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第十八話「ニュートライジング」




「ここが、暗黒魔界・・・」


魔界に突入して早々、スピリカは人の世界とは異なる魔界の光景を目の当たりにして、呆気にとられていた。


大気に満ちる濃い魔物の魔力に、大地を照らす不可思議な光、魔界以外では見ることが出来ない不思議な植物。


自分が今、魔物の領域に立っていることをスピリカは否が応でも実感させられた。


「さて、それではまずは・・・」


足を進めようとして、スピリカは足下から何かがせり出してきているのに気づいた。


「・・・これ、は?」


足下からにゅるにゅるとせり出してきているのは、漆黒の太陽としか形容出来ないような、そんな物体だった。



「これは、まさか・・・」



スピリカは、かつてウェルスプルにいる時に、様々な魔物の特徴についてを聞いたことがあった。



そのうちの一つに、『闇の太陽』と称される希少な魔物の話しがあった。


暗黒魔界でも魔物娘の魔力とインキュバスの力が集中する場所に現れると言われている稀有な魔物娘がいると。


その名はダークマター、強力な個体はたった一人で魔界を産み出すことが出来るとすら言われている、そんな存在だ。



「・・・なに?、この子、私をどうするつもりなの?」


にゅるにゅるとダークマターは本体である黒い球体から触手を伸ばしてスピリカに絡みついている。



「・・・この子、もしかして・・・」


触手はスピリカの足に絡みついて身動きをとれなくすると、執拗に彼女の身体を這い回る。


だが、その行為そのものには悪意はまったくなく、むしろ無邪気な、初めて出会う人間に対する好奇心が感じられた。



「産まれた、ばかりなの?」


にゅるにゅると触手はスピリカの身体を這い回り、ゆっくりと彼女を持ち上げると、本体である球体の上に乗せた。



「・・・っ!」


続いて彼女の耳に糸のような細さに変わった触手が侵入し、ゆっくりと頭の中へと登っていく。



「う、うんんんんん、あ、あはああああ・・・」


異物が身体の中へて侵入しているにも関わらず、彼女はまったく苦痛を感じてはいなかった。


そればかりか、触手を通じて頭の中にダイレクトに全身を震わせるような快感を与えられていた。


本来ならば素肌から始まり、肉を通じて神経に至り、そこから頭へと向かう快感が、直接目的地に与えられているのだ。



「ふっ、ふうううううううううう、あああああああああ・・・」


何も考えられず、嬌声をあげることしか出来なくなるのもまた、スピリカ個人の性質が原因ではなく、ある種致し方ないことである。



魔性の快楽に浮かされている内に、スピリカの素肌には黒い触手が入り込み、彼女の太腿にも、本体たる球体が同化し始めている。


最早蕩けきった瞳でスピリカは空を見上げたが、先ほどまでは禍々しいと感じた魔界の景色が、なんとも愛おしく見えた。



「・・・はあ、はあ、ああ・・・、私、そう、変わって、いく・・・魔物、に・・・」


それを自覚した瞬間、心臓が引き締められるように感じ、頭に電流のような快感が走った。



「ふあっ!、・・・・・いい、これが・・・魔物の、ダークマターの身体・・・」



服装はさっきと変わっておらず、書記のようなぴっちりとしたものである。


だが、その内側には人間とは違う、魔物らしい魔性の肉体が秘められていた。



逆に隙がないように見える服装が、より肉体とのギャップに拍車をかけているかもしれない。



ゆっくりとスピリカは自分が腰かけている黒い球体に触れてみた。



「っ!!!!!?!?!?!!」



一瞬、あまりの感覚に時間が停止したかのように感じた。


続いて球体から触手を伸ばして、周りの空気をかき分けてみる。



「なるほど、この触手、私の思う通りに・・・」


新しい身体に興味は尽きぬが、今はイドを探してポローヴェへ帰還することが先決、スピリカはふわふわと浮遊しながらその場を後にした。







