連載小説
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新たな仕事と悪夢
「おら、飯だ。さっさと食え、ガキ共」

無愛想でつっけんどんな言葉とともに、大きな鉄鍋ががつんとテーブルに置かれる。そんな乱暴な置き方をしたのはクリスだ。呼びかけた子どもは近寄らない。スープのお椀を持ったまま、テーブルから少し離れたところで恐る恐ると言った感じでクリスを見ている。苛立ったようにクリスは腕を突き出す。

「さぁ、盛るから早くしろ……!」

クリスの声に苛立ちが混じったのを感じ取った子ども達はおずおずとクリスの前に進み出て、お椀を差し出した。お椀を受け取るとクリスは無造作にスープをその中に入れて子どもたちに渡す。鍋の粗雑な置き方からは想像しにくいが、スープはこぼれない。食に困ることもある傭兵ゆえ、食べ物を無駄にしないよう、こぼしたりすることは許されないのだ。
10人ほどの子どもと老シスター、そしてクリスはテーブルにつき、ジャガイモとニンジンが入ったスープの食事を始めた。部屋にはスープをすする音と、はふはふと冷ます息の音だけが響く。誰も一言も発しない。その沈黙はスープに夢中になっている物ではなく、どこか重苦しい物があった。その中で、クリスは真っ先に食事を済ます。素早く食事を済ませるのは、戦争で鍛えられているのだ。

「……クリス、ちょっと来て」

クリスが食事を終わったのを見計らったように、アイシクルが姿を現す。クリスは軽く舌打ちをした。アイシクルと会ってそろそろ一ヶ月経つが、未だに彼女の魔力によりもたらされる寒気と孤独感に慣れない。できればクリスは彼女と接したくなかった。加えて、こう呼び出されたら小言を言われるのがお約束だ。いい気分のはずがなかった。しかし、彼女の命令には従わなければならない。今、自分があるのは彼女のおかげなのだ。

「……ごっそさん。片付けまでには戻る」

そう言ってクリスはテーブルを立ち、アイシクルに続いて出て行った。ふぅ、と子ども達と老シスターが一斉に息を吐き出す。彼がその場からいなくなると同時に、重苦しい雰囲気も消えた。そのことを、彼は知らない。





「……なんだよ?」

二人は裏口から出た。ポケットに両手を突っ込んで壁に寄りかかりながらうんざりしたようにクリスが言う。その壁の建物は、孤児院だ。
アイシクルに助けられてしばらくして、クリスはここで働くこととなった。彼が仕事を探すのは少々苦労した。この村は雪山の中にあるため、傭兵などは雇っていない。ゆえに彼は仕方なく力仕事を探そうとしたのだが、宿屋の者からも市場の者からも、怯えたように断られた。そんな彼が次に訪ねた先が、この孤児院だった。孤児院の管理人である老シスターも少々クリスには怯えた様子であったが、それでも彼を受け入れ、使っていなかった一室をクリスと、彼を見ているアイシクルのために空けてくれた。
こうしたことがあってクリスは孤児院で働いているのだが、なかなかうまく行かない。アイシクルに呼び出されて説教をされるのはこれで3回目だ。

「なんだよ、じゃない。何なの、あの鍋の置き方は?」
「……おマナーの説教か? あいにくだが俺は……」
「そうじゃない。他にもあの口調とか……何なの? 子ども達は怯えていたわよ。分からないの?」

少し、クリスは詰まった。クリスとて自覚がないわけではない。この孤児院に転がり込んで一ヶ月弱経つが、未だに彼は子どもたちに馴染んでいない。ある程度は彼は子ども達に馴染もうと努力をした。しかし、彼が話しかけると子ども達は顔がひきつるのだ。そして向こうから話しかけてくることはまずなかった。

「……分かってるさ」
「じゃあ何で態度を変えないのよ」
「変えられたら苦労しねぇよ。ってかお前こそ態度を変えろとかなんだとか偉そうに言う割には具体的に何も言わないじゃねぇか」

