戻る / 目次 / 次へ

『ガノトトスの場合』



「はぁ〜たまにはこうやって釣りに徹して素材集めもいいよなぁ〜♪」
「えぇ〜本当ねぇ〜♪」
砂漠地域の中にある地底湖、その場所にて軽装備の男女ハンターが釣り糸を湖面に垂らして優雅に釣りをしている。
勿論傍らには彼らの獲物はあるが…ただあるだけで手にしていたり身に着けているわけではない。

「ふぃ〜…一体アイツらどこ行ったんだろうなぁ…」
「…サクラ、ハッカ、メルー…あの後、急に消息を絶ったのよね…」
「あぁ。そして今日でその日から1年だな…」
湖面に垂らす糸はそのままで、男ハンターは岩の隙間から日が入るその場所へと視線を移す。
一息ついたその先に見えるのは青空と時折吹く風に舞う砂だけだった。

ー…キラッ…

「…ん? なんか水面が光ったような??」
「ん? 気のせいだr…うぉぉぉ!? す、すごい引きだっ!? 」
「えぇ!? ちょっと待ってて! 手伝うわ!」
女ハンターが水面に何かいるのに気付いたようだが男ハンターは一蹴することにしたようだ。
しかしその言葉を言い切るちょっと前で強烈な引きを当てた男はいきなり立ち上がって踏ん張りをきかせだす。
男ハンターが立ち上がって足を突っ張っているにも関わらずジリジリと湖面へ引きづりこまれてしまうその異様なまでの引きに大物をいとも容易く連想した女ハンターは男ハンターの背後にすぐさま回り込み男ハンターの腰に手を巻いてさらに踏ん張りを利かせると、もう竿の先端と持ち手がくっつきそうな程に撓っていた釣竿に湖面側からさらに力がかかったようで…なんと彼らは二人纏めて踏ん張ったまま湖面へとズリズリ、ズリズリと僅かずつに吸い寄せられ始めたのだっ!

「ぐぅぬぬぬ…」
「ふぅんぬぅぅ…」
『…ぅっ…てぇぇいぃ!!』
しかしそこはハンター。…伊達に巨体の竜を相手にしているわけではない。
強者の筋力を二人で発揮し釣竿を大きく背後めがけタイミングを合わせて引き上げることでついには釣竿のエサを食っているモノを陸へと上げることに相成った。
…相成ったのだが…。


ざっぱぁぁぁぁーーーん!!!


湖面から飛び上がらせるようにして釣り上げたのは全長30メートル級の大きな魚類…ではなくて??
ウミヘビを思わせる頭から尻尾の先までの長い胴には所々に被膜と鋭いとげのようなものがあり、その体の真ん中程に目を向ければ…魚の尾ヒレに見える尻尾側へ向かって伸ばされた一対の恐竜のような逆関節の足があり、そして目の前にいるハンター達を見つめるつぶらな瞳…体が魚の鱗のそれで武装した竜の一種『ガノトトス』であった。


『げぇぇ!? ガノトトスぅぅぅぅ!?!?』
そして釣り上げたガノトトス、二人の頭上を跨ぐには些か高度が足らなかったみたいで…二人の方めがけ打ち上げられて暴れる魚の如き跳ね具合でタックルをしてきたのだ!

ビチビチビチ……ドゴォッ!

「うぁぁ!?……ァァ…ァ…」
「いゃぁぁ!?……ァァ…ァ…」
あわれ、ハンターたちはその巨体を避けきることができずそのまま空高く舞い…ガノトトスがいるところから遠い場所へ高く水しぶきを立ち上がらせて着水。
…そしてそのまま動かなくなっt…あ、滝へ向かって進んで…あぁ、滝壺へ落ちた…。

『……。…!! …グォt』
暫くハンターたちがいた場所にてビチビチと青魚のように跳ねていたガノトトスはしばらくして器用に二本足で立ち上がりあたりを見回し、誰もいなくなったのを確認すると瞳に安緒の感情を灯して水面に顔を向けて…大きく跳躍した、その時である。
水面に何やら光の文字が何かをなぞるように高速で浮かび上がり、次に強烈な発光をしだしたっ!
…光が収まったその場所には勿論、水中にも、ましてや宙にもどこにもガノトトスを確認することができず、叫びかけたガノトトスの声がかすかに洞窟へと響くだけだった。

そして『得物以外何も無くなった』地底湖には再び静寂が訪れるのである…。




……………


………





場面は変わって…


「ふぅ〜♪ たまには釣りもいいものねぇ〜♪ ねぇ? インス、スパイク?」
「だったらもう少し釣ってくれよアリアっ! お前も言ってやれっ、スパイクっ! 」
「おい、インス…ハズレくじ引いたからってあんまりアリアにあたんなよ? 」
暖かな日差しが降り注ぐ静かな湖畔の一角、水面まで高さが平均的な成人男性の背の倍程度ある崖上ではなにやら女性が3人横一列に揃って横になっている何か強い力でへし折ったような太い丸太に腰掛けて釣り糸を垂らしている。

一人は…青い髪のまだ熟れきっていない少女と淑女の中間のような女性で、ほかの二人に睨みを利かせている。
その腰からのびる蒼い鱗のついた尻尾は激しく地面を叩き、叩かれた場所は土がエグれていた。
…あまり周りにはこたえていないようだが。

また別の人は…黒い髪が特徴的ないかにも活発そうな顔の女性で中々に背が高い。
よほど日差しが気持ちよいのか、その腰からのびるモフモフした尻尾は小刻みにリズムをつけて振れていた。
…ただ後ろにあるバケツにはまだ数匹しか入っていないみたいだ。

