連載小説
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15.策略に勝るは
街が茜色に染まる空に包まれる頃。
かねてより黒い噂が絶えなかったベング商会に、ついに捜査の手が入った。

大勢の衛兵と、一人の魔物娘。
商会の地下には、囚われの少年。



その少年の持つ、『破魔蜜』。
教団が金貨一万枚を支払ってでも欲する、あらゆる魔物娘を呼び寄せる能力。
その力が、解放された。



「・・・!?」

ベング商会1階西。
エトナの予測は、見事に当たっていた。

丁度、走っていた所の下辺りに、シロが閉じ込められている特別地下牢が存在する。
そして、破魔蜜の効果範囲にも、きっちり入っていた。

(なんだこれ・・・何か・・・何だ・・・?)

頭を抱え、その場に崩れ落ちる。
しかし、その時エトナの頭に一瞬の閃きがよぎった。

(足元の感覚・・・空洞・・・地下・・・? ここか!?)
「どうされました!?」

悩む余裕は無かった。
衛兵が駆け寄る中、エトナは力を振り絞り、拳を振り上げ。

「・・・だぁぁぁぁぁあああああっっっっっ!!!!!」

勢いよく、床に叩きつけた。



「ちょっ、返してくだっ!」
「黙れ小僧。小賢しいもんぶら下げやがって」



特別地下牢に入ってきた男。
当然、ベング商会の人間である。

お守りを燃やされ、戸惑うシロの頬をはたき、吐き捨てるように呟く。
そのまま扉を開け、シロを連れ出した。

「ほら来い。お披露目だ。会長がお前の能力を確かめるんだとよ。
 ・・・ったく、こんなガキの使いを何で俺が」

暗い廊下に出て、そのままシロの腕を引っ張る。
いきなりの、それも全くもって想定外の状況の変化に、普段は冷静なシロもついていけない。

(どうなるんだ!? 僕の能力の効果は!? いや、それよりお披露目? えっ!?)

混乱している内に、階段を上り、出たのは1階。
そこには、立派な顎髭を蓄えた壮年の男がいた。



「・・・ちぃっ!」

シロが連れ出されたのと時を同じくして。
凄まじい轟音と共に、エトナは床を破壊。
落下地点は丁度、シロが先程まで捉えられていた特別地下牢だった。
破壊した範囲は、エトナを中心に半径2m強の円を描くような形。
周囲にいた衛兵は何とか足から着地したものの、突然の出来事に怒鳴った。

「おい! 何してくれてんだ!」
「遅れた・・・シロはあっちだ!」
「は?」
「匂いだよ! あっちにシロがいる!」

それを全く意に介せず、エトナは走り出す。
衛兵たちは訳も分からず、その場に呆然と立ち尽くした。

(待ってろシロ! 今助ける!)



「ほほぉ・・・これが教団の言う破魔蜜君か。中々の美少年じゃないか。
 本来の用途以外でも、好事家に貸し出せばさらに儲けられそうだ。嬉しい誤算だよ」

耳に汚泥を流し込まれたかのように錯覚するほど、その声はねっとりとしていた。
華美な装飾品や衣服で身を包んではいるが、心の有様をそのまま表したかのように醜く、
『金の亡者』等というありふれた言い回しでは到底足りぬ、欲望にまみれた男。
それがベング商会現会長、モンツ・サンテグラルだった。

「だが、ただ貸すだけでは勿体ないな。少々味見しても良さそうだ。
 事によっては、私のコレクションに加えるという事も・・・うふふふふふ」

まるで口から肥溜めか何かを垂れ流しているような笑い。
どこまでも下卑た輩である事が容易に分かる。

「おやおや、どうしてそんなに体を固くしているのかね?
 君ならランクSも夢じゃない。食事は毎日1回とれるし、私の相手をするのも2時間まで。
 薬物投与も出来るだけ抑えるし、何よりいつまでも私の寵愛を受けられる。
 コレクションとしてはこれ以上ない待遇を約束するぞ?」

狂っている。
百人が百人、そう思うだろう。
これが、ありとあらゆる欲望にまみれ、その結果歪みきった思想を持つ事になった人間。
いや、『人間の皮を被った何か』の姿である。

