連載小説
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教団のスパイ
「エルゼル、スクル久しぶりじゃのう、元気にやっておるようじゃの」
 「フィームズあなたも元気そうね、サバトの方は大丈夫なの?」
 「お主らにつきあったおかげでずいぶんと仕事をためてしまったが、なんとか魔女たちがうまくやってくれておるのじゃ」
 私たちに会いに来てくれたバフォメットのフィームズは私の元教師で、現在は友人と言ってよい関係だ、普段はトーポシームという港町でサバトの長をしている。
「今回呼んだのは魔王様が魔王になる前の時代から生きている魔物を知りたいとのことじゃな?」
 スクルの魔界歴史研究の当面の目標はお母様の出自を調べるということになった、しかしお母様に直接尋ねるということはたいへん危険な行為であることが先日判明したため、お母様の昔からの知り合いに尋ねるという方針に変更した。
 だけど私自身の人脈はたかが知れているために、私よりは年長で魔王城の外にも顔が利くであろうフィームズに来てもらった。
 以前お父様が倒れた時に、魔王城に私の姉妹たちがやって来て私が応対したが、お父様が倒れた理由を説明するのを最優先したので個々のリリム達と親しくなる余裕がなかった。
 「事情は分かったが条件を満たす魔物はそれほど多くは無いぞ、単に長生きしているだけではなく、魔王様が魔王になる前からの知り合いという条件もあるからの」
 お母様が魔王になる前の時代は知能を持つ魔物は今より少なかった。
たとえ知能があっても魔物同士で憎しみ合い、敵対し合うことは珍しくなかったそうなので、友人知人を作ること自体が難しかった時代だそうだ。
しかもお母様が魔王になってからかなり時がたったので、寿命がそれほど長くない種族ならすでに天寿を全うした方も多いだろう。
「この前、魔王様は当時の魔王の部下に友人がいたということを言っていたけど他にはいなかったのかな」
スクルの言うこの前とは、スクルが単独で魔王城に乗りこみお父様の黒歴史が暴かれた時のことだ、お母様も当時の魔王に反逆した時のことをわずかだが話した、その友人は魔王の忠実な部下だったが反逆の罪で死刑になった、だがそれは冤罪だった…。
「魔王様が魔王になる前のことは資料が少なくて儂もよくは分からんのじゃ、どうも誰かの部下になるとか徒党を組むというようなことはしないお方じゃったらしい」
それは初めて聞いた。
「じゃあお母様は友達のいないぼっち…じゃなくて一匹狼だったの?」
似たような意味なのに受ける印象がどうしてこんなに違うのだろうか。
「友人がいたという話をいましたばかりだからそれは無いと思う。だけど他人に頼らず一人で生きていける方だったんじゃないのかな」
「スクル、それはないわよ、お母様ときたらお父様にでれでれで嫉妬深くて、私たちリリムにも親バカなところがあるんだもん」
「それは今の話だろ、独身の時は無頼で一匹狼で悪党だけど、結婚して子供ができたら妻(夫)にべたべたで子供にも親バカ極まりないという人はいくらでもいるよ、勇者様もその一人だ」
「そういえば…そうね」
お父様は独身だったころはいろいろととんでもない人だった、というのはつい最近判明したばかりだった。
「魔王様が当時の魔王へ反乱を起こした時に協力した魔物でまだ生きている方はいないのかな?」
スクルはお母様が反乱をおこしたときの仲間という線で探すつもりのようだ。
「反乱のときに魔王様と一緒に戦った連中か…?ふむ…まだ生きているのは幾人かおるのお」
「その中で魔王城や城下町に住んでいるのは?」
「それはおらぬな、じゃがクリオ村に住んでいるドラゴンがおる」
「クリオ村?」
