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第十七話「禁じられた手段」




宿舎の昇降口、静まり返った場所に置かれたベンチにスピリカは力なく腰掛けていた。


「・・・教団もあてにならないとは、どうすれば良いのでしょうか・・・」



「・・・スピリカ女史」


イドにはかける言葉が見当たらなかった、スピリカをここまで動かしてきたのは、教皇に会えばなんとかなる、その心だった。



だが、教団からの援助はそう簡単に得られるものではなく、結果的には断わられてしまったのだ。



「・・・主神さまがあてにならないならば、残るは魔王さまのみ、ですか・・・」


何やらスピリカは決意を固めたらしい、ベンチから立ち上がると、両手を握りしめた。


「純精霊では、ポローヴェを復活させることは出来ませんでしたが、魔精霊、あるいは闇精霊ならば可能です」


スピリカはポローヴェを、魔界へと変え、その上で復興を成すつもりか。



「イドさん、私は間違っているでしょうか?」


その両目に決意をみなぎらせ、スピリカはイドを正面から見つめた。


もし止めるならば今しかないだろう、だがもうそれ以外には手段は存在しない、イドはスピリカの両肩を掴んだ。



「それが貴女の結論ならば私は何も言わない、不肖イド・ディケンズ、協力させていただきます」


ここまで共に来たのだ、スピリカの精霊を強化し、ポローヴェを復興させる、それこそがこの世界におけるイドの役目のはずだ。


「イドさん・・・」


ふっ、と微笑むと、スピリカは星が輝く夜空を見上げた。



そうと決まれば善は急げだ、ただちに魔界へと至り、彼女の精霊たちを魔物娘へと変えて、ポローヴェへと戻るのだ。






「そうは行きませんよ?」


宿舎の前、人気のない通りに、見たことがある人物がいた。


「・・・アコニシンの武霊怒蘭っ!」


後ろに無数の戦闘員を従え、武霊怒蘭はイドとスピリカを見ている。



「それをされると我々は非常に追い込まれた事態となりますのでね・・・」



「やはり貴様は、結末を・・・」


武霊怒蘭はここでスピリカを消し、魔界自然紀行の物語を打ち切るつもりだ。


「覚悟はよろしいですかな?」



戦闘員が二人に襲いかかるその刹那、凄まじい黄金の砂嵐が戦闘員を吹き飛ばした。



「なっ!」


驚くイドの前に現れたのは、先ほど会見したばかりの人物、すなわち・・・。



「き、教皇聖下っ!」



そう、教皇リノス二世が二人を庇うように立っていたのだ。


「ディケンズ博士、スピリカ女史とともにすぐさまこの場を離れて自分の成すべきことを果たせ」



「っ!、それは・・・」



「グズグズするなっ!」



イドは教皇に一礼すると、スピリカとともに宿舎を離れた。



「貴様、余計な真似を・・・」


憎々しげに教皇を睨みつける武霊怒蘭、だが教皇は冠の奥で微かに微笑んだ。



「貴様らの相手はこの私が務めよう」







並み居る戦闘員を相手に素手で渡り合う教皇、素早く戦闘員の首を掴んだかと思えば、次の瞬間には地面に叩きつけている。



「ふんっ!」


空中に飛び上がり、攻撃をかけようとする戦闘員も掌打で弾き飛ばす。


「何をしている、敵は老いぼれが一人、早く片をつけろっ!」



武霊怒蘭に言われ、何人かの戦闘員が教皇に迫るが、気合をこめて右手をかざすと先ほど同様、金色の砂嵐が巻きおこり、近づいた戦闘員をまとめて吹き飛ばした。



「おのれ、ならばこのアコニシンの武霊怒蘭が相手になる」


ゆらりと眩惑するように鉤爪を動かす武霊怒蘭だが、どうやらすぐに教皇は動きを見切ったようだ。

素早く近づくと、連続で高速拳を叩きこむ。


