連載小説
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2人で街を歩いた日のこと
町は、まさしく新世界だった。

大げさな表現だが、ダウマーにとってはこれだけ多くの人が歩いているのをみるのは初めてで。
まさしく新世界と表現してもよいだろう。
駅から降りて、東口から出たダウマーの目に映るのは、幻影のように揺らめく人の群れ。
村じゃ見かけないくらいお洒落な店や広い大通り。
その往来を、年齢や職業、果ては肌や髪の色まで違う人々が行きかう。

「ここが、町……!」

思わず、大きな独り言が漏れるダウマー。
声に反応して数人がこちらを見やるが、ダウマーはそれすら気づかず初めて見る光景に目を大きく見開く。
まるで本の中の登場人物になったのかのようだ。
しばらくショーウインドーを食い入るように眺めつづける。
だが、人込みに入っていくにつれあちこちを見ている余裕などなくなっていった。
周りの人間は器用にダウマーをよけて歩いているが、彼女もまわりの迷惑は理解できた。
おまけに通りでじっときょろきょろ目を動かしていたので、チラチラとこちらを見る視線が増えてきた。
このままでは不審者と思われてしまうかもしれない。


どこかいいところがないかと視線を動かすと、たまたま目についたコンビニエンストアと書かれた店に入った。
一息つくと、バッグから取り出した手鏡を見る。
碧色の目に映るのは、カーディガンにワンピース。
入口に数字が書いてあったのでちらりと見た。
それにしてもこのドア、大きすぎるのではないだろうか?
ダウマーはそう首を傾げた。

「ちゃんとたどり着けるのかしら……」
「お嬢ちゃん、大丈夫?道に迷ったのなら警察まで案内しようか?」
「いえ、大丈夫です。ご親切にありがとうございます」

いきなり声をかけられ驚くが、ダウマーはすぐににっこりと笑って話しかけてきた主婦におじぎをして答える。
地元の学校でおじぎを練習した時は何の役に立つのかわからなかったが、おじぎをすると相手もしつこく食い下がってこないのだ。
声をかけた相手もお辞儀をするダウマーに「まあ、礼儀正しい」と微笑んでみせる。
まるで子供を見るような目で頭を撫でて来る。
彼女はここに至ってようやく「自分が子供扱いされている」のだと気づいた。

一般的に、ドワーフの女性は長じても大体は幼い外見をしている。
人類や他の魔物娘と比べればそれは一目瞭然だ。
今の自分はこの世界で言う巨人の国のガリバー、もしくは不思議の国のアリスと言ったところか。

そう言えば母がよく言っていたものだ。
曰く、外に出るたびに子供あつかいされる。
一児の母だと答えると「信じられない!」って驚かれるなどなど。
もっとも母はそれを面白がって子供のふりをして相手をからかったりすることがあるのだが。
まさか身を持って体験することになるとは、とドワーフの少女は嘆息した。

そう言えばすれ違う人々は背丈が低いものでも自分より頭一個分背が高い人が多かったような気がする。
そんな彼らもさっきも心配そうに声をかけてきた桐谷と同じくらいの背丈の外国人達と比べると背丈は大きくなかった。
つまり桐谷は平均よりも大きく、自分は平均より小さいと言うことである。
 とすると、コンビニ入口に描かれた数字は身長を意味しているのか。
自分の顔が引きつったような気がするが、気のせいだと思いたい。


「はぁ」

日が高く上るころ、ようやく待ち合わせの場所にたどりついた。
体力的にはまだまだ余裕のはずだけど、ぐったりした気分になった。
人の波に酔ったせいだろうか。
もう一度手鏡で身だしなみをチェック。カーディガンにワンピース……しわなし。
リボンでまとめたオレンジ色の髪は寝癖一つない。
親に言われるがまま押し切られるままドワーフ風の革の衣装ではなく現代(都会)の風の服装で来たのだが、
まさか子供っぽい服装をさせたのではないかと彼女は邪推した。

