読切小説
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濡れた羽は出逢いの予感☆
今日も私は大空を駆ける。広い大地を眼下に置き羽に風を受け自由を満喫する。太陽の光を反射するかのような蒼く輝くサファイヤ色の羽を大きく拡げ私は山の中腹にある湖畔に近づいてゆく。私はいつものように湖畔のすぐ脇にある大きな樹の近くに着陸するとタンクトップを脱ぎハーフパンツも下着も全て脱いでしまうとおもいっきり湖に飛び込む。

「ん〜、今日も快適〜♪やっぱり泳ぐ時は裸じゃないと気持ち悪いもんね〜」

私は一矢纏わぬ姿で湖で泳いでいたが、そんな私をずっと観察してる男が居るなんて夢にも思わなかった。何も気付かず泳ぎ続ける私とそんな私をずっと観察する一人の男。そんな静寂がずっと続くかと思われたが男が痺れを切らしたように声を掛けてきた。

「すまないが、そこのセイレーンの子。悪いんだけどちょっとだけ向こうの方で泳いでくれないか?」

誰も居ないと思ってた私は不意に話し掛けられ慌てて辺りを見回すと岸のほうに一人の男性が居るのがわかった。男性が居るのがわかったけど、居た場所が問題だった。私が全裸になった大きな樹の反対側に居るのだ。どうやら太い幹が邪魔をしてたおかげで反対側に男性が居る事に気付かなかった私はそこで素っ裸になって湖に飛び込んだのだ。顔から火が出るほど恥ずかしい。

「なんで・・なんでこんな所に男の人が居るのよ〜・・・」

私は首から下を湖に沈め向こうから見えないようにしてゆっくりと岸へと近づき陸に上がった途端、一気に男性の反対側の位置に走り込んだ。

「の、覗かないでね!見たら爪で引っ掻いちゃうからね!」

私は焦りながら必死に着替える。普段のように体を乾かす暇が無かったので服はビチャビチャだ。水に濡れた下着やシャツが体に張り付いて気持ち悪い。羽も水気を含んで動かすだけでも辛い。そんな私を気遣うように幹の反対側から声を掛けてくる。

「いや、別に上がらなくても良かったんだが・・。ただ、ほんの少しの間だけ離れた場所で泳いでくれてたら充分だったのに」

「ムチャ言わないでよ〜。私の下着とか全部ここに脱いでるんだから〜・・・ウウッ・・、お父さん、お母さん、私・・、知らない男の人に全部見られちゃった・・」

「見てないからな。それに視界に入っていたとしても俺の記憶には残らないから安心してくれ」

「・・・・ナニよそれ!!私に魅力を感じないって事なの!!私の声で堕とすわよ!」

ついムキになって幹の反対側に回る。向こう側に居た若い男性はこちらに興味を持たず湖を眺め続けている。私が真横に居るのに居ないような雰囲気でただひたすら湖を見続けていた。

「あ、・・あの・・。何してるの?」

「・・・・・・・・・」

「もしも〜〜し。聞こえてますか〜」

「・・・・・・」

「無視は酷いんじゃないかなぁ〜・・、クスン。裸見られて無視までされるなんて・・」

「ん?ああ、何時の間に居たんだ?」

始めから私が居なかったような雰囲気で話し掛けてきた。

「さっきから居たよ〜。返事してくれないし」

「ごめんごめん、今少しだけ湖を目に焼き付けていたから気付かなかっただけだ」

男性はそういって脇に置いていたかなり大きめの鞄から四角い何かを取り出す。私はこの男性が画家である事にすぐに気付いた。

「ねぇねぇ、もしかしてさっきまで湖を眺めてたのって記憶に残す為だったの?」

「まぁ、合ってると言えば合ってるんだが・・、俺は一枚の絵のように景色を目に焼き付けて描いていくんだ」

そう言って男性はポケットから木炭を取り出し大きなスケッチブックに湖や森をすごい勢いで描いていく。スケッチブックの上を木炭という風が通るみたいに流れるようなタッチで風景が描かれていく。

