連載小説
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事件ときっかけ
『俺は結局、なんでこの孤児院で働いているんだ……?』

夕飯の準備に、じゃがいもの皮を向きながらクリスは呆然と考える。アイシクルに指摘されてから一週間くらい考えているが、いまだに答えは出ない。

「……手が止まっているわよ」

不意に声をかけられて思わずジャガイモを手から滑り落としそうになった。ジャガイモをつかみ直して、声がした方向に振り返る。アイシクルがいつの間にかキッチンに入っていてクリスに声をかけていた。

「……すまない。考え事をしていた」
「ならいいんだけど……それにしても、振り向くだけでもあなたは怖い顔をするのね」

呆れたようにアイシクルはため息混じりに言った。その言葉に少しクリスは眉を寄せる。

「じゃあ何だ。俺はお前に声をかけられてニヤニヤと笑っていればいいのか?」
「そうは言っていない。でも、傭兵の顔を今する必要はないんじゃない? 少なくとも……」

一度アイシクルは言葉を切り、クリスの前に来た。そしてまっすぐクリスを見る。彼女の目をクリスは真正面から受け止めた。またそうやって睨む、とつぶやいてから、つぶやいてから切った言葉を続けた。

「子ども達にそんな顔をするべきじゃない」

アイシクルは覗き込むように腰をかがめてクリスに顔を近づけた。

「分かるでしょう? 子ども達があなたを避けているのが……理由は簡単。あなたが怖いからよ」
「……!」

思わずクリスは彼女から目をそらした。普段だったら絶対にそんなことはしない。しかし、あまりに的を射た発言に返す言葉はなく、完全に彼女の言葉に押されてしまっていた。そんなクリスに畳み掛けるようにアイシクルは言った。

「あなたは両親を殺されて、傭兵を怖いと思ったんでしょう? その傭兵の怖さをこの孤児院の子どもに撒き散らしてどうするのよ?」
「……だからって、どうしろって言うんだよ……」

ぽつんと、クリスはつぶやいた。吐き捨てるような感じではなく、まるで血を吐くかのような言葉。普段の彼からでは考えられないような調子にアイシクルは少し困ったような顔をした。

「さぁね、私には分からないわ」
「おいっ!」
「危ないってば! まずはそういうところを直しなさい」

突き放すようなアイシクルの言葉に思わずクリスは立ち上がった。アイシクルが軽く身体を反らして押さえ込むように手を突き出す。包丁を持ったままクリスは立ち上がっていた。自分のしたことにクリスはバツが悪そうに突っ立っていたが、どかっと椅子に腰を下ろして再びジャガイモを剥き始めた。ムスッとした調子で皮剥きを続けるクリスに、アイシクルはなだめるように言う。

「……とりあえず、怖いだけじゃないことをアピールすればいいと思うわ」
「そうだな……それにしても、お前がそんなふうにアドバイスをするだなんて、ことさらなことだな……」

不意にクリスに言われてアイシクルはウッと詰まった。クリスから目をそらす。少々どもりながら、クールなはずのグラキエスが言い訳をする。

「まぁ……このままずっと見ていても進展がなさそうだったし、見ていられないし……それに、そう! フロワアイル様にあなたの面倒を見るように言われていたのだから、これくらいは……どうしたの? また怖い顔に戻って……」
「なぁ……」

アイシクルの言葉を遮りながら、クリスは低い声で唸る。ナイフとジャガイモを置いて彼は立ち上がり、言った。

「……外が騒がしくないか? それに、何か焦げ臭いぞ……?」







村にある二階建ての長屋が火事だった。クリスがさっきジャガイモを向いていた通り、今は夕食の調理にかかるような時間。その調理の火が火元だったのだろう。木造だったから火の回りは早かった。長屋は完全に火に包まれている。

「あ、氷の精霊様! 貴方様の魔法でなんとかなりませぬか!?」

火消しの指揮をとっていた村長が、駆けつけたグラキエスのアイシクルを見てすがりつくように訊ねる。だがアイシクルは首を横に振った。

「いくら私の魔法を用いたとて、この火は消せない……延焼を防ぐためにも、潰したほうがいい……」

随分荒っぽい意見だったが、クリスも彼女と同意見だ。アイシクルの本気の魔力がいかほどかは知らないが、この燃え方だと土砂降りの雨が降ったとしてもそう簡単には消えないだろう。この家を潰すのがベストだ。自分も手伝おうとしたとき、クリスは人に取り押さえられていてもがいている男を見つけた。何事かと思ってみていると、その男は今燃えている長屋に飛び込もうとして押さえられていた。