「お父さんもお母さんもデートだって張り切りすぎなんだよ、もう」

外食するだけなのに、と思わず愚痴がこぼれる。
最近妙に顔を合わせる時間が増えてしまった「変なやつ」こと桐谷和人。
そんな彼のために道具を作り、この前は共に台所に立って料理までしてしまった。
その桐谷と「プロの作ったカレー」を一緒に食べる約束をして今ここに立っているわけだ。

正直、彼に外食に誘われた時どきりとしなかったわけでもない。
「だってそうでしょう?」よく考えなくても、本場のカレーを食べたことがない彼女に
桐谷がカレーのおいしい店を紹介してくれる___というそれだけ のことだった。
未婚の男女がふたり出かけるだけでデートとみなされちゃたまらない、とダウマーは思っている。
だが、冷静になったダウマーを他所に、舞い上がる者たちがいた。
両親だ。
マリーとフレゼリクの2人はどこから聞き出したのか、デートだデートだと娘をそっちのけで大騒ぎした。
マリーは家に買って直接、父のフレゼリクはメール越しにあれこれ好き勝手感想を述べている。
目を輝かせて髪を整えろといったり新しい服を着ろといったり。
一日中自分一人のファッションショーをやらされた。
結果、なれない服装でこの町を歩くことになっている。

両親はその上街へ着くまで一緒についていこうかと言い出した時には倒れそうになったものだ。
『絶対ついてこないでね!』
両親に念を押して出発することになった。

で、村から駅まで行きしているバスのところまで行くとき、偉そうな金髪が目に入る。
とても遺憾なことに、その高慢ちきそう姿には覚えがあった。

「げっアンナ」

無意識に声が出ていた。
こういう時、言った本人の意図とは裏腹に声は大きく出てしまうものである。

当然のことながら歩いていたアンナは目を剥いてすぐにこちらを向いた。
その時なぜか慌てて指を隠したのだが、ダウマーはアンナが手を後ろに引っ込めたことに気づいていない。

「下品な声が聞こえたと思ったら貴方でしたの、ダウマー」
「あんたこそ、こんなところで何してんのよ」
「魔法の練習ですわ。あら、その格好」

アンナはダウマーの頭からつま先まで品定めするかのようにダウマーを見る。
そして勝ち誇ったように笑う。

「馬子にも衣裳ね。まさか観光かしら?」

右手を口に当ててさもおかしそうにこちらを見やる。
普段ならすぐに怒るところだが、出かける前にただでさえ使う体力を消費するわけにはいかない。
ぶっきらぼうに知り合いと食べに行くだけよ、と言い捨てるように言うとアンナは目が飛び出しそうに見開く。

「なんですって!……ま、まさか貴方でー」
「トじゃないわよ。あんたまで色ボケしないでよ」

うんざりと否定すると、アンナは以外にもすぐに納得したようで「まあそうですわよね。貴方がデートだなんて」と
なぜかほっとした様子でつぶやく。
ダウマーは腹がたったが、これくらいみんな納得すれば苦労しないのだけれど、と内心思った。
彼女の内心はさておき、アンナはなにやら高飛車に自慢を始めていた。

「田舎丸出しの貴方も観光に忠告しますわ。せいぜいお上りさん気分で恥をかかないようにすることですわね。
まあ、貴方が遊びほうけている間に銀細工の腕も私が追い越しているでしょうけど。なにせ私は朝から」
「じゃあ、あたし急いでるから。じゃあね。あんた話す時はもう少し周りを見る事ね」

これ幸いと長話を始めたアンナをおいてバス停までそそくさとむかう。
アンナが一人でしゃべっていることにようやく気づいたのはダウマーが去った後だった。

「って待ちなさい!人の話をしている間にどこか行くなんて、これだから田舎者は!」

アンナは遠くで叫んでいたのはそんなことだっただろうか
彼女都合よくは自分も田舎者であることはすっかり忘れているようである。
そう言えば、アンナの手に絆創膏が貼ってあったが、あれはなんだったのだろうか。
だが、これからの旅行のことを考えるうちにそのことは忘れていた。
で、電子カード(電車にもバスでもどこでも使えるらしい)を借りてはるばる街へ行くことになったのだが、
電車に乗るのにひと悶着会った。
というのも、改札に引っかかってしまったからだ。

