連載小説
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TAKE11 妖艶なるM / 男優はそれを抑えきれるか
「ご馳走様でした……」
「ご馳走でしたっ」

 その後弁当を完食した二人は、料理を拵えてくれた厨房の面々に対し感謝の言葉を述べる。
 それは目の前に当人たちが居ない以上相手の耳に直接届くことはなく、故に意味がない行為とも言えた。

(確かに無意味と言えば無意味だろう。然しこれは意味の有無とかそういう次元ではないのだ……だったら何だと言われたら困るが、ともかく……)

 その後、真希奈は慣れた手つきで弁当箱や食器を片付けていく。
 ただの女優とは思えない、本職と見紛うばかりの手際の良さ。
 もしかしたら事前に専門家の指導のもとかなりの訓練を積んだのかもしれない。
 そうだとしたらきっと、ただでさえ多忙な日々がより過酷なものになっていたのだろう。申し訳ないなんてものじゃない。
 そう思った雄喜は片付けの手伝いを申し出たが『気持ちは有り難いがこれは従者の務め。どうか手出しは控えて欲しい』と言われたので傍らで待つことにした。

「お待たせしましたっ」
 その後、真希奈はものの数分足らずで片付けを終えてしまった。どうやら本当に"手出しは無用"だったらしい。
「ささ、ご主人様っ。次は何を致しますか?」
「そうですね……」
 さて何をしようか。日野原は元々真面目で頼りになる男だ。従者を演じている今もそれが変わらないならきっと自分の為に色々なものを用意してくれているだろう。
 ならば何をすべきかと思考しようとして、ふと雄喜は眠気に襲われる。思えばかなりの長距離を歩いて来た。更にこの陽気の中で腹も満たされたのだから、眠くなるのは必然か。
 ともすれば……
「……すみません、どうにも眠くなってきてしまいまして……」
 惜しい気もするが、外出は切り上げて屋敷へ戻るべきだろう。雄喜はそう思っていたのだが……
「あー、まあ確かにこんなに気持ちいいですし、お弁当食べてお腹一杯ですもんねー。
 じゃあ丁度いいですし、ここでお昼寝しましょうか」
(……昼寝?)
 メイドからの返答は、全く予想外のものであった。
「昼寝、ですか?」
「はい。お天気もいいですし、眠いなら休むのが一番ですよ」
「それは、そうですが……てっきり屋敷へ戻る流れかと」
「うーん、お言葉ですがその選択肢は推奨しかねますねぇ。お疲れの状態で無理に動かれて具合悪くされても困りますし……っていうか私が怒られるのでー」
「……まあ、確かに。では、少し横になりますかね……」
 そう言って雄喜がピクニックシートの上へ横になろうとすると『お待ちください』と真希奈に呼び止められる。
 一体何事かと身を起こせば、彼女は正座の姿勢で何かを待機しているようだった。
 これはもしや……いや然しそんなまさかと雄喜が考え込んでいると、メイドを演じるホルスタウロスの女優は穏やかに言葉を紡ぐ。
「ご主人様、どうぞ。膝枕です」
(……やっぱりか)
 急激に照れ臭くなった雄喜は真希奈からの申し出を断ろうかと考えた。
 だが主として従者の厚意を無碍にするのもどうかと思い、躊躇いがちに近寄っては、如何にも柔らかく暖かそうな牝牛の太腿へ頭を乗せる。
 その感触はまさに極上の心地よさ。かなりの頻度で真希奈の胸が当たっているのに不思議と羞恥や照れ臭さは感じなかった。
「如何ですか、ご主人様?」
「……ああ……すごく、心地いいですね……これは、よく眠れそうだ……」
「それは良かったです。ご主人様に満足して頂くことは、我ら従者一同の本懐ですから……」
 優しく語り掛ける真希奈の声が子守歌のように作用したか、気付けば雄喜は幽かに寝息を立てていた。
「……お休みなさいませ、ご主人様」
 大きな胸の所為で顔は見えないがきっと幸せそうな寝顔に違いない。
 確信した真希奈は、愛すべき主人を見出したホルスタウロス特有の暖かく柔和な微笑みを浮かべつつ、やがて自らも眠りに就くのだった。





「お帰りなさいませ、ご主人様」
「只今戻りました。お出迎え有り難うございます」

 夕方。屋敷へ戻って来た雄喜と真希奈を、昼間同様日野原が出迎える。

「ご主人様、野外散策は如何でしたか?」
「素晴らしいの一言に尽きます。また何れ日を改めて別の場所へも行ってみたいなと」
「それはようございました。ではお手数ですが、お休み頂く前に再び更衣室へお入り下さいませ。
 お召し物は屋内外でそれぞれ専用のものを着て頂く規則ですので。それと、洗面所での手洗いとうがいもお忘れなく」
「わかりました」
「ご主人様、上着お持ちしますね」
「ありがとうございます」