そしてもう一人…三人の中、もっとも筋肉質な黒髪褐色肌の長身の女性で胸も大きい。
三人の腰掛ける丸太に座っているのだが、やはり彼女もほかの二人と同じように尾先がハンマー状になっているそれをコンコンと時折自分たちが座っている丸太へと打ち付けている。
しかしその雑な話し方から察するにあまりオツムは良くないようだ。
…ちなみに彼女の尻尾で叩いた後とこの丸太が倒れた原因の打ち付け跡が全く一緒の跡だった、とだけ言っておこう。

「…ん? ところでアリアの子供はどこ行った?」
「えっ? …あれれ? フィトぉ〜?? 」
「おいおい、ちゃんと目をつけとかなきゃダメだろ…まぁ、余程の事がない限りは大丈夫だろうけど?」
『…違いないっ!』
そして笑い出す3人は引き続き釣りを始めるんだが…
果たしてそのフィトと呼ばれたアリアの子供は何処に?

視線を辺りへ向ければ…あ、いた!!

崖からちょっと離れた場所にあるちょっとした砂浜にてまったりと歩く黒い影を発見。
背中から翼を生やし、尻尾をブンブンふってあからさまに上機嫌な影の姿形はこの図鑑世界のドラゴンそのものだが…各部位は鱗の代わりに毛が生えていて尻尾もまた然り。
更に耳も被膜のそれではなくてこちらも毛でできており、パッと見でワーキャットの耳に見間違いそうになるほどだ。

「ふぅ〜♪ やっぱり散歩は楽しいなぁ〜♪フフーフ、フフーフ♪…ん? あれれ? あれってアスコットお姉ちゃん? 何してるんだろう??」
そんな影、ドラ娘が変な歌を歌いながらスキップして歩いているとちょうど砂浜の終わりにある岩の向こう側からチラリと見慣れた人物が蹲って何かを必死になって書いているのが見える。
好奇心旺盛なロリなお歳頃のドラ娘が訝しむも、次には目をキラキラと輝かせてその目標の人物へと走り出すのに時間はかからなかった。



「この式とこの式を複合させて…時間軸を合わせて…よし! 完成しt」
「おねぇちゃん! 何しているの??」
「ひゃぁぁ!? え!? フィトちゃn…」
珍しく普通の服でかつ何も装着されていない最初の頃の面影の魔女アスコットが長い杖で最後の文字を地面に掘っていたようだが、ドラ娘に声をかけられたことで体がビックリしてしまい…


ーーーサラサラ…ガリッ!


「…あ゛!」
「…ふぇ?」


一文字だけ誤って書き込んでしまったようだ。
カエルが踏みつぶされたような声とその娘の母親のような無邪気な声、互いの口から短い言葉を漏らす頃にはもう魔法陣が光っている状態であわてて止めようとしたアスコットだが時すでに遅し。
強い発光が瞬間的に起こった次の瞬間には『何かが湖の中へ入水する音』とともに高い水柱が、『遠くの空から一瞬だけ雨が降って晴れた現象』が起きた。

「あ、あわわわ…今回はまじめにやったのにぃぃ…」
「アスコットお姉ちゃん? そんなにブルブルしてどうしたのぉ?」
…子供に罪はない、とわかっていてもやるせない気持ちになるアスコットにフィトは可愛く首をかしげるだけであった。



所変わってアリア達の場では…



「ほふぅ〜…ん?! 何か光ったぞ!?」
「へ? …気のせいじゃないか? というか…なんか雨降んなかったか?」
「そうよ、きっと気のs…きゃぁぁぁ!?」
インスがいち早く気づいてそちらを向くもすでに終息した後だった。
インスより後に気付いたスパイクとアリアは勿論見れるわけがないので見間違いだろうと一笑したわけだがそんな仄々とした空気を切り裂くように急に立ちあがって悲鳴を上げたものがいた。
それはアリアその人で、彼女は瞬時に腰を落として下に重心をずらすとその場に留まって足を突っ張った状態で止まることに成功する。
だが未だにアリアがジワジワ引っ張られているのを見るとかなりの大物のようである。

「う、うぅ! お、おっきぃ…っ!」
「よしっ! 手伝うぜ! インス手を貸せっっ!」
「おうよっ!」
アリアの後ろから抱きしめるようにインスが、そのインスの後ろからアリアの腰を持って踏ん張るスパイク。
流石に3人がかりでかかられるとその大物は徐々に陸へと引き寄せられて…


ーーーザバァァァーーーーン!!

『アリア は なにかをつりあげた! ▼』



デレレレデレレレデレレレデレレレッ!!
※初代ポケモン「エンカウント」のBGM!



『…あっ! やせい の ガノトトス だっ! ▼』

「ふ、ふぇぇ!? なんでまたぁぁ!?」
「ちっ! またアスコットだろうどうせっ!!」
「というかこいつ…こっちにつっこんでくるぞ!?」
スパイクの原型の姿に近い、でももっとスリム化されたシルエットが慌てるアリア達めがけて水面からの飛び跳ね上がった勢いそのままで襲ってきたっ!!

『ガノトトス の こうげき!
 ガノトトス の のしかかり ! ▼』

「よっ!」
流石森に棲んでいた竜【ナルガ・クルガ】だけあってアリアは難なく横へ回避した!

「ぅおっ!? あぶねぇじゃねぇかっ!!」
流石空の王者【リオレウス】だけあってインスは軽い身のこなしで素早くよけた!

「へ?」
しかしその後ろのスパイクは反応が遅れてしまったようで…


ーーーペチーン! パパパン!

「っ〜〜〜! いっでぇぇっ!?」
残念! よけられずにガノトトスののしかかり…否、飛び越えの際にヒレによる頭(おでこ)への攻撃とすり抜けざまに尾ヒレの往復ビンタをくらってしまった!


