連載小説
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Unforgettable birthday.
「シルヴィア!起きなさい!今日はあなたの誕生日でしょ、いつまで寝てんの!」
下の階から母の声が聞こえる。
仕方ないだろう、昨夜は期待と興奮で寝付けなかったんだ。
とは言うものの、このままベッドに入っていると物質的に何が飛んでくるか分からないので、多少の心残りはあるが身体を起こす。ぼんやりとかすむ視界を復旧する為、目をこすり、瞬きを二度、三度。よし!
「あふ。」
不意を突いて欠伸が出た。

ふふ、まだこの頃は寝起きが悪かったっけ。今?い、今はそんなことはないぞ。ただ、その、人より少し寝起きが悪いかもしれないが・・・大丈夫だ。

八割方寝ぼけたまま階段を下りて、両親に挨拶する。お客さん用の椅子に座っているのは誰だろう?なんだか見覚えがあるような?実に締まらない表情をしたままボーッとしていると、お客さんらしき人が両親と話をしている。
「ひょっとして、普段からあんな感じなのか?」
「ええ、困ったことにそうなんですよ。」
「あれさえなければ凄く優秀な子なんですけどね。」
「そうか、なら少し喝を入れてやらねばならないな。」
お客さんが立ち上がって私の方へと近づいてくる、
私の横に立って腰をかがめ耳元へと口を近づけて、
息を大きく吸い込む、
その瞬間私の第六感が警報を鳴らし寝ぼけている脳を全力で回転させる。
この人はセレスティアさんだ。
危険を察知した私が耳を手で塞ごうとした時、彼女が私の腕を押さえた。
その瞬間の彼女の目は『甘いぞ』とか『まだまだだな』とかそんなニュアンスを含んでいたと思う。

ちぇすとーーー!!

鼓膜が揺れる、脳が揺れる、
空気が震える、家が震える、
ちなみにちぇすとーはジパングの方言。

「まったく、情けないぞシルヴィア。今日は君の誕生日だからいつもより優しくしてあげようと思った私が間違いだったようだ。いつも通り木刀を持って裏山のランニング、朝食はそれからだ。」
「ちょっとセレスティアさん、いくら何でもそれはあんまりじゃ・・・」
「そんなことはないぞ、私が現役だった頃は三日三晩飲まず食わずで前線に立たされたこともあった。」
「それでもやり過ぎです、第一シルヴィアはまだ十歳ですよ、子供です。もう少しくらい優しくしてもいいんじゃないんですか?」
「そんな甘い考えだから代を重ねるごとに腑抜けて行くんだ。子供は他人が考えているより大人だ、大人は自身が思っているより子供だ。子供だからと優しくする必要もないし、大人だからと厳しくする必要もない。大事なのはいつ訪れるか分からない人生の転機で成果を上げられるように鍛錬を怠らないことだ。未来の為に現在を犠牲にしろ、傷つくことを恐れるな、報われない努力はあるが、積み重ねた努力は決して自身を裏切らない、だから・・・」

また始まったセレスティアさんの悪い癖、こういうときは気づかれないように静かに後ろに回って・・・頭を両手で抱えて右に90度回転させてチョーカーのロックが外れたのを確認してから勢いよく上に引き抜く!
セレスティアさんの頭が乗っかっていた部分から淡いピンク色をしたもやのようなものが出てくる、あれは一体何なのだろうといつも思うが、疑問に思ってはいけないようなことの気がする。たぶん。

『シルヴィアかわいいよシルヴィア、どうしてこの子は私の娘じゃないのだろうか、この子が私の娘なら寝ぼけている間に「お母さんも二度寝したくなっちゃったな」とか言ってそのままベッドに押し倒してより美しくてより淫らで優秀な魔物に教育するの、でもそれは許されない行為。なぜならこの子は他人の子だから。いやまてよ、事故に見せかけて魔物化させてその責任を負うふりをして私が引き取るという手も・・・そうだな、それがいい。しかし、いきなり魔物化してしまえば疑いの目を向けられるかもしれないから練習で使う剣に気づかれないように少しずつ、さながら毒を盛るかのように徐々に徐々に魔力を込めて・・・』

