『そこから始まる恋もある・・・』


「とぉ〜りゃんせぇ〜とうりゃんせぇ〜、っと!」
 ジパングでいうところの春の日射しがとても心地よい気温と程よい湿り気を含む風が肌を撫でた。まさしく春うららのここは大陸の一都市、『キスフモー』と呼ばれる町へと続く複数ある街道の一本。ここで上機嫌に道を歩くのは見た目少年とも青年ともいえるなんとも微妙な背格好の男であり、その男の腰には短いカタナが一振りと円筒形の大きな入れ物が一つ。それと肩から吊り下げ鞄を持つように引っ掛けて持ち歩く…

ーーー漆塗りの巨大な黒い弓。

 その大きさたるや、かの男が歩くその身長すら余裕で超えるもので…弓を斜めに肩へかけているのにも関わらず今にも弓の下端、下弭(しもはず)は地面に擦りつけられそうなほどである。
 黒の弓の持ち手の上下、鳥打と大腰と呼ばれる部位に目を向ければなんとも美しい金の彫り物で『龍』があしらわれているのだ。きっと業物に違いない…。

 と、武器の観察をしていたところで急遽男が道端の立て看板にて立ち止まってしまった。先ほどまでの鼻歌はなりを顰めてしまいただソコには柔らかく吹き付けるそよ風と、そのそよ風に煽られて今にも飛ばされそうな紙切れが…ポスターが一枚あるのみだ。
 男は注視していた視線の先のものに手を出して毟り取り、それを読み進めるにつれて微笑だった顔が喜色満面に染まっていくのが見て取れる。

「…弓術大会…だって…っ! 面白そうだなぁ! よし、参加しようっっ♪」
 思い立ったが吉日、男の行動力はまさに文字通りであった。肩にかけていた弓とズタ袋を担ぎなおしてその大会が開かれているという街『キフスモー』へとケンタウロスもかくや、という足で走り出したのである。…腰の筒からはカシャッと軽くて硬いもの同士がぶつかる音が引っきり無しに鳴っているのを聞くと矢であろうか。

…ガサッ…

ーーー…その男が去った道の脇、森の中から何か音がする?

 男を追っていた視線をまた立て看板があった所へと戻せば、そこには先ほどまで居なかった人影があった。その人影は先の男を観察していたのか走り去った方角をずっと見つめており、太陽を反射してまるで砂金のように輝く美しい金髪を風が靡かせてもその下にある地獄の劫火を反射させたような緋色の瞳は一切揺るがない。
 一体どれくらい見ているつもりか、と思っていた矢先にその人影は特徴的な長い耳を数回跳ねさせて病的なほどに色白な足をもと来た道へと伸ばしそのまま去ってしまおうとしているが…

「…ふん!」
 鼻で一蹴した人影は森へ歩を進める度に自分の服の素材と同じ植物達に同化していき…気配が消えてしまったのだった。


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「あ、ここか? すいませーん、この大会ってここですかぁ?」
「ん? あ、はいはいココですよ。おぉ? 背が高いねぇ、アナタ。ギャラリー…って訳じゃなさそうね?」
「おぅ! ジパングじゃ珍しい長身だぜ! 参加者としてエントリーするんでっ!」
 町に入って直ぐの場所にてこの大会の開催場所を教えてもらい、広い敷地の場所へと案内された男は不自然な場所にテーブルがあるのを見つけるとそこへ歩み寄っていく。そしてそこへ座る者がつけていた腕章を見れば『受付』と書いてあったので男は意気揚々とその受付嬢の8尾の妖狐へと声をかけたのだ。
 対して妖狐のほうは名簿でも見ていたのか俯いていた顔を上げてずれた眼鏡を掛け直して男に向き直り…見上げた。存外に高かったからか声に出して驚いてしまったのに男はまるで慣れた様子で気にも止めていない。
 そんな男の様子に愛想笑いで返した妖狐はテーブル下から一冊の本と羽ペンを取り出して男にペンを握らせ、男は深く腰を曲げてテーブルに置かれた本へと自然な動作でペンを走らせる。やがて腰を上げた男は「ほいよ」と妖狐へペンを返すのだが妖狐のほうは少し困惑気味に…

「ん? どうかしました?」
「あのぅ…ジパング語が読めないのでルビふって貰ってもいいですか?」
「え? あぁ、これは失礼! ついジパングに近いので大丈夫かと早とちりしていましたよ」
 ハハッ、と笑いながら再びペンを握りなおした男は本に書かれた自分の名の脇にそっとこちらの文字を書き加えた。
    【マサキ カゲトラ】
ーーー間崎 影虎。

