読切小説
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ワイバーン要りませんか?
 夜の闇。
 寝るにはいい、静寂の中。

 「……冗談だろう?」
 「にへへ。やっぱ、そう思うよね」


 その中で俺は、背後の緑の鱗に。
 さらさらと長い銀髪を垂らす、少々ハスキーな声、背が高いワイバーンに。
 今日が初対面なのに寝室にいるそいつに対して、きつく腕を組むとためいきを吐いた。
 流石に自覚しているか困ったようにはにかんでこそいるが、とんでもない。

「でもその、ふざけてるわけじゃなくて。……ワイバーン、要る?」 


 何せ引き下がるつもりなど毛頭ないのだ。
 なんとも面倒な話だった。










 ――――――――ふう。


 椅子に座ったまま窓から外を見上げる。
 果たして身売りとは、商品自ら押しつけてきてもそうなのか。

 「く、うーン……」


 等と悩むこちらをよそに本人は後ろでなにかやっていた。
 随分と上機嫌で、自分が悩みの種とは夢にも思ってないらしい。

 ……こいつは。
 名前をウィリエ・リーリス。
 まあ、色情魔だった。
 昼間にいきなりやってきて、飯を食えばわざわざ隣に座り、しなくてもいいスキンシップ。
 寝る時間にも当然のように寝室に入り込み、布団の上であの様子だ。
 しかしながらその昼飯自体は手土産代わりと持ってきた大きな魔界猪、それも絶妙な焼き加減で中々美味しく文句は言えないのも確かではあった。
 だから正直なんともこう、惜しいというか。

 「……はあ」


 溜息が出る。
 これなのだ。
 押しかけとはいえ好意を抱かれて嬉しくないわけではないし、なんだかんだ悪い気がそんなにしていないから困っている。
 違う出会い方なら惚れるとまではいかずとも惹かれてはいただろうに、これでは素直に喜べない。

 「んっ♥あったかぁい」


 などと頭を抱えているとゴソゴソという物音が聞こえてくる。
 気になって体を捻れば、ウィリエが布団の中に潜り込み、心地よさそうな声と共に布団を盛り上げていた。
 なんと、まあ。

 「はぅ、ん、う、くぅ、ン……♥」 


 予想はしていたが実際こうなるとかなり気分に重苦しく、クるな。
 というそれは、シーツとか枕とかが破れないだろうなという心配でもあったのだが。
 いつの間にか艶を帯び始めた声に俺は、別のものを感じてもいた。
 
 「ん、んぅ、はぁっ、あっあっ、あ……っ♥」

 いやまさか、人の物だぞ?流石にあり得ない。
 とは思うもののもしや、そう考えればこそ俺は思わず席から立ち上がる。
 ガタ、とは静寂を切り裂いて部屋に響く椅子の音だ。
 だが彼女の喘ぎはそれでも、徐々に大きくなっていく。
 余程夢中になっているのかとは、聞くまでもない。
 熱に浮かされたような声は、よじった身から吐息を漏らす様を脳裏に浮かび上がらせ――――

 「っ」


 かけられて、飲み込んだ生唾に俺は頭を振った。
 違うだろう。
 断じて、違う。
 何故だか忍び足などしていたがとにかく自分は、ただ妙なことをする馬鹿をどうにかしたいだけだ。
 
 「っ、はう……ん、ぅっ。……あっ、あんっ……!」


 だから喉が鳴っても股間が張り始めても所謂、単なる本能に過ぎない。
 確かに、好奇心というには少し邪な感情が湧き上がってくるのも否定はできないが。 

 「あっあ、ん、あん、っ、ああ、あっ……!」


 という葛藤の最中、目の前で一際その声が張り詰め始めた。
 注目と予感を誘うそれは、あえて高尚にいうなら達人が矢を放つ寸前の静寂か。
 無論、そのように綺麗には思えないが、ともあれ。

 「ひっ!……っ……ぃ、あ……♥」 


 弱々しくなった声に、どこか落ち着いて俺は目を伏せる。
 放たれた、らしい。
 初対面の相手の寝床に入り込むだけに飽き足らず、これとは。
 くたり、と体をだらけた満足げな顔がありありと浮かぶのがこれまたどうにも憎らしい。
 だがひとまず終わりは終わり。