「離してくれ! 妻と子どもが中にいるんだ……!」
「よせ! 気持ちは分かるがお前まで死んでどうするんだ!」

どうやら長屋の中にはまだ人が、それも女と子どもがいるらしい。よく耳を澄ますと、子どもの泣き声のようなものも聞こえた。考えるより先に身体が動く。近くの人が持っていたバケツを奪い取り、クリスは頭から水を被った。雪山の村の水ゆえ非常に冷たかったが、気にならない。そのまま、村人やアイシクルが制止するより先にクリスは燃え盛る長屋の中に飛び込んだ。







火攻めになった城に突入させられたこともあったから、火の中を進むのは慣れてはいた。しかしクリスとて人間だ。熱いものは熱いし、体力とともに目や喉の水分が熱で奪われていく。クリスは意識を集中させて耳をすませた。子どもの泣き声は上の階から聞こえてくる。少し先を見てみると、階段があった。柱に火が燃え移っているが、まだなんとか燃え崩れることはなさそうだ。崩れるより先にその階段を駆け上がる。子どもの泣き声が近くなった。右手から聞こえる。とあるドアの前でクリスは止まった。

『ここだ!』

そのドアを蹴破る。果たして部屋には母と泣いている子の姿があった。母親の腹は大きく膨らんでいる。そして二人は上から落ちてきたらしい、燃えている天井の梁に逃げ道を阻まれていた。

「助けに来たぞ!」

叫びながらクリスは逃げ道を塞いでいた梁を蹴り壊す。燃えていたからか、あっさりとそれは折れた。助けが来ると思っていなかったのだろう。母親と子どもは目を丸くしていた。

「もたもたするな、早く来い!」

クリスが怒鳴ると二人はよろよろと立ち上がった。そのまま三人は一緒に部屋を出ようとする。しかし、突然別の梁が焼け落ちてきた。

「がっ……!」

咄嗟にかばったクリスが苦痛の声を上げた。彼が掲げた右手に燃えている梁が降り注ぐ。腕が折れたりはしていないが、熱で彼の腕の一部がただれる。舌打ちをしながらその梁を蹴飛ばした。しかし、トラブルはそれだけではなかった。クリスが登ってきた階段が、焼け落ちてしまっていた。クリスなら飛び降りればいいだけだが、二人はそうは行かない。特に、母親は。

「くそっ!」

毒づいている彼に、母親はそっと子どもを押しやった。

「この子を頼みます。私はここまでのようです……」
「ばっきゃろー! 簡単に諦めているんじゃねぇ!!」

母親の言葉を遮り、クリスは怒鳴る。しかし母親はひるまない。やはりかとクリスはくちびるを噛む。村を何度も攻撃したことのあるクリスは知っていた。子どもを守ろうとする母親は剣をちらつかせようが、殴りつけようが、ひるまないことを。最終的には兵士に襲いかかったが、自分の母がそうだった。しかし、今は少し状況が違う。今、クリスは二人を助けようとしている状態だ。それなのに子どもを守るためと言って自分を犠牲にしようとしている母親に苛立っていた。たしかに、このままぐずぐずしていたら二人共、それどころかクリスも焼死する可能性がある。
だが

「簡単にガキのためとか抜かして無責任にコイツや旦那をひとりにしようとするんじゃねぇ!」
「言うようになったじゃない」

クリスの叫び声に母親ではなく、別の女の声が応えた。次の瞬間、親子がいた部屋から猛烈な風が冷気と氷とともに轟音を立てながら舞い込んできた。吹き荒れた風で、その部分だけは消火される。そこからふわふわと浮かんでいる女の影が現れる。アイシクルだ。

「こっちよ。用意はできているわ」

唖然としているクリスたちにそう言ってアイシクルは部屋に入っていった。クリスたちもそれに続く。部屋にはアイシクルがぶち破ったらしい大穴が壁にできていた。外では村人たちが大きなクッションを用意しており、そこに降りる作戦だった。







