連載小説
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TAKE6 三者企む!
「実は私も彼を狙ってるのよっ!」

 真希奈は内心驚いていた。
 というのも彼女はこの後『まさか貴女も彼を狙っているのですか?』と冗談半分で所謂漫才の"ボケ"を口走り、それに対し克己が笑いながら『そんなわけないだろう』といったような"ツッコミ"を返すものと想定していたからである。
 然し現実は違った。克己もまた、得刃を狙っているという。しかも口ぶりからして、冗談や酔狂の類ではないだろう。
 ならば適切な返しは何かと考えた末、真希奈が至った答えは……

「そ、そうだったんですか?」

 無難。実に無難。
 然し、これ以上の最適解が浮かばなかった以上仕方がない。もうボケとかそういうことを考えていられる流れではないのは明らかである。

「そうだったのよー。
 と言っても、勿論マッキーの邪魔をするつもりなんてないわ。奪ってやろうなんて以ての外」
「ああ、そうなんですね。そこは安心しました」
「そりゃそうでしょうがよ。そりゃ私だって彼氏欲しいし結婚したいしセックスしたいわよ魔物だもの。
 けどその過程結果でマッキーが不幸になるならどんな幸せも願い下げだわ、そんなの無意味だもの」
「スーさん……」
「言ったでしょうマッキー、私"も"彼を狙ってるって。それはつまり、貴女と一緒に得刃君をゲットしたいって意味……いえ、貴女に便乗したいって方が正しいかしらね」
「そこは別に言いなおさなくて良かった気がしますけど……」
「いいのよ。実際そんなもんだし、何よりマッキーの許可が無いなら諦めて別の男探すだけだから」
「本音は?」
「別の男探すアテなんて皆無だし得刃君逃したらもう生涯独身も覚悟の上よね。まあ他に男確保の策がないわけでもないけどそれはちょっと選ぶの躊躇するレベルだし……でもほらやっぱり得刃君にはマッキーこそ相応しいっていうか、そこはマネージャーの立場を弁えなきゃみたいな所もあったりで……」
「ならもう便乗して下さいよ。何を迷うことがあるんですか、許可が必要なら幾らでも出しますし寧ろ協力すらしますけど?」
「えっ……あら、そう? いやなんか、でもほら、マッキーも女の子ならそういうの嫌がるかなーって思ってたんだけど……」
「別に嫌がりませんけど? 寧ろ魔物って一人の男を複数で共有するのが普通ぐらいに思ってますけど? 何なら他の彼氏持ち既婚の知り合い誰か探してそこの妾になろうかなとか考えたこともあったりしますけど?」
「そ、そうだったの?」
「はい。だから別に、スーさんと得刃さんと三人一組の夫婦でも何ら苦じゃないっていうか、寧ろ嬉しいですし、結婚してからも一緒なら心強いかなー、ぐらいの」
「そう……正直言うと、それを聞いて安心したわ。もし拒否されたらどうしようって、不安で仕方なかったから……」
「杞憂ですよぉ。今は法律だって改正されて、殆どの先進国では魔物の一夫多妻制が認められる時代ですよ? そんなご時世に独占欲拗らせてるなんて時代遅れも甚だしいじゃないですか」
「ま、まあそうよね……確かにその辺は私の杞憂だったわ」
「そうですよ。だから二人で頑張りましょう、スーさ――「話は聞かせて貰ったわ」
「「!?」」
 突如、真上から聞き慣れたような声がする。
 二人は思わず天井を見たが、然しそこには当然誰もいない。