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「スピリカ女史っ!」



魔界を走りながら、イドはスピリカを探し回る。

あちらこちらを走り回るもののスピリカを見つけることは出来ず、イドは内心焦っていた。


表情に焦りが色濃く見えるイドに対して、妹喜の方はスピリカがどうなったのかを感知したのか、にやにやと笑っている。



『緯度、上手くいったようじゃ、物語が進んだようじゃぞ?』



妹喜の言葉に、イドは一旦足を止めたが、すぐに何者かの気配を感じて、顔を上げた。


「・・・スピリカ、女史?」



「ご機嫌よう良い天気、ですね、イドさん」


現れたのは確かにサプリエート・スピリカではあった、理知的な瞳に、知識に長けた者特有の落ち着いた雰囲気、間違えるはずがない。


だが、今目の前にいるスピリカは姿形こそ見慣れたものだが、魔性の、言わば人外とも言うべき魔性の空気を纏っていた。


「参りましょうイドさん、私たちの明日のために、ポローヴェを・・・」


ゆっくりと近づくスピリカ、ようやくイドはそこで彼女の姿の全容に気づいた。


彼女は歩いているわけではなく、黒い太陽としか形容できない球体に腰掛け、ふわふわと浮遊していたのだ。


否、腰掛けているというのは正確には異なるだろう、実際には蜜と水の境界線のように境目はあやふやであるからだ。


つまるところ、半ば同化し、その球体はスピリカの身体の一部となっていた。



「・・・スピリカ女史、君は、ダークマターになったのか」



「魔物はお嫌いですか?」


ふと不安げにスピリカの瞳が揺れた、なるほど、彼女の知る『イド・ディケンズ』はウェルスプルの学者、反魔物と思われても仕方ないだろう。



「いや、それもまた答えの一つ、ポローヴェは救われるからな・・・」


否定するつもりはない、そうイドが続けると、いきなりスピリカはしなだれようとした。



「イドさん・・・」


だが素早くイドがかわしたため、スピリカは頭を地面にぶつけそうになった。


「逆セクハラをかます前にやることがあるだろう?、その後ならば好きにするが良い」


不満気なスピリカを押し止め、イドはまた長い道のりを見上げた。









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野を越え、山を越え、イドとスピリカは旅路の果てにポローヴェへと帰還した。


旅の中、幾度か危うい場面こそあったが、なんだかんだでスピリカは理性的に振る舞い、逆レイプなくここまで来た。



「・・・それでは、始めます」


ポローヴェ中心、そこでスピリカは全身に魔力を滾らせ、自身の力を高める。


ダークマター由来の魔力を放てば、ポローヴェの街は日の出を待たずに瘴気が満ち、さらには女性を淫魔へと変貌させ、その後魔界都市へと堕落するだろう。


「・・・そうはさせませんよ?」


だが、それを邪魔する者がいた。


スピリカの死角から極彩色の液体が、水流となって放たれた。


当たれば一瞬にして骨も残さずに消えて無くなる、そんな濃度の毒だ。


『緯度っ!』


「見切っている」


だがイドはすでに、その攻撃の弱点はわかっていた。


懐から小剣を引き抜くと、下手人目掛けて投擲した。


「なっ、なにっ!」



その一撃は過たずに下手人の右手に命中、スピリカに毒が当たる前に激痛のあまり攻撃を止めた。



「防御と攻撃は同時に出来ない、どうやら私の仮説は正しかったな・・・」


小剣を引き抜き、イドは、自身を睨みつける下手人を冷ややかに眺める。


「・・・アコニシンの武霊怒蘭」



「緯度、貴様・・・」


下手人、否アコニシンの武霊怒蘭は憎々しげにイドとスピリカを睨みつける。



「もう諦めろ」


短く告げるイドだが、武霊怒蘭は鉤爪の嵌められた両手を構える。


「ふん、退くつもりはありません、それに、私の弱点を見抜いたからといって私の優位は変わりませんよ?」




「さあ、どうかな?

