連載小説
[TOP][目次]
第十三章†夜動く影†
肌寒い夜だった。
詩人ならばこの夜空に浮く星や月の光を神秘や美しいと絶賛する。
しかし体に強い冷えを感じてしまえば、そんな感想すら零す余裕もない。
馬を走らせているのならば尚更だ。

【バカラバカラッ】

夜の街道を数匹の馬たちが走り抜ける。
先頭にはその夜と同化したような黒衣の軍服の男、
その後に続くようにワーウルフ、リザードマン、ミノタウロス、
そのミノタウロスと共に乗馬するアラクネ、
更には馬そのものの体を持つケンタウロス、
そしてその上空を共に駆け抜けるブラックハーピー。


それらみなの表情はどこか固いものがあった、
無理も無いことだろう…彼女たちが今より赴く地は戦場…
己の命を落としてもおかしくない無法の地へと赴こうとしているのだ。


夜空の星月が美しければ、一方彼女たちはどうだ?
人ならざる尻尾や体、それこそ人以上に整った異様な肌…。
彼女たちと敵対する者たちはこれを醜く嫌うだろう…
しかしそれでも彼女たちが求め抱く信念は人と魔との理想郷。


それを叶えるため、彼女たちは武器を取る。
そしてそんな彼女たちを守る為、彼は武器を取って導くのだった。






----------------------------------------------------------------------




             ≪ザーン視点≫



三日前にあったカナリア公から告げられた要請の元、
私たち第四部隊はポルグラ町へとたどり着いた。
魔王領の国境近く位置する町であり、人口もさほど多くは無いが、
決して田舎というほどのものでもない。
現在は深夜近い時間帯という為もあってか、
家々の窓からは所々に明かりはあれど、
外にはまったくといっていいほどの人の気配が無かった。

窓から物珍しそうにこちらの様子を伺うものもいるが、
ソレすべてが町の住人のようで、
それほどの警戒されたような棘のある視線でもなかった。
私はともかく、魔物であるリゼッタたちの姿を見れば敵ではないという
判断がこの町の住人たちから既に下っているのだろう。


「………………………」



私を含め、第四部隊のみんなも周囲の異常なまでの静けさに
警戒の念と不気味さを感じていたが、
その静けさも建物の一角より感じた気配によって破られるのだった。


「シュザント第四部隊の方々ですね?」

『!』


その声に反応し、皆が目を向ければそこにいたのは
蛇の下半身を持つラミアの女性だった。
しかしその身から感じる鋭い気配と立ち振る舞いから、
経験と鍛錬を積んだ軍人だということが伺える。


「ご足労感謝いたします、我等が将が貴方方をお待ちです…
どうぞこちらへ、馬からお降りになって……詳しい話は将自らが…」

「…了解した。ノーザ、降りて来い」


上を見上げてノーザに声を掛けた後に目をやり、アイコンタクトを送れば
リゼッタたちはすぐさま馬から降り、ノーザもその横に着地した。
それを確認すれば、そのラミアはそのまま路地へと進み、
私たちもその後を追うように続く。
狭い道だが馬を引き連れる程度の余裕はある。


「…ノーザ」
「はっ」


その道中、私の前で先導しているラミアに聞こえぬよう
私は後にいたノーザに耳打ちした。


「上空から見た周囲の様子は?」
「はい、我々がやってきた町の入り口とは反対側の町の向こう…
そこに無数の光が見えました、恐らく松明による光だと私は思います…」
「距離は?」
「夜の為正確な位置はわかりませんが、
恐らく馬で全力で走らせても二十分と掛かりません」
「………国境城塞か」
「……恐らくは…」

「みなさん、こちらになります」


会話を中断するかのようにラミアの声に導かれ、
我々はその辿りついた場所を見た。
周囲に背の高い家々に囲まれながら、
どこかこの裏路地に並ぶ建物とは雰囲気の違う木製の古い建物だ。
廃屋のような印象もあるが、蜘蛛の巣などが見当たらないことから、
多少なりの手入れがあることが伺える。
先程も言ったと思うが、周囲に背の高い家々が立ち並ぶなかで
妙に小さめの建物の為、表通りからの松明の光がほとんど届かず、
変わりに遥か頭上で私たちを照らす月の光が一番の光明だった。

「どうぞみなさん、我等が将はこの先です。
お乗りになってきた馬も連れて……」

…馬も?一瞬気になりはしたが、
そのラミアがある程度大きめの扉を開き、
その中に馬を引き連れ入っていく。
建物の中もかなり薄暗く、周囲にいくつか蝋燭が立ってはいるが
人間の私ではとても見渡せたものではない。
しかし、その蛇独特な体を持つラミアに導かれながらも
その建物の奥深くまで進むと、次第にその建物の正体が見えてきた。

「…馬小屋?」

その答えを私の後ろでサキサが呟いた。

「着きました、こちらです。馬はそこに……」
「……なるほどな」

なぜこのような場所に呼んだのか、答えがわかった。
私たちが進んだ奥、藁によって隠されていた『床の扉』。
そう、つまりこのラミアは私たちを『地下』へと導いていたのだ。
乗ってきた馬を結び、私たちは順番にその地下へと続いた階段を降り
壁際に均等に蝋燭が置かれているところから見て、
この地下自体が相当手入れされていると推理する。

「…なぁ隊長、なんで地下なんだ?
別に将軍に会うんだったら、なにもこんな薄暗ぇ地下なんか……」
「忘れたかシウカ?我々の目的は火山の奪還だ。
その為にはどうしてもマスカー領への侵入が不可欠だ」

