連載小説
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禁断の質問
「スクル様に荷物が届いております」
そう連絡を受けて魔王城の私の部屋に箱が三つ運ばれてきた、箱は両手で抱えて持てる程度の大きさだったが、到底一人では運べないほど重かった、何かがぎっしり詰まっているのは明らかだった。
「スクル、これ何なの?」
箱に張ってある伝票を確認したスクルは驚いたような声を上げた。
「キルムズ教授からだ」
「キルムズ教授って…たしか歴史学科の主任教授の?」
スクルは独断で魔王城に来たわけではなく、教授の「限りなく公認に近い黙認」があって魔王城にまでやって来たそうだ。
「勇者様から聞き取ったことを報告書にして大学に送った時に、今後は魔界の歴史の研究をするから魔王城にまで僕の部屋にある本を全部送ってくれって手紙も送ったんだ、研究者にとって本は大事なお宝だからね、本当に送ってくれるとは思わなかったけど」
スクルは箱の中身を確認しながら話した。
「おや、これは?」とスクルは呟きながら大きい封筒を箱の中から取り出した、封筒の中にはキルムズ教授からスクルあての手紙と高級そうな紙に書かれた賞状みたいなものが入っていた。
「手紙にはなんて書いてあったの?」
手紙を読み終えたスクルに聞いた。
「報告書について『非常に素晴らしいものだ、残念ながらこのことを公にすることはできないが君の功績は最大限評価されるべきものである、また君が今後は魔界の歴史を研究することについては協力を惜しまない』というようなことが書いてあるよ」
手紙の内容について話すスクルはとても嬉しそうだった、自分のやったことが高く評価されるということは喜ばしいことなようだ。
「こっちの賞状みたいなものは?」
「辞令だって」
「辞令?」
辞令の内容はスクルをナルカーム神聖大学歴史学科キルムズ研究室の助手に任命して、さらに研究室魔王城分室室長に任命するものだった、分室自体は非公式なようだが。
「助手に任命されるってすごいことなの?」
「教授に比べれば地位は低いけど僕みたいな若輩者が任命されるのはめったにないことだ、しかも分室室長なんて好き勝手に研究して良いと言われているようなものなんだよ!」
スクルはとても興奮していた、スクルと夫婦になってしばらくしてから分かったことだが、スクルは夫婦の営みしている時も興奮するが、歴史の研究で新発見をしたときやそれが高く評価された時の方がずっと興奮する、リリムとしてプライドが傷つくが学者バカ(ほめ言葉)と結婚した魔物娘は大なり小なりそういう気分を味わうこともほどなくして分かった。
このことをきっかけに私とスクルは魔界の歴史研究に本格的に乗り出すことにした、それまでは魔王城の図書室で様々な本を読む程度だった。
そしてスクルと話し合って「スクル‐エルゼル魔界歴史研究所」と立ち上げた、立ち上げたと言っても金属の板にそう刻んで私の部屋の入り口のわきに掲げただけである。
ちなみにスクルは最初「エルゼル‐スクル魔界歴史研究所」にしようとした、私が魔界の王女だからその方が良い、大学から経済的援助は自分の給料くらいしか期待できないからと言った。
しかし私は研究所の所長はスクルがなるべきなので「スクル‐エルゼル魔界歴史研究所」とすべきだと主張して押し倒した、じゃなくて押し切った、まあ押し切ったというよりスクルが必要以上に研究所の名前にこだわらなかっただけなのだが。
「スクル‐エルゼル魔界歴史研究所」の下には同じ大きさの文字で「ナルカーム神聖大学歴史学科キルムズ研究室魔王城分室」と刻んだ。
これはとても画期的なことだった、あるいは異常な出来事だった、魔王城の中に天敵である教団の一組織が堂々と看板を掲げているのだから、いい加減な話だが2、3日は私自身おかしいことに気がつかなかった。
スクルはたいして気にしていないこともあり、私は誰かからなんか言われたなら対策を考えようと開き直ることにした。
何でこういうことが起こるのかというと親魔物国や魔界には教団に追放されたとか、教団から脱出してきた人は大勢いるが、スクルは大学の教授という教団内でそれなりの地位がある人の黙認をもらってやって来たので、いまだに自分は教団の一員であるという自覚がぬけないのである。
