連載小説
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八話 11月22日
「さてと…じゃあ俺は行くから店番よろしく!」

「パパ!お土産買ってきてね!」

「あー…たぶん無理だ。」

家族にはエミールのいる森へ行くなどとは言えなかった。
こともあろうに教団が外出禁止令を出していたからだ。
先月から問題になっていた魔物の召還事故がついにこの町に被害を起こした。
突如町の上空に召還されたサキュバス数体。
彼女たちは術者がハーレム目的で呼び出したところを快諾しすぐさま飛んでき
た所をこの町に引きずり出されてしまったのだ。
そのことを解らないまま近くにいた教団員を召還士だと勘違いし約4体から織り
なす純愛派、ロリ、やや内気なメガネっ子、お姉さま系の逆レイプ地獄(当人
の証言からは天国と称されていた。)に会いその現場を別の団員に見つかって
しまったというのを数日前のゴシップ誌で確認した。
その事件を境に教団側はついに町の外への外出を禁止。
さらに教団は魔術関係の業者に召還事故の危険性があるため転送魔術、配達の
魔術等の移動系魔術を禁止させた。
魔術業界はこれでかなりの痛手を負ったが、同時に私も交易をしている都合、
商売も上がったりの一歩手前だった。
リリムが私の体面を以前気にしていたが、それ以上に人間が社会的に苦労する
はめになってしまった。
仕方なくこの事件の本流であるエミールの場所へ足を運ぶことにした。

「確か…これでいいかな…」

私はかつてアークインプが持ってきた魔物召還の魔法陣を取り出す。
万が一教団が発見されるとまずいことになるため捨てるのを躊躇っていたのだ
がまさかこんなことで役に立つとは思わなかった。
部屋の中央に私は召還陣を置く。
エミールが書いたものだからおそらく大丈夫だとは思うが…客観的に考えると
魔法陣で家を燃やした人間が描いた魔法陣は大丈夫なのだろうか。
結構な不安に襲われたが町から安全に出る方法はこれしかなかった。

「対象固定触媒は…これでいいか。」

私は魔法陣の上に鶏の血を溶かしたインクでこう記した。

目覚めしもの、かの地に呼び出されし者の名を告げん

目覚めしもの『(私の名前だ)』呼び出されし者『リリム』

目覚めし者その契約を全うすべし。
呼び出されし者その契約を全うすべし。

その契り、「ご褒美ポイント10P使用」の元に締結する。

魔法陣が光ると私は神に祈った。
成功しろと。
魔物を召還するのに神に祈るのは滑稽な話だがあとはせいぜい祈るくらいしか
できなかった。
そして万が一燃えても側に用意したバケツの水で大丈夫であるようにとも。
風が魔法陣の周辺に吸い込まれていく。
部屋にあった様々なものがカタカタと音を立てていた。
コルクボードに張り付けた紙が徐々に高まる風圧になびき破れんばかりに高速
で波を打つ。

「ふふっ…はいおまたせ。したくなっちゃったの?店長さん?」

「いや、空を飛びたくてな。」

「それにしても良くの担保契約の仕方がわかったわね。やり方どこで知ったの?」

「いや…知ってたというか…テンプレートに当てはめた方がいいと思っただ
 けだ。」

本来使い魔と言うのは術者よりも力が弱いものを対象として呼ぶことである。
そのため使い魔が術者の力を超えるといわゆる逆契約状態に陥ってしまうため
よほどの命知らずしか高名な魔物を呼ぶことはない
しかし当然事故も存在し、そのもっとも顕著な例がアークインプであり
被害としてはごく稀なケースであるが、ごく稀であるがゆえに新米の召還士
たちは対処できずに被害に陥りやすい。
だがそんな事態を未然に回避する方法もまた存在する。
それが担保契約。
これは通常は術者と使い魔の関係で済ます『契約』とは違い、術者と使い魔の
間に『使い魔を拘束するもの』を挟むことで使い魔に拘束力を増すことができ
るのである。
ある時は対象の使い魔のボスを仲介して紹介してもらう。ある時は今回のように
ご褒美ポイントとかいうリリムが勝手にくれた無形物を担保にしたりと様々だ。
だがリスクも存在し、当然のことながら主従関係はあるにせよ力関係は変わらない。
さらに、もし使い魔が死ぬような目に逢えば担保の損失、あるいは間に入った
使い魔からとてつもない制裁を受けることになることも最悪の場合避けては
通れなくなる。
足を震わせながら召喚をしていたが我ながらよくできたものだ。

