連載小説
[TOP][目次]
第二十四話 叛乱

――5日後

――フリーギア首都フューゲル――


その瞬間は近づいていた。

――ジャリ

私は自分の首に付けられた鎖に触れ、その冷たさを感じ取る。
喧騒
目の前には白衣を纏った聖教府の人間が私を見下ろしていた。

――これが悪魔バフォメット…
――歴史的な瞬間だ
――これより人間の時代は第一歩を踏み出すことになる

ずいぶんと勝手を抜かしてくれる。
ああ。
ニア達はどうしているだろう。
クリスはちゃんと伝言をしてくれただろうか。
…。
でも。
こうして私が処刑されるという事は、きっと間に合わなかったのだろう。
仕方のない事だ。
私もさんざん考えたが、良い作戦は思い浮かばなかった。
どのルートを探っても、ガラテアの平和、ルキウスの思惑、私の命。
この3つをまとめて得る方法はなかった。
必ず何かを犠牲にしなくてはならない。
ルキウスから知らされた。
ガラテアと魔王軍の間には無事に不戦協定が結ばれた。
そしてガラテアの民たちは無事に我が家に帰ったそうだ。
きっとガラテアでは復興作業が始まっている。
戦のために街には随分と負担をかけた。
多くの家を改造し、魔王軍を誘い込むための罠にしてしまったから。
正直、少し不安だった。
ニアが私の事を知って取り乱してガラテアの平和を投げ打って私を助けに来るのではないか。
などと、自惚れた心配までしてしまった。
でも、こうして民は家族の元に帰り私の悲願だった協定は締結された。
ルキウスはいつも通りの笑顔でガラテアとは約束通り同盟を結んだと言ってくれた。
これでガラテアは救われる。
魔物からも、人間からも奪われない。
本当の平和を得られる。
そして…。
私が死ぬことで、全てが終わる。
ガラテアの事は、ニア、カロリーヌ、バラガス。あの3人がうまくやってくれるだろう。
ルキウスは…。
実のところあまり心配はしていない。
こいつは。今、私の前でいつも通りの笑顔を浮かべるこの男は。
非情な男ではあるが、それでも公平な男だ。
欲がなく、犠牲も成果も全てを現実的に捉え、最も合理的な方法で国を運営する力がある。
ガラテアを人間の平和にとって、最善の形で使ってくれるだろう。
などと、
私はあまりにも勝手だろうか。
ぜんぶ希望的な観測だ。
でも、いいじゃないか。
最期ぐらい、好きに未来を信じたって。




――神敵バフォメットよ!悪しき魔物よ!
――汝の犯した罪は筆舌に尽くし難く、裁きを受けるまでもない。
――しかし安心せよ。
――汝の命によって我ら人間は平和の門への第一歩を踏み出す。
――その事に感謝し、安らかに最期を迎えよ。




聖教府のじじいが如何にもなセリフを言い。
私の傍に立つ処刑人が処刑斧を振り上げる。
悔しい限りではあるが、それでも後悔はない。
私は勇者として戦い。
王として国を率い。
魔物になって。
最期には女としての幸せも微かだが手に入れた。
私ほど幸せな勇者はいない。
まだ、胸の奥にニアの温もりが燻っている。
最期にこの温もりを抱いていけるなら。
これで…


「その処刑ちょっと待ったぁ〜!!」

その時、突如処刑場に声が響いた。
私は閉じていた眼を開き、その光景を見て驚いた。

「ふぉっふぉ。そ奴は我がサバトの大事な妹達の一人。そう易々と奪ってもらっては困るのじゃ」

そこにはクリスとバフォメット、そして…

「シェルク様!」
「ニ…ア…」

魔女に変装したニアの姿があった。

ああ。
どうしよう。
胸が響いてる。
心が震えてる。
ああ。来てくれたんだ。
私を、助けに来てくれたんだ…。
嬉しい。

私はいつの間にか涙が止まらなかった。

「皆の者!わしらの妹を助けるのじゃ!!」

バフォメットの言葉と共に轟音が響く。
処刑場の高い壁が土煙を上げて崩壊し

「「「「「おぉ〜〜〜〜!!」」」」」

城内に大勢の魔女たちがなだれ込んでくる。
その様子に聖教府のジジイどもは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

「シェルク様!!」

ニアがこっちに駆け寄ってくる。

「ニア!」

私は震える唇で精いっぱいニアの名前を呼んだ。
しかし、

「そうか。まだ諦めてはいなかったのだね。残念だよ」

私たちの間にルキウスとクレアが立ちはだかった。

「そこを退いてください!」
「それはできない相談だね。…君がニア君だね。君はいったい自分が何をしているのかわかっているのかな」

城内では聖教府の騎士とフリーギアの近衛兵が魔女たちとあちこちで戦闘を開始していた。
その喧騒の中、ルキウスはいつものように穏やかに言った。

「君は魔物たちと組んだのかな?これはいけないね。同盟を結んだ私たちに対する立派な反逆だよ」

穏やかに重圧のある言葉で話すルキウス。
その隣ではクレアが短刀を両手に構えて警戒している。
そんな2人に対してニアは

「誰かと勘違いしているのですか?私は魔女のルティです。我々サバトは貴方方と同盟など結んだ事はないと思いますが?そんな事よりそこに居るのは私の大切な姉様です。早く解放していただけませんか?」

