連載小説
[TOP][目次]
前編《夢か》
――ストーカーで気を付けなければならないのは、ストーカーに気づいてしまうことである。

そう友人が話していたのを思い出した。
格言じみた言い方だが、なんのことはない。つまり、ストーカーの存在に気づいてしまうくらい、ストーカーの行為がエスカレートしているということである。
他人のストーキング行為なんてものは、普通は憚れるものだから、バレないよう行うのが自然である。それがバレるくらいエスカレートする。もっと言えば、バレても構わないとするストーカーはかなり危険なのである。なんの犠牲もいとわないからだ。その末に警察に捕まろうとも、それが愛ゆえの行動だから仕方ないと結論付けてしまえるからだ。

歯止めが聞かなくなっているのである。
誰にも止められなくなっているのである。

「……………………」

こんな話をしたのも簡単なこと。
俺自身ストーカーに狙われているからだ。

神城大学2年の俺が、そのことに気づいたのは1ヶ月前。キャンパスを歩いていると、ふと誰かに見られているという感覚に陥ったのだ。
最初は気のせいだと思った。気配のした方向を見ても誰もいないし、その気配すら一瞬だった。友人に言っても、自意識過剰だと笑われて、そうなのかと納得していた。
しかし、日が経つにつれて、その気配は濃厚になってきた。キャンパスを歩けば必ず見られている感覚に陥る。講義を受ければ、窓の外から、ドアの小窓から、果ては後ろの席からでさえ視線を感じるのだ。唯一それから逃れられるのは自宅とトイレの個室くらいなもので、それ以外ではほとんど常に、その気配を感じる始末だった。

友人にこのことを相談すると、やはり笑うやつもいたが、高校時代からの友人の糸目(いとめ)は笑わなかった。むしろ、深刻そうに顔をしかめていた。
糸目からは、最初に言った、ストーカーで気を付けなれけばならないことを聞かされた。
もしもお前が見られている気配どころか、そのストーカーの姿も認知したのなら一層気を付けろ、とも言われた。
姿を見せるほどにエスカレートしたのなら、それは危険な兆候だと忠告された。

そして、見た。

その日は秋の終わりごろ。肌寒くなり、上着が必要になる時期だった。キャンパスの雑踏の中、気配に気づいた俺が振り向くと、いたのだ。

目にクマをたたえた、薄ら笑いを浮かべた、陰鬱そうな表情の女が。

見えたのは一瞬。しかも、雑踏の中で身体は全く見えない。わかったことは短いウェーブがかった黒髪の、根暗そうな女だということくらい。しかし、俺はすぐ気づいた。そいつが今まで俺を見ていた女だと。見えなかったやつだと。
そいつはすぐに人混みに紛れて消えたが、そのひどく濁ったケダモノのような顔は、俺の瞼にぐちゃりとこべりついた。こべりついて離れなかった。

その日から、ストーカー女の顔を見ない日はなかった。特に外のキャンパスで見ることが多かった。ふと気づけば人混みの中にいるのだ。どこかうっとりともしているような恐怖の女面が。
一度、切れてその女を捕まえようとも思った。警察につき渡してやると息巻いた。しかし、捕まえられない。俺がそのストーカーに近寄れば必ず消える。姿を消すのだ。まるでそこに最初からいなかったかのように。幽霊のように。

友人にまたも相談するが、反応はイマイチだ。美人さんならいいんじゃね、と楽観的に言われる始末だった。

確かに、あのストーカー女はそれなりに美人ではあったように思える。素材はかなり整っていて、陰鬱そうな表情をしなければ、アイドルとしても活躍できそうではあった。だが、それもストーカーということを除いての話だ。いくらかわいくとも、俺にとっては恐怖の対象でしかない。
陰鬱な表情をした女に毎日付きまとわれ、苛立ちや恐怖はあれど、嬉しさなどは一片もない。

そして、気づいた。
そのストーカー女が、次第に俺に近づいていることに。
最初は遠目でその姿が視認できる程度だった。それがだんだんと細かく見えるようになってきたのだ。俺は目のいいほうだ。近づくにつれ、女の特徴がよくわかってしまうのである。
ストーカーされて一週間も経つと、俺とストーカー女の距離はかなりの近さだった。走れば二秒とかからない距離。そんな近さである。
しかし、それだけでは留まらない。
ついには、俺が後ろを振り向いたとき、その真後ろである。そこにいたのだ。愉悦にまみれた、欲望で彩られたケダモノの表情が。
俺は驚いて、尻餅をついた。そして気がつくともういなくなっていた。
俺は安堵すると同時に恐怖した。
そう。もうあのストーカー女は俺のすぐ傍まで擦り寄ってきているのだ。