「本当だったらご褒美ポイントは4時間コースにしか使えないんだけれど、あな
 たがやる気になったみたいだからおまけしてあげる。はいこれ次回からの
 割引券とサービスポイント5ポイントね。」

「妻に見つかると言い訳ができないからどちらも遠慮していいか?」

「あら?お嫁さんがいるのに前科があるの?少し見なおしたわ。」

くすくすと笑うリリムに私は目を伏せた。

「町が魔物たちに対する目が厳しくなってきてな。町の外に出るには教団員を
 つけて行かなくてはならない状態なんだ。だから――」

「良いわよ。姿を消しながら飛ぶくらい私の力でできるから。」

リリムは私に躊躇いもなく近寄ると両手を私の両肩に置く。
そして唇が私の顔に迫る―――

「な、何をっー」

「魔法を解くだけがキスの役割じゃないってことよ…んっ…ちゅ…」

面食らい焦ったが…せめてものマナーとして私は目を閉じた。
唇を割って入る愛を求めるかのようなキス。
本当に魔力と関係があるのだろうかと思ったが、彼女にキスをリードされると
心が高鳴ると同時に安らいでいった。

「…んちゅ…ちゅ…っ…はい。私の魔力をちょっとだけ移したわ。」

「……ふう…あまり実感がわかないが。」

「そうでしょうね。人間には魔力を溜めておく器官がないもの。」

「生物的な臓器で魔物は魔力を溜めているのか?」

「うーん。ニュアンス的にってだけよ。実際はもっと概念的な仮想器官なもので
 …ってそれよりもほら!魔法掛けるわよ。」

リリムが私の手を握ると私の姿はリリムが握った手の方からまるで消しゴムで
消されていくかのように背景となって塗りつぶされていく。
嫌悪感が少しあったがこうして握られた手を握り返すとリリムの手が私の手の
形にへこんだ。

「はい。無事に消えたようね。それと気をつけて。透明の魔法は人間にとって
 理性を崩壊する場合があるから気を強く持ってね。人間は視覚に入らないも
 のは『ないものとして』脳が判断するわ。」

「わかった。鏡はみないでおこう。」

「よろしい。じゃ行くわよ。私の手をしっかり握っていてね。飛ぶから。」

「えっ!ちょっと待て!心の準備が…おおっ!?」

私はリリムに引っ張られるがままに宙に浮いた…その刹那私の体はものすごい
スピードで空を駆けた。
いや飛行というよりは瞬間移動だろうか。
複雑な町並みを減速せずにめぐるように飛行する様はまるで走馬灯の映像のよ
うにさえ見えた。
懸命にリリムの手にしがみつくだけで精いっぱいだったのでどこを通ってきた
かは詳しくは覚えていないが帰り道はもっと速度を落としてもらうことにしよう。

―――――――

気を失ってしまうかの高速飛行。
気がつけば私はエミールのいるかの森へと到着した。
この森には温暖期の時にしか来たことがなかったので若干肌寒い。
周辺に落ちる枯れた葉っぱたちが夏の面影を残していた。
しかしそんななんの変哲もない自然の摂理は目の前の出来事によってかき消さ
れてしまいそうになる。
私とリリムがこの森にたどり着くと本来ではあり得ない人の気配に満たされて
いた。
本来の居住者である森の魔物たちを差し置いて黒やピンクの強烈な色合いを持
つ様々な魔界の住人達が埋め尽くしていたのだ。

「なんだこれは…サバトでも始めるつもりか?」

「…もう少し姿は消したままの方がよさそうね。」

私たちは姿を消したまま森の奥へと足を運ぶ。
踏みいるたびに枯葉がサクサクと音を立てるが魔物たちは一向にこちらに気配
を向ける気はない。
おそらくこの数では誰が増えようが減ろうが関係ないのだろう。
それどころか楽しそうに談笑さえしている。
彼女たちが召還事故によってここに集められているのなら不平や不満くらい
吐き出すのが普通だがどこか楽しそうにさえしていた。
まるでこれから祭りが始まるかのように。
魔物たちの期待感の高まりが私にとっては不安で仕方がなかった。
奥へ移動するたびに徐々に生い茂っていく木々。
冬場もここは相変わらず…そう胸中で感想を述べるころ、私たちはエミールの
いる奥地へとたどり着いた。

