陶酔と乖離
揺蕩う。
甘く痺れた思考。
世界と自分の身体の境界が曖昧だ。
此処が何処で、私が何故ここにいるのか。
どうでもいい。
大事なのは、私の目の前に、愛しい彼が居る事。
はしたなく脚を開きしゃがみこんだ私。
目の前には裸で仁王立ちする彼。
硬く反り立つ陰茎が、私の鼻先にあたる。
濃い匂いが、私に頭に突き刺さる。
どろどろに、頭も、身体も溶ける。
ギラついた目で、私を見つめるウィルが、私の後頭部に手を添えた。
あぁ、早く、早く。
息を荒げながら、大口を開ける私の喉奥に。
彼の硬い陰茎が、押し込んで、割入ってくる。
息が詰まる。
私の生殺与奪が、彼に握られる。
支配される。
それが気持ちよくて仕方ない。
もっと支配して。
何も考えられなくして。
道具のように使って。
もっともっともっともっと!
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「うぁ……」
力の抜けた声を上げて、一気に意識が覚醒する。
目に映るのは、見慣れた殺風景な天井。
淫らな夢から浮上してなお、身体は甘い熱が残り、喉奥には異物感を感じる。
先程まで確かに感じていた彼の体温が無くなって、やけに肌寒い。
毎日のように私を苛む淫靡な夢。
妙に生々しく、燃え上るような熱に浮かされた淫夢。
あの夢が、待ち遠しくなったのはいつごろからだろうか。
チラリと、枕元の時計を見やる。
まだ朝は早い。
ウィルとの訓練も、今日は夕方からだ。
「んッ……♥あぁ……♥」
一切の躊躇なく、自分の指を股に向かわせると、湿った感触が指に纏わりついた。
あの夢を見た後は毎回こんな有様だ。
少し指を動かすだけで、水音が高らかに鳴る。
静かな部屋に音が響く。
あぁ、はしたない。
「うぁあ……はぁあ……♥」
一度、一番敏感な部分を擦ると、もう指は止まらない。
うつ伏せになって、見せつけるようにお尻を上げる。
そのまま、両手を使って、擦り、撫で、抓む。
『彼女』に教えてもらったやり方で、浅ましく快感を貪る。
こうすれば、もっと私は魅力的になれると『彼女』は言っていた。
『彼女』がそういうなら間違いない。
あの声の通りにすればいい。
『彼女』が誰かなんて、今の私は気にしなくていい。
「んぅ……♥あぁ……おなにぃ、気持ちいい……♥」
うわ言のように呟く。
夢に見た、ウィルのギラギラとした眼や、硬い陰茎を思い浮かべると、更に深く快感が身体を走っていく。
「ウィル……♥ウィルぅ……♥」
誰に聞かせる訳でもなく、彼の名を呼ぶ。
例えば、この蠢く指が彼のものだったら。
この快楽を与えてくれるのが彼だったなら。
そんな想像が、更に快楽を加速させるのだ。
「はっ♥はっ♥はっ♥んっ♥」
発情した犬のような、荒い吐息が耳を突く。
はしたない。
いやらしい。
「うああぁっ……♥っくうぅっ♥」
際限なく増していくかに思われた快楽と興奮が、突如として弾ける。
抑えきれない快感の電流が身体を駆け巡って、全身の筋肉が数回痙攣した。
溜め込んだ息を深く吐き出し、高く上げていた臀部をどさりと降ろす。
迸る快楽は、甘い倦怠感となって身体を包み込んでいく。
しかし、脳裏に浮かぶのは何かが違うという違和感。
夢の中で彼に翻弄された時の快楽には遠く及ばない。
あの洞窟の中で、『彼女』に作り変えられる感覚には遠くおよばな……
…クチュクチュ…クチュクチュ…
「うあっ♥」
突然、頭の奥で響いたかのような鈍い水音。
身体の芯を思い切り揺さぶられるような深い快楽に、思わず声が上がる。
…クチュクチュ…クチュクチュ…
そうだ。『彼女』の事を思い出してはいけない。
今の私は、『彼女』を知らないのだ。
水音に導かれるように、もう一度両手を下半身に伸ばす。
…クチュクチュ…クチュクチュ…
私の発する水音と、脳裏に響く水音が同期する。
まるで、『彼女』に手を引かれ導かれるように、快楽を貪っていく。
ああ、もっと、もっと、魅力的な女になりたい。
彼が、ウィルが、我慢なんて出来なくなるくらいに。