 「はーぁ♥」


 さてこいつをどうしてやろうか。
 そう息を部屋の隅へと吐き捨てた直後だった。
 一転、というのが正しいだろうか。
 不意に、ベッドの横へ行きかけていた俺の足が止まったのだ。
 何をやっているこのクソトカゲ。
 そう言ってやるつもりだったし、布団を無理矢理引き剥がして夜の冷気に晒してやるつもりでもあったのに。

 「……」


 木目、爪先から3本目、その一線を何故か足が越えようとしない、何かに俺は、躊躇わされているのだ。
 予感とも直感とも言いようのない何かに阻まれ、何故かその先に進めないのである。

 「んう、うぅ」


 そんな尻込みが悪かったか。
 しばらくして、再びウィリエの声が聞こえ始めてしまう。
 次いで、身のよじりに巻き込まれて、布団同士が擦れる音まで。
 間違いない、一度ならず二度までも……

 「っ!」


 と、その想定によぎる一つの影に息を呑む。
 だが、そうではない。
 そうじゃないだろう。
 俺は止める為に、咎める為に近づくはずだ。

 「あ……んうっ」


 「っ」

 だがそんな風に考えながらも、俺は。
 押しとどめておけないといった風にしめやかな、なのにやけに耳に滑り込んでくる声と、再び始まった布の擦れに、ゴクリと喉を鳴らしてしまっていた。

 ……呑まれかけている。

 そう思った頃には、しかしもう遅かった。
 自然と、あんなに重たかった足さえ嘘のように、股間の膨らみもそのままに、ワイバーンに近づいていってしまう。

 「あんっ、ンっ……」


 止まらない、いや止まれなかった。
 吸い寄せられている、というのだろうか。
 彼女がどのように乱れているのかを見たい気持ちを抑えきれない。
 とそこで、ああなるほど、とあの木目を思い出す。
 初対面の魔物娘相手にそういうことをさせられる。
 それを怖がって俺の体は、あそこでやめておけと言っていたのかもしれない。

 「……ん?」

 と、そこでふと俺は眉根を寄せた。 
 恐怖は分かる。
 だが自分はなぜ、近づくこと自体を避けようとしている?
 寝床を奪われ、そこに愛液をこびりつけられているのが俺だ。
 対してこちらは、感情はどうあれ布団を取り上げたいだけで、それは被害者としては至極真っ当のはず。
 というより仕返しにしては軽くすらあるこれをすることをなんで迷う?
 悪いのはこのワイバーン、ウィリエの方だろう。
 大体俺もそろそろ眠い。
 
 「あう、あっ、いいよぉ」


 が、しかしだ。
 そこで頭の中で誰かがささやく。
 取り上げるだけではやはり、少々人が良過ぎるだろう、と。
 俺とて人の感情はある。
 布団を汚されている上に眠れもしないなら、少しばかりは恥をかかせてやりたい気持ちが無くはない。

 ……そうか、恥ずかしい、か。

 イッた瞬間に布団を捲り上げれば、それはそれはいい反応をしそうだな。 
 となれば後はただ、最高のタイミングで布団を取り上げてやればいい。
 眠い、そう何食わぬ顔で追い出せばいい。 
 
 「はあっ!あっ、あっあっ、あ……♥」

 「ふ……」
 

 
 そうなれば自然と口元が歪む。
 もはや迷いはなく、いっそ晴れやかな気分で膝を敷布団に乗せていた。
 ふんわりとした布団の感触が心を撫でる。
 とはいえ興奮と緊張はするようで、ウィリエの鼻息と同じように鼓動は速くなっているが、もうしばらくの辛抱だ。

 「……」

 もう少し、あと少し耐えるだけでこいつは達する。
 そこでひっぺがし、ついでに無防備なザマを焼き付けてやればいい。
 紅潮した頬、白い素肌、ひくつく尻尾、弛緩した表情。
 その全てをまざまざと――――――






 「んふ。やっぱり、来たね」






 などと知らず知らずのうちに興味を通り越して夢中になっていた俺は。
 あれが魔の駆け引きだったのだとそう気づくのに、数瞬かかっていた。

 「……ムッツリ、スケベぇ♥」
 

 見れば。
 掛け布団が開いていた。
 ウィリエが、ガバリと開いた布団の中からこちらを見ていた。
 切れ長の瞳だ。
 自慰行為に夢中のはずの、一糸も纏わぬ彼女の、ほんのわずかな嘲笑と愛玩で潤んだ紅蓮の眼差しがこちらをしっかり見つめている。
 
