連載小説
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第六話 『今日は……ここまで』
 ……ナナカに股間を掴まれてから、およそ一分が経過した。
 今どうなっているかというと、勃起した男根を直に見られている。やたらと手際良くズボンと褌を降ろされ、そそり立った俺のラを、ナナカにじっと観察されていた。止めろと言うべきところだろうが、ナナカの姿に見入って言葉をなくしてしまう。

 この無愛想で寡黙な女鍛冶屋が、一つ目からの熱っぽい視線をイチモツに向けているのだ。大きな瞳がじっと男根を凝視し、青い頬に赤みがさして、その下では丸出しの青い乳房が揺れている。魔物はみんなヘルだと聞いていたが、この単眼のホワイトからこうも興味津々に、しかも淫らな視線で見つめられることになるとは。その驚きがまた興奮材料となる。

 ナナカの手がそっと、竿を撫でていく。これも魔物だからだろうか、過酷な仕事をしているのに掌の感触は滑らかで、柔らかかった。まるで母親が赤子を可愛がるかのように、そっと優しく男根を撫でてくる。たまらない心地だ。

 一つしかない大きな瞳が、じっと俺と目を合わせてきた。吸い込まれそうな、海のような藍色に心を奪われる。単に色の美しさだけではない。こんなに奇麗な目が他にあるかというような、不思議な光を宿した瞳だった。この目でじっと見つめられれば、誰も彼女を醜いとは思えまいに。鏡を見たことがないのだろうか。自分の瞳の美しさに気づいていないのか。

 俺と見つめ合ったまま、ナナカはあむっと口を開いた。薄紅色の舌が見えたかと思うと、今までに増して大胆で、かつ淫らな行動に出た。

 男根の先端を、すっぽり口に含んだのである。

「ん、っちゅぅ……♥」

 先端に吸い付かれ、舌先でくすぐられた。それがたまらなく気持ちよかった。こういう行為があると知ってはいても、まさかナナカがいきなりこんなことをしてくるとは。
 だがナナカはいつもの無愛想な様子とは違い、頬を火照らせ、情熱的に奉仕してくれていた。飴玉のように口の中で亀頭を転がし、舐め回し、味わっている。くすぐったい快感が、痺れるように全身に伝わってくる。竿の方は手での愛撫が続いていた。

 彼女の口腔はとても温かい。そしてねっとりと唾液がまとわりつき、優しく丁寧に男根が可愛がられる。一生懸命にその奉仕を続けるナナカがたまらなく可愛らしく、いやらしかった。
 俺は無意識のうちに彼女の頭を両手で挟み、男根から離れないようにしていた。あまりにも気持ちよすぎて。それに気づいたが、離す気はなかった。さらさらした髪の感触を手に受けながら、彼女の奉仕を満喫していた。このまま続けられたらどうなるか、分かりきっているのに。

「はっ、んんっ♥ ちゅるっ……♥」
「ナナカ……」

 名前を呼んで頬を撫でてやると、彼女は男根を咥えたまま微笑んだ。初めて見る、女らしい笑顔だった。そして淫らな笑顔だった。これが魔物としての、サイクロプスとかいう種族の本当の姿なのだろうか。

 俺が高まってきたとき、竿部分を愛撫していた掌が離れた。だが快感は増大した。掌の代わりに、青い、丸い、大きな乳房が襲いかかってきたのである。

「うぉっ……!」

 思わず声を上げてしまうほど、それは柔らかかった。蕩けるようで、それでいて弾力もある。谷間の汗ばんだ肌がぺたぺたと竿に貼り付き、擦れ、両側から手で圧迫されて形を変える。きめ細かな肌が男根にぴったりと食い込むかのように密着しては上下にゆっくりと摩擦してくる。
 魔物の乳房というのは赤子を育てるものではなく、男根殺しの凶器ではないかと思うほど、たまらない刺激だった。ここまで大胆なことをするナナカにまたもや驚かされる。

 彼女の乳房は口で亀頭を咥えたままでも、しっかりと男根を包み込める大きさだった。だから口での刺激も続く。ナナカの口から唾液が垂れて、男根を伝っていく。それが胸の谷間で汗と混ざり合って、ねっとりと竿を擦り立てる。
 口で一生懸命に奉仕し、両手で乳房を上下にすりあわせるナナカの姿がたまらなく淫らだ。藍色の瞳に心が吸い込まれそうになり、それと一緒にこみ上げて来たものがすーっと吸い出されていく。

