連載小説
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シコい釣り竿
「えーっと、何々、今日はここがポイントなのか……」

スマホを片手に、画面の地図と見比べる。間違いないことを確認して、釣り糸を垂らす。
ここはとある防波堤。場所を教えれば、ロマンを追い求める愛すべきバカヤロウどもが集まってきてしまうかもしれないので場所は伏せるが、休日、車を飛ばした。

「今日こそ釣り上げてやる……」

釣りが趣味である俺は、ある魚を釣り上げようと躍起になっていた。
何をバカなことと思われるかもしれないが、狙っている魚とは、女だった。
もちろん釣竿で釣れるからには人間ではない。魚と言ってくるくらいだし。

ーー人魚。

そんなもの信じていなかったのだが、この目で見たからには信じるしかない。そいつはとびっきりの美人でいい女だった。
ただし、性格に目をつぶれば。

波は比較的穏やかで、そんな不思議が眠っているとは思えなかった。しかし、このアプリが示しているのはここ。スマホの画面には、あいつのアイコンが現在位置に重なっている。

【まもむすGO】

なんでも、魔物娘なるものが、人間の目を盗んでともに暮らしていて、そいつらは女だけで、その誰もがとびきりの美女ぞろいらしい。
このアプリは、自分の攻略可能な相手を見つけ出してgetする。手籠めにしてしまえとか書いてあるから、ヤってオッケーらしい。

始めは眉唾だったものの、釣竿のアイテムがあって、手頃な値段だったものだから、試しにと思って課金してみた。
そしたら釣り竿が現れて、ーーヒットした。

エサに使うように指示されていたのは俺の使用済みティッシュ。
ナニに使用済みかはご想像にお任せする。答えはもう言っているけれども。

ナニをバカな、とは思ったが、そう言う趣旨なら、と思って試してみた。
ーーヒットした。
ただし水着が。

「は……?」と目が点になっていたら現れた。
「きゃーッ、エッチー、私の水着でナニをするつもりーッ」
ベレー帽を被り、ピンクの髪でムチムチの胸を抑えた美女。その手にした俺の使用済みティッシュは、さらに使用済みにされていた。

「ごちそうさま」
なんて口を開けて見せてくるものだから、マエカガミにされた。彼女の後ろからはでっかい魚の尾びれ。

ーー人魚だった。否(いや)、痴魚だった。

アプリのアイコンによるとメロウらしいが、あいにく人魚とどう違うのかわからなかった。
大事なことは彼女が俺のどストライクで、彼女なら下半身のオプションなど構わない、と言うかそれがないとダメだろうという感じで、このまま彼女をget出来る、と思ったのだが、

「んじゃーねー」
と帰ろうとしやがった。

「おいおいおいおい、ちょっと待て、んじゃーねーじゃねーだろー。お前は俺に釣られたんじゃーねーのかよー」
慌てて引き止めれば、
「えーっ、あなたが釣ったのは私の水着でしょ。私は釣られてないもーん。私を釣りたかったら、その三倍は持ってくることね。オカズもあげたんだし? ほれほれサービスサービスぅ」

チラチラっと指の隙間からピンク色の乳首を見せられたのなら、確かに三倍は出せそうだったけれども、
「ふっふぅー、いい女はすぐには釣られないのよ」
なんて言いながら海に潜っていってしまわれた。

いや、いい女だったら、釣り針にかかった知らない男の使用済みティッシュには引っかからない。まぁ、それはそれでいい女であるのだし、使用済み水着を渡してくれるところなんて、間違いなく貞淑な女性だった。

ただし痴女だ。否(いや)、痴魚だ。

そうして俺は休日になれば、彼女本人を釣り上げるべく、こうしてアプリ片手に出かけるのだった。
どうやって彼女の居場所を見つけ出しているのかは知らないけれども、アプリが示したところに、使用済みティッシュ(三倍)を垂らせば彼女が現れた。

「ちょっとー、あなたナニー、私のストーカー? それとも性犯罪者ー?」
「俺が性犯罪者だったらお前もそうだからな」
「ひどーい、そこに美味しそうな精液の匂いがしたら普通とって食べるでしょ」
「それはない……つーか、だったらお前誰のでも食うのか」
「むぅ、そんな人を痴女みたいに……」
「いや、痴女だろ」
と言うか痴魚。
「べーだ。私はあなたのしか食べたことありませんよーだ。何せ私はグルメだからー。ごちー」
と、尾びれをバシャンと打って海に潜っていく後ろ姿には、きゅぅんとした。
そっか、俺のしか食わないのか……。

