連載小説
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そのじゅうご
当たり前だが会場は緊迫したムードに包まれていた。
実権はともかく、形式上はこの国の女王の夫である俺が
首と胴を泣き別れさせられそうになったのだから、そりゃ緊迫しないほうが
無理な話ではある。
『あわわわ…!』
悲惨なことに逃げ遅れた司会役の妖精が、俺の周りを飛び回ってアタフタしていた。

「あの蛇女は私がやる」
「では、魔女ちゃんは、わたくしが相手しますわね」
五人の中でも頭一つ高かったリザードマンの大剣使い『グリーン』が教官の前に立ち、
おっとりとした喋りのダークエルフ『ブラック』がミミルを好敵手に選んだ。
むろん、他の三人のように、この二人も既に人間の姿になっている。
「今度は本気でいかせてもらう」
「本気でやればどうにかなる………とでも?
そう思っているなら敵を、いえ、戦いというものを侮りすぎですよ」
かたや、マリナが『ネクスト』と視線の火花を散らしていれば
「がぅるるるっ……!」
「…………」
プリメーラと『サード』が唸り声と沈黙で張り合い
「お初にお目にかかります。今宵さま」
「え、ウチのこと知っとるん?」
おや?
「分家のそのまた分家の筋であるわたしのことを、貴女はまったく
知らないでしょうが、わたしはよく存じ上げておりますよ。
頭首になれるだけの才と実力を持ちながら、勝手に出奔したあげく、魔道へと堕ちて
天之宮の名を汚した恥さらし……ですよね?」
「!!」
妖狐に化けていた少女――『明星』の容赦ない罵りに今宵の体がビクリと震えた。
「貴女のお姉さまも、実の妹である貴女の醜態に
とても失望なさっておりまして、それでわたしが派遣されたのです。
『天之宮の頭首として、命じます。我が一族が生み落とした
恥ずべき存在、天之宮今宵を粛清せよ』………とね」
さらなる追撃を喰らって、今宵の精神的ライフが限りなくゼロに近くなったのが
俺からも見て取れた。
「失望…お姉が、ウチに、粛清………う、うそや、そんなん…」
親愛する姉直々の抹殺指令に衝撃を受け、今宵は符を摘まんでいる指を震わせ
動揺に満ちた声で弱々しく呟いていた。
「こ、こらっ、今宵!
そんなでまかせ真に受けるんじゃないわよっ!!アンタらしくないぞっ!」
しかし、狼娘の叱咤もその耳には入らないのか、
黒き稲荷はどうしていいかわからずに泣きそうな顔で俺のほうを向いて
「ウチ、ウチは……旦那様、ウチはどないしたら…」と、救いを求めてきた。
なので俺はこうアドバイスしてみた。
「今の話聞かなかったことにしたらよくね?」

『はあああああああ!?』
経緯を見守っていた周囲が驚愕の叫びをハモらせた。
『そんなことできるのは貴方かケサランパサランくらいなものよ』
自分自身に拡声魔法を使ったのか、男女問わず心を惑わせる魔薬のようなデルエラの声が
響くというよりもしみ込む様に会場に満ちた。
「ケサランパサランでも無理だと思う…」
黙れスパンキングフェチ淫魔。
「じゃあ面倒くさいがそこのニセ妖狐を論破してやるからよく聞け。長いぞ。
まず、こいつが今宵を始末しに来たのは正しいが、それは今宵の姉の命令ではない。
なぜなら頭首の座を争えるだけの力量を持つ今宵を始末するのに
分家の分家を派遣するとかありえない。いくら実力があろうが
相手の土俵で相手より格下の者をぶつける馬鹿がいるわけがない。
普通に考えれば退魔師である今宵にとって相性の悪い者をぶつけるか、
もしくは、一人か二人くらい手練の者をつけて派遣されるはず。単独とかねーよ。
じゃあなんで単独かというと、今宵の姉が本当に頭首になってて
しかも一族の実権をほぼ手中に収めているため。
頭首ではないか、またはお飾りのトップなら、討伐許可の文書なり強引に一筆書かせて
それを今宵に見せて動揺を誘ったり、一族から協力者を募れもしようが、
お前がそれさえできてないということがその裏づけになってる。
天之宮の一族がいる地域は反魔物勢力が強いそうだし、たぶん今宵の姉は
『無駄な犠牲を出すより静観すべき。粛清したところで利益などないのだから。
どうしてもやりたいなら自己責任でどうぞ』
といった姿勢を打ち出してるんじゃないか?
これなら、反論もそれほど出なければ、日和見的な連中も同意するだろうし、
妹への脅威もたいしたものではなくなる。
で、実力があるが政略的にはさほど重要ではない立場の、分家の分家筋である
お前にお鉢が回ったきたというのが真相だろ。
仕留められればよし、できなくてもたかが下っ端一人失うだけだからな」
はい論破。
先ほどまで今宵を言葉で苛んで、勝ち誇ったような顔をしていた小娘が
下を向いて押し黙った。
「さらに邪推するなら……お前の力を妬んだり、または、近い将来、
自分達の立場を危うくする……と考えた連中による厄介払いもあると俺はみるがね。
形骸ではなく、実際に魔物を退治してるなら
実力主義による台頭がまかり通る余地がある世界のはずだろうし」
あ、小娘が涙目になってきた。
「あれれ、もしかして、そんな可能性も思いつかなかったのかな〜〜?
おいどうなんだよ、聞いてんだからさっきみたく余裕ぶって言ってみろよ。
おいおいおい〜〜〜〜〜〜〜〜?」
俺は左右に頭をゆっくり振りながら小娘をもっと馬鹿にしてみた。
「……………………この雌狐を始末したら、次にあんたを
ギタギタにひねったるさかい、覚悟しときや……」
「うわーこえーーーーー。怖すぎておしっこ漏れるわーーーーーーー」
『も、もうやめてあげたほうが…』
面白いのでもっと言いたかったが、司会の顔を立てて
とりあえず俺は口を閉ざすことにした。

