読切小説
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月のない日は、暖めて
「んー?どしたの?」
「んあ……ちょっと考え事をね」
「ふーん……」

そうやって言った後、髪をかきあげながら僕の隣に座る君。
それは僕の記憶の中にある彼女の姿そのままで、だからそれゆえに違和感をぬぐいきれない。

「?何よ?」
「…………」

ねぇ、君はいったい誰なんだい?




僕が僕の彼女に対して違和感を覚え始めたのは今から大体半年ぐらい前だった。
いつもどおり、彼女と一緒に出かけて、いろいろ話しをしたり、ちょっとお高いレストランで食事をしたり、俗に言うデートをしたはずの日の翌日だった。
したはずの日、とあいまいな表現なのは、何故かその日の記憶がはっきりしていないからだ。
普段から勘が鋭いといわれている僕は、その違和感を如実に伝えてきた。

「…………」
「どうしたの?」

じっと自分を見つめてくる僕を不思議がっているのか、彼女がこちらを見上げながら小首をかしげた。
いつもどおり、彼女が疑問を抱いたときのしぐさだけど。

なんといえばいいんだろうか?
そのしぐさが、自然に出ているというよりは、まるで記憶にあるその動作をなぞっている、つまり演技をしているという風に思えたんだ。

「……いや、なんでもないよ」

そのときはたぶん自分の気のせいだろうと、自分を納得させていた。
でも、どうしても離れない違和感が残っていたのも事実だった。



それから、多くのことがあった。
そして、いろんなことを彼女と経験するたび、僕の違和感も大きくなっていく。
彼女の動作を見るたびに、彼女の癖を見るたびに、彼女の表情の変化を見るたびに、どうしてもそれが演技にしか見えなかった。
だから、僕は今日、こんなことを聞いたんだろう。

「ねぇ、君は誰?」
「……へ?」

彼女が、目を丸くして驚いている。
そこに演技しているという風な違和感は感じられなくて。
思わず、「ああ、これが本当の『君』なんだ」って苦笑い。

「誰って……−−−−だけど……」
「違うよ、よくわからないけど、『君』は−−−−じゃない」
「何を言ってるのよ、もう!寝ぼけてるの!?」
「……そうかもね」

言われたはたと気がつく。
まったくもってそのとおりかもしれない。
僕は、寝ぼけているのだろうか?
いや、寝ぼけているどころではなく、眠っているのではないだろうか。
そんな馬鹿なことを頭によぎらせる。

「ごめんね、やっぱり寝ぼけてたみたい」
「そうだと思ったわ。いきなり『君は誰?』なんて聞かれたんだもの」

それから、僕らはいくらかの話をして、夕方になり、夕日もそろそろ沈むであろうという時間になって、ようやく立ち上がり、手をつないで一緒に家に帰った。




僕と彼女は同棲している。
いつごろから同棲しているのは定かではないけど、現在同棲しているという事実は変わらない。

「今日は何食べる?」
「うーん……今日はちょっと肌寒いから、温かいものかな?」
「分かった、それじゃちょっと待ってて」

そういって彼女はエプロンを装着し、台所へと向かう。
彼女はいまどき珍しく、『台所は女の戦場』という考えを持っている。
女の戦場であるから、男の僕は立ち入り禁止。
そこでふと思う。
僕がもしアルプになってしまったらどうなるんだろうか?
あれはインキュバスがもろもろの要因で変化し、女の魔物になったものらしい。
僕には彼女がいるから、浮気は嫌だけど、魔物の中には寝取り上等なのもいるらしいし、もしアルプになったら……
肉体的には立ち入り権限は持ってるけど、精神的には持ってない。
と、取り留めの無いことを考えてみたり。
やはり、僕はどこか寝ぼけているのだろうか。
そろそろ、起きたほうがいいのだろうか?

「ご飯できたよー」




僕と彼女は一緒に寝る。
いつごろからそうなったのかは定かではないけど、現在そうなってるという事実は変わらない。
でも、今日に限ってはそうならなかった。

夜中にふとが覚める。
隣にいるはずの彼女がいない。
窓の外に広がる夜空を見ると、今日は新月。
僕の鋭い勘が訴えていた。
今日、このときに何かがある、と。

「−−−−?」

彼女の名前を呼んだけど、返事は無い。
そりゃそうか。
これで返事をするなら、そもそも隠れる必要は無いからね。
もっとも、僕相手に隠れるなんて無駄なんだけどね。
何度も言うけど、僕は勘が鋭いから。

僕の足は迷うことなく台所へ向かう。
普段だったら彼女に起こられるから決して立ち入らない場所。
でも、今は誰にも咎められることは無い。
彼女も咎めようとはしないだろう。
だって、『君』もみつけてほしいんでしょ?
だから、ほら。
僕が台所の床にある収納を開けると、そこに『君』がいる。

「……ようやく、本当の『君』に会えたね」
「……あ」

そこにいたのは黒い服を着込んだ、黒髪の幼い少女。
その目にあるのは、怯え?喜び?
そんな彼女の目をみて、
僕はすべてを思い出した。




あの日、僕は確かに彼女とデートをしていた。
彼女と一緒に出かけて、いろいろ話しをしたり、ちょっとお高いレストランで食事をしたり。
そしてその帰り道だった。
僕らは、物取りに襲われた。
僕は大怪我だけど、命に別状は無かった。
でも、彼女はそうはいかなかったんだ。
彼女の抵抗に腹を立てた物取りに……

僕と彼女は、偶然通りかかったサラマンダーに病院に担ぎ込まれた。
僕は助かったが、彼女はだめだった。
そう医者に聞かされ、僕は閉じこもった。
自分の殻に。

そうしてしばらく経ったある日。
僕は出会ったんだ。

『悲しいの?』
「……悲しいよ」
『辛いの?』
「……辛いよ」
『寂しいの?』
「……寂しいよ」
『そう、だったら……』
「私が『彼女』になってあげる。『私』が、ずっと、ずっと傍にいてあげる」

―――だから、もう泣かないで?