言われてアイシクルも詰まる。彼女をやりこめて少しクリスは気分がスッとした。しかし、少しだけ。傭兵一筋で生きてきた彼は口喧嘩などでも負けまいとしていた。それで負けていたら依頼主に良い様な額で仕事を依頼されたり、街のならず者に金を奪われたりするからだ。そして相手を口喧嘩で打ち負かした時はいい気分に浸れた物だった。だが今は、少し申し訳ない気分になる。なぜかは分からない。

「だいたいにしてアイシクル。フロワアイルとか言う奴はなんでお前を俺につかせたんだよ。人間に興味がなくて感情がないようなお前を」
「……知らないわ。私はフロワアイル様の命に従っただけよ。そんなあなたにこそ、私の方から前から訊きたかったことがあるわ」

質問の答えを濁してアイシクルは話題を変える。普段のクリスだったらそこで逃げるんじゃないと強引に追求を続けて相手を困窮させていた。しかし、アイシクルが訊ねた内容に思わず言葉が詰まり、それができなかった。

「なんで貴方は孤児院で働こうとしたの? 他にも大工とかの選択肢は残っていたでしょう?」
「……――」

クリスはそっぽを向き、嘆息とも唸り声ともつかない声を上げた。そしてぼそりと答える。

「なんとなくだ」
「……そのあなたの気まぐれで、孤児院のシスターや子ども達に迷惑をかけているわけ?」
「うるせぇな、もう良いだろ」

吐き捨てるようにクリスは言って話を切り上げた。正直、アイシクルの言うとおりだ。仕事は他にも選択肢はあった。しかし、なぜか自分は孤児院の仕事を他の物より選んだ。理由は自分でも分からない。分からない以上、なんとなく、と答えるしかなかった。
軽くクリスは身震いする。アイシクルからもたらされる寒気が身体に染みた。

「俺はいくぞ。皿洗いとか片付けがある」
「……行ってらっしゃい」

二人の、孤児院での会話はもやもやとしたまま、これで終わった。





『なんで貴方は孤児院で働こうとしたの? 他にも大工とかの選択肢は残っていたでしょう?』

ベッドに入ったクリスは夕食後に、アイシクルに言われたことを考える。時は深夜。上弦の月が沈もうとしている頃。あれからずっと自分の中でクリスは考えていた。なぜ、孤児院を選んだのか。手がかりの一つは掴んだ。

『俺も、孤児だったからだ』

そう、クリスも孤児だった。もともとクリスはとある農村で父と母と妹と4人で暮らしていた。しかしある日、戦争で父と母は殺された。だから、孤児たちにどことなく、親しみのようなものを覚えていたのかもしれない。

『けど、それだけなのだろうか……うっ……』

寒気で考えが途切れた。寒気の原因は、自分から10フィートほど離れたところで寝息を立てているアイシクルだ。先程も述べた通り、クリスの面倒を見ているアイシクルは彼と一緒の部屋で眠る。はっきり言って、クリスにはいい迷惑であった。寝るときも彼女にもたらされる寒気に震えなければならない。しかし問題はさらにある。
アイシクルが女であるということだ。クリスが今まで抱いた女の中でも、アイシクルは極上の女と言えた。流れるオーロラのような髪。すべすべした肩と背中。毛布を押し上げている胸。全てが目の毒だった。そんな女が自分と同じ部屋で寝ているとは、男であるクリスにとって拷問である。何度襲ってやろうかと思ったか分からない。いや、実際に襲ったことがある。その時は相当ひどい目にあった。すんでのところで起きたアイシクルは氷の魔物だと言うのに烈火のごとく怒り、猛吹雪でクリスを半殺しにした。それに懲りてクリスはアイシクルを襲っていない。最強の傭兵と謳われたこともあったクリスにとっては屈辱的ではあったが、人間ではないグラキエスに正面切って戦うのは無理だと悟った。

『ったく、何だってこんな拷問みたいな状況になっちまったんだ……』

愚痴のような物が自分の中で沸き起こり、考えが乱れる。こうなってしまったらもう考えても何もまとまらない。寝てしまおう。そう思ってクリスは毛布を頭から被った。寒気はあったが、疲れた身体はすぐに眠りの世界へと誘われた。