 「ふ……っ?」


 思わず素っ頓狂な声が出た。
 次に、息を呑む。
 そして、急激に冷え込んだ自分の顔からカクつく視線で測ってみれば、その距離わずか拳で二つ。

 
 ヒュッ。


 焦る。
 喉が鳴った。
 次いで、焼きつけようとする瞼を逸らさねばと思う。
 半分は恥、だが後は本能的なものだった。
 野生動物は目で格付けをするとかしないとか、そういうソレ。
 等と手間取ったからか、逃げようとしたのは数瞬遅れてまた次になり。

 「んふ、逃がさない……っ♥」

 「っ、く!?」


 そして彼女はそのどれよりも速く思えるほどに、俊敏だった。
 ガッと腰に飛びつかれ、ズルズルと布団の中へと引きずり込まれていく。 
 凄まじい力に、出来たのは精々腕を振り回して抜け出す意志を見せるくらい。

 「おいっ、ん、の……く!?」


 果たして抵抗虚しく、布団とウィリエにのしかかられて視界が闇に閉ざされる。
 そこにはゴツゴツザラザラの鱗の癖、暖かな感触があった。
 しかし背筋に汗をかかせる緊張感もあって、どうにか離れようと手足を動かし続けていると。






 ニチャ……リ。





 ――――――――やめろ、はないでしょう?いつでも、逃げられたよねえ♥



 「くあっ!?」


 耳元で聞こえた、夜の二人きりの静寂をもってしてなお微かでしかない囁きは、だからこそか。
 湿気の籠る口の音までもはっきりと、耳の奥まで送り届けてきた。
 ……捕食。
 粘り気を纏う音に、そんな二文字が脳裏によぎったその直後。


 「それと一つ、教えてあげよっか。左腕借りるね……」

 「お、おい……っ?……な…………!」

 嘘、だろう。

 動揺させられる。
 伝わってくる布の手触りが、彼女が何を言いたいかをはっきり伝えてきたからだ。
 乾いていた、一言でいえばそうなるだろう。
 もっと言えば濡れていない。
 快楽の副産物が滴り落ちてびちゃびちゃのはずなのに、だ。

 「ふふっ。あなたが居るのに、オナニーで済ませるわけないでしょ……?途中、ちょっとイきかけちゃったけど……んっ♥」


 ウィリエが柔らかく笑った。
 反応するのがそんなに面白かったのか、愉快な気持ちが声音から滲み出ていた。 
 開いた口が、塞がらない。
 正直、こうも誘い込まれるとは思わなかった。
 バカだとばかり思っていたのに、ここまで巧妙なことをしてくるなんて。

 「……っ!」

  
 そう意識した途端、慣れ親しんだ布団がまるで大口のように見えた。
 ウィリエが作り出すその空間は、例えるならば食虫植物、あるいはアルラウネ辺りだろうか。 
 だとすれば捕らえられた獲物は喰われる、貪られる運命が待っている。 
 怖い、と心の奥が縮んだのは本能だ。

  ……しかし、何故だか。

 不思議と、どこか惹かれてしまう。
 怯えてしまう程だというのに、思考に絡みついた甘い糸を振りほどけない。
 それは触れてくる彼女の、所により尖りもありながらすべすべとした、それでいてつるつるもする肌触りのせいなのか。
 いや、もしかすれば。
 この鼻腔をくすぐってくる、雰囲気そのものから漂ってくる妙に心地の良い香りのせいもあるか。
 などというしなくてもよかった探りが、俺の意識の底から一つの想像を引きずり出してしまう。
 
 では。
 このまま、ウィリエに全てを味わわれてしまったら? 

  
 動揺と興奮が半々で揺れ動く脳裏によぎった、まさに悪魔の発想。
 期待は、しないでもない。
 ウィリエは魔物娘だ。
 手荒なことは、まあ少々するだろうが、それでも傷はつけないだろうし……

 「んふ」 


 と、不意に視界が開け、見上げればウィリエ。
 頬は紅潮し、ほんのり湿っているのか秘所からは湯気が出ていた。 
 そして格好は俺の股の上に跨っている。
 いつだか、読んだ本を思い出す。
 ワイバーンは騎乗位の関係性を好くらしい。
 ではこの状況、つまり俺は、やはり。