「ありがとう、こんな僕の傍にいてくれて。ありがとう、僕に幸せな夢を見せてくれて」
「あ……」

僕は彼女を収納から引っ張り上げ、そして抱きしめた。

「ありがとう……!僕なんかのために、君自身を偽ってまで傍にいてくれて……」

僕は彼女じゃなく、『彼女』を抱きしめた。
今まで自分自身を偽らせてしまった謝罪もこめて、『彼女』自身を抱きしめた。

「……そういってもらえて、すごく、うれしい」

彼女はこわばっていた表情を若干和らげて、言った。

「このことは、忘れて?そうすれば、明日から、またいい夢、見れるから」
「……嫌だよ」

彼女の提案を、僕は嫌だとすっぱり断った。
それに驚き、彼女が眼を丸くしながら驚く。

「確かにそれは幸せなのかもしれない。辛いことなんか忘れて、それはとてもすばらしいことかもしれない」
「だったら……」
「でも」

彼女の言葉をさえぎり、僕は深呼吸をしてから、つぶやいた。

「それは夢だよ。夢でしかないんだ。夢は……覚めなきゃだめなんだよ」
「……そう」

彼女はその言葉を聞いて、瞳に涙を浮かべながら僕から離れようとする。
それを、僕はより強く抱きしめることで阻止する。

「え……なんで……」
「前から、いや、たぶん最初から気がついてた。君が、彼女を演じていたことを」

そして、僕も最初はその幸せな夢に溺れていた。
でも、結局それが夢でしかないと分かり、それでも幸せな夢を終わらせないためにも、溺れたふりをしているうちに……

「僕はその違和感が嬉しかった。何でかは分からなかった。でも、今なら分かる気がする。そこに君が見えたからだよ。彼女じゃない、君自身が」

それはつまり……

「僕は、君が好きなんだ。彼女じゃない、君自身が」
「……え?あ、あの、えっと……え?」
「僕の傍にずっといてくれた君が、僕は好きになってしまったんだ」
「で、でも、私、地味だし、可愛くないし……体つきも……」

わたわたと自分を卑下する姿を見て、どうしてそこまで自分を卑下するかなと苦笑い。

「でも、そんな君が好きなんだ」
「あう……」
「そんな君だから、好きなんだ」

そういって、抱きしめた君に口付けをする。
最初は驚いていたけど、次第に積極的に受け入れてくれた。

それどころか、舌まで入れられたのはびっくりしたけど。

こうして、僕の幸せな夢は終わった。




「んー……」
「ネロ?どうしたの?」
「ちょっと考え事」

「ふーん」とつぶやき、僕の隣に腰掛ける君。
そこに、彼女のように髪をかきあげるしぐさは無く、けど、それがたまらなく嬉しい。
ちゃんと、君自身を見せてくれることがたまらなく嬉しい。

「何を、考えてたの?」
「んー……君の名前。いい加減『君』も味気ないなぁと思って」

本来、他人を模倣するべく生まれた彼女らに、個体を示す名前など存在するはずも無く、必要ですらなかっただろう。
しかし、僕は彼女自身が好きだとはっきりと意思表明してしまった。
いくら彼女でも、自分自身に変身などという器用な真似はできっこない。
つまり、彼女はこれから先、本来の自分の姿で、僕の恋人として生きていくしかないのだ。
そうなると、彼女の個を示す名前が無ければいけない。
社会とはかくもめんどくさい手続きやらなにやらが多いのだ。

「名前……そっか、名前、か」
「何かこれがいいって名前ある?」
「……よく、わかんない」

そういってはにかみながらも困った表情を浮かべる彼女。
うん、贔屓なしに可愛いじゃないか。

「……でも、こんな名前、いいかも」
「どんな名前?」
「うん……彼女がいなきゃ、私とネロ、出会えなかった。だから、彼女の名前から一字とって……」

確かに、僕の幸せな夢は終わりを告げた。
目を覚ましてしまったから。
でも、辛くないし、寂しくも無い。
だって、これからは、幸せな現実(今)を生きていく時間だから。
だから、僕は君の名前を呼ぶ。

「……うん、いい名前だね。……ミィ」
11/04/25 22:49更新 / 日鞠朔莉

■作者メッセージ
誰かを救うのに特別な力は必要ない。
本当に心のこもった言葉さえあればいい。


というわけで、ミィがネロを救った話ではなく、ネロがミィを救った話でした。
ドッペルゲンガーの説明を見るたびに思うんですよね。
自分の存在そのものを偽ってでも好きな人といるのは、幸せであると同時に辛いんじゃないかって。
やっぱり、好きな人には他でもない『自分自身』を見てほしいですよね。

さて、前回投稿からまたか〜な〜り間があいてしまい申し訳ありません。
大学が再開したもので、今まで以上に時間がががががが。
これからも、亀以上のノロマペースでしょうが、きちんと投稿は続けて生きたいと思いますので、よろしくお願いします。

p.s. 影繰ifのデータ収めてた外付けHDDがパソに認識されないという故障が起こったため、
影繰ifを書くモチベががた落ちしまいました。
ですのでしばらくはそれ以外の話を書いていきたいと思います。
ちゃんと完結はさせますので、気長〜〜〜〜にお待ちください。

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