 そして持っていたペンを妖狐へと返すと妖狐のほうも「態々すいません」と会釈程度にお礼をして参加者が集まっている場所への行き方を教えた。男のほうも待っていました、と受付から一気に飛び出すようにして参加者待合所の方へと駆け出したのだ。
 それを見ていた周りのギャラリーはまるで子供みたいな男に溜息と微笑を送ったのは言わずもがな。

「…うーん…あとはいないかなぁ?」
「…待て」
「ほぇ? …え、あぁ…ギャラリー…ではないわね。参加でしたらこちらの名簿に」
 受付の終了まで残り僅かになったところで現れたのはなんと先ほど男を観察していた人影のその人であった。グリーンのコートを着て背に弓を背負ってはいるものの見間違いの無いその特徴的な服と耳、そして…

「…エルフなのに結構大きいでs」
「だまれっ! くぅ…魔に犯されたせいで集落を追い出されたんだ…こんな体にされて…」
「…ぁぁ…き、気を落さずに…ね?」
 おっぱい。おっきいおっぱい。具体的には妖狐に届きそうで届かない位。で、受付嬢の妖狐の自称サイズ目視測定によると…Eだそうです。はい。
 そんなエルフの彼女は妖狐からのねっとりした視線に気付いてか気付かないでか妖狐の手元から本を引ったくり自分の懐からペンを取り出して名前を書き出して、引っ手繰った時と同じ勢いで投げつけるようにして返した。

ーーー【マイヤー・リシュテンシュタイン】

 投げ渡された本に書いた彼女の名前を確認して俯いた顔を上げればそこに彼女はとっくにいなくなっており、後ろを向いてみれば参加者待合所に向かって歩いているところであった。「やれやれ…」と小さく息を漏らした妖狐は手元から時計を取り出して確認するやテーブルを畳んで【本部】とかかれたテントへとそれごと持って歩いて去ってしまう。
 そして妖狐がテントを潜りきったのと同時に花火が打ち上げられることで大会の開会を告げるのであった。

 喧騒が絶えず起こっているギャラリーが観客席から見下ろしていると次第に広々とした会場へ選手らが入場し始め、最後に開催者や領主などのお偉いさんが揃ったことでやっと開会式らしくなった。
 壇上で各人短い挨拶と領主による開会の宣言にて恙無く終わった開会式の後、競技の説明ということで選手らはそこに残されることとなる。

「はーい、注目! 今回は3本勝負と本戦という形をとらせていただきます! それでは説明ですが…まず1つ!」
「…ふわぁぁ…」
「……ちっ…欠伸などしてっ…」
 説明をする為に壇上に上がったのは7尾の稲荷である。稲荷は壇に備え付けられた机を軽く叩き五月蝿くなりかけた選手らから注視をされたのを確認するとふわりとしたよく通る声でそれぞれの競技を説明しはじめた…のだが、約一名もう既に眠りかけている。
 よほど眠たいのか欠伸を出した次の瞬間には目を半分閉じてしまい船を漕ぎ出す始末に後ろ側にいた彼女が舌打ちをしてしまうが「こらっ! 説明中に寝るんじゃなぁい!!」と壇上横、説明のために持ってきた特大黒板の備え付けであるチョークにて眉間を打ちぬかれてしまった。
 その命中した人物、彼は「ふごっ!?」と情けない声を上げて意識がはっきりとしたようだがそのコントを見せられた他の者はといえば…誰からとも無く笑い出したのだ。勿論、あのプライドの高い彼女ですら。
 彼女がクスクスと手で隠して笑っていると何か視線を感じて…前へ向き直ったその瞬間、彼との視線が合致しあろうことか彼はニッと歯を見せて笑うと親指を立てて笑ったのだ。しかもその後に餌を強請る故意のように唇を動かして何かを彼女に伝えたそうにしているのだが周りの大笑いで彼女へ音は届かなかった。

ーーーエ ガ オ ガ ヨ ク ニ ア ウ ネ 

「…〜〜〜っ!!? ふ、ふん!」
 だが幸いにも読唇術の心得があった彼女はその彼の言いたいことを読み取ったのだがその意味を理解するや先ほどの笑い顔が消えて耳先まで真っ赤になるのは仕方の無いことだろう。だから彼女は恥ずかしさに負けてそっぽ向くわけだ。
 未だに笑いの絶えない状態だったが「…いい加減にしてくださいッッ!!!」と稲荷が痺れを切らして黒板を割る勢いで叩いたことで一気に収束しその後はなんのアクシデントも無く説明は終わったのだった。


