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『アマツマガツチの場合』


ここはハンター世界の岩山頂上。
通常の天気ならば遠くに溶岩塊を噴出している元気な火山とか、黄色一色の中に点在するオアシスのある砂漠、時折白いものが舞い上がって見えるのは地吹雪であろう如何にも生物に優しくない光景を見せてくれる雪山、緑一色でうっそうと生い茂る木々が日の光を通さないおかげで暗い印象を受ける密林…と大変多くの大自然を望むことができる絶景スポットである。

…の、だが……







ヒュォォォォォォォォォ!!!!!! …ピッシャァァァァァンンン!!!







今現在、この岩山の頂上の天気はというと非常に激しい暴風雨(雷付き)であった。
それというのも、今この山にとある【竜】がいるせいなのであるが…おや?

山の天辺から何か影が走っていくぞ?
…どうやらよく見れば男女の二人組のようだ?

ふむ…普通ならば下山するなり、避難するなりするような天気の中を必死な形相で走り下る人らが見えたので、そちらに近づいてみよう。

「ひぃぃっ! ひぃはぁ…ぁぁ!!」
「つ、ついてなぃ! 私達…ッ…いっつも…ッッッ!!」
狩りに行く、というにはあまりにも軽装な装備であり…まるで【釣りにでも】行くような服装の男女は涙を止めどなく流しつつ、岩の窪みに綺麗にできた道をただ只管に走って何かから逃げているようだ。

「い、いゃ…なんで…ぇ…ガノトトスに…打ち上げら…れたあと…ッ…」
「こ、コイツ…に…張り付か…れ…て…ッッッ…ここまで…つれ…てこられ…もぅ…もぅッ!!!」
流石ハンターというべきか、常日頃から鍛えている脚力が今すごく役に立っているのがよくわかる。
彼らが走りながらグチグチと漏らす愚痴をまとめてみると…

・ガノトトスにヤラレた!
・落ちた水面からいきなり空に吸い上げられた!
・気が付いたら【ヤツ】の玩具状態だった!
・逃亡っ!(←今ココ

…らしい。毎度のことながら彼らの不遇ぶりには目を見張るものがある。


「「もぅいやだよ!!! …って言ってる傍からヤツがきたぁぁぁぁぁ!?!?!?」」
お、シンクロしました。
今、彼らがシンクロしました。
そのおかげか先ほどから話題に上がっていた【ヤツ】が後ろからおってきたようで…
彼らにつられて後ろへと振り向けば空中に漂う巨大な影…額から後方へのびる立派な2本角、まさしく龍と呼ぶにふさわしい細身の蛇体、文字通り風を纏うお蔭で薄いベールのような体毛がふわりふわりと揺れ動き、そして何より目立つのは…その白さ。
純白というには少し汚れており、でも銀糸よりも輝くその体毛は曇天の空に浮かんでいるにも関わらずきらりと輝かしい光を放っている。

この竜、アマツマガツチと言う。
そして【嵐龍(らんりゅう)】ともいう。
…ただしまだ幼体なためか、それらの平均的なサイズからすれば幾分か小さい。

<< …コォォーーーンンン!!! >>

しかし、それでも竜。
人が相手するには十分すぎるほどの大きさであり、ハンターにとっても決して楽ではないのもまた事実。
しかも纏う風に速度を乗せ、更に加速してハンターたちを追い立てだして…傍目から見ると遊んでいる様にも見えなくもない。
必死に逃げるハンターめがけてライフルの弾のように自身をツイストさせて、一気に距離を詰め…そしてその回転した白い弾丸は崖の岩肌ごとえぐり取ってハンターたちを見事に岩山から宙に放り出した。

「いやぁぁぁ………ァァ……」
「のぉぉぉぉ………ォォ……」
そのまま空中を漂うことなどない…いや、できないハンターたちは重力にしたがって下が見えないほどの高さから真っ逆さまに落とし込まれ着水
…今回も運よく下が川だったようで、今回も事なきをえたようである。
…でもその川はここいらで最も急流ということで有名で、一説では海までノンストップとか。



<<コォォォーー!!(かかかっ! 面白いのぉ!)>>
そんなハンターたちの落下する様を見てはいかにも上機嫌で声を高らかにして吠える白い龍は、心躍るというものを表現するような動きを以て頂上へと戻るために首を向きなおして上昇を始めた。