 そうして雄喜は手洗いとうがいを済ませ更衣室へ向かった。
 また中で待機している克己に脱がされるのだろうか。彼女は器用だし丁寧な仕事をしてくれるが、それにしても手つきや視線がいやらしくてどうにも……などと思っていたが、どうやら帰宅時の着替え補助は外出に動向していたメイドの役目――つまり今回は真希奈の担当ということらしかった。
(こう言っちゃ何だがそれを聞いて安心したよ……。
 他の二人には失礼だが、彼女ならそう変なこともしてこないだろう)
「ではご主人様、早速お着替えの方手伝わせて頂くのですけど」
「はい」
「規定により外出から帰った場合、まず担当のメイドから着替えさせて頂くことになっております。なので少々お待ち下さいね」
「あぁ、はい」
 雄喜は最初『また何でそんな規定があるんだ』と疑問に思ったが『外の塵で汚れた自身をまず清めることで主を汚れから守る』などの意図によるのかもしれないと納得した。
(些か規定の多い生活だが、丁寧に扱われていると思えば悪い気はしないな……)
 などと安堵しきっていた雄喜だったが……
「それでは、失礼しまーす」
(はっ!?)
 そう言って真希奈は身を隠しもせずおもむろにエプロンドレスの腰辺りへ手をかける。
 メイドの取った予想外の行動に一瞬思考が止まりかける雄喜だったが、何とか眼前の暴挙を止めにかかる。
「お、小田井さん!? 何やってるんですか!?」
「何って、着替えですけど」
「ここで!?」
「はい。それが何か?」
「……てっきり別室で着替えるものとばかり」
「メイドの着替えは可能な限りご主人様の目の前で行うようにとのお達しですので」
「……お達し? 誰からのです?」
「はい。あまり詳しくは言えないんですが"かの方々"とだけ」
(ボスとチーフか……)
「それとご主人様、着替え中のメイドから目を離さないようにお願いしますね? かの方々曰く『メイドの挙動を見張るのは主の義務』だそうなので」
「わ、わかりました……」
 本当は外方を向いて居たかった。だがバックについているのが柳沼夫妻である以上、逆らうとどうなるかわかったものではない。なら大人しく従っている方が堅実だろう。
 何より彼自身、真希奈の着替えに興味がないと言えば嘘というか、実際見ていいのなら見たいとも思っていたわけで。
「では、始めまーす」
 宣言するや否や、真希奈はゆっくりとスカートを脱ぎ始める。
 着衣時の上下は繋がっているようにしか見えず、まさか別々だったとは驚かされたが、それより何より……
(何故これ見よがしに尻を突き出してるんだ……主に尻を向けるのは非礼だと思うんだが……)
 などと思いこそすれ雄喜は真希奈を叱りも咎めもしなかった。突き出された彼女の尻へ夢中になる余り、そんなことなど気にならなくなっていたからである。
(……胸ほどではないにせよ、大概でかいな……そして柔らかそうだ……)
 雄喜は若干の罪悪感を覚えつつも、内なる欲望をむき出しにして真希奈の尻を凝視する。
 下半身を覆う白い下着は装飾のないシンプルかつオーソドックスなデザイン乍ら、こと志賀雄喜という男にとっては自分の好みドストライク以外のなにものでもなく、不規則に揺れる尻尾の動きも相俟って内に秘めたる劣情を掻き立てるには十分過ぎる代物となっていた。
(一瞬『引っ叩いたらいい音が出そうだ』とか思った自分こそ引っ叩かれるべきだな……)
 やがて真希奈はゆっくりとスカートを脱ぎ終え、そのまま雄喜の側へと身体を向ける。下半身は白いエプロンで隠されており、宛ら裸エプロンのよう。
「……♥」
「……!」
 主の眼前で、真希奈は思わせ振りにエプロンをたくし上げ下半身を見せ付ける。改めて露わになった正面アングルからの白いパンツを、雄喜は食い入るように凝視する。
(こんな真似が許されるのだろうか……)
 そんな風に思いもしたが、すぐさま『義務だから仕方がない』と言い聞かせ自分を正当化する。今この場にいる自分は、俳優の得刃リンではない。志賀雄喜という一人の童貞男であり、一匹の色に餓えた雄だと、そう思うことにした。
「そろそろ失礼しますねー」
 雄喜が役者の立場をかなぐり捨てるのと同時に真希奈もエプロンを脱ぎ捨て、立て続けに上着も脱いでいく。
「ん、しょ……」
(少し窮屈そうだな……大丈夫か?)
 思わず真希奈の身を案じる雄喜であったが……
「っと、っふー……」
「っっ!?」
 上着が脱がれ露わになったブラジャー越しの乳房――推定胸囲1メートル以上、紛れもない『爆乳』であった――に目を奪われる。圧倒的サイズと重量感を誇りつつ、張りと弾力を欠く様子もない。
 パンツと同じ色のブラジャーに覆われていながらにして、見るも者の脳へ直に語りかけ誘惑してくるような存在感。
 妖艶かつ淫靡にして母性的かつ健康的に揺れる双丘に、雄喜は思わず固唾を飲む。
(いや、これは寧ろ固唾を"がぶ飲みする"という方が正しいか……)
 思い起こされるのは、嘗て共演したさる大物動画投稿者が多用する数ある決まり文句の一つ。共演前からその人物のファンだった雄喜は当時『ニュアンスは何となくわかるが現実には起こり得ないだろう』と思っていたが、今やその認識は真逆となっていた。
「では、次はご主人様の番ですよー」
 下着姿となった真希奈は、そのまま雄喜の衣類を上から一枚ずつ丁寧に脱がしていく。克己の時とは違った手つきで、瞬く間にに雄喜の上半身は肌着一枚まで脱がされる。
「逞しく男らしいお体ですね、ご主人様」
「……き、鍛えていますので。然し、有り難うございます……」
 真希奈の視線と言葉に、雄喜は思わずたじろぐ。細身ながら無駄なく鍛練された肉体へ向けられる眼差しは、雄に餓えた魔物のそれであった。
「では、次は下の方を……よいしょ、っと」
 身を屈めた真希奈は、雄喜のベルトを外し、ズボンを脱がしにかかる。
 刹那、彼女の目の色が変わったのを雄喜は気取り……
(し、しまったっ……!)
 また、自分のしくじりも自覚した。
(遅い……気付くのが遅すぎる……! というかこの流れなら必然だったろうに大丈夫だと思い込んでいたのか? 我ながら間抜け過ぎる……)
 脳内で後悔しながらも、雄喜は身を任せる。例え何がどうなったとしても落ち度は自分にあるからだ。