別にスパイ活動をしているというわけでもなく(見かたによってはスパイ活動と言えるかもしれないが、本人にその自覚は全くない)本人にやましいところは全くないようだ。
後でわかったことなのだが疑問に思った魔物は何人もいた、そのうちの3分の1はなんかの冗談だと解釈し、次の3分の1は何故か教団へのスパイ組織だと勘違いし、残りの3分の1はお母様とお父様に進言したが、悪気が全くなかったにせよ自分の黒歴史を暴かれたことでスクルの存在自体がトラウマと化したお父様に気を使ったお母様が「きにしないほうがいいわよ」と言ったとのことだった。

「まずは何の研究から始めるの?」
最初が肝心である、大学から送ってきたスクルの本のうち歴史の教科書的な本を読んでみたが、歴史とはものすごく広大な世界であるということがよく解った、何から始めるべきなのか。
「魔界で欠かせないものと言えば『魔王』の存在だ、だから当面の目標は現在の魔王様も含めて歴代の魔王について研究をしようと思う」
「お母様も含めてってことは最初にお母様の研究から始めるの?」
「いちばん身近な『魔王』だからそうなるね」
お母様に研究するところなんてあるかしら?そう思ったが私の場合身近すぎて分からないことも多いかもしれない。
「それでお母様の何を調べるの?」
「魔王様の出自について調べようと思う」
「出自!?」
出自とはいつ、どこで、だれから生まれたかという意味のはずだが…?考えてみるとお母様がいつどこで生まれて親は誰なのかって聞いたことがない…。
「魔王になってからのことは図書室にある様々な本や文書で調べることはできるのだけど、魔王になる前のことはほとんど分からなかったんだ。…その顔ではエルゼルもよく知らないみたいだね」
考えていたことが顔に出てしまったらしい。
「確かに私も知らない、たぶん私以外でも知っているリリムはいないと思うわ」
「それって魔界では当たり前のことなの?僕だったら自分の親がいつどこで生まれて、親の親、つまり祖父母がどういう人だったのかとても知りたいけど」
「別に当たり前ではないわよ、ただお母様にそういうことを聞くのは魔王城では禁忌なのよ」
「禁忌!?何か重大な秘密でもあるの?」
スクルは驚いた、いえそれほど大層なものではないと思うけど。
「単に年齢を知られたくないということだと思うわ、スクル、そこらへんの女心は分からない?」
「分からないわけでもないけど、どんなに低く見積もっても勇者様の年齢とそう離れてはいないことは明らかなんだからあまり意味は無いよなあ」
お父様がいつどこで生まれたかははっきり分かっているのだから、スクルからしてみれば隠したところで意味がないことなようだ。
しょうがない、ここはひとつとっておきの話をしよう
「実を言うとお母様の年齢の話は、デルエラお姉さまがレスカティエを攻め落としたことと重大な関係があるのよ」
「どういうこと?」
 予想通り興味を持ったようだ。
「デルエラお姉さまがあまりにしつこくお母様に年齢を聞くから、怒ったお母様に魔王城を追い出されたの」
「それで?」
「行くところがなくなったからしょうがなくレスカティエを攻め落として、そこに住むことにしたそうよ」
「そうよ…って単なるうわさ話じゃないかそれは」
「正解」
レスカティアが陥落して、しばらく魔王城内で広まったうわさ話というか小話である。
スクルの呆れた顔を見てごまかすのに失敗したことがわかったので、今度は少々まじめな話をすることにした。
「さっき女心っていったけど、魔物娘にとって年齢の話は人間の女性と多少違った意味があるのよ。スクル、少し前に私の年齢がいくつか聞いたわよね?」
「聞いたよ、魔物は不老だから外見で年齢を推定するのは難しいというか不可能だからね、エルゼルは僕と一つしか違わなかったけど」
私はリリムの中では下から数えた方が早い、妹も数えるほどしかいない、そのためスクルとそんなに年齢が離れていない。
「魔物娘と人間の男との夫婦で、幼じみみたいに結婚する前からお互いのことを知っている関係を除くと、年齢の話が結婚後にトラブルの種になりやすいのよ」
「どんなふうに?結婚する前に年齢のサバを読んだとか?」
