連載小説
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TAKE12 ゲームと痺れと巻き付く鰻
「ではご主人様、これからどうなさいますか? お夕飯まではまだかなりありますけど」
「そう、ですね……」
 夕方の邸内通路。乳牛メイドの問い掛けに、部屋着へ着替えた男優は少し考え込む。
 何せ今の自分には『仕事』がない。退院後は医師や事務所とも相談した結果『念のために』と活動休止を発表していたし、副業があるわけでもない。
(要するに無職……地味に辛いな)

 志賀雄喜は真面目で勤勉な、よく働く男であった。然しその弊害から少々"働きすぎ"な一面もあり、屋敷での日々に対する不安も決して小さくはなかった。

(……何か仕事をさせてくれと、頼むべきかもしれない。だが既にここまで良くして貰っているんだ。『屋敷の主として過ごす』という勤めを最期の時まで果たさなければ)
 決意した雄喜は、何か手頃なものはないかとアプリ内を探り……そして"それ"を見付ける。
(……『電子遊戯室』?)
 その部屋は屋敷の北東に位置していた。詳細を見れば、主にビデオゲームを楽しむ為の部屋であるらしい。揃ってゲーマーである柳沼夫妻の影響からそれなりにゲーム好きの雄喜は、果たしてその電子遊戯室とやらが如何なる場所なのか興味が湧いてきた。
(思えば最近は殆んどやってなかったからな……この機会にやり込んでみるのも悪くない)

 かくして雄喜は、真希奈同伴のもと電子遊戯室へ向かった。



「では、お夕飯の支度ができましたらお呼び致しますね」
「はい。お願いします」
 屋敷北東部の電子遊戯室。同伴してくれていた真希奈と別れた雄喜は、早速簡素なドアから部屋に入り……

(なんだ、これは……)

 想像を絶する光景に、思わず言葉を失う。
 されど、彼がそうなったのも無理からぬこと。
 味気ないドアの向こうに広がっていたのは、宛ら『ビデオゲームの楽園』とも呼ぶべき驚きの空間であった。

 面積は推定十畳前後、天井は高く部屋の中は明るい。床には如何にも上質な素材の絨毯が使われている。
 据置型のゲーム機に用いるのであろう、寝室にあったものより更に大きな薄型モニターや、ゲーミング仕様と思しきデスクトップ型のパーソナルコンピュータが目を引く。
「さて、確かこの画面を出して、ここを押すと……おおっ!」
 雄喜がスマートフォンを操作すると、向かい側の壁が鈍い音を立てて変形し、中から梯子付きの棚が現れる。
 透明な引き出しで区切られた棚の各スペースには携帯・据置を問わず古今の様々なハードやソフトが――店舗や地域限定の仕様違いも含めて――収納されている。中には雄喜の見慣れた代物もあったが、大半は名前すら聞いたことのない未知のものばかりだった。
「圧巻だな……しかもこの棚がほぼ全ての壁に備わってるってんだから、もういっそ恐いぐらいだよ。
……この一面のものを買い揃えるだけでも下手すれば車一台分ぐらいの金が吹き飛びそうなのに、その上こんな凝った収納システム……屋敷全体ともなると幾らかかってるんだ?」
 どうにも頭痛がしそうだったので金の事は考えず、雄喜はゲーム選びに集中する。
 そうしてお気に入りの一本を見つけ出した彼は、その後真希奈が呼びに来るまでの一時間半ほぼ無休憩のままゲームに没頭し続けたのだった。