だったら腹一杯にしてやるから釣られろよ!
いや、そんな出ないけど……。

彼女からオカズを提供されてばっかりだと彼女の着るものがなくなってしまうだろうから、オカズ自体を使わせてもらってから釣り針につけて垂らしてみた。
それを咥えた痴魚が現れた。

「…………」
フィーッシュ!
とばかりに全力でリールを巻くが、
「ハッ、しまったぁあー!」
と口を開けたものだから、その使用済み水着の使用済みの使用済みが俺に……。
よし、思い出すのはやめておこう。

彼女はケラケラ笑っていた。

そんなことを続けていると、ふと彼女はベレー帽が好きなのかな、とか思って、あるとき使用済みオカズの代わりに釣り針に引っ掛けて垂らしてみた。
すると、すぐに顔を真っ赤にさせた彼女が出てきた。

「ば、ばばばばば、バカッ、そ、そんな……私に帽子を渡すだなんて……そうすれば私のこの帽子をもらえるとでも思ったの!? 私はそんなフシダラな女じゃありませんーッ」
「いや、ティッシュ食う方がフシダラだと思うが……。まぁ、お前に似合うかと思ったんだが、気に入らなかったら捨ててくれ」
「だ、誰が捨てるって言ったのよー! も、もったいないからもらっといてあげるわ。フン」

とか言いながら、オカズを受け取るのも忘れて彼女は去っていってしまった。

次の回は使用済みオカズをつけておけば、新しいオカズじゃなくてサンゴで作ったアクセサリーをもらった。

「ああ、それ、捨てるからあなたにあげるー」
「……ありがとう」
「だからいらないものなんだってー!」
使用済みオカズをひったくると、顔を真っ赤にさせた彼女はバシャンと消えていった。

それから時折、食べ物をくれるようになった。
「あんたの貧弱な精が枯れないようにこれを食べるといいわー」
見たことのない食材だったが、料理されたそれを食べるようになったら、三倍の三倍出るようになった。

「うまかったよ」と伝えれば、
「あったり前じゃない」
と、豊かな胸をぽよんと張っていた。

「毎日食べたいくらいだ」
「…………。ば、バッカじゃないの!?」
バシャンと消えてしまった。

それは楽しい日々だったが、そろそろ俺も決着をつけなくてはいけないな、と今回は取っておきのエサをつけていた。
と言うのも、課金アイテムに、”買え、使え、見ていてじれったい”と、まるで呪われそうなフォントで書かれた新しいアイテムが並べられていたからだった。

「そうだな。釣れないなら、エサを変えるのも手だ」

そうして俺が今回釣り針に引っ掛けておいたのは、指輪だった。

しかし、どうしたことか、いつもなら出てくるはずの彼女が出てこない。
そうしてひたすら待っているとーー、

「おいおい……」

ーーサメの背ビレが見えた。

「まさか……」
人魚、いや、メロウだったかーー、の彼女がサメに襲われることなんてないとは思うが……、

と、スマホがバイブした。
見れば、

”ヘルプミー”
彼女のアイコンから表示されていた。

思わず体が動いていた。
水の中では彼女の方が巧みに動くに違いない。
俺なんて足手まといだ。だと言うのに体が勝手に動いたのだから仕方がない。
だが、動きの悪い俺をサメが狙うなら、俺が囮になれるのなら、それでいいと思った。

バシャンと大きな音を立てて飛び込むと、服は意外と重かった。
思っていたより澄んでいる水の中で目を凝らすと、彼女のベレー帽らしきものが目に入った。あたりの水には赤が溶けていた。

無我夢中でそっちの方に泳いでいった。

ーー見つけた。

尾が生えた人型に、サメの背ビレが襲いかかっていた。
サメに掴みかかる。
掴みかかれば、殴られた?