私の後ろで歩を進める隊員たちの列の中から一人先行して
話しかけてきたシウカに私は質問を返した。
シウカの性格を考えてわかりやすく説明しよう。


「そして国境を越える以上…そういった侵入者を警戒し見張る
防衛拠点が存在する……今回の場合は………、
この街に入る際に見えたあの国境要塞ということだ」

「…えーっと、つまり?」

「………簡潔に言えば…、常にこの街が見張られていると考えればいい
当然それはこちら側も見張っているという逆も言えるのだがな……。
事実、この街に入った時…街の人々は私たちを警戒していた…
反対側の魔王領から来た私たちを、だ。それだけこの街の住人は
普段から警戒心が強いということだ」
「言い換えれば、それだけ普段からあの国境要塞の連中も
この街に警戒してるってことよ。自分たちの要塞から一番近いこの街をね」

私の説明を補完してくれるように、ヴィアナが口を開いた。

「そういうことだシウカ、カナリア公は火山を攻略しろといったが
とうの火山が今やマスカー領となっては…先は長いぞ?」
「へんっ、つまりそれだけ戦うことになるってことだろ?
それならどんと来いってもんだね!」
「ふふっ、頼もしいわねぇ隊長さん♪」
「ああ、まったくだ」

ヴィアナがくすりと笑えば、それに釣られ皆が少し微笑んだように見える。
これから戦い続きになるという不安が、シウカのおかげで少し和らいだのだ。
こう言う意味では、シウカは私以上に頼りになる。





「ご足労感謝します、この先です」

いくつにも枝分かれした地下道から、
私たちの目の前に現れたのは一際大きな扉だった。
案内役のラミアがその扉をノックし報告を始めた。

【コンコンッ】「将軍、シュザントの方々がお見えになりました」

「…どうぞ入って頂戴」


中から聞こえた女性の声、そして開かれる扉。
目に映ったのは作戦会議に適した長机と、その最奥に座る一人の魔物。
まず目に入るのがここまで案内してくれたラミア同様、
かなりの長さを誇る蛇の下半身、
そして次に目に入るのが、人間とはかけ離れた青い肌、
そう…『エキドナ』だ。そこにいた女性は…今回の将軍は。
それだけを瞬時に確認すれば、
私を先頭にしその後ろにリゼッタたちが横一列に並び敬礼をする。

「お初にお目にかかります。
本日よりそちらの部隊と合同することになりました
シュザント第四部隊、隊長のザーン・シトロテアであります」

「まぁご丁寧に……あっ、いけない………オホンッ。
えー、今回の火山奪還部隊を率いることになりました
『エレノット』といいます。遠いところからの援軍感謝します……
ええっと、これでよかったかしら?」
「バッチリですよエレノット将軍!」


…どうにも慣れないことをしているのか、
どこかぎこちない動作と言葉があるものの、一通り言えたことを
部下のラミアと喜んでいるようだ。……大丈夫なのか?


「ああ、ごめんさない突然。ええっと、それじゃぁ…
ザーン…君でいいかしら?」

『君っ!!?』


エレノット将軍の突然の発言に私の後ろのみんなが
反応するかのように大声を上げた……正直かなりビクった。


「え!?あ、な、なにかまずかったかしら…?」
「……いえ…ただ、流石に私自身少しそれは抵抗がありますのでできれば…」
「そう?…あ…そうよね!ごめんなさい…確かに人間の貴方からすれば
そう呼ばれていいような歳でもなかったわね……ごめんなさいね」

(どうも謝罪が多い方だな…)
「いいえ、貴方がたからすれば仕方のない違和感もあるでしょう…
ましてや、インキュバスでもない人間では………」
「あ…いいえ、そういうことじゃないの。
私がちょっと世間知らずなだけで……」
「………?」


世間知らず、という言葉に引っかかった。
少なからず…兵士を導くはずの将軍格が世間知らずとは無理があるのでは…。
するとそれを補足するかのように先ほどのラミアが声を出した。


「申し訳ありません、エレノット将軍は見ての通りエキドナでして…」
「…いいのよ…私が説明するわ。ええっとね、ザーンさん…
本来なら私は前線を任されるような立場にないのよ…」

この言葉には流石に私も疑問を隠せない。

「…どういうことです?」

「私はエキドナ…自分で言うのもなんだけど…
能力こそあれど、本来の性質上……私たちエキドナが
戦場に赴くことを魔王軍は良しとしないのよ…」
「…エキドナは、はじめの出産以降…ありとあらゆる種の魔物を産む…」

エレノット将軍はゆっくりと自分の腹部に両手を当てた。
まるで孕めている我が子を大事にする母のように…。

「………ええ、こんな時代ですもの。当然といえば当然かもしれない…。
事実私も、軍役についていれど…それは魔王軍の保護下に入るという意味で
この将軍の称号だって…種族としての貴重さ、魔力量…
潜在能力を調べたから与えられたようなもので…
私自身、実戦経験なんてほとんどないようなデスクワーク派ですもの…」
「…それがなぜ、今回のような奪還戦に?」
「……取り戻したいみんながいるから…、じゃダメかしら?」
「……………………」

察しがついた。報告にあった内容が頭をよぎる。
ヴェンガデン火山攻略を受けた際、多くのラミアなどの
爬虫類型の魔物が消息不明となった…。おそらく、その関係だろう…。
だが、取り返したいという意味では私だって同じだ。
しかしこのエレノット将軍は、
貴族制的な人間で言えば生まれた家柄のおかげで
高い地位を得たようなタイプと同じようなものだ。
…だが、エキドナの能力はラミアとは比べ物にならぬほど高いと聞く…
それに…彼女が言った潜在能力を調べた結果…というのも気になる。