「毒には毒、貴様にはこの技がお似合いだ」



瞬間、武霊怒蘭は、教皇の背後にアポピスの姿を見た。



「行くぞ、皇技『打神毒拳』っ!」


放たれたのはアポピス由来の毒で強化された一撃、武霊怒蘭は大きく跳ね飛ばされた。



「お、おのれっ!」



だが、もはや戦う力はない、武霊怒蘭は闇にまぎれて消え失せた。



「しっかりな、若き学者たちよ・・・」


十字を切ると、教皇は宿舎の中へと戻っていった。











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教皇のいる教団都市を離れて遥か彼方へと急ぐ。


目指すは魔物娘たちが総べる地、魔界、そこならば潤沢なる魔界の大気により純精霊たちを、魔精霊に昇華することが出来る。



「・・・この辺りか?」



ポローヴェから随分と離れた場所にある巨大な渓谷、地図を眺めながらイドは周りの地形を見渡す。



「スピリカ女史、どうやらこの渓谷の向こうに魔界が広がっているようだ」



魔界と一口で言っても、どうやらその性質に合わせて二種類の魔界があるらしいことをイドは旅の中でスピリカから聞かされていた。


一つは暗黒魔界、昼でも薄暗く、夜になれば真紅の月が昇る、そのような不思議な気配が広がる魔界である。

怪しい作物や魔界らしい植物などもあり、まさしく魔界と言うべき魔界である。



もう一つは明緑魔界、比較的人間の世界と変わらない、昼は明るく夜は暗い、そんな世界である。


大気中の魔力濃度すら暗黒魔界に劣るものの、暗黒魔界では育ちにくい人間の世界の作物も育つ。



前者はリリムやダークマターによって急激な変化を遂げた場合に、後者はワーシープやホルスタウロスのようなおとなしい魔物がいる場合になりやすいらしい。




そして今二人が向かっているのは渓谷を四方に囲まれた暗黒魔界である。


「イドさん、ここまで本当にありがとうございます」



渓谷を登り終え、魔界が一望出来る場所まで辿りつくと、スピリカはイドに一礼した。


「あの、一つ聞いても良いですか?」


魔界には怪しげな紫の霧が立ち込め、不可思議な魔力が充満している。



「何故、私をここまで助けてくれるのですか?」


「・・・そうだな、たった一人でポローヴェの復興を成そうとするその志しに、心底惚れたからかもしれんな」


一人で知識を極め、さらには精霊とも融和し、少しでも祖国を良くしようとすること、これはそうそう出来ることではない。



「・・・イドさん」


「さあ、行こう、魔界はもうすぐそこだ」


『ひっひっひっ、そうはいかないねぇ・・・』



どこから不思議な声が聞こえてきた。


「誰だ、どこにいる?」


イドが声を上げると、真紅の霧が地面から吹き出し、薔薇のような姿の怪人が現れた。


『ひっひっひっ、お前さんが緯度かえ?、なかなかの男らしいねぇ・・・』


スピリカを庇うようにして身構えるイド、明らかに友好的な相手ではない。



『あたしは『毒殺部隊』の総帥鶏頭博士、こないだは武霊怒蘭が世話んなったねぇ』


鶏頭博士、毒殺部隊の総帥が自ら使命を果たすためにここまで来たというのか。



『ひっひっひっ、そんなことしなくても、あたしは薔薇ロイドに憑依すりゃあんたさんに会えるのさ』


「スピリカ、君は先へ行け、私もすぐに追いつく」


イドの言葉にしばらくスピリカは黙っていたが、やがて頷くと走り出した。




「・・・『破壊師団』、『毒殺部隊』、何故貴様らは世界を破壊しようとしている?」


『サキュバス的エロゲ』の世界に干渉していた『破壊師団』、『魔界自然紀行』の世界に現れた『毒殺部隊』、何故こうも世界の破壊を目論む?



