連載小説
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第四話:救えぬ救い
ああ、くそ。あたま痛ぇ。

もうすぐ三十路を迎える男、鎌居凪は人化したお涼に膝枕をされながら激しいまぐわいの後遺症とも言える全身の気だるさ、並びに頭痛と闘っていた。
原因はヤリ過ぎのやられ過ぎである。
お涼と行為におよんだ時は大抵こうなる。いや、こうならなかった試しなどない。
ただの人間である凪にはお涼の重たすぎる愛を受け止めきることなど出来ないのだ。
それでも、
その愛を受け止めようと必死になっている凪をお涼は好きで、
こんな己でも傍に居てくれるお涼を凪は嫌いになれなくて、
だからきっと、
ずっと先まで二人の関係は、
恋人以上夫婦未満。

「凪、大丈夫?」
「だいじょぶな訳あるか、だぁほ。だいたいよ、後になって詫入れるくれぇなら、ちっとばかし手加減してくれたって良いじゃねぇか。」
「ごめん、何かこう一度火がついちゃうと止められなくって。」
「よしてくれ、師匠じゃねぇんだから。こんな事続けてたら仕舞いに俺ぁ干からびるぞ。」
「もしかして、師匠の方が気持ちよかったとか言うんじゃないでしょうね?もっと、も〜っと苛めて欲しいのかなぁ?」
お涼が見せる黒い笑顔、嫉妬の塊に能面を貼り付けたような笑顔。
「そういう意味じゃねぇよ、やり出すと止まらないのが師匠と似てるってこった。」
もっとも、師匠の場合はやるではなく殺るなのだが。
死合って、技を教わって、また死合って、飯を食って、さらに死合って、眠ろうものなら喉元にその鎌を突きつけられる。正直、生きていられた事が奇跡にしか思えねぇ。
魔王という奴にゃ会った事がねぇが、感謝しなけりゃならねぇだろうに。
師匠は蟷螂・・・マンティスなんだから。
人づてに聞いた話によると、現在の魔王が即位してから魔物の生態が大きく変わったらしい。
見た目は女人のようになり、
人の精を主食とし、
人と子をなす事も出来るという。
最も、俺にとって一番影響が大きかったのは人を殺める事に強い嫌悪感を覚える事だったんだが。
そうでなけりゃ出会った瞬間に食べられていた。
無論、性的な意味ではなしに。
梅に言われて始めて意識したのだが、師匠と過ごした時間の大半を死合っていた俺はどうやら他人の殺意に対して敏感に反応するらしい。
今日の昼間にあの野郎の暴挙を止められたのもそれが理由。
まあ、こんな才能があった所で誰一人幸せに出来ねぇんだけどな。
卑屈な気分になるのは無しだ、空気が不味くなる。
雑多な思考を意識の向こう側に沈め、息を吐く。
疲れた時ぁ、横になるのが一番だ。
枕が情人の膝なら更に良し。

何をするにも弛緩した気分の中、己の愛する人と一緒の時間を送る。
きっと贅沢な時間の使い方なんて言うのはこういう物なんだろう。
ふと、違和感に気づく。
先程までこの場に漂っていた気だるい空気の中に刺激物が混じる。
刷り込みによって鍛え上げられた感覚は“それ”を神経反射の領域でとらえる。
それは、殺気。
鋭利な矛先を向けられた誰かではなく、不特定多数の誰か。
噛み砕いて言うならば、『誰でも良いから殺したい』という感情。
まったく、めんどくせぇことしやがって。
すごく乗り気がしないがお涼の膝から身体を起こす。
「どうしたの?まだきついんじゃないの?」
「ちょいと野暮用だ、しばらくそこで待ってろ。」
おめぇに笑ってて欲しいから、俺はこの手を血で染める。
おめぇに幸せになって欲しいから、俺は外道に成り下がる。
だから、そんな悲しそうな顔すんじゃねぇよ。
「・・・気をつけてね。」
俺を送り出すお涼の右手の指先に、糸で締め付けられた痕を見つける。
まさか・・・冗談・・・だろ?
その事実が嘘である事を願いながら、俺は部屋を後にした。

あーあ、気づかれちゃったか。
この痕は糸の痕、
血染めの朱い糸の痕、
凪と私をつなぐ糸の痕、
たとえこの身が朽ちて果てても、
彼を一人にさせない為に、
私はこの糸を結びつける。



案の定というか何というか、
悪い勘ほど良く当たる、
外に居たのは一人の男、
昼間見かけた一人の男。
「それで、若ぇの。いってぇ何の用だ。」
殺気を放つ当人、気味の悪い男は答える。
「退いて下さい。どうしても退かないって言うなら、僕は貴方を殺さなくちゃいけない。」
「そいつぁ面白ぇ冗談だ。誰が、誰を殺すって?」
凪は殺気を放つ、鋭く、ただ鋭く、研ぎ澄まされた気の刃、彼の師が好んで使う第三の刃、不可視の刃。
その刃は精神に届く、届く刃はその精神に深く死の幻影を刻み込む。
男は武器を取り落とす、膝が笑って使い物にならなくなる。
やっぱりな、怒りで人を殺そうなんて奴ぁ大抵心が弱ぇ。
凪は間合いを詰める、一歩また一歩と詰めるごとに相手に圧を掛ける。
男の身体が震える、詰め寄られるたびにその震えが大きくなる。
ついに手の届く距離になった時、凪は男の肩を叩く。
言いしれぬ恐怖に男の身体が跳ね上がる。
「若ぇの、驚かして悪かったな。飲みに行こうや、俺のおごりだ。ついでに、悩みがあるなら聞いてやるぜ。」
凪は男の手を引いて歩き出す、手を引かれバランスを崩した男が反論をあげる。
「ちょっと、僕はまだついて行くなんて一言も言ってませんよ!離して下さい!」
「おめぇつまんねぇ男だなぁ、俺がおごってやるって言ってんだ観念して付いて来やがれ!」