「ここから歩いて1日くらいのところにある村じゃ、そこの村長をしているツグズミというドラゴンが魔王様が反乱をおこしたときに一緒に戦ったと聞いておる」
「スクル、そのツグズミさんに会いに行く?」
スクルは私の質問に対し少し考えてからフィームズに再度質問した。
「他の方々はもっと遠くに住んでいるということ?」
「そのとおりじゃ、中には生きているのは確かじゃが、どこにいるかは分からないという者もおるな」
「それなら最初はそのツグズミ村長にしよう」
次の行先が決まったなと思ったら、フィームズが少し声を落として話し始めた。
「会いに行くのなら気をつけた方がいい、そのツグズミ村長じゃが必ずしも魔王様との仲が良好ではないらしいぞ」
「それってどういうこと?」
「前の魔王を倒したあとは一度も会って無いそうじゃ」
え?歩いて一日くらいならドラゴンなら空を飛んで半日もかからずに魔王城まで来ることができるはずよね?それなのに会いに来ないってことは…。
「お母様と何かあったのかしら?」
「詳しい事情は分からぬ」
「クリオ村自体が魔王様に反抗的ということはないかな」
「そう言う話は聞いたことがないな」
「スクル、どうする?会いに行ったらいきなりドラゴンブレスのお見舞いなんてことは」
「さすがにそれは無いだろう、そこまで反抗的なら魔王城の近辺で村長なんかやってられないよ、とりあえず会いに行ってみよう」
スクルって結構度胸があるのねと見直したが、考えてみればスクルは教団の人間で別に勇者でもないのに魔王城にたった一人で乗り込んできた、歴史の研究のためなら多少の危険はものともしない性格なのだ。
「それでは儂はこれでお暇するがな、エルゼル、ちょっと聞きたいのじゃが」
「え?何?」
「お主の着ている服、ずいぶんと変わったのお」
「ふふふ、分かる?」
「そりゃあ一目見りゃ分かるわい」
私はついこのあいだまでは魔物娘図鑑に載っているようなリリムの制服ともいえる露出度の高い服を着ていたが、現在は長袖、長スカートで、肌が外に出ているのは羽、しっぽ、スカートの裾から靴までの間と、両手、後は首から上の部分だけである。
服の色、模様ともに比較的地味である
「これはスクルの好みなのよ」
「はあ?スクル、お主は若いわりにはずいぶんと保守的なのじゃな」
「それがちがうのよ、スクルは私の肌を他の人や魔物にできるだけ見せたくないんだって」
「ほほう、スクルはずいぶんと独占欲が強いようじゃな」
「でしょ?スクルは一見淡々としているようで実はとても独占欲が強くて嫉妬深いのよ」
魔物娘にとっては夫に独占されるというのはとてもうれしいことだ。
自分のことを話題にされたスクルは顔を赤くして明後日の方へ顔を向けた。
「すると風呂には他の者と一緒に入るなと言ったのか?」
「風呂では裸になるのが当たり前だからそれは別に良いって、ただ他の男と一緒なのはたとえ混浴でもなるべく避けてほしいって」
魔界では風呂は混浴が一般的なのでこの条件を守るのは大変そうだ。
「それでは青姦なんかは」
「絶対にいやだって、今のところこの部屋でしか、鍵をしっかりかけてからでないとしないのよ、見るのも見られるのも嫌なのよ」
「なるほどなるほど」
フィームズはニヤニヤしながらスクルに話しかけた。
「安心せいスクル、お主みたいな嗜好は決して珍しいわけではないから魔界の宿には木賃宿でもない限りは鍵も防音設備も完ぺきという部屋は少なくとも一つはあるぞ、少々高めじゃがな、旅をするときも安心してできるぞ」
スクルは答えず窓から外の景色を眺めていた、耳のところが赤くなっていた。

フィームズが帰って、私たちがクリオ村に出かける準備を始めたときにスクルが話しかけてきた。
「今回クリオ村に行く時だけでなく、今後出かける時もなるべく転移魔法は使わないようにしたいんだ」
「え?なんで?」