 ――――――じゃあ、いただき、まあぁっす……はぁ♥




 等と考える中耳朶に響いた音に身が震えたのは、想像が見せた牙のせいか、或いは舐め上げるような声音の艶めきのせいか。
 それは分からない。
 だが微笑む彼女が覆い被さってくるのははっきり見えていた。
 その細い舌先が白い息を掻き分け、ちらりと覗く。
 艶めく桃色の唇が熱に浮かされたような吐息を漏らして迫り、いよいよ互いに鼻先が触れ合う。

 「!」

 
 瞬間、彼女の濡れた瞳が一層煌めいた。
 妖しい、一見宝石のような輝きだ。
 しかしそこには濁流のような性欲が迸っていた。 
 だからそれが細められ笑みを形作った瞬間、俺は背筋に寒風が走って、竦み上がってしまう。
 同時に、得体の知れない、逆らってはいけないものだと悟ってしまう。
 すると自然と喉の奥が締まり、抑えきれない声が漏れ出て、結果として口が、開き。
 
 「ふぁ……んっ、えう、んふ。んじゅっ、じゅずずずぅ……っ」
 

 しまった。
 そう思った時には遅かった。
 なだれ込むぬめりにいとも容易く捕らえられ、顔が体ごと布団へ押し付けられたと分かった時にはべっとりと、彼女の唇は俺に吸いついていた。
 
 「ふう、んむぅっ」


 息が詰まるような息苦しさ、しかし抵抗など出来なかった。
 それどころか次第に、しようとすら思えなくなってしまう。
 その最初は目。
 自意識が抜き取られるような奇妙さと共に、連なるようにして思考がまともでなくなっていく。
 と気づいた時には、肩、指と、ありとあらゆる箇所に力が入らなくなっていた。
 あまつさえそんな明らかに危うい状況さえ、どこか遠く考えてしまう。
 
 「ふあ……ふふっ?もう逃げられないね……」
 

 だから妖しい笑い声が聞こえ、手足から翼がどけられ、甘い毒牙が離れても。
 彼女の言う通り、俺はもう逃れられなかった。
 なすすべがないということもあるが、だが何より、そんな事実が快感と共に入り込み根を張ってしまっているのだ。
 心が直接嫐られた、または気力を根こそぎ吸い取られたとでも言おうか。
 ほとんど動かないはずの身がよじれ、それでもこの奇妙なくすぐったさから逃げられぬどころか、その気も碌に湧いてこない。
  
 「ん、ふっ」 


 だが彼女はまだまだ止まらなかった。
 優越を喉元でくゆらせるように笑い、しゅるしゅると爪を後頭部に這い回らせてくる。
 脇を通して背中に差し込まれたそれは、見た目だけなら翼と合わせて硬質なはずだ。
 しかし何故か肌に触れる感触は妙に柔らかく、そして首筋と背筋を同時にゆっくりと撫でさする動きは暖かささえ持っていた。
 またも、思わず声を出す。
 体の奥からぬるま湯が湧きだすような感覚に、自然とそうさせられてしまう。

 「えおえろえろえろっ、んあっ。んむ、じゅずず……っ」


 そうなれば、やはり喰らいつかれる。
 抱きつき、舌を絡みつかせ、一舐め一舐めに力の残りを奪われる。
 だというのに今回はそれだけではない。
 息継ぎの間もなく口の中を蹂躙される苛烈な悦楽はそのままに、それでいてどこまでも優しく甘く抱き締める翼があった。
 真逆の快楽だ。
 濁流に流されるかと思いきやふわりとした温もりに包まれ、そしてまた、天国と地獄が繰り返す。
 頭が、熱い。
 蝕まれ、すり潰され、思考と感覚が乱れていくのは時間の問題らしかった。

 「ふへぇ♥……ん、ふふふっ、はあ、はぁ……」


 しかしそれでも彼女は止まらない。
 突き入れた舌で、まるでスープをかき混ぜるように、俺の口の中を好き勝手に舐めたくる。
 突如として自分の四肢がヒクヒクとわななき出す。
 塗りつぶされそうな中、やけにそれだけははっきり感じられた。
 
 「ふぁっ、ん、む……っ!っ……あ……!」
 
 
 苦しさに、喘ぐ。
 このままでは、いや、既におかしくなっているかもしれない。
 ウィリエが鼻先まで顔を離して微笑んだのは、そんな危機感を持ったのとほぼ同時だった。
 荒く息継ぎをする彼女を見るに、一応の休息なのだろう。
 しかし俺にとってはそうではなかった。
 深く覗き込んだ紅い瞳に、もっと欲しいと物足りなさげな彼女の意思を、自分の中の何かが感じてしまったからだ。
 
