連載小説
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第7話 呪いの解ける刻、破滅が訪れる
 私達は、グルーフガスト山脈の中腹にある村の宿屋に集まっていた。その宿屋で、今後の事を話あっていたとき、エスタラニィが声を上げたのだ。

「剣を完成させただけじゃ、呪いは解けないってどういうこと?」

 エスタラニィは、そういってエレリーナに言い寄った。

「その剣はまだ完全に完成した訳じゃないのよ。」
「どういう事よ?」
「それを説明するには、まずはルシィラさんの一族にかけられた呪いの正体を明かさなければなりません。」
「呪いの正体?」

 この呪いは、私のご先祖様がかけた、魔剣を見つけろという“死に際の呪い”じゃなかったのか?

「この呪いは、そもそもルシィラさんのご先祖がかけた呪いじゃありません。」
「え?それって?」
「考えてみて下さい。なぜ、剣モドキに付けられていた仮の鍔と柄が、本物と同じ形なのかを・・・。」
「それは、この仮の鍔と柄を作った者が、本物を見たことがあるからでしょう?」
「ええ。ですが、その剣モドキを初めて見つけたのはルシィラさんのご先祖様です。そして、それ以来その剣モドキはずっとルシィラさんの一族に伝わり、他の者の手に渡った事はありません。」
「それって、つまり・・・。」

 考えてみれば単純な事だ。剣モドキに付けられていた仮の鍔と柄の形状と、クレージュさんに預けられていた本物の鍔と柄の形状がまったく同じということは、剣モドキに付けられていた仮のモノを作った者は本物を見たことがあると言う事。そして、剣モドキを初めに見つけたのがご先祖様で、それよりずっと私の一族に伝わってきた事を考えると、クレージュさんに本物の鍔と柄を渡したのはご先祖様という事になる。

「ええ。あのドラゴンに、本物の鍔と柄を渡したのはルシィラさんのご先祖です。」
「それと、一族にかけられた呪いと、どういう関係が?」
「考えてみて下さい・・・、子孫達に“死に際の呪い”をかけるほど魔剣の探索にこだわった一族が、はたして取り戻せるか分からないドラゴンに魔剣の一部を渡すでしょうか?」
「あ・・・」

 言われてみればそうだ。私達は、あのドラゴンから魔剣の一部を手に入れたが、むしろそれは彼女の気まぐれで譲ってもらったに等しいもの。実際、魔剣の一部を貰ったとき彼女にはまだまだ戦えるだけの余裕があったし、あれが彼女の全力とはとても思えなかった。そんなドラゴンから、預けた物を取り戻すことを前提にして魔剣の一部を渡すなんて、普通は考えない。

「じゃあ、この呪いはいったい誰が?」
「この呪いは、剣モドキを通して魔剣の魂がルシィラさんの一族・・・、すなわちこの世界に流れ着いた魔剣の一部を初めに見つけた一族にかけた呪いなのです。」
「魔剣の魂?」
「その剣には、もともと魂・・・、もとい精神があって、その精神を剣に召喚しなければ、呪いは解けないわ。」
「・・・」

 エレリーナさんは、話を続けた。

「こことは別の世界、長い月日の中で使用されていた剣が神格・・・、すなわち神としての力を持ち、自らの意思を持ちました。それが、ルシィラさんの先祖が探していた魔剣なのです。」
「ふむ、ジパングに伝わるツクモ神みたいなもんじゃの。」
「ツクモ神?」
「うむ、長い間使われ続けた道具が、命を持ったモノじゃ。」
「ええ。その後、その魔剣は自らの持つ力で破壊の限りを尽くし、死んだ人の魂を食う事でその力を回復させ、数多くの世界を滅ぼしてきたの。そして、こことは別の世界で、そういった剣が集まり自らを振るう者を見つけ、善と悪の勢力に分かれて戦うという出来事が起こった。やがて、戦いの中で悪の勢力についた1本の魔剣が、善の勢力についた魔剣によって敗れた。その敗れた魔剣は魂と肉体とを分離され、さらに魂は次元の狭間に追放され、その肉体は4つに分かたれた。その敗れた魔剣が、この剣なのよ。」
「・・・」
「やがて、4つに分かれた肉体・・・、すなわち剣そのものはこの世界に流れ着いた。でも、剣の魂はいまだ次元の狭間に幽閉されているの。その剣の魂が彷徨っている次元の狭間と、この世界との境界線が薄くなり、魔剣の魂がこの世界に召喚できる期間になると、呪いの印が現れるのよ。それは、剣の魂が召喚できるタイミングが、その世界との境界線が薄くなる短い期間に限られているため、それを教える合図が呪いの印なのよ。」
「そして、そのチャンスを逃した者は見せしめに悲惨な死をとげる・・・。」
「そう、それこそが分かれた剣を通して、剣の魂がルシィラの一族にかけた呪いの意味なのよ。呪いの印が現れるタイミングがバラバラなのも、次元の境界線が薄くなるのが不定期で、それに合わせていたからなのよ。」
「つまり、4つ部位を全て集めて剣を完成させ、さらに次元の狭間に幽閉されている剣の魂を召喚し、魔剣を復活させないと呪いが解けないってこと?」
「そう、なるわね・・・。」

 そう、エレリーナさんが言ったとき、エスタラニィが恐ろしいことを聞いてきた。

「どうすれば、その剣に魂を召喚できるのよ?」
「エ、エスタラニィ?あなた、本気なの!」
「本気も本気よ!だって、魔剣を復活させないと、呪いが解けずにお姉ちゃん居なくなっちゃうんだよ。」
「それは・・・、分かってるわよ・・・。でも、魔剣の正体が分かった今、みすみす蘇らせるのは・・・。」
「私は嫌よ!だって、ここまで頑張ってきたじゃない。それに、今呪いを解かないと、これから先も私達の一族はずっと呪いに苦しめられることになるよ。」
「っぐ」