「…エミール!」

私は嫌いなはずの彼の名を呼び彼に駆け寄った。
リリムがあわてて制止する手を伸ばすもそれを振り切る。
私は元の姿を取り戻し彼の元へ走った。
無理もなかった。
彼の体は幼い姿を保ちながら皮膚のそれは青黒く壊疽し始め血の通っていない
髪は枯れたトウキビの髭のごとくぼろぼろになっていた。
頬は痩せこけてはいないが不均一なしわが入り人間の体としては不自然な印象
をさせる。
その幼いまま老いぼれ壊れかかった人形をアークインプは櫛で髪をすいていた。

「あ…おじさん…。」

「久しぶりだね…と言いたいけど…まずはこいつがどうなったのかちょっと
 教えてもらえないか。」

「おじいちゃん…ほらきたよ。おじいちゃんのおともだちが…」

ん…ああ…ああ…うん…とエミールは会釈した。
耄碌している。こう言っては失礼だがエミールは耄碌していた。
既に生きる気力が失われ、延命されているだけの存在。
こちらに首を向けるのもつらいのか彼は最小限の動作で口から音を出していた。

「これはまずいわね。ホムンクルスが壊れかかっているわ。」

「どういうことだ?人体錬成は成功したんだろう?」

「本来人体錬成って言うのは魂の仮宿でしかないの。でもそれはあくまでも
 作り物。人間の体と違って自然治癒能力がないのよ。ちょっとしたキズや
 ケガが癒されないまま蓄積されていけばこうなるわ。」

彼女の見解はエミールを見て理解した。
様々な部分がまるで人間から素材にした部品に変わっていくのが見える。
まるで人間全てが最後にはこうなって死んでいくのではないかという恐怖さえ
覚えた。

「おじいちゃん…しんじゃうの…?」

アークインプがこちらに顔を向ける。
しかし悲しみの色は無かった。
悲壮のすべてを受け入れた顔をしていた。
それは幼い少女が見せる顔としてはあまりにも残酷すぎる顔だった。
愛する人と結ばれてようやく幸せになったのに。
私は意を決してアークインプに目をやった。
何となくだが彼女は少し大人になったんじゃないかと思う。
今にも泣きそうな顔を堪え懸命に地面に立ち、顔を伏せながらも愛する人を
守るために懸命に意見を述べ、そして決断までした。
エミールを生きながらえらせる選択を、彼女はした。
そしてそれが今生の別れになることを…彼女は受け入れた。

「きっと…おじいちゃんは…まんぞくしたから…わたしも…まんぞく…したっ
 …から…!」

「大丈夫よきっと大丈夫。体が傷ついているだけだから治せば大丈夫。後で
 私が治癒呪文教えてあげるから泣かないの。」

リリムがアークインプの頭を抱きしめる。
今までたった一人でよく頑張ったといわんばかりに。
姉が妹を励ますように。
リリムはアークインプの涙を胸で受け止めていた。

「おねえちゃん…ありがとう…ございます。」

「さ、次はあの大勢の召還事故の被害者たちね。あれはどうするつもりなの?」

「おじいちゃんはちょっと前に教団の町にある時間の秘術書を使って逆行現象
 を止めようとしてたの。それを手に入れるために魔物たちを使って町を丸ご
 と魅了させてから泥棒するつもりだったって言ってた。」

ぞっとしない話だ。
自分の街をターゲットにそんなことを考えていたのか。
ある意味幸せな話だがもし現状の教団の状況からそんなことになれば最悪血を
流すだけでは済まなかったはずだ。
少なくともそんな危険なことに愛する嫁の力を借りようとする気が知れないが
そんなことに気づかないエミールではない。
おそらくお互いに命をかけることを決意していたのだろう。
そのほぼテロ行為に近い大規模魅了ともなれば男漁りができると魔界の住人た
ちもきっとよろこんで参加するだろう。
今日は胆を冷やしてばかりだ。

「よし…わかった。彼女たちの魔力を借りて癒しの術を使ってみる。」

「おいホムンクルスに効果があるのか?」

「ほとんどボロボロだけど延命するくらいならできるわ。このホムンクルス、
 結構良質な素材を使っているから魔力の適合性が高いのよ。」

そもそも私と別れてから上質な素材を一体どうやって調達したのだろうか。
アークインプ以外にそれを生み出す人間…もとい魔物はあの場に居なかった。
もし彼女がホムンクルスの素体を、しかも上質な物を生み出したとするなら
私は敬服せざるを得ない。
幼い姿をしておきながら時間も魂も操れる。
動機こそ無邪気で危険極まりないがその実力はやはりイリーガルという扱いに
ふさわしいものだった。
治癒呪文が使えないのは意外だったが彼女ならすぐに覚えてしまうだろう。
もっとも延命措置をエミールに使うということはロクなことにならない事は
わかっているのだが。

