第三話「破壊される結末」
妹喜の誘導に従い、自然公園の片隅にまで走ると、信じられない光景を目の当たりにすることになった。
「魔物娘かっ!」
ゼイゼイと肩で息をするのは、悪魔のような翼にねじくれた角、間違いなく魔物娘のようだ。
だが今魔物娘は周りをあやしげな黒装束の戦闘員に囲まれ、絶対絶命の危機に晒されていた。
「緯度、あの娘を救うのじゃ」
「言われるまでもない、魔物娘に狼藉を働く者を許すわけにはいかない」
瞬間、妹喜の魔力により、緯度の武装が召喚された。
鉾を握ると、緯度は大きく飛び上がり、魔物娘の前に立った。
「っ!、あなたは?」
「私は緯度、義に応じて助太刀する」
無言でナイフを構え、緯度に襲いかかる戦闘員。
だが、『士魂』の一員として厳しい訓練に耐えた緯度の敵ではない。
鉾の一突きで戦闘員の動きを止めると、そのまま地面に叩きつけた。
「っ!、凄いわ」
またしても戦闘員が、今度は二人まとめてくる、しかし緯度は慌てずに『菊水』を引き抜くと右手と左手の武器を交互に振るい、戦闘員二人の攻撃を止める。
「舐めるなよ?」
鉾を返して片方の戦闘員に裏拳をかますと、そのまま『菊水』からウォーターカッターを放ち、二人とも両断した。
またたく間に戦闘員を三人無力化したが、まだまだ戦闘員は多く、ぞろぞろと手にしたナイフを構えながら近づいてくる。
「・・・きりがないな」
「ならば、あれじゃ」
妹喜の言葉に頷くと、『菊水』を腰に納め、鉾を構え直す。
「八咎一閃っ!」
鉾の一閃とともに凄まじい量の蔓があふれ、一瞬にして戦闘員たちを飲み込んでしまった。
「これで、終わりか?」
周りを簡単に見渡す緯度、敵の気配は感じられない。
「うむ、もう大丈夫なはずじゃ」
武装を消して元の制服姿に戻ると、緯度は満身創痍ながら、なんとか立っている魔物娘に視線を移した。
「あやつはサキュバス、魔界を原生地とする上級の魔族、淫魔とも呼ばれる最も一般的な魔物娘じゃ」
あらゆる魔物を統べる魔王がサキュバスになったことで、全ての魔物娘がサキュバスに近い性質を持ったらしい。
つまり雌しかいなくなり、どんな魔物娘も可憐な少女の姿になったというわけだ。
「助けられちゃったみたいね、貴方に・・・」
ふふっ、とサキュバスは微笑むと、軽く瞳を閉じて魔力を集中し、身体の傷を治した。
「私の命を救ってくれたことは忘れないわ、本当にありがとう」
緯度に一礼するとサキュバスはいずこかへと飛び去っていった。
「ふむ、なんとかなったようじゃな」
いつの間にか倒した戦闘員も消滅している、まるで最初から何もなかったかのようだ。
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「『サキュバス的エロゲ』にこのような戦闘員がいたという話しはない、すなわちこの世界の他所から介入があったということじゃ」
バス停でまたバスを待ちながら、妹喜はそう緯度に告げた。
「ふむ、仮にそうだとして、目的はなんだろうか?」
緯度はなんとなくそう呟いてみて、一つ気がついた。
「・・・あのサキュバスがもしこれからこの世界で何かするならば、今消された場合、それが出来なくなる」
妹喜の話しによると、これからこの世界では、異界のサキュバスが様々な人間をサキュバスへと変えていくらしい。
もしあのサキュバスが件のサキュバスであるならば、もし今戦闘員に消された場合は、誰もサキュバスにならなくなる。
結果として定められた結末には繋がらなくなり、この物語は『サキュバス的エロゲ』は物語として成り立たなくなる。
「・・・もしや奴らの目的は、物語を改竄してしまうことか?」
緯度の言葉に妹喜は微かに頷いた。
「十二分にあり得る話しじゃ、誰がそんなことを考えておるかは知らぬが、結末なき物語は物語として成り立たぬ、それを何者かは狙っておるのやもしれぬ」
とするならば、これから先も、それこそ結末が確定するまでは妨害があると見たほうが良いだろう。
「うむ、物語の結末を消滅させての改竄なぞ許されぬ、妾もなんとか力を貸す故に、主人公たるお主が、物語を結末まで導かねばならぬじゃろうな?」
一応緯度は頷いてみせたが、どうすれば良いのか、それはわからないままだった。
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空港に辿り着くと、緯度は理梨が来るらしいゲートの近くで待っていた。
「良いか?、お主の妹、夜麻里理梨もまたサキュバスになる運命を背負っておる、なんとしても守らねばならぬぞ?」
透明化の魔法で消えている妹喜を肩に乗せ、緯度はじっとゲートの先を見つめた。
「理梨っ!」
しばらくしてゲートからたくさんのカバンを持った美しい少女が出てきた。
短めの髪を左右に結い、小柄な身体を揺らしているが、その外見は実際の年齢よりも随分幼く見えた。
「久しぶりだな、元気にしていたか?」
「・・・ん」
あくまで自然に緯度は、長いこと離れていた兄貴らしき自然を装おって理梨に接したが、まさか何か感づかれたか?