 たしかに、ここで私が呪いの力に屈したとろで、で呪いは消えない。しょせん、問題を先送りしているだけなのだが・・・。しかし・・・。

「私は・・・、私は、お姉ちゃんが居なくなるのは嫌だよぅぅ・・・。」

 そう言うエスタラニィの言葉の最後は、涙交じりになっていた。そんなエスタラニィを見かねてか、エレリーナさんが話だした。

「魔剣の魂の召喚方法は、完成した魔剣の器が教えてくれるわ。」
「え?」
「ルシィラさんは覚えているかしら、私の知人の魔女がその剣を使って占術をかけたとき、次の手がかりを剣自身から教えられたようだと言っていたのを?」
「ええ。その魔女だけではなく、ファルナールさんに占術をかけてもらったときも、同じような事を言っていました。」
「うむ。たしかに、剣や宝石に次の手がかりを教えてもらったような感じじゃったぞ。」

 そう、ファルナールも相槌を打つ。

「そう感じたのではなく、実際にそうなのよ。正確には剣や宝石自身ではなく、剣や宝石を通じて次元の狭間にいる魔剣の魂がね・・・。だから、魔剣の魂の召喚方法も、完成した魔剣を通して、魔剣の魂自身が教えてくれるわ・・・。」
「すこし、考えさせてくれませんか・・・。」
「ええ。これは貴方自身の問題なのだから、私達は貴方の出した結論に従うわ。」

 そう言って、私は完成した魔剣を持って宿屋の自分に割り当てられた部屋に戻った。魔剣を部屋のテーブルに置くと、そのままベッドに横になる。
 私が呪いから解放されるには、魔剣の魂を召喚し、魔剣を完全に復活させる必要がある。でも、そうすればこの世界に恐ろしい存在を解き放つ事になる。魔剣がただの強力な武器なら、復活させ私の呪いを解いたあとに壊せばいいのだが・・・。その魔剣には意思が在り、自らを復活させるために私を誘導していた事になる。はたして、そんな存在が簡単に壊されてくれるだろうか?いや、そんな甘い事は無いだろう。
エレリーナさんの話によれば、その魔剣は神格としての魂を持ったと言っていた。神格、すなわち神としての力を持つことになる。そんな存在が、簡単に自身が壊されることを、良しとはしないだろう。
 では、私はこの世界を護るために呪いに屈するべきなのだろうか?でも、そうしたところで、私の命と引き換えに呪いが解ける訳ではないのだ。おそらく、呪いはエスタラニィの子孫に伝わっていくのだろう。誰かが、魔剣を復活させるまで・・・。

 私は、自身の未来を得るために旅に出たのに、なんでこんな事を考えているのだろう。家を出た時には、呪いで死ぬのが怖くて、馬車の中で泣いたというのに・・・。それが、今では、私の命と世界の運命を天秤にかけようとしている、この私自身が・・・。
 私は、ついさっき見たエスタラニィの泣き顔を頭から振り払うことができなかった。
 そう結論の出ない問いをベッドの上で考えていると、私はいつのまにか眠ってしまっていたようだ・・・。

・・・

「ルシィラさん!」

 なんか、私を呼ぶ声が聞こえた気がする・・・。

「ルシィラさん、起きてください!」

 うるさいな〜、もうちょっと寝かせてよ!

「む〜。起きないなら、こうしてやる!」

 その声が聞こえると共に、突然私の視界が開けた。見ると、目の前にクレミリアがいる。

「あれ?クレミリア・・・、なんで足があるの?って、何故に素っ裸?って、私も!」
「んっふっふっふ・・・、起こしても起きないから、夢の中から叩き起こすのです〜。」
「夢の中から?」
「そうですよ〜。早く起きないと、夢の中でいやらしいことをしちゃいますよ〜。たとえば〜・・・、あの人の姿で・・・。」

 そう言うと、クレミリアの姿が歪んでいき、とある人物の姿に変わっていく。それは・・・。

「フ、フ、フロアセン・・・。」

 そう、それは以前、私が出した手紙を読んで、とんだ勘違いをしたヴァンパイアの少女の姿だった・・・。そのフロアセンが、全裸で私に歩みより、こう言ってきたのだ・・・。

「はあ、ルシィラ様・・・、おしたいしておりますわ・・・。」
「ぎ、ぎ、ぎ・・・」

・・・

「ぎゃ〜〜〜〜〜〜!」

 私は、ド派手な悲鳴を上げて飛び起きた。私は、心臓の鼓動が速まり、肩で息をしている。見ると、傍らには憎っくきゴーストのクレミリアの姿がある。

「ゼィゼィゼィ」
「ふう、やっと起きたです。」
「フ〜・・・、なんつう起こし方をするのよ、アンタは〜〜〜。」
「それよりも大変なんですよ〜。」
「なにが!!!」

 どうも、クレミリアの口調だと緊張感が出ない。

「エスタラニィちゃんがいないんですう。」
「はあ?」
「それに見てください。」

 そういって、この部屋のテーブルを指さす。

「例の魔剣を、持って行っちゃったみたいなんです〜。」
「え?ええぇぇぇぇ!」

 私はベッドから飛び起きて、エスタラニィを探した。
 だが、この村の何処を探しても、エスタラニィを見つけることはできなかった。どうやら、本気で魔剣を完成させて私の呪いを解くつもりらしい。私が途方にくれていると、エレリーナさんが話しかけてきた。

「そういえば、以前、ジュリスちゃんを探すのに使われたあのマジックアイテムを使ってみては。」
「そ、そうね。」

 そこで私は、あの人物探査のマッジクアイテムを取りに宿屋に戻り、(宿屋内の)エレリーナさんの部屋でエスタラニィの事を強く思ってみる。しかし、指から吊り下げた針はピクリとも動かなかった。

「ダメ。もう有効範囲からかなり遠くに行っているみたい。」

 すると、私に声をかけてくる者のがいた。

「まて、こういう事はワシにまかせよ。」
「え?」
「ワシの配下のイエルなら、そのマジックアイテムの範囲を拡大できるかもしれん。」
「はい、おまかせ下さい。」

 そう言って、以前現れた魔女が、再びファルナールの背後から現れる。

「のわああぁぁぁ」

 そして、ファルナールも以前みせた反応を見せ、そのまま硬直する。
 だが、そんなファルナールの反応を無視して、魔女は懐から一枚の紙を取り出す。どうやら、この大陸の地図のようだ。しかし、やたらとでかい・・・。どうやって、懐にしまっていたのだろう?
 しかし、大きい分けっこう細かい所まで書いてあるようだ。