 目立つものと言えば精々、かなり大型の通気口ぐらい。

「スーさん」
「何、マッキー?」
「なんか、聞こえませんでした?」
「ええ、聞こえたわね。明らかに声っぽいのが」
「あ、スーさんも聞こえてました? 良かったぁ、幻聴じゃなかったんだ」
「『他人にも聞こえてたから幻聴じゃない』って理屈は『痛覚あるから夢じゃない』レベルにガバだと思うけど、まあ幻聴か否かって言われると幻聴じゃない感はあるわね」
「幻聴にしてはやけにはっきり聞こえてましたもんね。で、幻聴じゃないなら何なんでしょうか?」
「多分アレじゃない? 週刊誌の記者じゃない? それか、週刊誌に金積まれた探偵とか」
「うっわ、今一番出くわしちゃいけないタイプの人種じゃないですかそれ。変な書かれ方して燃えたらどうしよ……」
「まぁ〜別にいいんじゃない? 悪いことしてるわけじゃないし、何ならその辺書いて貰えば間接的に彼にも伝わるって言うか」
「なるほど、そういう考えもアリっちゃアリですね」
「でしょ? ま、そういうわけだから私たちは早い所帰りましょうか。色々やることも多いわけだし」
「そうですね。彼氏作りのために仕事犠牲にするわけにもいきませんし――「待ちなさいよぉ!」
 控室を出ようと真希奈がドアノブに手をかけたその瞬間、再び声がした。
 二人が思わず振り向けば、同時に通気口の蓋がごとり、と床に落ちる。そして中からぬるりと姿を現したのは……

「酷いじゃない二人とも! 幾ら怪しいからって完全無視とか流石に泣くわよ!?」

 ドラマ『呪卍』のプロデューサー、鰻女郎の渡部満その魔物(ひと)であった。

「ぷ、プロデューサー!?」
「どうしてそんなところに!?」
「フッ……よくぞ聞いてくれたわね! 実はこれには深いワケがあるのよっ!」
「いやそんなノリノリで言われても……何かしらの理由があろうことは凡そ予想つきますし……」
「というか、野生下のスライムとかならまだしも社会的地位高めな鰻女郎が何のワケもなくそんな所に潜り込んでるのはちょっと……」
「ノリ悪いわね二人とも……ほんとに泣くわよ?」
「あーすみません、お願いですから泣かないで下さいプロデューサー」
「それなりの立場なんですからタレントとマネージャーの前で軽々しく泣いちゃいけませんわよ」
「大丈夫よ、冗談だから」
(取って付けたような言い訳だなぁ……)
(絶対本気で泣くつもりだったわよねこの回游魚……)
「それでプロデューサー、何故ダクトの中に?」
「まさか『ウナギは狭い所に隠れてると落ち着くから』なんて言いませんよねぇ〜?」
「……ハハッ! それは流石にないわねぇ。実際狭い所は落ち着くからそこそこ好きだけどこの流れでそれは流石にねぇ……無いわねぇ!」
(なんか怪しいなぁ……)
(確実に言うつもりだったわねこの準絶滅危惧種……)
「で、私が何故ダクトの中に居たかと言うとね……小田井さん!」
「へ? はいっ!」
「単刀直入に言うなら、撮影中の貴女がどうにも気になったからよ!」
 そこで二人は察した。思えば満は『メオトなケモノ』の撮影期間中ずっと現場に顔を出していた。
 当時、真希奈は『プロデューサーがわざわざ見に来てくれているのだからより一層頑張らねば』、克己は『多忙だろうに連日どうやって時間を確保しているのか』程度にしか思っていなかった。だが連日現場でスタッフやキャストを観察していたのだとしたら、挙動のおかしい者に気付くのは当然であるし『寧ろそうして自分が絡めそうな面白い相手を見繕う意図があったのではないか』とすら思った。
「小田井さん、貴女撮影中やたらと得刃くんにくっついてたでしょう? そして演技に納得出来ないと言って何度もリテイクを要求して、また得刃くんにくっついて、撮影が終わったら分かりづらくだけど確かに落ち込んだ様子で控室まで帰っていく……
 そんな貴女に興味を抱いたのよ。そして最終日の今日、意を決して真相を探ろうと後をつけていったさっきまでのやり取りを耳にした、というわけ」
「そ、そういうことだったんですね……」
(待って……ということはこの硬骨魚、私達が控室に入ってからずっとダクトの中に潜んでたってこと? ……どんだけ暇なのよ)
「ごめんなさいねぇ、ストーカーみたいな真似して」
(……ストーカーだってそこまではしないだろうなぁ)
(寧ろスパイとか忍者よねこの高級食材……実は鰻女郎に改造されたクノイチだったりしないの?)
「でも安心して頂戴、私は貴女たちの味方よ。二人が得刃くんとゴールインできるよう、恋路をプロデュースさせて貰うわ!」
 二人は思った。この鱗のなさそうな魚類を果たして信用していいものだろうかと。
 だが同時に二人は感じていた。喋りこそ芝居臭く如何にも怪しげだが、この細長い魚類の言葉に嘘偽りや悪意の類いは一切見受けられない、ならば信じてもいいのではないか。
 寧ろ地位も金も人脈も経験もある彼女ならば、心強い助っ人になりうる筈だ、とも。
「ありがとうございます!」
「渡部プロデューサーに協力して頂けるならまさに百人力で――「それとっ」
(あ、来た)
(やっぱり来たわねこの毒血液……)
 それは、二人にとって予想通りの展開。
 或いはこの後、満が何を言うのかさえ大まかに予想できていた。
「そ、れ、と……協力する代わりと言っては何だけど、もし差し支えないなら……そう、差し支えないのならば私の頼みも聞いてくれないかしら?」
「それは、是非そうしたいですけど……」
「頼み事の内容を聞かせて頂かないことには何とも」
「ああ、そうだったわね……じゃあ、言わせてもらうけど……私も便乗させて貰えないかしら?
 実を言うと私、生まれてこの方彼氏なんてできたこともなくてね。仕事や趣味に生きてればそれでいいかなって思ってたんだけど、やっぱり諦めきれなくて……ダメかしら?」