それからは気づけば女が隣にいた。例えば擦れ違うとき。例えば電車に乗り降りするとき。例えば講義を受けているとき。
しかし、どのときも一瞬。気づけばいなくなっているのである。

もちろん警察にも相談した。しかし、いっこうに取り合ってくれなかった。婦警さんからは、ストーカーは女がされるもんでしょと嘲笑われた。

それから何度も女の接触は続き、俺はもう我慢の限界だった。
もう大学なんて行ってられなかった。

だからしたのは家に引きこもること。

そう。今まで、ストーカー女が接触してこなかった家に引きこもることを決めたのである。

これは糸目の案でもあった。
なにやら糸目は変な噂を耳にしたらしい。ここ最近、神城町の男が行方不明になっているという噂だ。それは俺も耳にしたことはある。中学生から社会人まで幅広く行方不明者が出ているという噂だ。俺には関係ないだろうと右から左に受け流していた噂であったが、どうやらこの噂には続きがあるらしい。なんでも糸目が言うには、行方不明になった男の何人かは、行方不明になる直前に妙な体験をしたとか。
例えば、女の姿をした化け物を見たりだとか。
例えば、誰かに見られている気がしていたりとか。
例えば、夢枕に美女が立って、エッチなことをしてきたりとか。
例えば、何者かのストーカー被害に遭っていたりとか。
そんな経験をしていたらしい。
そして、その幾つかは俺にいま起きていることと合致している。
つまり、俺も行方不明になってしまう可能性があるということ。
俺が感じたのは恐怖だけだった。俺も、行方不明者みたいに消えてしまうかもしれない。そいつらが逃げたのか拐われたのか殺されたのかはわからない。だが、日常の輪から外れるのは確かだ。俺はそんな目に遭いたくなかった。もう外にも行きたくなかった。
だから、俺は家に閉じこもることにしたのだ。

ここにはあの女だって入ってはこれない。唯一無二の安全な牙城なのである。
俺の部屋は、五階建てマンションの最上階。周りはそれほど高い建物がないので、ある程度町が見渡せる。神城駅も近くに見えるし、遠くには大学の建物も見える。ドアには常に鍵をかけてチェーンロックもした。

二日三日と俺は家に引きこもる。糸目に頼んで、食材も買ってきてもらった。家に引きこもるのは、相手のやる気を萎えさせる意味でも有効だろう、と糸目に言ってもらえた。本当に糸目には感謝しっぱなしだ。ストーカーについても一番親身になってくれたのは糸目だけだしな。俺から離れていった友人の中で、唯一離れなかったのも糸目だけだ。感謝してもしきれない。
時折、糸目を家に上げたりして呑み明かしたりもした。ついつい寝てしまったが、友達が傍にいると思えば安心できた。

俺は久々の安穏とした生活に、心が休まった。なんて幸福な日々だと、神に感謝さえした。


だが、それはすぐに終わりを告げた。


それは日も沈みきり、町の喧騒もなりを潜めている頃。
俺は椅子に座って、机に向かい、ノートパソコンを俺は弄っていた。日がな一日、家に籠りっぱなしだとやることは限られてくる。引きこもってネットサーフィンしてばかりだった。
静かな部屋にパソコンのドライブ音とクリック音だけが響く。その時だった。

ブーブーブー!

「っ!」

携帯のコール音だった。
机に置いていた携帯が、マナーモードの振動で響く。振動で机から落ちそうになるのを慌てて拾い上げた。

画面を見るが、そこに映されているのは非通知という文字。

誰だ、と気になる反面、何故か知らない方がいいという内心の声が聞こえた気がした。しかし、俺はなにかに突き動かされるように指を伸ばす。ペアのボタンを押して、繋がった。

「……………………もしもし?」

耳に聞こえるのは静寂。向こうからはなにも聞こえなかった。
間違い電話かと訝しんでいると、不意に聞こえたのは衣擦れの音。間違いない。受話器の向こうに誰かいる。誰だ。誰なんだ?