「この地図は、『深見の地図』と言って、探査系のマジックアイテムと組み合わせることで、その探索範囲を大雑把ですが広げることができるのです。」
「ほんとう!」
「ええ。使い方は、地図の上で例のアイテムを使ってみてください。そのアイテムが示した地図の場所に、彼女はいるはずです。」

 私はさっそく、言われた通り地図の上で人物探査のアイテムを使ってみた。すると、アイテムの針がとある地方を示したのだ。

「クラウスデルの港街がある地方のようですね・・・。」
「そんな、半日もたっていないのに、どうやってそんな場所まで移動できるのよ!」
「おそらく魔剣の力でしょう。魔剣が、彼女に何らかの力を与えたとしか思えません。」

 そのクラウスデルの港街は、砂漠の神殿があった砂漠地方を挟んで反対側になる。
 その様子を、いつのまにか硬直が解けたファルナールが見ていた。

「クラウスデルの港街か・・・。たしか、あそこには他のサバトが使っていた施設があったはずじゃの。」
「ええ。ですが、あの街が親魔物派から、反魔物派の国の領地になった際、危険だからということで廃棄されたはずですが。」
「じゃが、もしかしたら、まだワープポータルが生きてるかもしれん。」

 そういって、ファルナールは懐から出したチョークで足元に魔法陣を書き始める。どうやら、向うのワープポータルが生きているか確認しているようだ。そうやって、ファルナールが作業している間、イエルという名の魔女が私に話しかけてきた。

「すみませんが、そのマジックアイテムを貸して下さい。」
「え?いいけど。」

 そう言って、イエルにマジックアイテムを渡すと、彼女はそのアイテム向かってなにやら魔法をかけているようだ。

「これで、半日の間ですが、このアイテムの有効範囲を広げました。これで、1つの領地内程度なら見つけられるはずです。」
「あ、ありがとう!」

 そうこうしていると、ファルナールの確認作業が終了したようだ。

「うむ。どうやら向うのワープポータルは生きておるようじゃの。準備ができしだい、すぐに向かったほうがよかろう。」

 そう聞いた私は、急いで部屋に戻った。

「よいか、イエルよ」
「はい、なんでしょか?」
「すぐに他の魔女達にも召集をかけるのじゃ、万が一の場合、ワシらは復活した魔剣を相手に一戦交える可能性があるからの。いや、相手にしなければ、この世界そのものが危ういからの。」
「了解しました、直ぐに手配いたします。」
「よし、では皆の者。準備ができ次第、いそいで出発じゃ。」

 部屋に戻り出発の準備をしていると、ふと私はある物を見つけた。それは、エスタラニィが普段使っている剣だった。どうやら、彼女は魔剣を持って行って、この剣を置いて言ったようだ。
 しばし考えた私は、その剣を持って行くことにした。

 エレリーナさんの部屋に戻ると、ファルナールが唸っていた。

「どうしたの?」
「ワープポータルは生きている事は生きている。じゃが、場所が街中なのじゃ。そして、ワープポータルのあるクラウスデルの港街は反魔物領だけに、すこし用心して行った方がよいじゃろうな。」
「反魔物領か・・・。」

 そういえば、私は戦争に行った経験が無いから、反魔物領なんて言った事ないな。足止めを食らった紛争地帯であるクラウディリスの地域は、境界線が一進一退しているから迂回していったし。

「それにの、次は何時ここに戻ってくるかわからんしの、一度荷物を全てワシのサバトに置いて行ったほうがよいじゃろう。」

 その提案で、私達はもう一度準備をしなおし、ファルナールの用意した魔法陣から一度ファルナールのサバトへ行き、荷物を預けた。その後に、クラウスデルの港街のサバト跡へ向かったのだ。ちゃ、ちゃんと宿代は払ってきたぞ。

 私は鎧を外し普通の服を着ている、むろん魔物の気配を消す護符を持ってだ。ファルナールは人間の少女に化けている、さすがはバフォメットだけあって、その気配も完全に人間の物になっている。エレリーナさんは、普段の露出度の高いものではないごく普通の修道服を着ている。クレミリアは・・・、昼間なので私の体に引っ込んでいる。いくら反魔物領だからって、きっと幽霊に取り憑かれている人ぐらい居るだろう・・・。たぶん・・・。
3人が3人とも、なんとか人間に化けている。今のところ、気付かれている様子は無かった。だが、できるだけ早くこのクラウスデルの港街を通り抜けたい事には変わりなかった。

 私は、クラウスデルの港街の様子を見ながら思った。いくら反魔物派の国の街だといって、その活気が変わることはなかった。しいて言えば、当たり前と言えば当たり前なのだが、通り過ぎる女性が皆人間だということか。
 港街だけに、街中を歩いていても潮の香りが漂って来る。その潮の香りは、どこか故郷の海岸沿いにある実家を思い起こさせる。

 いつのまにか、エレリーナさんがこの街の観光マップを持ってきていた。この観光マップ、この街だけでなく、街の周辺の観光名所も載っているようだ。
 私は、その観光名所の地図と、エスタラニィの方向を向いているであろう、人物探査のマジックアイテムを合わせてみる。すると、妹は地図に載っている危険区域に向かっているようだ。

「どうやら、エスタラニィはこの危険区域に向かってるようね。」

 その観光マップには、何故その地が危険区域になっているのかの説明が載っていた。それによると、そこには街を見渡せる小高い丘があるのだが、昔からこの街の人達はその丘には決して近寄らないのだという。詳しい事は分からないのだが、その丘には一切の植物が生えず、ときおり神隠しが頻発する事があるのだという。マジックアイテムの指す方向をみると、たしかに小さな何の木も生えていない丘が見えた。エスタラニィは、その丘にでもいるのだろうか?