しかし、その瞬間。

<<クォォ!? (ぬぁ!? )>>
小さな鳴き声を上げた龍。
なぜならばそのすぐ前方にて強烈な発光があったからだ。
龍はあまりの眩しさ目を閉じてしまったが…


その発光が収まる頃には辺り一面が雲一つない快晴となり、いままで吹いていた暴風はただのそよ風に変わって…龍もろともなくなっていた…



・・・・・・・・・

・・・・・

・・・



「うむ、偶には休暇を散歩に使うのもいいものだ」
「あぁ、そう思う。この頃ラガは務めすぎていたからな」
青々とした葉が生い茂るいつも森の中を歩く影二つ。
ひとつは軽装鎧を装着して腰にどこかの国の紋章が描かれたロングソードを携えた男性で、その男性と手をつないで不安定な足場をもろともしない人という種族には無い大きな毛むくじゃらの足をもつ女性が仲睦まじく森林浴を楽しんでいるようだ。
だが…

「…っ!!」
「ん? どうした、何かいたのか?!」
「いや、この気配は…上かっ!!」
褐色の肌に燦々とみどりの癒しを浴びていた彼女は突如立ち止まり、頭上の鋭角な耳を忙しなくあちらこちらにと傾け始めて尻尾も膨らませてしまった。
彼女の警戒する態度にすぐさま男も繋いでいた手を離して腰にある剣の柄へと手を当て、彼女と同じようにあたりを警戒し出した。
余談だが手を離したとき彼女が一瞬だけ「ぁ…」と言って耳を伏せたのは彼には内緒だ。

「なっ!? お、大きい…ん?んん〜〜〜???」
「ど、どうしたラガ?」
「……あの馬鹿魔女め、またかっ!!! はぁ〜、また仕事が増えてしまうよ」
そんな彼女が彼へ気配のありかを吐くと同時に両名が上を向けば…それはあった。
否、空中で煌めく円盤がまさにそこにあったというべきか。
頭上の遥か先、何百年という年月を刻み生きた木々の身長ですらも届かぬ上空にある魔法陣…しかし彼女はその紋章羅列を見てハッとした表情になると急に緊張感を緩めて尻尾も耳も落ち着いてしまい、ひどく長い溜息を一つ。
眉尻が下がるしかめっ面の彼女に呆けにとられていた彼だったが、がんばれと励まして彼女の後ろから抱き着いて多少でも彼女の気を紛らわせようと努めた。
それは正解だったようで「あっ…ん♪」と悩ましい声で唸っていた彼女ははたして緩やかな微笑みになって彼の抱擁に尻尾をふって満足げな声をだしたのだった。

その瞬間っ!



ピカァァァァァッッ!!!



「っ!! 不味いっ、何か召喚されたっ!? …うわぁ!? な、なな、なんだこの大雨はっ!!!??」
「ラガっ! こっちへ!!」
突如その魔法陣から発せられる昼の太陽以上の閃光に目を細める彼女らだったが次にやってきたのは…なんとスコール以上の暴風と大量の雨。
いままでこの国に生きてきた彼女にとって経験したことのないほどの自然の猛威にアヌビスという突発的な出来事に弱い種族の例にもれず彼女もパニックに陥りかけていたが、間一髪で彼が手を引いて雨宿りができそうな樹木の空洞へ彼女もろとも駆け込んだことでパニックにはならずに済んだようだ。
空洞に入って外の様子を見ようとしたところで頭上を物凄いスピードで通過していく何かが彼女らかに見て奥の方へと…落ちて行った。
そしてその通過した巨体が地面に衝突でもしたのかズン、と低く大きな音で地響きが暫く起こりあたりの木々に止まっていた鳥たちはいっせいに羽ばたいて空へと逃げ出した。
地響きはすぐに収まり彼女達が振動から身を守るために体を寄せ合い丸くなっていたのを解いてて空を見れば…まぁ、なんという快晴か。

「ラ、ラガ…まさか今の?」
「あ、あぁ…多分また異世界のドラゴンだろうな」
「…雨も風も止んだから様子を見に行くかい?」
身の回りの安全を確認した二人は樹木の穴から出て木の葉を互いの体から払い、衝撃が大きかった先の白い巨体の墜落現場まで向かうことに相成った。
ちなみに気丈にふるまっている彼女だが尻尾は内またに丸まったままだった、とは彼の話。