「もしもし?」

もう一度恐る恐る訊ねる。できればこのまま答えず、無言のままでいてほしかった。いや、そう思うならさっさと通話を切るべきだった。
しかし、遅かった。
向こう側の誰かが、ついに答えたのだ。

『私、メリーさん。今、神城駅にいるの』

それは恐ろしいくらいに澄んだ、よく通る声だった。声からして高校生くらい。あどけなさの残る、しかし、妖艶さも兼ね備えた声だった。だけど、そこに人間らしさはない。その声は、耳を嬲るようにねっとりとした熱のある響きだった。

「っ!?」

耳に焼きつくような、恐怖をそそる声音。俺は反射的に電話を切っていた。
携帯を投げ捨て、俺は椅子からずり落ちて尻餅をつく。
心臓が破裂しそうな勢いで鼓動していた。荒い息が口から漏れる。床に落ちた携帯を見て、俺は発狂しそうなくらい目の前が回った。

わかったのだ。あの声が。

来てしまったのだ。あの女が。

そうだ。間違いない。確信をもって言える。あの声はあいつだ。あの女だ。あのストーカー女の声なのだ。

「っ、……はぁはぁ」

肺が過剰に息を吸おうとするのを、俺は脚をつねることで耐える。
落ち着け。落ち着くんだ。何故、あの女が俺の携帯の番号を知っているかはどうでもいい。問題はそのかけた理由だ。何故、あの女は俺に電話した。理由はあるはずだ。

『私、メリーさん。今、神城駅にいるの』

その言葉を思い出す。それを伝えてくる意図はなんだ。
俺は立ち上がって、部屋の中からベランダを。神城駅を見た。夜になり人通りも減った駅周辺。そこらへんを見据える。そして、見つけたのは一人の人影。駅の出口の一人立っている。

それは、あの女だった。
あの女が顔を上げてこちらを見ていた。
笑っていた。邪悪な笑みを浮かべていた。

「ひっ!」

俺は悲鳴を漏らして、尻餅をつく。その瞬間、床に転がっていた携帯が鳴った。

画面に映るのはまたも非通知。間違いなくあの女だった。

出てはいけない。出たらダメだ。出たらあの女の声が聞こえてしまう。ダメだダメだダメだ。
ダメなのに。

ピッ。

「……もし、もし?」

今度はすぐに返事がきた。

『私、メリーさん。今、二丁目の電柱の下にいるの』

「……………………」

背中をつつーと指先でなぞられたかのような悪寒が、全身に走る。携帯を投げ捨てそうになるのを堪え、俺はまたベランダを覗く。

駅に女の姿はなかった。
しかし、安堵できなかった。

何故なら、駅とこのアパートとの道の中間辺りにある電柱。街灯。その下にいたからだ。携帯を耳に当てたストーカー女が。街灯の弱々しい明かりに頭を照らされ、顔に闇色の陰を作ったストーカー女が。笑みを浮かべて立っていたのだ。

「っ!」

まずいまずいまずいまずいまずい!

女の電話の意図がわかった。なんのために電話をしてきたのか。
伝えているのだ。近づいていることを。ここに来るということを。
脚になにかが絡み付いて上ってきているかのような錯覚に囚われる。全身を襲う具現した恐怖に、吐き気さえした。
俺はその喉元まで出かかった叫びを飲み込み、立ち上がる。そして、玄関に駆けた。
逃げなければ、逃げなければ。あの女が来る前に。このアパートに来る前に脱出しなければ。

携帯が鳴る。しかし、構うものか。早く逃げないと。あの女が来る。

ピッ。

『私、メリーさん』

電話に出てはいない。なのに、勝手に繋がった。繋がって、スピーカーになった。
スピーカーなら音は悪いはずなのに、まるでそこにいるかのように澄んだ声だった。

『今、あなたのアパートの玄関にいるの』

「ひぃっ!」

なんで……なんでもうそこまで!
まだ数秒しか経ってないぞ!?
あの電柱から玄関まで走っても十秒はかかるはずなのに!
仮に間に合っても、走ったはずのこいつはなんで息を切らしてないんだ。ありえない。ありえないありえない。
人間じゃない。

「ああ、はぁはぁ……っ」

ドアにかけた手を離す。鍵とチェーンをかけ直した。
もう、逃げられない。玄関まであいつが来た以上、今出れば鉢合わせする。ならばもう部屋に立てこもるしかない。あの女が入れないように。