「それー」
 するり。ベルトが外されウエストの緩んだズボンが脱がされ、隠されていた下半身が露わになる。
 引き締まった下腹部と腰周り。力強くも靭やかな両足は気高くも荒々しい獣を想起させる。そしてそれらの付け根には……

(……っっ)
「……!!」

 雄々しく、力強く聳える一張りのテント。
 下着を突き破らんばかりにそそり勃つそれは何とも立派な代物で、布越し乍ら既に周囲を威圧せんばかりの圧倒的な存在感を放っていた。

(……さ、最低だ)
 痴態を曝し赤面した雄喜は、猛烈な自己嫌悪に陥り内心落胆する。幾ら自由に甘やかされているとは言え曲がりなりにも主たる自分が、献身的に尽くしてくれる従者に欲情するなどあっていい筈がない。
(主失格だな……最初に尻の凝視を正当化した時点で既にアウトと言えばアウトだったんだろうが。
 と言うか問題は小田井さんだ。聞けば彼女は未だに処女で恋愛経験すらないらしい。魔物とは言え曲がりなりにも穢れを知らない女性へ下着越しに勃起したイチモツを見せてしまうなんて……)
 より気まずいことには、つい先程から真希奈の声が聞こえない。
(ショッキング過ぎて言葉も出ないってか? だとしたら本当に申し訳ない……)
 勃起も萎えそうな勢いで――然しその実彼のそれが元に戻る気配は一向にない――自責の念に駆られる雄喜は、恐る恐る真希奈の方へ目をやった。
 すると……
(……ん? なんだ、様子が……)
 見ればどうにも真希奈の様子がおかしい。確かに彼女は絶句こそしていたが、その表情は『ショッキングな有り様に絶句した』場合のそれとは考え難く、頬を染めつつ視線が雄喜の股座に釘付けな辺りは寧ろ真逆とすら言えた。
「……小田井さん?」
 意を決した雄喜は、恐る恐る真希奈に声をかける。然し反応がない。
「小田井さんっ」
「ぁ、は、え? あっ! も、申し訳ございませんご主人様ぁ。
 お着替えの途中でしたのに手を止めてしまうなんて私ったら本当に」
「……いえ、まあその、此方としても困惑こそしましたが別段不快だったとかそういうことはないので……」
「寛大なお言葉ありがとうございます。実は……ご主人様の、その……ご子息というか、お持ちになられているシンボリックな存在が、ですね……えー、余りにも逞しくご立派でとても素敵だったもので思わず見惚れてしまいまして……」
 赤面し照れ臭くも嬉しそうな真希奈の発言に、雄喜は何と返せばいいのかわからず困惑する。誉められて嬉しくないと言えば嘘になるが、然りとて所謂"テント"を異性に凝視されたのは当然恥ずかしいわけで。
「わ、悪い気は、しませんね……然し、主たるもの従者に欲情するなど言語道断かと」