「もし、その場所が世界の狭間に近い境界線だというのなら、神隠しの犠牲者というのも、その世界の狭間に飲み込まれたのかもしれませんね。」

 そうエレリーナさんが言う。

 私達は、その危険区域に向かうことにした。
 街を出たところで、私達は荷物から自分達の装備を取り出し、普段の格好にもどる。ここは反魔物領なのだから、このまま人間の振りをしていたほうがいいような気もするのだが、ファルナールが用心のためと言うのだ。それに、何故かエレリーナさんもファルナールに同意したのだ。私は、2人がこの先に居るであろうエスタラニィに対して、どうするつもりなのか聞くのが怖くて聞けなかった・・・。
 街から丘が見えたからといって、真っすぐそこに行ける訳ではなかった。私としては一直線に行きたかったのだが、森やら川やらちょっとした崖やらで、意外と遠回りさせられてしまった。
その区域は、立ち入り禁止と言っても塀で囲まれている訳でもない。ただ、森の中を歩いて行くと、その地域のだいぶ手前に『危険』と書かれた看板があるだけだった。だが、今の私達にはそれを気にする訳には行かない。
 しばらく進むと、急に森が開けた。どうやら、その危険区域とやらに入ったようだ。その場所は、低地にもかかわらず草木が一本も生えない荒涼とした場所だった。私達は、街から見えた丘に向かうことにした。

 はたして、その場所にエスタラニィはいた。その手に、魔剣を持って。
 そこは、かつてルシィラやエスタラニィの先祖が、フシャルイムの先祖から預言の言葉を聞き、異世界から流れついた剣モドキを、この世界でもっとも早く見つけた場所であった。それ以来、この場所は魔剣の魂の影響が強く出て、植物すら生えない場所となってしまっている。
 そのような地帯の中心に、小高い丘があり、その丘の頂上に彼女はいたのだ。

「遅かったな、すでに我は完全なる復活を果たした。」
「ちょっと、エスタラニィ、なに“今まで封印されていた悪役”みたいな台詞言っているのよ!」
「これは、我が器を1つに集めてくれた汝への褒美だ・・・。受け取るがいい!」

 エスタラニィは、手にもった魔剣を軽くこちらに向かって振った。
 私は反射的に、ファルナールとエレリーナさんの二人を掴むと、横に跳んだ。

ゴオォォォ

 私の傍を、すさまじい衝撃音が通り過ぎていく。
 見ると、さっきまで私達の立っていた場所の後方に、この丘よりも少しばかり高い丘があったのだが、その丘がまるで何かものすごくデカイモノで抉られたかのように、U字型に窪んでいた。さらに、エスタラニィからそのU字がたの窪みにむかって土が抉られた道ができており、衝撃が摩擦熱を産んだのかその道筋の両脇の木々が山火事を起こしていた。
 エスタラニィ・・・、あんた何したの・・・?

「こ、これは・・・」
「どうした?今のは、剣に残っていた僅かな力の一部を解き放ったにすぎぬぞ?」
「エスタラニィ、魔剣が復活したのなら、もうこんな事はやめさない!」

 そう叫ぶ私に、エスタラニィは否定の言葉を掛けてきたのだ。

「無駄だ。いくら声をかけようとも、そなたの声はこの者にはとどかん。」
「どういう事よ!」
「この者の意識は、すでに我が掌握した。もはや、この者は我を振るうための信徒にすぎぬ。予想では、貴様の体を掌握すると思っていたのだがな」
「どうやら、魔剣に体を乗っ取られたようじゃの。」
「そんな・・・。」

 私が、魔剣を復活さるのをためらったからこうなったの?だから、決心がつかない私に代わって、魔剣を復活させたから私の身代わりに・・・。

「エスタラニィ・・・、なんでこんな事を・・・。」
「むろん、それは我が望んだことだからだ・・・。」

 そう、妹の体で魔剣は語りだす。

「4つに分かたれし、我が魂の器は、その全てが揃うと、この世界に対し我が知識を授けるだけでなく。その心に隙の有る者を、操ることができるようにもなる。」
「なんですって!じゃあ、エスタラニィが剣を持ち出したのも!」
「そう、全ては我が意思。この者は、汝ら一族にかけられた呪いが解かれるのを、貴様以上に臨んでいたのだ。貴様を救うために、な・・・。そして、その心の隙間を我は利用させてもらった。」
「まさか・・・、魔剣の一部を通して、この世界に接触できる事は分かっていたけれども、精神操作まで行えるなんて・・・。」
「きさま〜〜。」
「我を復活させた以上、貴様の一族にかけた呪いはすでに解けた。どうだ、我が世界を食らいつくすまでの間、最後の余生くらいのんびりと過ごしたらどうだ?」

 その言葉どおりなら、私はエスタラニィの犠牲で呪いが解けたことになる。だが、ここで私はふと思ったことがあった。

「なんで呪いを解いたの?そのままにしておけば、私は楽に始末する事ができたのに?お前にとって、私は敵対することが分かっている存在なのに。」

 その問いにはエレリーナさんが答えた。

「強力な呪いの分、解除する条件を満たすと、かけた者の意思に関係なく解けてしまうのよ。」
「その通り。だが、貴様を始末するのに、呪いの力を借りる必要などない。見るがいい、我が力を!」

 そう言うと、エスタラニィ(の体)は魔剣を空に向かって掲げる。すると、魔剣はエスラタニィの体を離れ空中に向かって僅かに上昇する。そして、その剣先を地面に向けると、そのまま下降し地面に突き刺さる。

ドス

 すると、剣が刺さった所を中心にして、地面に魔法陣が出現する。だが、魔法陣は地面だけはなかった。地面に刺さった剣を取り囲むように、さらに複数の魔法陣が剣を中心に空中に描き出される。