「ん?えい!このっ」
「お客様!どうされましたか!」

最初かざし方がわからず、(カード読み取り部分にタッチしなくてはいけないと後で駅員に教えてもらった)ドタバタしてしまった。
てっきりカードを持ってるだけで通れると思っていたのだが、それに気づかず改札がピーピーと音を鳴らすころ、駅員が慌てて事情を聴き来たのだ。
駅員の説明を聞いてようやくカード読み取り部分にぺたりと改札を通り、電車に乗ることになった。
電車の中で景色をじっと見て周りの人間の注目を集めてしまい、目的地に着くまで赤面したものである。
おまけに乗り過ごしそうになって駅内を走り回る羽目になった。

楽しみにしてないと言いながら、気づけばすっかりお上りさんのようにはしゃいでいたことに気づいて恥ずかしくなった。
今のダウマーを見たら、まるで信号のランプのように顔色が変わっているように思えるだろう。


「やっぱ桐谷の言う通り村まで迎えに来てもらえば良かったかな」

今さらどうしようもないことを呟く。
迷わないよう村まで行こうか?と聞いてきた桐谷に対し、恥ずかしいので断ったのだ。
意外なことにインゲは街へ一人で行くと言った時、賛成したのだ。

「やっぱり……自分の足で歩くのが一番だよね!……ロマンチックだし」

インゲは待ち合わせや自分の足で街を見回ることの大切さを熱く語り、目をキラキラさせていた。
まあ、彼女のアドバイスを聞いたおかげで、初めての土地でも迷わずすんだのだが。
インゲはよく街へ遊びに行くのに誘ってきたものだが、毎回こんなに疲れるものなのだろうか?
無意識に、お守り代わりの小さな工具を握りしめていた。


 と、思考の渦を回転し始めたダウマーの肩をポンと叩く者がいた。
ビクゥ!としながらも振り返ると、彼女より幾分か背の高い男性が柔らかな笑みを浮かべて立っていた。
ぼんやりしているが、今日は特に朴訥そうな顔に見えた。

「ダウマー、時間ぴったりだね」
「!桐谷、あんた何時からいたの?」
「一時間くらい前だけど?」

 待ち合わせに一時間も前に来るのがこの国の作法、いや礼儀と言うやつなのだろうか。
客、いや恋人を相手にしているわけでもないのに、とダウマーは首をかしげる。
ちなみにダウマーが一時間も前に来たのは時間通り目的地に着けるかどうか心配だったからだ。
ダウマーはまじまじと彼を見つめる。
桐谷はいつもに比べれば垢ぬけた格好だ。
ちょこんとある寝癖はいつも彼だったが。
と、桐谷が彼女に手を差し出してきた。ダウマーは彼の大きな手を見る。

「休日で混んでるから、お互いにはぐれないように」

 これで、今まで出会った人たちのように頭を撫でたりなどの子供扱いをされたら帰るところだが。
しっかりと、大人の女性扱いをしてもらえ るようだ。
一呼吸おいて手を取って歩き出す。
がっしりとはしていないが、男らしい大きい手だった。
ダウマーは子供じゃないと言ったけれど、昔両親に手をつないでもらったことを思い出す。
彼女は周囲もう一回ながめてみると、大きい沢山の建物があった。
店の多い、にぎやかな通り。
期待していたのは食べ物だけかとおもっていたが、なかなかに悪くない。

「あの、ダウマー」
「何?」
「移動してもいいかな。強くつかまれると移動できないんだけど」
「あ」

いつの間にか強く握りしめていたようで、桐谷はダウマーに引っ張られてバランスを崩していた。
彼の表情はにこやかだが腕がプルプルしているので痛いのかもしれない。
慌てて手を引っ込める。