「…我々が呼ばれたわけだ…」
「え?」
「いえ、何でもありません。了解しました。
これより我らシュザント第四部隊は貴方の指示に従います」

「隊長!?」
「ちょっと隊長さん本気!?実戦経験もほとんどないような将軍だなんて…
一度本部に話を通しておくべきじゃない!?」
「そうだぜ!?命がいくつあっても足りねぇよこんなの!」

「…………ごめんなさい」


部下たちからの猛烈な反発を見た
エレノット将軍が申し訳なさそうに頭を下げた。

「…頭をお上げになってくださいエレノット殿」
「おい隊長!」
「なんだシウカ?」
「なんだって…!?だから、さっきからみんな言ってるだろぉ!?
いくらなんでも実戦経験もない奴の下で戦いなんて無茶だって!」
「…だからどうした?」
『なっ!!?』

私の発言に皆が目を見開き驚く、当然だろう…しかしだ。

「…いいかシウカ、いやお前たち。言いたいことはわかる、
それももっともだろう、だが私たちはその為の援軍だ。
…シウカ、我らシュザントの存在意義…覚えているならば言ってみろ」
「えっと、あたいたち魔物の驚異であるマスカーに対抗するための…」
「そうだ、そして当然、魔王軍本隊が苦戦するようならば
それを全力で援護する。実戦経験の少ない将軍だろうとそれは変わらん。
カナリア公もそれを承知で我々を派遣させたのだ……
直接援護要請を承諾したあの方が
このエレノット殿の事情を知らんとは考えにくいからな……」
「…う…だ、だけどよぉ…」
「心配するな、何もすべてをエレノット殿に一任するとは言ってはいない…
…エレノット殿」

「は、はいっ…!?」

「我々は貴方がたの部隊を全力で援護する……
ですが、我々にも貴方がたの部隊兵力、
作戦、指示においての権利を頂きたい。
所詮我々は派遣の身、それをどう使うかは貴方の自由だが
それと同じように我々にも貴方がたを使うという権利を所望したい」

「そ、そんなの当然「あとひとつ!」は、はいっ!?」


私は人差し指を自分の頭と並行させるくらいの高さで突き上げた。


「…エレノット殿、無礼を承知で申し上げます。
貴方が例え経験の浅い者であろうとも、
戦場で兵を率れ、戦うということを今一度よく理解していただきたい…
以上です。出過ぎた言葉を言いました、申し訳ありません」

「……いいえ、ありがとうザーンさん。
こちらからよろしく願いするわ、是非一緒に頑張って勝ちましょう」


互いに敬礼を交わし、最初は不安に満ちていたエレノット殿の顔が
だいぶいいものとなっていた。


「……さて、そういうことだが…お前たち、異存はあるか?」

後ろを振り返りみんなに問う。
しかしみんなの表情は、先ほどとは打って変わって
どこか清々しいものに変わっていた。

「私は何があろうと隊長に従いますよ」
「私もリゼッタと同じ意見だぞ隊長!」
「まぁ、そういうことならあたいも文句はないよ」
「我々もできる限りお手伝いします!」
「私たちは兵士、その存在意義は上官と共にあります」

みんなの言葉に私は見えないところで薄く笑みを浮かべれば、
彼女たちの言葉にエレノット殿は再び大きく頭を下げた。


「みなさん…ありがとうございます!」











作戦会議にはもってこいの長机を中心に、
我々はその上に置かれた地図が広げられていた。


「改めて状況を整理しましょう」

皆が見下ろす中、私が声を上げ地図を指差す。

「現在我々がいるこのポルグラ町はこの地図で見れば南西の方角。
そして我々が攻略しようとしているマスカー領は反対側の北東にある。
我々の本来の攻略先がヴェンガデン火山だとすれば、
この国境要塞を始め、そこから続く火山周囲一帯の地域を
魔王領として制圧する必要がある。火山攻略戦を確実なものとするためだ。
エレノット殿、敵の情報はありますか?」

「大丈夫、抑えているわ。…ねぇザーンさん、
ここからは私が説明していいかしら?」
「構いません」
「ありがとう、じゃあまず……こほん…貴方たちが来るまで
できる限りのことはと思って私たちの方でも調べてみたの」

蛇の体を少し浮かせ、エレノット殿は地図全体を真上から
見下ろせるような体勢で地図を指差した。

「あの国境要塞の兵力はそこまで多くはないわ
でも警鐘が設置されていて、交代制で周辺を二十四時間完全警戒してあるの。
そして問題は国境の先…私たちが目的としてあるヴェンガデン火山周辺、
その周辺には高原……通称ジョバロ高原が広がっているわ。
さっきザーンさんが言ったとおり、
火山奪還の前にこの高原攻略は絶対不可欠なのよ」
「……エレノット殿、聞いたところでは連中は
魔王軍から攻略したヴェンガデン火山を中心に陣を築いているのでしたね?」
「ええ、偵察させた魔物からの報告だから間違いないわ。
火山を中心に、その近辺にも多くの陣を築いているとのことよ」
「ほかには?」
「ほかには……ええっと、ああ…そうだわ!」

何かを思い出したように、エレノット殿は机に上に置かれていた
資料を手にページをめくった。

「その高原なんだけど、周囲には騎馬による一個小隊の
巡回隊がいるという報告があったわ」
「用心深いな、国境要塞があるというのに…そんな連中もいるとは…」

「ちっ、メンドくせぇなぁ!だったらあの要塞に乗り込んで
だるま落としみたいに順番に倒していけばいいじゃないか!」
「ばかねぇシウカ、一気にそんなまとめて相手してたら
こっちの被害が大きくなるでしょう?」
「そうだぞシウカ、被害を最小限に抑え
敵を倒してこそ本当の勝利というものだ、そうだろうサキサ?」
「うむ、その通りだキリアナ。さすが我が盟友!」
「……その為の作戦会議なんだと私は思います…ねぇリゼッタ」
「あははは……」

