第二話「夜麻里の兄」
気づくと緯度はどこかの部屋のベットに横たわっていた。
「ここは?、私は、どうなったのだ?」
外からは朝の日差しが差し込んできており、明らかに霧の中の図書館とは違う場所、違う時間にいる。
そうだ、たしか図書館から出ようとして、扉を開いたら・・・。
緯度は部屋の片隅にあるクローゼットをぼんやり眺めた。
「状況がまったくわからん、ここは、どこだ?」
身体を起こすと、自分は青いジャージを履いて、タンクトップでいたらしいことに気づいた。
学習机の上には卓上カレンダーがあり、何日かは不明だが、現在は四月であることがわかった。
「馬鹿な、今は四月ではない、どうなっている・・・」
あまりのことに頭がおかしくなりそうだったが、直後何者かがドアをノックした。
「おっはよう緯度くん、今日も学校、頑張ろうね」
向こうから聞こえてくる声に、緯度は反射的に声を返していた。
「おはよう明日奈、良い朝だな」
もちろん緯度は声の主が誰かわからない、にもかかわらず、わかってしまった。
「・・・(明日奈、そうだ、彼女は夢宮明日奈、私の幼馴染・・・)」
そして己は西純高校二年生の夜麻里緯度、そんな記憶はなかったはず、にも関わらず頭に記憶が浮かび上がった。
本来ならばじっくり考えているところだが、状況が悪かった、明日奈がどんどん扉を叩くため、それどころではなかったのだ。
「・・・とにかく、着替えるか」
素早く緯度は近くにあった制服に着替えると、扉を開いた。
そこには小柄な体躯に、短い髪、赤い制服の美少女がいた。
「・・・夢宮明日奈」
「うん?、どうかしたの、緯度くん」
思わず本名を読んでしまい、怪訝そうな顔をされてしまった。
「なんでもない、飯にするか?」
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「今日だね?、理梨ちゃんが帰ってくるの」
居間のテーブルでトーストを齧っていると、向かいに座って紅茶を飲んでいた明日奈が、そんなことを言っていた。
「理梨、ああ、私の妹か・・・」
「・・・緯度くん?、ひょっとして寝ぼけてる?」
寝ぼけてるはずがない、現在緯度はこれ以上ないくらいに気を張り、さらにはどんな状況なのかを把握しようとしていた。
「いや、まあ、そうかもしれんな、マイシスターのことを忘れているとは・・・」
「もう、しっかりしてよ?」
困ったように笑う明日奈、とにかく状況はさっぱりわからないが、行けるところまで行くしかあるまい。
「さ、そろそろ時間だよ?」
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学園への道も把握出来てはいなかったが、記憶の中には残っているようだ。
一体我が身に何が起こっているのかは依然としてわからないままであったが、どうやら生活に困ることはなさそうだ。
「・・・くん?、緯度くん?、聞いてる?」
考えごとをしていたためか、明日奈の言葉にまったく気づかなかった。
現在彼女は後ろ向きに歩きながら、こちらを覗きこんでいる。
「え?、あ、ああ、少し考えごとをな」
誤魔化すように手を振るうと、後ろからパタパタと足音が近づいてきた。
「おっはよー、緯度」
いきなり後ろからがばっ、と抱きつかれ、危うく緯度は前のめりに倒れるところだった。
「っと、危ないな慧」
ショートヘアに小柄ながら鍛え抜かれたしなやかな四肢、同じクラスで陸上部のエース戌井慧だ。
「私でなければ転んでいたぞ?」
「緯度以外にはやらないから大丈夫だって」
ぴょんっと緯度の背中から降りると、慧は手を上げるとまた学園に向かって走り出していった。
「あ、あははは、相変わらず元気な娘だね?」
「元気が有り余っているな、さすがは陸上部のエースといったところか?」
それにしてもああして走る様はカモシカか何かというよりも、小柄な、そう例えるならば・・・。
「子犬だな」
ふふっ、と一瞬だけ笑うと、緯度は明日奈とともに、ゆっくりと学園へと向かっていった。
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割と退屈な授業が終わり、ようやく休み時間、物珍しさも手伝って緯度は一人学園内をぶらぶらと歩いていた。
「・・・(ふむふむ、随分と懐かしい気分にさせてくれるな)」
そのうち適当に歩いていると、いつの間にか図書室の前に来ていた、ちょうど良い、一つ入ってみることにしよう。
「あっ」
「お?」
扉を開けて中へ入ろうとして、小柄な少女とぶつかってしまった。
少女が手にしていた重そうな本が大量に地面に散らばる。
