連載小説
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エピローグ いちご

 朝起きた時、イブが隣にいなかった。いつもは先に目が覚めても、俺が起きるまで一緒に寝ているのに。

 けれどすぐに見つかったし、理由も分かった。家の前に広いイチゴ畑が広がっていたのだ。黄昏ファームではこういうことがたまに起きる。いつの間にか家の周りが森になっていたり、果樹園になっていたり、湖に囲まれていたり……真面目に考えてはいけない現象なのだろう。

 イブはそのイチゴ畑の中で、せっせとイチゴを摘んでいた。俺が後ろから近寄るとすぐに気づき、バスケットを手に振り向く。

「あ、お兄。おはよ!」

 今日も朗らかな笑顔だった。赤いリボンのついた麦わら帽子がよく似合っている。帽子も角を出す穴の空いた品だ。

「いきなりいなくなってるから、心配したよ」
「ごめんね。いっぱいイチゴとって、お兄をびっくりさせたくて」

 バスケットの中はすでにイチゴで一杯になっていた。真っ赤な大粒の果実はとても瑞々しく、鮮やかだ。見るからに甘味が濃縮された、美味しそうなイチゴである。
 イブは一つを摘んでヘタを取ると、俺に差し出した。

「はい、あーん」

 イチゴを口に含む。歯で噛まず舌で押しただけで、口いっぱいに果汁が広がった。甘味と酸味のバランスが丁度よく、濃厚な美味しさだった。
 イブも一つ食べて、顔を綻ばせる。黄昏ファームの食べ物はどれも美味しいけれど、この子の笑顔を見ながら食べるのが一番の幸せだ。

「もう一個、あーん」

 再び差し出されたイチゴを食べようと、口を開ける。でもその瞬間、イブはイチゴを自分の口へ運んだ。ピンク色の唇に真っ赤なイチゴを咥え、顔をぐっと近づけてくる。
 可愛らしさにドキリとした。小さな肩を抱き寄せながら、口でそのイチゴを受け取る。少し唇が触れ合った。やっぱり柔らかい。

 口の中に広がった果汁から、ほんのりとイブの匂いがした。頭がボーっと夢心地になるような、不思議なジュースができあがる。

「これ、ナタ姉がお世話してる男の人によくやってあげてるんだって!」

 頬を赤らめながら、いたずらっぽく笑うイブ。

「ナタ姉はおっぱいがおっきいから、おっぱいにのっけて『あーん』してあげることもあるって言ってたよ!」
「それは……エッチだね」
「うん! ナタ姉ってえっちでやさしくて、すごいんだ!」

 憧れのお姉さんの話を得意げに語るイブだが、淫らなことを良しとするあたりはやっぱり悪魔なのかもしれない。でもそんなことはどうでもいい。僕にとって一番大事な存在はイブなのだ。彼女が何者であっても、この無邪気な笑顔と優しさは間違いなく本物なのだから。

「ね。お兄はおっきいおっぱいが好き? ボクにもおっきくなってほしい?」

 自分の胸をさわさわと気にしながら、少し不安げに問いかけてくる。この子の胸が大きくなったら……それはそれで魅力的だとは思うけど。

「俺はどんなイブでも好きだから、ありのままでいいよ」
「……そっか!」

 少しホッとしたような表情で、イブはイチゴをもう一つ摘んだ。

「じゃあ、こんどはボクの分」

 差し出されたイチゴを、彼女がやったように口で咥える。今度はイブの方から俺に近づき、イチゴを食べた。
 小さなほっぺを動かして咀嚼し、美味しそうに、そして気恥ずかしそうに飲み込む。

「……お兄の味がする」

 そう言って微笑むイブを、反射的に抱きしめた。抱き心地のよい小さな体を。彼女もすべすべとした頬を寄せて、昨日してくれたように耳へちゅっ、ちゅっとキスをしてくれた。

「お兄、大好き」

 囁きながら、耳を舐めてくるイブ。

「大好き……大好き」

 甘く蕩けるような囁きを聞きながら、じっと小さな肩を抱く。こんな幸せな日々がこれからも続くのだろう。

 口の中に残ったイチゴの味と一緒に、俺はその幸福を噛み締めた。








END
19/09/16 14:35更新 / 空き缶号
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■作者メッセージ

魔物娘とはいえ、アリスのような女の子に性的な関係を求める人と、単に可愛がりたいだけの人は別れるのではないかと思い、連載形式でこのようにしてみました。
エロシーンをお望みの方は次へお進みください。
ここで止めておく方はお読みいただきありがとうございました。

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