 ……つまり、序の口に過ぎない。

 憔悴した精神がその戦慄に叩き起され、そして。


 「あ、あぁあむ……んっ(は」)」

 「!?」 


 あっ、と。

 今度は、何ともつかぬ声を上げる暇もなく。










 
 「……!……?……っ、ふぁっむっ……!」

 
 次の数瞬間、俺は既に意識が飛んでいたらしかった。
 黒だったか白だったか、そのどちらかに塗りつぶされていた視界が戻ってくるのは、それほどまでに遅かった。
 だが今も陸に打ち上げられた魚のようにのた打つ体は、まだ自分のものではないようだった。
 というのも、酸素を求めて口を上に持ち上げれば再び覆い被り、無理矢理にでもキスを続けるそこに、俺の意志など無いも同然。
 何を求めたか定かではない体の揺れまでもが凄まじく強引に乗りこなされ、頭の芯まで届いてくる舌、顔にかかる荒げられた鼻息や彼女の体の重みが、刻み込まれていく。




 「う、ぁ」


 勿論まともに耐えられるわけもなく、そうしているうちに段々と、思考にもやがかかってきた。
 目の前で行われていることについて考えるのを放棄したわけではないはずなのに、なんだか頭がぼうっとして不思議と、気持ちがいいというのか。
 そのせいか、暴れ回る四肢がベッドに喰い込まされる感触さえ快楽に似て、波打たされる振動が妙に癖になってくる。   

「……んう、ちゅ……」


 と、急に彼女が柔らかくなった。
 啜り尽くされるあの吸引ではなく、優しい愛撫のように歯茎をなぞる動きへ変化する。
 同時に背中の刺激も退けられ、今は手の辺りに同じものがあった。
 気が変わったか、それとも抑え込む必要がなくなったからか。
 ともあれ指の隙間が握り込まれるような感覚は、なんだかほのかに暖かい。

 「は、あっ…………っ、く……」

 
 だがむしろそれが残酷だった。
 そんな温もりではもう、ただただもどかしいのだ。
 もっと、もっと。
 体が、口が、ウィリエへ向かっていく。
 いやというほど叩き込まれたはずの快感を自らの意志で求めてしまう。

 「んふ。は、ぁ……♥」


 あるいはそれが狙いだったのかもしれない、と鼻先までに離れて微笑んだ彼女に今更ながら思う。
 しかしだとしても、もう。
 彼女がわずかに開いた、桃色に挟まれた艶めかしい誘惑の隙間にはもう、抗えなかった。
 あれが、欲しい。
 
 「ん、う……」


 その一念で顔をわずかに起こし、舌先で彼女の唇をつつく。
 暖かかった。
 とても柔らかく、甘かった。
 鼻から浸み込んでくる香りにさえ、舌先が痺れる。
 と、直後ウィリエが口を開けた。
 沈黙の中歓喜に瞳を見開き、ねっとり、そんな音が聞こえてきそうなほどゆっくりと。 
 わざとらしく水音を立て、白い牙を見せつけてくる。

 ──おいでと呼んでいた。
 その中で踊る艶めかしい赤が、手招きをしていた。
  
 「あっ。っ……っ……!」


 吸い寄せられる。
 舌だけではなく、心までも。
 もはや、彼女以外視界に入らなかった。
 濡れた紅い瞳、肩口を流れる銀の髪、緑の艶やかな鱗のきらめき。
 早く滅茶苦茶に支配すればいいだろうに、事ここに至ってわざわざ誘いをかける、見れば見るほど美しく強かな、意地悪なワイバーン。
 もう少しでそれが、また来る。

 「っ、くあっ」


 という所で俺は声を上げ、わずかに身を捩ってしまった。
 指を這い回る翼の爪の抑えつけが、悪寒じみた熱をゾクゾクと走らせてきたのだ。
  
 「ん、ん、うりゅ、むう……んん」


 などと悶々としていたからか、舌を口内へ滑り込ませたのは結局ウィリエが先になる。
 じれったい、というように伸ばされた、もう何度目か覚えていない感触だ。
 
 「ん……っ」


 しかし味わってみれば、これまでのどれよりおだやかなものだった。
 ぴちゃりぴちゃりとまるで弄ばれるかのような舌使い。
 かと思えば纏わりつき抱くように、こちらの付け根を撫でてくる。
 もちろん求めていたものとはかなり違う、むしろ慈しむようで、優し過ぎる。
 