「すごい、まるで生きてるみたいに木炭が動いてる・・」

「さて、・・終わりっと」

木炭で自然の輪郭を描いた程度で終わらせた男は鞄に全て仕舞い込むと帰り支度を始める。

「えっ!?もう帰っちゃうの!?まだ描き上げてないじゃない!」

「さっき言っただろ?目に焼き付けたって。だから残りは家で続きを描くんだ。もし忘れかけたら何度でも此処に来て完成させるだけだ。水浴びの邪魔して悪かったな」

目の前の男性は荷物を肩に担ぎ帰ろうとしたが何故か私は呼びとめた。

「ねー!貴方の名前はなんていうのー?」

「ルルス。ルルス=ウィナだ。それと・・これを持っていけ」

ルルスが私にタオルを投げてくる。私が羽で巧く受け止めるとルルスが笑いながら言ってくる。

「そんなに羽が濡れてると飛びにくいだろ?それできっちり拭くんだぞ」

一人下山していくルルスに私は叫んだ。

「私はメリン!メリン=フォート!また逢おうねーー!」

ルルスは振り返りもせずに後ろ手を振り去って行った。でも出来れば拭くの手伝って欲しかったな・・。濡れた服がぴっちりして動きづらいし翼が上手く動かないのに。濡れた服で上手く拭けなかった私はタオルをポシェットに入れそのまま無理に飛んで帰宅した。




「ただいま〜」

「あら、早かったのね?・・・って、なんでそんなに濡れてるの。しょうがないわね〜。ほら、拭いてあげるからこっちに来なさい。・・・?メリン・・、貴女から何かいい匂いがするんだけど何かしら?」

「何?匂いって何の事なの、リル姉さん?」

リル姉さんが私に近づいて何かを探るように匂いを嗅いでいきポシェットの中身を取り出していく。

「あった!このタオルからすっごくいい匂いがするわ!なんていうのかしら・・、極上のお肉が目の前にあるような匂いね」

「え〜と、そのタオルは借り物なんだけど・・。そんなにいい匂いがするの?」

私も一緒に匂いを嗅いでみたけど、確かに極上の匂いがタオルから放たれている。姉さんのように極上のお肉じゃないけど、この匂いを嗅いでいるだけで気持ちが落ち着いていく。まるで自然の中に居るような感覚。

「メリン、このタオルは誰から借りたの?こんな極上の匂い・・ジュルリ・・、と、涎が出ちゃった。これは誰の物かしら?」

「えとね、私がいつものように湖で泳いでた時に偶然会った人が貸してくれたの。画家みたいな人だったけど、え〜〜と・・ルルスさんっていう人だよ」

「ルルス・・・ルルス・・?どこかで聞いたような名前ね。誰だったかしら、つい最近聞いたような気がするんだけど・・・」

「それは無いんじゃないかな〜?だってルルスさんはこの街で見た事が無い人だったし。もしかしてリル姉さん・・ボケてないよね?」

「メリン・・ちょっとだけ後ろ向きなさい・・」

「ぇ?こう?こんな感じ?」

ペシーーーーーーーーーン!ペシーーーーーーン!!!

「いったぁーーーーーーーーーー!!姉さん何するのよ!」

リル姉さんが私のお尻を両翼でおもいっきりぶってきた。すっごく痛い。

「貴女ねぇ・・、いくらなんでもボケは無いでしょう。・・・・でも、やっぱり聞いた事がある名前なのよね・・」

「まだ言ってる・・「もう一度ぶたれたいの?」何でもないです!」

私は痛むお尻を擦りながら濡れた服を脱ぎ捨て新しい服に着替えた。私が着替えてる最中も姉さんはずっとルルスの名前を呟いていた。

そして翌朝、いつものように湖まで飛んだ私だったけどルルスは居なかった。私は、あの大樹の横で立ったまま日課の水浴びをしようとしない。なんだか寂しかったからだ。ルルスと同じように湖を眺め目に焼きつけようとしてみたけど私には無理だ。私はセイレーン、リャナンシーだったら簡単に記憶するだろうと思うけど・・。私は一人、大樹の横で歌い出す。心の奥底から湧き上がって来る詩のような言葉をそのまま唄う。歌声に惹かれる様に集まる小鳥や森の動物達、配達中のハーピーや旦那様と空の散歩をしていたワイバーンなど色々と集まってくる。皆、私の歌声を絶賛してくるけど何かが物足りない。パズルの最後の1ピースが見つからないような気分。きっと私はルルスに聴いてもらいたいんだ。私の心の歌声を。皆が去った後、私は大樹に寄り掛かり一人尋ねてみる。