「理梨?、具合でも悪いのか?」
「そんなことない、お兄、久しぶり」
顔を上げることなくそう呟く理梨、緯度はまさか正体がばれたのではないかと焦っていたのだが、妹喜はにやにやとしていた。
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「うーむ、やはり感づかれてしまったか?」
家に帰ると、すぐに理梨は自室に引き込もってしまった。
荷物の整理をしたいそうで、緯度は手伝いを申し出たのだが、つれなく断られてしまったのだ。
「いや、お主の心配していることは何もないはずじゃ、問題なく物語は進行しておるよ」
クスクスと笑う妹喜、その笑いの意図するところがわからず、緯度は肩をすくめた。
「ま、様子を見るに越したことはないが、今はその対応でも良いはずじゃ、あの娘の考えていることはじきにわかる」
にやにやと笑う妹喜、ふと緯度はこの物語の結末が気になってしまった。
「妹喜、『サキュバス的エロゲ』はどういう結末を迎えるのだ?」
「未来は知り過ぎれば良くないことになる、あまり詳しくは話せぬが、五人の娘がサキュバスとなるじゃろう」
なるほど、元凶とも呼べる異界のサキュバスが人間の少女を同族に変えていく、というわけか。
「ふふ、まあ、あのサキュバスだけではないがのう、同族に変えてしまうのは」
ちらっと妹喜は隣の家の方角を見たが、結局何も言わず、緯度の肩から降りてテーブルに着地した。
「まあ、しっかりやることじゃ、下手人はどこから現れるかはわからぬ、気を抜けぬぞ?」
「わかっている、この物語をなんとか結末まで導くつもりだ」
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お兄、私と会えたこと、すごく喜んでくれてたな・・・。
私も、十年ぶりにお兄と会えてすごく嬉しいはずなのに・・・。
なんだろ?、お兄と、どう接したらいいのか、わからない。
兄妹なのに、どんな話しを、したら良いのか、わからない・・・
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「・・・度、緯度、目覚めよ」
浅い眠りであったが、突如として緯度はペチペチと小さな手で叩き起こされた。
「妹喜?、なんだ?」
「窓の外に誰かがおる、注意せよ」
寝返りを打つ振りをして緯度は窓のほうをちらっと見た。
なるほどカーテンで見え辛いが、窓の向こうに何者かがいた。
「・・・いるな」
「うむ、用心したほうが良い」
しばらくその影はゆらゆら揺れていたが、ゆっくりと窓に近づくと、何かをし始めた。
「・・・む」
カチリと微かな音がして鍵が開かれると、窓が開いて、下手人が部屋の中に侵入してきた。
「・・・(鍵を開いて侵入、物取りか?)」
一歩、二歩、足音を殺して下手人はベッドに近づいてくる。
ベッドとの距離が極めて近づいたその刹那、緯度は目を開いて下手人の手を掴み、そのままベッドに押し倒した。
「え?、えええっ!!」
「む、お前は・・・」
ベッドに押し倒された下手人の正体、彼女は先刻、自然公園で出会った人物、異界のサキュバスだった。
16/10/24 21:32更新 / 水無月花鏡
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