『スパイクは いかり じょうたい になった! ▼』


「…やったな…えぇ? こらぁ……」
頭を抱えていたスパイクが陽炎を背負いながらゆらりと立ち上がる。
ガノトトスが何かを感じて着地したところからスパイクを見るために振り返ると…

『覚悟できてんだろぅなぁぁぁ!? テメェはよぉぉ!!』

体を魔物娘から本来の黒い巨躯のドラゴンへと身を変えて咆哮をあげつつ、大槌のような自慢の尻尾をフルスイングしているところであった。
ガノトトスは瞬時に行動をとれなかった為にその暴力的な尻尾をいなすことができずに…

『スパイク の こうげき !
 スパイク の しっぽスィング ! ▼』

ーー…ドゴォンッ!

『いちげきひっさつ!
 スパイク は ガノトトス を たおした !▼』

「ぁ!…っ!?」
「ぉぉ…ガノトトスが空飛んでるよ…っ!?」
見事に腹部へクリーンヒットした。
そのままガノトトスの下から撃ち込まれたスパイクの尾は上へと振りぬかれ、自然とガノトトスもつられて空へ舞うのだが…目が反転し口からはすでに泡が出ている。
その様子を打ち上げ花火をみる観客よろしく見ていたアリアとインスだったのだが、スパイクが追撃の為か再び尻尾をさっき以上に撓らせて一撃必殺の構えをとるのを見るや素早く二人は竜化をすると…

『ダメェ! これ以上は傷つけちゃダメっ!』
『うがぁぁぁ!! 離せアリアっ!! コイツで…あと一発コイツで殴らせてくれっっ! じゃないと…あたいのッ! この怒りがッ! 収まんねぇぇぇぇっっ!!』
『ダメったらダメっ! 』
黒い体をしたアリアが勢いつけてスパイクに乗り地面へと縛り付け、上は上で蒼い鱗が光る飛竜のインスが空中でガノトトスを見事キャッチしていた。

『ふぅ…おい、スパイクっ! お前の攻撃は一撃がデケェんだよっ! オーバーキルすんなっ!』
『あぁん? 』
『こ、こらぁぁ! 二人とも止めてぇぇ!』
…いずれも全長20メートルを超える3匹がギャアギャア言い合っているその風景は彼女たちを知らなかったらとても恐ろしいことだろう。
親魔物派の人間ですら悲鳴を上げて逃げ出し、ましてそれが反魔物出身とかいったらそれこそ卒倒ものである。
声を出して互いをけん制しあうインスとスパイクに首だけ空と地上を行き来するアリア…。
だがその時間はガノトトスが発光しだすことで終わりを迎えてしまった。

『ん? ぅぉっ!? 眩し…っ!!?』
『インス! 下ろしてあげて!!』
『なんだぁぁ!? またかぁぁ!!??』
三匹共々公論ははたと止んで、インスはその両足に鷲掴んでいるガノトトスをゆっくりと高度を落としつつ地面に横たえらせた。

するとどうだろう…ガノトトスというドラゴンのシルエットが徐々に縮んでいくではないか!

大きかった巨躯はやがて女性のそれらしい艶やかな体躯へと変わっていく。
特徴を言うとならば…アリアの身長ほどで止まった手足は所々が魚のうろこのそれ、いうなればサハギンと同じような手足をしている。
ただ尻尾だけはドラゴン独特の長い尻尾と魚の尾ヒレを足して二で割ったような…形容しがたいものとなって、そのしっほの付け根の上の方へ視線を向ければ小さな翼…どうみても飛ぶためのものではなくて水中翼、といったあたりか。
翼の生えた背からさらに上へいけば、トルコ石のように艶やかなライトブルーの髪が肩口まで伸びて…横たわっている為に地面へ向けて曲線を描いて垂れている。
対して表側へ視線を向ければそこにはまっ平らな胸と、気絶して白目を向いているもののそこから僅かに見える髪と同じ色の瞳がある。
顔立ちよく整った彼女の胴体を覆うのはトカゲの艶やかな皮膚でなく魚類の鱗であった。


「…ナカーマッ!!」
「はっ?」
「えっ?」
その変化を見届けつつ魔物娘の形態に戻ったインスが上げた第一声がコレである!
その意図がわからない2人は只々頭上に疑問を作って眉を潜ませるだけだった…。

と、そこへ?

「お母ぁさーん! 凄い音したけど、どうしt…うわぁ!! キレイな人ぉ!!」
「あぁ…また…竜なのね…今回はちゃんとした服と態度だったのに…シクシクシク…」
手を振って駆け寄るフィトと魔女アスコットを見つけたアリアは両手を広げて「おかえりぃ〜♪」と走りつめたわが子へ向かって力いっぱいムギュッ、とフィトを抱き留めた。
そのまま頬ずりをわが子の頭ですれば耳をピコピコと動かして「きゃ♪ くすぐったぁい♪」と嬉しいことをいうフィトに周りの者たちは朗らかな気持ちになったのは言うまでもない。

「…んで? アスコットはどうしてここにいる?」
「トルネオ様からちゃんと許可をいただいて召喚術の研究をしていたのよ、今回は!!」
「ふぅん…で、失敗と?」
その親子を尻目に他の二人は息を切らしながらやってきた魔女に対して詰ってみれば、今回はちゃんとアスコットの上司でバフォメットであるトルネオ様から許可されたとのこと。
ただし見事に失敗はしているので後程オシオキがあるだろうけど…。