「すまない、大事ないか?」
「あっ、はい、大丈夫です」
ぶつかってしまったのは大人しそうな相貌の、眼鏡少女であった。
緯度の中にある文学少女、だいたいそのままのイメージであろうか?、とにかくそんな大人しい印象の少女だ。
「本当にすまない、お詫びといってはなんだが本を運ぶのを手伝わせてくれないか?」
少女が持つ本はいずれも重く、それがいくつもあるためとてもではないが文学少女の細腕では持てそうもない。
「い、いえそんな、悪いですよ・・・」
「なに、先に悪いことをしたのはこちらだ、それに・・・」
にやりと緯度は眼鏡少女に笑いかける、この少女は彼の記憶の中では、見覚えがある。
「クラスメイトは助け合いだろう?、逢間佐久耶さん」
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辞典のような本を教室まで運ぶと、佐久耶はぺこりと頭を下げた。
「あ、ありがとうございます、本、運んで貰っちゃって・・・」
「気にするな、私が好きにやったことだ、これで少しでも穴埋めが出来たなら幸いだ」
緯度は微笑むと、教室の壁の時計を確認して、まだ少しだけ時間があることを確認した。
トイレに行く時間くらいはあるだろうか?、緯度は佐久耶と挨拶を交わして、教室を後にした。
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緯度くん、私の名前覚えててくれた・・・。
先生でさえもたまに間違えるのに、殆ど話したことがない、緯度くんが・・・。
本も運んでくれた、重たい本ばかりだったのに嫌な顔一つしないで・・・。
なんだろう?、この気持ち・・・。
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「やれやれ、急がなければならないな・・・」
放課後となり、理梨を空港まで迎えに行くべく緯度は急いで帰り仕度をしていた。
「あ、緯度くん、今から帰るの?」
見ると明日奈も鞄を手にして、緯度の前に立っている。
「ああ、理梨を迎えに行こうかと思ってな」
ぱちりとリュックサックの留め金をしっかりと閉めると、そのまま背中に背負う。
「緯度くん意外と妹思いだね」
「意外とは余計だ、良ければ明日奈も来るか?、理梨も喜ぶと思うが・・・」
緯度の提案に明日奈は申し訳なさそうに俯いた。
「ごめん、今日はお母さんにお使い頼まれちゃってさ、理梨ちゃんにはよろしく言っておいてくれないかな?」
「わかった、用事があるならば仕方がない、また明日会おう」
軽く手を上げると、そのまま緯度は空港へと向かった。
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空港行きのバスは近くの自然公園の前から出ている、急げば十分理梨の帰国時間には間に合うだろう。
自然公園の前にあるバス停には誰もいなかった。
「緯度、緯度」
何やらどこからか声がした、慌ててあたりを見渡してみるが、誰も存在しない。
「ここじゃ、お主の下じゃ」
すぐにバス停のベンチ下を見ると、そこにはぬいぐるみのようなサイズにまで縮んだ小さな狐がいた。
「もしや、妹喜か?」
「うむ、図書館から出るときに魔力消費を抑えるためにこんな姿になっておる、この姿ならば常時透明化の魔法により、誰にも見つからぬ」
妹喜をかかえて肩に載せると、緯度はここに来るまでにあったことを話してみた。
「うむ、夜麻里、明日奈、それに慧に佐久耶、どうやらこの世界は『サキュバス的エロゲ』の世界のようじゃな」
「『サキュバス的エロゲ』?」
何の変哲もない学園モノのお話しに見えて、その実異界から来たサキュバスが、幼馴染を皮切りに、一人また一人と同族に変えて行く物語だ。
「夜麻里ということはお主がこの物語の主人公のようじゃな、記憶がどうとか言っておったが、人間関係はわかるのか?」
妹喜の言葉に緯度は頷いてみせた、どういうわけだか西純高校の人間が何人かわかるが、これも主人公としての記憶か?
「なぜ妾でなくお主が、本来の主人公はどこへいったか、様々な謎はあるが、お主はこれからこの世界で調査を・・・むっ!」
不思議な気配に、妹喜は頭を上げた。
「緯度、何やら怪しい気配がする、あっちの方角じゃ」
妹喜は小さな手で、バス停近くの自然公園の方向を指差した。
「急げ、何やら嫌な予感がする」
16/10/22 00:05更新 / 水無月花鏡
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