連載小説
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後編・上
 メドゥーサの魔力により、玲人の身体が見る見るうちに石化していく。そして瞬きもしないうちに指先まで到達し、玲人の石像が完成した。
 目の前で玲人の石化を見ているしか出来なかった菜々乃は、まるで彼女も石化してしまったかのように動きが止まっている。好意を抱いている相手が目の前で石化していく様を見せられては、無理もない事だ。それに気付いた後ではもう遅いのだ。何も出来ず、無力さを呪う事しかできない。
 玲人を石化させた紗枝子は、不敵な笑みを浮かべて勝ち誇る。髪の蛇たちも菜々乃に向けて威嚇をしている。

 「朝からお兄ちゃんといちゃいちゃしようだなんて、させないからね!」
 「…………」

 元々玲人と紗枝子の部屋は隣同士だ。防音設備が基本として備えられている現代の住宅でも、多少の物音は聞こえてくるもの。
 メドゥーサとなった紗枝子は居てもたっても居られずに、乱入したのである。

 「それに、私は前からお兄ちゃんの事が好きだったんだもん。あなたなんかに取られてたまるもんか!」
 「…………」

 今まで内に秘めてきた玲人への気持ちは、妹と言う立場から伝えてはいけない禁忌であり、誰にも相談する事無くそのまま生きていくつもりだった。
 しかし、今になり兄の玲人に近づく魔物娘が居た。

 「お兄ちゃんに近づくお邪魔虫は、私が取り除く!」
 「…………」

 それだけで、胸の奥が酷く痛んだ。突然、涙が溢れた。そして、兄に近づく菜々乃がとても羨ましくて妬ましかった。
 血が繋がっているから恋愛は出来ない。
 血が繋がっているから恋愛は許されない。
 血が繋がっているから恋愛は…………。
 そんなもの、知った事ではない。世の中がなんだ。世間体がなんだ。人の目を気にするよりも、この胸に秘めた恋心の方がよっぽど大事なのだ。
 半魔人間だから躊躇いが生じる。ならば、半分残った人間を捨ててしまえばいい。そうすれば、もう憂うこともないはずだから。
 ようやく決意した紗枝子は、友人のメドゥーサの元へと向かい、紗枝子の中に残っていた人間の部分を魔物で全て上書きしたのだ。
 こうして、紗枝子の身体はメドゥーサへと変化した。本来ならば半魔人間の女性は母親と同じ魔物娘へ変わる可能性が高い。しかし、別の魔物娘の魔力が体内へと入れば、その魔物娘へと変貌を遂げる。

 「危なかったわ。お兄ちゃんを石化しなかったら、どうなっていたか。きっと、あんたの毒に冒されていたのでしょうね」
 「…………」
 「でも、残念。お兄ちゃんは石化しちゃったから、毒どころか顎肢で噛み付く事すら出来ない筈よ」
 「…………」

 ――ああ、何て気持ちがいい。
 半魔人間だった頃の悩みがどれだけちっぽけで些細なものだったのかを実感する。恋した相手が兄だからなんだというのか。血が繋がっていても玲人は男。そして紗枝子は女。男と女ならば、交わってしまえば全て一緒。兄と妹でもセックスは可能なのだ。魔物娘だから、生まれる子供に障害など起こり得るはずがない。
 お兄ちゃんと私は幸せになれる。確固たる自信は揺ぎ無く。魔物娘になる事で、ずっと秘めていた想いをこうして堂々と言えるという開放感に酔い、気分が高揚していた紗枝子は慢心と油断で気付いていなかった。

 「何とか言ってみたらどう? お兄ちゃんを毒牙にかけられなくて悔しいですって泣いてみなさいよ」
 「…………」

 何故、大百足は怪物≠ニ呼ばれたのかを。
 ジパングや世界中に住む魔物娘と同じな筈なのに、怪物≠ニ呼ばれる起因は、一体何か?