「んんんっ♥」

 咽せるような声を上げながらも、ナナカは口の中に迸ったそれを飲み下した。足腰から力が抜けそうなほど気持ちよくなりながら、彼女の口にすべて吐き出す。ためらいもなく。ナナカもそれを吸い取り、喉を鳴らして飲んでいった。俺の腰に手を回し、抱きつきながら、最後の一滴まで。

 恍惚とした表情で、ナナカは男根から口を離した。そしてじっと俺の目を見て、ぷいっと顔を逸らす。

「今日は……ここまで」

 口元を拭い、そそくさと服を着始めた。と言っても着たところで露出度は高いし、あの凶器もとい胸の谷間も強調された格好である。そして今の意味の深そうな台詞が気になった。

「今日は、ってことは……」

 明日続きをするってことか、と言いかけた。さすがにそこまで無神経なことは言えない。だが何か代わりの言葉を言う間もなく、逃げるように作業場へと飛び込んでしまった。ナナカは茹で上ったかのように真っ赤な顔で。

 今のは夢だったのだろうか。いや、現実だと、体に残る快楽の余韻、そして解かれた褌が語っている。それを拾って締め直し、ズボンを上げながら、市場でお姫様に言われたことを思い出した。ナナカは今まで、恋などせず、ただ技を磨き続けていければいいと思っていた、と。
 実際そのように生きていたのだろうし、俺を助けたのも下心からではなく、親切心からのはずだ。では今のは何だったのか。きっと俺の態度から、魔物のヘルな本能が目覚め、それに身を任せてしまったのではなかろうか。そしてやるだけやったら理性が戻って、恥ずかしくなってしまったと。

 今まで彼女は世間一般でいう『女としての幸せ』を廃し、鍛冶屋としてのみ生きようと心に決めていたのだ。それなのに俺が居候することになって、そこに迷いが生じた……と、姫様からは伝え聞いた。俺に好意を抱いてくれてはいるのかもしれない。ただ、まだ悩んでいるのだろう。自分の生き方を変えるべきかどうかを。
 生き方を変えるのがどれだけ難しいか、俺にはよく分かった。戦争が終わったこと、そして別の世界に来てしまったという転機があったから、俺は変える気になっている。だが祖国には変えられない連中もいて、ある者は敗戦の直後に自決し、ある者は反乱を策動していた。

 ナナカは馬鹿な女ではない。しかし職人の道を究めようとすれば、愚直な人柄になっていくものだろう。生き方を転換させるのは難しい。俺は嵐の中この町に来たが、彼女にとっては俺こそが本当の嵐なのかもしれない。

「……簡単にはいかねぇか」

 自然と笑みが浮かんでくる。俺にとって、あんなにいい女は他にいないという思いが確信に変わったのだ。凛々しく一本筋の通った生き方、その一方で見せたあの淫らな姿。あんなことをされてしまっては何が何でもナナカが欲しいと思ってしまう。

 もはや前進あるのみ。俺は小屋を飛び出し、借りたばかりの屋台へ向かった。今すぐアレを作ろう。最初のお客はナナカだ。









 ところで、日本海軍にはギンバイ(銀蝿)という習慣があった。ようするに食料ドロボーのことだが、よくも悪くも日本海軍の慣例のようなもので、バレても見逃してもらえるか、ぶん殴られる程度で済む。主計科がこっそり食い物を分けてくれることもある。ただし軍艦の烹炊所に行って、馬鹿正直に「何かくれ」とか言う奴は素人だ。「おう、入ってこい」と言われて入った瞬間にぶん殴られるに決まってる。海軍の主計科という連中は乗ってる艦がどんなに激しく戦っていても飯を作るのが任務であり、暑い烹炊所に籠っているから当然殺気立っている。楽しみと言えばギンバイを返り討ちにすることくらいだ。
 だから女の話とか休暇の話とか下ネタとか、軽妙な会話で和ませながら相手の気分を良くしたり、ときには早く帰ってくれと思わせることで美味い物をせしめるのがギンバイの達人なのだ。

 つまり俺はギンバイの経験で得た交渉技術を値切りに応用し、今日は予算より少ない出費で材料・器具を揃えることができた! 快調な出だしである!