「教授にも言われたことなんだけど、歴史の資料は道端に落ちていることがよくあるんだ、石碑、道標、時には橋や道そのものも大事な資料になることがある。それらは実際にこの目で見ないと気付かないからその機会をできるだけ多くしたいんだ、急ぐ時とか遠いところに行く時は転移魔法を使わせてもらうことになるけど、だめかなあ?」
「別にだめということはないわ、研究のためならいいわよ」
転移魔法は上級魔法だが生まれつき強大な魔力を持つリリムなら小さな子供でなければ使える、ただ使用の頻度には個人差があり同じ部屋の中で移動する時にも使うリリムがいれば、極力使わず可能な限り自分の足で歩くというリリムもいる。
ちなみに転移魔法の使用頻度の高いリリムほど太って…じゃなくて「ふくよかな」リリムが多いというのは魔王城では定説である。

次の日の朝私とスクルは魔王城を出発して、城下町の西門からクリオ村に向けて歩き始めた。
考えてみるとスクルが魔王城にやって来てから城下町の外に出るのは今回が初めてである、ということはこれが新婚旅行ということになる、残念ながらスクルはこのことに全く気付いていないようだ。
スクルは街道わきの一里塚や分かれ道にある道標に興味を示して、時には立ち止まってスケッチしたり彫ってある文字を書き写したりした、人間界のとは違うのかと聞いてみたらあまり変わらないらしい、違うようにしたところで混乱するだけなので魔界の方で人間界の様式に合わせたようだ。
クリオ村までは平坦な道のりで日が傾きかけたころには村が見えてきた、村の手前には小川が流れていて石橋がかかっていた、橋を渡りかけた時スクルはこの橋に興味を持ち始め、巻き尺を取り出し橋の長さや高さを測り始めた。
「ねえスクル、この橋に何かあるの?」
「ちょっと待って、この橋はもしかして…」
私の見たところどこからどう見てもそこらあたりにあるような普通の石橋だが…、魔王城を出発してからここまでいくつもの橋を渡っているのが興味をもって調べ始めたのはこれが初めてだ。
「間違いない、この橋はスティングハウス橋だ」
スクルは興奮気味につぶやいた。
「?この橋の名前がスティング何とかっていうの?」
「違う、スティングハウス工法というやり方で架けられた橋なんだ」
「それってすごいものなの?」
「すごいというより珍しい橋だね、百年くらい前に発明された工法なんだけど、橋を架けるのに時間も人手も費用もかからない画期的な工法と言われたんだ」
「それが何で珍しい橋になるわけ?」
「それから十年くらいしてもっと簡単に橋を架ける工法が発明されたからなんだ」
「なによそれ」
一所懸命に努力して発明した方もお気の毒に、さぞ残念だったでしょう。
「土木工学の教授によると現存しているのは今まで八つしか確認できてない橋だそうだ、もし他に見つけたら報告してくれと言われているのだけどまさか魔界で見つかるとはなあ」
「もしかして発明した人が何らかの事情で魔界に来たのかしら」
「ありうるね」
目的地までなるべく歩くという方針がさっそく実を結んだわけだ、地道な努力って重要なのね。
「村長が何か知っているのかもしれない、この橋のことも聞いてみよう」
この橋のことで思ったより時間を取られたので村についたころには日がほとんど暮れていた、そのため村の宿で一泊することにした、もちろん鍵と防音設備完備の部屋である。

事前に約束もとらずにやって来たのだから会ってくれるだろうかという不安はあった、宿の主人に聞いてみたところツグズミ村長は最近あまり出かけることがないようだが、ドラゴンとしては高齢の部類に入るので村長としての業務はマールという実の娘が行っているとのことだ。
主人は私がリリムということに気付いたら気まずそうな顔をした、やはりツグズミ村長はお母様にはあまりいい感情を持っていないとのことだ、しかしその理由は主人も知らないとのことだった。