目まぐるしく変化する状況とは別の要因で思考が遅くなったシロだが、
それでも何とか、ベング商会会長モンツ・サンテグラルという男の人物像の分析にこぎつけた。

(親魔物家でも反魔物家でもない。とにかく優先すべきは自分の欲望。
 それを満たす為ならどんな手段でも使う。例え、世界と引き換えだとしても。
 ・・・でも、ずっとそんな事をしても捕まらなかったんだ。そう考えると、
 ただの金の亡者とは違う。恐らく、相当に頭も切れる。
 ・・・まずいな。こういうタイプは危機管理能力が高い。
 事と次第では、僕をあっさり殺すことだって有り得る。下手に動けない)

その結果分かったのは、今、自分は間違いなく窮地に立たされている事だった。

(なら・・・今回僕が出来る事は何も無い。信じるしかないんだ。
 衛兵のみなさんと、リノアさんと・・・エトナさんを)

どう転ぶか、予想すらできない。
シロは、自分の手足が恐怖に震えている事を知覚した。



時は遡り、衛兵の捜査が入る数分前。
ベング商会の2階の一室にて。

(・・・覚悟しよう)

シロに食事を運んできた、コカトリスのリノア。
彼女もまた、囚われの身である。
意を決したようにしておもむろに立ち上がると、静かに扉に身体を預けた。

「警備員さん、ちょっといいですか?」

その臆病さ故に、僅かな物音も聞き逃さない耳が捉えたのは、絨毯の上を歩く警備員の足音。
鉄格子の嵌められた窓から顔を覗かせ、声をかける。

「あ? 何だ一体?」

気だるげに反応し、頭部をゆらゆらと動かしながら扉の前に立つ警備員。
それを見ながら、高鳴る鼓動を抑え、リノアは言葉を続ける。

「お願いがあるんです」
「後にしろ。俺は・・・」
「私として下さい」
「忙しいん・・・は?」

耳まで真っ赤にしながら、なけなしの勇気をかき集めて、踏み出した。
その勢いのまま、一気に突き進む。

「私、魔物ですから・・・時々、無性にしたくなるんです。もう一人じゃ我慢できなくて。
 お願いですから、私と・・・エッチ、して下さい」

元よりコカトリスは、人間の男を引き付けるフェロモンを放出している。
それに加えて、恥じらいながらも魔物娘としての性に勝てず、行為を求める姿。

その誘惑を断ち切れる男など、この世に存在するはずが無い。
警備員は何の迷いも無く、扉の鍵を外した。



コカトリスの特徴。
臆病であるが故に、大きな物や人間を見るや否や、逃げ出す。
身体から、人間の男を引き付けるフェロモンを放出している。・・・そして。

『見た物を石のように動けなくする』という、能力を持っている。



「ごっ、ごめんなさい! 本当にごめんなさいーっ!」

何度も何度も謝り倒しながら、リノアは部屋を出て、走り出す。
ピクリとも動かなくなった、愚かな男を残して。



(・・・よし!)

風はこちらに来ている。シロはそう確信した。
視界の隅に映る白い羽・・・リノアの姿を見て。



昨夜、特別地下牢。
シロはリノアと出会った時、コカトリスの能力について語った。

「ご存知ですよね。石化能力があるというのは」
「えっ、はい。私も一応、コカトリスですから・・・」
「活用しましょうよ。そうすれば、手立てはいくらでもあるじゃないですか」

我ながら残忍で、リノアに負荷を強いる策だとは思ったが、シロは手段を選ばなかった。
正確には『選ばざるを得なかった』と言う方が近いが、それでも無理をさせる事には変わりない。
しかし、結果としてこの選択が功を奏すこととなった。

「必要なのは少しの勇気。後は落ち着けば、間違いなく成功しますから」
「盲点、でした・・・私、頑張ってみます」



この後は単純。
シロが注意をひきつけ、その隙にリノアが一人ずつ石化させる。
ただ、それだけ。

(いける・・・! これなら、いける!)



