連載小説
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10.お金で買えないものがある(買えるものもある)
宿場町ロコから北東に向かう二人。
その馬車の中で、エトナはシロに正拳突きの仕方を教えていた。

「シロの年だと、筋力より技術的な事鍛えた方いいんだよ。
 筋トレは、今やると体の成長を妨げちまうんだ」
「そうなんですか。エトナさん、色々ご存じなんですね」
「オーガなら、知ってて当たり前だけどな。戦いの事とかは親に叩きこまれたんだ。
 ・・・おっ、今のいいな。下半身が安定すれば、もっと良くなるぞ」

拳の突き出し方を手取り足取り教えるエトナ。
両親を殴る為というのは勿論だが、シロの、

「少しでも強くなりたいんです。僕にも戦い方を教えて下さい」

という願いを受けて、ついでに護身術の手解きもする事にした。

「ヤクト蹴飛ばしたりした辺りでそう思ってたけど、やっぱり筋いいな。
 この分ならどんどん上手くなるぞ」
「ありがとうございます。これからも宜しくお願いしますね」
「おう、勿論!」



「この辺はもう来た事無いな。・・・おっ、あれか?」
「多分そうですね。えっと、お金を入れて・・・」

二人が次の目的地として選んだのは、商業都市ノノン。
行商人を中心に様々な商人が集まるこの街には数多くの商会があり、
それぞれが助け合ったり競い合ったりして、この街で一獲千金を狙っている。

「色々な物が流通してそうですね」
「何があるんだろうな。行こうぜ、シロ」

門にいた衛兵に馬車の保護を依頼し、二人は街へと入っていった。



「寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 今日も明日も大安売り! 素敵な洋服揃ってるよ!」
「冒険初心者大歓迎! 安くて良質の武器、揃ってるぞ!」
「ウチに無い物は無いよ! 何でも屋へいらっしゃい!」

ノノン名物、中央市場にて。
大勢の商人が品物を売り捌こうと、声を張り上げている。
更によく見ると、あちこちで商談をしていると思しき商人が見つかる。
また、今は誰も居ないが、ステージのようになっている所では、所謂『競り』が
行われるのだろう。

「ラシッドにもお店は沢山ありましたけど、その比じゃないですね」
「どれから行く? シロの行きたいとこならどこでもいいぞ」
「そうですね・・・あっ、あそこに行きましょう」

そう言ってシロが指差したのは、装飾品を並べている露店だった。



「らっしゃい! お、オーガに坊主・・・ほほーっ、おアツい事で」

麻布の上に商品を陳列し、自身は小さな折り畳みの椅子に腰かけている露店商。
シロとエトナの二人を見て、ニヤニヤしながら囃し立てた。

「だろーっ! アンタ気に入った! 色々買わせてもらうからな!」
「あざーっす! ほら色々あるから見てけ見てけ! うちのは安いが、
 造りはしっかりしてるから長く使えるぜ!」
「エトナさん・・・あ、でもこれとか確かに。これで銅貨2枚は良心的な価格ですね」

テンションの上がるエトナと、冷静に商品を分析するシロ。
すると、露天商は商品を手に取り、二人に差し出した。

「これなんかどうだ。ミサンガって言ってな、糸を編みこんで作った腕輪だ」
「確か、自然に切れたら願いが叶うという言い伝えがあるんですよね」
「坊主よく知ってるな。どうだいお二人さん。お揃いで買ってみないか?
 今なら2つで銅貨1枚にまけとくぜ」
「これいいですね。エトナさんは?」
「アタシも欲しいな。買うか」
「まいどあり! 他にも買ってくかい?」
「それじゃ・・・そこの髪留めを一つ」
「坊主、気前いいねぇ。そんなお前におっちゃんからプレゼントだ。
 おもちゃみてぇなもんだけど、この指輪やるよ」
「えっ、これはおいくらで・・・」
「プ・レ・ゼ・ン・トだっての。タダだタダ。ガキがんな事気にすんな。貰っとけや」
「それじゃ・・・ありがとうございます」
「おう。その代わり、ウチの商会を紹介してくれ、なんつってな。ほら、これもやるよ」