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「…ねぇ、この二人強すぎない?」
「うん…私もそう思う…」
 大会も時間を進めるごとに選手のあちこちからその様な愚痴が聞こえ始め、現に耳を垂らして尻尾まで垂れ下がった元・教会弓兵を名乗るワーウルフや近郊の草原地区にいるケンタウロスの弓士、人間の男性アーチャー、果ては魔王軍上層部のデュラハンなどがある二人の選手に対して意気消沈気味になっていた。

ーーーではその二人とは誰か?

「へへっ…クロスボウなら余裕だぜ…っ!」
「…」
 まずはその一人。かの男性で、彼は今【遠当て】の競技の最中である。この遠当てとは200m先にある直径50cmの的を矢3本放って当てるだけのシンプルなもので、この競技では弓の操作の精密さを競うもの…なのだが距離が距離なのでそれなりに張力を持った弓やボウガンなどでないと中々当てにくいのだ。 しかも一度に2人計測するので射手台の上には2mの間隔で2人立ち、その間に仕切り板などは設けていない。
 射手にとって隣に他人がいるというだけでプレッシャーを感じえざるを得ない中での競技は案の定、他の選手らもそれほど得点を取れないでいたのだ。
 
 そうこうしている内に男の隣のコブリンは準備が整ったようで限界いっぱいまで引き絞ったクロスボウをゆっくりと構え遥か先の標的を見据えて動きを止める。
 数回の呼吸を行い…ゆっくりと指をトリガーにかけて…そしてっ!

「っ!」

ーーーガィィィィン……カツン!!

 その一瞬の動作で放たれた矢は時間差を置いて標的に到達してすぐさまアヌビスの審判が現場のマミーに確認を行わせた結果、赤い中心の円より右上の青い円にシャフトが三割程刺さったと判断された。
 クロスボウのゴブリンは心底悔しそうにしていたがその直ぐ隣で男が弓に矢を番えたのを察知した瞬間に黙り込んでその様子を見るようだ。彼は深呼吸を一度ゆっくりと行い弓を立て、そのまま弓の弦を引く。キリキリと撓っていく弦を男は文句一つ吐くことなく淡々と引き絞って…ピタリと止める。全く微動だにしない着物に胸当てのみの男は顔を標的から逸らすことなく見る…というより憎い親の敵を見るような、且つ鷹が獲物を狙うような視線で射抜き続ける。

「…」
「…」
 重い沈黙が続く中、男の頬を風が軽くなぞったその瞬間のことっ!

「…はぃぃっ!!」

ーーーピィィン……ガッ!!
 
 裏返った変な奇声とも取れる迫真の掛け声と共に放たれた矢は放物線ではなくまさに先ほどのクロスボウのような直線軌道で真っ直ぐ的に吸い込まれ…クロスボウが当たったときと全く違う重い音をさせて的中したのだった。
 すぐに審判は的の近くのマミーに確認を行わせるも…妙なことに中々返事が返ってこないのだ。

「…あんた、随分と面白い射ち方をするんだね?」
「ん? そうか? あんまり気にも留めなかったが…まぁこちらではあまり無いだろうけどな!」
「…はぁ…」
 その自然と出来た休憩時間にコブリンは男に話しかけてみるも至って普通の男であった。そして傍らでは慌て気味で報告をするマミーに審判であるアヌビスが耳を傾けていたのだがその報告を聞いている最中になんとも珍しい驚愕の顔に染まったのだった。
 その珍しい顔を見ていた両者にマミーの報告を聞き終えたアヌビスは近づいて…

「すまんな。判定だが…的中! (ど真ん中)。しかも的を貫通していたそうだ…」
「…へ?」
「そっか! よっし!!」
 その判定を聞いて顎が外れたゴブリンと体で喜びを表す男であった。結局ゴブリンは起死回生の一矢を取れず、逆に男は全て的中というゴブリンにトラウマを与えかねない結果となった…。
 対してもう一人はというと…?