 「さっきから黙って――――」
 「うあああぁぁぁぁあああぁあぁぁぁあああぁぁぁああああぁぁぁぁぁあぁあぁぁッ!!!」

 一つ、大百足には猛毒がある。それは余りにも強力すぎて、並の人間がまともに毒に冒されてしまえば、一晩どころか一日、二日は快感が全身を駆け巡る。思考は全て真っ白へと変わり、目の前の雌蟲に精を搾り取られ続けるだけ。
 そしてもう一つ。

 「な、あ、あんたは!?」
 「邪魔を、するなァァァァァァッ!!」

 獲物と決めた男に対して異常すぎる程に執着する。それは男を自分だけのものにする為であり、他の女に奪われない為である。
 普段は大人しく、気弱な菜々乃も立派な大百足の魔物娘だ。
 恋心を抱いている男性が、目の前で石化してしまったその光景は、大百足としての本質を呼び起こすのに十分だったのだ。獲物を石へと変えた敵を睨みつけ、牙を剥く。メドゥーサの魔眼にも屈する事はない。それはお互いの纏っている魔力の差もあったかもしれないが、何せ現在菜々乃は激昂している。激昂によって膨れ上がった魔力は石化の魔眼の力をいとも簡単に弾き飛ばすのだ。
 激昂した菜々乃は唸るように、恨み言のように語る。

 「絶対に、絶対に、絶対に渡すものか。阪野玲人は、私の獲物だ」
 「ふ、ふん、ようやく本性を現したのね」

 余りの剣幕に圧された紗枝子は強がる事でなんとか持ち直したが、新山菜々乃は既に次への行動を起こしていた。
 振り上げた拳で玲人の部屋の壁を砕き、菜々乃の身体なら簡単に通り抜けられるほどの大きさの穴を作り、石化した玲人をいとも簡単に抱えた。

 「な、あ、あんた……!」

 紗枝子の言葉などは聞かず、菜々乃はそのまま脱出した。
 大切そうに抱きしめて、真っ直ぐ真っ直ぐ。ただひたすらに真っ直ぐある場所へと向かう。

 「…………なん、なのよ」

 一方、菜々乃の豹変と蛮行に度肝を抜かれた紗枝子は、それを見送る事しか出来ずに居た。
 兄の玲人を石化させて、二人の空間をぶち壊せたらそれで良かった。後は菜々乃が諦めてしまえば万事解決だと、そう思い込んでいた。菜々乃はとても気が弱いと、以前見た時に感じていたからだ。
 しかし、現実は違う。菜々乃は大百足としての本性と怪力で玲人を攫っていってしまった。

 「あの女、どれだけの怪物なの……」

 菜々乃の拳によって開けられた穴は、まるで鬼の所業だ。昔ながらの木造ならまだしも、現代の一軒家の壁をいともたやすくぶち破ってみせた。紗枝子にそれが出来るだろうか? いくら魔物娘でも、出来ない事はあるのだ。
 唖然としていた紗枝子は、ようやく、長年想っていた男性が連れ去られた事に憤慨した。

 「私から逃げようっていうの? 絶対に、逃がすものか……っ!」

 丁寧に玄関から飛び出す必要はない。菜々乃がこさえた逃走の出口へ紗枝子も向かう。
 大百足の異常な恋人への執着にも負けないくらいに、メドゥーサもまた、恋人への独占欲はずば抜けているのだ。
 いや、魔物娘ならば誰にでも独占欲は持ち合わせているが、メドゥーサは特に突出している。
 愛している玲人が連れ去られた。ならば、追う以外の選択肢はないのだ――――!