「違うわ、フィームズから聞いた話だけど人間と魔物娘の夫婦は魔物娘の方が年上のことが多いんだって。魔物娘は性的には早熟だけど、魔界には独身男性はほとんどいないからある程度成長してからでないと、親が子供を中立国や反魔物国には行かせないからだそうよ、反魔物国はもちろん中立国でも危険はあるからね。その他に理想の夫に出会うまで何年でも探し続けるという魔物娘もいるし」
「エルゼルの場合はどうなんだい?」
「教団の大学に潜入するのは危険だったけど私はリリムだし、フィームズも一緒だったから。それにお母様は『かわいい子には旅をさせよ』的な考えの方よ、私の妹の中には10歳にもならないのに世界中を旅している子もいるわ」
「なかなかすごい妹さんだね…、そう言えばフィームズを最近見ていないけどどこかへ行ったの?」
フィームズとはバフォメットで私の元教師である、教団の大学へ潜入するときに同行してもらいスクルと顔見知りの関係だ、その後スクルが魔王城に来てお父様の過去の話を聞いたときにも同席していた。
「フィームズは魔王城や城下町には住んでいないわ、普段はトーポシームという港町でサバトの長をしているのよ」
「トーポシームに?あそこにいるんだ」
トーポシームとはスクルが大学から魔王城に来たときに船から上陸した港町だ、その町に駐屯している魔王軍をスクルが訪ねた時の対応があまりにいい加減だったんで司令官が左遷になったそうだ。
「話を戻すけど、人間と魔物娘の夫婦では魔物娘側が年上である多くて、しかもかなり離れていることも珍しくないから結婚した後に夫が妻の年齢を知るとトラブルがよく起こるのよ」
「どんなトラブル?」
「『え?おまえって俺の母ちゃんと同い年なのか?』とか『おばあ様より年上なんだ!』とか、夫が旧家の出身だと『第○代の誰それ様のころには生まれていたのか!』と言われて急に敬語を使われるようになったり変に礼儀正しくなったりよそよそしい態度になったりで夫婦喧嘩になることが多いそうよ」
「あーなるほど、一般常識として『年長者には敬意を払うべし』っていうのがあるからな、たぶん僕でもそういう態度を取るなあ」
早めに結婚しておいてよかった。
「すると勇者様が魔王様と結婚した時に同じようなことを言ったのかな?」
空気が読めないことに定評があるお父様ならあり得ることだ、容易に想像ができた、その後どういうことが起きたかも簡単に想像ができた。
「エルゼルの言いたいことはなんとなくだけど分かったよ、魔王様に年齢のことを聞くと激怒するかもしれないから止めておいた方がいいということだろ?だけど激怒すると決まったわけでもないから止めるわけにもいかないなあ」
多少の危険ではスクルを止めることはできなさそうだ、しょうがないここは私が一肌脱ぐことにしよう、もちろん全裸になるということではない、私とスクルは城下町に出かけた。

「お父様、城下町で良いコーヒー豆が手に入ったのでお持ちしました、いかがですか?」
私はコーヒー豆やコーヒーカップ等道具一式をワゴンに乗せてお母様とお父様の私室にお邪魔した。
「エルゼルか、ちょうどいいな、もらおうか」
部屋にはお父様だけがいた、お母様はちょっとした用事で出かけていて不在だったがもうすぐ戻ってくる、このタイミングを狙ったのだ。
「ん、一人か?」
お父様は不安そうに私の後ろを見た、スクルが一緒にいないか確認したようだ、前に述べたがお父様はスクルを苦手にしている、全く伝説の勇者とあろうものが情けない。
「お父様、スクルは用事があって別のところへ行っています」
スクルは別の場所で待機している。
私はコーヒーミルで豆を砕いてドリップに入れ、お湯を入れてコーヒーサーバーにコーヒーを入れた。
「お母様が不在ですのでお先にどうぞ」
コーヒーカップにコーヒーを入れてお父様に差し出した、そして砂糖のつぼを持って尋ねた。
「お父様はいくつですか?」
「え?ああ砂糖の話か、いやいい俺はブラックが好きだからな」
そう言ってお父様はコーヒーの香りを楽しんだ後味わった。
「なかなかいい豆だ、間違いないこれはカモ産の豆だな、そうだろう?」
