連載小説
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TAKE7 倒れた男優
 ある休日。ホルスタウロスの女優、小田井真希奈とそのマネージャーでギルタブリルの砂川克己は、鰻女郎のプロデューサー、渡部満の自宅に集結していた。俳優、得刃リンを我が物とすべく開始したアプローチ作戦――という名のセクハラ行為――に関してあれこれと話し合うための私的な会合である。
 
「さて、それじゃここまでに判明した事実について纏めつつ事細かに考察した結果を纏めたものがこれなわけだけど」
 そう言って満が取り出したのは、厚さが2センチはあろうかという冊子……否、書籍であった。
「あ、わざわざ作ってくれてたんですか? しかも考察まで……って分厚ぅっ!? それ流石に分厚くないですか!?」
「しかもわざわざオフセット……幾ら稼げるにしてもお金の使い道は考えておいた方がいいですよプロデューサー」
「大丈夫よ、考えた上での使い道がコレだから。それとかつみん、プライベートではプロデューサーじゃなくてミッチーって呼ぶ約束でしょ?」
「あっ、すみません。然しお言葉ですが、流石に目上の方をあだ名で呼ぶというのは……」
「確かにそれはちょっと……付き合い長いから慣れましたけど私も最初スーさんからあだ名呼び提案された時は暫く躊躇いましたし」
「んもぅ、マキマキまでそういう事言うの? でも二人があだ名で呼び合ってるのに私だけあだ名無かったらなんか明らかにハブられてる感あるじゃない」
「だとしてもミッチーはちょっと……」
「ワタさん、とかじゃダメですか?」
「姓由来だと結婚した後不自然だからせめて名由来にしてほしいのよね」
「じゃあミッチーさんで」
「いやそんな安直な案で納得して貰えるわけ――」
「いいわね、じゃあそうしましょう」
「あったー!? 納得して貰えたー!? てっきり新しいあだ名考える流れかと思ったら納得して貰えたー!?」
「っていうかマッキー、私のあだ名も思えば姓由来だし今から変えておいた方がいいかしら?」
「それは……結婚近くなってからでも遅くないんじゃないですかね」
「まあそうよね。

 それはそうとミッチーさん、その本って」
「ええ、勿論人数分あるわよ。はい」
「あ、人数分準備してあるんですね……」
「内容読み上げて頂ければそれで良かったんですけど……」
「そういうわけにはいかないわよ。だって楽しくないでしょう?」

 満の用意した本に書かれている内容は余りにも長すぎるので、大まかな部分だけを要約して説明させて頂く。
 三人がセクハラ行為によって知り得た情報は、主に三つ。

 情報1.得刃リンはしっかりと人並みの性欲を持ち合わせている。
 短編『メオトなケモノ』撮影時の真相は不明乍ら、少なくとも真希奈・克己・満の三人が結託して以後のリンがしっかりと女体に欲情しうる人物であることは、幾度となく敢行されたセクハラ行為への反応を見れば明らかであった。
 また反応度合いからして異性への免疫は皆無に等しく、一部で囁かれる非童貞説は完全に否定されたものとも断言できた。
 情報2.小田井真希奈、砂川克己、渡辺満ら三名の体型は得刃リンの嗜好と合致する。
 断言するには早いが、セクハラ行為に対する反応度合いからしてリンがスタンダードな巨乳・爆乳好きである可能性は極めて高い。少なくとも過去の出演番組での発言から小児性愛者でないことは確かなようであった。
 情報3.しばしば噂に聞く得刃リンの人間離れした身体能力は誇張などではない。
 リンが人間離れした身体能力を持つことは広く知られているが、多くの人々はそれらに纏わる逸話の一部が大袈裟に誇張されたものではないかとも考えていた。真希奈、克己、満の三人もそうした懐疑派であったのだが、現場で実際彼の動きを目の当たりにしたことで件の逸話が全て真実だと確信するに至った。