 「ふ……ん、ん……」 

 だというのに今の俺は、何故だかこれでも、どうしようもなく心地よかった。
 といえば受け身だが実際、さざ波のような穏やかさに自分から力を抜いていた。
 どのみち、もう拒めもしないというのもある。
 ならばもう流れに任せ、味わった方がいいだろう。
 それに、そこまで悪い気がしていたわけでも、ない。

 「ぷは……んふ。じゃあそろそろ……」

 
 と考えたところで口が離され、下半身の衣服に何かが引っ掛けられる。
 恐らくは脚の、大きな爪だろう。
 だが驚きはない。
 自分は獲物で、彼女は仕留めたのだから、するだろう。 
 などと悟ってしまえば、期待と興奮があった。
 キスと、抱擁。
 たった二つで堕としてきた彼女が本腰を入れるとなればどれくらいに。

 「んっ、脱げた……♥」


 ああ、いよいよもっておしまい。
 耳に入るウィリエの、ゆっくりとした宣告の囁きに否応なく胸が高鳴る。

 「んー?ふふふ……っ」


 それを受けてだろうか、彼女は煽るように微笑むと腰を僅かに上へと持ち上げる。
 まもなくしてクチュリと、微かな水の音と共に俺の体に痺れが走った。
 ではいよいよか。
 体の芯が揺れる。
 来るであろう快感に、備えきれずに震え上がる。

 「……えへ。そんな目をしちゃって、いやらしいんだー……♥」 

 「く、あっ」 


 こうなるともうからかいに、強がりの一つさえ返せなかった。
 むしろ体の奥がヒリヒリと熱い。
 微笑む彼女の、優越に歪んだ瞳だけでも心が蕩けそうで、もはや声も抑えられない。
 
 「……あ、っ。ぐ……」

 「もう無理、だね♥」

 
 そんな俺の実情もやはり見透かされたようで、ウィリエは口の端を一層いやらしく持ち上げた。
 だがここでも彼女は俺をわざわざ誘き出したワイバーンらしく、雄の象徴の先端を使い自らの柔らかい肉穴、その入り口でくちゅくちゅと遊んでくる。
 耐えられない、そう分からせるようにじわじわと、覚悟を決めさせるように、しかしながらそれでいて着実に、鋭敏な感覚が触れているぬくもりを増やしていき、そして。
  
 「じゃあ。おし、まい……ん、っ!」


 ぴたりと止まったかと思うと、その癖一気に押し込まれる。
 全身に走る、稲妻。
 腰から放たれたそれが背筋を無造作に一息で嘗め尽くした挙句、頭頂までを駆け巡ったかと思ったその時には。


 「くっ……ああああぁっ……あ……」 

 
 俺はもう、達していた。
 天を仰ぎ、震えながら、オスに喰らいついて包み込んできた獰猛なメスの滑らかな牙に、一も二もなく精を放つ。

 「ん、はぁあああっ……」
 「あ、っ……あ、ああ……♥」

 びゅるびゅると、溢れるような放出感。
 ねじ伏せられ貪られる。
 じゅるじゅると吸われるかのように彼女の中へ注がれていく。

 「は……っ、か……あ…………♥」

 そんな制御を越えたその射精は、いっそ少し苦しい感じもするし、体が軋んだ気もする。
 といっても何もかもを押し流す桃色の濁流の中では、わけもわからず悦に浸り、手足はピクリとも動かない。
 ただ、そんな自分が、当の本人の目に焼き付けられていくのだけはやたらに意識できてしまった。
 
 「は、ぁあ……ああっ♥」 
 「……が……はっ」

 
 口をこれ以上なく開けて笑むウィリエが、更に腰を押し付けたからだ。
 今まさにビクビクと喘ぐそこの根本が、ぐりぐりと擦られて更に働かされる。
 酷な、刺激。
 のたうち回ろうとする体に肺が空気を吐き出していく。
 そのせいで、感覚だけが動かされて、溢れる熱には頭が焼き尽くされそうになる。

 「ぎっ……あっ、あ……あっ♥」
 

 ……だが奇妙な事に俺は、それを苦しいとは思えなかった。
 むしろ心だけで感じ切れなくなった悦が漏れ出るかのように、吐息さえもが喜色を帯びてしまう。 
 体に悲鳴を上げさせる痛みが、どこか、おそろしいほどに気持ちよくすらあったのだ。
 