「…オシオキ目当てか?」
「ち、違いますっっ!!」
「…まぁ、いいや。じゃあ釣りもそこそこ成果が上がったからちょっと『あいるぅ・きっちん』までコイツを運ぼうぜ?」
ジト目で何かを訴えるスパイクに顔を真っ赤にして激しく捲し立てるアスコットだったが、インスはその反応を打ち切らせてそう言いつつ足下でのびているガノトトスを指さす。
周りの皆も下で寝そべっている彼女へと視線を向けて、でもすぐにインスへと視線を戻すと不意にスパイクが疑問を口にした。

「なんでハッカ達のレストランなんだ? 宿でいいじゃねぇk」
「『誰か』さんが『とある二人』をマジ切れさせたせいで『甚大な被害』がでたから今後使用禁止、だとさ。なぁ? 『誰か』…さぁ〜ん??」
「ぐぬぬ…あ、あんときは…ぐぅぅ…」
なんとなく話もまとまった様なので一行は移動を開始するんだが、そこでも一悶着あり…。

「じゃあ頼むわ♪」
『…あとで覚えていろよ…スパイクっ…!!』
『じゃあ私がフィトとアスコット、インスがガノちゃんとスパイクで♪』
釣り具をしっかりと抱えたスパイクは竜化したインスの首元でニヤついており、足の部分には絶賛気絶中のガノトトスをしっかりとつかんでいる。
また竜化アリアの首上ではフィトが釣り上げた魚を一つにまとめたバケツを抱えていて、アスコットはというと…尻尾の付け根近辺をぎゅっと力の限り抱きしめて振り落とされないように必死につかんでいた。

『んじゃ急ぐぞ! 』
『うん!』
こうして【地を駆ける黒き影】と【空を舞う蒼空の王者】は自分たちが暮らす街へと驚異的なスピードで移動を開始したのであった…。



そして…。



「ふむぅ…また、か…」
「あぁ、今度は水棲竜だぞ?」
「にゃあ…すごい美人さんだねぇ〜♪」
目的地の【あいるぅ・きっちん】へとやってきた一行に何故か店の玄関先で待機していたトルネオが意味ありげな視線を向けていた。
しかしアリアたちはまったく驚くそぶりを見せずに冷静にトルネオへ答えを返すと、ちょうどトルネオの後ろのドアからカウベルがカランカランと音を立てて誰かがドアを開けたことを知らせる。
一同がもふもふな手を顎に当てて思案するトルネオの後ろへ視線を注げばこの店の三大シェフの一人、ネコマタのハッカが黒いコック帽を揺らし挨拶もそこそこに…インスの足元へと転がるガノトトスに興味を示したのか小さい体躯をトテトテと揺らしながらやってくるではないか。
そしてガノトトスまでたどり着くやツンツンと猫の手を丸めてかぎ状となった指の爪で突きだしたのでインスが「あっ! 馬鹿っ!」と止めに入った、その瞬間…。

「…ん、んぅん…は、はれ? ここは…いったい??」
「お? 気が付いたかい?」
「…っっっっっ!!!!!!」
ガノトトスの意識が戻ったようで呻きながらも上体を起こし周りを詮索でもしているのか落ち着きなく首上を左右へと振りだして、心なしか眉尻も下がりきって体を縮こまらせて…まるで怯えているような…。
そんなガノトトスへ声をかけたのは奇しくもガノトトスを気絶へと追いやったスパイクであり、彼女がすがすがしい笑顔と共に尻尾を振った…その瞬間っ!!







「ひ、ひぃぃぃ!! な、なぐ、殴らないでぇぇぇ!!!  ゴメンナサイゴメンナサイ…っっっ!!!!」







森の中を飛び回るアリアばりの速度で腰ごとズザザザッ、と店側へと後ずさって…ちょうど店と地面の隙間に体をねじ込みアリア達に尻尾と尻が見える状態で隠れてブルブルと体を震えだしたのだ。
さすがにこれはスパイクのみならずその場にいた全員が唖然としていたが、いち早く復帰したのはなんとスパイクである。

「あ、あぁ…だ、大丈夫だ! もう殴らねぇよっ!」
「…ほ、本当ですかぁ??」
「あぁ! 本当だ!」
頭隠して尻隠せていない恐慌状態のガノトトスへ歩みながら説得をし、それが伝わったのかガノトトスから震えが消えて、か細い声で真偽を説いてきた。
勿論、無闇矢鱈に殴るわけではないのでスパイクはすぐに二つ返事をして是と答える。
すると少しの沈黙の後、おずおずと下がりながら隙間を抜け振り向き立ち上がったガノトトスはやはり眉尻が下がって未だに怯えているようだが…それでもまっすぐスパイクへと視線を向けていた。

「…ほ、本当ですか?」
「おぅ!」
「…コホン。あのさ、話進めてもいいか?」
何か友情を語るような劇の一端にも見える時間だが、それはインスの咳払いで皆の止まった時間が再び動き出したことで終焉した。
つづいてインスは事のありましをトルネオへと伝えると…トルネオが渋い顔をして顎をさすり始めてしまった。

「むぅ…困ったのぉ…実はな、この隣…海運都市『ドハン』の友人から救援要請がきてのぉ…」
「どんなだ?」
「『教団に不穏な動きあり。教団が船を集めて親魔物派の海運業者を攻撃する計画があるらしい…どうかもしもの為に援軍をくれはしないだろうか?』とな」
そして再びのしかめっ面である。
確かに大切なことであるだろう救援要請だが、アスコットの告白によると『一度に対象を2体召喚する魔法陣』を成功させたようで…つまり『何かがもう一体』この世界に紛れ込んだということもまた事実。
幸いにもまだ実害が出ていないので早急に対処すれば被害をこうむることなく事件は解決できるだろう。
そして…もしそれが『異世界の竜』だった場合、それに対抗しうるのは教団の勇者か…大魔力を誇るトルネオとエキドナのエレメントか…はたまた『同じ世界からやってきた竜』達となる。
街を治める前者二人はあくまでも最終手段であり、同等の力を秘めた彼女達を当てるのが妥当なところであるが…。