「おらー、食いもんよこせー!」
「や、やめてくれ! それを持っていかれると生活が……!」
『やめろ、やめてくれ……!』

なんだってこんな時に、とクリスは思う。自分でも分かる。今、自分は夢を見ている。13年前のあの日……クリスが住んでいた村に傭兵達が攻めてきた。家は焼き払われ、食料は強奪される。クリスの家にも二人ほどの傭兵が押し入ってきた。クリスの父はそれを懸命にとめようとしたが。

「はっ、知るかよ!」

吐き捨てるような傭兵の言葉とともに肉を貫く嫌な音と呻き声が響き渡る。次の瞬間、クリスの父はどうと音を立てて倒れた。それを夢の中でクリスは、当時のクリスの視点で見る。これはクリスの記憶の再現だ。だから、次に何が起こるかよく分かる。

「あなたぁ! くっ、よくも……!」

クリスを庇いながら、母親が包丁を構える。しかし

「あぶねぇなぁおい!」

傭兵が無造作に剣を振るう。胸から首にかけて切り裂かれ、母親も倒れた。

「おいおい、女を殺してどうするんだよ」
「いや、包丁振り回されたら危ないだろう」

ちょっと言い争いをしながらも、傭兵たちはいやらしく笑っている。そしてクリスに手を伸ばそうとした。売ればいくばくか金になると思ったのだろう。

「うわああああっ!」

次の瞬間、クリスは母が持っていた包丁を手に取り、兵士に突進していた。虚を突かれた兵士はクリスに押し倒される。次の瞬間、クリスはその兵士を包丁で刺した。鎖帷子で守られていない顔を何度も何度も。響き渡る絶叫、手に伝わる鈍い感触。背後にもうひとりの兵士が迫るのを感じてクリスは刺していた兵士から退く。そして迫っていた兵士も押し倒して刺そうとした。
実際は、ここでクリスはその兵士も刺し殺した。しかし、クリス少年の手がわずかに止まった。今、包丁を眉間にふり下ろそうとしている男の顔は、クリスだった。

『な……何!?』

夢を見ているクリスは驚いた。そして、なんでもアリの世界の夢ならではのことが起こる。視点が少年のクリスから、今その少年に押し倒されている傭兵の物に変わった。鬼気迫るクリス少年の顔が目の前にあった。

『ま、まさか……!?」

そのまさかだった。少年の振り上げている包丁が振り下ろされる!

『うわああああああっ!?』





「うわあああああっ!?」

現実世界でも声を上げてしまったようだ。その自分の声でクリスは目を覚ました。本当は同時に身体も反射的に跳ね起きるはずだった。しかし、頭を何かに押さえつけられてそうはいかなかった。

『な、なんだ!?』

パニックに陥っている頭で状況を把握しようとする。頭には何か冷たい物を乗せられている。後頭部にも何か冷たい物を感じた。氷と同じくらい、それらは冷たい。

『氷……?』
「……目を、覚ました?」

そこまで知覚したところで、声をかけられた。いつものように冷たい調子だが、どこか気遣うような調子も見える声。

「アイシクル……」
「目を覚ましたようね」

離れたところで寝ていたはずのアイシクルがそこにいた。クリスの額に手を当てている。

『とすると、この頭の後ろにある感覚は……!?』

クリスの頭のすぐ横にはアイシクルの平らでくびれている腹がある。つまり、彼の後頭部にあるのは彼女の太腿。クリスはアイシクルに膝枕をされていた。あまりのことにクリスは思わず手足をバタつかせてベッドから飛び降りようとした。

「……私を襲おうとしたこともある人間が何故逃げる?」
「いや、普通驚くだろう! ってか、なんでこんなことしているんだよ!」

アイシクルに言われてもがくのをやめたクリスだったが、まだ落ち着いてはいない。少し裏返った声でアイシクルに訊ねる。

「うなされていたし、汗まみれだったから、拭いた。熱も少し出ていたようだから、私の手で冷やした」
「いや、だからって何も膝枕しなくたっていいじゃねぇか……」
「この方がやりやすかった」

クリスの言葉にアイシクルは淡々と答えた。そして続ける。

「少し、貴方は無理をし続けていたようね。やり方はどうしようもなくまずかったけど、頑張ってはいた」
「……どういう風の吹き回しだ? お前が俺を褒めるなんて」
「褒めているつもりはない」