「…はぁっ! 」
「…何コレ? こんなのありなの!? 審判っ!」
所変わってこちらはクレー射撃の競技の最中のようだ。クレー射撃とは空中に放り出された的(この場合円盤で中心に赤い円があるもの)に矢を射るということを一回につき3枚、それを5セット行い、動く物への対処と素早いターゲティングを競うものである。 …であるのだが彼女の場合はちょっと狙い目が違うみたいで、競技者であるもう一人の既婚リザードマンが審判のマンティスに激しく尻尾を振って異議を立てているが一体どうしたというのだろうか、その文句をいわれている彼女のターンを…あぁ、ちょうど最後のターンのようだ。

 まだ構えていない彼女の手元には…白木の複合弓だろうか節々に植物の蔦のような物できつく絞めてあり、撓りの部分の上下の姫反(ひめぞり)には白鳥の翼をかたどったモチーフがつけられていた。彼女の身長(受付嬢の目測で160cm位)に対して8割くらいの長さと言うその弓に彼女は耳を一度ピクリと動かして矢を素早く番え始める。
 親指と人差し指で1本、人差し指と中指で2本、中指と薬指で3本…なんと彼女は一度の引き絞りで矢を3本も番えてしまったのだ。そして堅木で作ったであろう赤墨(あかずみ)色の胸当てよりも尚後ろに弦を引き…

ーーー…ヒュッ!

「…ッ! はぃやぁ!」
 ほぼ同時に投げ込まれたそのターゲット3枚に異常なまでの反応速度を以って…

ーーートトトン!

彼女の弓から放たれた矢は吸い込まれるように障害物から出たばかり、やっと中心が出たばっかりの的のど真ん中へと突き刺さったではないか。しかもそれが3枚とも、である。
 確かにこれは曲芸といわざるを得ず…相手が抗議をしたがるのも無理はなさそうだ。だが審判のマンティスは激しく言い寄るリザードマンの訴えに対して首を横に振ることで拒否を示す。

「…一度に3本ダメ…言ってない」
「ぐぬぬ…い、いやしかし! 素早いターゲティングは認めようっ! だが…リロードしていないから速射ではないだろうっ!?」
「…でも反則じゃない…ちゃんと射っている。…問題ない」
 悉く却下されるリザードマンを他所に彼女が本戦へ進むことが確定した瞬間でした。結局、リザードマンは彼女の記録に後一歩まで歩みよったが彼女に逃げきられたのはご愁傷様、としか言えない。

 そして残りの種目【俵射ち】は彼女も彼も既に終えていたのでこれにて3本勝負は幕を下ろしたのである。ちなみに…50m先の標的である五重の円模様が描かれた直径50cmの藁束でできた的に当てるという現代で言うところの弓道のようなスタイルのこの競技、彼女も彼も全ての矢を的中(ど真ん中)に射ち込んでトップタイだった、と明記しておこう。

 全ての選手が矢を射ち終わり運営陣から暫しの休憩が選手らに与えられ各々の反省点などを気の合う仲間や夫婦連れのものなら相方らと話しこんでいる。そんな中、彼女は人気のいない会場の一角で壁に背を預けて仏頂面で何かを考えている様子である。…何を考えているのだろうか?
 やがてその休憩が終わり選手らが再び広場に集められ、運営の方から【本戦出場者の発表がある】ということで最初の頃に競技説明をしていた稲荷が壇上に上がり選手らを見回す。その発表が早く聞きたいのか、それとももう分かりきっているのか選手らは誰一人として口を開いてはおらず静寂そのものが会場を支配していた。

「それでは…今大会、本戦出場を決めた2選手の発表を行います!」
 稲荷の言葉で会場が更に重いものに変わる…。顔の前で祈りを捧げるようにするもの、爛爛とした目で稲荷を見つめるもの、死んだ魚のような目でそれを聞くもの…様々な人間と魔物娘がその次に読み上げられるであろう2人の名前に耳を傾ける。

「まず…人間男性の一人! 【マサキ カゲトラ】っ!」
「おぉ!? やったっ! 本戦出場だっ!!」
 周りからの「あぁ、やっぱり」と言う感嘆の溜息と共に拍手に包まれた男は歓声にいちいち反応を返しながら稲荷の指示に従って壇上へと上る。そして男が上ったのを見届けた稲荷は再び群集に視線を戻し一呼吸…。

「そして…エルフの【マイヤー・リシュテンシュタイン】」
「…ふん」
 やはりこちらも「やはりなぁ…」との感嘆がそこらかしこから聞こえて拍手で送り出されるも全くの無反応で男とは反対の立ち居地に淡々と歩を進めるのであった。エルフらしい彼女を誰一人として咎める者はいないが…皆がしかめっ面になってしまうのはあまり気分が良くないのが確かだからか。