「ごめん」
「はは、迷子になるよりずっといいよ」
「迷子になんかならないわよ、子供じゃないんだから」

嘘だ。
こんな人ごみのなかで歩けばあっという間に迷子確定である。
桐谷も彼女のことを子ども扱いしたわけではなく心配していっただろう。
それがわかっててもついダウマーは見栄を張ってしまったのだ。

それにしても、なぜ彼は自分を誘ったのだろうとふと疑問に思った。
男は普通インゲのような魔物娘らしい女の子を好きになるものだと相場は決まっている。
ダウマーは自分やアンナのような可愛げのない魔物娘に近付こうとする桐谷がまだよくわからなかった。

「それにしても、ダウマー」
「何?」

いきなり桐谷に話しかけられたように感じるが、
それは彼女があれこれ考え事をしていたからだ。
最も

「今日は一段と似合っているよ。その…服とか、靴とか、ほらいろいろ」
「あんたファッションにも詳しいわけ?」
「いや、えっと」

ちょっと頭をかいて困ったように上を向く彼を見て、ダウマーも口元を緩める。
ダウマーはこの料理馬鹿に、なんとなく親近感がわいたような気がしたのだ。

「別に無理してファッションを褒めなくていいわよ、私が見繕ったわけじゃないんだから」
「はは、実は俺もこの服は友達に選んでもらってね」
「あ、そ。桐谷らしいわ。私もインゲに相談してもらったんだけどね」
「ひどいな」

そう言いながら、彼は笑っていた。
ダウマーもあはは、と笑う。
会話していると自然とあれこれ考えていた頭の中もすっきりしたような気がする。

「でもさ、おしゃれをした君は魅力的だと思うんだ。これは本心」
「ありがと。でもこれからカレー屋に行くのにその言葉は必要ないと思うけどね」

桐谷は参ったな、と言いながらもなんだか楽しそうだ。
よっぽどカレーが楽しみなのだろうか。

「街はどうだった?」
「人ごみに酔いそうだわ……正直、ここまでとは思わなかった」
「はは…もう少し頑張って」

そうして、周囲を眺めつつ歩くこと数分、二人は目的のカレー屋にたどり着いていた。
流石にここまで来て迷うことはないだろうと思い、手を放した。
桐谷は心配なのかこちらを見たが、すぐに視線を戻す。

「せっかく来たのにお洒落な店じゃないけど」
「カレー屋にそういうのには期待してないよ、ほら、さっさと入りましょ?」

彼の言葉通り周囲にある大きな料理店のように綺麗な佇まいではなかった。
どちらかと言えば地元の村の、つまり田舎の小さな食堂のようで街に似つかわしくない。
今の都会にいる自分と似ているようでちょっと親近感がわく。
歩き回ったから、お腹がすいて早く食べたい気分だった。

ドアを開けると、小さな入口からは香辛料のいい匂いがつん、と漂ってきていた。
店の中は席も10届くかどうか、という具合だった。
それでも、小柄な体を持つ身としては十分なくらいに広かった。
カウンター席に行こう、と彼に言われるまま連れだって席に座る。
木でできたカウンター越しには、手狭な厨房の中で店員達がせわしなく働いているのが見える。
「なるほど、これがカウンター席か」そんなことを考えるダウマーの前に、ぬっといかつい顔の男が顔を出した。
やや背丈は大きいが髭も生えれば古の時代のドワーフと言っても通用しそうな顔だ。
男はダウマーを見て一瞬目を大きくしたが、何事もなかったかのように表情を戻す。

「ご注文は?」
「マスター、いつもので」
 
マスターと呼ばれた男は外見にたがわぬ太く大きな声で返事をすると厨房へ戻っていった。
耳を澄ませてみると、店員の中には微妙にアクセントが違うものもちらほらいた。
それでも皆一様にさっきの男をマスターと呼んでいる。

「マスター?」
「ああ、店長のことをみんなそう呼ぶんだよ。マスターのカレーは絶品だよ」
「へえ、じゃあ店長はギルドマスターみたいな人なんだ」
「た、たぶん?」

 なるほど、マスターはギルドの親方みたいなものなのかと納得しながら運ばれてきた水を口につける。
それにしても桐谷はなぜか返事するとき戸惑っていたが、なぜだろう。
そう思いながら飲んだ水は、歩き回っていたためだろうか。とてもおいしく感じた。
ダウマーが母親聞いた話によるとこれだけ水が豊富なのは他の国では中々無いそうだ。
水を飲んだ後、口元を柔らかくしてコップを置く。