「じゃあ二手に別れっか??」
「スパイク、そうはいってものぉ…」
「いや、それでいいんじゃない?」
スパイクの答えにままた渋り顔するトルネオに不意に声がかかった。
声の主はだれぞ、と発声されたであろうトルネオ自身の後ろ…厳密にいうならば店の中から白いコック帽のシェフで小麦色の肌に銀髪のスフィンクスのメルーと、青いコック帽のシェフで淡い桜色の体毛のワーキャットのサクラが腕を組んで壁に寄りかかってこちらを見ていた。

「じゃが…」
「大丈夫、私達もサポートするから! と言っても知識面になっちゃうけど…」
「それじゃあ決まりだな!!」
否定的な声を上げる前にそれ聴かずしてワーキャットのサクラが声を上げるとぐぅの音も上げずに黙り込んでしまったトルネオを見てスパイクは意気揚々と声を上げて組み分けをしようと言い出したのだが、ここで問題が発生してしまう。

「じゃあ…あちきは救援の方へ!」
「なん…だと…っ!! なんでだ! なんで『もう一体検索』の方じゃないんだっ! ハッカぁぁ!!」
「にゃ〜…だってあちき…そんな戦闘経験はないんだもん…船だったら操縦したことあるし…」
一緒の組みになれないことがわかるや落胆の色をおくびにも隠すことなく前面に押し出してわがままを言うスパイクに皆あきれたものである。
もう一匹の竜と戦いたかった戦闘狂スパイクは泣く泣くその任をあきらめて大好きなハッカがいる救援依頼に回ったのは致し方なし…なのだろうか?
そしてその班決めではもうひと波乱あって…

「わ、わわ、私ぃ、そ、そのぉぉ、じ、じし、ん、自信、な、なな、ないで、ですぅぅ!!」
「…強制決定でいいな?」
「ひ、ひぎぃぃ!!??」
自分よりも背が高いはずのガノトトスだが萎縮して縮こまっている為なんの苦も無く肩へポンと手を置いてとても爽やかなイイ笑顔で『拒否は許さん』いう意思を見せつけたインス。
…ガノトトスはただ悲鳴を上げるだけしかできなかったのだった。

「あ、そういえば…彼女に名前、付けてもらいましょう?」
「は、はぃ? な、名前? な、なんですかぁ??」
「種族じゃなくて個々で呼び合う時に使うその個体専用の呼び方だよ。自分で名乗るべきだから…ほら考えろ、この場で」
アリアがぽんと手を打ちそう呟くとガノトトスが不思議そうな目でアリアを見つめる。
「そうだなぁ…」と一息ついた後に説明をしてあげたインスだが、なんとガノトトスにこの場で名前考えろと催促したのだ。
…どうやらガノトトスの臆病な性格が気に入らなかったようで少々不機嫌になっているみたい。

「ふ、ふぇぇ!? え、えっと…えっと…んんっっ………す、『スティップ』…で…」
「スティップだな? よし、よろしくな! オレは『元・リオレウス』のインスだ」
インスの自己紹介を皮切りにそれぞれが自己紹介を始めると次第にガノトトス…いや、スティップのビビリも幾分解消されたのか猫背だった背が少しだけまっすぐに解消されたみたいだ。

「…まぁ立ち話もなんだから、中へ入って決めたら? 依頼した魚も取ってきてもらったことだし、『サシミ』でも出すわよ?」
「『サシミ』? …なんだかウマそうだなっ!」
「スパイク…涎をふけっ!!」
立ったまま自己紹介をしている面々を見ていたメルーはそう一言つぶやいて店の奥の方へ消えていき、ハッカとサクラもそれにつられていってしまう。
そのまま皆メルーの言葉に甘える形で、そして平行作戦の役決めのため中へとぞろぞろと入店をはたしていくが…

「おぉ! そうじゃスティップ?」
「は、はぃぃ!? な、なな、なんでせうぅ!?」
「ふむ、どうしても言わなければならないような気がしてのぉ…」
スティップをその場に留まらせて咳払いを一つしたトルネオが口を開く。



「ようこそ、この世界へ、この街へ。望もうが望まざろうがの。ここにいる限りはこちらのルールに絶対厳守で頼むのじゃ」



「…は、はい!」
「ふむ、素直でよろしいっ!」
気持ちの良い返事をしたスティップの顔は相変わらず眉尻は下がっているもののトルネオをしっかりと見つめており、そのトルコ石のような瞳には確固たる意志が宿っていた。
それを見たトルネオはとても満足そうにうなづいてスティップとともに最後の入店を果たしたのだった……。



……………

………




『んでこのザマか…』
「一度ならず二度まで運んでもらって悪いなァ〜? インスぅ〜?」
「ありがとにゃ、インスさん」
雲一つない晴れ晴れとした上空を猛烈なスピードで飛行するインスはそう愚痴って舌打ちをしそうな程に機嫌が悪かった。
…スパイクが首元でニヤついた笑顔をしている為に。
その他のメンバーはというとスパイクにぎゅぅっとしがみ付いてるハッカ、インスの足に「あわわわっ! はわぁぁぁ!!?」と声にならない悲鳴を上げつつしっかりとしがみ付くスティップ。