「ねぇ、なんで此処にルルスが居ないんだろうね。私の歌を聞いて欲しいよ・・」

一人愚痴るが返ってくるのはサワサワと揺れる枝の音と落ちてくる数枚の葉。私は項垂れたまま家路へと飛び立つ。そして誰も居なくなったはずの大樹から独り言が聞こえる。





「・・・良い声だったな。さて、俺も帰るとするか」






私が帰宅するとリル姉さんが雑誌を掴みながら駆けよってきた。

「メリン!昨日言ってたルルスって人、もしかしてこの人じゃないの!?」

姉さんが持っていた雑誌に目を通すとあの人が載っている。

「この人だよ!この人がルルスさんだよ!確かルルス=ウィナって帰り際に言われたよ!」

雑誌に大きく載せられている人物。ルルス=ウィナ。24歳。職業・画家。
コメント・「期待の超新星と言われる天才放浪画家。リャナンシー達の求愛を全て断わったという難攻不落な城、そして難易度Sランクという堅物。一体誰の手に堕ちるのか。現在の有力情報ではリャナンシーのフィルミが濃厚という説が流れたが先日フィルミも敢え無く撃沈」と書かれている。

「ほぇ〜〜〜〜〜、あの人ってすごい人なんだ〜〜〜」

「バカ!感心してる場合じゃないでしょ。超の上に超が付くような有名人に会ってたのよ!あのフィルミですら落とせないなんて・・」

リル姉さんはルルスさんから借りたタオルを首に巻き一人悦に浸って居る。

「あ!姉さん、なんでルルスさんのタオルを首に巻いてるの!それ今度会ったら返すんだから!」

「ちょ、ちょっとぐらいいいじゃない!あたしだって男居なくて寂しいんだから少しぐらい楽しみたいのよ!それに、あの有名なルルスさんのタオルなんだから楽しませてちょうだい!」

リル姉さんはタオルに染み込んでいるルルスさんの匂いに御満悦だった。そんな姉さんをとりあえず無視し私は雑誌の内容を読んでいく。

「ふ〜ん・・、放浪先は中立と親魔領ばかりなのね。・・・撃沈したリャナンシーは52人・・、すごいねぇ〜。その中にフィルミも含まれるなんて驚きだよ〜」

私なんかじゃ釣りあわないんだろうな。もう寝よ。私はベットへとダイブしてゆっくりと瞼を閉じる。

「・・・・(明日、会えるといいな)」



それから数日経ってもルルスさんには会えなかった。あの出会った大樹の脇で私は毎日歌う。もしかして、もうすでに絵は完成していて放浪の旅に出てるのかも知れない。嫌な想像ばかり私の心によぎっていく。もう一度だけ、もう一度だけでいいから逢いたい。私は願いと奇跡を歌声に秘め、例え遠く離れた地に居ようとも届くように謳う。私の声をあの人の元に届ける為に。

ガサッ・・

「ひゃぁ!何!?誰か居るの!?」

ガサガサッ・・ザザザザザザッ!    ドスンッ!!

「ひゃぁぁぁぁぁっ!誰か落ちてきたーー!」

いつも寄り添っている大樹から人が落ちてきた。

「あれ・・?ルルス・・さん?なんでルルスさんが樹の上から落ちてくるの?」

「・・・・・・・・・・」

「気絶しちゃってる・・、どうしよう。・・・・・うちに・・うん、うちに連れ帰って手当てしなきゃ。うん、そう・・手当てする為に連れていくんだから・・」

回りに誰も居ないというのに確認するように呟いてしまった。私は足の鈎爪でルルスさんの両肩を掴み飛び立った。

「ぅ〜〜〜〜〜っ!!重い〜〜〜!!肉体労働って全然しないから上手く飛べないよーーー!」

あっちにフラフラこっちにフラフラと危ない飛行だったが無事に家まで辿り着けた。

「はぁはぁ・・・、なんとか運べたよ〜。リルねえさ〜ん、ドアを開けて〜」

 ガチャ・・・キィ〜・・・・

「はいはい・・。ドアぐらい自分で開けなさいよね。まったく・・、え?男?それにこの匂いは・・・まさか!「姉さん静かに!」」

私は急いでルルスさんを部屋に運び込む。御近所さんに見つからなくて良かった。

「ちょちょちょちょ・・・ちょっとおおおおおおおお!一体どういう事なの!説明しなさいよ!メリン・・まさか攫ってきたんじゃないでしょうね!そんな事したら魔界に居る全てのリャナンシーを敵に回しちゃうわよ!」