「うーん、水もおいしいわね」
「……そういう人は初めて見たよ…いや、うん。新しい発見だ!」

 ダウマーの言葉に和人が呆れたように苦笑する。
 その言葉に何となく馬鹿にされたような気がしてむっとした表情を見せると、慌てて訂正された。
 
「いいかい、カレーの歴史はいろいろあってね…」

和人がカレーについて力説するのを頬杖して聞きながしながら待つ。

「ダウマー。これは聞いていいのかわからないけどいいかな」
「何よ」
「君はタンポポの話をしたとき、眉をひそめていたけど、あれは―」

なぜだろう、心がざわつく。
それは、と言おうとしたが何かとても熱いものをの混んだような気がして。
それでもダウマーは口を開こうとしたとき、店員が水をつぎにきて話を中断する。
その時自分がどんな顔をしたのかわからなかったが、桐谷がタンポポの話をすることはなかった。
五分ほどたったのだろうか。
家で食べたカレーの匂いに似ているが、ツンとした刺激の強い(桐谷曰く香辛料の匂いだそうだ)。
しかし食欲を誘う匂いと共にサラダとカレーがやってきた。

「お待ち、カレー二つ」
「この匂い!たまらないよなー」

 和人は普段のぼんやりとした顔ではなく満面の笑みを浮かべている。
やはりカレーが好きなのだろう。
ダウマーもカレーに釘づけだ。
白い真珠のように艶々ととした米。とろみがついた薄い茶色のスープのようなルー。
ほどよく食べやすい大きさの鶏肉、可愛らしい一口サイズのマッシュルーム。
この匂い、口に唾液が溜まっていくのを感じた。
ごくりと唾をのむ。

「…これが、かれー、らいす」

 スプーンでルーとライスをすくいあげると、口へゆっくりと運んだ。

「!!!!!!!!!!」

 口の中で甘いコメのあじと、香ばしくスパイスがきいたカレーのルーが程よく調和し広がっていく。
桐谷の作る上品な味わいのカレーと比べ、好対照の熱く情熱的な味わいは彼女を魅了した。
 食べる。食べる。食べる。
 いつになく食欲がまし、スプーンを何度も動かす。
柔らかく弾力のあるマッシュルーム、歯ごたえのある玉ねぎや濃い塩味の利いたエビがどれも調和している。
プリプリとし鶏肉。箸休めとして福神漬けがぴったりだ。
まさしくダウマーの舌の中に一つの世界を作ったのだ。
 ゆっくりと食べたものを飲み込む。コップに手を伸ばし、水を一息で飲み込んだ。

「はあああ………幸せ」

 両手を手にあて、夢うつつのような表情でつぶやいた。和人がダウマーの顔をじっと眺めている。
心なしか顔が赤くからんでいるが、ダウマーはそれどころではなかった。
彼とダウマーは気づいていなかったが、カレーを食べながら満面の笑みを浮かべていたからか、
店内の人間の視線がダウマーに集中していた 。

「桐谷、これすっごいおいしいね!」
「それは良かった。魔物のお客さんにも喜んでもらえれば俺も作ったかいがあるってもんだ」

 ダウマーに返事したのは和人ではなく、寡黙そうなマスターだ。
彼はつい先ほどまでダウマーの満面の笑みにつられ笑みを浮かべていたのだが、
もちろんそんなことはダウマーと和人は気づいていない。
男は締めのアイスコーヒーだ、とテーブルに置くが、ダウマーは驚いた顔でマスターに顔を向ける。