露店商はシロから銅貨3枚を受け取りながら、一冊のパンフレットを手渡した。
大きさは縦に30cm、横に20cm程度。ページ数は20ページ弱といった所か。
表紙には橙色の文字で『ヨナレット商会』と記載されている。

「商会によっては、固有のサービスやってるとこもあるんだ。
 例えばウチは年に3回、抽選で金貨が当たる福引きとか」
「流石商業都市。その辺りで差別化を図ってるんですね」
「面白いとこだな。んじゃ、他のとこも見て回るとするか」
「それがいい。・・・ところでお二人さん、ちょっと耳貸してくれるか」
「「・・・?」」

突然、神妙な面持ちになった露店商。
二人は少し訝しがったが、とりあえず耳を傾けてみる。
すると、露店商は小声で語りかけた。

「ここだけの話、ベング商会にはなるべく関わるな。
 逆三角形で、赤地に3つの黒十字のバナーがある店には行かない方がいい」
「・・・どういう事ですか?」
「悪い。立場上詳しく言う事はできねぇが、俺の客には皆伝えとく事にしてるんだ。
 特にお前らみたいな、子供と魔物っていう組み合わせが一番危ない」
「よく分からんが覚えとく。何かとありがとな」
「気にすんな。助け合いはこの世の常だ。
 この街の商会も、基本的にはそんな感じだからな」

話を伝えた後、うんうんと頷き、露天商は元の明るい表情に戻った。
そして、今度は軽い調子で喋り出した。

「・・・さ、真面目な話おしまい! 二人とも、宿は決まってるか?
 ちょっとツテがあってな、俺の紹介で安くなるとこあるんだよ」
「決まってはいますけど、エトナさん、どうします?」
「せっかくだし、紹介してもらおうぜ」

タリアナの領主から貰った馬車は、寝泊りをするには申し分ない程の
豪華な造りになっている。
しかし、馬車である以上どうしても解決できない問題がある。

「風呂あるよな?」
「当然。部屋ごとに専用の風呂があるんだよ」

そう、湯浴みである。豪華な馬車とはいえ、流石に浴槽は無い。
タオルで体を拭いたり、川があれば水浴びをしたりと、道中でもそれなりに
清潔さは保って来たが、出来れば湯に浸かりたいというのが実情である。

「決まり! そこ、泊まらせてもらうな!」
「それじゃ、一筆書くから待ってろ。紙とペンは・・・あったあった。」
「色々とありがとうございます、えっと・・・」
「ジェフ・リッカー。ジェフでいいぜ」
「あっ、ありがとうございます、ジェフさん」
「どういたしまして。そしてノノンへようこそ!」
「今更かよ」

両手を広げて歓迎の言葉を贈るジェフと、それに笑いながら返すエトナ。
楽しげな二人を見て、シロも小さく微笑んだ。



ジェフに紹介された宿屋の一室。
あまり広くは無いが、一通りの備品は揃っており、清潔感がある。
部屋の片隅には脱衣所があり、その先が恐らく浴室。
二人は荷物を下ろし、備え付けのベッドに寝転んだ。

「ふーっ。結構いい部屋だな」
「二人部屋で2泊3日なのに、銀貨1枚でお釣りが返ってきましたよ。
 ジェフさんには本当に感謝しないと、ですね」
「ダブルじゃなくて、シングルベッド2つっていうのが気に入らねぇけどな」
「あはは・・・それじゃ、お風呂入りましょうか。エトナさん、お先にどうぞ」

シロはベッドから起き上がり、荷物の整理を始めた。
・・・が、その直後。



「何言ってんだ。一緒に入るぞ」



というエトナの一言により、ピタリと動きが止まった。

「あの、エトナさん。いくら部屋専用のお風呂とは言いましても、
 別に二人で入る必要は・・・」
「アタシはシロと一緒に入りたい」
「ほら、二人で入れるくらいの広さがあるとは限りませんし・・・」
「見てみろ。二人なら余裕で入れるぞ」
「えぇっと、その、実は僕、お湯に濡れると溶ける性質が・・・」
「いいから服脱げ! 風呂だ風呂ー!」
「ちょっ、エトナさん、引っ張らないでぇぇぇぇぇっ!?」