『…なぁんか自分で言っときながらいうのもアレだが…不安だ、激しく不安だ…』
「まぁ性能はピカイチじゃねぇの? 空と陸と海でバランスいいしな」
「にゃあ…向こうの世界では考えられない組み合わせです〜…大連続狩猟クエストでもこれほどはそろいませんし…」
結局のところ、話し合いにてすんなりと組み分けは決まったもののどちらがどっちのクエストに行くか論争があったがトルネオの一声でそれらがすべて決定されたしだいである。
その結果、『もう一体探索』クエストには『アリア、シィアズィー(元フルフル)、パイア(元・桜リオレイア)』とサポートとして『メルー(元・メラルー)、サクラ(元・おともアイルー)』が担当し、残りのメンバーで『隣町の救援要請』クエストと相成った。
…ちなみに組み分けの言いだしっぺはインスだったりする。

『まぁ…な。 ん? おい、スパイクっ!』
「っ! あぁ、見えてるぜっ!」
「…にゃ〜、すごい数の帆船んです! ざっと見ても100隻はくだらないでしょう…っ!」
そして陸と海の切れ目である海峡に差し掛かった時、その光景が広がった。
どんなものかというと…巨大な帆船100隻近くが商船と思われる10隻の中規模帆船を追い立てている光景である。
しかしてその帆船の帆先、マストの上にたなびく識別旗をみれば…まさに救援依頼をだしたその街の旗そのものであった。
ドラゴンらは裸視で、ハッカはトルネオからかりた望遠鏡で確認するとスパイクとインスから苦渋の声がしだす…。

『…まずいな、追いつかれそうだぞ?』
「あぁ…でも完全に海の上じゃあたいの力は発揮できねぇ…っ!!」
『オレもここからじゃ火球は当てらんねぇ…っ!!』
船団と自分たちの間にはまだまだ距離があり、向こうからはまだ視認できない距離にいる。
そんな歯がゆい思いをする二人に思わぬところから声がかかった。
…そう、インスの足元から。

「あ、あのぉ…あの船を…どうにかすればいいのですか?」
「ん? …あ! そうかっ!! お前がハッカのとこで言っていた『アレ』なら届くかっ!!」
『あぁ、店で言ってた【アレ】かっ!!』
弱弱しいながらもちゃんと風圧に負けずにインスらへ届く声で自分の存在をアピールしたスティップがそういうと沈んでいた顔の二人か゛一気に明るくなったのだ。
…アレ、とは一体?

「んじゃぁ、一発ガツンとかまして数隻でもいいから…沈めてこいっ!」
『なら…よし、高度をさげるから一気に竜化して【アレ】をかましてやれっ!!』
「は、はぃぃ!!」
徐々に下がっていく高度、やがてその高度は海面ギリギリまで下がって…

『よし! いけぇぇ!!』
「はいっ!! …っっっ!!」

ーーーザッパァァーーン!!

勢いよく着水したスティップは次の瞬間、魚雷の如きスピードで水中から追う側の船団めがけて進みだす。
そのスピードを維持したままある程度の距離まで詰めると突如スティップは進みを徐々に緩め、しまいにはその場にて止まってしまったのだ。

一体なぜ、と思っているのもつかの間。
彼女が海中で大きく吸い込みを行うと彼女の体内へゴホゴボと音を立てながら海水が吸い込まれ、ある程度たまったところで彼女がおもむろに上体を水面から出したところで溜めこんだその海水を一気に吐き出した…。




その瞬間を敵船側から見てみよう。




「よし、このまま魔物に魅入られた国を落とすぞ! 皆のものぉぉ!!」
『ぉぉぉぉぉ!!!!』
「せ、船長っっ!! 何か海面から出てきました!! 3時の方角ですっ!!」
この船団のリーダー格と思われる如何にも【貴族たちに取り入ってこのポジション取りました】というブクブクと太った男が追跡している船団達に檄を飛ばしていたところへちょうどその報告がやってきた。

「何っ!? …あ、あれは…ドラゴン!? おのれ小癪な…全船っ! 邪悪なる権化、ドラゴンをうt」
「せ、船長ぉぉ!! ドラゴンが何か撃ってきますっっっ!!!」
「何? 一体なんd…」
報告してきた年若い船員が望遠鏡を捧げるようにして渡してきたものを礼も何も述べずに受け取り報告がきた方向へそれを向ければ、確かに竜化したスティップが上半身を上げてこの船団に顔を向けている。
大した海戦経験もないデブ指令はそれを【宣戦布告】と勝手に思い込んだようで、わざわざ戦闘艦全てをスティップのほうへ船首を向けさせようと指示を出したのだ。
困惑気味の海兵や呆れ顔の如何にもな軍人将校を無視して、だ。

そしてちょうど教団の全艦が船首をスティップへと向けたその時っ!!


ーーー……スピィィィーーーーーーーーーッッ!!!


【白くて細い線】が遠くにいるスティップの口から吐き出されデブ指令を守るように配置された数席の護衛艦船底へと直撃し且つ貫通したそれはさらに後ろにいた中規模艦数十隻すらも巻き込んだ。
そう、彼女は吸い込んだ海水をこれでもかという程に圧縮をかけることで驚異的な攻撃力を持つ【水圧ビーム】をお見舞いしているのである。
その攻撃を受けた船は悉くが船底に大きな横穴が開いたことで航行不能、というより片っ端から傾いて沈没していくのだが…

「な、なんだぁぁ!!!???」
「船長っ!! 先ほどのドラゴンの攻撃で味方20隻が航行不能におちいりましたぁぁぁ!!」
「報告っ!! ドラゴンの第二射がくるようですっ!!」
勿論、たった一発で済ませる程スティップのスタミナは低くはない。
ただ今度の高水圧は体を起こして初期微動を行った後、首を少しだけ下に向けて左から右へと大きく首を振りながら行った。
当然その水平移動が加わるので水圧カッターにかけた黒電話の如く船団を一隻ずつ輪切りにし、各々の船が一分立たずして海の藻屑となるのもまた必然である。

