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第三話 吸血鬼の見る夢
 一体、ここはどこだろうか?
 見た事も無いような、白い綿のような物が辺り一面に散りばめられた、鬱陶しいまでに眩い部屋が目の前にあった。
 雲かと思える程柔らかそうなのに、触れようと言う気にはなれそうにない。

「……」

 そして部屋の中心には、大きめのベッドが置いてある。
 丁度、ギルディアから借り受けている部屋に置かれたベッドと同じような大きさだろうか。
 よく見れば、置かれている枕や添えられたぬいぐるみなんかも見覚えがある。

「…アレイスター?」

 聞き慣れた…いや、望んでいた声がすぐ後ろから聞こえてくる。
 振り返ろうとする自分と、彼が触れてくれるまで待とうと言う自分とが心の中でせめぎ合って動けない。
 結果的に動けていないなか、彼はそっと背後から抱き締めてくれた。
 それだけで、なんと心のときめく事か。

「ギルディア…これは…?」

「なんだい?僕と一緒に居たいって言ったのは君の方だろう?」

 耳元で囁かれる言葉の一つだけでも、幸福感に心臓が破裂してしまいそうだ。
 本当ならばこのままギルディアを押し倒してこその魔物娘なのだろうが、今はそんな事よりもこの幸せを噛み締めていたい。
 男性なのかと疑いたくなるような綺麗な肌が首元にあっても、まったく自分の牙が疼いたりなんて事がない。

「それはそうだが…」

 一体いつ言ったのかは思い出せないが、そんな事を言っていた自分が居たのだとすればなんと恥ずかしい事か。

「煮え切らないね…いつものキミじゃないみたいだ…」

「んぅっ…」

 後ろから抱きついていた彼の手が、薄手の服の中へと滑り込んでいく。
 それを許してしまうどころか、「待ってました」と思ってしまう自分は客観的に見ればどう見えるのだろうか。
 気が付けば、ギルディアの手は私の乳房をオモチャのように揉んでいる。

「はぅっ……はっぁっ…ぎ…ギルディア…それ以上は…はんっ!」

「気持ちいいかい?ほら、ベッドに行こうか…」

 ダンスでも踊っているかのような足取りで、二人一緒にベッドへ身を預ける。
 ふわふわとした意識のままでは抵抗の一つもロクに出来はしない。
 そのままベッドに倒れこみ、彼の顔が目の前へやってくる。

「これから、君をめちゃくちゃにしてあげるよ…」

「なっ!ギルd…んぁっ!」

 服の中へ滑り込まれた手に胸を揉まれるだけで、身体が痺れるような快感に襲われる。
 身体のラインが透けてしまっているような薄手のネグリジェと下着のみでは、今更ながらに襲ってくれと言わんばかりではないか。
 というか私は何故このような服装でいるのだろうか?
 普通ならこんな恰好は望まないし、そんな趣味もない。
 それなのに、どうして私はこんな女性らしさを武器へと変えるような服装で彼の事を待っていたのだろうか。

「待て…待って…はぅあ!!」

「もっといじめてあげようか…」

 疑問も晴れぬ内に、ギルディアはどんどん責め立ててくる。
 ピンと立った乳首を摘ままれ、指で転がすように捏ねられるだけでも頭がどうにかなってしまいそうな程の快感が襲い掛かる。
 つまんでは離し、またつまんでは離すを繰り返して、あっという間に意識そのものが宙に浮いたような心地になってしまう。
 胸を弄る手を振り払おうとしても、両手はシーツを掴んだまま離す事ができない。
 刺激と快感に耐えるだけで精一杯なのだ。

「ほら、こっちも…」

「っ?!や、やめ…んんっ!!」

 ふと、片手が乳首を弄るのを止めたかと思えば、今度は足を滑るように指が這わされ、あっという間に股間に触れられる。
 まさか触れられるだけで軽くイッてしまったなど、認めてなる物か。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

「こんなに濡れて…気持ち良かったのかな?」

「こ…こんな…」

 やっと手を止められ、波のように押し寄せる刺激から解放される頃には、すっかり息はあがり顔は上気していた。
 瞳に溜まった涙を拭ってくれる彼の指が、ついさっきまで私の敏感な所を弄っていたかと思うとそれだけで思考が蕩けてしまいそう。
 頬に添えられた彼の手の温もりを、なるべく長く感じていたいと願いつつ私も手を並べた。

「…狡いぞ……お前ばかり…」

「なら、君もするかい?」

「何を言って…お、おいっ!」

 優しい笑みを浮かべたまま、ギルディアが離れていく。
 その一瞬が何故だか無性に虚しく感じてしまう。
 今まで積み上げてきた物が全て塵となって消えてしまうかのような虚無感が、心を蝕む。

「そんな悲しい声を出さないでよ…ね?」

「うっ……卑怯だぞ…」

「あっはは、そう言う事言わないで…ほら…」

 ギルディアと離れたくない。
 確かにそう思う自分が居て、その思いを否定しようと言う気持ちには全くなれなかった。
 頬にまた添えられた手の温もりに心が安らいでいくのが確かに分かる。

「どうしてほしい?」

「………ス…」

「うん?」

「き……キス…してくれ…」

 言ってしまった。
 どうも自分の欲望に素直になってしまう。
 この幻想的な部屋のお蔭だろうか?

