連載小説
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1.8 kiss me
ギルド内は広かった。
受け付けはどこか、と声をかければあっちだのこっちだのと言われ、声が言うまま歩いてみても同じような所をぐるぐると回っていた。
ギルドといえば木造の、歩けば音が鳴る様な時間を感じさせ、それでも温かみを感じる建物と思っていた。
カインが歩いているギルドは石造りで、白い大理石の様な石で統一された清潔感の漂う作りだった。

「全然見つからない、というかなんで室内で迷うんだ……」

辺りを見渡せば先刻と同じ場所に辿りついており、雑談をしている人物も同じままだ。
狐に抓まれた感覚を身に覚え、自分の左手を見つめる。
左手の手のひらは刺青が入っており、掌だけではなく、前腕から伸びてきていた。この刺青はただの刺青ではなく、教会で入れられた制約の刺青にもなっている。
制約は、守り。自己と外界を繋ぐ、外へと向けた守護。
この守りがある限り、使用者は護られ、正しき道へといざないますように。そんな願いが込められたものであった。

左手を握り締め、柱がふと気になって眺めて見る。
柱の陰からは角が覗いており、くるりとカールした角に、ふわふわとした毛に覆われた手らしきものも見えていた。

(相手をするべきか、放置するべきか)

おおよその意図を感じ取ったカインは棒立ちになったまま考えていた。
柱の影に覗かせた角は、時折ぴょこぴょこと動いておりこちらの様子を探っている様子だった。

(……)

ごくりと生唾を飲み込み、足音を立てないまま、人ごみを利用して柱へと近づく。
するすると間を縫うように近づき、手を伸ばせば触れる距離まで近づくと、あえて手を触れずに眺めるように正面に立った。

(せーのっ)

カールした角をぐいと掴んでみると、思ったよりも軽く、足踏みをするような感触を得ながらこちらへと勢いよく引き寄せる。

「うおっ!おっ、おっ?!」

引き寄せて見ると、イメージ通りの山羊の姿をした少女が現れた。
現状を理解できていないのか、大きく濡れたように光る瞳を瞬きしながら、見つめあう。

「人を迷わせるのは楽しかったかな?お嬢ちゃん」

角を掴んだまま、尋ねる。
カインは怒っておらず、笑顔のまま。

「お、お?気づいたのか?」

「人間にしてはやるの!あの幻術を見破るとはの!」

かっかっか、とご機嫌に笑う少女の態度はとても身長とは見合わず、不釣り合いさを醸し出していた。
勢いよく笑っていたためか時折むせてしまい、近くにいた魔女に背中をさすられていた。

「うぅ……すまぬな……」

よろよろと立ち上がり、ふわふわとした手でカインの外套を掴み姿勢をキープしている。

「ところでお主、受け付けはすぐそこじゃぞ……」

小さな手で受付を指差し、裾を掴んだまま動き始める。
足取りは重く、蹄のある足はぷるぷると震えている。

「いや、ついてくるの?」

「なに、腐れ縁というものじゃ」

裾を掴んでいる手は片手から両手に変わり、引っ張られるようにしてあとをついてきている。
ついてきている少女はバフォメット。
魔獣種とされる彼女は個体数が少なく、それゆえに目撃例もさほど多くはない。
小さいながらもその力は強く、並みの冒険者や旅人では返り討ちに合うとさえ言われている。幼き姿からは想像もできない力を持ち、『サバト』と呼ばれる魔女とバフォメットを中心とした組織を持っている。
なぜギルドのこのような場所にいるかは分からないが、サバト支部があることを考えて見れば特に不都合な部分はなかった。

「あら、いらっしゃい、マリー。その人は誰かしら?」

受付にたたずむ女性は頭に葉っぱを乗せていた。
この辺りでは見ない珍しい服装をしており、カインにも見覚えがあった。
その服装は海を越えた東方にある、ジパングと呼ばれる地方のものである。

「のう、卯月よ。こやつ、エリの匂いがするぞ?」

マリーと呼ばれたバフォメットはカインの外套のポケット辺りで鼻を鳴らし、匂いを嗅いでいた。

「んー。じゃあ前から頼んでた紹介状の人じゃないかしら」

マリーは勝手にポケットの中に手を入れ、手紙をひっぱりだすとカウンターの上へと置いた。

「えー……」

見ず知らずの他人のポケットを漁り、中身を取りだして二人で読み始めていた。
カインは軽くため息をつき、近くに置いてあった宝箱の上へと座る。

「疲れたかの?」

「あぁ、ぼーっとしてた」

乾いた笑いを作り、気軽に言う。
歌っていたことは気にしないように、無理に話を切り替えるようにして。


「はい、これで終わり。晴れてギルドの一員となりました」

「おぉ!これで人材が増えるのじゃな!」

カウンターよりも小さいマリーは角だけがカウンターから顔を出し、主張するようにぴょんぴょんと跳ねている。

「とりあえず、手始めにお仕事でもしてもらいますか」

卯月と言われた女性は黒い顔でにやりと笑い、紙の束をカウンターへと出した。
ただ出すのではなく、カインの目の前に突きつけるように。

「ざっと受けることのできる依頼は百を超えてるわ。しっかりかせ、もといお仕事をしてくださいねー」

ばさりと広げられた依頼書は空に漂い、見やすく空中に陳列されている。
言葉をはさむ隙もないカインをしり目に、卯月はそそくさと椅子に座り算盤を打ち始めた。

「あ、そこのマリーも連れて行ってあげてね?」

「よろしく頼むぞ、お前様。いきなりではあるがエリの頼みなのじゃ。道中で説明するからの」

小さく胸を張るマリーは、フンスと鼻息を上げて精いっぱい偉そうにしている。
14/08/26 23:04更新 / つくね
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■作者メッセージ
エロのタグ入れてるのにエロがない!不思議!

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