「海〜の男の海軍料理〜」

 まずは丁子やコエンドロなどを粉状に擦る。ウコンはやや多めに入れる。ちゃんと秋ウコンだ。それに量を合わせてスパイス類もすり潰して、風味付けにニンニクも足す。フライパンを火にかけ、これらを混ぜてじりじり炒ると、香ばしい匂いが広がってきた。香りが飛ばないよう、容器に移して冷ます。この容器も魔法がかかっているとかで、入れた食材がすぐに冷めるという便利なものだ。

 続いて玉ネギを大量にみじん切り。目が痛かろうとここは耐えるところ。みじん切りの物と大きめな物と、二通りに切る。あの馬鹿でかい豚の肉も買ってきたので、これも小さく切っておく。なかなか脂が乗っていて美味そうだ。
 鍋も火にかけ、鶏ガラを吹きこぼして奇麗に洗い、玉ネギと一緒に煮込んで出汁を取る。アク抜きも丁寧に。

 さらに篩にかけた小麦粉を木べらで混ぜ、全体をまんべんなく、焦げ付かせないよう炒るのだ。そこへ先ほど魔法の容器で冷ました粉をぶち込み、さらに混ぜる。

「よしよし、この香りだ!」

 香しき、懐かしき香りを感じながら、植物油とバターを少量加える。やがてだんだんと固まってきた。これがこの料理の命だ。

 それをフライパンに残したまま、今度はみじん切りのタマネギを飴色になるまで炒めた。ここで鶏ガラスープの出番である。鍋に注ぎながらタマネギと馴染ませ、続いて豚肉と大きめの玉ねぎをぶち込む。

 軽く煮立った。ここでスパイス等を調合した『料理の命』を加えるのだ。フライパンに残ったものも鍋からすくったスープで溶かし、完全に入れてしまう。
 後は焦げ付かせないように煮込み、塩や果物を加える。果物は魔界の果物だそうで、リンゴに似ている。だが酸味がないため丁度いい。これで味が決まったので、あとはとろみがついていくのを見つつ、味見をしながら少しずつ塩などを足していくのだ。

 飯炊き用の魔法の鍋とやらで、丁度いい具合に銀シャリも炊けていた。日本の物に近い米が手に入ってよかった。
 鍋を火から降ろし、皿に持ったご飯に黄金色のそれを景気良くかける。みじん切りの玉ネギは黄金色の中に溶け込み、その中にざく切りの玉ネギと肉が輝かしく浮かんでいた。

 完成だ。心躍る香ばしさ、海軍軍人の楽しみの一つ。零戦や戦艦大和にも匹敵する日本海軍の大発明。

 これ即ち、


 カレーライスである!







「……何これ」

 ナナカの第一声はそれだった。この世界の人間には珍しく映るのだろう。そもそもインドで生まれた料理がイギリスを経由して日本に伝わり、海軍が船の中でこぼれにくいように、そして日本の米に合うようにとろみをつけたのがこの日本カレーという話だ。インドに行ったことがないから分からないが、恐らくインドのカレーとはかけ離れたものになっているはずで、ましてや違う世界の人間が見たら珍奇にも見えるだろう。

「カレーライスだ。日本海軍じゃ伝統的な料理の一つでな。まあ食ってみてくれ」

 そう言ってやると、ナナカは匙を手に取った。じーっとカレーを見て、鼻を近づけて匂いを嗅ぎ、一口分すくう。几帳面なことに、カレーとご飯が丁度一対一の割合になるようにしていた。それをゆっくりと口へ運び……単眼を大きく見開いた。

「……おいしい」

 口から出た感想は一言だけだったが、それで十分だった。ナナカは匙を盛んに動かしてカレーを頬張り始めた。気に入ってもらえたようである。俺も一口食べると、懐かしい味わいが口に広がった。前に食べたのはそう昔のことではないが、祖国と遠く隔てられたせいか、無性に懐かしい。戦友たちの顔が浮かんできそうだ。