「分かった……行くよ?」

「っ…」

 胸の高鳴りが抑えられない。
 苦しいまでに脈打つ心臓の鼓動を感じながら、彼の唇が迫るのを待つ事を至福の喜びとしてしまっている事に、ふと疑問が過る。
 急に頭が冷やされたとでも言うべきか。
 よくよく考えれば、今でこそ女の身体だが私は元は男ではないか。
 今の身体に精神が順応しているとは言っても、ここまで「女として男を求める」事を何一つおかしいと思わない自分がいる。
 これは何かがおかしいと思えるようになってきたのだ。

「…呼吸が荒いよ?大丈夫?」

「だ…大丈夫だ……だから…早く…」

 今にしてもそうだ。
 頭の中で思っている言葉とは全く関係の無い事を自分が喋っているのを客観的に見る事が出来た。
 まるで「女としての自分」を外側から見ているかのような。

「ふふっ…可愛いね…んっ」

「っっっ!!」

 唇を合わせるような軽いキスなら、確かにした事はあった。
 まぁ、私がまだ幼い頃の話になってしまうが。
 だがこれは全く違う。
 舌を互いに絡ませ合い、吐息が思考を蕩けさせてしまうような熱を帯びた甘美なそれを、私は一瞬で受け入れてしまう。
 客観的に見ているだとか元は男だとか、そんな事は最早どうでもよくなっていた。
 ただただ彼の舌を貪りたいという気持ちが身体を突き動かす。

「んっ……むぅっ……んぅ…」

 舌からギルディアとの身体の境界がだんだんと分からなくなっていくような、本当に文字通り身体が蕩けてしまっているような感覚に襲われながらも彼の舌を、飢えた者がありついた食べ物にがっつくが如く、ただ只管に貪る。
 一体どれほど、こうなる事を待っていた事か。
 幸福感が胸いっぱいになって行けば行くほど、目の前が霞んでいくような気さえする。

 ……いや、本当に霞んでいるのではないか?

「…ぷぁ……大丈夫かい…?」

「あぁ……凄かったぞ…甘美で…蕩けるような…」

 肉体と精神が離れていく、なんて描写は時たま本で読んだりするが、まさかそれを私が体験しとうとは。
 視点が徐々に二人称から三人称へ離れて行き、二人の身体がコーヒーにミルクを注ぐかのように形が曖昧になっていくのをハッキリと見る事ができた。
 徐々に暗転していく意識は、それが夢だと教えてくれるには十分だ。
 眼が覚めれば、またいつもの日常が待っている。
 少なくともその瞬間までの私はそう思っていた。

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「……」

「……」

 現実に帰って来て見ると、それが夢の続きなんじゃないかと思いたくなるような光景に自分の目を疑う。
 キョトンとした顔をしたギルディアが、目の前に居るのだ。
 唇から唾液で作られた一本の線を垂らしながら。
 勿論、呆けて垂らしているような訳ではない。
 何故ならその線は、私の唇と繋がっていたのだから。

「……えっと…」

「……〜〜〜〜〜!!」

 彼が声を掛けてくれるまで、この沈黙は永遠のようにすら感じられた。
 状況を理解さえしてしまえばこんな状態にもなろうと言う物だ。
 ギルディアの身体に回されているのは、紛れもなく私の腕なのだから。
 肩に当たる冷たい感覚は、タオルか何かだろう。
 つまりはこういう事だ。
 睡眠中に苦しそうにしていた私を心配になって看病してくれていたギルディアが、顔を近づけた時に私が手繰り寄せて唇を奪ってしまったと。
 夢の内容からして、きっとこれでもかという程に舌を絡ませていたのだろう。

「……と、とりあえず元気そうで何よりだよ」

「………すまない…」

 慌てた所で、彼が上に居る事には変わりないのだ。
 ほぼ身動きも出来ず、恥ずかしさで真っ赤になってしまった顔も見られただろう。
 恥ずかしさを手で隠すくらいしか出来る事が無い。
 すぐに上から退いてくれたのはいいが、どうにも気まずい。
 ここが自分の使っている部屋で無かったなら即座に飛び出して行っている所だ。

「……いいかな?」

「ん……あぁ…」

 ベッドに座ろうとしての事だろう。
 少なくともこの時点まではそう思っていた。

「ありがとう! それじゃ早速準備を進めなきゃね!」

「おいちょっと待て。何? 準備…?」

 さっきまでの気まずい沈黙が嘘のように、ギルディアの顔が明るくなっていく。
 伝記なんかで「目がキラキラと輝いて」なんて表現方法を目にした事はあったが、まさか文字通りにキラキラしているとは思わなんだ。
 それにしても準備とか言っていたが一体…

「そんなもの決まっているじゃないか! 結婚式の準備だよ!」

「結婚式? そんな大事な事を忘れていたのか…で、誰の式なのだ?」

「何を言っているんだい、僕と君とのだよ!」

 何を言っているんだと言いたいのは私の方だったが、それよりもまずは驚いた。
 目の前の男が、まさか自分にプロポーズをしてこようとは思っても居ない訳で。

「……はぁ?」

 ヴァンパイアとして生まれてきて、多分初めてであろう、こんな気の抜けた声が出てしまったのは。
 だが、それは「意味が分からない」という用途である筈なのに、心のどこかで「ほっとした」自分が居るのをハッキリと感じ取っていた。

 つづく
17/05/05 21:00更新 / 兎と兎
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■作者メッセージ
久しぶりに投稿したので、文章力に自信ないです。出来れば感想でアドバイス等貰えると助かります。

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