 どこか悲し気な満に自分たちと同じものを感じた真希奈と克己が彼女の頼みを聞き入れるのは当然であった。



 翌日以後、三人は行動を開始した。
 とにかく何かしらの形でリンに近付いては、彼の劣情を煽って誘惑するということを繰り返したのである。
 同業故に近付く機会の多い真希奈は隙あらば抱き付いて胸を押し当て、ことある毎に胸を見せつけるなどした。
 やはり仕事柄現場に留まりやすい克己も敢えて扇情的な服装で出勤してはリンへ身体を見せ付けていたし、多忙故接触のチャンスがあまりない満は真希奈とリンを同じ番組に出すよう各所に働きかけるなど主にバックアップを担当していた。
 以下はそんな日々の一幕である。


「うーるーはーさんっ♪」
「あぁ小田井さん、お早うございま――っ!?」
「はぁい、お早うございますっ。へへへ、ぎゅーっ♥️」
 朝方の撮影現場。挨拶もそこそこに、真希奈はリンの元へ駆け寄りそのまま抱き着いた。
「ちょっ、小田井さん、何やってんですかっ!?」
「何って、抱き付いてるんじゃないですかぁ〜♥️」
「それは見れば分かりますけどそうではなく理由をですねぇ!?」
 当然、リンは赤面し混乱する。普段の彼からは聊か想像し難い姿であるが、何せこの人魔共存の時代にあって希少な成人済みの童貞なので仕方ない。
「あらあら、朝から熱いわねぇ二人とも」
「砂川さん!? いえ、これはそういう訳ではなく小田井さんが突然に……というか彼女止めてくださいよ!」
「えー、何で?」
「何でって貴女ァ彼女のマネージャーでしょうが!」
「そう言われても……魔物ってそういうものだし」
「そうですよ得刃さんっ。ホルスタウロスにとってハグはごく一般的なスキンシップなんですよ? 家族とか友達と気軽に抱き合うことも多いんですからっ。ほら、ぎゅぅ〜〜っ♥️」
「いやいやいやいや当たってる当たってる当たってますっつーか寧ろ挟まりかけてますけどこれ絶対一般的なスキンシップじゃないでしょ!?」
「なんだ、騒がしいな……って、何やってんだオメーら……」
 気だるげに姿を現したのは『呪卍』監督の武田。いつも通りのラフな身なりである。
「あっ、武田監督っ。お早うございます♪
 いえ、ちょっと得刃さんと絆を深めるべくホルスタウロス式のスキンシップをですね?」
「そうか……まあ俺は犯罪とかしねーで不祥事起こさねえで厄介ごとに首突っ込まねえでみんな仲良くしっかり仕事して遅刻とか自分を粗末にするような真似もせずピーマン食ってくれるんならあとはどうなろうが文句はねーけどさぁ」
「結構スタッフへの要求細かいなオイ。あと最後のピーマン云々は俺に対する当てつけか?」
 武田の背後からぬっと現れたのは、武田と旧知の仲でもある『呪卍』脚本家の氷室。彼のピーマン嫌いは特撮ファン界隈だと比較的有名であった。