移動すること数分。
その落下地点はすぐに分かった。
木々が途中から開ける様にして中ほどからへし折れており、その折り返し点が彼女たちが進むに連れてどんどん地上へ向けて低くなっていき、大きな岩が露出している崖下にて木々のへし折れが根元からになって初めてその木々を折ったモノの全容が明らかになる。

「ほぅ、これは…」
「真っ白なドラゴン…いや、リュウか?」
「リュウ? なんだいラガ、そのリュウとは?」
真っ白な、全く持って穢れを知らないような真っ白な体の巨躯は崖にぶつかった為か気絶をしていて呼吸のための上下だけ確認できた。
頭から勢いよく突っ込んだのかその者の角だったものがすぐそばに2本、根本から綺麗に折れている。
フリル状の翼膜はとてもさらさらしていて彼女はその肉球のついた手でプニプニと触りながら彼からの質問に受け答えをしていた。

「リュウ…確か龍、と書いたはずだが、遠いジパングにいるドラゴンの亜種だそうだ。なんでも水を操る力に長けていてなんと雨すらも操るらしい」
「な、それはすごい…」
「しかしそれだけ強大な力を持っているにも関わらず、性格は至って温厚で柔和で社交的という話だ。…この世界のドラゴンとは違ってな…っ!!?」
体を丸めて縮こまるその白い巨躯を如何したものか、と二人がしゃべりながら考え込んでいる矢先にまた閃光が走った…主に二人の目の前で。





「ラ、ラガっ!?」
「これは…魔物娘化っ!? やれやれ、また住人が増えるのか…今度は龍で…」
「ラガ…頑張れ、応援するよ」
そう、また魔物娘化が起こったのだ。
その様子を言うならば…


召喚時とは違い緩やかな光を出しながらその白き巨躯はぐんぐん縮みだして、気が付けば人の少女…いやロリであろう半身と大蛇の半身をもつ独特の姿になった。
ただし、ラミアとは違って下半身の背には真っ白な体毛が生えており、鱗もこれまた新雪の如き白さである。
上半身に真っ赤な水晶…マガタマというものらしいそれが平らな胸に埋まっていて、その上に羽織るのはキモノという服らしくアラクネが縫い上げた服と同じくらいきめ細やかな布でできており、着物にかかる髪の毛もまた無垢な白。
腰以上に伸びている白髪は時折吹く風に舞ってふわりとするが、また同じ位置へと滑り戻っていく。
未だに気絶中の為スヤスヤと寝息を立てている龍の娘だが…。

「あぁ、どうする? ラガ?」
「しかたない、ここで放置しても暴れられては困るし何より向こうの世界から来たなら常識を知らないはずだ。…一端、街に戻ろうか」
「はいよ。じゃあ…ラガ、本体持って? 私は尾の方を持つよ」
見つけたからには放置なんてできない彼女らは仕方なく数少ない休暇を返上して龍の娘を保護することにした様だ。
彼女は横たわる眠り姫を下半身と脇下から手を入れ抱き上げて、彼は眠り姫の下半身を器用にぐるぐると苦痛を与えない程度に丸めて持ち上げた。
ついでに近くに落ちていた綺麗な赤い玉も小脇に抱えて。

「…慣れているな?」
「なぁに、こっちはインテとともに森林警備していて怪我したラミアとかの保護で慣れているからな」
「…何か釈然としないが、保留にしておこうか」
耳を垂れてあからさまな不機嫌さを示す彼女だったが彼はあえて知らないふりをした。
彼らは急ぎ元来た道を早足で戻りだし、ものの数分で街見えるところまでやってきたのだが…

「ん? おぉい、ラガさぁぁん」
「…む? アリア? それにシィアズィーにパイア、フィトまで??」
「何かあったのかな?」
ちょうど彼女ら夫婦が森の開けた、ちょうど入口にあたるところで入れ違いに入りそうになっていたドラゴンが現れたではないか。
これにはアヌビス夫婦そろって何かある、と踏んで彼女らへと近づき事情を聴こうと白い龍を抱えたまま行けば、案の定な反応をしてくれる彼女達である。

「あのコッチにドラゴ………わぁ〜綺麗ぃ!」
「わぁ〜綺麗ぃ!」
「あら? この子、微かだけど私達の世界の匂いがするわ?」
流石親子、異口同音である。
そして冷静に顎に手を当てて考えるは最早この街で1位の頭脳持ちにまでなりあがったシィアズィーであるが、彼女の知識の中に該当するドラゴンが見当たらないようで眉尻を下げて申し訳なさそうにしていた。