「姉さん落ち着いて!別に攫ってきたわけじゃないから!いつもの大樹の傍で歌ってたら上から落ちてきたのよ!」

「そんな小説みたいな事があるわけないでしょう!本当の事言って!姉さんは怒らないから!ね!」

全く信用して貰えない。今目の前で気絶してるのは難攻不落・Sランクの堅物と揶揄される人物。当然の結果だった。

「つぅ〜〜〜〜・・・、いってぇ・・・・」

私達がうるさく騒いでいたせいで目を覚ましたみたい。私は慌てて羽で抱き抱えるように体を起こしてあげる。

「大丈夫?あの樹から落ちてきたけど怪我は無い?」

「ちょっとだけ・・・体が痛む程度だから大丈夫だ。そうか、俺落ちたのか・・」

なんだかバツが悪そうに呟いている。何かあったのかな。

「ねぇ、そういえばどうして樹の上に「ねぇねぇ!天才放浪画家って本当なの!」」

リル姉さんが私の羽に包まれたルルスさんを覗き込むようにして話しかける。

「いや別に俺は天才でも何でもないぞ。世間が勝手に騒いでるだけだし俺には興味無いよ。自分勝手に風景画を描いてるだけのどこにでも居る絵描きだ」

「でもでも、今までに52人のリャナンシーに誘いを受けたんでしょ。あのフィルミの誘いもお断りしたって」

「あの子か・・。今まで何度も言ってきたけど俺はリャナンシーに認められるほどの画家じゃないし自由に描きたいだけなんだ。俺ぐらいの腕前なんてどこにでも居る。・・・、んで何であんたが俺のタオルを首に巻いてるんだ?」

不意に聞かれた姉さんは無言で首を横に向け知らぬ顔をしてる。姉さんまだタオルを巻いていたんだ。

「それで、なんでルルスさんは樹から落ちてきたの?」

「あの樹の上で昼寝してただけだ。んで、寝ぼけて落ちてしまった」

「・・・もしかして、私の独り言・・聞いてたの?」

「任せろ!ばっちり聞こえていたぞ!もちろん歌も聴いていた!」

「やだ!もーーーーーーーーー!」

バッチーーーーーーン!

「おぅふっ!!」

恥ずかしさを我慢出来なかった私はルルスさんに羽ビンタを御見舞いしてしまう。

「何してんのよメリン!ルルスさん大丈夫!って・・・気絶しちゃってるわ・・」

結局、翌朝までルルスさんは目覚めなかった。そして起き抜けの一言が

「いいパンチだったぞ。ぐっすり眠れた」

パンチじゃないよ、ビンタだよ。と思ったけど私は顔を真っ赤にしながら俯いてるだけだった。

「あ、起きた?もうすぐ朝食が出来るから待ってて♪」

リル姉さんがいつのまにか朝食の用意をしている。普段は絶対にしないのに自分から率先して食事を作るなんて怪しい。私はそっと姉さんの隣に立つと小声で聞いてみた。

「姉さん、普段全く料理なんてしないのにどういう事なんだろうね〜」

少しだけ皮肉を込めて言ってみたが姉さんの顔は満面の笑みだ。

「やだぁ〜♪メリンってば何言ってるの〜。御客様に食事を振舞うのは姉の仕事でしょ♪」

すごく怪しい。サバトに1000歳以上のアリスがこっそり混じってるぐらいに怪しい。

「メリンってば疑り深いんだから〜。ダメよ〜、御客様の前でそんな事言うなんて〜」

姉さんはきっとルルスさんを狙ってる。顔は満面の笑みだけど目は猛禽類のアレだ。姉さんの事だから食事に何かを入れてるかもしれない。私は姉さんが作った食事をそっと味見してみる。

「何も入れてないわよ。流石に薬で堕としたなんて知れたらリャナンシーと前面戦争になりそうだもの」

良かった。リル姉さんが常識を持ってた。

「でも、ちょっとだけ惚れ薬を入れてみたいかも・・」

前言撤回。やっぱり姉さんは姉さんだった。これ以上姉さん一人に食事を作らせるのが怖くなった私は一緒に手伝う事にした。監視も兼ねてね。私達の料理最中にルルスが疑問を投げかけてきた。

