連載小説
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そのじゅうろく
「ここからは戦いではない。一方的な蹂躙だ。
せいぜいもがくがいい」

などと啖呵を切ったのはいいが、どうしたものか。

『実際に蹂躙したら嫁が五人追加されたよ、やったね!』なんてのは御免こうむる。
女房の数が二桁いっていいのはデビルバグやラージマウスの旦那くらいのものだ。
それに俺は魔王に与するつもりなどない。
心身ともに堕ちたマリナ達と違って、俺はまだ人間だからな。この五人を魔物にするのは抵抗ある。
けど、堕とさずにボコるだけに留めておいても
どのみち魔物娘どもが群がってあっという間に同胞に変えるのも間違いない。
………それにしても時間がない。
俺はチラッとリリム×2のほうを見てみると、彼女らは和やかな雰囲気で
美しい真紅を湛えたグラスをぶつけあって乾杯していた。ぐぬぬ。
あいつらが俺の意見を尊重して善処するようには全く見えないし思えない。
「…どうしました?
大口をたたいておいて怖気づきましたか?」
「………」
『ネクスト』の挑発などどこ吹く風で、俺は黙してしばし思案し、とりあえず
こいつらを叩きのめして、一杯やってから考えることにした。

ということで、俺は左手をポッケにつっこんだまま、人差し指を立てた右手を
ぶっきらぼうに振った。
腕の、肘と手首の中間からサキュバスの翼が生えてきている、右手を。
『なっ!?』
いくつもの驚きの声が耳に届いてきた。特に司会のフェアリーの声が一際でかい。

バシュウウウウッッ!!

強いエネルギー同士が激突したとき特有の、蒸発音じみた轟音が闘技台に響いた。
俺の指先から放たれた『輝光』が『ネクスト』の放った『輝光』にぶつかり相殺された音だった。
「言っておくが」
「ちいっ!」
『明星』が俺の話をさえぎり、退魔の力が籠められた符を
急いで何枚も飛ばしてきた。
ところで最後まで言わせろこの妖狐モドキ。まだ最初のさわりしか触れてないだろが。
「フン」
俺は自分の背中の、腹部の真裏にあたる部分から、稲荷のあのモフモフ尻尾を生やして
前方に一振りすると、尾から何十枚もの符――俺の魔力で作られた
不浄の紙吹雪――が放たれ、一目散に『明星』へと飛んでいく。
「うあっ!?
あっ、あああああああああああ!?」
俺の符は、飛来してくる同族を正確に迎撃して燃え尽き、残りはそのまま飛び続け
『明星』の身体へ張り付いて強力な魔力を流しこみ、彼女を無力化させた。
「あー、まず一人」
俺はあまりやったことがないが、なんとか冷酷さをこめてそう言ってみた。
『そんなやる気なさそうに言うから冷たさがでないのよ』
デルエラの駄目出しがきた。
やる気ないんだから仕方ないだろう。なさそう、じゃなくて、全くねーんだよ。

「おのれっ!」
「………………!」
長引けば長引くほど不利になると判断したのか、『グリーン』と『サード』が
同時に二方向からこちらに駆け出してきた。
「ふむ…」
どちらを狙うかだが……まあ、スピードの遅いほうだな。
メキメキという肉や骨のきしむ音を立てて、俺は左肩あたりから今度はワーウルフの腕を生やした。
「ハリネズミになるのはお好きかな?」
そう言うと、俺は剛毛に包まれた腕の先から伸びる鋭い爪を、矢のように噴射した。
狙いは当然『グリーン』だ。
風を切る音をさせ、人を人ならざるモノへと変える必殺の矢が雨あられと飛んでいく。
その全てを防ぐことは彼女にはできまい。
「二度も飛び道具が通じるかっ!」
その言葉通り『グリーン』に向かった矢は減速し、彼女に命中することなく
ことごとく闘技台に力なく落ちていった。なるほど『弓矢殺し』の魔法か。
……しかしだ。
「うっ!?」
俺にあと少しで大剣が届くというところまできていた『グリーン』が
慌てて足元を払おうとする。足首から絡みつく何匹もの蛇を。
そう、それは俺の飛ばした爪が変異した、エキドナの力の具現だ。
その蛇どもは、払いのけられるより先にその牙を『グリーン』の肌に突き立てていく。
「二人目」
悔しげな表情で倒れゆく『グリーン』を見下ろし、俺はピースサインをするように
二本指を立ててみせた。
「…とったぁ!!」
「おっ。確かに、これは不覚をとったな」
これまで無口を通してきていた『サード』が、俺の目と鼻の先まで間合いを詰めると
少女のようにかわいらしい声をあげ、銀のナイフを俺の喉に突き刺した。道理で黙ってるわけだ。
「そこまで喜ぶほどの攻撃でもあるまいに」
なんだか神聖な力が籠められてるようだが、こんなもんいまさら効くか。
俺は鼻で笑うと、足元からローパーの触手をうじゃうじゃ生やして、
なぜか勝ち誇っている『サード』を絡め取ろうとした。
だが。