スクルによるとラービスト日記には、お父様はコーヒー好きでいつも通ぶってうんちくを傾けたりどこ産の豆か当てようとしたりするのだが、うんちくはでたらめで産地を当てたこともほとんどないと書かれていたそうだ。
今言ったラービスト日記とはラービストという人物の日記で、お父様が教団の勇者だったころの友人だった人だ、その人はすでに亡くなっているが、お父様に様々な罠を仕掛けたことが最近になって判明して、お父様にトラウマを負わせた。
ちなみに今回の豆はムナトベというところのコーヒー豆で割と最近人気が出てきたところだそうだ、お父様は全然進歩していない…。
「ところでお父様、お母様はまだお戻りになられないのですか?コーヒーが冷めてしまいます」
「いやそろそろ戻ってくるころだぞ?あ、戻ってきた」
部屋にお母様が戻ってきた、私はお父様の耳にそっと「お母様のコーヒーの砂糖はお父様が入れて差し上げれば喜びますよ」とささやいた。
「あらエルゼル、どうしたの?」
「良いコーヒー豆が手に入りましたのでお母様とお父様に飲んでいただこうと持ってきました」
「あらありがとう」
ここで私はお父様に「今ですよ」とささやいた。
お父様は軽くうなずきお母様に尋ねた。
「おまえ、(コーヒーに入れる砂糖は)いくつだったっけ?」
「……あなた、今何とおっしゃいました?」
お母様の声が低くなった、しかしお父様はそれに気付かずにお母様が聞き損ねたかと思い同じ質問を繰り返した。
「おまえ、いくつだったっけ?」
「……あなタ、今何とおっしゃイマした?」
声がまた低くなっただけでなく、抑揚までおかしくなってきた、私は足音をたてないようにこっそりこの部屋の出口まで移動した。
「おまえ、いくつだったっけ?」
「……アなタ、イマ何トオっしゃイマした?」
私は音をたてないようにドアを開けて廊下に出てそっと閉めた。
「おまえ、いくつだったっけ?」
「……アナタ、イマナントオッシャイマシタ?」
スクルは魔王城のすぐ外でこの部屋の窓を見上げていた、私はそこに転移魔法で移動した。
「スクル、もう少し城から離れて」
私とスクルが城から離れる方向で20歩ほど歩いた時、大きな爆発音がして窓から炎と煙が噴き出した、城じゅうに警報が鳴り響いた。
「あの部屋は魔王様と勇者様の私室だろ?大丈夫なのか」
スクルはかなり驚いていた、それに比べて私は冷静だった。
「スクルは初めて見るのでしょうけどあれくらいなら魔王城の年中行事よ、お父様はあれくらいで死にはしないから単なるじゃれあいなのよ」
「恐るべし魔王城…」
「でもスクルだったらお母様も少しは遠慮するでしょうけどそれでも大怪我は免れないわね、お母様に年齢のことを聞くことがいかに危険か分かった?」
「良く分かったよ、でもそうなると他の方法を考えないと」
スクルはお母様の出自を調べることをあきらめてはいないらしい。
「魔王様は、前の魔王の時代には魔王城には近づかないようにしていたと言っていたから、魔王城の図書室等では分からないかもしれない。他のところを探したほうがいいかな」
「長寿や不死の種族なら前の魔王の時代から生きている魔物はまだ大勢いるわ、そういう方々に会ってみるというのもいいかもね」
こうして私とスクルは魔界の歴史の研究に一歩踏み出した。

14/03/29 15:33更新 / キープ
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■作者メッセージ
おまたせしました、「リリムと歴史学者見習い」の続編「エルゼルとスクルの魔界歴史学」のはじまりです。
「リリムと〜」は長編でしたが、しばらくは短編で行く予定です、基本はエロ無しとギャグでいきますのでご容赦ください。
細かい話ですが「リリムと〜」と一部設定の変更があります、主人公の一人「エルゼル」と今回は名前だけの登場でしたがバフォメットの「フィームズ」ですが、前作では親しい関係の相手からはそれぞれ「エル」「フィム」と略して呼ばれていましたが、読者様を混乱させるので今回の作品では略さず「エルゼル」「フィームズ」と呼ばせます、なにとぞご理解ください。
今後ともよろしくお願いします。

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