「では、この両名が本戦への出場権を獲得した者です! 皆さん今一度拍手を!」
 しかし祝福することには変わりなく稲荷の声に件の二人以外が大きな拍手を以って答えたのだが…

「…おい、あんた」
「…あんた、じゃなくてカゲトラな? んで何だ?」
「…矢を射るとこを見てて思ったんだが」
 笑顔で観衆らに応える男の直ぐ脇からかすかな声が聞こえてそちらに意識を向けると、その声の主であるエルフは無表情で前を見据えながら尚話しかけてきたのだ。

「…カゲトラ、あんた…【狙撃手】だな? しかも其れなりに場数を踏んだ…」
「!! …よくわかったな? まぁ、元だがな」
「元? …少なからず、カゲトラの遠当てでの奇声…あれは態と出しているんだろう? 五月蝿くてかなわん。本戦では止めてくれ」
 狙撃手、と言う言葉が彼女から出た時に僅かばかり男の笑顔が崩れるも一瞬。すぐに男は愛想のいい顔に戻ってさらりと彼女の疑問を流した。

「…あいよ。あ、それと」
「…なんだ?」
「…笑いなって! そっちの方が可愛いからな?」
 真剣な顔で彼女の要求に応えたかと思ったら彼女に向き直ってニッと笑いキザな台詞を何の臆面もなく言い出す男に仏頂面を貫いていた彼女は鳩が豆鉄砲を食らったような表情になるり、直ぐにその表情は真っ赤に紅潮して耳先まで茹蛸のようになった。

「か、かか、かわ、かわいっ!?!?」
「あはは! 綺麗な女は笑顔が一番さっ!」
「う、うぁ、うぅぅ!? あ、あああ、あんたっ!? ば、ばばっ、馬鹿にしているのかぁぁぁぁぁ!!!???」
 あまりに予想外の言葉に混乱状態に陥った彼女に彼が止めの一言を送ると途端に目を回してあたふたと観衆の前と言うのに大声で叫びだしたのだが、男は大笑いをしたまま。

「わははは! 今の君もかわいいぞぉ!」
「う、うぁ、うぅぅ……ち、ちねぇぇぇぇ!!!」
「おっと!? わははは! 本戦が楽しみだぁ! おっとと!?」
 男の方も気を良くしたのか彼女へと更なる追い討ちをかけるべく大声を発すると彼女の混乱が極限まで極まったようで…弓に矢を番え始めたのだ。流石にこれは予想もしえなかった彼はすぐさま壇上を駆け下りて広場めがけて走り出すと何故か彼女まで追いかけるように走りながら矢を射出するのだが感情が昂ぶりすぎてか知らぬが…とても競技で高得点を叩き出した腕には見えず、放たれた矢は全てが彼の近くに落ちる程度であった。
 そんな微笑ましい光景を観客及び惜しくも本戦に出れなかった選手陣は大笑いしながらそれを見ていたそうな…。

「…なんであの人たちは…はぁぁ…」
 壇上では両手で頭を抱えた稲荷が蹲っていたがすぐに回復し、ふざけあっている二人を呪術で拘束して引き擦り戻した後に壇上で正座をさせた二人に小一時間程説教をした…というのは余談。


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「…コホン。さて皆様! 大変お待たせしました! これより本戦を開始したいと思います! 」
『わぁぁーーーっっ!!!』
 説教の後に最後の競技説明を行った稲荷は二人に指示あるまで待機を命じ、頃合を見計らって二人を別々の入り口へ呼びつけ現在に至る。
 
「それでは会場にお集まりいただいた皆様へ本戦の説明をいたしますっ! この本戦は『サドンデス』となっています。目の前に見えます柵を立てた100m四方の空間内にてお互いの持てる弓に関するスキルを駆使し…この妖狐さんのように両選手それぞれの頭、喉、鳩尾に取り付けられた魔法水晶を割ってもらうというものです!」
 壇上にて再び演説をする稲荷の傍らには受付嬢をしていた妖狐が控えており、妖狐の体には稲荷の説明どおり握り拳大の魔法水晶がつけられている。

「…ねぇ秋菜? なんでモデルがあたしなの?」
「だって来夏…あなた昨日私に内緒でタツさんと睦みあっていたそうじゃないですか…ん〜?」
「っ! …わ、わかったわよ…大人しくモデルするわよぅ…」
 拡声器が『意図的に』切られた壇上で何か話し合っているようだが、妖狐が涙をホロリと流すと稲荷は上機嫌な顔で再び説明の作業に戻る。

「はい、失礼しました〜。そしてこの魔法水晶ですが、外からこのように衝撃を受けると…」
 と懐から金槌を取り出した稲荷は何のためらいも無く妖狐の頭上につけた水晶へと勢いをつけて打ち下ろした。

ーーーガン! …パリーン!