「美味いだろ。これなら売れると思うんだ」
「うん」

 ナナカは頷いた。表情の変化は乏しいが、すでに半分以上食べている。こちらの住人の味覚にも合うようだ。

「ここに来て、お前には何かと助けてもらって、本当に感謝してる。お前は俺みたいなのがいて、やり辛いこともあるだろうが……」
「そんなこと……」

 ナナカが何か言いかけたが、俺は手を前に出して遮った。

「お前は自分が一つ目だから醜いと思ってるかもしれんがな、俺のいた所じゃ目が二つある人間同士で何万人も死ぬ殺し合いをやってたんだ。醜いだの何だのは見た目じゃ分からねぇ」

 初めて会ったとき奇麗だと思った許嫁も、他に男を作って逃げやがった。沖の鴎と飛行機乗りはどこで散るやら果てるやら、の世界だから今でこそ諦めはついている。しかし、人の情というものに疑いを持ったときだった。そのすぐ後には情もクソもないキチガイ共が、飛ぶのを覚えたばかりのヒヨッコを片道攻撃へ狩り出すようになった。
 人間の汚い所も奇麗なところも嫌というほど見てきたが、ナナカはそういったことを超えているような気がする。

「お前はひたむきに技を磨いて、日々精進しててよ、俺みたいな奴を優しく介抱してくれて、あんなことまで……お前の側は居心地がいいんだ」

 俺の話を、ナナカはじっと聞く。慎み深そうな佇まいだが、間違いなく先ほどまであの淫らな奉仕をしてくれた女なのだ。人間ではないと分かってはいても、嫁入り前の女にあんなことをされるとは思ってもみなかった。だがあの短い時間で、ナナカとの間に深い繋がりができた気がする。

「今すぐどうしろって話じゃねぇ。俺はもっとお前のことを知りたいし、お前に俺のことを分かってほしい。だから、もう少しここにいさせてくれねぇか」

 少しだけ、無音の間が空いた。だがやがてナナカは俺の目を見て、微笑み……小さく頷いた。

「……私も……そうしたい」

 見つめ合い、俺たちは自然と笑顔になった。

 まだまだこれからだが、二人で同じ屋根の下、飯を食う……ついでに時々スケベもする。その団欒が何よりも温かかった。戦争に青春をつぎ込んで、運良く生き残った俺も、武運つたなく散華した戦友も、表向きは悔いはなかった。だが心の中でどれだけこの温もりを欲していたことか。

 いずれ必ず、彼女の青い肌を全身で味わい、抱きしめてやりたい。飛行機の翼では飛んで行けなかった所へ、今までとは違う幸せを見に行きたい。死と隣り合わせの中で、刹那的に生きる幸せとは別のものを。

「カレー、もっと食うか?」
「うん」

 空になった皿を差し出し、ナナカは頷いた。それに飯を盛り、尚も香ばしい匂いを立てるカレーをかける。


 しかし、その瞬間。


「ウワァハッハッハ! ナナカよォ! いるかぁ!?」

 ボロい戸が壊れんばかりの勢いで開けられ、ボロ屋がビリビリ震えるような大声が轟いた。
 その声に比して、戸を開けたのは『小人』だった。俺の腰程度の背丈の男で、しかし肩幅は広く、まるで鍾馗様のような立派な髭を生やしていた。その上腕や脚は筋肉がこれでもかというほどついている。熊か何かの毛皮で作られた服が、野生の猛獣を思わせる風貌を醸し出す。

 俺はその『小人』に唖然としていたが、『小人』もぎょろっとした目で俺を見て唖然としていた。何だコイツはとでも言いたげな、驚きの表情だ。



「……父さん」


 ナナカの声が、混沌とした静寂を破った。
15/02/14 12:29更新 / 空き缶号
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■作者メッセージ
ifストーリー的な小話

もし二人目の異世界人がイギリス人だったら?

イギリス人「俺もこの町で料理屋でも始めようかな」
ヴェルナー「美味い食材を祖末にするな」
イギリス人「何だと、このジャガイモばっかり食ってるゲルマン人が!」
ヴェルナー「口を慎め、ジャガイモすらまともに料理できんブリテン人が!」


結論:日本人でよかった。

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