「な!立体型の魔法陣じゃと?」

 やがて魔法陣が完成すると、剣から魔力が解き放たれる。見れば、魔剣はいつのまにかエスタラニィの手に収まっていた。

「な、何をしたの?」
「っふっふっふ・・・。すぐに分かる。」

 ゴォォォォォォ

 突如として、空気を震わせるすさまじい音があたりに響き渡る。

「あ、あれを・・・、クラウスデルの港街が!」

 そう言う、エレリーナさんの声にしたがい、クラウスデルの街の方を見ると・・・。
 突如として、クラウスデルの街に火柱が立ったのだ。

「な!」

 いったい何が起こったのか、その時は分からなかった。

 だが、疑問は直ぐに解けた。
 次の瞬間、空から燃える星がクラウスデルの街に向かって墜ちて行ったのだ。それも1つではなく、幾つも。
 それら降り注ぐ星が、街に落ちる度に火柱が立ち上がり、火の手が街を覆って行く。やがて、クラウスデルの街全てが燃え盛る業火に包まれた。

「そんな・・・。」

 いくら反魔物領の街だからって、あの街には大勢の人達がいたのに。それを、何のためらいもなく壊滅させるなんて・・・。やっぱり、エスタラニィは魔剣に乗っ取られてしまったの?
 だが、私が声を出す前に、ファルナールがエスタラニィに問いかけた。

「何のためにこんなことをしたのじゃ?」
「むろん、我が力を取り戻すためよ!」

 エスタラニィが魔剣を高くかかげると・・・、炎に包まれるクラウスデルの港街があった方角から幾つもの光の筋がこちらに向かって飛んで来た。そして、その光の筋は、魔剣の剣身の中心に走るスリットに吸い込まれて行く。

「うわわわわ。な、なんか吸い込まれるです〜〜。」

 よく見ると、クレミリアが魔剣に引き寄せられそうになるのを、私にしがみ付いて踏ん張っている。すると、エレリーナさんがそれに答えた。

「あれが、魔剣が持つ力の一つ。魂を食らって、自らの力にする能力ね・・・。」
「じゃあ、今の光の筋は・・・。」
「ええ。先ほどの隕石で死んだ、クラウスデルの人達の魂ね・・・。」

 エレリーナさんが言っていた、数多の世界で命を食らったと言うのは、こういうことか。

「さぁて、今の“食事”で力もある程度は戻ったことだし、次はさき程のようにはいかんぞ・・・。」

 そう言って、エスタラニィは剣を大きく横に構え・・・、そのまま横一文字に振り切ったのだ。

ズガァァァァァ・・・

 先ほど放ったモノがまるでお遊びだったかのように、目の前にせまる巨大な衝撃波の壁。それは左右に広く、また天に向かって高く、私達向かってくる絶望であった。

 これは・・・、避けきれない!

「あぁぁっはっはっはっは」
「エスタラニィィィィ・・・・」

 そう叫びながら、私は他の3人と共に衝撃波に飲み込まれた・・・。



・・・・・・・・・・・・



・・・・・・・・・



・・・・・・



・・・



 気がつくと、私はベッドに寝かされていた。

「気がついたようじゃの。」

 声がした方を見ると、ファルナールがいた。

「間一髪、ワシが緊急の帰還魔法を使っての、全員なんとかワシのサバトの施設に強制転移させたのじゃ。」
「・・・」
「起きれるようになったら、下の部屋に来るがより。すでに皆集まっておるしの。」
「・・・」
「ああ、そうそう。お主が寝ている間に確認させてもらったが、首の後ろには何もなかったぞ。どうやら、呪いが解けたというヤツの言っていた事は、本当だったようじゃの。」
「・・・」

 そう言って、ファルナールは私が寝かされていた部屋を出て行った。
私が部屋を見渡してみると、傍にエスタラニィの剣が置かれているのに気がついた。私が持ったままだったので、帰還魔法で戻ってきたようだ。

「エスタラニィ・・・。」

 形はどうあれ、私は妹を魔剣に奪われた事には変わりないのだ。本来なら、呪いで私が死ぬはずだったのに、まさか妹が魔剣に奪われるなんて。

 私は、一度気持ちを落ちつけてからベッドから出て、部屋を出たのだ。もっとも、気持ちの整理なんてものは、まったくできてなかったけど。
 私が階段を下りて、皆があつまっている部屋に赴くと、以前みた顔が2つあった。

「よう。また会ったなお譲ちゃん。」
「またあったね〜。」
「貴方達は・・・。」

 その2人は、以前私がダスクハイムの1地方で、宝石モドキを求めて戦い(それは私の手違いだったんだけど)を繰り広げたクラウニスという名の元聖騎士と、ミシェリスという名のサキュバスだった。

「詳しい事は、そこのバフォメットに聞いたよ。」

 クラウニスはこれまでの経緯を話しはじめた。

「あんたが持っていた宝石が、教会に余計な知識を与えていたらしいという事まではつきとめてな。呪いの事はともかく、宝石に関して、もう一度あんたに会わないと行けないと思ってよ。そこで、あんたに会おうと探したんだが、砂漠の当たりで足跡が途絶えちまってな。」

 そういえば、砂漠に入るとときと、出るときとでは違う街から出たんだったな。神殿で預言を聞いて、来た時よりも別の街から砂漠を出た方が、次の目的地に近いということになったのだ。

「そこで、あんたが教会の施設跡にあったヤツや、ナルシストなヴァンパイアのお譲ちゃんへは、共に占術でたどり着いたと言ってたから、あんたに会ったバフォメットに会えば、何かあんたへの手がかりが掴めるじゃないかと思ってな。ついさっき、ここへ辿りついたばかりなんだ。」

 その後、皆はこのファルナールのサバトの施設で食事を取り、今後の事を話し合う事になった。

 まず、イエルが現状を説明した。

「現在、魔剣のいる場所はルシィラ様がエスタラニィ様に追いついた場所から、基本的には動いていないのですが・・・。」
「が?どうしたのじゃ?」
「はい。魔剣の力のためか、ドーム状に力場が形成されており、周囲から完全に隔離されております。地表から歩いて、魔剣の元に行くのは不可能でしょう。魔剣はそこで力を溜めている様子で、おそらく力場の形成も、魔剣が他に邪魔されないために引き起こしたと思われます。」
「魔剣は、いったい何をする気なのじゃ・・・。」
「地脈のエネルギーを調査したところ、どうやら莫大なエネルギーが魔剣のいる大地の下に収束しつつあるようです。」
「なんじゃと?」
「おそらくですが・・・、魔剣はそのエネルギーを利用して大規模な破壊を起こし、その犠牲者の魂を食らいさらに力を増大させるつもりかと・・・。」
「なんてこと・・・。」