ピンク色したもやが出て来たと同時に頭の中に彼女の思念波のようなものが入ってくる。もしかしたら両親にも聞こえているんじゃないだろうか?
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
案の定伝わっていたようだ、両親は考えることをやめた。
「あの・・・セレスティアさん?」
恐る恐る両手で抱えている彼女の頭に声を掛けると、彼女の顔が真っ赤に燃える、元に戻せと轟き叫ぶ。大慌てで彼女の首を元に戻し、一段落付いた頃。「大丈夫、未遂だから問題ない。」とは彼女の弁。
たとえ未遂でもやっていいことと悪いことがあると思ったものの、これ以上ここに居ても話がややこしくなるだけだと判断し、未だ呆然としている両親への挨拶もそこそこに愛用の木刀を手に取り裏山へと駆けだしていった。



まさかそれが両親との最後の別れになるなんて思ってもみなかったから。



自然そのままの姿を保っている山を駆け抜けるのは実に効率的な鍛錬だと思う。不安定な足場や唐突に飛び出してくる木の枝なんかは下手な腕前の人と剣を交えるよりも遙かにいい。マンネリ化しないように走るコースを毎回変える。時折何かの拍子に野生動物のテリトリーに侵入してしまうがそこは木刀での武力にものを言わせて鎮圧、無益な殺生は良くないので持ち帰って美味しく頂きます。この前食べた熊肉、美味しかった。また食べたいなあ。おっといけない、よだれが垂れてきた。朝食を抜いているので余計に食欲がわく、何か出くわさないだろうか?
しかし、そんな期待とは裏腹に何にも遭遇せずに山頂まで来てしまった。
それどころかここに来るまでの間で一度も生き物を見かけなかった。
まるで、何かから逃げ出してしまった後のように。
おかしい。
あり得ない。
奇怪という言葉では片付けられない奇妙で不思議な現象、その原因が何であるのか山頂から村を見下ろした瞬間理解した、理解してしまった。



村が、燃えている。



私は駆けだした。重力に引かれるがまま、道なき道を考えられないような速度で降りるというより落ちていく。足に伝わる衝撃も、枝によって傷つけられる肌も、全てを無視して駆け下りる。
山を下り終えた時、既に村は原形をとどめていなかった。
それでも、まだ誰か助けられるかもしれない。
十の子供にはまだ早すぎる思いを胸に村の中へと駆けだしていった。
燃えさかる炎。
崩れ落ちた家屋。
そして、煙の中に混じる血の臭い。

何もしていないのに。
なんで?どうして?
私は生まれて初めて碌に信じてもいない主神とやらを恨んだ。
どうしてこんな目に遭わなければならないのか?
何もしていないのに。

私は走った。
父も母も到底この状況で生きているとは思えなかったから。
きっとあの人なら、私がどんなに頑張っても一本も取れないあの人なら、生きていると思ったから。
絶望しかない状況で唯一残っているはずの希望だったから。

しかし、その希望は既につながっていなかった。
私の知る限り一番強かった彼女の頭と胴体は既に別の場所に合った。

「セレスティアさん!」
一目散に彼女の頭へと駆け寄る、いつもだったら視認できる程の魔力が漏れ出している彼女の胴体からはもう何も出て来ていない。それほどまでに彼女の魔力は枯渇していた。
「ああ、シルヴィアか。すまない、私では君の“自由”を守るには至らなかったようだ。」
「嘘、ですよね。何事もなかったかのようにまた立ち上がって私の稽古をつけてくれますよね。私が危険な目に遭ったら、風のように駆けつけて守ってくれますよね。アンデッドだから、もう死んでいるから、死ぬことなんてないって前に言っていたじゃないですか!」
「ごめん、本当にごめん、私ではもう・・・君を守れない。だけど、君は強いから・・・今まで剣を教えた中で、一番だから、君の身体は、君の心の・・・ガハァッ!」

「ああ、気持ち悪い。魔物という奴は本当に気持ち悪い。首だけになっても喋るとか想像しただけで吐き出しそうな気分になるね。やはり神様は正しい、こんな気味の悪い生き物と付き合おうなんて輩は正気の沙汰じゃないね。」
声のする方向、そこには、動かなくなった彼女の胴体に剣を突き立て踏みつける男の姿。
あの服装は確か教団の、偉い人達が着る服。
それを目にした瞬間、私の中をドス黒い感情が支配した。
「・・・けろ。」
「何を言っているのかな?君は。」
「その薄汚い足と剣をどけろ!その人は貴様みたいな下郎が踏みつけていい人じゃない!」