「は……?」
と思えばサメも人型だった。驚いた顔をしていた。可愛い顔が真っ赤になっていた。

ゴボッと息を吐いた。
ヤバい……。盛大に水を飲んだ。

もがけば何か柔らかいものに触れた。それにしがみついたら急浮上した。
「ブハァッ」
と息を吐けば、メロウの彼女に支えられていた。

「大丈夫?」
とても心配そうで、怖い顔をしていた。
「あ、ああ……」
「なんで服のまま飛び込んだのよ、危ないじゃない」
「サメの背ビレが見えて……、お前が襲われていると思った。血が見えたし……。君が逃げるための囮になろうと」
そう言えば、彼女は顔を真っ赤にして頬を膨らませた。

「そんなことしないでよ! 私を助ける囮になるなんてバカなこと……」
「バカなことじゃない!」
俺は大きな声を出していた。
彼女は綺麗なエメラルドの瞳を大きく丸くしていた。

「お前が好きなんだ。ちゃんと結婚を申し込もうとして指輪を垂らしていたのに、今日に限って現れないから……」
「そ、それは……。ついに来たかー、嬉しいけれど、そうなると最後まですることになってー、子供は三人以上がよくてー、ママ、食事中にスるのは控えてよ、私の相手はまだいないんだから、とか言われながら子供たちにスるのを見られていて、と考えてたら鼻血が出てきただけで……」

残念な理由だった。
そして最高の理由だった。

「じゃあ、結婚してくれるんだな!」
「そ、それは……」
目を逸らされた。

「どうして……」
「いえ、そうするとメロウである私は陸に上がれないし……、陸で仕事もあるあなたは海に来るわけにはいかないし……で……。だから、今日は友だちに相談していたら海の仕事を斡旋するって言われて……。そんなところに指輪がぶら下がっていて……」
「………………」
「ひゃわぁっ」
彼女を強く抱きしめていた。

「いいぞ、俺、海で暮らす」
「え……」
「だから結婚してくれるか?」
「……はい」

コクンと頷いていてくれた。

よっしゃああ!
フィーッシュ!

ようやく彼女を釣り上げることに成功した。

メロウ、getだぜ!

いや、この場合釣り下げられたのは俺の方かもしれないが。
終わりよければすべて良しだった。
いや、

「あ、そう言えば指輪……」
陸(おか)を見れば、釣竿にはどこかにいってしまっていた……。
しまった、と思っていれば、

ポスっと。

彼女にベレー帽を被せられていた。
見れば、彼女はいつか俺があげたベレー帽を被っていた。

「メロウは、夫になる人には、今まで自分が被っていたベレー帽をあげるの。私は、もうもらっちゃったし……」

頬を染める彼女に、俺はすでに彼女にプロポーズしてしまっていたのかと気付かされた。

ポリポリと頬をかく俺と、頬を染める彼女は見つめ合い、やがてキスをーー


「おい、お前ら。盛り上がるのは勝手なんだけどな? 鼻血を出して沈んでいくお前を助けたら抱きつかれてしまったオレを放っておくのはいただけねぇな。さすがに友だちであることを考えちまう」

サメの彼女がいた。

「あ、あああああああ、ごめーん」
腕の中のメロウがテヘペロで謝った。
可愛かった。

「ごめーんテヘペロ、じゃねーんだよッ!」
サメ娘のテヘペロはなかなかに凶悪可愛かった。

彼女の顔は真っ赤だった。

「オ、オレはこのかた男に抱きつかれたことはもちろん、触られたこともないんだ。と言うか、アレだろ。男に触られると妊娠しちまうんだろ? オ、オレもお前も妊娠して……う、ぁああああッ!」

頭を抱える彼女に、腕の中のメロウを見る。

テヘペロッ。

ロクでもない女だった。

俺は憐れなサメ娘の誤解を解いてやろうと、口を開こうとするが、メロウに指で止められた。

「これじゃあ、彼に一緒に責任取ってもらわないといけないわね」
「は?」「へ?」
「「……………」」

「よろしくお願いします」

と言われれば、

「よろしくお願いします」

と言うわけしかないわけで、俺には妻が二人出来ることになったようだった。

「よろしくね。子供はもちろん三人以上」
「こ、この子を生んだらそれ以上オレも……」

やっぱり、釣られたのは俺の方だった。

蛇足ならぬ尾ひれとしては、流れたはずの指輪を見つけた方が正妻の座につくと言って、探しにいった先でフロウケルプが手にしていたことである……。
18/03/17 19:40更新 / ルピナス
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