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二章 始動

この義勇軍の規模は総勢47。
武器は揃っておるが、兵の中には食いぶちに困って入隊しただけの元農民までが混じっている。
戦力としてつかえそうなのは甘く見積もっても事実上20名いるかどうか…。
兵糧は私の知る限りでは、なくなれば制圧と嘯き適当な盗賊を退治し、報酬と称して罪も無き農村から食料を巻き上げる始末。
まともな蓄えなどとても期待できない。
戦時の傭兵集として雇われるのが上策であろうか。
いや、しかし今はどこも朝廷からの重税に苦しみ、盗賊の討伐に手を焼いているような状況であると聞く、とても戦など起こるとは思えぬ。
私は隆陽(りゅうよう)から受け取った、この軍の内情書に目を通し、頭を悩ませていた。
隆陽は誠に熱心に私に尽くしてくれる。
そして妖蜥蜴とはいえ女でありながらに剣の腕はこの軍に置いて最も秀でているといえよう。
恐らくは戦闘に置いて実際に兵を動かすのは彼女となるであろう。
私はそんなことを考えながら一度内情書から目を離し、掛け声を挙げながら剣を振る兵達を見た。
彼らは私が命じて稽古をさせている。
教官として剣に秀でた者たちを数人付け、基本から武術を教えさせた。
剣を振る兵の中にはまだ成人して間もないような少年も見受けられる。
あのような者たちまでがこの様な所に逃げ延びねばならぬほどにこの国は貧しいのかと、私はため息をついた。
その時、

「大変です。主様!近くの村から火の手が上がっております!」

息を荒げ、隆陽が駆け込んできた。
彼女には数日前からこの付近の村を回り、異変がないかの調査と、あと、付近の地図を集めるようにと頼んでおいた。
しばらくすると隆陽と共に偵察に出ていた兵数人が肩で息をしながら帰ってきた。

「火事か?盗賊か?」
「わかりませんが、どちらにせよ助けが必要かと」
「…わかった」

私は立ち上がり、声を大きくして言った。

「近くの村に置いて火の手が上がっている!我らは義の下に事態を粛清せねばならぬ!みな武器を持て!そして馬存、器栄は大斧を!あと、武術に自信のないものはここにあるだけの桶を持て!準備の終わった者から整列を!至急である」

私はそれだけ言うと、一度小屋の中へ入り、出陣の準備をする。
小屋の中では話を聞いていたのか、麟が私の軽鎧と剣を持って待っていた。

「初陣だ。行って参る」
「お気を付けて」

私は歩きながら支度をして、外に出る。そこにはもう準備を済ませた隆陽が待機していた。

「隆陽。そなたは兵の準備を待ち、そろい次第兵を率いて村へ急行せよ。私は駐庸と忠宮を連れて馬で一足先に村に行く。頼んだぞ」
「はい!」





私達が村に到着したとき、そこは阿鼻叫喚の図と化していた。
家が焼かれ、村人は逃げ惑っている。
火の手は思いの外激しく、林立した家々に燃え広がる可能性があった。

「忠宮、この村の付近に川は?」
「ありますが、小さく、そして村の外れにしかございません」
「そうか。ならば盗賊の殲滅を優先とする!武器をとれ。盗賊を見つけ次第駆逐せよ!」
「「はっ!」」

そう言って2人は走り出す。
私も手綱を引き、2人とは別方面に向かった。


馬で駆けながら、馬上から3人余りを斬った。
様子からして盗賊は十数人の少数規模のものであるらしい。
そして、統率も無く、無暗やたらと金品や食料を奪っているようだ。
統率がないとあれば、頭目を討ち取ったところで暴虐は収まらない。
片っぱしから治めていくしかない。

「村の者!こちらから村の外に逃げよ!安全は確保した!」

私の呼びかけに十名ほどの村人が逃げていく。



こうして、援軍が到着するころにはあらかたの盗賊は始末した。
その後、駆け付けた援軍に行って川の水を運び消火に当たらせ、燃え広がりそうならば柱を馬存、器栄に打ち倒させて、ようやく火は納まった。
村人たちは我らが消火活動をしている間、驚いたように見ていたが、事が終わると胸をなでおろし、安堵していた。


「我らは義勇軍である!我らは義の下に悪を討ち果たす!村の者たちよ。これまでの我らの非礼を詫びさせてくれ。これから我らは誠心誠意を込め、この一帯の平和のために尽力しよう!」

私が集まった者たちに告げると、歓喜が起こり、帰りに礼だと言って食料を分けてくれた。
その後、10名ほどを交代で毎日村に送り、復興に当たらせた。
復興の手伝いに行ったものはうまい昼飯がもらえるなどと喜んでいたが、私はこの軍の中に、着実に正義の行いへの喜びが芽生えていくのを感じた。



その後も、復興の手伝いの延長として壊れた橋の修繕などをしていくうちに、我ら義勇軍のうわさを聞き、周囲の村や町から助けを求める声が上がった。
それらに応える内、義勇軍に入りたいと名乗り出るものがちらほらと現れ、義勇軍の規模は少しずつ拡大していく。
そうすれば、それだけ広くを守ることができる。
同時に頭を悩ませていた食料の問題も、義勇軍に寄せられる供物である程度賄うことができる。
こうして、いずれは…。
私は見晴らしの良い丘の上で腰掛け、隆陽のまとめてくれた情書に目を通しながら考えていた。

「貴様が奏架か?」

突然背後から声がして振り返る。
気配を消していたのか。

「ああ。私が奏架だ。お前は誰だ?」

それは長身の娘であった。
年の頃は私とそう変わらないであろうか。
髪は短く適当に切りそろえられ、服装は男ものの外套を着ているが、外套の上からでも分かるほどに膨らんだ胸が彼女が女であるということを示していた。