「……とまあ、まあこんな所かしらね。あと他にも細かいのが幾らかあるけど」
「殆どのページが考察ですね……しかもミッチーさん以外の人の考察まである……」
「私一人の考察だけじゃ心許ない気がしたのよね」
「ここまでくると逆に蛇足ですよ。大体なんで寄稿してくれてるのが殆ど芸能人とかYouTuberなんですか」
「私の人脈で暇そうな人探してたらそうなったのよ。大体、ああいう界隈って不倫で燃える人多いしみんな大体そういうの詳しそうじゃない?」
「この場だからいいですけど、それ公の場で言ったら逆にミッチーさんが燃えるヤツですよ……」
「どうせ燃えるのなら蒲焼になりたいわ。そして得刃くんに美味しく頂かれるの」
「いやまず燃えないで下さいね? あと美味しく頂かれるのにわざわざ自ら蒲焼になるってそれ魔物娘としては悪手も悪手でしょ」
「スーさんの言う通りですよ。そもそもその理屈だと私はビフテキとか牛丼になっちゃいますし、スーさんに至ってはタイかどこかの屋台で売ってるよくわからない揚げ物じゃないですか」
「マッキー、ズレてるズレてる。そこは『美味しく頂かれるんなら性的に』ぐらい言わないと」
「あ、そうだった……とにかく、これから結婚するつもりなのに無駄に手の込んだ自殺なんて考えないで下さい」
「そうね……二人の言う通りだわ。いざとなったら年長者らしく私が犠牲になろうとか考えてたんだけど……そうよね……三人一緒に、生きて幸せになりましょうね!」
「そんな大げさな……」
「戦場に行くわけじゃないんですから……」




「……つらい」
 芸能事務所オーマガトキプロダクションの社員食堂。同事務所所属の俳優である得刃リンこと本名、志賀雄喜は物憂げにぼやく。
 その表情はやたらと暗く、彼が何かしらのストレスに苛まれていることは明白と言えた。
「あっりゃ、得刃さん。どしたんスか?」
「何かしらの悩みを抱えておられるものとお見受けしますが」
「ああ……あなた方は、確か……」
 身を案じて話しかけてくる、二人の魔物娘。
 獣とも節足動物ともつかない軽装の異形と、首回りを医療用のサポーターで補強したスーツ姿の女。
 どちらも見覚えがある。確か何日か前に事務所へ入ってきた新人だった筈だが、どうにも名前が出てこない。
「……すみません、よろしければ種族とお名前を……思い出せないもので……」
「これは失礼。デュラハンの村上ヤチルと申します」
「自分は上条アスラ、種族はウシオニっス」
「……ああ、GBB団の……」

 名前と種族を聞いて、雄喜はこの二人に関する諸々を思い出す。
 あれは確か先月のこと。彼のマネージャー、日野原がいきな複数人の魔物と結婚を前提に付き合い始めたと聞かされ混乱したことがあった。
 その魔物たちこそネット芸人を自称する『GBB団』なる五人組である。
 元々フリーランスで活動していた彼女らは、男日照りからオーマガトキプロダクションの社員である日野原に手を出したことが切っ掛けで柳沼夫妻にスカウトされ、同事務所の所属タレントとして音楽を作ったり身体を張ったりと日々精力的に活動しているのだった。

「日野原さんの奥様方、でしたかね……」
「その切は多大なご迷惑を……」
「念のため言っときますけど、自分らは止めたんスよ? でもウチのリーダーの檀がですね?」
 檀(ダン)とは、GBB団の発足者にしてリーダーを務めるワイト、檀カナエのことである。
「……ご心配なく……日野原さんが幸せなら、僕はそれで大丈夫ですので……ほんと日野原さんが幸せなら……ええ、彼が幸せならね……」
「……なんかすんません。つか得刃さん、マジで何事っスか?」
「何やらクラーケンにも……いえ、如何にもただ事ではないといったような雰囲気がひしひしと伝わってくるのですが……」
「ああ、すみませんねぇ……そう見えますかねぇ……」
「その身から迸る負のオーラが鬱の一字を形作りそうなほどには」
「性別逆ですけど、旧魔王時代のバンシーってこんな感じなんじゃねーかなつーか」
「そこまでですか……そんなにですか……旧魔王時代のバンシー……そこまで……」
「……もし差し支えなければ、話して頂けませんか?」
「……お聞かせするほどの価値もないようなくだらない理由ですよ?」
「いやその、くだらねーかどうかは自分らで判断しますんで……もう言っちまった方が早い気がするんスけど」
「……魔物的には腹立つ話かもしれませんよ?」
「それこそリーダーで慣れております故、どうぞ心置きなく……」
「……わかりました。実は――」