 「待ちなさい紗枝子!」

 しかし、追走を止める声。
 振り返ると母親の白蛇、紗緒理がそこに居た。




 走る。
 駆ける。
 石像となった玲人を抱えて、菜々乃はひたすら走った。
 その姿は地中、地上関係なく、あらゆる障害物をも突き破り直進するワームと見紛う程に。
 人間も魔物娘も慌てて道を開ける。止められる者など誰もいない。鬼気迫る表情で怪物≠フ大百足が奔る姿を見れば、誰だって道を譲る。ぶつかろうものなら、人間などひとたまりもない。

 「……邪魔」

 しかし、走れど走れど進行方向に人間と魔物娘は居る。魔物娘の本能でぶつからないように走ってはいるが、時間が惜しい。……ならば。
 菜々乃はその姿からは想像も付かないほどの跳躍をし、一軒家の屋根から屋根へと、まるでクノイチのように飛んでいく。大百足である彼女はお世辞にも軽いとは言えない。菜々乃が飛べば飛ぶほど、誰が住んでいるかも知れない屋根がへこみ、壊れる。
 大きな音と破壊に驚き屋根を見上げても、そこには既に菜々乃の姿はない。
 破壊を繰り返しながら菜々乃はある場所へと急ぐ。そこへ到着さえすれば、もう阪野玲人は菜々乃のものになる。誰にも邪魔はされない。
 元より、菜々乃は今日中に阪野玲人を襲うつもりだった。玲人の部屋に入った時から、否。もっともっと前から菜々乃は阪野玲人を自分だけのものにしたかったのだ。玲人への恋心を自覚してからというものの、彼を考えない日、彼を考えない時間は一秒もなかった。彼の事を想い続け、彼の事だけを想い続けた。当然、魔物娘の本能で発情もした。しかし菜々乃は自分を慰めるどころか抑圧したのだ。自分の身体に触れるのは自分の手ではなく、玲人の手を望んだからだ。
 切ない気持ちを埋めてくれるのは玲人しか居ない。自分を幸せにしてくれる男性はこの世にただ一人、阪野玲人だけ。
 だが、誤算があった。それは玲人の妹の紗枝子が兄を異性として見ていた事。さらに半魔人間を辞めて魔物娘へと変貌した事。順調だったはずの恋は、その実、玲人のすぐ近くに恋敵が居たのだ。

 「…………」

 故に、菜々乃は大百足の力を解放した。気弱で臆病だった新山菜々乃は、獲物に対する執着に狂い余りある怪力を振りかざす怪物と化した。
 されど、それは全て愛の為。愛の為に菜々乃は走る。渇きと疼きを愛で満たす為に。もしも愛してくれないなら徹底的に愛して、愛してくれるようになるまで愛そう。他の女に目移りするなら、その身を縛り、全てを使って余所見をさせない。自分だけが。自分だけを。愛して、愛される為に。その為ならばどんな事もする。邪魔立てする者が居るならば愛し合う姿を見せて屈服させればいい。剣と魔法の時代から科学の時代へ移っても、最終的に行き着く場所は変わらない。
 自分と彼が幸せになる為ならば、世間から非難されても構わない。全てが敵になっても構わない。働かなくていいし勉強する事もない。自分だけを見て、彼だけを見ればそれで十分なのだ。
 故に、これは愛の逃避行。
 菜々乃は石化した玲人を大切に抱きしめながら、二人が幸せになれるその場所へと急いだ。
 目的地へ近づけば近づくほど菜々乃の口角は上がっていく。早く玲人に処女を捧げたい。早く玲人の童貞を奪いたい。前戯なんてまどろっこしい事などしなくても、玲人の部屋に入った時から菜々乃の秘裂からは蜜が溢れて止まらなかった。堪えようにも玲人が日々過ごしている部屋の匂いを嗅ぐだけで、本能のままに玲人を貪りそうだった。その長い身体を玲人の身体に巻きつけて、完全に拘束してからの捕食――つまり性行為を、時間を忘れて延々としたかったのだ。子宮の疼きを玲人の肉棒で満たし、そして衝動のままに玲人の首筋に顎肢を突き刺したかった。
 その時が刻一刻と近づいているのが実感できて、高揚する気持ちが抑えきれない。それこそ、今すぐにでも玲人を石化から解除して結合してしまいたいほどに。
 高揚した気持ちに比例してスピードはどんどん上がっていく。もう、誰にも止める事は出来ない。