ドラゴンは洞窟にすんでいることが多いが、ツグズミ村長は大きめだが普通の家に住んでいた、考えて見れば村長をやっているのだから町はずれにあることが多い洞窟にすんでいたら不便きわまる話である。
私とスクルは村長の家の呼び鈴を押して中に入り、ツグズミ村長と面会することができた。

結論から言うと必要な話を聞くことはほとんどできなかった。
ツグズミ村長と対面して、スクルと私が礼儀作法に則ったあいさつの言葉を述べると向こうも形通りのあいさつをしてきたが、私たちを歓迎していないのは明白だった。
スクルの言うように魔物娘は外見では年齢が分かりづらい、ツグズミ村長も見た目は普通のドラゴンとは変わらないが、歳月を重ねた雰囲気を漂わせていた。
 質問したのは主にスクルだが「忘れました」とか「昔のことはよく覚えていません」とか「知りません」といった木で鼻をくくるような回答だった。
 魔王の娘であるリリムに対しての最低限の礼儀をわきまえてはいたが向こうがはるかに年上ということもあり強く出ることができなかった、というより私は強気の交渉というのは苦手である。
 今回の旅は失敗だったかなと思い始めたころ「そろそろ帰られた方がよいのではないですか、今なら今日中に魔王城に帰れますよ」といわれたので帰ることにした。
 だがスクルは「では最後にこれだけは聞かせてください」と例の石橋のことについて質問した、
ツグズミ村長は質問の方向が変わったことに少し戸惑ったようだがそれでも「よく覚えていません」と答えた。
 スクルは「反乱のときほど昔ではありません、ここ百年程の話のはずです」と食い下がったが「覚えていません!」と強く言われたので村長宅を辞去することにした。
 玄関から外に出て徒労感を感じながらスクルに帰ろうかと言いかけた時、前方上空から私たちの方へ飛んでくるドラゴンがいることに気付いた、そのドラゴンは私たちのすぐ前に着陸して話しかけてきた。
「私はツグズミの娘のマールと申します、リリム様少々お時間をいただけないでしょうか!」

 私とスクルとマールは宿屋の食堂に移動した、食事の時間ではないこともありガラガラだった。
 「私は昨日から外出していたのですが、今朝になって宿屋の主人からリリム様が母に会いに来たという連絡を受けてあわてて帰ってきました。すでにご存じだと思いますが母は魔王様にわだかまりがあります、失礼なことをしてしまった様でまことに申し訳ありません」
 そう言ってマールは私たちに謝った、私は疲労感を感じてはいたがたいして腹を立ててはいなかったのでその旨を告げたらマールはほっとした顔をした。
 スクルも怒っていたり不愉快に感じていたりしているようではなかった、後で聞いたところでは歴史の研究のため今まで様々な人に会ったが、ツグズミ村長より無礼な人はもっといたとのことだ。
 マールはお母様やリリムにはわだかまりは無いらしい、ツグズミ村長が答えなかったようなことでも答えてくれるかもしれない、まずスクルがマールに質問をした。
 「魔王様が起こした反乱に母が参加した時のことですが、何度か母に聞いたのですが詳しいことは教えてくれませんでした『知らないほうがいいことがあるのよ』といつも言っていました」
 どうやらかっての人間と魔物の戦いだけでなく、お母様が起こした反乱も現在からみればかなり大変なものだったらしい。
 次にスクルは橋のことを聞いたが、八十年ほど前に橋が壊れてジャイアントアントに架け直してもらったということしか分からなかった。
 スクルの質問が終わったので、今度は私がツグズミ村長はなぜお母様にわだかまりがあるのかということを尋ねた。
 お母様に好意的では無い魔物は決して珍しくは無いが、一時は一緒に戦っていたのに何故その後嫌うようになったのか知りたかった。