 私は思わずつぶやいてしまった・・・。エレリーナさんの言っていたとおり、魔剣は前にいた世界で敗れるまで、おそらく数多の世界を滅ぼしてきたのだ。そして、今の世界を滅ぼすための準備を、今ちゃくちゃくと進めているのだろう。

「魔剣が行動を起こすのに必要なエネルギーがたまるまで、どれくらいかかりそうなのじゃ?」
「魔剣がどの程度エネルギーを必要としているのか、今のところ不明ですが・・・。現在のスピードですと、魔剣が地脈のエネルギーを完全に掌握するためには、おそらくは2・3日もかからないはずです。」
「じゃが、しかし・・・。」

 そう、止めるには魔剣の元に行かなくてはならない。しかし、魔剣の前には、魔剣が作り出した力場の壁が立ちはだかっているのだ。何か手はないものかと考えていると・・・。

「そこは私達にお任せください。」
「何か手があるのかの?」
「はい。力場の壁は、どうやら魔力的な物のようです。ですから、私達魔女数人の合同魔法でアンティマジック・フィールドの魔法を使えば、範囲内の力場の壁を抑制できるはずです。」
「なるほど」
「ただ、あの魔法は扱いが難しく、一人で発動させるのは無理でしょうから合同で発動せることになると思います。また、あの魔法は魔力の消費が激しいですから、魔法の発動に携わった物を魔剣との戦闘に参加させるのはリスクが大きすぎると思います」
「う〜む、できるだけ、魔女も戦闘要員として連れて行きたい所じゃが・・・。ここは、魔法を発動させる要員と、魔剣との戦いに向かう要員と分けるしかないの。」
「ええ・・・。」
「残る問題は、どうやって力場の壁まで行くかだの。クラウスデルの港街の施設は隕石で破壊され、使えないじゃろうし・・・。」
「安心してください、クラウスデルの港街から遠いですが、そこにもサバトのワープポータルが残っているのを突きとめました。そこからでも、歩いて2・3時間で力場の壁に到達できます。」
「ふむ、なら明日はその方法で魔剣の元まで行くとしよう。」

 と、言ったところで、ファルナールはエレリーナさんの方を向き、こう尋ねた。

「そう言えば、お主はあの剣が恐るべき力で、数多の世界を滅ぼしてきたと言っておったが、あの魔剣の力を少しは把握しておるのか?」
「ええ。あの魔剣には、幾つかの能力があります。一つが重力操作によって、星を降らせる力。これはもう目の当たりにしましたよね?」

 そう、あの魔剣は私達の目の前で隕石を呼び出し、街一つを壊滅させたのだ。

「次に、魂を食らう力。死んだ者の魂を食らうことで、自身を再生させたり、天変地異を起こして消費したパワーを回復させたりするようです。」

 これも私達は目の当たりにした。壊滅した街から、死んだ人達の魂が魔剣に向かって飛んでいき、それを魔剣が食らっているところを・・・。あろうことか、クレミリアまで魔剣に食われかけた。

「さらに、魔剣はそれを振るう者に力を与えるようです。具体的には肉体の強化や、魔力の増幅。」

 そうか、だからエレリーナさんは、エスタラニィがクラウスデルの港街まで移動したとき“魔剣がなんらかの力を彼女に与えた”って言ったのか。

「しかし、装備者に力を与えるだけでなく、精神操作まで行えるとは・・・、うかつでした。魔剣に意思があると知って、私は自立行動ができ魔剣単体で暴れることが可能だと、その程度だと考えておりました・・・。」
「・・・」

 そう、そして今、エスタラニィは魔剣の精神操作下にいる・・・。

「最後に、あの魔剣には空間を歪める力があるようです、力場の壁はおそらくその力によるものでしょう。」
「ふぅむ」

 と、話の区切りがついたところで、ファルナールが皆に向かって言う。

「よし、では明日の早朝に出発じゃ。ここに残る者は朝までに準備をし、魔剣の元に向かう者は、今日は寝て、明日にそなえるとしようかの。」
「「「はい」」」

 そう言って、何人かの魔女が部屋を出て行った。私は、無言で部屋を出て階段を上り、割り当てられた部屋に戻った。
 部屋に戻ったあと、ベッドに横になっていたのだが、ぜんぜん眠れそうになかった。時折、階下の方から、魔女達が明日に向けて準備をしている音が聞こえてくる。明日、私はまたエスタラニィ・・・、もとい魔剣と再び対峙するのだろう。はたして、私は魔剣に勝てるのだろうか?勝って、この手に妹を取り戻せるのだろうか?今までに、多くの世界を滅ぼしてきた敵、わずかでも勝利できる可能性なんて、私に有るのだろうか?そう考えていると、ぜんぜん眠れないのだ。
すると、誰かがドアをノックしたようだ。

「いいかしら?」

 聞こえてきたのは、エレリーナさんの声だ。

「どうぞ・・・」

 ベッドの上で起き上がり、そう言うと彼女が入ってきた。

「こんばんは」
「こんばんは・・・」
「・・・」
「・・・」

 そのまま、彼女は私のベッドに腰掛ける。ちょうど、私と背中合わせの形になる。

「月が綺麗ですよ」
「はあ・・・」

 窓越しではあるが、夜空は晴れ渡り月と星が輝いていた。

「彼女も、この月を見ているのでしょうかね・・・。」
「・・・!」

 私は、思わず息をのんだ。

「でも、お昼頃みたあの場所は、雲が厚くてとても月や星は見えそうにありませんでしたね。」
「・・・」
「明日は、そんな場所から、ちゃんと彼女を助けてあげなくちゃね。」