『ネクスト』が笑みを見せた。勝利を確信した笑みを。

「強大な力を誇る者の弱点は、慢心と相場が決まっている……
……力と肉欲に溺れ、私達を侮った貴方の負けだ、勇者喰い!」
おいその呼び名やめろ。
「いまです!!」
『ネクスト』の呼びかけに応じ『ブラック』が何らかの魔法を俺へと放つ。
「むっ!?」
その魔法の輝きは俺の喉に刺さったナイフへと吸い込まれ、そして
俺の全身へと浸透していく。これは、まさか封印魔法か?
なるほど、このナイフは俺の魔力抵抗を弱めるためのものか。これは一杯食わされた。

だけどなぁ…………

「侮る、ねえ?」
温和な笑みを浮かべていた『ブラック』の表情がじわじわ絶望に染まっていく。
俺の右胸から、天使の翼を真っ黒く染め上げたようなそれが生えるとともに、自分が放った
封印魔法の威力が減衰し、みるみるうちに無効にされていくのが感じられたからだろう。
「象がアリに油断したから命取りになると思うか?」
ダークプリーストの有する、聖なる力への高い抵抗力や
対神聖防御の魔法を使えばこれしきなんのことはない。少しあせったが。
とはいっても、俺は厳密には人間で人間だったら人間でつまり絶対に人間なので
魔物を封じる魔法はもともと効果薄だったと思うが。
「うああああああ………!」
必死に二本のねじれた刃を振るっていた『サード』が、切り裂いた俺の触手の切断面から溢れ出た
粘液を体中に浴び、顔を上気させ、拘束する必要もないくらいに脱力して女の子座りした。
「カウントするのも面倒になってきたからまとめて堕ちろ」
俺は魔女の力を行使し、単眼の黒山羊の頭を左手甲の部分に生やすと
その手の平を残りの二人へとかざした。
「いけません!」
俺の放とうとする魔法の強力さが感じ取れたのか、『ブラック』が
『ネクスト』を押しのけ前に出た。己を犠牲にするということか。
ではお望みどおりにしてやろう。
『あれはまさか!』
『魔物でも最上位クラスの者しか使えない、高度な暗黒魔法よ!』
『しかも、無詠唱なんて信じられない………そんなの私でもできないわ』
『私はできるけどね』
『さすが姉様』
『貴女だってそのうちできるわよ。なんたって私の妹ですもの』
俺が何の魔法を使うのか把握したリリム姉妹が息の合ったコンビネーションで解説してきた。
後半はお互いの褒め合いと化していたがもうほっとこう。
「………『黒く甘く煮えたぎる渦』!」
その禍々しい単眼がひときわ赤く輝き、俺の左手からどす黒い魔力の渦が
竜巻のように吹き荒れ、『ブラック』を飲み込んだ。

――あとに残るのは、仲間をすべて失い自失しかけている『ネクスト』の姿と、
俺の魔法を防ぐのではなく受け入れて『ネクスト』を助けた『ブラック』が
その身に漆黒の烙印を押されて倒れ伏している姿だけだった。

「最後に頼るものは自分なのだということを、お前は覚えていたかな?
覚えてなければ、この悲喜劇もここまでだな」
俺は一人きりになった哀れな『ネクスト』ちゃんへと、歩みを進めた。
「嘲るな、魔物め!
たとえ一人になろうと、決して私は諦めない!」
それは自分を無理やり奮起させたいとしか思えない虚しい叫びだった。実に聞いてて心地いい。
「くはは、それは諦めていないのではないぞ。聖剣にかぼそい望みを託して、すがっているだけだ」
その頼みの綱もこれで終わりだがな。

「出でよ…『太極剣』」

何かを掴むように指を曲げた右手の中に、聖なる輝きを放つ魔剣が現出した。
「いいことを教えてやるよ。
…相反する力を内包する、この『太極剣』を上回る武器は、決して存在しない。
そして、この剣を作り出せるのは…俺だけだ」
死刑宣告にも等しいアドバイスを与えられて『ネクスト』は凍りついたが、
すぐに立ち直ると、「戯れ言をっ!」と叫び、一直線に突っ込んできた。

スパアアアァンンッ!