 「それは…、申し訳ありませんが私の口から申し上げることはできません…」
 マールは実に神妙な面持ちで答えたので、私はそれ以上聞くことができなかった。
 「ではマールさん、最後に一つだけお聞きしたいのですが」
 スクルがマールに尋ねた。
 「マールさんは魔王様の反乱のことはご存じないようですが、マールさんは魔王様が魔王になられた後にお生まれになったのですか?」
 「正確に言うと私が1歳のときに前の魔王が討たれて、現在の魔王様に代替わりしたのでその頃のことはほとんど覚えていないのです」
「1歳のときに…ですか」
 スクルは何か気付いたようだが、それ以上何も聞かなかった。

 マールと別れて私とスクルは魔王城へ帰るため歩き始めた。
 石橋を渡り、村が見えなくなるところまで離れたころにスクルが口を開いた。
 「マールさんが1歳のときに魔王の代替わりがあったということは、生まれた時はまだ前の魔王の時代だったということだ」
 「?当然でしょ」
 スクルの言葉は私への質問のようにも単なる独り言のようにも聞こえた。
 「ということはマールさんの『父親』は人間ではないということだ」
 「え…?あっそうか!」
 すべての魔物が雌になり、人間の男とでなければ子供は作れないというのはお母様が魔王になってからの話だ。
 「それじゃあマールの『父親』は…、ドラゴン!?」
 「教団が旧魔王時代に作成した魔物図鑑によると、ドラゴンは同じ種族の雄と雌とでつがいを作って卵を産んで子育てをするそうだ」
 「じゃあ『父親』は今どうしているのかしら?」
 「前魔王への反乱の時に死んだということでなければ、例外なく魔物娘になったということだよなあ」
 「ひょっとしてツグズミが父親だったの?」
 「うーん、根拠は無いけどツグズミ村長は母親だと思う」
 確かに根拠は無いけど私も同感だった。
 「ツグズミ村長が魔王様にわだかまりがあるのはそこら辺が原因なのかな」
 「でもお母様から聞いた話では、旧魔王時代の魔物のつがいは今ほど夫婦のきづなは強くなかったそうよ?」
 「そうなのかもしれないけど個体差という物があるし、魔王様と勇者様よりずっと昔の話だけど、ある勇者がドラゴンのつがいと戦って雄のドラゴンを討ち取ったんだ」
 「それで?」
 「雌のドラゴンは一旦逃げたのだけど、その後その勇者をつけ狙うようになったそうだ」
 「夫の敵討ってこと?」
 「勇者にそう言って勝負を挑んだんだそうだ」
 「それでどうなったの?」
 「その勇者に返り討ちにされたのだけど、最後の言葉が『これで夫のもとに逝ける…』だったんだ」
 「昔にもそういうのはいたのね…」
 「その勇者は罪悪感を覚えてそのドラゴンのつがいの墓を建てて弔った、そして剣を折って勇者であることもやめてしまったそうだ、おしまい。これは結構有名な昔話でその墓も残っているよ、ツグズミ村長とその夫がこの話みたいにドラゴンのおしどり夫婦だったら魔王様にあまりいい感情を持たないんじゃないかな」
 「愛する夫がいきなり女になってしまって、その原因はお母様がわざとそうしたというのなら…、私だったら恨むわね」
 お母様は旧魔王時代の魔物の夫婦はそれほどきづなは強くないと思っていたからすべての魔物を雌にするということができたのだろうけど、全てがそうではなく非常に仲のいい夫婦がいたとしても別におかしくもなんともない。
 そういうのが全体としてどれくらいいたのか分からないけど、魔界全体でみれば結構いたのかもしれない、ということはお母様を恨んでいる魔物は思っていたよりずっと多い?
 お母様はたまに頓珍漢なミスをやるお方でもある、それでお父様をぶっ飛ばしてしまうことも割とある、ひょっとして問答無用で強引にすべての魔物を雌にしてしまったのが最大の判断ミス?