「………まぁ、そういうことだ。出来れば各個撃破できれば
そのぶんこちらの被害を減らすことができるのだがな……………。
それに、あまり火山攻略に時間を掛けすぎれば
それだけ相手側に時間を与えることになる」
「それって…つまり敵王都などから援軍がくるってことよね?」
「そういうことです、必ず王都からとは限りませんが
できれば…早急に要塞を攻略し、
できるだけ、敵側の援軍が来るまでの時間を与えることなく
あの火山を取り戻すことが出来れば理想なのですが……」

「少なからず、あの国境要塞を気づかれず落とすことはできると思うわ」

「………なんですって?」


突然のエレノット殿の発言に眉をひそめた。

「今私たちがいるこの地下洞窟…、実はもしもの時に備えて、
あの要塞に向かっても途中までだけど掘り進まれているのよ。
本部が貸してくれたジャイアントアント部隊の協力で…」

素晴らしい情報ではあるが…これには私もため息が出てしまった。

「…エレノット殿、できればそういうことは先に言っていただきたい…」
「ご、ごめんなさい…その…言えるタイミングがなかったかというか…」
「…いえ、この際いいでしょう…ですがそれならば
だいぶ事の程度も変わってきます……さて……そうなると……」


自分の脳裏に張り巡らせる戦術の数々、
彼女たちの意見をもとに…我々は確実性により近づいた作戦を
展開しつつあった…。








----------------------------------------------------------------------







            【国境要塞:外側門周辺】



静寂な夜には要塞の外壁より設置された松明からの
燃え割れる木材の音だけが轟いたが、要塞周囲を見回りする
兵士の一人がその静寂を打ち消した。



「うぅ〜、今夜は冷えるなぁ〜」


深夜の月が不思議と綺麗な輝くを目立たせる空の下で
国境要塞の門周辺を巡回しているマスカー兵士の一人が、
片手で武器を持つ腕を擦りながらそう呟いた。
するとそれに釣られてもう一人の兵士が顔を向ける。

「我慢しろ、もうすぐの時間だ。それまでの辛抱だ」
「あぁ…くしょんっ!…あー…なぁお前さぁ、改めて魔物ってどう思うよ?」
「なんだ突然?」
「いや、単に寒さをごまかしたいだけなんだがよぉ……
あの町見てたらなーんとなくなぁ…」

一方の兵士がポルグラ町を指差し、もう一方の兵士がため息を吐く。

「どうもないだろう?奴らは生まれながらにして俺たちの敵。
それだけだって、ほらあんまりこういう話してるとこを
上官に見られでもしたら大目玉くらうぞ、持ち場に戻れ」
「あんな可愛い女の姿なのに?」
「……言ったって、気持ち悪い尻尾なり耳なり下半身なりの
ゲテモノどもだってあんなもん。人間を食う食わない以前の問題だぜ」
「きっついこと言うなぁ…まぁ確かに、人間様を食わないからって
割り切れないもんがあるってのは確かだよなぁ……」
「そぉそぉ、生体が変わろうとも…奴らは償いきれない大罪背負ってんだよ
俺の死んだ爺ちゃんがよく聞かせてくれたぜ…。
それでいざ魔王が交代したから愛し合って
今までのことすべて水に流そうってのもどうかしてるぜ……
結局は人間様は奴らの奴隷当然みてぇじゃねぇか…舐めやがって…!」

夜風が吹き、重い空気になった空間を片方の兵士が緩めようとした。

「……あーあー、わかったわかった悪かった!
この話はこれで終わり!ほら早く持ち場に戻ろうぜ?
もうすぐ交代なんだろ?だからそうカッカすんなって!なっ!
嫌なことなんてぐっすり寝れば「なら今眠れ」…え?…うぐぇっ……!」

突如兵士の背後に現れた黒い影が、兵士の口を手で塞ぎ、
首筋に当て身の一撃をいれて気絶させる。

「なっ!?くせも…!!?」

先ほどで話していた兵士も驚愕するが、
その間すら与えんと背後からリゼッタが一撃を入れ気絶させた。
さらに各所では、アラクネのヴィアナなどが恐ろしい手際で
相手の口と両手足を糸で縛り、身動きを封じた。

「……外の見張りはこれで全員か、よし急ぐぞ」

できる限りの小声で私たちは自分が出てきた穴へと向かった。
そう、先ほどの会話にあったジャイアントアントによって
作戦室があった地下からつながっている強大な地下トンネルだ。
それを要塞の門前近くの兵士から死角となる茂みまで作らせ、
先行して闇討ちに向いている私とリゼッタとヴィアナの三人で見張りを倒し、
そのあとすぐにほかのみんなを誘導する。

(ケンタウロスのキリアナはシウカによって担がれたが…
こういう時にはあの馬の体も少し不便だなと思うぞ…)

そしてすぐさま気絶させた見張りの兵士たちをその穴まで運び、
獲物を見つけたように目を輝かせるジャイアントアントたちに渡す。
まぁその兵士たちの末路がどうなったかは言うまでもないが…。


「よし、作戦通り行くぞ。第四部隊はエレノット殿率いる
部隊より先行しこの要塞に夜襲をかける、決して火山の連中や
見回り隊に悟られるなよ………よし、シウカ!」
「了ぉー解!!うおぉぉぉりゃあああぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