 阪野玲人の実家から数十キロ。一度もペースを崩す事無く疾走し、森林を越え、とある山地にある新山菜々乃の実家まで到着した。流石の魔物娘でも、石像となった玲人を抱えたまま数十キロも走れば呼吸は大きく乱れる。だが、ここまで来てしまえば問題はない。呼吸を整えながら菜々乃の実家を通り過ぎ、更に山を登る。
 本当の目的地は菜々乃の実家ではなく、その奥にあるもの。
 今よりもずっと昔、遥か昔の話になる。まだ魔物は人類の脅威となり、跋扈していた時代。日本でも妖怪と呼ばれた魔物が数多く生息しており、この地にも妖怪は居た。それが新山菜々乃の先祖、大百足である。人間よりも巨大なその姿は見る者全てに恐怖と絶望を与える大怪物であり、この山に生息していた。
 人間がその存在を知った頃には、その大百足はこの山の食物連鎖の頂点にあり、テリトリーに近づく動物は残らず食した。その動物は人間も含まれている。大怪物を討ち取り名を上げようとした愚か者は山から降りて来ず、行方不明者も数多い。近づくだけで命の保障はない、忌むべき山。忌山と、名づけられた。忌山の近くに住む村人たちは、常にその山の大怪物を恐れ、そして自分勝手に山の神として畏敬していた。そうでもしなければ、あの大百足が村人達全てを食らいにやってくると思っていたからだ。
 やがてその畏敬の行き着く先は、人身御供という根拠のない献身だった。それさえ守れば、村は安泰である……と。実際、この大百足が忌山に生息していたので他の妖怪は寄り付こうとせず、安全ではあった。だが大百足は人間を守っているのではなく、自分のテリトリーを守っていただけである。しかしそれを人間は勘違いを犯し、一年に一度、若者を一人忌山へ放り出す。テリトリーに近づいたものは残らず食らっていた大百足は当然、若者を食らった。時には若者を運ぶ者も同時に食らった。
 そんな習慣が残り、誰も大百足を討伐する事もなく、新魔王時代はやってきた。忌山の主として君臨していた大百足も他の妖怪と等しく変わり、美しくも妖しい魔物娘へと変化した。容姿の変化と心境の変化に戸惑う大百足。しかし村人は変わらず人身御供を連れに山へ登った。その年選ばれた若者と、魔物娘になった大百足は、紆余曲折を経て結ばれ、大百足は今まで自分の行ってきた行為を悔いた。そして、大百足の夫となった若者は妻の支えになり、人間を食らった罪を償う道を選んだ。やがて、大百足の献身により、村は栄えていったのだが、それはまた別の話。
 過去に人身御供となった人間への鎮魂と、大百足と村人達の共存の象徴に建てられた場所、それが忌山神社であった。
 忌山の主であった大百足の血を引く菜々乃は、この場所以外に玲人と結ばれるに相応しい場所を知らない。
 この場所は代々、閨として使われていて、菜々乃の両親もここで結ばれた。そして現在、菜々乃は阪野玲人という獲物と忌山神社へとやってきた。
 阪野玲人を自分だけのモノにする為。誰にも、何者だろうと渡さない。
 阪野玲人の石像を本殿へ置き、一旦実家へ戻る。玲人にかけられたメドゥーサの石化を元に戻す為だ。大昔では時間経過を待つか、魔法薬などを使用する事で状態が解除されたが、魔物娘の研究が進んだ現代では、即効性のある金の針の量産に成功し市販されている。もちろん、メドゥーサにとっては迷惑な品物なのだが。
 誰も居ない実家から金の針を持ち出し、本殿に居る玲人の元へ戻る。
 漸く、この時が来た。
 最早我慢など出来ない菜々乃は、身に着けている衣服を全て脱ぎ捨て、玲人の身体を大百足の身体で雁字搦めにした。これで石化の状態を解除しても逃げられはしない。
 早速菜々乃は金の針を玲人の胸に突き立てる。
 すると、金の針は押し込んでもいないのにすっ、と玲人の胸の中へと沈んでいく。そして針は瞬く間に消え去り、石化していた玲人の身体は元に戻り、熱を持った。裸で玲人を雁字搦めにしていた菜々乃は、その玲人の体温だけで絶頂を迎えそうになった。
 無事に玲人は石化から戻ったが、意識はまだ戻っていないようだ。菜々乃が揺り起こそうとしても、玲人は深い眠りについたまま。石化を解除しても、意識が戻らなければ意味はない。
 そこで、菜々乃は玲人の首筋にほんの少しだけ、顎肢を突き刺す。その瞬間、玲人の身体がびくん、と飛び跳ねた。ほんの少しだけ注入するだけでも、大百足の毒は人間にとって効果が絶大だ。