「…白い体…龍フォルム…赤い模様…あ!」
「あ、サクラもそう思う?」
「あれ? 二人も? 私も一度だけ会ったことあるから…多分そうだと思う」
と、その三人を差し置いて口をはさんだのは元メラルーのメルーと元アイルーのサクラ、それに元リオレイアのパイアの三人だった。

「え、何々??」
「教えてよパイアお姉ちゃん!!」
「はいはい、とりあえず立ち話はなんだし…ラガさん達の腕がヤバそうだから『あいるぅ・きっちん』に行こうか?」
分かったと言い切ったも同然なパイアへめがけてアリアとフィトの親子は共に尻尾をたおやかに揺らしながらずいっ、と身を寄せて教えをこいていたがそれを見かねたメルーが肉球の手で器用に手を鳴らしたことで二人も少々落ち着いたようだ。

そのまま御一行はメルー達の店である『あいるぅ・きっちん』へとぞろぞろと移動を始めるわけだが…如何せん、連れだって歩いているのがこの世界では珍しいドラゴン、しかも複数であるから周りの視線がやはり物珍しい目になっていた。
ただし、それらは街に住んでいない商人やまだ日の浅い移住者がほとんどである。
元から住んでいる者からしてみれば何ということはない、ただの女子の散歩風景と同意のようなものだ。
…種族がすこし目立つだけの、ね。
アリアが召喚されて以来、ドラゴンである彼女達がその力を以て街を守っているという噂が広まりに広まって…今では元々の4倍の人口にまで膨れ上がっている。
ドラゴンに守られた街、というだけで教団側からのちょっかいは無いに等しいが、それが複数人とあらばもう何もできないだろう。
ただそこにいるだけで価値のある彼女達は今日も他愛ないおしゃべりをしながら、面白おかしく笑っている。
…すっかりとこの世界の日常に溶け込んだようで何よりである。

「さ、ついたよ。ラガ達もお茶でも飲みなよ?」
「う、うむ…すまない、すこし休ませてくれ…っ!」
「あ、あぁ…恩に…きるよ…っ!!」
早速お店についた様だ。
サクラが扉を引き開けて「どうぞ!」と声をかければアリア、フィトの親子に続き「ありがとう」と謝辞を述べてシィアズィーが入っていった。
そして残りの三人、ラガと隊長とメルーであるが…ラガ達の腕がもう限界なのか額に汗を掻き、傍目から見てもかなり震えているのがわかるのに鉄面皮の二人を見てメルーは「はぁ」と溜息を一つして二人の背中を押して無理やりに入店させるというやり取りがあったとさ。

「それで、この白い子。一体どんなドラゴンなのかしら?」
「あー、シィアズィーさん…この子はおそらく『嵐龍』、『アマツマガツチ』っていう風を操るドラゴンですよ」
「…まぁ、見た目と魔力から察するにまだ自立して間もない子供のようだけど?」
テーブルを隅に寄せて即席のベッドを作りそこへ長い胴体の白い龍の子を寝かしつけて彼女たちはあまりの椅子やらカウンターに腰を落ち着かせたりやら、各々楽な姿勢になってメルーとサクラから出されたコーヒーと紅茶を啜りだした。
ほんわかと香る柑橘系の香りからして今日の紅茶はアリアの娘であるフィトちゃんが大好きなオレンジペコのようで、やはり自分の好みの物を出されると嬉しいものである。
フィトが鼻で香りを楽しみつつ尻尾をゆらゆらと揺らしてちびちびと飲む様は母親であるアリアのみならずその場にいる全員に笑顔をもたらしたのは言うまでもない。


…と、つかの間のティータイムを終える直前。


「…ん、ん」
「お、起きたみたいだぞ?」
「どれどれ…お〜い?」
椅子で作ったベッドから硬質な物同士がすれ合う音が連続で響き、見た目相応の呻き声ともに上体を上げて寝ぼけ眼であたりを見回す彼女がいた。
その変化に最も早く気付いたアヌビスの夫が事態を皆にわかるようにつぶやくと、皆も一斉に白い彼女へと向き直って注目するとハッという表情になった白い彼女。
怪訝に思いながらも重い腰を上げて、椅子と自分の間に潰してあった尻尾をふわりと靡かせ近づく使命感の塊であるアヌビスはなるべく刺激しないような言葉を選んだのだろう。
だが職業上威圧的な仕事が多いせいかそれが普段の時も自然と出てしまって…現に白い彼女が「ひっ」と怯えて自身の上に掛けてあった毛布に隠れてしまったのだから。