 そう言って、エレリーナさんはほほ笑む。が・・・、私は・・・。

「私にできるのかな・・・」
「『できるのかな』ではなく、できないとダメなんですよ。」
「え?」
「ものごとを、やる前から失敗するように考えては、成功するものでも失敗しますよ。どんなに難しい挑戦でも、少しでも可能性があるのなら、やってみる価値はあると思います。実際、貴女は何世代にもわたって、一族を蝕んできた呪いを解いたのですから。」
「でも、そのせいでエスタラニィが魔剣に・・・、私がもっとしっかりしていれば。」
「なら、今度しっかりなさい。」
「はい?」
「彼女は死んだわけじゃない、まだ完全に奪われた訳じゃありません。魔剣の支配から解放すれば、きっと戻ってきますよ。やり直しができるのに、やり直す前にあきらめてはダメですよ。」

 エレリーナさんは、笑顔を崩さずに話し続ける。

「それにね、エスタラニィちゃんは貴女を助けたくて、貴女を追いかけて行ったんだから、今度は貴女が助けなくっちゃね。」

 そう、エスタラニィは私を助けたくて砂漠の神殿まで追いかけてきたのだ。まあ、私の位置を追跡した手段は・・・。

「・・・はぁぁ」

 私は思わずため息が出てしまった。

「どうしました?」
「いや、エスタラニィが私を追いかけてくるさいの、追跡手段を思い出したもので・・・。」
「まあ・・・。」
「まったく、我が妹ながら強引やら無茶な事をしてきたものだ。」
「でも、全て貴女のためだったのでしょう?」
「え?・・・ええ。」

 まったく、昔は私の後をついて来るだけだったのに。いつのまに、一人でいろいろできる・・・、いや、画策できるようになったのやら。

「なら、次は貴女の番ですね。」
「え!」
「今までは、貴女の目的を達成するために彼女が頑張ってきたのですよ。その目的が達成された今、今度は貴女が彼女のために頑張らないとね。だって、妹があんなに頑張ってお姉ちゃんの目的を成し遂げたのに、お姉ちゃんが頑張らないと体裁が悪いですよ?」

 そう、エスタラニィは私を追いかけて来て、私をいろいろ手伝ってくれた。砂漠の神殿で、スフィンクスの問いに答えてくれたし、一緒にドラゴンとも戦ってくれた。
 でも、私はエスタラニィに何かして上げただろうか?いや、彼女を追いかけはしたものの、魔剣に体を乗っ取られた彼女に驚いたうえ、魔剣に門前払いを受けてショックでウジウジしていただけ。まだ、私は彼女のために何もしていない・・・。

「そうですね!彼女が助けを求めているなら、姉である私が手を差し伸べてやらねば。私は、まだ彼女に何もしてあげてないのですからね。」
「ええ」

 そう言って、エレリーナさんはほほ笑んだ。
 私は、エスタラニィみたく、頭が好い訳じゃない。だからこそ、悩まずにまっすぐ向かっていかないと。

「エレリーナさん。」
「はい?」
「今日は、ありがとうございました。」
「どういたしまして。悩める人の懺悔を聞くのも、プリーストの仕事ですから。でも、次に懺悔するときは、ぜひ恋愛関係にしてくださいね。そうやって、人を愛の煉獄へ導くのが私の本業なのですから。」

 そう言って、彼女は出て行った。彼女が最後に言った台詞の、後半部分は・・・、聞かなかったことにしよう・・・。

「よし」

 そう言って、私はベッドに横になった。もう悩むのはやめた。明日は、私ができることを全力でやろう。今度は、私がエスタラニィを助ける番なのだから、悩む暇なく全力で当たらないと行けないのだから。
 そう心で決意している内に、私は眠っていった・・・。

・・・

 次の日の朝。
 日が昇り始める少し前、東の空が明るくなるころに私は目を覚ました。もう、私に迷いはない、私自身が魔剣を倒し、エスタラニィを魔剣から解放し一族の因縁に決着を付けると決めたから。
 私は、再びエスタラニィの剣を持って行くことにした。彼女が戻り、この剣を渡せることを信じて。

 階段を下り、昨日集まった部屋に行くと、すでに皆集まっていた。

「もう、迷いは晴れましたか?」
「はい。」
「そう。」

 そう言って、エレリーナさんはほほ笑んだ。

「ふにゃ〜〜〜。」
「ちょ、ファルナール様、戦場にパジャマで出陣する気ですか!」

 そう言っているのは、ファルナールとイエル。サバトの主はまだ、寝ぼけているようだ。

「おいおい大丈夫なのか?」
「寝ぼけて変な場所に転送しないでね〜。」

 そう言ったのは、クラウニスとミシェリスの2人。今回は、この2人もついて来てくれるこのになった。本人いわく、“知ってしまったら行かないとやばいよな〜”だ、そうで。でも、戦力があるに越したことはなかった。
 そして、顔洗ってようやく目が覚めたファルナールが皆を転送することになる。

「では、お前達は、運ばれてくる負傷者の治療の準備を頼んだぞ。」
「「「はい」」」

 ここに残る魔女達にそう言うと、私達の方を見る。

「よし、皆も準備はいいようじゃの。では行くぞ。」
「その前に」

 私は、皆に言っておきたい事があったのだ。

「ぬ?」
「今日は、私と、私の妹のために皆ついてきてくれて、ありがとう。魔剣も含めて、本来なら私一人で何とかしなきゃいけない問題なのに。」
「なにを言う、ここまで来たのだ、これも一蓮托生というものではないか。」
「ええ、貴女は一人じゃないのですよ。皆で、魔剣からエスタラニィちゃんを取り戻しましょう。」
「私はどこまでも追いて(憑いて)行きますよ〜。」
「ま、世は情けっていうしな。」
「私も〜。貴女に追いて行く奴に、追いて行くだけですよん。」
「みんな、ありがとう。」
「お〜し、では出発なのじゃ〜。」

 そう言うと、ファルナールの足元から魔法陣が広がっていく。やがて、クラススデルの街に転送したときと同じような光景が展開され。気がつくと、私達は森の中の廃墟に立っていた。