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仕事が手につかない。
今まで、自警団での仕事に手を抜いたことなどない。
無論、今だって決して手を抜こうと思っている訳ではないのだ。
町の人々を守る仕事に誇りを持っているし、部下を持つ身として怠ける事は許されない。
しかし、駄目なのだ。
訓練で剣を振るう時も、ほとんどが不要に思える書類を処理する時も、何をしていても、ウィルの事を思い浮かべてしまう。
無理矢理に目の前の仕事に集中しようとしても、不意に頭の中で響くあの水音が私の思考を桃色に染める。
「はあ……」
思わず深く溜息を吐く。
部下に聞かれていないかと不安になったが、どうやら大丈夫なようだ。
時刻は正午過ぎ。
午前の仕事が一段落し、自警団本部の食堂で昼食を摂る最中である。
部隊長である私は自室で食事を摂る事も出来るが、あえて一般の隊員と同じ場所で食事をする事にしている。
部隊長とはいえ、あくまで自警団の一員だ。
食事内容を特別扱いされるような身分ではないと考えた故の判断である。
「あらあら、珍しいわねぇ。エスティアちゃんが溜息だなんて。」
突然、背後から掛けられた高い声に、思わず背筋が伸びる。
振り返ると、恰幅のよい女性が温和な笑顔を浮かべてこちらを見つめていた。
自警団の裏のトップなどと揶揄される事もある事務のおばさんである。
「ああ……いえ、すみませんでした。油断していました。」
「やあねぇ。謝らなくてもいいわよぉ。
それに、エスティアちゃんはちょっと油断する位の方が良いと思うわ、おばさんは。」
おばさんが楽しそうに言いながら、向かいの席に腰を下ろす。
溜息は誰にも聞かれていないと思ったのに、恐るべきは裏のトップと言った所か。
「それで?どうしたのエスティアちゃん。おばさんで良かったら聞くわよ?」
「いえ、とてもお聞かせするような事では……」
「もー、エスティアちゃんの事だし、どうせ誰にも言えずに困ってるんでしょう?
部下の子達には言えないのも分かるけど、たまには年上に甘えなきゃダメよー?
ほら、遠慮せず話してご覧なさいな。」
経験上、こうなったおばさんは非常に頑固である。
貴重な女性隊員という事もあり、私の事はとても良く可愛がってくれているのだが、彼女を前にするとどうにも自分の立場を忘れそうになってしまう。
自警団内での地位は、もちろん私の方が上なのだが、私が新人の頃からの縁である。
とても彼女には頭が上がらないのだ。
「……どうにも、仕事に身が入らないんです。
つい、他事を考えてしまって。」
根負けして、白状するようにポツリと口に出す。
それを聞いた瞬間、文字通りおばさんの目が点になった。
「そ、それは本当に珍しいわねぇ。エスティアちゃんがそんな……
大丈夫?疲れ溜まってるんじゃない?」
「疲れに関しては、大丈夫なはずです。適度に休息も取っています。」
「エスティアちゃんの『適度』は信用ならないんだけどねぇ……
じゃあ、何か心配事があるとか?」
……どこまで、彼女に話して良いものか、少し逡巡する。
おばさんが信用の出来る人であるのは間違いないが、私の悩みの種を話すには妙に羞恥を感じた。
とはいえ、適当な誤魔化しが通じる相手でもない。
「……心配事、という訳でもないんですが。
その、最近剣を教えている子の事で……」
「ああ、ウィルくんだっけ?
とてもいい子よねえ。頑張っているのかしら?」
「はい。ウィルはとても良く頑張っています。成長も著しいです。
ただ、その、問題があるのは私の方でして……」
「んー?」
不思議そうな顔で、私を見つめる視線。
「……つい、仕事中にも彼の事を考えてしまいまして。
集中しなくてはと思うのですが、どうしても……」
「あらあらあら!まあまあまあ!」
私の思考を支配する桃色の想像を除外して、言葉を続けようとすると、満面の笑みを浮かべておばさんが声を上げる。
甲高さに驚いて、顔をみやると、身を乗り出して私を見つめてくる。
「エスティアちゃん……!