「…」
「ま、まぁ落ち込むな…大丈夫、私はそんなお前も好きだから」
「わ、わふっ!? き、急にそんなこと…」
耳をくたりと垂らして俯いた彼女へ夫である彼は後ろから抱きしめる様にしてフォローを入れると暗い表情が一変して桃色の空気を出し始めたわんこであった。
『まぁ、なんとも嬉しそうに尻尾をふるワンコなんでしょう!』とか、『とてもこの街のトップ3とは思えません!! 』とは決して口に出さないドラゴンズである。

「むぅ…ん? なんじゃここは?」
「あ、こんにちわー!」
「ぬ、頭が高いわ小娘っ! ニンゲンの身であり…ぬぬ? な、なんか視線が低い…の…じゃ…っ?!」
しかし、意識がはっきりしたためか地の言葉が出てきたところでフィトがひょっこり白い彼女のいる椅子の影から顔を出して、否、乗り越えてつんのめりながら元気よく挨拶をするものの…やたらとツンツンした性格の様でフィトの挨拶も侮蔑の表情で睨み返す白い彼女。
しかし、いつもよりも遥かに下の方から覗き込む…そう見上げるような形でフィトのことを見ていたことに途中で気付いた彼女は疑問の思惑のまま下を見て…





な、ななな、なんじゃぁぁ!!!??? この体はぁぁ!?!?!?!? このニンゲンみたいなちんまい姿はっ!?





だが彼女らのやり取りを邪魔するようにして近場から大声が急に上がった。
真昼間から発情しかけたワンコがビクンと体を跳ね上げてしまうほどの大音量を出した白い彼女は今まで隠れていた毛布を何処かの方へと投げ捨てて自分の体を弄っていたところである。
上半身だけでみるなら幼女がペタペタと大きな白い鱗が詰まった手でさわり、下半身は自分の尻尾同士で何度もこすり付けあったり。

「あ、ちゃんと意識も来たみたいね?」
「こらフィト、勝手に近づいちゃだめよ?」
「あらあら♪ 随分と元気ですね♪」
起きてから罵ったり大声を出したりと忙しない彼女を暖かい目で見るシィアズィー、あまりにもべたべたに近いフィトを叱りつつも手元へと抱き寄せるアリア、流石医者の嫁で看護師をしているだけあって最初に医療的な判断を口に出すパイア。
まさに千差万別の反応であるが、次にしなければいけないのはどの【異世界からの流入者】でも同じである。

「初めまして…えっと【アマツ】ちゃん?」
「ちゃ、ちゃん!?」
「呼称はどうでもいいから。では今から貴女の体に起きていること、この世界のことを簡単に説明してあげるから大人しく聞いて? 質問は後で受け付けるから」
ドラゴンズの中で一番最初の声掛けをしたのは、やはりアリアだった。
彼女のフレンドリィさは群を抜いているのもそうだが、何より同じくらいの年の娘を持つ母親としての貫録だろうゆえか。
…しかし、ちゃん付けは不評でした。
その後の彼女からの不満の声に対して釘を刺したのはシィアズィー…と思いきやパイアであった。

「な、なんじゃ貴様らは…」
いいから黙って聞いて?
「は、はぃぃ!!」
やはり我儘オーラが漂っていた口調からその通りの言葉が口から出かけたその瞬間、口に真っ赤な炎を溜めこんだままパイアがドスの聞いた【イイ声】で且つ睨みを利かせて黙らせてしまった。
…姉妹は似るというが元リオレウスの現姉であるインスの影響か?

その後は何の抵抗もなく白い彼女へと説明は行われていったが…終始彼女は震えて自分の尻尾を抱きしめていた、ということも書き記しておこう。


「…というわけ。何か質問は?」
「な、ないのじゃ」
「あら、ずいぶんお利口なのね?」
一通り説明が終わったところでパイアが質問があるか、彼女へと聞いてみるも帰ってきた返事は大丈夫である。
これにはシィアズィーがびっくりしていたが、おそらく見た目も相まって幼子と判断されてしまったが為にオツムが弱いと思われたのだろう。
…あわれアマツ!