「うわっぷ!? ペッペッペッ!」
「と! このように粉々に砕け散るので先に三つ、水晶をこのようにしたほうが優勝となります。尚、流れ矢なども懸念されるため今回はサバトの皆様協力のもとで観客席の周りに物理バリアを晴らせて頂きましたのでご安心ください!」
 打撃があたった瞬間、眩い光と共に水晶が砂粒ほどに細かく砕け散って妖狐がその砂粒まみれになった。…ジト目を送る妖狐に稲荷はドヤ顔で返す辺り慣れた関係のようだ。

「それではお待ちかね…選手の入場ですっっ!!!」
『うぉぉーーっっっ!!!』
 柵で囲われた会場のそれぞれ一画が割れて中に2つの人影を招きいれた。それぞれの人影は50mほどの距離まで歩み寄り暫し向かい合っていたがどちらからとも無く弓へと一本の矢を番えだすと観客の歓声はさらに熱を帯び始める。

「…よぅ、いいか?」
「…なんだ? 」
「これが終わったらちぃっと話があるんだが…」
 対して会場では向かい合う彼女に小声で彼が話しかけて微笑んで彼女のほうも今度はそれに微笑み返していた。

「…ほぅ、奇遇だな。私もだ」
「はっ! じゃあ、よ?」
「ふん、そうだな…この戦いで勝った方から…」
 向かい合い弦を引き合う二人はそのまま相手に向かって鏃の照準を合わせるや一切の動きを止めてしまう。その二人を見て先ほどまで囃し立てていた観客の声は一切止んでしまい、聞こえるはずも無い彼らの吐息すら聞こえてきそうなほどの静寂が場を包む。そして…!!


『話すということでっっ!!』


「…開始ぃぃ! 」
 稲荷の澄んだ声が開始の合図をかけた瞬間、二人が番えていた矢はほぼ同時に主人のもとを離れ各々の敵へ向かって飛び出した!

ーーーパキィン!

 しかし残念ながらどちらの矢も敵のもとへ届くことは無かった。それぞれの矢は鏃同士がぶつかり合ってシャフトが撓り、そのままどちらもへし折れた為だ。

「っ! せぃ!」
 先に行動へと転じたのは彼のほうであった。半歩右にずれた彼はその僅かな浮き上がりの期間で既に矢を番え終わっており着地と同時に彼女の鳩尾に向かって矢を放つ。

「っ! 甘いわ…よっ!」
 しかしそう簡単には彼女も討たれることは無い。彼の矢が目前に迫っても自身の体を捻り上げて中心をずらすことで彼の必中の矢を回避すると「お返し」と彼女が弓を水平にさせて番えて準備していた3本の矢を同時に放った。

「うぉっ!?」
 その彼女が放った矢は彼が更に進もうとしていた方向めがけて飛んできたものだから彼は堪らず上体を反らして難を逃れようとする。だが3本の矢のうちの2本は回避したものの1本だけ間に合わずに彼の鳩尾の水晶を射抜いた。

ーーー…パリン!

「おぉ!? 」
「ふふっ、まずは1つ!」
「やるなぁ…」
 反らした際にバランスを崩して尻餅をつくと同時にそれは割れ、余裕の笑みを見せる彼女にひやりと頬を伝う汗が一筋。彼女はただ矢を番えた状態で構えもせずに待っていることからもその程がうかがえる。彼も「よいしょ」と掛け声をだして立ち上がり深呼吸をすると彼女に倣って矢を弓へと番えだす。

「…手加減なしよね?」
「おぅ! 手加減なしだ!」
「じゃあコレで…しとめるっ!!」
 彼が矢を番え終えたその瞬間に彼女は再び矢を放つのだが…

「同じ攻撃は…通用しないぜっ!!」
 彼は驚異的な速さで矢を放つと続けざまにもう1本、と矢を放ち彼女からくる矢を2本撃ち落として3番目の矢を掴み取って流れる動作でそれを番えて彼女へと返したのだ。

「えっ!? な、な…きゃぁ!?」
 流石に自分の矢を返されると思っていなかった彼女。残心の状態から矢筒に手を伸ばした状態でそれを受けてしまい、反射的に避けようと足を引いたところで絡み足になってしまい…そのまま尻餅をついた。彼の打ち返した矢はそのまま彼女の頭上の水晶へと進んで行き…

ーーー…パリン!