もう!エスティアちゃんも女の子なのねぇ!
うふふ、おばさん勝手に心配してたんだけどねぇ。」
「え?いや、おばさん?何を……?」
「いやー、そっかぁ。エスティアちゃんもそういう事に悩むお年頃なのかぁ。」
若いって良いわねぇ。あー、羨ましい。」
訳知り顔で、うんうんと頷くおばさん。
人当たりの良い笑顔が更に深まり、縦にふるふると揺れる。
「あの、おばさん?」
「あ、ごめんなさいねエスティアちゃん。
ふふふ、それはね、恋よ!恋!」
「こっ!?」
いきなり打ち込まれた言葉に、思わず妙な声を上げてしまう。
恋。
恋?
いや、待て、ウィルは私の弟子であり、決してそんな事は。
だが、そうか。恋。
それならあのはしたない想像も説明がつくのか?
私が、ウィルに、恋焦がれている?
思考がグルグルと巡る。
否定しなければいけないのに、口がパクパクと開閉するばかりで声が出ない。
「うんうん。いやあ、私も若い頃はねぇ……」
訥々とおばさんが喋っているのが分かるが、その内容が頭に入ってこない。
恋。
今までに考えてもこなかった感情。
物語や伝聞でしか知らない感情。
しかし、なるほど。
今、私を苛む感情は、話に聞く恋愛感情そのものではないか。
では、きっかけは?
『彼女』だ。
『彼女』に出会って、私を作り替えられた。
憶えていてはいけない『彼女』に、私は今まで知らなかった感情を、快楽を覚え込まされた。
深く深く、彫り込まれるように。
ならば、この感情すらも、『彼女』によって作られた物なのか。
だとすれば、
なんというべきか、
「それは、少し悔しいな……」
軽く零した言葉は、おばさんの耳にも届かず消えていってしまった。
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結局、碌に集中も出来ないまま、今日の仕事は終わった。
いつもより、かなり時間もかかってしまい、もう日はかなり傾いている。
私は、訓練用の木刀を持って、いつもの広場へと向かっている。
足取りは妙に重く、遅々としたものである。
その原因は昼におばさんと交わした会話。
相変わらず身体を苛む火照りすら気にならない程に、昼の会話の内容が思考を占めている。
私が、おばさんの言う通りウィルに恋愛感情を抱いているのだとすれば、これからどんな顔をして彼に会えばいいのか。
きっと、彼は私の事を剣の師としか見ていない。
今まで仕事と剣の事しか考えてこなかった女に、彼がそのような感情を抱くはずがない。
何より、彼は純粋に強くなろうとしているのだ。
彼を指導する立場の私が、そんな不純な感情を抱くなど許されるものか。
理性では、そんな事はわかっているのだ。
だが、まるで頭の奥から湧き上がるようなドロドロとした欲望の塊。
彼を虜にして、私に溺れさせて、私以外見えないようにしてしまえという暴力的で甘い感情。
抗えない。
理性でねじ伏せられるような物ではない。
もっと深層の、本能のような部分に刻み込まれているかのような強烈さで、私の思考を支配してしまう。
私は、どうすればいいのだろう。
こんな時、『彼女』ならどうするのだろう。
行き場のない思案に身を委ねたまま、それでもゆっくりと歩んでいた脚が止まる。
「あ、先生!お疲れ様です!」
「……っ♥」
……クチュクチュ……クチュクチュ……
彼の声を聞いた瞬間、頭の奥の方が、まるごとすげ替えられたような、感覚が、走る。
理性だとか、常識だとか、立場だとか、そんなものどうでも良くなるほどの熱情の嵐。
私が来るまで、自主練をしていたのだろう。
ウィルの顔には大粒の汗が浮かび、少し息も荒い。
血色の良い顔を、私に向けて快活に微笑む。
ああ、可愛い。
愛おしい。
例えば、今すぐに彼の身体を固く抱きしめたら、どんな反応をしてくれるだろう。
あの柔らかそうな唇を塞いだら、どんな顔をするのだろう、
彼を押し倒して、欲望のままに滅茶苦茶にしてしまいたい。
快楽に悶えるウィルが見たい。
どんな声を出して感じてくれるだろう。
恥ずかしがって声を出さないだろうか。
何度もお互いの名前を呼び合って愛し合いたい。
私の事だけを見て、私に溺れ……
「……先生?」
「!あ、ああ、すまない。待たせたな、ウィル。」