【ドゴォーーーーーーーーーーーンッ】


要塞を守るであろう頑丈な門がシウカの大斧によって大きな穴を開けた。






「な、なんだ!?」
「ま、魔物…!!て、敵襲!?た、隊長を!オラク守備隊長を呼べ!」
「う、うわぁああーーー!!?」
「落ち着け!急いで寝てる奴らを起こしてこい!!」

突然の奇襲に要塞内は大混乱に陥っていた。
私たちは既にその手にそれぞれの武器を持ち、手近に居る相手を
次々と戦闘不能にしていった。
そしてそのすぐあとに、我々が破壊した門から
エレノット率いる部隊…ラミア、リザードマン、メドゥーサなどによる
爬虫類型の魔物軍隊が押し寄せてきた。

「み、みなさん!突撃です!絶対に死なないでください!」
『はい!』
「わ、私だって……戦える…!………はぁっ!!」【ドゴォーンッ】

エレノット殿が両手を合わせるようにし、
その間から球体に凝縮された魔力が形成され、
それを発射すれば殺傷能力こそはないが、
並の人間なら気を失うほどの衝撃波が発生された。

「うわぁっ!?エ、エキドナだぁ!」
「くっ…ひ、怯むな!持ちこたえろぉ!!」

彼女たちの突入により、周囲の戦況が一気に変わってくる。
あとは…。

「リゼッタ、サキサ、私と来い!反対側の門を制圧し
逃走兵を出さないよう退路を阻むぞ」
「「はっ!」」

「キリアナ!警鐘を頼む!」
「了解!」


この要塞は屋根がない。どこぞの屋敷の中庭のような構造になっているため
片隅に兵舎が設けられてあるが全体的に開けた空間になっている。
事実、我々が突破した正面門から高原に続いているであろう
反対側の門もこの位置からでも視界に捉えることができる。
要塞周囲を始め、中には所々に松明の光が灯されているからだ。
…さて、問題の警鐘があるとするならばそれは自然とどこなのか予想はつく。
高台だ。要塞を囲む城壁と同じ高さくらいに設置されたそれを
視界に捉えることは難しくはなかった。

周囲の敵兵たちもかなり混乱し、陣形もまともに取れ総崩れ状態だ。
これなら……。と、いう私の期待はすぐに裏切られることになる。


「うろたえるな!隊列を立て直せ!警鐘急いで鳴らせぇ!!」


要塞内にある兵舎から続々と現れる兵士の中、
一人際立って強い気迫を持った男が現れる。
隊長格であるということはわかる、そしてその格好にも注目だった。
マスカーを主張する深緑の軍服、そして肩や関節などの
急所を守る最低限の防具だけを装着した極力軽量の装備、
そして手に持つのは私と同じような、鋭い剣(つるぎ)。
…君からすれば初めてお目にかかるタイプの敵だ。

剣戦兵(けんせんへい)。
その名のとおり剣を主力とする歩兵の兵科だ。
剣を使うという意味ならば、以前の聖甲兵と同じだが、
この剣戦兵は聖甲兵のようなフルプレートという防御力特化ではなく、
軽装による軽量化を図られた、いわばスピード特化の兵科といえる。
付け加えるなら、聖甲兵とは違い目立った魔術は使うことはないところだ。
そう言う意味では上級兵科の聖甲兵より劣る。


「隊長、どうします?」
「…見過ごすことはできんが、今は門の確保が先だ。
急ぐぞ、警鐘はキリアナたちがどうにかしてくれる……
そして高原側の門さえ制圧できれば、
ここの連中は火山の連中に襲撃を伝える手段を失う」

リゼッタとサキサの魔物特有の脚力に、
私も普段鍛えている足でなんとかそのあとに続く。
するとその背後から先ほどの隊長格の声が聞こえてきた。



「おいなにしてる!?警鐘を鳴らせ!」
「はっ!」

気になって後ろに目だけを向ければ、
警鐘が設置されてある高台まで一人の兵士が梯子を登ろうとしていたが、
次の瞬間、夜を照らす月の光を反射させる一筋の閃光がその兵士を襲った。

「うぎゃぁっ!?」

梯子にかけていた手に刺さったのはご察しの通りキリアナの放った矢だ。
さすがの命中率だ、警鐘の高台に近づこうとするもの全てを
行動不能にさせていくその姿は美しさすらも感じる。
さらに言えばその高台周辺には
ブラックハーピーであるノーザが飛行している。
もはやああなってしまっては高台を登りきるなど至難の技だ。

「オラク隊長!も、もはや警鐘を鳴らすことも困難となり…
みなが総崩れです!いくら隊長が指揮を取られてもこれではもう…」
「くっ…ええい、退却だ!高原まで走り巡回隊の連中にこの事態を…なっ!」

高原に続く門に視界を向ければその隊長も驚愕したであろう…。
私とリゼッタとサキサ。人間とワーウルフとリザードマンの三人が
その逃げるべき退路を塞ぎ、
立ち向かう兵士をことごとく撃退しているのだから。


「はぁっ!」【ズバァッ】
「ぐわぁっ!?」

「てやぁ!!」【ドゴッ】
「うぐえぇっ!?」

「せやーぁ!!」【ザンっ】
「だっはっ!?」


「た、隊長…!こ、高原への門が完全に…!」
「くぅ〜…!!まだまだぁっ!!」


その守備隊長は剣を持つ手の力を強くし、
一気に駆け出し私に向かってその刃を振り下ろし、
それを防御せんと構えれば、互の刃がぶつかり合う形となった。
おそらく、唯一の人間である私だからこそ狙いを定めたのだろう。