 的中を射抜き粉砕したのだった。彼女の方は暫し呆気に取られていたが彼が口元を吊り上げて八重歯を見せている様子を見るや意識を戻し再び立ち上がって矢を番える。…また3本だ。

「可愛い声だな!」
「う、うるさいっ! …でも中々の速射じゃない。あんたの腕?」
「あとはこの『ジパング弓』の性能な!」
 立ち上がった彼女に素直に言葉を返すと彼は矢を2本手に握りこみ、更に1本取り出すとその1本を弓の弦へと番えて待ちの体制に入った。彼女の方も彼が待ちに入ったと見るやこちらも下手に動けないと悟って自分もと待ちの姿勢に移ってしまう。
 
 口で語り合う以外一向に動こうとしない両者に観客や稲荷らはただ固唾を飲んで行く末を見守るだけである。

 しかし予想外なことに先に動いたのは彼であった。彼は今まで手に持っていた矢諸共全て空目掛けて放ち、直ちに彼女目掛けて走り出す。その間にまた先ほどと同じように1本番えて2本持つという持ち方にする彼は彼女の眼前へと迫る。
 彼女の方も彼の異常な行動に驚きはするもののそれは一瞬であり、すぐさま真正面から猪の如く走りこんでくる彼に対して一斉に矢を放ち告ぎの矢を番えるために矢筒から3本抜き取り再び構えた。
 対して彼はその瞬間を待っていましたと走っている足を踏ん張る形で無理に止めて横へ反復横とび宜しく飛ぶ。しかしそのタイミングが少し遅かったようで、彼の予想に反して速度の乗った彼女の矢が1本だけ彼の頭上を掠めると彼の頭上の水晶が硝子の割れる音を立てて砕け散った。

ーーー…パリン!

 彼女は微笑みながらも未だ動きを止めない彼に警戒し更に矢を放とうとした…その瞬間!

「…おい、ちゃんと周りを確認したほうがいいぜ?」
「何? …へっ!? きゃっ!?」
 彼が走りながら彼女にそう警告してきたまさにその瞬間。彼女が今まで番えていた矢がどうしたことか全て叩き落とされたのだ。彼女が何事か、と地面へ瞬間的に目を向ければ散らばった自分の矢3本に対して1本だけ…彼の矢が混じっているのだ。

「っ!」
「おいおい、余所見はダメだろ?」
「なっ!? きゃうん!?」
 一体何所から…と彼女がふとさっきの彼の不可解な行動を思い出し納得する。彼が宙に放った矢は3本であり今その内の1本が降ってきたことにより自分が無効化させられた、と。
 だが彼が宙に放った矢はまだ2本、一体どうするんだ…。と思案に耽り過ぎた彼女がまた彼から声をかけられて現実に戻ると走りながら放たれた彼の矢2本、それが手前の地面に突き刺さり彼女は急なことで思わず後ずさる。
 だが彼は彼女に追い討ちをかけるべく彼女が作った股の隙間、膝頭同士の間目掛けて再び1本放ったのだ。これには流石の彼女も驚愕すると共に彼が射った矢が上手い具合に彼女の足に絡んだことで再び尻餅をついた。だがその勢いは尻餅だけでは収まらず、上体も仰け反るようにして後ろへと倒れてしまう。

 痛みを堪えて目を開けた瞬間、彼女は彼が最初に放った残り2本の矢の所在を知ることが出来た。…目の前に迫っているのだからそれもそうだろう。彼女は重心をずらし体を横へローリングさせて難を逃れようとするも…落下速度が加わった2本のうちの1本が彼女のその回避行動を嘲笑うかのように鳩尾の水晶を上から粉々に粉砕したのだった。

ーーー…パリン!

 彼の走りこむ音が転がりながらも聞こえた彼女は割れた水晶を気にすることなく弓に最後の一本を番えるとその音のするほうへ上体を起こしながら弦を引く。すると…

「…」
「…」
 互いの鏃が残り5cmというところまで詰め寄った状態で彼も同じように彼女へ弓を構えていた。彼女がちらりと彼の矢筒を見ればどうやら彼のほうも弾切れらしい…。
 ゼロ距離の射撃戦となったわけだがどちらも下手に動けずただ闇雲に時間がすぎていくだけだった。


「…やぁぁ!!」
「…はぃぃ!!」
 たがほぼ同時、そうほぼ同時に彼女と彼は矢から手を離したのだが同時に放った矢は直ぐに空中でぶつかり合う形になる。しかし今回は狙点が互いの首ということで軸の中心がズレていた為にへし折れることはなくそのままお互いの主の敵の横を抜ける形に相成った。

だが!!