「………………っ!!」
斜めに振り下ろされた聖魔の一閃が、小枝を切るように聖剣をたやすく二つに分かち、
その持ち主である『ネクスト』すらも左肩から右脇腹にかけて切り裂いた。
「これにて閉幕だな」
『ネクスト』の心が完璧に折れ、『名誉の五人』が全滅した瞬間だった。

「きゃはっ、さすがは私達の旦那様だね。見事な大勝利だったよぉ」
マリナがいち早く駆け寄り、俺の胴に腕を回してぎゅっと抱きしめてきた。
なんとなく彼女の顔を上に向かせてキスしたいところだが、今はそれどころではない。
「それで俺の分はどうなった?」
「「えっ」」

………………………見間違いかもしれんが、なんだか空のビンが
テーブルの上にあるように見える。いや、まさかな。
仮にも魔王の娘たちが、意地汚く酒を飲み干すわけがあるまいて。
「あのね、久々に積もる話をしながら観戦してたら、つい、全部………
………………ごめんなさいね」
自分の頭を拳骨でコツンと叩き、デルエラが舌を出して悪戯っ子のように謝罪した。
「まあ、あの、また機会があれば持ってきてあげるから、ここは…」
姉のほうもなんとか丸く治めようとしてくるが聞こえねえなぁ。
怒り心頭の俺は、マントを脱ぐと、闘技台の上で一塊にされてる五人へと投げた。
『ああっ!?』
万が一、暴れだしたりしないように(不可能だろうが)五人を見張っていた
魔物娘達が、今日何度目になるかわからない予想外の出来事に驚愕した。
マント型魔力塊は触手を伸ばすと敗北者達を次々と絡めとり、さらに巨大な翼を何枚も生やすと
それを羽ばたかせて飛び去っていこうとする。
「おまけだ」
俺は、修復の魔法と神聖力をこめた符を、ひとつからふたつになった聖剣の
切断面を合わせてからおもむろに貼り付け、それから聖剣をアンダースローで投げると、
元マントはうまいこと触手でキャッチして『ネクスト』の腰に括りつけられてる鞘へとしまい込んだ。
あの聖剣は一ヶ月もあれば問題なく現役復帰できるだろう。
「どういうつもりかしら」
「さあ?俺にも何が何やら。
とりあえずわかるのは、彼女らが安全な場所まで逃げおおせるだろうということくらいかな」
「魔物になった者達が教団に居場所があるとでも思うの?」
「それは、魔物になれば…だろ?
普通なら人間をやめなきゃならないんだろうが、あいつらを蝕んでいる魔力は
俺が稲荷の特性を使って制御してるんで、俺はその気にならなければ魔物化しないんだよ。
で、今もマント型魔力塊がそれを吸い上げながら飛んでるから、残留魔力が全てなくなるのは
時間の問題ということさ。理解したか?」
「うふふ、そういうことね」
「そういうことさ」
「あはははははははははは」
「ふはははははははははは」

――この一秒後に始まったのが、後に『魔姫の乱』と呼ばれる
魔界国家レスカティエ至上最大の内紛である。
たわいない口論から始まったとされる、魔界の第四皇女デルエラと、インキュバスの突然変異である
『勇者喰い』による、熾烈な一対一の戦いは三時間に及び、最終的には、
魔王とその娘達だけが使いこなすことができる究極の魔剣『皇魔剣』を振るうデルエラを、『勇者喰い』が
聖と魔を兼ね備えた至高の武器『太極剣』を用いて撃退したという――
〜〜新・魔界歴書より抜粋〜〜

「いい加減に、大人気ないことするのはもうやめてくれませんか」
俺とデルエラは、大会前は出場者でごった返していて、今は怪我人と医師とナースで
戦場さながらの慌ただしさを見せるホールの床で正座して、サーシャ姉の説教を延々と聞かされていた。
「これだけ巻き添え作ってさぞ満足でしょうね。
私達医療チームも、てんてこ舞いで大満足ですよ」
「私たちも怪我人なんで、治療したり、精神のケアとかしてほしいんだけど」
「そーだそーだ」
「面白半分に包帯を体に適当に巻いてる人達が何をぬかしてるんですか?
そういうふてぶてしいことをしてて、よく精神のケアしてほしいなんて言えましたね。
だいたいあなた方は…………」
……サーシャ姉のお話は深夜まで続いた。

ということで、これだけ暴れたせいで俺は長い謹慎くらったので、しばらくは
嫁達をかまうことにしようと思う。影武者まかせにしっぱなしだったからな。
けど、まだ俺の中の自由人の血は静まってないがね!
『あなたぁ〜〜〜〜〜』
はいはい。
相変わらず、なんとも貪欲で可愛い奴らだなまったく………

「…さて、今日は誰から可愛がってほしいんだ?」

俺はそう言って、ゆっくりと擦り寄ってくる九人の妻達をじっくり愛することにするのだった――
12/01/29 18:33更新 / だれか
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■作者メッセージ
とりあえず落としどころを見つけました。
『続きとか見たい』という意見があったりすると、そのうち
再開するかもしれません。

ちなみに次回はアルプで短期連載やる予定です。

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