「相変わらず豪華だな……」
 案内されるままやって来た食卓に並ぶのは、朝方のそれより更に豪華絢爛たる料理の数々であった。雄喜の好物を中心に、食材同士の相性や栄養バランス、見栄えなども考慮した品揃えとなっており、ほどよく空腹だった青年の食欲を掻き立てる。
「さて、では早速頂くとしようか……っ、つ」
 席につき、手を合わせようとしたその時、雄喜は右手に違和感を覚える。
 気に留める程ではない、恐らく気のせいだろう。半ば強引に納得して腕に力を込めた所で、違和感は確かな痛みに変わり……
「っぐ!?」
 結果、そんな声も出る。幸い痛みはすぐに引いたが、どうにも指が動かしづらい。
「痺れたか……」
 ゲームのし過ぎで指が痺れるとはなんとも情けない話である。
 とは言え、ものが持てないほど痺れているわけでもなく、雄喜はそのまま匙を手に取ろうとするのだが……
「あら、どうされましたご主人様?」
 気付けば傍らには満が佇んでいた。先程まで姿など見えなかった筈だが、一体どこに隠れていたのか。あとそのメイド服はやけに胸部分の生地が薄くないだろうかとか、雄喜は内心ツッコミまずにいられなかった。
「どう、とは」
「何やら腕の動きがぎこちない様子でしたけれど?」
「……ああ、いえその、大したことではありませんよ。ただ少し、痺れただけで」
 そう、まさに些事。雄喜にとって大したことではないのだが……
「あらあら、それは大変っ。無茶は禁物ですわご主人様。ここはどうか私にお任せを」
「いえ、大丈夫ですのでご心配なく。この程度どうということは」
 抜群のスタイルを隠さず強調するような薄手のメイド服に身を包み妖艶にうねりながらすり寄ってくる満の姿に、思わず雄喜は目を逸らす。
「どうということもありますわよっ。いいから私に身を委ねて下さいまし……」
「あぁいや本当に大丈夫ですので仕事に戻って下さい渡部さんだって暇じゃないでしょうに」
「これもお仕事ですっ。というかご主人様のお世話に勝る務めなんてありませんわ……」
「ひぅっ!?」
 妖艶に囁きながら、満は椅子に座ったままの雄喜に抱き着き下半身を絡ませる。衣類越しに伝わる柔らかな女体の感触に、雄喜の顔面と下半身が熱を帯びる。巻き付かれたせいで腕は動かせない……否、動かすことはできる。
 と言うのも、相手はラミアではなくあくまで鰻女郎。よって下半身の表面を覆う鱗は目視が不可能なほどに小さく更に体表は粘液で覆われている。締め付ける力は強いが摩擦がない分抜け出そうと思えば簡単だろう。然し辛うじて理性を保っていた雄喜は過去の出来事を思い出し、現状の抵抗は悪手との結論に至る。
 なぜならば……
(『ラミアの如きマーメイド』と称される魔物、鰻女郎……その呼称は彼女らの内面に於いても同様で、事実鰻女郎は温厚で献身的な一方狡猾な一面もある。体表から分泌される粘液の濃度を調整したり、滑る向きや勢いを操ることもできるからな……)
 もがけばもがくほど"深み"にはまり込んでいく……目の前で"そんな光景"を見たことがあるからこそ鰻女郎の特性を理解していた雄喜は、昂る雄の本能を抑え込みつつあくまで微動だにしない。
 そうして身を任せていると、満は匙を手に取り……

「さあご主人様、何を召し上がりますか?」

 どうやら食べさせるつもりらしい。
 雄喜としては正直断りたかった。別に腕がまるで動かないわけではないし、何より大の男が従者に飯を食べさせて貰うというのもどうなのかと思ったからだ。
 然し恐らく、満の側もそれを見越して巻き付いてきたのであろう。或いはただ単に密着し粘液漬けにして性欲をかき立て襲わせるという算段なのかもしれないが。
 ともすればこの場を穏便にやり過ごす最適解は……

「では、まずは野菜サラダを……」
「畏まりましたっ。ではご主人様、あーんっ」
「……あ、あーん……」

 身を委ね、相手の望むままにさせることに他ならず。
 結果いい年こいて『あーん』させられたり、性欲を抑え込むのに必死過ぎて料理の味が今一よくわからなかったり(とりあえず美味いと感じることはできたが)、
 巻き付かれたせいで全身粘液塗れになってしまったりと結構な目に遭ってしまった雄喜だが、それでも豊満な美女に密着され甲斐甲斐しく世話をされるというシチュエーションは冷静に考えてみると中々悪くないものだな、とも思うのだった。
(とは言え粘液出しながら巻き付いてくるのは勘弁してほしいがな……)




「ここが浴場になります」

 粘液塗れになった雄喜は、風呂に入らねばと使用人の案内で浴場へ向かった。
 磨りガラスの引き戸を潜った先は脱衣所で、様々な種族の利用を想定してかその面積は広大で天井も高い。

「では、ごゆっくり。何かあればすぐにご連絡を」
「はい。助かります」

 聞けば脱衣所や浴室の内部には各所に非常用呼出ボタンが設置されているらしい。聊かやり過ぎではないかとも思ったが、それも自分の身を案じてのことと思うと悪い気はしなかった。

「さて……」

 広い脱衣所に一人。服を脱ごうとした雄喜はふと、既視感を覚える。
 この状況、確かどこかで……とするとこの後は……そんな風に脳内を考えが巡り、脱衣の手が止まる。
(……いかんな、何を考えてるんだ。そんなことがあるわけ……――「遅れてしまい申し訳ございませんご主人様っ」
(……あんのかい)

 それはまさに、思わず内心突っ込みを入れてしまうほどに出来過ぎたタイミングでの出来事であった。

 何もありはしないだろうと思わせた瞬間、音もなく姿を現す砂川克己。
 外骨格の八本足でカツカツと――サソリだけにカツカツと――歩み寄るその姿は優雅にして妖艶。
 然し同時に、獲物を前に臨戦態勢の毒虫然ともしていた。

 雄喜は思った。
 個室に一人でいる所へ克己が現れるとは、まさに昼間の外出前と同じ流れではないか。
 ともすればこの後何をされるのかは容易に想像がつく……が、一応それでも確認を取る。