「ふっ!」
「はっ!」
 これまた同時に動き出しなんと互いが放った矢を空き手でつかみとってしまったのだ! その掴み取った矢を同じ動作で以って互いの首へ目掛けて投げナイフの要領で投げつけた。ほぼ同時に投げられたそれは一直線に互いの首もとの水晶に刺さり…

ーーーカツッ!…パリン!
ーーーカツッ!…パリン!

 水晶は同時に割れてしまう。投げた状態でお互い微動だにしなかった二人は…














「ふっ…ふふ…あっははははは!」
「くっ…ふふ…わっははははは!」
 気でも触れたのか、どちらも高々と声を上げて相手を見据えたまま笑い出したのだ。一体どうしたというのか?

「はぁー…負け、かな?」
「いいえ、私が負けだと思うわよ?」
 本当に敵対していたのかと言うほど態度が柔らかくなった二人に観客や運営も唖然としているみたいだ。そんなのお構いなしと彼が彼女に手を差し出すと彼女の方も嬉々として彼の手を握って立ち上がりお互いの顔を気持ちの良い笑顔で見詰め合う。
 
「…はっ!? し、審判陣っ! 判定、判定はっ!?!?」
「…同時が6、判定不可が3」
「…と言うことは?」
 そんな二人を呆然と見つめる観衆らの中から逸早く復帰した稲荷は傍に控えていた9人の審判たちに先ほどの熾烈な弓術の判定を願い出ると数分の間を置いてマンティスの審判が審判陣を代表して司会の稲荷へと声をかけた。そして稲荷は立ち上がり未だ静かな観衆らに向けて声高々にこう宣言したのだ。

「先ほどの素晴らしいサドンデスの競技の結果が出ましたっっ!! 速射を得意とするカゲトラ選手に対して面攻撃を得意としていたマイヤー選手、両者ともとても素晴らしい試合でした! …ですが! ここで稀に見る判定結果が出ました! この勝負…」






『引き分けですっ!!』






 稲荷がそう宣言をすると今まで静かだった会場に大歓声がこだますのを見る限り、この審判らの判定に不満を持つものはいないようだ。
 そしてその判定を貰った二人はと言うと…

「あらま、引き分けだってさ」
「まぁ、いいんじゃないかしら?」
「そうだね…ところで随分柔らかい喋り方だね? そっちの方が可愛いよ?」
 …さほど気に留めていない様子である。そんな中彼は思ったことをそのまま対面の彼女に言うとまだ可愛いといわれることに慣れていないのか再び真っ赤になって俯いてしまった。だが今度は俯きながらもちょっと上目遣い気味になって…

「あ、あなたの…前だけだから…ね?」
「…今の言葉、俺の心に永久保存するぜ!」
「えっ!? ば、馬鹿じゃないの!? …もぅ…ばかぁ
 尻すぼみする彼女の台詞を物凄くいい笑顔で聞き入る彼に彼女は溜息をついて…

「…約束…覚えている?」
「おぅ! 勝った方からって話だったが…どうする?」
「…わたしから言う。…ふぅ…貴方に一目惚れしたの! 私と…」
 彼女が深呼吸の後、告白をする為に言葉を紡いでいる途中彼から予想外の待ったをかけられた。

「まった!」
「…へ?」
「…俺と結婚してくれっ! マイヤーっ!!」
 なんと遮った彼から逆に告白をされてしまったのだ!

「…えっ! い、いきなり結婚って…」
「ん? だめだったか?」
「う、ううん! …う、嬉しい…」
 否定的な彼女にやりすぎたかな、と暗い顔をする彼に慌てて否定をする彼女の目元には薄らと涙が浮かぶ。

「…じゃあ…っ!」
「…はいっ! 喜んでっっ!!」

ーーーこの日、この時、この場所で…芸達者な夫婦が生まれた瞬間であった♪
 
【完】

どうも皆さん、jackryですw
今回のこの作品を持って登録作品カウントが90作品になりました!!

ここまで続けられてきたのも皆さんの暖かいコメントと応援のおかげですっ!!
本当にありがとうございます!(涙
そしてこれからもよろしくお願いしますっっ!!!(土下座

いかがでしたでしょうか?(´・ω・`)
感想お待ちしています!

12/05/10 21:49 じゃっくりー

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