・・・はず、だったのだが。



「おやおや、どうしてこんな所に君がいるのかね?」

事はそう上手く行かなかった。
モンツがリノアの存在に気付いた。これ自体は問題ではない、しかし。

「・・・・・・・・・あれ?」

視界の端にいた、シロを捕まえていた男の動きは止まったが、
モンツは何事も無かったかのように歩みを進めている。

(・・・あっ、しまった! 何で気付かなかったんだ!?)

ここに来てシロは気付く。
モンツは金の亡者であるが、それと同時に切れ者であるという事。それから予想されるのは。



(石化能力を持つコカトリスに対して、無防備でいるはずがない!)



本来なら、早い段階で浮かんでいた筈の事。
それを忘れる程の焦りがあった事を、シロは自覚していなかった。

「君が能力を使う事ぐらい、想定済みだったよ。対策も万全。
 その手のマジックアイテムはいつでも持っているからね」

懐から一枚の札を取り出す。
呪印の効果は石化耐性の他、催眠や毒など、多くの魔術の類を無力化するもの。

「そこの破魔蜜君に唆されたのかね?
 どうやら、お仕置きが必要なようだ・・・うふふふふふふふふふふはははははははははは!!!!!!」
 
狂気しか感じない高笑い。
これから起こる惨劇を雄弁に物語るかのようである。

(僕の・・・僕のせいで・・・!)

自分のした事で他者に被害が及ぶ事を、シロは何よりも嫌う。
悔やんでも、悔やみきれない。

「あ・・・あっ・・・あぁっ・・・!」

コカトリスは強靭な脚力を持っている。
しかし、足が竦んでしまっては、意味を為さない。

(ごめんなさい、リノアさん・・・僕は・・・)
(そんな・・・こんなことって・・・)

二人の顔が、絶望に染まった。
モンツの手が、リノアに触れ―――










「ぐぅ゛ぉ゛ぉっ!!!!!」










あまりにも、突然の出来事だった。
濁った咆哮を上げ、モンツの身体が宙を舞った。

シロとリノアの二人が、その光景をスローモーションの様に感じている中、
痛覚の反応すら待たずして、彼は白目を剥き、壁に全身をめり込ませた。

残された二人は呆然とした。
絶望のどん底に落されたと思ったら、その原因が突然吹っ飛ぶ。
ここまで無茶苦茶な事が起こると、認識能力のキャパシティを超える事は至極当然の事である。

回復は、シロの方が早かった。
元々の賢さもあったが、状況を理解するヒントを持っていた為である。

彼は、一人知っている。



「・・・ギリギリセーフ、ってとこか?」



この無茶苦茶を可能にする、魔物娘の存在を。

「待たせたな、シロ!」
「エトナさん!」



事の顛末はこうなった。

特別地下牢(の跡地)に取り残された兵士が辺りを見回すと、数十枚の資料が見つかった。
そこには、ベング商会の数々の違法行為の証拠となる、経営計画が記されていた。
地下に隠しておけばガサ入れが入ったとしても問題ないという、ベング商会の慢心故の発覚である。
これを元に人海戦術でしらみ潰しに捜索に当たったところ、隠し部屋、隠し通路を多数発見。
そこには、多くの人間、魔物娘が囚われていた。
有り体に言うなら、モンツに『飼われていた』者たちである。

さらに、隠し部屋にあった資料や、囚われていた者たちの証言をまとめた所、
薬物を始めとする違法商品の取り扱い、誘拐、暴行、傷害等、凄まじい数の違法行為が次々と発覚。
日付が変わる直前辺りで、以後の捜査を後日に回す事として一旦切り上げた時点で、ベング商会に関わる殆どの人間が逮捕された。
会長のモンツ・サンテグラルに至っては、実に十を超える罪が確認され、なおも余罪の存在が濃厚である。

結果として、エトナの頼みを聞き入れた衛兵の判断が正解となった。
モンツが持っていたマジックアイテムに物理的な抵抗力を持たせる効果が無かった事も幸いした。

ベング商会の倒産は、当然大ニュースとなった。
新聞社を持つ商会が押し寄せる中、衛兵の協力もあって何とかシロとエトナは馬車へと戻り、ようやく一息つく事が出来た。
(リノアは衛兵に保護された後、重要参考人として連れられた)