 だけどお母様の目的である、魔物と人間が仲良く愛し合う世界を作るというためには他に方法が無かったというのならしょうがなかったのかもしれないが、自分がツグズミの立場だったらやっぱり納得はできない、考えれば考えるほど解らなくなった。

 「エルゼル、ちょっと考えてみたんだけどさ」
 「ん、なに?」
 いろいろと考え込んでいたらスクルが話しかけてきた。
 「次の魔王が方針転換したらどうなるかなと思って」
 「それって旧魔王時代のように人間と魔物が敵対する関係に戻すってこと?」
 「違うよ、全ての魔物が雄化したらどうなるかなと思って」
 「ハア?」
 「魔王様は魔物娘と人間の男を結ばせることで魔物と人間の平和を実現しようと考えているけど、次の魔王が魔物男と人間の女を結ばせるというように方針転換したらどうなるのかなと思って」
 「………(思考停止状態)」
 「ツグズミ村長と夫の間に起きたことが僕らの間に起きたらどうなるのかなと考えてみたんだけど、ん、聞いてる?」
 「それって…具体的に言うと…私が魔物男になっちゃうってこと…?」
 「魔王様はすべての魔物を雌化して、人間の男としか生殖行為ができないようにするというよく考えるとすごいことをしたけど、ということはその逆も理屈の上では可能だということだよね」
 「確かに…理屈の上では可能かもしれない…」
 しかしわが夫ながらとんでもないことを考え付くなあ、この男は。
 「でももしそんなことをする魔王がいたら全ての魔物を敵に回すことになるわよ、現実問題として可能性は限りなく低いわ」
 「ちょっとした思考実験だよ、そんなに気にするようなことではないから」
 「それにもし私が魔物男になったとしても逃がさないから」
 「逃がさないって誰を?」
 「あなたをよ」
 「え?」
 「魔物娘の夫への執着心を甘く見ないでね、たとえ私が男になっても絶対にあなたを逃がさないから…クククク」
 私の目つきが怪しくなったのを見てスクルはちょっとビビったようだ、びっくりさせられたからお返しだ。
 魔王城への帰り道はスクルといろいろ話しながら歩いて無事に魔王城へ着いた、ツグズミの件はこれで終わりかと思ったらそうならなかった。

 翌日の昼すぎに魔王城の私の部屋へツグズミが訪ねてきたのだ、部屋に入って来た時は全身ロープでくるまっていたので最初は誰だか判らなかった。
 「エルゼル様、スクル様、昨日はたいへんご無礼を働き誠に申し訳ありませんでした、どうぞこれをお受け取りください」
 昨日の非協力的な態度が信じられないくらいの低姿勢だった、たとえ好意的なドラゴンでも普通はもうちょっと威厳が感じられるのだが卑屈なくらいだった。
 差し出してきたのは城下町で売っている高級なお菓子の詰め合わせだった、といっても山吹色のお菓子のことではない。
 「昨日あの後マールからエルゼル様とスクル様の評判を聞いて一睡もできず、あわてて飛んできました、ぜひお願いしたいことがありまして」
 私とスクルの評判?聞いていて分かったのだがフィームズのサバトにいる魔女の一人がマールと知り合いらしい、意外なところでつながりがあるものだ。
 「エルゼル様とスクル様は魔界の歴史を研究しているとか…、そこで一つお願いしたいのですが私が昔あの石橋を酔っぱらって壊してしまったということをなにとぞ内緒にしてください、もしこのことが娘や村民たちに知られたら恥ずかしくて生きていけません」
 「は?いやそんなこといわれましても」
 スクルは予想外のことを言われて戸惑っていた、私も驚いていた。
 ツグズミは私とスクルが最初からそのことを知っていたと信じ込んでいた、そしてスクルが石橋について質問したことは鎌をかけるための質問だとも信じているようだ。
 「そこを何とかお願いします、何でも言うこと聞きますから」
 プライドの高いドラゴンがそこまで言うとはよほど知られたくないらしい、私は困っているスクルに「ここは話を合わせた方がいいわよ、昨日答えてくれなかったことに今なら答えてくれるはず」と耳打ちした。