【ガギィンッ】
「速いな…これでは火山の連中に知らせることもままならん…。
……!……電撃戦!……そうか、貴様らそれが狙いか!」
「…おとなしく降伏しろ、そうすれば無駄な争いも終わる」
「ふん、少しでも手早く事を済ませようという魂胆か?舐めるなよ!
お前を倒し活路を開けばいいだけのこと!
人間とは常にそうやって時代を生き延びてきた!魔物などとは違う!
当然……女の色気に浮かれ、魔王軍に与するような貴様らともなぁ!」
「……ならば、その剣で私を倒し証明することだ。
確かに私は人間だが、あえて言おう…時代を生き延びてきた強さ…
なにも人間だけが有していると思うな………!」
【ギィンッ】

互いに距離を開け再び構える。
国境要塞の守備隊長を務めている相手だ、油断はできん。

「隊長!」
「我々も!」

「リゼッタ、サキサ、奴は私が相手をする。
お前たちはほかの兵士を頼む、この門は絶対死守だ。
一兵たりとも逃せば形勢は間違いなく逆転する……抜かるな」

「…了解しました、気をつけてください…ザーン隊長」
「………構えろリゼッタ、来るぞ!」


要塞内の兵士たちは一気に退却しようと門まで押し寄せてくる。
しかし束になってかかってこようともそれらをあしらえるだけの実力を
彼女たちは有している、それがシュザントだ。
当然、私の方にも横から割り込んで攻撃を仕掛けてくる兵士もいるが
流石に目の前に実力ある相手がいるだけに気を抜けば命取りになる。

「邪魔だ!」

その割り込んできた兵士の顎に蹴りを叩き込めば、
さらに相手の守備隊長に向かってその兵士を蹴り飛ばしてやった。

「くっ、小賢しい…!」

流石に素早い、蹴り飛ばした兵士を交わし
その状態から流れるような動きで攻撃に転じてきた。
上体の動きでそれを回避するも、さらにそこから次に攻撃に転じてくる。

「その足、もらったァっ!!」

上体で回避されたならば、その足を狙ってやろうと考えたんだろう。
初めに上体への攻撃で剣を横に振り切った体勢から
そのまま体を回転させ、こちらの足を切断しようと仕掛けてきたが…
どうやらかかったようだ。私はあえて足を狙わしたのだ。
その攻撃を回避するためにジャンプし、
そこからカカト落としを相手の頭に叩き落とすために……。

【ズゴンッ】「オゴォッすッ!!?」

見事に狙いが的中し、カカト落としの衝撃で
奇声を上げて地面に叩きつけられるのだった。

「ぐ…ぁあ……だめ、だ…気が…遠く…撤退、…撤退……を……」

その言葉を最後にその男は意識を手放した。
おそらく次に目を覚ました時には、牢の中か…うまくすれば
好みを見つけた魔物の餌食になっていることだろう。






----------------------------------------------------------------------






「そっちはどうですか?」
「はい…はぁ……はぁ…なんとか、あらかた片付いたわ…はぁ…
み、みんなが頑張ってくれたおかげで…はぁ…」

要塞内の制圧も終え、気絶や降伏した敵兵を魔王領まで連行していけば、
部下たちの様子やエレノット殿の様子を確認しに回った。
ついでに言えば、我慢できずにいた魔物たちには個別に好みの敵兵を与え
何人かの監視の元、敵が使っていた兵舎にて情事にしたらしている。
事実なかなか威勢のいい声が耳に届いてはいるが、
魔王軍に属していればこの手の事は恒例行事で、慣れてしまうものだ。
…おっと、話は変わってしまったな。改めてエレノット殿を見れば
息は上がっているが、これは欲情してるのではなく
本当に疲れが出ているようである。

「…なにかお飲み物でも?」
「いいえ、大丈夫…だいぶマシになってきたわ…ふぅ…
でも、驚いたわ…貴方強いのね。
今まで戦いの経験が少ない私でも貴方が強いってわかるわ」
「お褒めの言葉光栄です、ですが所詮は人の域…限度があります。
それに、貴方だって大したものだ…あの激しい戦闘の中、
魔物兵たちを死なせないよう努力し、
一瞬ですが強力な魔力の衝撃を発生させていたではありませんか」
「お、お恥ずかしい限りで…。一応軍役に付いているから、
最低限の護身術などは職務上教えられてはいるの。
…さっきの戦いも、すごく怖かったけど…同胞を守りたい、
ただそれだけに必死だったのよ、そんな褒められるようなことじゃないわ…」
「それで十分ではないでしょうか」
「…え?」
「私は、見ての通り人間でしかありません。
ですがそれでもこの隊長という肩書きを背負い、
リゼッタたちという部下を持ちました。
厳しい訓練にも耐え、いつ命を落とすかも分からない戦場に立っていますが
その源すべてが、貴方がた魔物を守るという一心にあり、
先ほど貴方が言ったことと何ら変わりありません」
「………………」
「…エレノット殿、改めまして私のほうからも希望します。
どうかこれからの戦い、共に頑張っていこうではありませんか…
同じ理念を持つ者として、戦場で肩を並べる者として…どうか」

片手をゆっくりとエレノットでのに差し出せば、
彼女も感激してくれたような輝かしい目でその手を両手で握ってくれた。

「ええ…!頑張りましょうザーンさん…!
あっ…やだ、私……なんだか…泣いちゃった…ご、ごめんなさい……!
なんだか、その…嬉しくって…うぅ…!」
「ふっ、なかなか愉快な女性ですね貴方は……」
「隊長」