怯む事無く真っ直ぐにルキウスを睨みつけて言った。
それを聞いたルキウスは

「はは。なるほどね。そういう事か。と、言う事は君たちはガラテアとは何の関係もない魔物と言うわけかな?」
「ええ。分かっていただけたのならそこを退いてください。ガラテアと魔王軍は不戦協定を結んだ。そしてフリーギアとガラテアは同盟を結んだ。そして貴方はシェルク様を聖教府に引渡し、聖教府への義理を果たした。もう全ての条件は揃っているはずです」
「なるほど。これまで君たちに何の動きもなかったのはこういうわけだったんだね」
「ええ…













――4日前
――ソフィーリア城


シェルク様を救出するための作戦会議は暗礁に乗り上げていました。
しかし進展はしています。
ここまでにまとまった話の内容はこうです。
魔王軍とガラテアの不戦協定をすぐに締結させ、それを素早く公表し、フリーギアに知らせる。
そうすればフリーギアは民を保護するという名目を失うため、ガラテアの民は解放される。
これによって1つ目の条件、人質の解放が行われます。
その後、フリーギアと同盟を結び、ガラテアは魔物、人間の両方と協定で結ばれることでシェルク様の悲願が叶います。
しかしそこで問題となるのはフリーギアと聖教府の関係です。
聖教府はフリーギアに対し、魔物と協定を結んだ国と同盟を結ぶことに反対する動きが起こるでしょう。
そこで、ルキウス王はガラテアと同盟は結ぶが、聖教府に忠誠を誓うという証のためにバフォメット、シェルク様の身柄を聖教府に引き渡すことになります。
そうなってしまえば恐らくバフォメットであるシェルク様は処刑されてしまうでしょう。
しかし、そのタイミングはたった一度きりではありますが、ガラテア、フリーギア双方にとって条件のクリアされたシェルク様救出の好機になります。
これで2つ目の条件、ガラテアとフリーギアの関係を悪化させずにシェルク様を救出する条件が揃います。
しかし、最期の条件がなかなかクリアできずにいました。
その条件と言うのがシェルク様を助ける方法でした。
僕等だけではさすがに敵の中に囚われているシェルク様を救出する事は無理です。
そこである程度の兵力が必要ですが、ガラテアの民や兵はシェルク様が魔物化したことを知らない上、フリーギアとは同盟を結ぶため、ガラテア軍は動かせません。
かといってシェルク様はもともと人間、それも勇者であったため、魔王軍の助けも恐らく借りることはできないでしょう。
そんな時、クリスさんが突如思いついたように言いました。

「じゃあさ。シェルクがサバトに入るなら、シェルクは立派な私たちの仲間よね?」

そう。シェルク様をサバトに入信させることで、仲間の魔物、バフォメットとしてサバトの人員でシェルクを助けるという案でした。

「なんじゃと!?」
「え?でも、あんた、シェルクが欲しいって言ってたじゃない」
「確かにそうじゃが…。わしとしては構わぬが、シェルクの仲間であるこやつらはどうするのじゃ?」
「……ち。おい、小僧。他にいい手はないのか?」
「……いや。いい手です」
「正気か!?」
「はい。確かに、シェルク様はその後王を続けるのは難しくなります。しかし、それはもう魔物になってしまった時点で避けては通れない道です。一時的には僕の教えた変装術で隠せてはいました。しかし、それもずっと化けていることはできません。それに、僕等は黙っている自信がありますが、シェルク様が魔物になった事を知る一部の城の者から城外にシェルク様の正体が知られるのも時間の問題です」
「シェルクだって言ってたわ。協定が結ばれたら王様をやめてもいいって」
「…ちっ。お姫さんよぉ、これって単にてめぇがシェルクを欲しがってるだけじゃねぇのか?」
「ええ。そうよ。私はワガママなの。欲しいものはどんなモノだって手に入れるわ」
「…クリスちゃん〜」