 そうして雄喜は二人に、近頃現場で同業者などの魔物三名から執拗にセクハラ行為を受けており、彼女らが皆自身の性癖どストライクの美人かつ人格者なため、昂る性欲を抑え込むのに必死すぎてストレスを感じているとの悩みを打ち明けた。
 この発言に対し一瞬『何故そんなことで悩むのか。受け容れればいい話では?』『寧ろそこで性欲を抑え込むのは魔物にとって侮辱に等しいことだ』などと言いそうになったヤチルとアスラであったが、雄喜の態度と口ぶりから『彼には何かしら抜き差しならぬ事情があるのだろう。それを察知・考慮せず頭ごなしに彼を糾弾するのは如何なものか』との考えから批判の言葉を喉元でぐっと飲み込んだ。

「……自分好みの魔物に抱き着かれたんならそのまま腰に手でも回して『では皆々方隣のホテルで今日の撮影について朝まで語り明かしませんか?』とでも返せよって話なんでしょうけどね……芸能人や政治家が民間の未婚魔物に手を出したって不祥事扱いなんてされない時代ですし……」
「けど得刃さんにはそれができない事情ってのがあるんスよね?」
「でなければ得刃様ほどのお方が未だ童貞にして未婚など在り得ますまい」
「それは買いかぶりだと思いますが……僕に"事情"があるのは事実です。最初に断っておきますが、この"事情"というのは僕の独断でもなければ事務所に強いられているものでもありません。
 僕と事務所、双方で話し合いの末に決めたことです。そしてこの"事情"には、僕のある"真実"が大きく関わっています。或いは"秘密"と言った方がわかりやすいでしょうかね」
「真実、に御座いますか……」
「なんかヤバげっスね……」
「はい。僕の"真実"は事務所関係者の間でのみ共有され、決して外部へ漏洩させてはならない。最高機密でなければならない。……嘗てボスとチーフはそう仰いました。
 故に本来、この"真実"を知るべき者は厳正な審査のもとに選ばれねばならない……とも。だからね、お二人はじめGBB団の皆さんが知らないのも無理はないんですよ。まだ新人なんですから」
「えっ、それって自分らがホイホイ知ったらヤバい情報なんじゃないスか!?」
「お、お止め下さい得刃様! このことがボスに知れでもしたら我々のみならず貴方までもが処罰されかねません!」
「ご心配なく。つい先ほどご両名にメールで了承を得ました」
「メールで!?」
「いつの間に……」
「不器用なりに芸能界で出世してしまうと変なベクトルで器用になってしまうんですよ……というのは建前で、実のところは件の"真実"に関係することです。
 まあ、百聞は一見に如かずとも言いますし……実際にお見せした方が早いでしょう」
「見せる、とは……っっっ!」
「何をっスか……って、うええっ!?」

 雄喜が見せた"真実"に、ヤチルとアスラは思わず己の目を疑った。

「驚いたでしょう? これこそが僕、志賀雄喜という男に隠された"真実"……の、片鱗です」
「へ、片鱗!? まだ"先"があるんスか!?」
「なんと……ただでさえ理解が追い付いていないというのに……」
「これを見てすぐに理解しろというのは無理難題です。大丈夫、最初からなるべくわかりやすく説明していきますから……」
 そうして雄喜は、己に秘められた"真実"について語り始める。







「ジョー・エイムゥ!
 何故ただの町医者である君が『呪卍』に選ばれたのかァ!
 何故制御不能たる石駒獣らが君の指示にだけは従うのかァ!
 何故『呪卍』の戦いが君にとって好都合な方向へ進むのかァ!」
「それ以上言うなーっ!」
「その答えはァ、ただ一つゥ……!」
「やめろおおおおっ!」
「クハァッ……ジョー・エイムゥ!
 君が、魔境盤に宿る『呪卍』主導者の転生体だからだぁー!
 ヴェァーッハハハハハハハハハハァ!」
「僕が……『呪卍』の、主導者……?
 嘘だ……そんなわけが……。
 あの人は、僕を騙そうとしてるんだ……。
 そんな、ことなんてっ……っ、く、うわあああああああああああああ!」
「へぁははははははははぁ……!」