ここは凪がよく行く安飲み屋、店の構えは汚ないし、きれいな嬢ちゃんが居る訳でもない、それでも出す酒だけは変わらない。
「おやっさん、飲み放題二人分。それと迷惑料だ。」
凪は机に小判を叩きつける。
「凪坊困るぜ、こんなに出されたら返してやれる銭がねぇ。」
「良いんだよ、取っといてくれ。それと、凪坊は止めてくれ。俺ぁもう三十路越えるんだぞ。」
「分かった。返さねぇからな、絶対返さねぇからな!で、何飲むんだ?」
「いつもの鬼ころしと・・・そうだな、一番強ぇやつを頼む。」
「おめぇ運良いなぁ、丁度今日珍酒“赤鬼ころし”が入ったところだ。こいつはどうする、冷か?それとも熱燗か?」
「冷で頼むぜ。ほら、おめぇも突っ立ってねぇで早くこっち来て座りな。」
男二人、並ぶようにして店主と対面する席に座る。
「ほら、こいつが件の赤鬼ころしだ。いつものはもう少し待ってろ。」
小気味のいい音を立てて机の上に徳利が置かれる。
そいつを俺は左手で掴み、
「若ぇの、ちょいとこっち向いて口開けろや。」
気味の悪い男が気を抜いてこっちを向いた瞬間、徳利の中身を一気に口の中に流し込んだ。
強い酒を一気に流し込まれればどうなるか、よい子は絶対に実験してはいけない。
男はその中身を吹き出した。吹き出し、更に咳き込む。しばらくたって男の呼吸が一段落付いた時、男は声を荒げる。
「いきなり何するんですか!」
「どうもこうもねぇよ。今までてめぇがやってきた事も、今俺がやった事も、根っこの部分じゃ何にも変わりやしねぇ。他人様の気持ちを無視しててめぇのやりたい事を押し通す。どうだ、餓鬼みてぇで格好悪いと思わねぇか?」
「あなたに、あなたなんかに何が分かるんですか!僕がこんなに苦しんでるって言うのにヘラヘラ笑っていられるあなたに一体何が分かるって言うんですか!」
「分からねぇよ、知る訳もねぇ、俺ぁ神や仏じゃねぇんだ。他の奴らだってそうだ、てめぇの腹の中なんて誰にも分からねぇ。だから平気でてめぇの事を傷つける。でもな、そんなこたぁ皆同じなんだ。傷ついて、苦しんで、血反吐吐くような思いして、それでもちゃんと地に足着けて生きてる。おめぇさんはどうだ?てめぇだけが苦しんでると思って必死で生きてる奴らを平気な顔して傷つける。そいつぁ、男のすることじゃぁねぇだろう?」
「じゃあどうすれば良いんですか!僕の中にある怒りは!恨みは!憎しみは!どこに向ければ良いんですか!」
男は叫ぶ、まだ叫ぶ。この程度では彼の中に溜まった負の感情は出きらない。
「んなもん知るか。若ぇの、一つだけ教えてやる。いい男ってやつはな、自分の苦しみを腹ん中に抱えて墓場ん中まで持って行くんだ。そうしたらおめぇも、ちったぁいい男になるだろうよ。」
「それでどうするんですか、もてて、女が寄ってきて、また騙されて、そんなことを繰り返して生きろって言うんですか?僕はごめんです、そんな生き方をするくらいなら今のままで結構です。」
男だって元から女が嫌いだった訳じゃない、むしろ好きだ、好きだった。
「まったく、おめぇさんも面倒なもん抱えてんな。飲め、とりあえず飲め、いいから飲め。飲んで吐いて、すっきりさせて、それからてめぇと向き合ったらいい。そうすれば何かいい方法が見つかるはずだ、気楽に考えろ、なるようになる、ってな。おやっさん、こいつがつぶれるまでなんか適当なもん飲ませてやってくれ!」

時は流れる、
酒は回る、
男は潰れる、
「凪、こんなんで本当に良かったのか?」
店の主人は問う。
「良いんだよ、これで。あんまり助けすぎるとこいつ自身が無くなっちまう。自分の頭で考えて、自分の身体で行動して、そうして始めて、そいつが生きてる価値がある。何かのきっかけで道を外したら元の道まで引きずってくるのが周りの奴らの役目、そっから先は一人で歩いて行かなくちゃいけねぇんだ。」
人の考えを縛って、人の行動を縛って、つまらねぇ生き方を強要する、
だから俺は、教団が嫌いだ。
「あとこいつ、貰っちまって良いのかよ?」
主人は小判を手に持って見せつける。
「良いんだ。」
短く一言。
元々この金は綺麗な金じゃねぇ、殺しの稼業で手に入れた汚ねぇ金。
それでも、小判一枚で人一人救えるなら上出来じゃねぇか。
「そういや凪、お涼ちゃんはどうした?」
お涼と行為に及んだあとは必ずここに来るのが決まりって・・・、
「ああああああああああああああああああああああ!やべぇ、茶屋に残してきたままだ。」

その後、お涼が満足するまでこってり絞られましたとさ。
11/09/21 00:08更新 / おいちゃん
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■作者メッセージ
お久しぶりです、17日ぶりです。おいちゃんです。
あまりの新着欄の流れっぷりにROM専と化していたおいちゃんです。
待っていた人はいるのだろうか?
ハッピーエンドのようですが、まだ続きます。

次回『仕事を終えたら、仕事だぜ。』

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