 「はっ、あっ、ははああっ♥」

 それを分かっているのか、彼女も容赦なく責め立ててくる。
 押しつけるだけではなく、こねるように腰を回し、速さや方向までありとあらゆる変化で押し流そうとしてくる。
 
 「っあ……あ……ああ……か……へ……えあ……♥」


 対して、俺はもう声を上げるしかできない。
 自分というものが幸福感以外、恍惚に溶けてどこかへいってしまっていたからだった。







 ……それがもう、いくら続いただろうか。


 「んんっ……んうーーっ……」
 
 

 心地よさそうに目を細めながらこちらを見つつ、未だナカを締めつけるウィリエに、ようやくぼんやりと考えが纏まり始めてくる。
 搾精が始まってから、どれぐらい経ったのか。
 もしかすると、何秒とないのかもしれない。
 彼女が初めて無防備な姿を見せたことで、たまたまそう感じただけなのかもしれない。

 「あっ、はあっ、あ……」
 

 それにしても綺麗だった。
 舌を口から出しながら、だらしなく体を弛緩させているその様は、魅力的に過ぎて……見惚れてしまう。
 程良い腹筋、鋭利な鱗と翼を纏っておきながら、その端麗な顔は淫靡な笑みを湛えつつこちらに瞳を向けていて。

 

 もっと、欲しいなあ……?


 「あ……っ!か……っ……!?」 
 
 そう、告げていると。
 意識した瞬間再び身が燃えた。
 彼女が動かないままにぎゅうっぎゅぅっと、剥き出しの弱った雄、その根元を揉み込むように脈動させてきたのだ。
 敏感に過ぎる箇所、そのうち更に先端の裏を小刻みに刺激され、だというのに温もりの範囲を越えない絶妙なその快楽の波は、頭をどっぷりと包み込んでくる。
 
 ──かわいいなあ……っ♥


 見つめる彼女が、そう言った気がした。
 男にとっては屈辱ですらある表現だ。
 
 「あっ、あああっ、くあ、あァ……っ♥♥」


 だがもう構ってはいられなかった。
 自分が自分ではなかった。
 ただただ彼女に与えられるがままに喘いでいた。
 自分の喉から出たとは思えない、甲高さの混じった声で媚び続けていたかった。
 そう、必要、ないのだ。
 恥やプライドなど、彼女に食われて然るべきそんなもの、どうして今持っていなければならない?


 「〜〜〜〜〜〜ッ……!そんな声出しちゃあっ、駄目だってばあっ♥」
 「くあ、あっ……はあ、はあっ……んくぅあっ……♥」

 と、彼女が、また大きく声を上げ、合わせるように俺もまた鳴いた。
 心から湧き出る敗北と屈服と共に、彼女の腰に振られて、させられるように突き上げながら、情けなく声を上げ続ける。
 じゅぼじゅぼといやらしく水音を立てながら、ぱんぱんと出し入れされる自らのペニスに体を震わせる。
 ウィリエ・リーリスと繋がり、完全に委ね、されるがままに身を貪られていく。
 ペニスが肉壁で緩やかに曲げられ、がっしりと捉えられたまま痛くない力加減のままぐりぐりと回される腰遣いは、思考がかき混ぜられるかのようだった。
 とてつもない悦楽。

 「んっ……あっ……ん、ふ……」


 そんな中ウィリエが……幸せそうに微笑んだ。
 絶頂に上り詰める最後の一歩を踏み出すような、抑えられずに漏れ出たような笑み。
 止めを刺される。

 「はあ……っ、あ……ふふふっ……♥」


 という予感通りに彼女は、ゆっくりと翼、もっと言えば爪で俺の脇腹辺りを抱き、体を前のめりに倒してきた。
 ああ、と。
 思い描かれる直後の光景。
 言葉に出来ない期待感に、それだけで身が縮み上がる。
 それに導かれるままに俺は、どうなってもいいように彼女へ両手両足を伸ばし、しっかりその身を抱き締めた。
 すると正面の、鱗を備えた顔はうっとりと笑い、そして瞳をこれ以上ないほどに細めて。

 「ッ…………くううう〜〜〜〜んっ……♥♥」


 ずっぷりと、押し込んできた。
 吸いつかれた先端か、噛みつかれた根本か、抱き締められている体そのものなのか。
 なんだか途方もない悦の塊に全身で突っ込んだような、ぐじゅぐじゅとした得体の知れぬ感覚を肌で感じたその直後。