するとそこで現れたのはリゼッタだった。

「『用意』が完了しました」
「そうか、時間的にもうすぐ夜明け…頃合だな」

エレノット殿と手を離し、私はリゼッタとともに高原側の門へと向かった。
そこから少し距離を開けてエレノット殿が後ろから着いてくる。
すると、そのエレノット殿に聞こえないくらいの声で
リゼッタ呟くように口走った。

「……天然タラシ」
「ん、何か言ったか?」
「いいえ、べっつにぃ〜…」
「…?」

心なしか、どこか拗ねてるようにも見える。
しかし、無理もなかったかもしれない。
そんなリゼッタに頭を傾げている私の後ろで、
エレノット殿がどこか顔を赤くして私を見ているのだから……。





高原側門までたどり着けば、
既にそこにはサキサを始め第四部隊の面々や、
エレノット殿に従う爬虫類型の魔物部隊のうちの
サキサ同様のリザードマンが集められていた。

「サキサ、集めるだけ集められたリザードマンたちはこれで全員か?」
「ああ、先の戦いで負傷したものを除けばおよそ50ぐらいだ、
もう一方はキリアナが…お、噂をすればだ」
「お待たせしました隊長」

現れたキリアナの後方には大量の馬が引き連れらている。

「この要塞内にいた軍馬と、
ポルグラ町などから集めるだけ集めてきた馬たちです」
「一応聞こう、大丈夫だな?」
「抜かりありません、みんな事情を話し、
それで尚、協力してくれる心優しき者ばかりです」
「さすがだなキリアナ、ケンタウロスなだけあり…
その馬と会話し意思共通できるお前の能力はいつも助けられる」
「いえ…私でもお役に立てるのであれば光栄です」

キリアナはケンタウロス、
人馬一体の種族なため馬と会話するなど造作もないことだ。
だがおそらく、本来人間よりも遥かに自然体に近い魔物だ。
ケンタウロスでなくとも、野生動物と会話できる魔物というのも
案外珍しいことでもないかもしれないが、
少なからず足となる優れた馬の選択にキリアナは非常に長けているのだ。
馬というのはどうにもデリケートな生き物だからな。

「…これでリザードマンたちの足を用意することができたな。
お前たち…疲労、武器、怪我などなんでもいい…
自身の身に不安的要素がある者は遠慮せず言ってくれ」

『いえ、ありません!』


シュザントの隊員たちを始め、リザードマン一行は口を揃えてそう告げた。
なんとも頼もしいことだ。

「…よし、それでは作戦内容を改て確認する。
第一段階においてのこの要塞制圧は成功した、
だがそれもじきに気づかれる。そこで我々は先手を打つことにする。
まずは、キリアナとサキサが率いるリザードマンの騎兵部隊は
高原を巡回しているという敵の騎馬隊を叩け。
もはやこの要塞ような夜襲をしろなどとは言わん、大胆に暴れてくるといい」
『はっ!!』

ある程度の役割を伝えれば、彼女たち全員が敬礼を取る。
しかしまだこれで終われではない。

「当然、火山の連中が気づけばそれ相応の迎撃隊が押し寄せてくるだろう。
それに対抗するのはエレノット殿率いる残りの部隊と
シュザントからは私、シウカ、ヴィアナの三人が共同前線を張る。
キリアナ、サキサ隊は巡回隊を撃破した後、我々と合流してくれ。
エレノット殿、それで構いませんね?」
「ええ……でもみんな、くれぐれも無茶はしないで…。
危険だと判断すれば、真っ先に逃げるのよ……
貴方たちリザードマンにこんな事いうのは貴方たちにとっても
辛いでしょうけど、貴方たちのうち誰かが死んでしまえば
誰かが悲しむ……それだけは、くれぐれも忘れないで……!」
『はい!』



皆が一斉に敬礼を終えれば、サキサやキリアナ含む
リザードマン部隊はそれぞれに合った馬を選別し始める。
野性的本能が強い彼女たちのことだ、
自身と相性のいい馬を見つけるのに造作もないだろう。



「………さて、最後にだ…リゼッタ、ノーザ」
「はい!」
「はっ…」

リザードマン部隊から距離を取り、
その黒い体毛が特徴的なワーウルフとブラックハーピーの二人が
私を見上げるような形で集まってくる。

「………お前たちは二人で第三の部隊として動いてほしいことがある」
「…二人で、ですか?」

ノーザが少し眉をひそめて言葉を返した。

「そうだ、つまりそれだけ危険な役割であると同時に重大な役割でもある…。
お前たち以外兵は出せない…。だがお前たちが拒否するのであれば
それで構わない……。命令はしない、決めるのはお前たちだ」
「…内容の説明をお願いします」
「…敵の補給地を発見し、可能な限りの物資を焼き払ってきてほしい」
『!!』

この言葉に二人は目をわずかだが見開かせた。

「隊長、それって……」
「…わかっている、サキサやあのリザードマンたちは潔く思わんだろうが、
エレノット殿をサポートしながら、押し寄せてくるであろう
敵迎撃部隊を相手にするのも限度がある。
いくらサキサたちが巡回隊を早急に撃破しても、な」
『…………………』

複雑な顔をする、当然だろう。
私自身おそらく鏡を見れば同じ表情をしているかもしれない。

「いくら物資といえど、糧食類までもが
ヴェンガデン火山周辺に設置されているとは考えにくい……。
おそらく周囲の高原で、ヴェンガデン火山から来る熱や黒煙の影響を
受けにくい場所に設置されているはずだ、
……この周辺地図を渡しておく、
私ができる限り推測した地点に印をつけてある。
火山の影響を受けず、さらにはエレノット殿が放った魔物が
偵察した範囲外となればその場所はかなり限られてくる」