未だに勇者としてのシェルク様に期待するバラガスさんとカロリーヌさんは悩みました。

「シェルクちゃんの正体を聖教府に知らせちゃったら〜、フリーギアはシェルクちゃんを処刑できなくなっちゃうのよねぇ〜?」

カロリーヌさんが顎に指を添えながら言いました。

「はい。確かに。それも方法の一つとしてはあります。しかし、そんな事をしてしまっては、フリーギアはガラテアとの同盟を破棄するでしょう。それどころか、魔物が王を務める異端の国として聖教府軍と共にガラテアを攻める可能性すらあります」
「じゃ〜、やっぱりぃ〜?」
「クリスさんの策が現状最善の策だと思います」
「おい!小僧!てめぇ、魔物の味方する気か!!?シェルクは勇者だぞ!?」
「ですがシェルク様はもう魔物でもあります。それにこれ以外に今のところ手立てはないですから…」
「うぐ…。あぁ〜〜〜もぉ〜〜。ちくしょ〜〜〜〜」
「う〜〜ん〜〜〜。でもねぇ〜。バラちゃん〜。私もね〜。この作戦に賛成してもいいと思うよぉ〜?」
「お前まで!?」
「だぁ〜ってぇ〜〜。シェルクちゃんも〜女の子よ〜?今までいっぱい、い〜〜〜っぱい。私たちのために頑張ってくれてたんだよぉ〜?このままシェルクちゃんが王さましてるとぉ〜。きっとシェルクちゃん、幸せになれないと思うのぉ〜。私たちぃ〜ちょっとシェルクちゃんに頼りすぎてたんじゃないかなぁ〜〜?」
「ぐ…。ちっ。まぁ、確かにそうだが…。でも、俺はあいつに勇者でいてほしいぜ…」
「僕もそう思います。でも、シェルク様はクリスさんに通信録音機を預ける時、言ってましたよね?『お前たちを信じている』って。あれは、きっと助けてほしいっていう事ですよ。あんな。今までずっと全部を一人で背負いこんできたシェルク様が…初めて僕等に助けてほしいって、信じているって、そう言ってくれたんです。それを聞いて、僕はシェルク様に…シェルクに僕らの理想を押し付けるようなことは、したくないんです」
「…小僧…お前…」

バラガスさんが僕を見て、複雑な表情を浮かべました。
そして、

「おい。バフォメット」
「なんじゃ?」
「お前のサバトってのは、シェルクを幸せにしてやれるようなところなのか?」

バフォメット様は少し驚いたような顔をした後、大きな笑みを浮かべて。

「当たり前じゃ。皆幸せになれるに決まっておろう。なんせわしの作った組織じゃぞ?」

そう言って自慢げに胸を張りました。
が…

「だから心配なんだよな…」

バラガスさんの返答にその場に久しぶりに笑い声が溢れました。
こうして、作戦が決まり、僕等はシェルク様の処刑までの間に全ての準備を整える事にしました。













――4日後
――フリーギア

「なるほどね。こうなってしまっては、フリーギアとしてはシェルクを処刑する口実も義理もないというわけだね。とは言っても、聖教府側は納得するかわからないけれど」
「フリーギアはすでにシェルク様の身柄を聖教府に渡しました。今、僕…私たちがシェルク様を奪い返したとしてもそれはフリーギアの責任ではないはずです」
「そうだね。一応の筋は通っている」

ニアが、強い言葉でルキウスを説得する。
私はその光景をただ見ている事しかできない歯がゆさを感じていた。

「でもね、ニア君。確かに君のいう事に筋は通っている。聖教府に対する言い訳も十分だ。フリーギアとしても、私としても、シェルクを失うことは大きな痛手ではあったから、その考えに賛成したくもある。でも…」

ルキウスが言葉を区切る。
そして、その瞬間。
私の身体を異変が襲った。

「ぐはっ!?」

首筋に強い痛みを感じた。
まるで焼き鏝を当てられたように熱く痛む。

「私は彼、いや、彼女の共犯者だ。彼女の、ツバキとの約束を果たさなくてはいけないんだ」

ルキウスが言葉を続けた。
しかし、私はそれを聞き取ることができなかった。
私は痛みに耐えかねて、意識を失った。




「そうだよ。ニア。彼はボクとの約束を守ってくれているだけだ。邪魔しないでくれるかな?」


14/04/13 02:30更新 / ひつじ
戻る 次へ

■作者メッセージ
読みづらい文章だなぁ…。(心の声)
でももう書いちゃったし書き直すのめんどいしなぁ…。(心の声)
まぁいいや。(心の声)

どうも、ご無沙汰です。
ひつじです。
シェルク救出作戦、ついに開始です。
連載止まった理由の1つがこの作戦の穴埋めでした。
ノリと勢いだけでストーリー展開しちゃったせいで、納得いくうまい解決方法がうまくまとまらず、考え込んでました。
それを整理するためにニアくん解説キャラです。
これでもまぁ、ゴリ押し感はある気もしますが、一応筋は通った(はず)のでよしとしちゃいます。
さて、次回からラストバトル。
ルキウスのいう「共犯者」の真意とは?
そして新キャラ、ツバキ登場!その正体とは!?(うん。多分バレないバレない)

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33