「…」
「ん? なんじゃ? 何かわらわの顔に」
「…えいっ♪」
つかの間の休憩に入ったその瞬間、白い彼女は横からの熱烈な視線に気づいてそちらへ向いてみれば…いつの間にかアリアの傍から離れてアマツのすぐ横まで来ていたフィトがいた。
あまりにも熱が籠ったその視線に何か嫌な予感がするものの、とりあえず何が用があるか聞いてみることにしたようで…とその瞬間。

「はわぁ!? こ、こりゃ、や、やへて!! い、いはぃぃ! いはぃぃぃのらぁぁ!! 」
「わー! すっごく柔らかぁい♪」
「や、やへっ! は、はなふぇ!!」
よほどフィトに気に入られたのか、アマツの両頬を母親譲りの自慢の毛が生えそろっている大きな手でぐにぃと伸ばされてしまったアマツがいた。
やはり、というよりも当然急にされてはい痛いものであり、フィトの毛艶の良い手を握って必死に抗議する白い手だったが…如何せん、龍とドラゴンではパワーが違う。
周りはその微笑ましい光景に笑いをこらえているが、当のアマツは顔を赤くして腕を上下して必死にフィトから逃げようとしているも全くびくともしないフィトの両手である。

「プっ…くくっ…あ、あぁ…それで、だ」
そして笑いをこらえながらも話を進めようと腹を抱えて尻尾がふるふると揺れるアヌビスのラガが声を上げた。
…フィトは未だにアマツの頬を弄ったままだけれども。

「誰がこの娘の面倒を見るかだが…私にさせてはくれまいか?」
「え? ラガさんが?」
「あぁ、私達夫婦が最初に発見したのだし…この言葉遣いはいかんともしがたい…教育の必要があるッ!!」
予想していなかったラガからの提案に一同驚きで目を皿のようにしていたが、いち早く復帰したシィアズィーがその疑問を口にしていかなる理由でか聞いてみれば…どうということはなかった。

「ババア口調は一人でいぃ! ロリはもう十分だっっっ!!!」
「あー…」
「なんか…溜まっていたのかな?」
最近、バフォメットであるトルネオから何かと無理を強いられていたため急きょとった休暇の矢先の出来事…ということを知っているのは現時点で頻りに手伝いをしているシィアズィーのみであり、ほかのメンツは口々に何かを言っている。
しかし、そんな様子が全く耳に入っていないアヌビスは瞳に炎を宿らせ決意の眼差しで現在進行形で頬を弄られている白い龍に対して向けていた。
それだけ熱い視線を向けるなら、と誰一人として反対意見は出ずにそのまま流れ解散かとおもったその時。

「あ、ねぇねぇ! アナタの名前決めましょ?」
「なま、え?」
「あ、あと【アノ言葉】言ってないわね?」
アリアのポンという手から音が出そうなそのしぐさに一同は「あぁ! 」と納得し皆が皆、かの白い少女へと視線を再び戻して微笑んだ。
なまえという聞きなれない言葉に首をかしげるものの…何か面白そうと思ったのか年相応に興味深々な視線で一同を見る彼女。
そしてそのまま彼女らは新しき住人に対して笑顔でこういった。




『ようこそ、この世界へっ! この街へっ! 』




・・・・・・・・・

・・・・・





「ではアスカ! これからは私がお前を教育して立派な淑女にするッ!」
「う、うむ! よろしくなのj」
「違うっ! そういう時は『はい、よろしくお願いします』だっ! もう一回っ!!」
わいわいと姦しい集まりだった『あいるぅ・きっちん』での集まりは彼女の名前、アマツマガツチの【アスカ】と決めたところで解散となって今、彼女の義母義父であるラガの家へ向けて歩を進めている最中である。
ラガの肉球の為足音は実質隊長さんのすり足の音だけでアスカに関しては空中を漂っているのだが、その体躯の周りには薄らと舞い上がった砂のお蔭で風の幕が見えている。
…元の世界の名残だろうか?
幾度となく言葉の矯正をかけられて流石に涙目になってきたアスカを苦笑いで見守る隊長と尻尾を逆立てて怒るラガ、まだこの世界に来て数時間も立たない間柄なのにもうすっかり見慣れてしまうのはきっとラガと隊長さんの人柄なのだろう。

「う、うぅ…母上ぇ〜」
「む、んんっ。な、なぁ…アスカ? その母上というのも…」
「そこも変えちゃうのはかわいそうじゃないか?」
慣れない自分への呼び方に背中がむず痒いのか、ラガは何かと母上とは呼ばせたくないようで何回か注意するものの涙目で訴える養子のアスカと窘めてくる隊長にとうとう折れたみたいで彼女は「はぁ…もう、それでいい…」と尻尾と耳を垂らして溜息を洩らした。