手渡した地図を二人が広げれば、赤い印を確認する。

「その補給地を襲撃すればいいわけですね?」
「いや、物資を燃やすだけでいい。できる限り派手にな…」
「……?…燃やすだけでしたらそこまで危険は……」
「いいえ違いますリゼッタ。補給地を守る部隊がおそらくいると思います」
「…そういうことだ、そして火を付けるタイミングもいる」

地図に目をやっていた二人が同時に私を見た。

『タイミング?』
「そうだ、マスカーの迎撃部隊が出撃した時を狙って欲しい。
そうすれば間違いなく物資が燃えている煙に気づくはずだ」
「なるほど…その煙を不審に思い、
少しでも迎撃部隊の兵力を分担させることができれば…」
「それだけ隊長やエレノット将軍たちに余裕が生まれる…」

この二人は隊のなかでも仲の良いだけあって
会話の波長がうまく合う、スムーズに内容が伝えられて助かる。


「そういうことだ、だがそれだけお前たちにも危険が及ぶ…」

「……隊長、私たちは兵士です!どんな任務もこなして見せます!」
「その通りです…、私たちはシュザント…そんな連中に遅れは取りません」

「…わかった、だが可能な限りの物資に火を付ければすぐに戻ってこい。
いいか、決して深追いするな……何が何でも戻ってくるんだ、これは命令だ」
『はっ!』


二人が敬礼をし、私もそれに返せばそこに蹄の音が聞こえてくる。

「隊長、リザードマンたちの準備が完了しました……?…どうかしました?」
「……いや、なんでもない。…キリアナ」
「はい?」
「サキサたちの指揮はお前が取れ、もし…何かあったときは頼む…」
「……了解しました…このキリアナ、この命に変えてでも…」
「………………」



再び高原側の門へと赴けば、既にリザードマンたちは準備満タンで
門が開くのを今か今かと待ち続けていた。
その先頭にキリアナが整列すれば、その隣にはサキサの姿があった。
私はそんなサキサの傍まで歩み寄れば、彼女はどこか嬉しそうに
馬の上から私を見下ろした。

「うん、どうした隊長?」
「いや…なんだ、お前たちの実力は
よく知っているつもりだが一応な…………抜かるな?」
「ふふん、そんなこと…言われるまでもない!」

「開門します!」


門が開門する独特の音が響き、開いた門の先には広大なる高原と
その奥にどこか禍々しく聳える火山がひとつ。
火山の頂上からは、まるで火山から飛び出して来たかのように
夜明けの光が差込み、周囲の闇を刺すような光で照らし始めた。




「出撃!!」




キリアナと合図の叫びとともいリザードマンたちが出撃すれば、
その影でノーザに捕まって飛び出していくリゼッタの姿も確認した。

「……ザーンさん」
「なんですエレノット殿?」
「人間は…こういった太陽の輝きを神聖なものとしてるけど…
正直、私たち魔物からすれば…太陽の光よりも、
月な光こそを神聖なものとします…魔物は暗黒を好みますから……」
「……………」
「ですが、それでもこの輝きは綺麗だと思う……。
だからいつか、こんな戦いを前にして…この輝きを見るよりも…
戦いのない、人と魔物が完全に愛し合った世界で…
愛する人と肩を並べて、この輝きを見てみたい……貴方はどう思う?」
「……少なからず、私たち軍人の存在意義は…その理想郷の為にある…。
ならば、貴方の夢見る世界に私も共感します……ですが、今は…
彼女たちが生き残って帰ってきてくれることを願っています。
私は人間…目の前のことに全力で取り組むのが…精一杯なのですから…」








12/12/21 17:30更新 / 修羅咎人
戻る 次へ

■作者メッセージ
【どうでもいい前回の心境】

久しぶりに最新話投稿できるんですよ!
また皆さんに見てもらえるんですよ!
      ↓
やったーーーーー!
      ↓
全然評価も感想もないじゃないですか!
      ↓
やだーーーーーー!


はぁい、やりたかっただけぇ〜ん。
とりあえずは10000view超えやったぁーーーーっ!!


あとこれからも名前ありのボスキャラ的登場人物は
出てくるんと思うんですが、大抵はまずその話だけの一発キャラです。
え、じゃあなんで名前付けたんだよって?
ほら、あれだよファイアーエムブレム的な影響というか、
「ひとごろしー」とか「…と油断させといて」とか
「うぬ、ここまで登ってきたか!」とかみたいな…まぁどうでもいい遊び心。

今回登場させた一発ボスキャラのオラク隊長なんですが、
実を言うと作中に名前をちなんで、
オクラ隊長!とかイクラ隊長!って部下から呼ばれて
本人に「ハーイ!」とか言わせてノリツッコミさせる
ギャグ要素出したかったんですが流石に雰囲気的にあれですし、
このメッセージ欄にて止めることにしました。収まれワシの右腕!

当分は二三話程はヴェンガデン火山戦闘戦が続くと思いますが、
さて…次にザーンには第四部隊の誰を喰わすか、などと考えている所存です。

今回は…前回ほど遅くはなかった…はず…!

ところで今回も小汚い自分絵入れたんですが、
やはりどうも全体像だとブレが出ちゃいますなぁ……。
次はもっと顔のアップとかにします…、とりあえず今回はこれでご勘弁。
もっとあれだよ、ラノベとか見て挿絵の勉強しねぇといけねぇよワシ!

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33