瞬間、爆発的な踏み込みを持って下郎に対し右の拳を叩きつける。
しかし、怒りにまかせた子供の拳など容易に避けられてしまう。
でも、本来の狙いはそこではない。私に必要なものを手にする為の威嚇。
セレスティアさんの胴体の近くに落ちていた彼女の剣をとる為の威嚇。
武器を手にすれば体格差による不利はいくらか軽減できる。
純粋な剣技の腕なら、勝負に持ち込めるかもしれない。
身体は、十分に動く。
頭は、自分でも嫌になるくらい冷静だ。
心は、黒い炎が燃え上がっている。
剣を手に、振り回すその姿はさながら悪鬼羅刹の如く。
剣筋はひょっとしたら普段より調子がいい。
怒りに身を任せた特攻はその男を追い詰めていく。
一瞬、その男に隙が出来た。
剣を構える右腕の脇が空く。

戦闘を司る神はまだ私を見放してはいないらしい。

体格差は優位に働いた。
その剣先を下から上へと両手を、足腰を、全身を使い走らせる。
男の右腕を肩口から切り捨てた。
まだだ、まだこんなものじゃ私の怒りは収まらない。
苦痛に歪み動きの止まった男の首を切り捨てようと走らせた剣は、
突然現れた男によって防がれた。

「まったく、指揮官のあなたが前線に出てなにやってんすか?その上腕なんか切られちゃって。ま、俺から言わせればざまあ見ろって奴ですがね。」
場にふさわしくない男の技量は一目で明らかな程に私なんかを軽く凌駕していた。
「その娘だ!その娘が“英雄”だ!何しても構わないから死なない程度に手加減して連れてこい!」
男の後方で下郎が何かわめいている、何を言ってるのかよく分からないが貴様の言いなりになぞなってたまるか。
「そういう訳だ、嬢ちゃん。じっとしてれば痛くしねぇから、適当にやられておとなしく捕まってくんねぇかな?」
本で見たことがある、この男はジパング人だ。しかも、とびきり妙な格好をした。見たことも無い服を着て、手と足に妙な防具を着けた男。ジパング人とはこんな妙な人ばっかりなのだろうか?
「嫌だ。あなたが悪い人じゃないのは分かる。でも、あなたの後ろにいる人の言いなりには死んでもなりたくない。」
その男は私が構えているにも関わらず後ろを振り返った。
「あんた、相当嫌われてんな。その腕も大方自業自得って奴だと思うけどさ、もう少しまともな生き方しないと碌な目に遭わないと思うよ。そのうち、神様にだって愛想尽かされたりしてな。」
下郎が何か言っているがそんなものは私の耳には入らない。
今一番重要なのはこの男と戦ってどうやって負けないようにするかだから。
「嬢ちゃん、気楽にやろうぜ。人生って奴は欲しいものが手に入らないように出来てるから、守りたいものが守れないように出来てるから、適当に生きて、適当に暮らして、ヘラヘラ笑ってくたばるってのも悪い事じゃ・・・」

♪ドラゴンキックで星になれ!(星になれ!)

異常なまでにノリのいい歌声と共に現れた乱入者に放たれた蹴りで男は空に吸い込まれるように飛んでいき本当に星になった。
そして、その光景を目にした教団の人間も蜘蛛の子を散らすように逃げ帰っていく。
突如として現れた乱入者、真紅の羽に尻尾、流れるような髪を携え、白い半袖シャツと青のジーンズを履いたあまりにラフな姿のドラゴン。
それが私の義母、スカーレット・ドラグノフとの衝撃的な出会いだった。
11/10/18 01:55更新 / おいちゃん
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■作者メッセージ
なんだか、書いてて悲しくなってきた。
どうも、お久しぶり過ぎてみんなに忘れ去られているおいちゃんです。
メインヒロインのはずなのにこんなに酷い目に遭っていいのだろうか?
さて、次回は大人になったシルヴィアさんが魔物化する所まで行けたら良いなあ。(願望)

あ、そうそう、ドラゴンキックで星になれ!は本編でフルコーラス掲載予定です。

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