 「……うあぁぁッ!?」

 菜々乃の猛毒によって玲人は強制的に意識を覚醒させられ、悲鳴を上げた。さらに、玲人の肉棒も飛び起きるかのように反り返る。

 「あは……❤」

 密着した状態で、それを感じ取った菜々乃は身を震わせる。今確かに玲人の身体には微量ながらも菜々乃の毒が回っている。そして、その作用で勃起させた。それが菜々乃の征服欲をたまらなく刺激したのだ。愛する者に毒を注入する行為、それこそが大百足の愛の象徴であり、本能なのだ。
 一方玲人は毒の作用によって強制覚醒させられた衝撃と、身体が自由に動かない事、さらに目の前には自らの裸体を惜しみなく晒している菜々乃が居る事で半ば混乱状態になっていた。

 「ここ、ここは何処だ!? な、なんで、なんで菜々乃さんが裸で……!?」
 「玲人くん、落ち着いて……?」
 「確か、俺は紗枝子の目を見て……、そこから記憶が飛んでる……。しかも……この、感覚……は」
 「うふ……私の毒、ほんのちょっとだけ、注入しちゃったぁ……❤」
 「そんな、どうし、て、うあああっ!?」

 たった少量の毒だけで、玲人の身体全体に快感が駆け巡る。当然、玲人の肉棒には血液がどんどんと集まっていき、さらに硬く、大きくなる。
 菜々乃の毒の作用はそれだけではない。毒は精神をも侵食していき、毒を注入した本人、つまりは菜々乃の身体を求めるようになる。もとより玲人は身体の半分が魔物で出来ている。その精神の侵食も、普通の男より早い。

 「どうして、って……これまでの私の言動で、わかりませんか……?」
 「……それは」

 菜々乃の熱が篭った視線は、以前にもあった。
 今朝、玲人の部屋で。いや、学校の昼休みに。
 ……もっと遡れば。あの日、菜々乃と知り合った時に。
 菜々乃自身も自覚はしていなかったが、玲人と知り合ったあの日、強引に手を引かれた瞬間に、既に恋に落ちていたのだ。怪物と呼ばれて、疎まれている大百足の手を引っ張るその背中を見て。
 その視線を受けていた玲人も、菜々乃の気持ちに薄々は感づいていた。そしてその誘いに乗りそうになった事もあった。

 「私、貴方に。玲人くんに、襲って欲しかったんです」
 「……」
 「人見知りで、臆病なのは本当です。けど、それを利用している私も、居ました」
 「……」
 「軽蔑、しますか?」

 眉尻を下げて、不安げな眼差しを向ける菜々乃に、玲人は首を振る。

 「……いや、しない、よ」
 「ほんとうですか?」
 「俺も……、何度も、雰囲気に流されそうになって……た」
 「流されちゃってよかったのに……❤」

 しかし玲人はまた、首を振った。

 「それは違うんだ」
 「何が、違うのですか?」
 「……情けないけど、俺の中でまだ、気持ちの整理がついていなかったから」
 「私の事、ですよね」
 「うん。菜々乃さんの事を、どう思っているのか……どうしたいのか」

 それは玲人なりの誠意のつもりだった。魔物娘と恋人関係になるという事の覚悟が必要なのだ。魔物娘と恋人になるという事は、その先もずっと共に居るという事だ。魔物娘と交際した者はそのまま結婚まで一直線だからだ。一生をかけてその人を愛する。その覚悟を、まだ高校生の身で決めなければならなかった。