桃色の妄想に没頭していた私を、ウィルの一言が現実に引き戻す。
彼は心配そうな顔をして、私の顔色を窺っている。
「先生、ひょっとして、まだ体調が良くないんですか?」
私の顔を覗き込みながら尋ねるウィル。
心底から私を心配してくれているのだろう。
不安そうなその顔は、まるで子犬のような印象を受ける。
愛らしい姿に、下腹の辺りにほのかな熱を感じる。
自然と手が動いて、ウィルの頬に愛おしげに触れる。
掌が、頬に触れた瞬間、彼の身体がビクンと跳ねた。
「あ、あの、先生……?」
ウィルが、強張ったまま声を掛けてくるが、今は反応を返さない。
代わりに、添えた手はそのままにして、親指で優しく目の下あたりを撫でる。
割れ物を扱うように、ゆっくりと、丁寧に。
掌から感じる彼の体温が、徐々に熱くなっていく。
「ふふ……♥心配してくれるのか、ウィル?」
撫でた指に感じる汗の感触。
さらさらとした汗が指に絡んで、艶めかしく光る。
突然だったので、ウィルもどうしていいのか分からないのだろう。
私に手を添えられたまま、硬直してしまっている。
「大丈夫だよ。少し、考え事もあったが、ウィルに会って楽になった。
心配しなくていい。本当に、優しいな、君は……♥」
「は、はい……!」
身体を強張らせたまま、ぎこちなくウィルが返事を返す。
少し上ずった声が可愛らしい。
「だが、そうだな。もう時間も遅くなってしまった。
今日は打ち合いは無しにしよう。
素振りを見てあげるから、やってみなさい。」
名残惜しくて、手は彼の頬に添えたままだったが、このままでは訓練が出来ない。
渋々ゆっくりと手を離すと、ウィルが小さく声を漏らした。
「あっ……」
「ふふ、どうした?」
「な、なんでもないです!」
明らかに赤くなった顔を隠すように、ウィルが顔を背けて木刀を構える。
私の手が離れるのが、ウィルも寂しかったのだろうか。
確証はないが、その想像にますます身体の火照りが増す。
少し私から距離を取ったウィルが腰前に構えた木刀を頭上に掲げると、一直線に振り下ろす。
鋭い風切音が鳴り、軽く後ろにステップした勢いでもう一度木刀を構える。
教えたとおりの素振りの型である。
基本中の基本だが、振りの速さは以前より明らかに増しているようだ。
「うん、良くなってるな。そのまま、続けて。」
目線だけで私に応えると、そのまま二度三度と素振りを繰り返す。
先程までの小動物のような愛らしさは影を潜め、ウィルの目は真剣そのものだ。
木刀の風切音と、ウィルの荒い息がリズムよく広場に響く。
「ああ、ほら、無駄な力を入れ過ぎだ。肩の力を抜いて……」
振りを繰り返すうちに、徐々に強張ってきたウィルの肩に手を置く。
指先から、形を確かめる様にゆっくりと手を這わせる。
力を抜くように言ったのに、彼の身体が一層強張るのが分かった。
「どうした?また力が入ったぞ?
力を抜け……。素振りに集中しなさい。」
なにやら嗜虐的な思考に頭が塗りつぶされていく。
勝手に吊り上がりそうになる口元を抑え、肩に手は置いたままウィルの背後にまわる。
汗に濡れたうなじが目に入り、クラクラするような興奮が私の頭を支配していくのが分かる。
両肩に手を置き、息を吸うと、彼の体臭が身体に入って甘い痺れをもたらす。
もっと、近くで、ウィルを感じたい。
しかし、これ以上近寄っては訓練どころではなくなってしまう。
悶々といた私の思考をよそに、ウィルは素振りを繰り返している。
すでに、かなりの回数を振っている。
だいぶ疲れが出てきたのか、振りの切れが最初程は無くなってしまっているようだ。
あるいは、背後の私に気を取られているのか。
縦に振り下げた木刀の軌道が、左右にわずかにブレていく。
ああ、これだ。
これを利用すれば、もっとウィルに近づける。
「剣筋がブレてきた。力が入っているからそうなるんだ。」
可能な限り冷静を装って言い放ち、両肩に置いた手を前方へ動かす。
そのまま、有無を言わせずに木刀を持つ大きな手を包み込んだ。
自然と、ウィルを背後から抱きしめるような形になり、私の身体が彼の背中に密着する。
夢で感じたのと相違ないウィルの体温の心地よさに、身体の火照りが増していく。
「先生!?