徐々に支離滅裂になっていく理由づけもむなしく、
わたわたと焦るシロは、脱衣所に連れられていった。



「んーっ、風呂サイコーッ!」
「・・・あうぅ・・・」

湯気の立ち込める風呂場。
シロが買った髪留めで髪を纏め、背伸びをしながら入浴を満喫するエトナと、
なるべく無心になろうとするが、恥ずかしくて浴槽の隅で縮こまるシロ。
一応、湯浴み着もあるにはあったのだが、

「風呂だろ? 風呂は裸で入るもんだっての!」

というエトナの主張により、シロのお守りとエトナの髪留め以外、二人は何も身に着けていない。
入浴剤か何かが入っているのか、お湯の色は乳白色の為、隠そうと思えば隠せるのだが、
エトナは全く気に留める事は無く、むしろ見せつけるように湯に浸かっている。

「シロー。こっち向けー」
「そんな事したら間違いなく逆上せます・・・」
「何言ってんだ、自分からフェラお願いしたりした癖に」
「ううっ、それとこれとは別ですっ!」
「変な所で気にしやがって。それならこれでどうだ!」

水しぶきを上げながら、一気にシロに寄りかかるエトナ。
むにゅんと、大きな胸がシロの背中に当たる。
その柔らかさと、正体の明らかな二つの突起の感触が直に伝わり、身体が跳ねた。

「うりうり〜♪」
「エ、エトナさん!? ふっ、ふざけるのもいい加減に・・・」
「素直になっちまえよ〜♪ 可愛いなもう〜♪」
「怒りますよ!? 本当に怒りますよ!?」
「おー怖い怖い。んじゃ怒らないように気持ちよくさせなきゃな」
「ちょっ、エトナさん何処を・・・!」

スッと、シロの陰茎に指を這わせるエトナ。しかし。

「・・・っ!」
「エトナさん? あの・・・?」

―――この子を、犯しちゃいけない!

呪文が発動。
ピタリと、エトナの動きが止まった。

「・・・ごめん、先上がる」
「えっ、はい。その、えっと」
「本当にごめん。ゆっくり入ってろ」
「えぇっと、その・・・ごめんなさい」
「シロが謝るな。アタシが調子に乗ったのが悪いんだ。本当、ごめんな」

お互い状況を察し、謝り合う。
風呂場からエトナが出た後、シロは顎まで湯に浸かり、

(また、僕のせいで・・・)

自分の能力と、かけられた呪文の疎ましさを呪った。



「本当に、やりすぎた。ごめん」

何時もより少し長めに入浴時間をとり、間隔を空けて部屋に戻ったシロ。
脱衣所を出るなり、エトナに謝られた。
何処か哀しそうで、普段の力強さは全く感じられない。
一瞬、目の前にいるのは本当に魔物娘のオーガなのかと、戸惑ったくらいである。

「エトナさん、ですから僕は・・・」
「嫌だったよな。ごめん。シロの気持ちも考えないで、とんだ事しちまった」
「その、あれは照れ隠しと言うかなんというか・・・」
「気は遣わなくていい。それに、そうだとしてもそれなりの線引きはするべきだろ。
 呪文が無かったら、アタシはシロを傷つけてたかもしれない」
「・・・・・・・・・・・・」

続ける言葉が浮かばない。
何を言っても、エトナが自分を責める事は明らかだ。
それでも何か言おうとするが、声は喉の奥に籠ったまま、出てこない。

「・・・本当に、ごめん」

布団の中に入り、背を向ける。
どんな顔をしているかは、見ずとも分かった。

(・・・今日、寝れるかな)

今はどうする事も出来ない。
時間が解決してくれる事を祈りながら、シロも布団に潜り込んだ。



それから2時間後。

「・・・んっ」

目を開ける。
枕元の明かりを除き、部屋の照明は全て消してあるから、当然暗い。

結局、シロはあの後全く寝つけず、どうすればいいかを考えていた。

(解呪の方法とか、調べないと。
 このままじゃ、いつかエトナさんまで・・・!)