 「嬉しいです……私の事で真剣に、考えてくださる事。けど」

 菜々乃の顎肢が、また玲人の首に一瞬だけ毒を突き入れる。
 大百足の毒がまた、玲人の身体を巡り熱くて燃えそうな程に体温が上昇していくのを感じた。既に、玲人の肉棒は勃起しきっており、下着の中で我慢汁が溢れて止まらない。

 「そん、な、どう、して……っ」
 「……〜〜〜っ❤」

 人間と魔物娘は考え方が違う。まず気に入ればその者を愛そうとする。魔物娘の愛するは、性行為だ。性行為こそが愛を大きく育むと知っている。心も身体も一つになり、時間を忘れて愛を紡ぐ。それこそが彼女らの生存本能。

 「もう、私は……待てません❤ あなたと、ひとつになりたくて仕方がないのです……❤」

 菜々乃は恍惚の表情で玲人の服を脱がしていく。極度の発情で菜々乃の顎肢から漏れる毒液が、玲人の素肌に滴り落ちる。
 この時、玲人は漸く今の自分の現状を知った。自分は男で相手は魔物娘。自分は人間で相手は大百足。
 自分は、獲物で。相手は、捕食者なのだと。つまりこれから自分は大百足に喰われてしまうのだ。身体は雁字搦めにされ身動きする事すら叶わない。大百足の菜々乃は既に発情しきっており、玲人の事しか見えていない。
 そして、菜々乃が玲人のズボンと下着を同時に下ろすと、既に我慢汁によって濡れた玲人の勃起した肉棒が露わになる。

 「あぁぁ……。なんて、なんて逞しい……❤」
 「う、あ、ああ……」

 菜々乃の毒液によって完全に勃起した玲人の肉棒は、並の人間とは違い長く、そして太く、硬い。さらにカリの部分が太く、この部分が相手の女性の膣内の天井を刺激する。半魔人間の男性に見られる特徴の一つだ。身体の構造が、女の身体を喜ばせる為に作られているのだ。

 「こんなに大きくって、逞しいおちんちん……❤ これが、私の中に入るのですね……❤ 全部、入るでしょうか❤」
 「菜々乃、さん……」
 「安心してください、必ず全部、受け止めてあげますから……❤」
 「そうじゃ、ない……。俺は、まだ、菜々乃さんの事を」

 そう、玲人が言うと菜々乃の動きがぴた、と止まった。
 俯き、長い前髪が菜々乃の表情を隠す。

 「…………」
 「菜々乃、さん」
 「…………」
 「お願いだ。もう逃げたりはしない。けれど、今は、身体を解いて欲しい」

 玲人の必死の説得に、菜々乃は段々と肩を震わせる。長い前髪で表情は見えないが、かすかに声が聞こえる。

 「……っく」
 「ご、ごめん。泣かせるつもりは、ないんだ」
 「……く……っく」
 「俺は逃げないから。菜々乃さんと話をしたいんだ」

 次第に肩が大きく震えて、俯いていた顔をこちらに向けた菜々乃は……。

 「く、くく、くくくっ」

 歯を剥いて、嗤っていた。

 「――――っ!?」
 「もう、遅いです❤ 私、もうわかっちゃいましたから❤」

 そう言うと性欲を抑える為に局部に貼り付けてあった、愛液でどろどろになったお札を剥がした。すると、まるで蜂蜜のように菜々乃の愛液が零れた。まだ触れてすらいないのに、止まらない。

 「玲人くんが迷うなら……私が、玲人くんを愛してあげます❤」
 「えっ……?」
 「私が玲人くんを愛して、玲人くんが私の事を愛してくれるまで……、あなたを犯して差し上げます……❤」

 もう既に、菜々乃は聞く耳を持っていなかった。何を言っても、どうあがいても、菜々乃は玲人を犯す事しか考えていない――――!
 菜々乃は肉棒をしっかりと握り、その先端を自分の蜜壷へとあてがう。