「あれ氷室? お前どうしたの。今日確か親父さんの法事だろ?」
「とぼけんじゃねぇよ、前の撮影ん時『次撮る場面はお前の目ぇ通さなきゃいけないから這ってでも来い』って言われたから坊主に無理言って法事の日程変えて貰ったんだろうが」
「おう……おお? そうだったか? 忘れてたかもしんねぇわ。まあいいじゃねえか」
「良くねえよ。親戚連中からの扱い悪くなったらお前の所為だからな?」
「いいじゃねえか別に。どうせ二親等より離れた連中は軒並みクズばっかのろくでもねぇ家系なんだろ?」
「クズばっかだからこそ良くねえんだろうが……つーかアレ何だよ? なんか得刃くんが女の子とイチャコラやってんだけど」

「ぎゅっぎゅー♥ 牛だけにぎゅーっ♥」
「じゃ私も、サソリだけどぎゅぅ〜っ……」
「ダジャレかよ……! つか砂川さんまで……!」

「ああ、なんかホルスタウロス式のスキントラブルらしい」
「確かにありゃ軽くトラブルだな」
「ああいや待て間違えた、スキントラブルじゃねえスキンヘッドだ」
「ハゲ頭いねーじゃん」
「悪い、スキンケアだわ」
「なんのケアもされてねーけど」
「スキンクリニック……」
「医者呼んでどうする」
「……スキンクリーム」
「お前をガオンしてやろうか」
「す、スキンコンディショナー!」
「お前のボケのコンディションが最悪かよ」
「す、スキン……スキンダイビング!」
「もうダイビング通り越して身投げじゃねえか」
「……スキン……スキンっ……!」
「もう止せ武田ァ! そんなの誰も望んでねぇ! お前のボケが限界なように俺のツッコミも限界だ! あとそろそろ話進めねーと字数がやべぇし読者もダレるぞ!」
「はっっ……! す、すまねえ……なら、言うわ……
……んンッ!

 小田井曰くありゃホルスタウロス式のスキンシップらしいぜ? 家族や友達とも気軽に抱き合ったりするらしい。
 俺も詳しくは知らねぇけどよ」
「……ギルタブリルも抱き着いてねぇか?」
「じゃあギルタブリルの間でも抱き付くのはありふれたスキンシップなんだろ。ギルタブリルはアラクネに近いらしいしよ」
「……その理屈がまずわかんねぇし、今調べたらギルタブリルにそんな生態はねぇらしいぞ」
「マジで? つーか氷室お前なぁ、そこは風習って言えよ。動物扱いとか失礼だろ――
「別に構わないわよ、若干なら」
「おぅ、プロデューサー。お早うさん」
「お早う監督。それに氷室さんもお早う」
「お早う渡部P……んで、動物扱いでも構わねぇってのは」
「そのままの意味よ。図鑑とか出てる時点で、差別や偏見はある程度覚悟してるもの。まあ基本的人権は認めて欲しいし、配慮してくれるのも有り難く思ってるけどねぇ。
 ただ、あくまで私個人の感想だし、何より雑な扱いなんて真っ平御免だけどね」
「そりゃそうだろうな」
「つーかお前撮影は?」
「あ、忘れてた」
「忘れんなよお前監督がよ……」
「オーイお前らっ! 撮影始めっぞ準備だ準備ィ! ほれ、小田井もマネージャーさんも離れなってんだ!」

 そうして現場での撮影は開始される……筈が、程なくしてホルスタウロスについても調べていた氷室から同種の抱擁が『主と認めた相手への愛情表現』だと聞いた武田が真希奈と克己に説教を始めてしまい、そこへ二人を擁護しに氷室が割り込んだことで口論に発展。
 更には満が横からあれこれと余計な事を言うので事態はよりややこしくなり、結果撮影開始が一時間近く遅れることになるのだが、それはまた別の話。
21/07/29 22:06更新 / 蠱毒成長中
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