 それは雄喜の紛れもない本音であった。自分と彼女の関係はあくまでも主従。更に言えばそれは"役"の上での話であり、元々はただ同じ現場で働くだけの同業者に過ぎない。
 その程度の関係でしかない相手に欲情するというのは、雄喜にしてみれば恥ずべきことに他ならず。
 然し、対する真希奈はと言えば……

「うーん、そうでもないと思いますけど」
「……とは?」
「曲がりなりにも魔物なのでそういうの気にならないというか、寧ろ殿方から魅力的に思われてるのは喜ばしいですし、
『折角のメイド役なんだから、ご主人様がお望みなら何でもしたいよね』って、事前に三人で話してたくらいでー」
「……そ、そう、でしたか……なるほど……」

 自分のような死にかけの凡夫相手に『望むなら何でもしたい』など、魔物とは言え到底正気の沙汰とは思い難い。
 とは言えそんな本音を出すわけにも行かず、雄喜は当たり障りのない返答でその場をやり過ごす。

(まあ、待て。『何でも』とは言え流石に限度がある筈だ。若しくはノリ任せにただ言っただけとか『そのぐらいの覚悟でいる』ぐらいの……)
 そこでふと思考が脇道に逸れた雄喜は、嘗て撮影現場で聞いたある逸話を思い出す。
(そうだ、あれは確か『魔界學園』の第三期……坂田さんに食事へ誘われた時のことだ)
 坂田とは『魔界學園』にて元力士の相撲部顧問『寺杣金時』を演じていた大物男優である。
(曰く『演技の真髄は学ぶこと』が信条の坂田さんは、寺杣金時を演じるにあたって相撲について徹底的に勉強したって話をしてくれたんだよな。
 その流れで聞かせて貰ったのが『行司は短刀を携行している。それは誤審の責任を負うべく腹を切る覚悟の象徴である』ってヤツだ。
 無論実際に腹を切るわけじゃないし、誤審の責任を取って腹を切った行司も居ない。
 ただ行司はそれだけの立場にあるんだからしっかりしろ、って意味合いの……)

『序でに言うと短刀を持てる行司は最高位の二人だけらしいな』などと脳内で呟きつつ、雄喜は考える。

(……ともすれば、だ。先程の小田井さんの『何でもする』発言……彼女の話が確かなら、メイド役三人の総意らしいその言葉もまた、あくまでも自分たちの決意表明、覚悟の象徴であって、実際本当に僕が望めばどんな無茶でもこなすわけじゃない……筈だ)

 今一確信が持てない雄喜は、てきぱきと部屋着を着せにかかっている真希奈に思い切って問い掛けてみる。

「お、小田井さん……一つ聞いてもよろしいですか?」
「はい。どうぞー。私に答えられる範囲のことでしたら何とでもー」
「……その、ですね。ええと、先程の……『望めば何でもしたい』という発言……」
「はい、確かに言いましたね。砂川さんと渡部さんも言ってましたけど、それがどうしました?」
「ええ……その……要するに『何でもしたい』の『何でも』とは"どの程度"なのかなと、気になりましてね……」
 そこでふと、真希奈の手が止まる。混乱させてしまったかと、雄喜は軽く後悔する。
「……すみません。質問の意図がよくわからないんですけど」
「ああ、いえ、こちらこそすみません。そりゃわからなくて当然ですよね、こんな言い方では。
 つまり、小田井さんは……というか、お三方は……その……僕の頼みを、どの程度まで聞いてくれるのかなぁ、というのがね……気になったもので、はい」
「あー、そういう意味でしたか。なら答えは簡単ですよ」
「と、言うと」
「『なんでも』ですよ。その言葉に偽りなし、です」
「……本当に?」
「勿論。この流れで嘘言うと思います?」
「それは、そうですが……」
「躊躇わなくてもいいんですよ? 本当に『なんでも』お申し付け下さい。
 私たちはご主人様にお仕えする専属メイドで……そして"魔物"なんですから」
「……」
 さらりと宣う真希奈の表情は、やけに大人びていて妖艶だった。
 普段の彼女からは正直想像し難い表情を目の当たりにして、雄喜はまた固唾を"がぶ飲み"する。

(……不安だ。何もかもが、不安だ……)

 程なくして着替えを終えた雄喜は、同じく屋内用のメイド服に着替えた真希奈に連れられ更衣室を後にした。
21/09/14 20:41更新 / 蠱毒成長中
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