 「ま、待った、待ってくれ!」
 「待ちません……❤」
 「待って、くれ……!」
 「私の、処女……❤ 捧げます……❤」
 「菜々乃さん……っ!」

 玲人の我慢汁で濡れた肉棒と、菜々乃の蜜の溢れる秘裂で挿入は滞りなかった。太く大きな亀頭が、あっという間に菜々乃の中へ治まってしまった。

 「ふ、あ……っ❤ んんぅぅ❤」
 「あ、ああ、ああぁぁ……」
 「お、っきぃ❤ こんなに、素敵な、逸物をお持ちだった、なんて、ぇ❤」
 「菜々乃さん、の、膣内、に……っ」

 菜々乃はそのまま、処女の証を玲人の肉棒で自ら貫き、子宮口まで到達させた。そして、菜々乃はさらに腰を落とし完全に挿入を完了させた。玲人の亀頭が菜々乃の子宮口を押し上げて圧迫する。

 「くっ❤ ふっ❤」
 「は、はぁぁ……あぁ……」
 「奥まで、玲人くんのが、たぁくさん……❤ やっと私達、一つになれましたね❤」
 「そんな……菜々乃、さん……」

 話を聞かずに、とうとう繋がってしまった事に玲人は涙を流す。
 玲人はしっかりと自分の心を決めて告白してから、菜々乃と恋人同士になってからしたかったのだ。しかし現状は、菜々乃が玲人を犯している。
 決断と覚悟が遅かった事で招いたという後悔と、菜々乃にそうさせてしまった悔しさが溢れる。

 「泣かないで、ください……。私は貴方と結ばれたいだけ……」
 「で、でも……っ」
 「そして、私の愛を、受け入れてください……❤」

 そう言うと菜々乃は腰を上げてカリの部分まで抜いてから、またもう一度子宮口まで一気に腰を下ろした。たった一度だけのストロークで、繋がっている部分から卑猥な水音が響く。十分すぎる潤滑油で、正常な性行為が出来ている証である。
 そのまま菜々乃は性行為、セックスを続ける。

 「はぁ、はぁっ❤」
 「く、うう、ううっ」
 「感じてください❤ 私のおまんこ❤ 私の愛をっ❤」
 「…………っ!!」

 菜々乃の膣内が玲人の肉棒を強く強く締め付け、そして同時に雁字搦めになっている身体もより密着するように締め付ける。

 「はあ、ああっ❤ 凄いですっ❤ 初めてだけど、玲人くんのおちんちんの形、わかります❤ 気持ちいい……❤」

 自分の両手で胸を揉み、そして肉棒を膣内で味わう。菜々乃の膣内に挿入される事で、より大きな快楽が玲人を襲い、止め処なく我慢汁は溢れる。それすらも、菜々乃の膣内は吸収していく。

 「あっ、あ、あンッ❤ 凄い、ですっ❤ 玲人くんのおちんちん、こんなに硬いのに、痛くなくって……❤ 私のおまんこっ❤ ぜんぶ、あはぁっ❤ ぜんぶ、気持ちよくしてくれますっ❤」
 「菜々乃、さ……っ、も、もう、やめ……っ」
 「嫌、です❤ 玲人くんも、玲人くんのおちんちんっ❤ どっちも、もう、私のものなんですっ❤ ほら、ほらぁ❤ 玲人くんも感じてっ❤ 私のおまんこっ❤ きもちい、ですかぁ❤」
 「それ、はっ! あ、あ、くうううっ!!」

 味わうように、そして焦らすように。玲人の肉棒を膣内で締め付け、味わう菜々乃の動きに、玲人の下半身部分がじんわりと熱くなり始める。徐々に追い詰められていく感覚に、理性がどんどん毒されていく。先ほど注入された毒液も、もうすっかり玲人の身体中に行き渡っており菜々乃と触れている部分までも、性感帯に変わってしまったかのようだ。
 急激な刺激で、あっという間に絶頂してしまう。菜々乃もそれをわかっていて、膣内の締め付けやピストンの速度を緩やかにしている。
 意地悪そうに、そして淫靡に笑いながら菜々乃は玲人の首筋にキスを何度も繰り返す。

