読切小説
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怪物執事→怪物メイド
―朝デゴザイマス。その声と共に目が覚めた。
目をこすりながら寝室の入り口に目をやると、其処には異形が立っていた。
垂れた耳、狼のような貌、その貌から突き出た嘴、毛むくじゃらの腕、曲がった腰から生える尻尾、鶏のような脚。それが我が家の唯一の使用人の姿だった。

「セバスチヤン。朝食は?」

いつものように尋ねると使用人は、モウ出来テオリマス。冷メル前ニ食卓ヘ。と言い寝室を出て行った。
セバスチヤンはキキーモラという魔物である。かつて祖父が何処からか連れてきたらしく、私が物心つく頃には既にこの屋敷で働いていた。
魔物ながらおとなしく、有能なこの執事は家族からは受け入れられており、自分も幼少からこの姿を見続けて来たのですっかり慣れてしまっている。

「今日のパセリは水水しいな。」
菜園デ朝一番ニ取レタモノデスカラ。と使用人は言った。
セバスチヤンは人間の使用人二十人に匹敵するとは私の父が言っていた言葉だ。私もその通りだと思う。貴族の屋敷としては比較的小規模だが狭いわけでもないこの家に埃が溜まることは無いし、その他にも屋敷の菜園で美味しい野菜を栽培したり、自分たちの着る衣服を織ったりと様々なことが出来るのだ。

朝食を取った後、私は執務室へ向かい自分の仕事に取り掛かった。
仕事と言うのはかつて私が通った都の学院の入学試験の答え合わせ
である。独り身で使用人も魔物一匹しかいない我が家には有り余るほどの財産があるのにこの様なことをしているのは理由がある。

学院を卒業した後、両親も早く亡くなり都の貴族の権力争いにも参加したく無かったので田舎の生まれ育ったこの屋敷で残りの人生を過ごそうと思っていたのだがそれを許さなかったのがセバスチヤンだった。

怠ケ者ハ、魔物ノ餌ダ。
そう言って豹変し襲い掛かってきたセバスチヤンには幼い頃から家族の様に過ごしてきたものもあって心底肝をつぶした。
結局仕事は探すという命乞いをし、何とか命は助かったがそれ以来セバスチヤンの忠告などは必ず聞くようにしている。
在校していた縁もあって定期的に行われる平民用の試験の答え合わせという仕事について今でこそ奴はおとなしいがまた怒らせるのは御免だ。
最近は機嫌を取ろうと使用人の仕事を手伝うこともありこれではどちらが主人か分からない。

仕事を終えた後は屋敷の周りを散歩してみる。
当たりは森であるが幼い頃からで歩いているので迷う心配はない。
魔物に襲われないかというが、屋敷の敷地の周りには祖父が有力な魔術師を雇い結界を張って貰ったらしく、悪意や敵意を持ったものは気づくこともなく近づかず、これで夜盗や知能の低い魔物などは敷地に侵入することは無いのだという。
散歩から帰った後は夕食をいただき読書した後に就寝。
これが主な私の生活だ。

―ふと、夜中に目が覚めた。
何かが変わった―そんな気がしたのだ。暗闇の中、気のせいだと思い二度寝することにした。

―てください。起きてくださいませ、ご主人様。
だれかが私の体をゆすっている。もう朝かと目を開けると、知らない女性が私の側に居た。
私は驚きベッドから落ちてしまった。

「まあ。大丈夫ですか?ご主人様。お怪我は?」
「一体誰だお前は。どうやってここに入ってきた。」
この女はいつの間に私の屋敷に侵入したのだろう。セバスチヤンがそんな真似をさせると思えないが。

「ご主人様。私がお分かりにならないのですか?」
「分かるもなにもお前のような女など知らないぞ。」
「長年この家に仕えさせて頂くセバスチヤンでございます。」

―今、なんと言った?この女は。
セバスチヤンだと―一体何を言っているのだ、言い訳にしてもバカバカしいにも程がある。あいつは魔物なんだぞ。

「お前は一体なにを―」
「ご主人様。七つの頃まで寝小便をしていましたね。おかげ洗濯の手間が増えてしまいました。」
な、何故それを―
「それにご主人様。あなたは学院に入学する前に大泣きして前当主様と奥様を困らせていましたね。」

―お前はまさか。
その女をよく見てみる。
垂れている耳、羽毛だらけの手、腰から生える尻尾、鶏の様な脚―
「まさか、本当に、セバスチヤンなのか?」

なぜセバスチヤンがこの様な姿になったのか、彼女自身も分からないという。
「例えどの様な姿になろうとも、私はご主人様に仕え、家をお守りするだけでございます。」
そう言ってセバスチヤンは優雅にお辞儀をした。

その通り―使用人の姿が変わったとしても私の生活に大きな変化はなかった。ただ、人間と同じ顔になったセバスチヤンは、時折何かに悩んでいる様な表情を見せる様になった。

そしてそれから十日が過ぎた日のこと。
―私は散歩の途中、スライムらしきものに遭遇した。
らしきものと言ったのは私が学生の頃に見たスライムの図とは違う姿、まるで裸の女の様な姿だったからだ。

そいつは、「あっ、もうお手付きなんだー」と言うと、残念そうな顔をしてその場から去っていった。

帰ってから私はそのことをセバスチヤンに話した。
「敷地内だったのに魔物を見かけたよ。直ぐに行ってしまったが。」
「なら、その魔物は悪意も敵意も無かったのでしょう」
と使用人は言った。