「ごめんなさい!」
「ごめん!」
「シロの気も知らないで、アタシはバカな事をしでかした!
 こんな目に遭わせちまって、本当に、本当にごめん!」
「エトナさんは何も悪くないです! 僕が勝手に先走ってただけです!
 それに、あの時エトナさんが来てくれなかったら、僕は今度こそ・・・!」
「アタシが悪いんだ!」
「僕が悪いんです!」

不毛な謝罪合戦が続く。
徐々に、目的が謝る事から、『相手に自分の方が悪いと認めさせる』事にずれていった。

「どう見ても僕が我儘言って無茶苦茶しでかしたじゃないですか!」
「あんなもん我儘の内に入るか! それ位でキレたアタシがバカだったんだよ!」
「何言ってるんですか!? 甘やかすのも大概にして下さいよ!」
「甘やかしてもいねぇよ! むしろガキらしくもっと素直に甘えろ!」
「出来たら苦労してませんよこのバカ鬼!!!」
「いい加減分かれこの頑固者が!!!」

こうなると、もはやただの口喧嘩である。
しかし、その結末は。

「・・・はぁ・・・はぁ・・・ははっ。僕たち何やってんですか」
「ふふっ、いや本当何だろうな。アタシもよくわかんねぇや」
「成長しませんね、お互いに」
「同感。アタシがバカなのは認めるけど、シロも中々だよな」
「・・・えへっ」
「「あははっ!」」

共に可笑しくなって笑い声を零すという、平和的かつ楽しい形で区切りがついた。



「ま、これから色々後処理でゴタゴタするとしても、そんなに時間はかかんないだろ」
「むしろここを機と見た商人の方々が立ち回る事で、街がより活性化するかもしれませんね」
「かもな。何はともあれ、シロが無事で本当に良かった」
「ありがとうございます。僕も・・・あっ、あれ?」

ゆったりと二人で談笑している最中、シロにある疑問が生じた。

エトナが自分を助けに来てくれた時の状況を思い出す。
床を叩き壊して地下に突入したという豪快さ(粗暴さとも言う)に関しては、
『エトナさんなら仕方ない』という事で説明がつく(そうでもしないとやっていけない)。

その時の自分。
『破魔蜜』の効果を抑える術式の込められたお守りを失くしていた。

「あの時のエトナさんに、別に変わった様子は無かったんですけど・・・」
「ん、そういえば。いやでも効果はあったぞ。何かグラってなった」
「僕自身、この能力を完璧には把握してないので何とも言えませんが・・・
 今後、解明していく必要がありますね」
「そうか? 別にどうでもいいと思うが」
「いつ危害が及ぶか分かりませんから。もしかしたら、より酷い事が起こるかもしれませんし」
「んー・・・ま、シロがそう言うなら。
 さて、んじゃ話変わるけどさ、アタシからも一つ」
「はい、何ですか?」

ここで、一旦会話が途切れる。
具体的には、エトナが話を切り出すかどうか迷っていた。
考えるよりも先に行動するタイプの彼女にしては、珍しい事である。

「・・・あー、ごめん。やっぱいいや」
「いやいや、言って下さいよ。問題あったら僕から言いますから」
「・・・信じるぞ。嫌だったらはっきり断れ」
「はい、わかりました」

どこかで持ちかけようと思っていたが、もっと後のつもりだった。
しかし、今後いつこんな事が起こるか分からない。
なら・・・今言うべきだ。

本当なら、出会ったその時にでも言いたかった。
というより、言う前にやりかけていた。

何が起こるか分からないのは重々承知の上。
それでも、決意した。



「本番、やってみないか?」
14/07/21 09:24更新 / 星空木陰
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■作者メッセージ
えー、本当に、本当に遅くなりました。
間違っても失踪だけはしないようにしておりましたが、何分時間が・・・
はい、言い訳する前にペース上げないとですよね、本当にすみません・・・

という事で、見事にベング商会を潰した二人でした。
予想外の事が起きたらねじ伏せればいい、それがエトナのスタイル。
雨降って地固まり、二人の絆もより強固な物になりました。

次回、いよいよ。

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