「オレは灯樹(とうき)。義勇軍の噂を聞き、その司令官の顔を見にきた」
「……して、何が見えた?」
「よく見えぬ。 貴様、剣を抜け。そうすればよく見えよう」
「剣は光を反す。余計に見えなくなるやもしれぬぞ」
「…貴様、噂以上に面白そうだな。抜け!」

私は腰かけていた大石から立ち上がり、腰に付けていた剣を抜いた。
灯樹と申す女はその高い身長とおなじくらいはあろうかという長い剣を構えていた。

「その剣、ずいぶんと長いな」
「腕が長いのでな、あまり短いとうまく扱えぬのだ」
「そうか…」
「いくぞ」

女は一気に踏み込み、その長い剣の間合いを利用し、私の間合いの外から打ち込んできた。

「ほぉ…」

寸での所でかわしたが、その長く重そうな剣の割に、剣線は突きのように速い。
そのまま間髪入れずに二撃目が襲い来る。
攻撃後の隙も剣の流れをうまく使い、長剣の短所を補っている。

「やるな。お前。大抵の奴なら初撃で斬られる。それを避けても二撃目は避けられぬ」
「かわすのがやっとだ」
「嘘をつけ」
「嘘はつかぬ」

再び襲い来る切っ先。
しかし、私はそれを剣で受け止めるとそのまま相手の剣を滑らせ、剣を握る両腕を右肘で撃ち、そのまま半回転して鳩尾に左肘を入れた。
さすがに両腕を弾かれた体制では避けられなかったのか女は打撃を受けてよろめき、後退した。

「っく!やはり貴様、只者ではないな」
「ほぉ…。思いっきり入れたが案外大丈夫そうだな。丈夫な女だ」
「仕方がない。本気を出そう」
「やめてくれ。こちらの身が持たぬ」
「問答無用!」

そう言って左腰の付近に剣を構えると、踏み込みの勢いのままに、腰を基点として上半身全体を回し、その長い腕、長い剣を横薙ぎに振る。

――速い!?

私は状態を仰け反らせ、避けようとするが、額に微かな痛みを感じた。
その後、たらりと鼻の頭に垂れてきた。
拭いとってみればそれは血であった。
麟から授かった力がなければ間違いなく首が飛んでいただろう。

「くっ!やはり今のも避けるか! 完敗だ!」
「完敗なものか。お前の剣、確かに私に届いている」

私は血の付いた手の甲を見ながら言った。

「今のがオレの全力の一撃だ。それをかすり傷一つで避けられては負けを認めるしかあるまい」
「案外素直だな」
「オレは自分に嘘はつかぬ」
「それはよき事だ」

女と私が剣を収める。
女の剣は背中に担がれているが、並みのものなら担いだだけで地面に触れてしまうほどの長さだ。

「その剣、扱える者はお前以外にはいないだろうな」
「特別製だ。オレは剣士だが、女でもあるからな。なるべくならば男を懐に入れては戦いたくないのだ」
「そうか。 で?お前が私に挑んできた理由を聞いてもよいのか?」
「ああ。そうだったな」

そう言って女は外套を脱ぎ、小手を外した。
すると、そこから現れたのは獣の耳と、獣の手足。そしてふさふさとした尻尾であった。

「…貴様、妖狼か」
「ああ。もとは人間だったがな。 この姿だ。剣士として仕官したが、魔物をよく思わぬ役人たちは私を雇ってはくれぬ。しかし、オレは人の心を忘れてはいない。この国に生れ、この国で生きているものとして、世を変えたいと思う気持ちは同じだ。そこでお前達の噂を聞いて真偽を確かめに来たのだ。そしてあわよくば」
「仕官したいと?」
「ああ。お前と剣を交えて感じた。お前はオレの主君に足りる器だ」
「器も何も私はたかが義勇軍を纏めているだけの者だぞ」
「お前はいずれは土地を、国を治める器だ。私の眼は節穴ではない」
「そうか…」

麟とよく似たようなことを言う。

「で、どうだ!?オレをこの義勇軍に入れてはもらえぬか?それとも、やはり魔物ではだめか?」
「魔物ならば当に2人ほど混じっている。お前が望むなら入軍は自由だ」
「そうか。それはありがたい」
「お前の剣、恐らくはこの義勇軍一だ。それなりに期待させてもらうことになるが、よいか?」
「もちろんだ。よろしく頼m…宜しくお願いします。これより貴方の為に剣をふるわせていただきます。主様」
「…私などよりお前の正義の為に剣を振え。自分に嘘はつかぬのだろう」
「ああ!」
「歓迎しよう。灯樹」



その後、義勇軍の連中に灯樹を紹介した。
すると、どうやら灯樹は「柱剣の山賊狩り」と呼ばれ、有名であったらしく、知る者が何人もいた。
そうして派手さはないが歓迎の宴を揚げ、灯樹は問題なく軍に溶け込めそうだった。



夜になり、私はやや酒でぐらつく頭を押さえ、部屋に戻った。

「あの娘、輝かんばかりに美しい心をしております」
「ああ。実力もある。行く行くは戦闘の指揮を任せることになるやもしれぬ」
「まぁ。同じようなことを先日あの蜥蜴娘にも言っておいででしたわ。女ばかりを戦わせるおつもりですか?」
「……いや、そんなつもりはないのだが」
「ふふ。冗談ですわ」
「あまり私をからかうな」
「からかいたくもなりまする。私がいながら…」
「ふふ。おまえは時折愛らしいな」

その夜も、麟を抱いて眠った。

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ようやく序章が終わって話が動き出しましたw
やだ、長い。もうだれか代わりに書いてぇ〜

09/11/23 22:27 ひつじ

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