私は酒蔵の奥に仕舞われていた―とセバスチヤンが言っていた酒を飲みながら話を続ける。
「私はあまり世間に興味がある方ではないが、お前やスライムが女の姿になったのは気になるな」
久しぶりに情報を求めて都に行ってみようかなどと考えていると―

「話は変わりますがご主人様。少し昔話を聞いてもらえないでしょうか。」
「昔話?お前にしては珍しいな。別にいいが。」
そして使用人はぽつぽつと語り始める。

これはとある魔物の話でございます。
その魔物は他の魔物に比べておとなしく、力も弱かったので皆からはいじめられていました。
ある時、人間との戦が起こりその魔物の居たグループは敗戦しちりぢりになりました。その魔物も逃げて馬車の下に隠れました。

人間の兵士が近づいてくる足音を震えながら聞いていると上から話し声がしました。
―魔物の残党はこちらに来ていないか。
―ええ、先ほどこの馬車の目の前を横切って行きましたよ。
そして兵士たちの足音は遠ざかって行きました。
魔物はほっとしましたが男が馬車の下を覗くと腰を抜かしてしまいました。その男は
―もう大丈夫だよ、怪我をしているようだし手当しに行こう。

魔物はびっくりしましたが、そのままその男の屋敷に連れていかれました。男が言うにはあまりにも弱弱しくて放っておけなかったとか―
そしてその魔物は元気になるころにはそこで働こうと思いました。
ええ、気が付かれましたか。そうです、これは私の話なのです。

魔物は恩を返すためにせっせと働き、最初は気味悪がっていた男の家族ともだんだん仲良くなって行きました。
いつの間にか時は流れ魔物を助けた男は天国にいってしまい、男の子供には子供が出来ていました。
そしてその子供が魔物の三人目の主になり少したったころ、その主はいいました。
―ずっとこの屋敷で静かに暮らしたいと。
その言葉を聞いた時、魔物は―その男がとても美味しそうに見えました。
魔物が気づいたときには部屋は散らかっており、傷だらけの主がいました。
魔物はそのことをずっと後悔していました。自分は結局魔物だ。恩人の孫を食い殺そうとするなんて、なんて浅ましいのだろう。
魔物はとても怖くなってしまいました。いつかまた―主人が美味しそうに見えてしまうのだろうかと。

そこまででセバスチヤンは話を終えた。
知らなかった。こいつが家にやってきた話もそうだが、あのことをそんなに思い悩んでいたとは。

「セバスチヤン。それはお前が悪いんじゃない、親の遺産にあぐらをかこうした私がいけなかったんだ」
―なんだ。さっきからだが身体がやけに熱い。
「ご主人様。御心づかいありがとうございます。そろそろ―“効いてきた”ようですね。そのお酒。」
股間が―
「お前は、なにを。」
セバスチヤンは服を脱ぎだす。
「ご主人様はあの日の事をなにも言ってきませんでしたが、私はずっと糾弾してもらいたかったのです―罰を受けたかったのです。」

私は初めて使用人の裸体を見た。四肢や尻尾以外は人とほとんど変わりない。そして―
「さあ、ご主人様。今度は貴方様が私を食べる番です。」

「昨日はお楽しみだったみたいね。」
その声で目を覚ます。いつもの寝室。いつものベッド。
隣には、裸のセバスチヤンが眠っていたが。

「お前は誰なんだ」
寝室の侵入者に問いかける。大きな角。白いコウモリのような翼に尻尾。見たのは初めてだがこれがサキュバスだろうか。

彼女の話をかいつまんで説明するとセバスチヤン達魔物の姿が変わったのは魔物たちの王である魔王が代替わりしたかららしい。
今では人間を殺さずに精をもらうという生態に変わっていっているそうだ。
さらに彼女がこの屋敷に来たのは広い範囲に強固な結界が張られているのを見つけ、この結界が今の魔物達に都合がいいので土地の所有者である私に接触しようとしたこと、この屋敷で魔物であるセバスチヤンが働いていたのでこれ幸いとサテュロスが醸造した媚薬入りの酒を渡したことを聞いた。

「その子貴方に惹かれていたしちょうどいいと思ってね」
と彼女は悪びれずにそういった。
「それで相談なんだけど貴方が持っているこの土地を私たちに貸してくれないかしら。さっき話した通りもう魔物達に人間を殺す意思はないわ。でもまだ人間たちはそうもいかないの。だからここを教団が攻めてこない安全な寄り合い所として使いたいのよ。貴方自身が何かをしなくていいわ。ただ私たち此処を使うことを許可してくれるだけでいいの。」

私はその提案に乗ることにした。
元々魔物を使用人にしていた私の家は教団とはグレーな関係だった。
今更彼女達を受け入れたところで変わりは無いだろう。
敷地の大部分は使われていないし、何処かお人よしだった父や祖父も同じことをしただろう。

―それから
私の敷地内には女の姿をした魔物が出歩く様になった。魔物達が男好きでそこかしこから喘ぎ声が聞こえてくるとは思わなかったが。
それを尻目に私はセバスチヤンの膝に頭を乗せて読書する。

「もっともっと怠けてもいいのですよ。ご主人様。」
とセバスチヤンは言う。
―働き者が好きじゃないのかいと問うと、
「怠け者でも、食い殺さずにすみましたから―」
と今までに見せたことのない笑顔で笑っていた。
16/07/11 00:44更新 / MADNAG

■作者メッセージ
もっと旧時代から新時代に変わる過程の作品が増えて欲しいなと。

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