だ」
「うん、正解。教会の剣って、羽根しか描かないんだもん。マンネリだね」
「それがどうしたっていうんだ!?」
「主神の力を借りるって意味で洗礼済みの剣は白金で羽根の模様が描かれている。だが、俺のこれは違うだろう」
 シックルの剣は黒金。
 ゴツゴツと硬そうな原石模様を描いてるから、全然違う。
「しかし司祭様はこれを洗礼を受けた剣だと言っていた。俺はずっとその事が気になっていた」
「おい、まさか」
 マットが怒ろうかどうしようか迷ってるみたいな顔してる。
 器用だね。
「今までずっと神殿騎士をやってきた。その間中なかった疑問が、今になって溢れて止まない。もしかすると、今まで疑問に思っていたかもしれないが。俺たちは魔物の討伐が終わると必ず洗礼を受けるよな。あれって、何故だと思う」
「言うな、言うなよ、ちくしょう!」
「教会は全て正しいって言うなら。俺等の疑問にも簡単に解決できるはずだよな」
「おい、まさか」
「村に戻るぞ」
「ちくしょう! シックル、てめぇ教会を、司祭様を裏切るのか!?」
「信仰を深める行為だ。高位の洗礼とやらを受けている少年を見ることで俺等の疑問は解決する」
「ざけんな! 俺らは魔物を殺したらそのまま中央に戻るって話だろ!」
「ああ。そして高位の洗礼とやらは不明なまま、やがてその疑問も消え去るだろうな」
「シックル。無理は駄目だよ」
「ふん。そういえば、アンタ。名前、なんていうんだ?」
 いつも2人を引っ張っていたシックルが、「また」私の名前を聞いてきた。
 だから私は同じ答えを返す。
「名前なんてないよ。私はただのサイクロプスなんだから」
 そしたらシックルは少しだけ悲しそうな顔になった。


「こんにちはーって、あれ、今日はいないの?」
「いるよー。こっちこっち」
「……なんで床に釘を打ってるの」
「壊れちゃったから直してるんだ」
「床を?」
「家を」
「ちょ、なんで壊れたの!?」
「んーっと、えーっと、ケンカしたんだ」
「誰と!?」
「山と?」
「なんで疑問系なの!?」
「お、ハーピーか」
「新聞が届いてる。魔物って新聞読むんだな」
「ちくしょう、おれどうしたらいいんだよ、ちくしょう」
「おっさん泣くなって」
「おれはまだおっさんと呼ばれる年齢じゃねえ!」
「うわっ、ちょ、人が増えた!?」
「千客万来、でもちょっと狭い」
 騒がしくなった家の中。
 私はちょっと昔の事を思い出す。

 あれからシックルたちが遊びに来るようになった。
 理由は、シックルたちが神殿騎士を止めたっていうのと、村の人たちとちょっとだけ仲良くなったことだった。
 ザイルは洗礼が間に合ったとかどうとかで大変だったみたい。
 ちなみに私もエンジェルがやってきて大変だった。
 お陰でお家が壊れちゃった。
 3対1は卑怯だよ。
「なぁ」
「ん、ザイル、どうしたの?」
「名前がないってのなら、俺がつけてやろうか」
「ザイルが? 私の名前を?」
 不思議な事を考えるもんだよね、ザイルって。
「待て。俺もこいつの名前を考えてきたんだぞ」
「シックルも? 二人とも変なの」
「いいか、良く聞け! 幾ら魔物がそんなやばそうじゃないとか言っても、俺は信じないからな!」
「でも教会は止めたんだよね?」
「それがどうした鳥頭!」
「む、私は確かに鳥類だけど、鳥頭じゃないよ! 鳥頭って言うのはコカトリスみたいな頭を言うんだよ!」
「ハルピュイエー、鳥頭ってのはたぶん「忘れっぽい」って意味だと思うよ」
「え、そうなの?」
「ちくしょう。なんでこいつら楽しそうなんだよ。俺、教会のお尋ね者になっちまったんだぞ」
「魔界行ってみる?」
「いいか、おっさん! おっさんはこいつのこと忘れたんだよな。だったら俺のほうが付き合いは長いだろ!」
「てめ、大目に見てやってたらいい気になりやがって。誰のお陰で助かったと思ってる」
「俺のお陰だ!」
「違う、俺のお陰だ!」
「「俺らの事を忘れるな!!」、ちくしょう!」
 男の子って本当に騒がしい。
 静かでノンビリとしてまったりとした時間がなくなっちゃった。
「……あれ、泣いてるの?」
「うえぇ!? ちょ、なんで!?」
「知るか! おい、お前らわかるか!?」
「わかるかボケ!」
「ちくしょう、知るかよ!」

 いつまでこの時間が続くかな。
 人間の寿命はとてもとても短い。
 私は、けど、この光景を少しでも長く見ていたいから。
 溢れて止まらない涙をぬぐい続けた。

「まったく、困ったことをしてくれたのぉ」
「んー、なんで?」
「エンジェル3人も連れてきたんじゃぞ? このままの調子じゃと万魔殿が溢れてしまうわ」
「それ、ギャグ?」
「ふん。しかし、おヌシもすっかりいい顔になったようじゃな」
「君も娘さんが頑張ってるみたいだね。新聞に載ってたよ」
「ふん。まぁ、何かあればいつでも相談に乗るぞ。なにせ、数少ない旧友じゃからの」
「わかった。ありがと」




----作者より
タイトル通りの内容になったかな、と後書きを書く段階で疑問を抱く俺はだめ人間(。。
読み手次第でタイトルの意味が変わるって事にしておこう、そうしよう!

(サイクロプスをロリっ子にしようとしたけど失敗したのはここだけの話)

10/07/24 20:03 るーじ

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