どれだけ敵が圧倒的な力を持っていようと、どれだけ敵が自分の弱点を把握していても、戦う必要があるなら、人間は微かな勝算でも勝ちを収める。

真に勝負を分けるのは実力差ではない、どれだけ勝ちたいかという覚悟だっ!」








「貴様は、貴様は一体・・・」



「通りすがりの一読者だっ!、覚えておけ」


またしても言葉に詰まった武霊怒蘭は標的を変え、地を蹴りスピリカ目掛けて斬りかかる。


だがイドはすでに武霊怒蘭の動きをある程度予測しており、素早くスピリカの背中に両手を這わせる。



「ちょっとくすぐったいぞ?」


「え?、ふわああああああああ・・・」


瞬間、スピリカの姿がばらけ、武霊怒蘭は攻撃を外した。


「なっ、分身だと?」


スピリカの姿は四人に分かれ、シルフ、ノーム、イグニス、ウンディーネの四精霊となっていた。



「さて、これで決めるぞ、スピリカたち」



「「「「はいっ!」」」」


まずノームスピリカが大地を隆起させて武霊怒蘭の動きを止めると、続いてイグニススピリカが火炎を巻き上げる。


「ぬおっ・・・」


慌てふためく武霊怒蘭に、シルフスピリカが風を起こして宙に浮かせ、ウンディーネスピリカが空中の水を集めて宙に拘束する。



「マキシマムドライブ」


続いてイドは右足に仙気を込め、武霊怒蘭に強烈な飛び蹴りを喰らわせた。



「ぐおおおおっ!、またしても、またしても貴様に、敗れるとは・・・!!」



手応えはあった、バラバラに砕け散る武霊怒蘭、これで終わりになるだろう。


「そうは参りません」


だが、バラバラになったはずの武霊怒蘭は、まるでブラックホールに吸い込まれるかのように、一点に収束していく。



「な、に?」


収束点、そこには異形な姿の女性がいた。


全身は機械の甲冑に覆われ、女性的なフォルムはありながら、生身は一切見えない、そんな無機質な姿の女性だ。


「アンドロイド?」


イドがそう呟いたのも無理はない、武霊怒蘭を小さなカプセルに収集すると、アンドロイド少女は一礼してみせた。



「わたくしは『黄金旅団』所属のエージェントのメタルcancer、彼はまだ利用価値があります、ここで死なせるわけには参りません」


『黄金旅団』だと?、まさかここに来て新たな敵だと言うのか。



「ご安心を緯度様、わたくしどもはこの世界には干渉しません、ですが貴方と別の世界で出会ったときは、お覚悟を・・・」



瞬間、メタルcancerは指を鳴らし、跡形もなくその場から消えた。



「・・・『黄金旅団』」


短く呟くイド、まさか武霊怒蘭を倒した後に、このようなことになるとは思わなかった。


「・・・(だが、『魔界自然紀行』の世界には干渉しない、となればひとまずはこれで一安心、か)」









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「これで、良い・・・」


スピリカの隣に立ち、魔界都市となったポローヴェの街を見ながらイドは頷いた。


すでに魔界都市ポローヴェのあちこちでは魔物娘が現れ、ある程度の秩序が生まれつつある。


「はい、形としては教団や教皇に刃向かう形になりましたが、ポローヴェはこれで、復活します」


スピリカは軽く首を振ると、真紅に染まる月を眺めた。


「本当にありがとうございました、貴方がいなければ私は・・・」


「・・・人として、当然のことをしたまでだ」


素直な気持ちをイドに向けてくれるスピリカだが、別れは近い。


それにこの世界から出れば、スピリカはアスタロットたちと同じく、イドを忘れてしまうだろう。



「もし、貴方にそのつもりがあるなら、共に素敵な魔界と家庭を作りませんか?」





「あっ、いたっ!」


何やらスピリカは呟いたようだが、無数の足音に言葉は掻き消された。


まごつくスピリカをよそに、いつか出会った少年たちが現れた。


「君たちは確か・・・」


「その、にいちゃんに、これを返そうと思って・・・」


少年は、イドに見慣れた二丁拳銃と両刀を渡した。


「俺たちも、にいちゃんたちに負けないように、頑張って生きてく、だから・・・」


イドは微かに微笑むと、少年から武器を受け取った。


「ああ、好きなように生きれば良い、魔物娘と一緒なら、それができるのだから・・・」









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スピリカと別れると、イドと妹喜はポローヴェ辺境の掘建小屋を通じて、『図書館』へと戻ってきた。



「貧しい国も、魔界になることで救われることがあるのだな」


タペストリーを下ろす紐に手をかけながら、緯度はふふっ、となんとなく笑った。



「そうじゃな、必ずしも堕落は悪いことではない、立場が変われば状況も変わる、好転することもある、ということじゃな」


必ずしも堕落は悪いことではない、その通りなのかもしれない。

いかなる形にしろ、生きていれば様々な世界が見えるはずなのだから。


「さて、ではそろそろ行く、か」


一息に緯度が紐を引っ張ると、今度は城塞のような街、二つの十字架のある背景、そんな街で佇む白い翼の淫魔が描かれたタペストリーが下りてきた。




「・・・どうやら、そろそろ元の世界に戻る時が近づいているようだな」



「うむ、次はどうやら、『堕落の乙女達』の世界、レスカティエのようじゃ」
16/12/24 12:21更新 / 水無月花鏡
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■作者メッセージ
みなさんこんにちは〜、水無月であります。

いよいよ今回は二つの世界を股にかけて争ってきた武霊怒蘭との決着、と思いきやまたしぶとく生き残りそうです。

ポローヴェもカタをつけ、次回から『堕落の乙女達』の世界へ突入します。

ではでは、今回はこの辺りで。

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