「俺は料理の凝り性がドワーフにも届いたなってことかねぇ」
「え、私のこと、ドワーフだって…知っていたの?」
「お嬢さんの場合は耳を見ればわかるさ」
 
 来る途中でも外国人だと思って(元はそうとも言えなくもない)英語で話しかけられることはあった。
だが、一目で魔物娘だと見破る人はいなかった。店主は言いながら驚いているダウマーにプリンを置いてくれた。
ダウマーはプリンを見て首をかしげる。

「サービスだ」

 ぶっきらぼうな口調であったが店長のいかつい口元には、たしかな笑みが浮かんでいた。

「あ、ありがとうございます」
「マスター、オレにはー?」
「お洒落な店じゃないが気が向いたらまた来な」
「はい、喜んで」
「オレには―?」

満足して和人と一緒にカレー屋を出る。

「わぁっ」

ダウマーが空に目を向けると、バラ色に暮れていた。
何事も体験をしてみるものだと浮き浮きした足取りだった。

「いいお店だったね」
「だろ?」

 彼女の言葉に、和人は足を止めてダウマーの方に振り返った。
ダウマーの方を振り返り、ほおを人差し指でかいている。のんびりとしていてずけずけ言う彼にして珍しく……
言うのに躊躇しているようだ。
何かを言いたげに、顔を背けて頬をかく彼は、しばし悩んだ後しっかりと彼女を見つめて。

「あのさ、マスターもダウマーのこと気に入ったみたいだし…また一緒に食べに行かないか?」

そんな言葉を、口にした。

(何だ、そんなことか)

 思ったことは、何故か言葉として出てこなかった。真剣な、彼の表情に当てられたからだろうか?
代わりに出てきたのは「う、うん」という曖昧な返事だった。
そんな彼女の言葉に、和人は「うん、また行こう」と、笑顔を見せてくれた。

「そうだ。ダウマー、君がもし良ければ、だけど」
「え?」

桐谷は背をかがめてダウマーの視線に合わせる。

「村まで送っていこうか?」

誘ったんだから見送りくらいはね、と桐谷は言った。
彼の言葉に甘えていいかもしれない、と思ったが。

「ありがと。せっかくだけど、遠慮しておくわ。いろいろ考えたいこともあるしね」

帰りも自分一人で帰ってこそ、今日一日の意味があるような気がしたのだ。
ダウマーはそのことを桐谷とはっきりと伝えたわけではないが、桐谷は笑顔でまたね、といった。

彼は踵を返そうとしたが、途中でやめてダウマーの方にやってくる。
そしていきなり彼女を抱え上げてしまう。

「ちょっ桐谷!なにすんのよ」

バタバタと暴れる(怪我をさせないように)ダウマーを無視して彼女は肩まで乗っけようとする。
足が桐谷の肩に乗っかったところで、彼は(見てごらん、ダウマー)と言った。
彼女はぴたりと動きを止める。



そこには、いつも歩く自分とは違う世界が広がっていた。
夕焼けの街並みを歩く人々。買い物したり、速足で歩いていたり。
自分が見た光景と同じだ。でも、それを背の高い彼の目線で見ると、同じものでもまた違った風に見えた。

(これが桐谷の見ている風景なのか……)

暫く見入っていると、「村まではともかく、君が嫌じゃなければこのまま駅まで送っていくよ」と言った。
彼の表情は見えなかったが、ここは言葉に甘えてもいいだろう、と思った。
周りの人々が微笑ましそうに見ているのはまあ、今日は許す。


電車に乗った時、改めて街並みを見やる。
夕焼けに照らされた街並みは一つの絵のように黄金に輝いているように見えた。
世界は、広い。
街を歩く人々にそれぞれ自分も知らないような営み、生活があるのだろう。
なんだか、新しい銀細工を作れそうな気がした。

「こんな時にも銀細工か」そんな自分に苦笑すると、ダウマーは電車の中の座席にもたれかかる。
みんなに一杯話すことができたな、と思った。

17/07/02 23:32更新 / カイント
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■作者メッセージ
今回はダウマーは街へ行きました。
彼女の世界も、ちょっとは広がったのかもしれません。

投稿が遅れて申し訳ありません。
次回も見て頂ければと思います<m(__)m>

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