「…それよりもホムンクルスの体を補てんする触媒を集める方が大変ね。この
 状態だとホムンクルスの彼は動かせないし。」

「…なんだその目は?」

リリムが私の方をじっと見つめる。
視線を感じた私は払いのけるように返事をした。
そして彼女はわざとらしい言い方で…

「あーどこかに向こうにいる大量の魔物と契約して素材を持ってきてくれる
 ように指示してくれるかっこいい男の人はいないかなー?私ひとりじゃ
 絶対に間に合わないから助けてくれないかなー?」

と言い放った。
視線が数秒ぶつかり合い私は口を開いた。

「おいちょっと待ってくれ。そんな簡単に言ってくれるが契約なんて俺はした
 こと…」

「大丈夫よ。彼女たちとエッチすればいいだけだから。」

「はあ!?」

紳士的な物言いも忘れ私は言って返した。
するとやはりリリムはクスクスと笑ってみせる。
やはり苦手だ。

「もともとあの子たちだってエッチするために呼び出されたようなもんでしょ?
 ならエッチしてあげればお礼に言うことの一つや二つ聞いてくれるわ。」

「いやっ…しかし俺には家族…」

「そ、じゃあ家族どころか人類魔物全滅しましょう?」

「あー悪かった!わかった!やればいいんだろ!ここまできたら乗りかかった船だ!」

遮るように私は返事をした。
無理もないといえば無理もないが、そこで家族を引き合いに出すのは卑怯なん
じゃないか?
妻よ子よすまない。
お父さんはついに悪の手に染まってしまいそうだ。
私は父である自覚を捨てたことは今日の今日とて一度足りとして忘れたことは
無かった。
これから私は魔物たちに頭を下げてエッチをしに行かなくてはならない。
はあどうすればいいのだ。
懇願してまでエッチしたいなどと思ったことはプライドに関わる話だ。

「大丈夫よ。優しくリードしてもらえばそれであの子たちも満足するから。」

「そんなことよりもしっかり避妊してくれることを伝えてきてくれ。」

「あら?やっぱりお堅いのね。でも欲しくなったら向こうはきっと快諾してく
 れる…」

「もう行く!」

リリムの発言を遮り私は元来た道を戻った。
これからやらなくてはいけないことを考えると私は押しつぶされそうになる。
しかし今はもうやけくそになって魔物たちに犯されよう。
私には今…強い心と癒しが必要だ。
やってのけよう。魔物たちのと甘い快楽の時間くらい。

この話はもう少しだけ続く。


――――――――――――――――

さ、いったわよ。余り時間は無いけれど…二人きりの時間だもんね。

うん…ありがとうおねえちゃん。

…私ね。本当ははじめましてじゃないんだ。
話だけは魔界にいた時からきいていたの。
お爺さんとひたすらイチャイチャしているっていうのを聞いてね、やっぱり
人間の男って老いても性欲が衰えないんだってちょっとわらっちゃった。

うん!おじいちゃん…っていってもホムンクルスだけど…おじいちゃんはエッ
チだったよ!

でもね。こうして二人を見てたら私ちょっとうらやましくなっちゃった。
だから…二人きりでいられる最後の時間くらい…ね?

ありがとう…おねえちゃん…

それじゃあね。私は向こうであの店長さんを見てきてあげないと。




………
……




おじいちゃん。まだおきてる?
おじいちゃんが体をうごかせなくなってからけっこうじかんたったよね。
おじいちゃんがしゃべるたびにおじいちゃんはせきこんでつらかったんだよね。
でもわたしがわらうのがすきだっていってくれてうれしかったよ。
おじいちゃんがわたしのごはんがおいしいっていってくれたときうれしかったよ。
エッチのときも私のこときづかってくれてうれしかったよ。
キスしてっていったらキスしてくれてうれしかったよ。
だきしめたり…いたずらしたり…からだあらいっこしたり。
おじいちゃんだいすき。
私はおじいちゃんがだいすきだからおじいちゃんをぜったいにたすけるね。
とめてもぜったいにやめないからね。
だっておじいちゃん私をよんだときなんていったかおぼえてる?
おまえにあいたかったっていってくれたのすごいうれしかったんだよ。
だからわたしはおじいちゃんのことをたすけるね。
17/07/30 20:29更新 / にもの
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