「まだわかってねえらしいな……。
 いいか? スタッグも、ヤツを消したお前も……ウロボロスの被験体になって生き残った時点でまともな生物なんかじゃねえ、生物の形しただけの兵器だ。
 だから安心しろ、お前は殺しなんてしちゃいねえ。ただ兵器をぶっ壊しただけのことだ。
 それに……『呪卍』に参戦した以上遅かれ早かれこうなることは予想できていた筈だ。
 それとも? まさか本当に、誰も傷付けず"試合"だけして勝ち進めると思ってたのかぁ?
 だとしたら能天気にも程がある……平和ボケなんてもんじゃねえぞ、甘ったれが」
「……」
「お前がこのまま戦いから逃げ続けるのは勝手だ。好きにすりゃあいい。
 だがな、もし仮にそうした場合、最前線で戦い続けるのは誰だと思う?」
「……」
「群青だ。
 あいつもお前に負けず劣らずのお人よしだからなぁ。今回の件じゃ負い目を感じてる筈だ。
 だからお前がやらねえ、戦わねえとしても、お前を責めず、自ら向かっていくだろう。
 だが、今のあいつじゃそう長くは持たねえ。相手次第だが一月と持つめえ。
 そうなっちまったら後の展開は想像するまでもねえ。何もかもが蹂躙され、全てが無に帰す……
 お前がやるしかねぇんだよ! そいつぁお前自身が一番理解してる筈だ。
 だから何かしら期待して、わざわざ俺へ会いに来たんだろう?」



 スピンオフ短編の撮影を経て尚『呪卍』の製作は順調であった。
 視聴率や売上が急激に跳ね上がることはなく、社会現象級の爆発的なブームも起こりはしなかったが、然りとてそれらが目に見えて落ち込むこともなかった。
 またこの年は役職や種族を問わず芸能界関係者の不祥事が例年以上に相次いだが、こと『呪卍』関係者はそれらと無縁の日々を過ごしていた。
 ある情報番組がこれを逆手に取り『呪卍』を『余りに撮影現場が平和過ぎるテレビドラマ』として特集するほどと言えば、現場が如何に平穏だったか、また当時の芸能界が如何に荒んでいたかわかるというものであろう。

 そうして『呪卍』の製作は順調に進み、残る撮影は最終話分のみという所にまで来ていたのだった。


「よう、武田。隣いいか?」
「おう、氷室か。いいぜ、座れよ」
 路地裏に隠れ家のごとく建つ一軒のバー。
 木製のカウンター席に座るのはお馴染み(?)『呪卍』の監督、武田と脚本家の氷室。
「いよいよ最終回だな、『呪卍』……」
「ああ。思えば色々あったよなあ……今思い返しゃあ、どれもがいい思い出だぜ……クセー台詞を言うようだがよぉ……」
「へへっ、クサくたっていいじゃねえか。酒の席なんだしよ、ロマンチスト上等だぜ」
「そうかねぇ。マスター、こいつにも何かやってくれ。俺が出す」
「いいのか?」
「おう、いいとも。遠慮すんなぃ、俺が出してえってんだからな」
「そうかよ。なら遠慮なく頂かせて貰うぜ……と、すまねえ電話だ」

 着信音が鳴り響き、氷室はスマートフォンを手に取る。

「俺だ……なんだよエレェ慌てようじゃねぇかどうし――
……なんだとっ? オイそりゃマジか?
……ま、冗談で言うわけねぇよな……然しマジか……様子は? ……そう、か。
 わかった……俺らも後でそっち行く。ああ、武田ならすぐ隣にいる。
 ああ、わかった。おう、そっちは頼んだぞ……」
「おい、どうした? 何があった!?」
「……」
「おい氷室! 何があったんだ言えよ!?」
「……るば……」
「あん? 何ぃ? ルンバがどうしたってぇ?」
「……ルンバじゃねえ、得刃だっ」
「ああ得刃……得刃かぁ。
 びっくりしたぜ俺ぁてっきりルンバがオートマタに変形でもしたのかと……。
 で、得刃が何だよ? あいつに何かあったのか?」
「……ああ、それがな……


……得刃のヤツ、倒れたって……
 病院に担ぎ込まれたが、意識が戻んねえらしい……」


 予想外の言葉に、武田は言葉を失った。
21/07/29 21:59更新 / 蠱毒成長中
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