プルルル、ピッ。

『私、メリーさん。今、二階の踊り場にいるの』

上がってきてる。ここに来ようとしている。

「くっ!」

俺は携帯の電源を切る。こうすればもう、

プルルル、ピッ。

『私、メリーさん。今、三階の踊り場にいるの』

「あああ、そんな……」

手に持った携帯からの悪魔の言葉。足元から這い上がって、耳から侵入する恐怖。
逃げないと。どこに。
ベランダだ。どうやって。
火事のとき脱出できるよう、隣の部屋との敷居壁は破れるはずだ。
そうだ。ベランダだ。誰かに助けを求めたらいいんだ。

「な、なんで!?なんで開かないんだよ!」

ベランダへ行く戸が開かない。鍵はかかってないのに。まるでなにかで塗り固められたようにビクともしない!

「くっ……だ、誰か!助けてくれ!」

壁を叩く。力強く。痛いほどに。
これなら隣のやつに聞こえるはずだ。うるさくしているとすぐにクレームしてくるやつだ。すぐに反応するはず。

しかし、来ない。なんの返事も来ない。寝静まったというより、元よりそこに誰もいないかのように。

プルルル、ピッ。

『私、メリーさん。今、四階の踊り場にいるの』

絶望を知らせる悪魔の使いの声が静寂な部屋に響く。視界が滲む。心にヒビが入る。その隙間を恐怖が入り込む。心が黒く闇色に染められる。

もう息も絶え絶え。俺は半ばパニックになりながら、携帯を弄った。

どうしたら、どうしたらいいんだ!
誰か、誰か助けて……。

そうだ、糸目!糸目に電話を!

「頼む、出てくれ、糸目」

糸目にコールする。

プルルル、ピッ。

繋がった!

「糸目か!?頼む、助けて、」




『私、メリーさん。今、あなたの部屋の前にいるの』




来た。

あの女が来た。

ついにここまで来た。

「ぅあ……っ……」

声が出ない。喉が震えっぱなしで悲鳴も出ない。だらしなく息が漏れるだけ。もう、逃げられない。
次だ。次に携帯が鳴ったら俺は終わりだ。わかる。次だ。次に来るんだ。あいつが。あの女がこの部屋の中に来るんだ。

「うぅぅ……」

俺がなにをしたというのだ。どんな悪いことをすればこんな目に遭うというのだ。講義をサボったからか。約束をドタキャンしたからか。借りた金をなかなか返さないからか。だけど、そんなことでここまでひどい目に遭うなんて。行方不明者と同じになるなんて、ひどすぎないか。釣り合ってないじゃないか。いや、いやいや。ああ、すまなかった。ごめんなさい。なんでもします。もうサボりません。すっぽかしません。すぐ返します。だから。だから。助けてください。助けて。お願いします。許してください。ごめんなさい。

「ごめん、なさい……ごめんなさい」

ただ嗚咽を漏らして俺は一心不乱に言う。何度も何度も。何度も何度も何度も何度も。

そして。

「ごめんなさい……………………?」

電話が来ない。もう五分は経った。でも来ない。さっきまでと同じならこの間に十回は来ててもおかしくないはずなのに。電話が来ない。

帰った、のか?

助かった、のか?

緊張で張り詰めた糸がたわむ。心を蝕む闇に光が灯る。安堵に伴う希望の光がわずかだが、確かに。
俺はふらふらとした足取りで、玄関へ向かう。
もう、あの女はいないのか?

鍵を開けようとして、俺は思い直す。下手に開けてしまえば、侵入されるかもしれない。もしかしたら、俺から開けさせるのがあの女の狙いなのかもしれない。

俺は鍵を開けるのはやめ、覗き穴を見た。これなら外を見れるはずだ。

見れるはずだったのだが。

「……?」

なにも見えない?
なんで?
廊下は電気が点いているはず。
いや、電気は点いているか。
じゃあ、なんだ……。

「……っ」

ちが、う。この暗闇は、

ズズズ、スゥ……。

目。眼。瞳。
沈んだ目。淀んだ眼。濁った瞳。
まるで深淵を覗いているような。混沌を見据えているような。見たくないのに見てしまう。見えないから見たくなる。闇そのものの瞳。

目が、合った。
遭ってしまった。

そして、その目が細まる。
ニィィと笑みに歪む。

「っ!!」

見た。こっちを見た。見えないのに。あっちからは見えないはずなのに。
あいつは俺だとわかった。

来る。来る来る来る。
あいつが、来る!