すげなくアイシクルはクリスの言葉を否定する。
しばらく、部屋には沈黙が漂った。その沈黙を破ったのはクリスだった。

「俺は何か、寝言を言っていたか?」
「……やめてくれ、とは言っていたわね。ただ……」

ただ、と言った次の瞬間、アイシクルの端整な顔が酢でも飲んだかのように歪んだ。自分が言いすぎたことに気づいたのだろう。しかし、口にしてしまったものは仕方がない。いつものすました顔に戻ってアイシクルは続けた。

「あなたの夢は……のぞき見するつもりはなかったんだけど、見てしまった……」
「そうか……」

自分の過去を勝手に見られたのはあまりいい気持ちではなかったが、今更という気持ちもあった。聞かれてもいないのにクリスは夢の続きを、過去に起きた事実を語る。

「二人の傭兵を殺したところで俺は、他から駆けつけた傭兵に押さえられた。子どもが二人の傭兵を殺したと言うことで腕を見込まれて、俺はその傭兵部隊に入った」

クリスの頭に手を乗せたまま、アイシクルは表情を変えずに頷き、続きを促した。

「入った俺は誰よりも訓練した。そして、傭兵の8年後、16才の時に傭兵を率いていた部隊長を殺した。親の仇討ちってのもあったが、それでのし上がったのも事実だな」

クリスのした行動にアイシクルはかすかに眉を寄せた。人間に興味がないというグラキエスでも、やはり人が死ぬ話を聞くのはあまり気持ちいい話ではないようだ。だが、クリスのしたことは事実だ。話は続く。

「それからは俺がその傭兵部隊を率いた。金を払ってもらえば指示通りに軍隊を攻撃したり、村で略奪をしたり……」
「……つくづく、貴方はバカね」

クリスの話を遮り、アイシクルがぽつんとつぶやいた。それを聞いてクリスは逆上する。

「バカとはなんだ! バカとは!」
「……あなたはなぜ、孤児院の仕事をしているの?」

まるで脈絡のない話を唐突にされ、クリスは不意をつかれて黙る。黙っているクリスにアイシクルは続けた。

「私は分かった気がする。あなたがなぜ孤児院の仕事を選んだか」
「人間に興味がないくせに、人の心が分かったかのような口を聞きやがって……で、何なんだよ、それは」
「……あなたが自分自身で見つけなさい」

突き放すようにそう言ってアイシクルはクリスの頭から手を退けた。さらに、そっと膝を抜いて彼の頭を枕の上に戻す。そのまま彼女はクリスに背を向けて自分のベッドに戻っていく。

「ま、待ってくれ!」

クリスはアイシクルの背中に手を伸ばす。布団の中にいて暖房が暖かいはずなのに、猛烈な寒気を感じた。おそらく、彼女の魔力による影響だろう。そしていつも見ている悪夢を見たことでクリスの心は普段と弱くなっていた。このまま彼女に離れられると、苦しくて眠れない気がする。苦しさから逃れようとクリスはアイシクルに手を伸ばす。だがアイシクルはクリスを一瞥しただけでこちらには来なかった。代わりにひらりと手を振る。眠りの魔法だったのか、とたんにクリスのまぶたが重たくなった。

「あ、アイシク……」
「人間が眠るまで横についてやるような趣味は、私にはない……けど、安眠できる手伝いくらいは、してあげる……」

伸ばしたクリスの手がだらりと落ちた。身体は少し寒気を感じていたが、意識は泥のように温かい闇の中に溶けていく。その夜は、クリスは夢も見ずにぐっすりと眠った。
13/01/09 23:43更新 / 三鯖アキラ(旧:沈黙の天使)
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■作者メッセージ
そんなわけで2章目です。
もともとこのSSは2章構成の予定で、このエピソードは後編で、地の文でまとめて省略する予定でした。
しかし、何か足りないなと思ってjackry様とたんがん様と若草雅也様に尋ねたところ、もっと詳しく書くべきだと……で、孤児院のエピソードを詳しくし、さらにクリスの設定も少しプラスしました。
いかがだったでしょうか?

さて、膝枕なんかしちゃっていますが、まだまだ好感度は低い状態……ここからどんなエピソードがあるか……
未熟な私ですが、頑張ります。

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