 「か…………んんっ……ああ…………っ♥♥♥ああっ、あっ……♥」

 
 一も二も、なかった。
 気づけば、精を放っていた。
 いや、精を放ってから自分の気というものを取り戻したのかもしれない。
 どちらにせよ、耐えられなかったのだ。
 味わってきた全てが纏めて襲いかかってくるような。
 あるいは、それ程までに膨れ上がり灼熱と化した感覚に自分という自分の何もかもが嘗め尽くされるような、想像を絶する彼女の、魔物娘の本性に。






 「っ、く……ん……あ、かっ、は……………………あ……」





 長い、長い、長すぎる射精だった。 
 そしてこれ以上ない、解放感。
 だが余韻を味わう余裕は、ない。
 襲ってきた倦怠感と眠気に抗えるわけもなく、そのまま意識と両手をぽとりと、布団へ落としていたからだ。
 






 



 「……ぇ。かわいいなあ……♥」



 そしてあれから、何時間立ったのだろうか。
 泥のように眠った筈の体が波間に揺れる小舟のように揺すられる感覚に、重たい瞼を開くと。

 
「あ、起きた……」

 するとそこには、穏やかな微笑みがあった。
 寝ぼけ眼を擦ってみれば、やっぱりウィリエ・リーリスだ。
 その背に映る、朝日のであろう白い光を見てようやく悟る。
 そうか、朝まで俺は彼女と。

 「えへへ、おはよ。……ねーえ。もう一回訊くね。ワイバーン、要る?」

 
 と、しかし考え込む暇はなく、ウィリエが満面の笑顔を浮かべてそう言った。
 あんなものを味わわされて断れるわけがないと分かっている、期待に満ちたあざとくもどこか鋭さを含む笑みで、だ。
 息が、一瞬だけ詰まる。 
 確かに、事実だ。
 俺は昨日、彼女にすべてを掌握されてしまった。
 
 「あてっ」

 
 だが素直に言うのも悔しかったからその額を、人差し指と中指でほんの少しだけ力を込めて弾く。
 目論見通り、一瞬だけとはいえ怯むウィリエ。
 その隙に俺は横面を布団に押し付けていた。 
 恥ずかしさからだ……が、こういうのは、案外素直に通用するらしい。
 少し、意外に感じる。
 
 「……ふふ。んぅー」

 
 とはいえ彼女は怖気ることなく、むしろ反抗が可愛らしいというようにただ、体をひっつけてきた。
 肩に顔を乗せ、胸を押し当てる様にわざわざ位置取ってくる。
 それだけで十分だと分かっていたかは定かではない。
 だがあの感触をその肌から思い出させられ、俺は顔を赤くしてしまう。

 「まったく」 

 
 それでも強がり、吐き捨てて見せてみる。
 結局。
 こうさせられては勝てるわけもなかったのだろうし、恐らくはそう踏んで押しかけたのだろう。
 そう気づき、鼻から呆れの息を漏らす。
 どこかバカっぽい野性味のくせ、どこからどこまでも強かなやつ。
 とは思うものの嫌には思わない。
 そこまで考えれば、分かってしまったからだ。

 「……っ」

 
 思わず、ぶるりと震えてしまう。
 つまりウィリエはそうまでして、俺を手に入れたかった。
 彼女にとって最強の武器たる体で篭絡してまで、欲しかった。
 男か、それとも人の性か。
 そうまでされるのはやはり、どうしようもなく何かが込み上げてくる。
 だが好かれる理由は?何処かで会ったことがあっただろうか?

 「ん……?なあに、また欲しくなった?」

 「は?あ、いや」
 

 と考え込んでいると、一層強く彼女は俺を抱きしめてきた。
 これには、困る。
 この温もりに比べれば、その疑問は別にどうでもいいような気もして来てしまう。
 
 「んふふ……いいよ……朝からいっぱい、シようね……♥」


 ……いや。
 少なくとも、こいつはそれで通すつもりなのかもしれない。
 まったく、自分勝手にことを進めてくる奴。
 だがそれで済ませられるなら悪くない気も今はしているから、コイツは、本当に狡いワイバーンらしかった。
18/09/08 15:12更新 / GARU

■作者メッセージ
やっぱりワイバーン大好きです。

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