 「ん、んんっ❤ ちゅ、ちゅうぅっ❤」
 「く、ふっ」
 「ねえ、玲人くんっ❤」
 「……っ?」
 「また、噛み付いちゃって、いいですか……❤」

 それは、更なる快楽の宣告。
 そして、更なる地獄の予告。
 あからさまに玲人の身体がびくりと跳ねた。

 「あは❤ 欲しい、ですか?」
 「違っ、これ以上は……っ」
 「今度は……たぁっぷり玲人くんに毒を注入してぇ、まともに喋られなくて、何も考えられないくらいに……❤」
 「い、いやだ、それだけは」
 「〜〜〜〜〜っ❤」

 不意に菜々乃の腰がぶるぶる、と震え、続いて膣内が脈動し、玲人の肉棒をきつく強く締め付ける。それに驚いた玲人は搾り取られるかと思ったが、歯を食いしばりなんとか耐えた。
 いや、実際には少し出てしまったかもしれない。亀頭の先から少しだけ漏れている感覚がする。

 「ご、ごめっ、なさっ❤ 玲人くんの、今の、顔っ、たまらなくって❤ 私だけ、先に達してしまいました……❤」
 「あ、あ、いや……俺も……その」
 「……? あ、あ……❤ 玲人くん……❤ この感じは……❤ うふっ❤」

 膣内に感じる玲人の精を、菜々乃は嬉しそうに一度、二度と締め付けで喜びを表現する。完全な射精ではなかったが、ほんの少しだけでも絶頂を二人で迎えられたと知れば、喜ばない魔物娘は居ないのだ。

 「玲人くん❤」
 「な、なんだ、い?」
 「だぁいすき、です❤ あー……むっ❤」
 「っ!?」

 幸福感に酔った菜々乃は、ついに玲人の首筋に歯を突き立て、そして顎肢を勢いよくずぶりと突き入れる。口と顎肢からの同時注入だ。

 「あ、あああ、あああぁぁぁあああっ!」
 「んんんっ、んんんぅぅんんっ❤❤❤」

 強烈な大百足の毒は玲人の身体に注入された瞬間に効果を発揮し、玲人の肉棒が大きく膨らんで精嚢に溜まっていた精液を一気に菜々乃の膣内へとぶちまけた。直接子宮口に叩きつけるように吐き出し、膣内は精液まみれになっていく。
 その快楽に菜々乃までも絶頂へと達し、貪欲に精液を求める。まるでそれに応えるかのように、玲人はもう一度絶頂し、精嚢に残る全てを吐き出す。

 「あぁぁ、あぁぁああ……あ、ああ……」
 「は、ああっ❤ あぁぁんっ❤ こんな、に、たく、さんっ❤ あ、あッ……❤ 素敵ぃ……❤」

 玲人と菜々乃はお互いに絶頂で震え、暫く荒い息遣いだけが本殿に響く。
 ……これで、本当の意味で玲人は菜々乃のものになった。待ち焦がれた性交を果たし、菜々乃の心は幸福感で満たされていく。
 これからも、こんな素敵な一時を玲人と送れると思うと、楽しみで仕方がない。
 だが、とりあえず。

 「あ……あ、あ」
 「……❤」

 毒液の効果で絶頂をしたものの、未だに勃起している玲人の肉棒を、もっともっと味わう事が先だ。そう思い、菜々乃はまた緩やかに腰を動かしていく――――。



 玲人と菜々乃の居る忌山神社に蛇の身体をくねらせて、ある一人の魔物娘が境内へと入った。

 「……忌山神社。ここに、お兄ちゃんが!」

 メドゥーサとなり玲人を石化させ、攫った新山菜々乃を追って阪野紗枝子が、忌山神社に到着した。
13/09/14 04:47更新 / みやび
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■作者メッセージ
お待たせしました。後編・上になります。
どんどん膨れ上がっていって書いている自分ですら何処まで行くのかわかりません。
もうちょっとだけ続くんじゃよ。

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