あの、ちょっと……?」
「なにをしている。指導、してやるから早く力を抜きなさい。
ほら、私に身体を預けるんだ……♥」
耳元で、囁くように伝えると徐々にウィルの身体の力が抜けていく。
頬が触れ合うような距離に彼の顔がある。
わずかに彼の頬が紅潮して見えるのは、きっと気のせいではないだろう。
位置を微調整するために、身体を少し捩じると、背中に押し当てていた乳房の形が変わる。
決して、大きくはないが、それなりに形は良いはずだ。
『彼女』ほどの魅力はなくても、きっとウィルは気にいってくれる。
「ん、ふぅ……♥そうだ、いい子だな。」
更に胸を押し当てると、思わず甘い声が漏れる。。
下着の硬い感触が邪魔臭い。
今度からは、下着を付けずにウィルの訓練に来るようにしよう。
「ふふ……♥暖かいな、ウィル?」
「せ、先生、あの、僕、今汗臭いと思うんで、ちょっと離れた方が……」
ウィルが恥ずかしそうに身を捩る。
わざとやっているのではと思うほどに、ウィルの仕草が私の嗜虐心を煽る。
「大丈夫さ。いい匂いだぞ?」
「や、ちょっ!待って、先生!?うあっ……!」
ウィルのうなじのあたりに鼻を寄せ、数度息を吸い込む。
濃い匂いに、頭の奥が痺れる感覚。
甘い夢の世界で何度も感じた匂い。
しかし、現実に感じたこの匂いは猛烈な熱を伴って体を燻る。
ゾクゾクとした快感が身体を迸る。
このまま、彼を押し倒して、欲望のままに貪ってしまいたい。
私の思うままに快楽を与えて、悶えるウィルが見たい。
ああ、きっと可愛らしく啼いてくれる。
私の身体に夢中になるウィルが見たい。
快楽を自分から求めるウィルが見たい。
私に溺れて、もみくちゃになったウィルが見たい。
そう、『彼女』が私にしたように。
私も、『彼女』のようにウィルを快楽に漬け込みたい。
『彼女』のようになりたい。
「せ、先生……やめて……!」
「っ……!」
それこそ、雷に打たれたような衝撃だった。
熱に浮かれたまま、ふと見た彼の目と震えた声。
碌に経験のない私でも分かる。彼が本気で嫌がっている。
私は、一体何をやっているんだ。
「す、すまん!」
言うと同時に彼から身を離す。
溢れて止まらぬ自己嫌悪。
未だにウィルは身体を強張らせている。
「ウィル、ごめんな。私……」
「い、いえ、その、大丈夫です!」
なんとか笑顔を浮かべるウィルが痛々しい。
私は、なんと言う事をしてしまったんだ。
罪悪感が、火照った体を芯から冷やしていく。
脳裏に焼き付いて消えないウィルの拒否する顔と声。
歯の根が合わない。力を抜けばすぐにも震えてへたり込みそうだ。
「先生……?あの、大丈夫ですか?」
「ぐ……う……悪い、ウィル。今日は、ここまでにしてくれ……。」
これ以上顔を会わせている度胸が無かった。
顔を背け、ふらふらと幽鬼のような足取りで彼から離れる。
「あ、ありがとうございました!」
背後で、ウィルが声を上げたのが聞こえる。
その声すら、私の心を鋭く抉った。
(ああ……私は、なんてことを……)
深い後悔は、声にもならず胸中を渦巻く。
彼は、傷ついてしまっただろうか。
私を、嫌ってしまっただろうか。
溢れそうになる涙を、唇を強く噛んで無理矢理引っ込める。
(フラウ様……私は、どうすれば……)
茫然自失としたままの私の足は、まるで導かれるように、あるいは縋るように、あの暗い洞窟へと向かうのだった。
16/01/12 00:27更新 / 小屋
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