「ほ、報告っ!! 上空にもう一匹ドラゴンがぁぁ!!」
「んなっ!?」
「だ、ダメですっ! 本艦の修理が間に合いませんっっ!! 救命ボートも木端微塵ですっ!!……沈没しますぅぅぅぅ!!!」
デブ指令の船もまたその攻撃に耐えうることかなわず、大きいだけあって他の船より幾分ゆっくりと沈んでいくのだが運悪く小舟をすべて壊されてしまったようで…。
それを聞いてしまったデブ指令の近くにいる海兵が「も、もうだめだぁぁ!!」と叫んで海へと勢いよく飛び込むとそれを皮切りに次々と船員が決死の飛び込みを開始したのだった。




そして再び視線を上空にて待機しているインスらへ向ければ…




『おぉ…すごい威力だな、【水圧ピーム】ってのは…』
「あたいも初めて見たけど…すげぇなぁ…あの威力…」
「にゃ〜…一撃で20隻近くの船に穴開けちゃうなんて…」
上空から教団兵の慌てふためく様子をうかがいつつも3人は異口同音のことを口にしたのだった。
そして…目の前でいとも容易く行われるえげつない行為に戦々恐々とし、インスは心の中で「いじらないようにしよう。あとが怖すぎる…」と誓ったそうな。
第二射が終わった時点ですでに半数と本艦が沈没およびマストがへし折れて航行不能になり、第三射に至っては水圧ビームを維持しつつより広範囲の水平移動により見事すべての帆船を海の底へと沈めてしまった…。



ちなみに教団の船員たちは一人も余すことなく海の魔物娘たちにお持ち帰りされたのは言うまでもない。



「…はっ!? 呆けている場合じゃねぇな。ハッカ、旗振れ、旗っ!」
「にゃっ!」
『…お、気づいたみたいだな』
空を旋回して高度を保っていたインスの背でスパイクがハッカに指示を出すや、ハッカはもふもふした猫の手の中に握っていたバッグから大きな白旗を取り出して小柄なその体躯をフルに駆使して追われていた船団へそれを振った。
間を置かずして相手もそれに気づいたようでチカッチカッ、と明らかに自然に反射したものとは違う光で応答した。
インスはその返事を受けると徐々に高度を下げ、船に向かって数回羽ばたきし減速すると頃合いを見計らってスパイクがネコマタのハッカを抱え上げて甲板へと飛び降りてインスは竜化を説いた。
インスらが甲板に着くと共に驚いて動けない乗組員をかき分けて一人の青年が安心しきった顔で近づいてきたではないか。
その歩みの速度はインスの前に来てやっと止まり、インスの手を両手で包むようにして感謝の意を込めながらインスらに問いてきた。

「助かりました! どうもありがとうございますっ!! …ところであなた方は?」
「オレ達は隣の街のバフォメット『トルネオ』から救援依頼を受けてきたものだ。もしかしなくても…今のがそうか?」
「おぉ、父上のご友人の方々でしたか!! はい、まさにその通りでございます」
一度は離した手を青年に再び握られ、先ほどよりもその手を上下に振られるインスは眉尻を下げてちょっと不機嫌そうである。
…しかし、今青年から聞きなれない言葉を聞いて自慢の力で青年の手を止めさせると青年の目を見ながらインスは聞くことにしたようで。

「ま、まぁ…ん? な、なぁ…お前の親父ってまさか領主とか?」
「はい。そうですが? そして海運業【Sea Roar(潮騒)】の社長でもあります」
『わぁぁ! 御曹司さんですかぁ!? すごいですねぇ♪』
なんとこの青年、領主の子だという。
しかも領主をしつつの運送業の兼任…なんともはや、敏腕すぎる領主である。

そしてその会話に入り込んでくる独特のアルトボイスがいた。
全ての船の沈没を確認したのか、いつの間にかスティップが商船の脇に身を寄せて甲板まで上体を起こしあげてまでして話に割り込んできた。
…まだ竜化は解いていないので本来の姿のまま、である。

「…ぉぉ…」
「…ん?」
『は、はわわっ!? ご、ごめんなさいっ!! お、驚かせてしまいましたよねっ!!?…ぁっ…』
船の甲板より高い位置から覗き込むようにそのつぶらな瞳を覗かせるスティップにどよめいて後ずさる乗組員とはちょっと違う、ほのかに頬を赤くして見つめいるような視線をする青年。
対してスティップの方も周りに視線をふらふらと移していたのに青年と目があった瞬間に口が半開きになって心なしか肌も微妙に桜色になっているようで…。
それを目ざとく見つけたインスは口元を少しだけ上げて微笑むと、青年の肩を掴んでそのままスティップの眼前へと彼を突き放したのだ。
これにはさすがに乗組員たち一同驚き「何をするっ!」と口々にインスを罵っているが、当の本人はどこ吹く風。
インスのその不可解な行動にピンときたのはスパイクだけであった。

「にしし…まるでシィアズィーが言ってた昔のお前だなぁ〜?」
「う、うるせぇっ! ほっとけっっ!! …こうでもしねぇと、さ? あのビビリ…絶対逃すぜ?」
「…ふっ、お前からその言葉が聞けるとはね。 ははっ! 違いないっ!」
スパイクはそっとインスの隣に立つと肩車をしているハッカを気にすることなく話しかけ、その話題に触れられるのが嫌なのか青年とは違う赤さに顔を染めるインスである。
ただすぐに視線は問題の二人へと向けられて、スパイクや船員もインスに倣いそちらへ視線を移せば…。

「……」
『……』
「…おいおい、何か喋ってやれよっ!?」
スパイクの突っ込みもごもっともだ。
二人はずぅっと見つめあったまま一言も発していないのだから…。

だが…?