そんな歩きながらの言葉教室をしている後ろ。
実はもう一つ影があるのだ。
勿論、この影のことは親子三人ともが知っているので問題ない。

「ねぇ、ラガ先生! アコーがちょうど掃除に来たみたいだよ!」
「ん? おぉ! ちょうど良かった!!  おぉい、アコー!!」
「え、はい? なんでしょうか? ラガ先生にフィト…ん?」
そんな和気藹々とした家族会話がラガ夫婦と後ろから引っ付いてきたフィトにとって良く見慣れた家が見えたことで終わってしまう。
しかしその扉を今まさに開けようとした人物がいたのでフィトとアヌビスのラガがその影を呼び止めて振り向かせたのだ。
どんどんと詰まる家までの距離、その間は振り返った少年がその場でずっと同じ姿勢で待っているので宛らこの家の執事か?

「やぁフィト、ラガ先生。…その後ろで蜷局を巻いてる娘は?」
「彼女はねアスカ! 私のお母さんと同じ異世界から来た娘なの!」
「そっか。よろしくな、アスカ!」
向かい合う位置で歩みを止めた親子と一人は待っててもらった少年の疑問に答えるべく紹介するとフィトが無理やりアスカの背中をぐいぐい押しだす。
それによってラガの足元で隠れていたアスカが露わになったのだが、相変わらずの口調である。

「ふん、ニンゲン風情が…わっちに」
尊大な態度で胸の前で腕を組みフンスと鼻息を荒げて応えるアスカ。
勿論そんな態度を許すラガではなく、すぐさま肉球鉄拳が脳天に炸裂しお小言を食らったのは言うまでもない。
…涙をぽろぽろ流して泣くアスカを見れば相当痛いのだろう。


「ははっ、面白いヤツだな! 」
「でしょ? 言葉遣いはちょっとアレだけど…根はいい子だよ!」
「うぅ…」
涙ながらに説教されるアスカを傍目にそんな会話があったとさ。


「…よし、浮いていいぞ?」
「う、うぅぅ」
「ラガ、ちょっと厳しすぎだよ?」
それから10分ほどでやっと解放されたアスカがふらりふらりと宙へと体を浮かせてひどくお疲れの様子である。
夫にやり過ぎとの指摘を受けてちょっとバツが悪そうなのはいかがなものか?

「あー、こほん! それでは家に入ろうか?」
「あ、ラガ先生逃げた?」
「うん、逃げたね。ラガ先生」
目線を泳がせていたラガが一つわざとらしい咳をしてそのまま早足で家に逃げ…もとい、はいって行ったのですぐさまアスカら4人も続いて入って行く。

黒い鉄格子の彫刻で飾られた門をくぐればまず見えるのは美しい庭園である。
その庭園、様々な種類の植物で溢れかえっているがメインの植物は薔薇の様で、あちらこちらに薔薇のプランターが点在していた。
ラガに続く一行であったが不意に少年が立ち止まって庭園に顔を向けて何かを凝視している。
…何かあったのか?

「フィト、ごめん先に行ってて?」
「え? …あ、庭園の植物に何かあったの?」
「うん。ちょっと手入れをしてから行くとするよ」
実はこのアコーという少年、ラガからいろいろな学問を学びつつハウスキーパーのような死後ともしているのだ。
と言ってもおもに植物の世話である。
この庭に生えた植物すべての管理人である彼は逐一異変があるとまずそちらを優先してから勤勉に励む。
それは彼にこの仕事をさせるラガも承知の上であるため勿論文句はあるわけがない。
…彼の植物好きは彼のジパングから移住してきた両親が好きな盆栽で目覚めたというからまた何とも。
そんな真っ黒な髪の毛の彼が向かったのは一番大きな薔薇の木、その根本である。

「あちゃぁ…ここ最近乾燥が酷かったか? 水を上げないと」
根元の土を軽く一つまみしたその僅かばかりの土を指から地面へ落とせばサラサラと煙のように拡散して真下ではない場所へと風で流れてしまうぐらいの乾燥の度合い。
これは少々どころか渇き過ぎである。
すぐさま庭園の手入れをする道具を収めた場所へと急ぎ、如雨露を手に取って慌てて近くにあった井戸へと向うかれだった。

「…ぁ」
水の有無を確認するために井戸の底へ頭を傾ければ、彼の視界に見える…湿った土。
どうやら枯れてしまったようである。

…実はこの街の水脈は近くに砂漠があるせいか、この家がある砂漠側の街では時折井戸が枯れる。
森側にはそれは無いのだが、立地の違いからだろうか?