『ひっひっひっ、『破壊師団』なんかと一緒にされたかぁないねぇ、あたしらはあたしらでやるのさ、ひっひっひっ・・・』



「・・・仲間ではないと、言うことか?」


ならばなぜこうも似た目的の組織が異なる世界で活動しているのか。



『ひっひっひっ、細かいこたあ気にするな、まずはあたしの手駒、薔薇ロイドとでも戦いな』


薔薇ロイドはゆらりと両手を構えると、イドに襲いかかった。


『緯度、こやつも人間じゃ、しかし・・・』



「鷹ロイド同様に怪しい虫に操られている、というわけか」


ならば鷹ロイドと同じく、全力(マキシマムドライブ)を当てれば勝てるはずだ。



『ひっひっひっ、無理しなさんな、あんたさんが今丸腰なのはわかっている』


鶏頭博士の言う通りだ、今のイドは武器のない完全な丸腰、だがスピリカを守るため、なんとか薔薇ロイドを倒さねばならない。


『ひっひっひっ、容赦はしないよっ!?』



薔薇ロイドは全身から真紅の霧を放ち、イドを攻撃する。


「くっ!、毒ガスかっ!」


しかもアコニシンの武霊怒蘭が使ったものよりも強力なものだ。

なんとか横に飛んでかわすと両手を構え、勝機をうかがう。


『ひっひっひっ、どうしたどうした?、あんたさんの力はその程度なのかい?』



「・・・だらしがないわよ?」


涼やかな声に、イドは渓谷を見上げた。



「君はっ!?」


そこには無数の蛇を従え、紅い鱗を身に纏う少女がいた。


『お前は・・・』



どうやら鶏頭博士は少女のことを知っているようだ。


「鶏頭博士は改造魔人の中では比較的腕力の弱い策略家気質、タイマンで勝てないならこの先誰にも勝てないわよ?」



とんっ、と少女はイドの隣に着地すると、腕を掴んで彼を立たせた。



『・・・エウリュアレ皇女、何故あんたさんが緯度を助けるのさっ!』



「鶏頭博士、残念だけれど私は貴女が嫌いなのよ、故に・・・」


ヘビ女、否エウリュアレ皇女は従えた無数の蛇を小剣に変化させると、薔薇ロイド目掛けて一度に投擲した。



『ちいっ!、おのれ、おのれエウリュアレ皇女っ!』


毒ガスを止め、小剣を打ち払う薔薇ロイド、だが小剣一つ一つに意識があるのか、うち払っても次々襲いかかる。


「やるなら今、緯度、さっさとなさい」


エウリュアレ皇女に頷くと、イドは右足に仙気を集中させる。


「マキシマムドライブっ!」


大きく飛び上がると、そのまま薔薇ロイドの頭を蹴るとともに仙気を解き放つ。



『うぬああああああっ!』


瞬間、薔薇ロイドの姿が崩れ、人間の女性の姿へと戻る。


「勝てた、のか?」


女性の耳から出てきた不気味な虫は跡形もなく霧散し、後には倒れた女性だけが残った。


「・・・ふん、まあまあ、と言ったところかしら?、あの方が気にいるだけはあるわね」


「・・・あの方?」


イドはエウリュアレ皇女を見るが、彼女は首を振る。


「ふん、貴方とはまた会うことになるわ、別の世界で、ね?」


エウリュアレ皇女はそれだけ告げると、魔界の瘴気の中に消えた。



謎は多くなるばかり、だが今はスピリカのことが気になる。


イドは一度だけ嘆息すると、スピリカを追いかけ、魔界の瘴気へと突入した。

16/12/22 12:57更新 / 水無月花鏡
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■作者メッセージ
みなさまこんにちは〜、水無月であります。

なにやら今回教皇滅茶苦茶頑張りましたが、出番はおそらくもうないかと思われます。

敵陣営はアコニシンの武霊怒蘭の上役鶏頭博士(意識のみ)も登場、さらにはヘビ女ことエウリュアレ皇女も現れ、人が増えてまいります。

ではでは、今回はこの辺りで。

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