数分後、全員無事に火事の長屋から脱出できた。二階から飛び降りることになったが、子どもはクリスが抱えることで、母親はアイシクルが抱えて浮遊しながら降りることでなんとかなった。妻と子が救出されたことに、男は半狂乱になって喜んだ。無事に再会できて抱き合う親子を見ながらクリスはホッと息をつく。

「無事で良かったよ……」
「『人間なんて獣と一緒だ。食うか食われるか、それだけだ』なんて言っていたあなたらしからぬセリフね」

クリスの横で一緒にその様子を見ていたアイシクルが、クリスをからかう。そしてなにより、とアイシクルは続けた。

「さっきは随分暑苦しいセリフを吐いていたわね。本気なの?」
「……まぁな」

少し照れくさくなり、頬をポリポリと掻きながらクリスは言った。だが、確かに本気だった。自分自身が、両親の死によって独りになった。あのときの両親の行動を責めるつもりは全くないが、あの行動でクリスが天涯孤独の身になったのも事実だ。また、自分が今まで傭兵として働いている際に、何人も孤独な人を作ってしまった。これ以上、孤独な人を作りたくないという気持ちがあったのだろう。そして、今孤独で苦しんでいる者をこれ以上苦しめたくなかった。だからこそ……

「俺は孤児院で働こうと思ったのかもしれないな……」
「そう、やっと分かったのね」

ふっとアイシクルが笑う。アイシクルが笑ったのをクリスは初めて見た気がした。 だがすぐにむっつりとした表情に彼女は戻る。

「だと言うのに、あなたは本当に愚かだったわね。子ども相手にあんなに怖い顔して、乱暴に行動して……」
「う、うるせぇな。もうしねぇよ」

そっぽを向くクリスにアイシクルはさらに容赦なく言葉を浴びせる。

「おまけにさっきも一人勝手に飛び込んだ……あなたも死ぬかもしれなかったのよ? 私のことも考えて欲しかったわね」
「お前それ、どう言う意味……?」

思わぬアイシクルの言葉にクリスは聞き返す。だがアイシクルは相変わらずのすました表情で応えた。

「……別に。フロワアイル様に、人の命を守るように言われているし、勝手に死なれたら私の目覚めも悪いし……」

そう言いながらアイシクルはクリスの右腕を取った。つられるようにしてクリスも腕を見る。その時やっと彼は自分の腕にやけどがあったことを思い出した。上から落ちてきた燃えている梁から身を庇おうとした時に出来たものだ。
アイシクルがそっとそのやけどしたところに手を当てる。彼女の冷たさが心地いい。
だがその時、アイシクルの身体がぐらりと傾いた。

「お、おい!? 大丈夫か?」
「……ちょっと魔力を使いすぎたようね……」

燃え盛る長屋に突入した時の話だろう。あの時、彼女は魔法を使って吹雪を起して長屋の一部を消火した。長屋全体を消火するのは無理と言っていたが、部屋の一つの消火だけでもかなりの負担だったようだ。

「困ったわね……あなたの腕も治さなきゃ後々どうなるか分からないけど、私も疲れたし……仕方がない」

ぶつぶつとつぶやいていたアイシクルだったが一人頷き、そしてひらりとクリスに向かって手を振る。たちまちのうちにクリスは耐え難い眠気に襲われた。まるで、緊張の糸が切れて一気に疲労感が吹き出たかのようだ。

「な、何をした……?」
「寝なさい。その間にその腕と私自身をなんとかしておくから……」

そこまで聞いたところでクリスの身体から力が抜ける。膝から崩れ落ち、そのまま突っ伏すようにして倒れた。そして偶然か、アイシクルも一緒に倒れ込む。

「大変だ! クリスさんと氷の妖精さんが倒れられたぞ!」
「と、とりあえず二人の部屋に!」

村人たちの声を遠くの方に感じながら、クリスは意識を手放した。


13/01/14 22:59更新 / 三鯖アキラ(旧:沈黙の天使)
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■作者メッセージ
こんにちは、私が住んでいるところは結構な雪です。
積もらないという予報だったのに積もっていますorz
そんなわけで(?)グラキエスSSを更新しました。
ようやくクリスは自分がなぜ孤児院で働いたか理由を見つけ、これからどうしたいかも理解しました。
そんな風に成長したクリスを見てアイシクルもちょっとにっこり。
さて、いよいよ次で最終回、エロもあるよ!
うまくつなげられるか……頑張ります……(汗)

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