『「……あ、あのっ……っ!!!??」』
「あ、ハモった」
「にゃ、ハモった」
「あぁ、ハモったな」
タイミング悪く同時に声をかけてしまったためにまた硬直状態になってしまった。
そのまま再び潮騒だけが響く時間が過ぎていく…。
…その緩やかな時間の壁を先に破ったのは青年であった。

「…失敬、私は今…初めて女性のことを…その…好いてしまいまして…あぁ、言葉が…でてこない…」
『…ちょ、ちょっと…待ってください…っっっっっ!!!』
「…? …っ!! お、おぉぉっ!? う、美しい…っ!!」
元気で誠実そうなさっきまでの表情はどこかへと消え失せ、代わりにチラチラと彼女を行ったり来たりして不安げな表情をする青年。
彼女も彼のことを気に入っただけあって何を言わんとしているのかすぐに分かったわけである。

そして彼女は一声彼に送るや水面から大きく飛翔し、空中でバランスを整えながらも魔物娘化していった結果、彼の眼前へありとあらゆるところから海水を滴らせるいい女になってその綺麗なトルコ石の如く艶やかに潤った青い瞳が彼と視線を合わせた。
しかしその途端に「ぁ、あわわ…」と口ごもって今度は彼女が顔をそらして彼のことをちらちらと見やるようになって、如何せん状態は硬直したままになっているのだが…こればかりは二人の問題であるので誰一人として口出しをせずにじっと見守ることに徹している。
…もどかしい気持ちのまま、で。

「…あの…実は…わ、わわ、私も…一目惚れし、してしまいまして…っっ」
「っっ! は、ははっ、お、お互いに惚れた…わけ、ですね…っ」
「は、はぃぃ! …あ、あの…わ、わわ、私と…私とつがいになってくださいっっっ!!!」
スティップがそう言い切った瞬間に待っていましたと大歓声が甲板に響き渡ったのは言うまでもない。




「…これから、多くの時間を以てもっとあなたのことを知りたいです」
「…わ、わたしも…です…っっ」
こうしてこの日、無事に図鑑世界にて夫婦が誕生したのだった…。
今日も波は穏やかであり、夕日の赤々とした日差しがまるで二人に「おめでとう」と祝福しているようでもあった…。





ーーー…その数か月後。





『おらおらおらぁ!! ほるぜぇぇ!! たっぷり掘るぜぇぇ!!』
『ここに尻尾の棘打ち込めばいいのね?』
『…おい! だい3班っ! もう少し左に掘れっっ!! それじゃぁ右に傾き過ぎだぞっ!!』
救援に向かった都市から数キロ離れた山中にて。
そこでは総勢5匹の竜と数十人のドワーフとサイクロプス、更には力自慢の魔物娘とその夫らが大声で活気づいて地面を大きく深く掘っていた。
…いったい、何故だろうか?

『お、この岩…固いなぁ…スティップっ!! 頼むっ!』
『は、はぃぃ! …スピィィ!! …は、はいっ! 貫通しましたっ!!』
「…スパイク、本当に彼女はすごいな?」
『だろうっ、シラックス! 』

測量をしているシィアズィー夫妻…
ブルドーザーの如きパワーで掘り進むスパイク夫妻…
上空から修正箇所を指摘および土砂運搬のインス&パイアといざという時の医療班の夫婦…
落石防止の杭打ちと板打ちを施すアリア一家…

そして、強固な岩を水圧で粉々に砕いて手助けするのと離れた場所で水量調節池や施設などを作っているスティップ夫妻。

実はあの後トルネオとレジェンの両名から『運河を作ろう』という提案があり、それらをまた教団が攻め込む前に完成するべく多くの手を借りて着工しているのだ。
といっても工事を開始してまだ5日だというのに現状では半分近くまで水路が完成済みであった。あとは水量管理施設さえできれば完成といっても過言ではない状態で、その水量管理及び運河保全の任はすべてスティップ夫婦にゆだねられていた。

後日、この水路が完成したことにより海と山中の間で貿易が行われより町が活性化、および連絡船を設立したことにより誰でも気軽に海と山が行き来できるようになった。
…ちなみに山へ向かう大型船はスティップが引っ張り上げている。



その仕事をしているスティプの顔ときたら…


『はふぅ…うふふ♪ 今日はレジェが帰ってくる日っ♪ うふふ♪ いっぱい愛してもらいたいなぁ…♪』
…とてもうれしそうである♪


【完】

戻る / 目次 / 次へ

異次元アタックで名を馳せ、水中に至っては…ヒグゥ…なガノトトスを今回書いてみますた!
…まだG級でソロ狩りできないのは秘密だぞ?(←

さてさて…本文中に出てきたアリアの娘、フィトちゃんですが…アリアのSSであとがきにいた、そう! あの子でございますっ!!
年数が進んでインスらの時に生まれたフィトはシィアズィー夫婦と周りの良識的な魔女らから知識を、スパイク夫妻から格闘術を、森での過ごし方をアリアに教わる…その教育の賜物でものすっっっっごくいい子に育ちました。
…お父さんうれしいよっ!!(←

さてさて、本文中に伏線がありましたが…【雨】【白い衣のよう】【竜? いいえ、龍です】とだけ…ww
早めに取り掛かれればいいなぁ…

いかがでしたでしょうか?(´・ω・)

12/08/11 10:47 じゃっくりー

top / 感想 / 投票 / RSS / DL

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33