そういうわけでなし崩しに戦闘が始まったのだが、5対5の団体戦というよりも
タイマン勝負×5の同時進行という状況になっていた。

「「はあああああああああっっ!!」」
『ネクスト』が振り下ろした聖剣から放たれた白い輝きが
同時にマリナの振り上げた魔剣――彼女とともに堕ちた聖剣――から放たれた
黒い輝きと激突し、その激突の余波が衝撃となってこちらまで伝わってくる。
勇者の中でも優れた者だけが使うことができるとされる『輝光』だ。
攻撃にも防御にも用いることができる万能技ということらしい。
…堕ちても別に変わりなく使えるようだな。
『うひゃああああ!』
飛び回るのをやめてフェアリーが俺の背に隠れた。
『すごいです!まさに光と闇の熾烈な激突!
さながら魔王様と主神の代理戦争としか言いようがありません!』
まだ司会やるつもりなのか。
ガキイイィン!
つい吹き出してしまいそうな俺の耳に、せめぎ合う金属音が飛び込んできた。
「わたしの輝光に対抗できるとは驚きました。この少人数で
潜り込んできただけのことはありますね。褒めてあげます」
「そんな涼しい態度もいつまでできますかね?」
鍔迫り合いをしながら、白と黒の勇者が、お互いに余裕を崩さず
数度刃を打ち合わせてから、弾かれた様に後方に飛びのいて間合いを広げた。
「……ふむ、他も似たような戦況だな」
ミミルが、並みの魔法使いなら一度に一つが精一杯の『雷の槍』を
いくつも作りだして放てば『ブラック』に同じ魔法で撃墜され、
『グリーン』と教官は、豪快に武器をぶつけ合っては距離を取り、また
接近しては……の繰り返し、プリメーラと『サード』も
鋭い爪と湾曲した二本の剣でお互いの体にわずかな傷をつけ合い、
今宵と『明星』はというと、式神という、ジパングにおける使い魔を闘い合わせていた。
二人の的確な指示により、カラスや犬や武器を持った小鬼などの群れが
統制の取れたごく小規模な戦争を行っている。
「これほどまでの魔力の才を持つあなたが、堕ちることになるなんて
思ってもいませんでしたよ、ミルティエさん」
「あれ〜〜〜?その声…もしかして先生なの?
まだ現役やってたんだぁ。知らなかったな〜〜〜〜〜」
「まだ二十台半ばですからね」
まさかの師弟再会だった。
それなのに、どっちも呑気な会話とは裏腹に魔法合戦を緩める様子ないのは凄いな。
この師匠にしてこの弟子ありということか。
「世間話してないでまじめにやりなさいよ!
さっさとやっつけて、彼からご褒美もらいたいんだからね!」
腕にいくつもの切り傷を作っているプリメーラが吼えた。
ご褒美ってそりゃトーナメントのときの話だろ。今更蒸し返すなよ。
「あなたこそ目の前の相手に集中したらどうですか、プリメーラ。
先のことよりっ!今のことを、何とかすべきでしょう!てやああっ!!」