全身の毛が逆立つような、悪寒。そして確信と似た予感。

最期が来た。

プルルルルル。

「……」

プルルルルル。

「……」

プルルルルル。

長いコール音。

俺は耳にペアボタンを押し、携帯を耳に当てた。

「……………………」

「……………………」

「…………もしもし」

向こうの空気が震える。息を吸う音が聞こえる。

「私、メリーさん」

垢抜けしない声。幼さが残りながら、妖しさな顕在する暗澹とした声音。

女は言う。言って来る。
この部屋に入ってくる。

身体の感覚は鋭敏に研ぎ澄まされる。
特に下半身にそれは集中した。
下半身に、股間に。

股間に?

疑問に思って視線を下ろそうとした瞬間、そのときは来た。

「今、あなたのオチンポしゃぶってるの」

…………は?

視線を下ろした俺の足元。そこに床に膝をついて、俺のペニスをしゃぶっているあのストーカー女がいた。

女の目が薄く細く引かれる。ニヤァといやらしく淫靡な目を俺に向ける。

「ああ……な、に、を」

「チュプ、チャプチャプ、チュブブブ……ブチュルルルルル」

なんで、こんな。あのストーカー女が俺のペニスを、しゃぶっている?喉まで咥えて、舌を絡めて、頬をへこませて。目尻を垂らして、涎を垂らして、腕を垂らして。まるで極上のデザートを味わうみたいに至福を思わせる表情で。俺のペニスをしゃぶっている?

嬉しくなんかなかった。
むしろ怖かった。おぞましかった。
得体の知れない女にペニスを舐められる。責められる。嬲られる。
凌辱されて蹂躙されて。まるで自分のモノであるかのように扱われる。自分の食いモノであるかのように貪られる。

怖かった。

恐ろしかった。

なにが?

ナニが。

何が起こっているのかわからないこの状況が。

まるで悪夢の中に引きずり込まれたかのような、荒唐無稽なこの現状が。

ペニスを嬲られているはずなのに、全身をまさぐられて自由に弄ばれて、心を蝕まれているかのようなこの状態が。

俺が俺でなくなるような気がして怖かった。

「ジュブ、ジュブジュブジュブ、ジュブブブブブブブブブブブ!」

「ぅあ」

変わる。責め方が激しいものに。女の舌が、竿からカリ下の敏感なところへと舐め擦っていく。舌のザラザラとした感触に背筋がゾクゾクと震えた。脚がガクガク震えて、俺は立っていられなくなり、後ろに倒れた。

俺が倒れても、女は俺のペニスを離そうとしなかった。それどころかさらに強く激しく、大きな音を立てて舐めしゃぶる。

そして気づく。

なんだ、この感覚は。

それはまるで根こそぎ入れ換えられている感覚。

正が負に転ずるような。
白が黒に染まるような。
聖が邪に堕ちるような。

おぞましくも、どうしてか甘美で。もっと味わいたくなるような陶酔の気分にさせてくる。
絶望に染まっていた俺の心を染め直していく。
柔らかく甘い優しいピンクのそれに。

恐怖が反転していく。
俺の心をあまねく支配していた恐怖が、全て別のものに取って変わられる。

黒さえ塗り潰す、淫乱なピンク色に。

染まっていく。

「ぁああああ、ああ……なん、で、こんなの、いや、なのに、」

気持ち悪いのに。
しゃぶられて気持ち悪いのに。



気持ち悪い。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
気持ち悪い。



気持ち悪い。
気持ちいい。
気持ち悪い。
気持ちいい。
気持ち悪い。
気持ちいい。
気持ち悪い。
気持ちいい。



気持ち悪い?
気持ちいい。
気持ち悪い?
気持ちいい。
気持ち悪い?
気持ちいい。
気持ち悪い?
気持ちいい。



気持ち い。
気持ちいい。
気持ち い。
気持ちいい。
気持ち い。
気持ちいい。
気持ち い。
気持ちいい。



気持ちいい。
気持ちいい。
気持ちいい。
気持ちいい。
気持ちいい。
気持ちいい。
気持ちいい。
気持ちいい。



すごく気持ちいい。幸せ。

「ペロペロ、ンン、チュブブブ……」

「うあ、ああ、ああああぁ……」

まどろみの中で優しく迎えた絶頂。
目の前が光に塗り潰され、俺の意識はそこで途切れた。
13/04/18 20:54更新 / ヤンデレラ
戻る 次へ

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33