「う、うん。仕方ない…森側まで…」
「水かえ? 水ならだせるぞ?」
「うわぁ!? え、なんでアスカが??」
枯れ井戸から上体を戻して頭を深く垂れて溜息をした彼の背後から思わぬ声がかかって彼はあまりのことに前のめりに倒れてしまった。
後ろから声をかけた者が何者か確認するためうつ伏せから尻もち状態へと体を反転させて後ろを見れば、その白く輝く鱗と特異な体躯…アスカである。

「うむ! 母上についていくより…ヌシといた方が面白そうだからのぉ!!」
「えぇー」
「だからずっと後ろに引っ付いておったわ。かかかっ♪」
彼はてっきりフィトと一緒にラガの授業を受けているものと思い込んでいたが、実はずっと彼の後をついてきていたのだ。
…中々の尾行術である。

「はぁ…ん? 水だせるの?」
「うむ! 先ほどそう言うたではないかっ!!」
「じゃあ!!」
若干、呆れ顔になりながらもあまり気分を害した様子もない彼はふとアスカが放った言葉に気になるものを見つけたので聞き返してみた。
そう、【水を出せる】という言葉。
念のため、確認の為に聞き返したそれが彼女にとって気に障ったようで頬を膨らませて抗議しているが…なんともまぁ可愛いもので。
しかし、彼にとって彼女の発言は願ったりであった故にその小さな龍の手を握ってすぐさま枯れかけている薔薇の木へと連れて行ったのでした。

「この木、この木に水を上げてほしいんだ!」
「…はっ!? う、うむ! 任されようっ!!」
早速に件の木へとエスコートした彼。
…アスカの頬が赤くなっているのは気のせいかな?
それはそうと彼女は彼から手を離して木の前へと体をせり出し、まるで木の根を指さすような握り方で腕を宙へと浮かせて…止めた。





「ふぅ…はっ!!」





彼女が気迫の籠った声と共に目を見開くと…




チョロロロロ…




「うわぁ!? す、すげぇぇ!!」
「う、うむ! すごいじゃろぅ!!」
(…お、おかしぃのぉ…頭に響いた声の通りにしたんじゃが…もっと出るはずなんじゃが…)
なんと指先から出てくる出てくる。
如雨露のシャワー部を外したような太い一本の線となって水がさらさらに乾いてしまった薔薇の木の根元へと注がれて、湿り気を帯びた独特の色へと変わっていくではないか。
やはり魔物であるが故の芸当であろう、彼はその手品のような彼女の技に終始褒め殺していたのだが彼女の内心はどうやら想像とは違ったようで…でもすごい笑顔になっていた。

「おーい、アスカぁ?」
「あ、フィト!! こっちこいよっっ!! アスカってすげぇよ!!!」
「あ、こっち? え、何々?」
すっかり天狗になってしまった彼女であったが、不意に遠くから声が聞こえ辺りを彼と共に見回せば屋敷の中からこちらへと歩いてくるドラゴンのフィトの姿があった。
そんなフィトを見つけた彼は興奮冷めやらぬ様子でフィトを呼びつけると彼女のことを再び褒め殺しにかかったのだ。
勿論、好奇心旺盛なフィトもそのことに非常に驚いて称賛するものだからアスカの花は伸びっぱなしである。

「なぁなぁ! もっと見せてくれよ!!」
「うむうむ! 良いぞっ!! 」
「わぁ♪ 見たいっ見たいっっ!!」



ーーー中庭には無邪気にはしゃぐ子供たちの声があり、その様子を壁に背を預け遠目で見やっていたアヌビスの口元は優しい微笑みを称えていたのであった。



【完】

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110センチ(立身状態)のロリが登場!

…実は未だにソロで狩れません!(シクシク

そしてロリした理由…「なんか我儘なロリを教育して淑女にするマイ・フェアレディとか…おもしろくね?」という単純な理由でしたw
あとは歳が(見た目とも言う!)近いこともあってフィトちやんにはスンゴク気に入られちゃっていますね♪

では皆さま! 最後まで読んでいただきありがとうございます!!
…終わっちゃうような言い方ですがまだまだ続きますので…(汗

感想などお待ちしております♪

12/11/23 23:15 じゃっくりー

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