「なによ、大会前に一人だけ先にご褒美もらっておいて!
アタシだってアンタみたいに、お尻叩いてもらいたいのよっ!」

あっ。
「な、な、な、な、なにを言って………」
特殊なプレイ内容を公の場でばらされたマリナが、顔をみるみるうちに
リンゴのように真っ赤にしていた。酷い暴露にも程がある。
まさかと思って観客席を見てみたらサキュバス応援団のいる一角が地獄絵図になっていた。
具体的にいうと妄想と失神のごった煮だ。
それと、動揺しているのは応援団やマリナだけでないらしく、『ネクスト』も
手を止めてマリナのほうを凝視していた。
「…それでも元勇者ですか、貴女は。
貴女のようになりたい。あの清らかで凛々しい彼女のようになりたい。
主神に愛されし救世の乙女のように強く気高くなりたい。
………ただただそう思って、その一心だけで、血のにじむような修行を積んで
勇者にまでなった私をどこまで愚弄するのですかっ!
私の知るウィルマリナ・ノースクリムは、もうどこにもいないのですかっ………!」
我慢の限界に達したのか『ネクスト』がいきなり
血を吐くような思いを吐露する。
いやさ、キレるのもわからんではないが、他人の性癖には
ケチつけたら駄目だと思うぞ。こういうのは舌の好みと同じなんだから。
「し、仕方ないでしょう!
彼にそういう風に調教されたんですから!」

「はあああああああ!?」
今度は俺が仰天する番だった。
「……そう、力尽きて倒れこんだ私に、彼は、陵辱の限りを尽くしました。
私がどれだけ哀願しても、決して止めることなく
骨までしゃぶりつくすようにあの手この手で嬲り、生まれてから
一度も聞いたことのない卑猥な言葉を私に教え、それを何度も何度も言わせ、白濁を
私の全身に浴びせ、様々な快楽に鳴かせ、数え切れないくらい私を絶頂へと追いやり、
そして、闇のどん底へと堕としたんです……」
「…………………」
そのガセネタに静かに耳を傾ける『ネクスト』の顔がみるみるうちに険しくなり
俺のほうへと猛烈な殺意の視線をぶつけてきていた。
「ですから、少々特殊な性交によって私が感じたりしても
それは私のせいじゃないです。私はもう、彼に何をされてもとろけてしまうんです。
つまり、そういうことです」
え、俺が悪いってこと?
確かに色々やったりしたが、そもそも元をただせば
人間やめたそっちが俺を貪欲に求めてきたのが始まりなわけで
むしろ俺は被害者ですよ、ちょっと?

ユラリ…
『ネクスト』の身体が力なく揺らいだように見えた、次の瞬間、
「……………貴様は魔王よりも卑しく救いがたいっ!!」
疾風のごとく表彰台へと一足で飛び乗り、俺を両断すべく聖なる刃を横薙ぎに振るった。
「おっとと」
俺は後ろに倒れこむようにその一閃をかわしたのだが
「遅いっ!」
それはフェイントだったらしく、本気の突きが――
――俺の胸を貫通して、背中から抜けた。