「よし。すぐにでも、魔剣の元へと出発じゃ〜。」

 すでに、朝日は昇り切り、空の色は茜色から青色に変わっていた。

 そして、私達は魔剣が作り出した力場の壁にたどり着いたのだ。
 魔女達の話によると、この力場の壁はドーム状。正確には、魔剣を中心に球状に形成されているとの事なのだが・・・。
 巨大な、透明度0%の黒い壁が天と左右にむかって伸び、私達の行く手を阻んでいるようにしか見えなかった。

 私はその壁に触れてみるが・・・、いくら力を込めてもびくともしない。しかし、普通堅いなにかに力を込めれば反作用があるものだが、その壁にはまったくといっていいほど、そういった感じがしなかった。まるで、決して凹まない空気の壁を圧している感じだった。

「それでは、これより私達の力で、アンティマジック・フィールドを展開します。」

 そう魔女の一人が言うと、魔女達は円陣を組み、みな一斉に同じ呪文を唱え始める。そして、その力が解き放たれた。

「アンティマジック・フィールド【アンティマジックの場】!」

 彼女達の使用した魔法により、魔力を抑制するフィールドがドーム状に広がっていく。
 そして、そのフィールドに触れた黒い力場の壁が、その部分だけ消えて行くのだ。
 フィールドの形成が完全に終了すると、先ほど魔法の説明を行った魔女を含めた数人が、地面に横たわって荒い息をしていた。その魔女達に、ファルナールが声をかける。

「よくやった。あとはワシらに任せて、お主達は少し休んだら先にサバトに帰還し、負傷者が出た場合の準備をしておくのじゃ。」
「は、はいぃ。で、ではしばらくしたら、お先に失礼していますぅぅぅ。」
「ど、どうか、ファルナール様もご武運を・・・。」

 そんなやりとりを見ながら、私は力場の奥の景色を見てみた。
 そこは、何もない平坦な台地だった。すぐ上を暗い色をした雲が覆っている。ここでは、朝日の輝きもまったく関係ないのだろう。魔剣が滅ぼした後の世界というのは、こんな何も無い世界なのだろうか?

「では、ワシらは行くかのう。」

そんな、何もない大地を私達・・・・、エレリーナさん、私の体に入ったクレミリア、クラウニスとミシェリス、ファルナールにそれをサポートするためのイエルを含めた魔女達、そして私・・・、皆、ヤツが待つであろう方向に向かって歩き出した。

・・・

 そして、そこにヤツはいた。

「ほう、性懲りもなく再びきたか。」

 そう魔剣は、前と同様に妹の・・・、エスタラニィの口からそう言葉を発した。

「いい加減、私の妹から離れなさい!」

 そう言って、私はシルバードラゴンのクラージュさんから貰った剣を、背中から抜いた。

「別にかまわんよ・・・、貴様等の誰でもいいから、代わりの宿主が申し出ればな。」
「そんなこと、させるわけないじゃない!」
「では、できない相談だな。我も剣である以上、誰かに振るわれる方が真の力を発揮できるというものだからな。」

 そこへ、剣を抜きながらクラウニスさんが言った。

「っふ、剣のくせに偉そうに言うじゃないか。そんなに凄いのなら、それなりの格と言うものを見せてみな。それができなのなら、大人しく博物館の中にでも飾られてるのがお似合いだな。」

 続けて、ミシェリスが手に魔力を込めながら言った。

「そうよ、博物館どころか、その倉庫の中で埃をかぶってなさいよ!」

 エレリーナさんも、続く。

「全てを滅ぼすなんて、そんな愛の存在しない世界など、許しません。」

 クレミリアも、私の体から顔を出して、魔剣に言った。

「魂を食べるのはよくないと思います。」

 ファルナールも、どこからともなく取り出した鎌を構えて言った。

「貴様を野放しにしておけば、必ずや魔女達のお兄様や、ワシのまだ見ぬお兄様に災いが降りかかるのは明白じゃからなの。そのような存在を、野放しにする訳にはいかん。」

 その言葉に、イエルを含めた魔女達もうなずく。
 そして、私は剣をヤツに構えながら言った。

「どうやら、ここにいる誰もが貴方の存在を望んでいないようね。前の世界では、魂と剣とに分けられただけったようだけど、今度は二度と復活できないよう完全に消滅させてあげるわ。」
「っくっくっく・・・、あっはっはははは・・・。我が滅ぼしてきた、数多の世界の者達も、我に刃向かうときには皆そう言っていたぞ。だが、何者にも我を止めることはできなかったのだ。それに、貴様達が、我が敗れた前の世界の者達程に力があると思えんが、な。」
「たとえ、そうであっても、私達は負ける訳には行かない!」
「笑わせてくれる。ましてや、聖剣『デイブレイクブリンガー(夜明けをもたらす者)』や『エルウィンデリバー(聖別されし勝利の運び手)』を持つならまだしも、聖剣の1振りすら持たぬ貴様等に未来など無い。まあいい、それでも来るというのであれば、相手になってやる。そして、汝らの魂を食らいつくし、その力でこの世界を滅ぼしてやろうぞ。我は邪剣『ルーインアンセマー(破滅の唱歌者)』。怠惰と裏切と敗北を唄い、悪意と無関心と恐怖と絶望を称える同盟が1柱なり。」

 私は、ヤツに向かって言い放つ。

「私は、私自身の手で未来を勝ち取ってみせる。行くぞ!」

 私は魔剣に向かって駆け出した。
 そして、戦いが始まった。
11/06/04 18:38更新 / KのHF
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■作者メッセージ
 連載打ち切りが決まった漫画とかだと、大抵こういう場面で話しが終わ・・・。大丈夫です!ちゃんと最後まで書きます!

 次はいよいよ最終話です、ここまで来るのに結構時間がかかってしました。

 ちなみに邪剣の呼び名ですが、スペルが【Ruin Anthemer】だと正確にはルーインアンセマーではなく、ルーイナセマーになるのですが、あえて前者の方にしました。

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