「えー……砂川さん、一体どうしたんです? 何か用事でもありましたか?」
「はい、それはもう。ご主人様がお風呂に入られると聞きましたもので、脱衣のお手伝いをとっ」
(やっぱりか……)
 何となくそんな気はしていた……否、ほぼ確信していたと言うべきか。
 本音としては当然断りたかった。何せ寝間着からの着替えとは違い、今度は下着を脱ぐことになる。伴侶どころか恋仲ですらない異性に性器を見られるなど、できれば避けたいというのが雄喜の本音であった。理由は言うまでもなく、恥ずかしいからに他ならず。
 だが彼はまた思う。『ここで下手に断ろうものならよりとんでもない事態になるのではないか』と。
(そうだ、思い出せ……更衣室で『抵抗するなら毒で動きを止めてでも着替えさせる』と言われたじゃないか)
 砂漠棲魔物の中でも特に危険な『砂漠の暗殺者』たるギルタブリル。
 魔物が持つ内で最強との呼び声高きその猛毒は、瞬く間に身体の自由を奪い性欲を昂らせ、被害者が男性ならば持続的かつ強烈な勃起を引き起こす代物である。
 果たしてそんなものを身体に注入されればどうなるか。想像しようとするだけで寒気がしてくるほどに恐ろしい。
(魔物にしてみりゃ願ってもない状況なのかもしれんが……曲がりなりにもこんな豪邸の主人だからな。従者の目の前で射精する醜態を晒すような真似はできればしたくない)
 先程真希奈に股間のテントを見られた以上、いっそ開き直ってしまうのもアリかもしれなかった。だが開き直るにしても限度があるだろうと、彼はそう思った。
 そしてだからこそ、彼は克己に身を任せるという"限度内の開き直り"を選択する。
「……お願いします」


「失礼致します」
 雄喜にリラックスするよう指示した克己は、幾つかの節足で脱力した彼の身体を巧みに支え、両手と触肢で器用に服を脱がしにかかる。
 その手つきはまさに魔物めいた淫靡なもので、ボタンを外す序でに肌をくすぐり、ファスナーを下ろしつつ衣類越しに身体を撫で回し……挙句には服を脱がしもせずあちこちまさぐる始末。
 ともすれば男志賀雄喜、抗う術もなく"反応"してしまうのは必然であり、当然の如く股座のそれはそそり立つ……。
「あらあら、ご主人様ったらぁ……お盛んですことっ」
 いかにも魔物然とした淫靡な笑みを浮かべ、克己は愛おし気に膨らみを撫で回す。
 慈しみとも嘲りともつかない愛撫は、雄喜をこれでもかと焦らしては苦しめる。
(で、出ないっ……勃っているのに、出ないっ……!?
 何故、何故だ……萎えもせず然し出ないなどっ……いやそりゃまあ出ても困るんだが……っっ……!)
 そして毒虫の侍女は上着を脱がせベルトを外し、遂にズボンと下着へ手をかける。両手で隠そうにも何時の間にか両手は節足で固定されており動かせず、最早諦めるしかなかった。
「それっ」
 ずるん。ズボンと下着が一気に下ろされ、射精寸前まで雄々しく勃起した巨根がぶるんっ、と音を立てそうな勢いで露わになる。
 そそり立つ男性器を見せつける構図を"見せ槍"などと呼ぶそうだが、実際雄喜のそれは槍と呼ぶに相応しい代物であり、克己の視線は釘付けになる。
「ぁあ……なんて……こんなにも大きく、ご立派な……!」
 本能に訴えかけてくる迫力に気圧された克己は、まっすぐに聳える巨根に触れるのを躊躇いつつも興奮しており、雄喜は彼女によってこの場で射精させられることを覚悟していた……の、だが……

「これはこれは、本当に逞しい……とびきりに濃い、上質な精の気配が漂って来て……私、もう気が狂いそうで仕方ありませんわっ」

 メイド姿の毒虫は、欲望剥き出しの眼差しでそそり立つ巨根を見据え、淫靡に語り掛ける……のみ。
 男根に一切触れず、ただ語り掛け、誉めそやす。残る衣類を脱がす動作と並行して、ただ延々と。
 手指や節足はおろか、産毛一本すら触れようとしない。
 よって雄喜は必然、刺激不十分から射精にも至らない。ただ一方、克己の視線と言葉、そして薄手のメイド服越しに浮き出る肢体に劣情を煽られた結果、勃起が治まる気配もなし。

(……だ、出したいっ……なんとか、っ……!)

 魔物のメイドがもたらすある意味極上の"焦らし"は、童貞の男優を着実に苛み続ける。
 結局、克己が脱衣補助作業を終えたのはそれから数分も後の事であり、その間雄喜は延々と、気が狂いそうになるほど焦らされ続けたのだった。
21/07/29 21:57更新 / 蠱毒成長中
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