目の前で死んでいった魔物娘達が、脳裏に浮かぶ。
断末魔を上げる者、頭を掻き毟る者、吐血する者、教団に殺される者・・・
そして・・・

それにエトナが重なる。

(嫌だ・・・嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!!!!!!!!!!!)

錯乱し、過呼吸に陥る。
思考回路がぐちゃぐちゃに爛れる。
何度否定しても、過去の記憶からエトナが切り離せない。

(いっそ、僕が死ねば・・・!)

咄嗟に、首に手が伸びる。・・・が。



『アタシはシロが大好きなんだ!』



(・・・っ!)

全てが、消し飛んだ。
代わりに現れたのは、エトナと出会ってからの事。

『安心しろ、オーガは強いんだ』
『たまには何も考えないで甘えてろ』
『アタシはいつでも傍にいる』



『両親、殴りに行こうな』



首を掴もうとしていた手が、胸へと下がる。
心臓の鼓動を確かめながら、息を整える。

(また、助けられちゃったな)

もう片方の手も重ね、大きく深呼吸。

(エトナさん、ごめんなさい。勝手に怖がって、勝手に殺した挙句、助けて頂いて。
 ・・・大丈夫ですよね。朝になったら、また笑顔になってくれますよね。
 もし、まだ気にしてるのなら、今度は僕が助けますから)

ゆっくりと、瞼を閉じる。
身体の力が抜けたシロはすぐに意識を落とし、部屋には二つの寝息のみが残った。



・・・が。

「・・・寝れない」

完全に目が冴えてしまったシロ。
時計を見ると、既に日付は変わっている。
しかし、まだ夜明けまでは相当時間がある。

「エトナさんは寝てる・・・のかな」

寝返りを打ち、エトナの方を見る。
どうやら、眠りについているようだ。
そして。

(・・・わざとじゃない、よね)

はだけた浴衣。
その胸元からのぞく、くっきりとした深い谷間。
エトナも寝返りを打ったのか、今は丁度シロの方を見る形。
つまり、ただでさえ大きい胸がより強調される体勢である。

(柔らかそう・・・って、何考えてるんだ。身勝手にも程があるよ。
 お風呂でエトナさん拒絶したくせに、何を・・・)

と思いながら、自分の股間を軽く触る。
予想通り、明らかに誤差の範囲を逸脱する、一部の変化があった。

(僕は何やってるんだ・・・拒絶して、怖がって、発情して・・・)

がっくりと項垂れ、自己嫌悪に陥るシロ。
しかし、この時彼は気付いていなかった。



自分の身体は、思いの外正直だという事に。



(・・・うん?)

柔らかな感触。
どこかで、感じたことのあるような。

(確かタリアナ辺りでって、うえぇっ!?)

辛うじて声を押さえる事が出来た。
そして、状況をようやく認識した。

(何で僕、エトナさんのベッドに入ってるの!?)

男の本能がそうさせたのか、自身でも気付かぬうちに、
シロはエトナのベッドに移り、その胸を揉んでいたのである。
部屋のスペースの関係上、二人のベッドは僅かな隙間を挟んでいるだけ。
移動すること自体は簡単な事だ。

(・・・最低だ僕。こんなの人間がする事じゃないよ。猿以下だよ。
 しかもエトナさん、涙の跡残ってる。僕は何をしてるんだ)

シングルベッドで、エトナの身体に手が届く位置。
必然、顔がはっきりと見える。
故にすぐに分かった。その目がぱっちりと開いている事は。

(・・・あっ)



ぱっちりと、開いている事は。



「おはようシロ。何してんだー?」

時刻は深夜1時。
エトナは、シロが我に返る15分前に、目覚めていた。
13/10/23 23:22更新 / 星空木陰
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■作者メッセージ
大人の階段を2、3段くらい飛びながら上ってたら、躓いてしまったシロ君。
この後、一体どうなってしまうのか。

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