 スクルは「分かりました、誰にも言いません」と約束して、感謝するツグズミに昨日の質問を繰り返した(石橋のことは除く)。
 お母様が反乱をおこした時のことはとても興味深い話がいろいろ聞けたけど、肝心のお母様の出自については、それまでお母様には一度も会ったこともなくうわさを聞いたこともないので知らない、直接本人に聞いたこともないということだった。
 スクルの質問が終わった後、私がお母様に対するわだかまりの理由について質問したところ、スクルの想像が的中したことが分かった。
 ツグズミには愛する夫(ドラゴン)がいたのだが、反乱が成功しお母様が魔王になったら自分と夫が共に魔物娘になってしまったのでお母様をずっと恨んでいるとのことだった。
 これについてはもし私が同じ立場なら同じようにお母様を恨むと思うので何も言えなかった、魔王城に来るのに全身ロープでくるまっているのも自分が魔王城に来たことをお母様に知られたくないからとのことだった。
 元夫は現在はどうしているのですか聞いたら世界中旅をしていて年1回くらい村に戻ってくるとのこと、余計なお世話かと思ったが再婚の予定はないのかと聞いたらお母様への当てつけのつもりで二人とも一生独身を貫くとのことだった、たとえ同性同士でも仲は良いみたいなのでほっとした。
 最後にスクルが「石橋が壊れた理由はどう村民に説明しているのですか」と聞いた、それに対する答えは「教団のスパイの仕業ということにした」とのことだった。
 約束を守るよう何度も念を押しながらツグズミが帰って行った、まっすぐクリオ村に帰るのかと思ったら城下町に住む昔の知り合いに会ってから帰るとのことだった。
ツグズミが帰って行って後スクルは一連のやり取りを書き記していた、ツグズミとの約束は守るのかと確認したところ「誰にも『言わない』と約束したけど『書かない』とは約束していない」とのことで、意外と腹黒いところがあると見直した。
それにしても自分の失敗を「教団のスパイの仕業」にするとはいくらなんでもひどい話だと思ったら、スクルいわく、教団や反魔物国家では原因や犯人が不明だとか、明らかになるといろいろ都合が悪い事故や事件を魔物の仕業にすることがよくあるので気にすることは無いとのことで脱力した。
こんどこそ今回の話は終わりかと思ったが世の中そんなに甘くないということを思い知らされた。

次の日から私とスクルに面会を求める客が相次いだ、ツグズミが城下町の知り合いに会ったときに私とスクルが自分の隠していた失敗を知っていた、と具体的なことは隠して話したらしい。
そのことが城下町でうわさとなって広まって、そのうわさを信じた人たちが何とか内緒にしてくれと押しかけて来たのだ。
こちらが知るはずもない失敗をぜひ内緒にしてくれと頼み込んでくるのだから正直頭が痛かった、しかも自分の失敗をどう言い訳したのかと聞くと全員口裏を合わせたかのように「教団のスパイの仕業」と言った。
「教団のスパイ」はボヤをおこしたり、お母様にデマを吹き込みお父様を城外まで吹き飛ばしたり、お母様に出す料理の砂糖と塩を間違えさせたり、商売の取引で品数を一ケタ間違えさせたり、お父様の洋服ダンスに女性ものの下着を入れてお母様に雲の上まで打ち上げられたり、と様々な悪事を働いた。
全員に「分かりました、誰にも言いません」と約束して記録は付けておいた。
今回の件で私とスクルの人脈が一気に広がったので結果良ければすべて良しである。
あと教訓として「教団のスパイの仕業」という話には眉に唾をつけて聞くようになった。



14/06/22 20:59更新 / キープ
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■作者メッセージ
お待たせしました、第2話をお送りします。

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