静寂。

時が凍りついたかのような静寂。

「ぐはっ………………ば、馬鹿な。
こんな、こんな馬鹿なことが…」
俺は、ガキの頃読んだ活劇小説の悪役が敗れたときの台詞を、苦しげに口にした。
ふとマリナを見ると、瞳が死んだ魚のそれのようになった彼女が
口を半開きにしてペタンとその場に尻餅をついた。
「油断大敵……ですよ。
私はウィルマリナと戦いながらも、常に貴方を射程に入れていた。
それに気づかなかった貴方の負けです」
満足げに『ネクスト』がそう言った。
「そ、そうかもしれんな。まさか、この距離を
一瞬で詰めるとは、さすがに想定してなかったよ……」
否定とも肯定ともつかない意見を述べ、俺はへたり込むマリナへと語りかけた。
「すまんな、マリナ。俺はここまでのようだ」
「い、嫌、そんなの嫌、嫌ぁ……」
利き手に持っている魔剣をぶんぶん振って「嫌」としか言わない闇の勇者に
俺はかまわず話を続けた。
「できることなら、お前や他の嫁達と交わってるときに
酒を飲んだりするのを許してもらいたかったが、それも、今となっては……」
「許すよ、許可するよ、だから、だからぁ……」
だんだんマリナの瞳に涙が溜まっていく。堤防が決壊するのも近いか。
「お、おにいちゃん、そんな、そんな弱気なこと言ったら駄目だよ!!」
「いや、俺はもう…………
……ああ、上質なワインの産地で知られるあの隣国に
一度行って、存分に本場の味を堪能したかったなぁ………」
「してもいい、してもいいから死ぬな!!
アタシらを置いて死ぬとか、絶対に許さないぞっ!!この大馬鹿野郎っ!!」
教官が泣きながら怒声で懇願してきた。
「そう言ってくれるのは嬉しいけどな…はは……
ところで、お前らが年寄りくさいって言って嫌がる、ジパングの
『ボンサイ』という園芸をやっぱ始めたいんだが、いいかな?
あと、他に………ええと…すまん、ちょっと考えさせてくれ」
俺は不可解な表情をしてる『ネクスト』の胸に手をかざすと、魔力の波動を放って
表彰台から彼女を吹き飛ばした。
「がはっ!!」
闘技台へと背中から強くぶつかった『ネクスト』が
血と肺の空気を吐き出して苦悶した。
俺はそんな様子に構わず、胸に刺さっている聖剣を引き抜くと、それを
持ち主のそばへと放り投げて再び思案を巡らせることにした。
「こんなでかいトゲが刺さってたら、くすぐったくて考えがまとまらんからな。
さて、どんなことを頼むとしようか………ん?」
デルエラの側に置かれたテーブルの上に鎮座してる、あれは、まさか?
「なあデルエラ、それまさか…月光の雫か?」
月光の雫。
魔界原産の果実酒の中でも、全てにおいて最高品質といわれる一品。
闇精霊の力が特に強い場所にのみ生える希少な果実を用いて
丹念に時間と手間をかけて作られる、幻の貴酒。
それをあの魔姫が、奇妙にねじくれたグラスに注いで飲んでいる。
『よく知っていたわね。その通りよ。
姉様が、この日のために、魔界からわざわざ持ってきてくれたの』
いつの間にかデルエラの隣に、これまたデルエラに勝るとも劣らぬ美貌の
サキュバスが丸い魔力塊に乗ってこちらに手を振っていた。
あれが『姉様』なのだろう。つまりリリムだ。確かに風貌がよく似ている。
ただ、デルエラが毒入りの蜜のような魅力を放っているのに対し
彼女はどことなく穏やかな隠微さを漂わせていた。
「姉様ってことは、あんたも暴力的なのか?」
『え?暴力的………ってどういうことかしら?
デルエラ、貴女あの子に何かしたの?』
『別に何もしてませんわよ』
『こっち見て言え』
なんか漫才が始まりそうなので、俺はその前にとりあえず
酒を分けてもらおうと頼むことにした。
『いいけど、まずはその子たちをどうにかしないとねぇ』
「残しておいてくれるという優しさはないのか」
『善処してみるわ』
リリムの善処なんてあてになるのか疑問だが、ここは信じるしかない。
「ああそうだ、ところで『ボンサイ』の件なんだが」
「ざけんな」
ミミルに一喝された。

「悪いが予定が変わった。見物はここまでにして、急いでお前達全員を
堕とさせてもらう」
俺は一様に複雑な表情をしている嫁達に下がっているよう言うと、5対1の
ハンディキャップマッチを開始すべく表彰台から降りた。
ちなみに、俺はすでにこいつらのタネを理解している。
「敵を逃がさないためではなく、聖なる力を増幅させるのが
この結界の本当の目的なんだろ?
実力に見合わない好勝負を繰り広げていたから、何かおかしいと思ってたんだよ。
…が、しかしだ。マリナ達が相手なら、この程度のブーストでも充分だろうが
あいにく俺には焼け石に水にすぎんぞ」
それは向こうもわかっているのだろう。
『ネクスト』の必殺の一撃を喰らって平然としてる俺を見る瞳には
先ほどとは違い、強い畏怖と不安の色がこめられていた。
『あの子ってそんなに強いの?』
デルエラに『姉様』が訝しげに尋ねた。
『今なら、もう私達より強いと思いますよ。あの子はお嫁さん達をみんな食べましたから』
『食べるって………まさか、魔物娘がするみたいに?
インキュバスである彼がそんなことを?』
無言で頷く妹に『姉様』が顔を微笑から驚愕へと変え、リリム姉妹の話を聞いてた
この場の全員が信じられないものを見る目で俺に視線を集中させた。

「ここから始まるのは戦いなどではない。
ただの、一方的で圧倒的で絶望的すぎる蹂躙だ。せいぜいもがくといい」
俺は高らかにそう宣言した。

もしかして俺って悪役の素質ある?
12/01/25 21:11更新 / だれか
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■作者メッセージ
ラスボス気分でのりのりですね。

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