「なぁ、一つ聞いていいか?両翼なのにどうやって料理してんだ?」

「今はルーンがあるからちょっと魔力を通すだけで火や水を使えたり、それに日常に必要な事は簡単に出来ちゃうよー」

「・・・いつのまに便利な世の中になってたんだ。俺は毎日自炊してるのに」

「毎日自炊だなんて・・。そうだ!それなら此処に居る間だけでも私が御飯作ってあげるよ!ね!食べていきなさいよ!」

「〜〜〜〜〜っ、それは有難い事なんだが、もう知ってると思うけど俺は放浪してるから・・もしかしたら明日にでも旅に出るかもしれないんだぞ」

ルルスさんは放浪画家。本人の言うように、もしかしたら明日、もしくは今日にでも旅に出てしまうかもしれない。折角会えたのにもうお別れするなんてイヤ。私は必死に説得内容を考えてみるけど、やっぱりルルスさんは放浪画家が一番いい。夢を奪っちゃいけないよね。そんな私の頭に手を乗せ髪をくしゃくしゃと乱してくるルルスさん。

「そんな悲しい顔をしないでくれ。俺は女の子の泣き顔が一番苦手なんだからな」

わかってる。わかってるけどやっぱり旅に出てほしくない。出来ればずっと一緒に居て欲しい。そして私の歌を聴いて欲しい。そう思うだけで瞳に涙が溜まっていくのがわかる。気が付けば私は泣いていた。離れたくない、一生私の歌を聴いて欲しいと泣き喚いていた。きっと私はルルスさんに初めて会った時に一目惚れをしてたんだ。だからこんなに我侭を言ってしまってるんだ。その日の朝食は塩味しかしなかった・・。



塩辛い朝食を食べ終えた私とルルスさんはいつもの大樹に向かって歩き出す。

「朝食ありがとな・・・。それと、・・まぁ、なんだ。ありがとうな、嬉しかったよ」

「えっ・・。私、何もしてないよ・・。ただ我侭言っただけだし・・・」

「俺には嬉しかったんだよ。今まで近寄ってきたリャナンシー達は俺の画家の腕ばかり褒めてたから・・、あんまり嬉しくなかったんだ。メリンは俺を画家と思わずに接してくれたから・・・、ま〜・・あれだ、 んー・・なんでもない!」

それだけ言うと黙って前を歩き出すルルスさん。そして私は後ろからとことこと付いていく。私達がいつもの大樹に到着するとルルスさんは前と同じように湖を眺めている。私も一緒に湖を眺めてみる。静かに過ぎて行く時間。ただ黙って二人で湖を眺めているだけなのに満足感に包まれていく。聞こえてくるのは枝の揺れる音と湖の魚が水面で跳ねる音だけ。後は時折、風が吹き抜けていくだけ。そんな静寂をルルスさんが破る。

「メリン、すまないがあの時のように泳いでくれないか?」

「え!急に何言うのよ!いきなりそんな「頼む!今だけでいいから泳いでくれないか!」」

真剣な表情で私に泳いで欲しいと懇願するルルスさん。仕方なく私は服を脱ぎ捨て湖に飛び込んだ。ルルスさんは泳ぐ私を真剣な表情で眺めてくる。すごく恥ずかしいけど真剣な顔に気圧され私は泳ぎ続けた。

「お〜〜〜い!そろそろ上がってきてくれないか」

私は言われた通りにずぶ濡れで一矢纏わぬ姿で湖から上がる。

「そこで動かないでくれ。・・・少しだけ、少しだけでいいからそのままで居てくれ」

ルルスさんは私の裸を一心不乱に眺め続ける。本当はすごく恥ずかしい。小さくて控え目な胸も股間の筋も全部見られている。1時間近く見られていたけど私は我慢できた。

「よし!もういいよ。んじゃ、体を拭こうか」

そう言ったルルスさんは小さな鞄からタオルを取り出し私の体を丁寧に拭いていく。優しい手つきで髪から足のつま先まで愛撫するかのように丁寧に優しく拭いてくれる。そして最後に濡れた羽をタオルで包むように撫でながら拭いてくれた。

「それじゃ着替えて帰ろうか」

私は急いで着替えルルスさんと一緒に家に戻る。家に戻った直後、ルルスさんは姉さんにも脱いで欲しいと懇願した。姉さんに至っては"早く私を食べて!"と言わんばかりにポーズまで取っていた。そして私同様に1時間ほど眺め続けたルルスさんは姉さんを軽く抱きしめると「一旦、家に戻る!!」と言って帰ってしまった。残された姉さんは裸のまま呆然と立っている。

「えっ?何?焦らしプレイの一環なの?私このままなの!?抱きしめるだけ抱き締めて放置なの!?」

「とりあえず服着てよリル姉さん」

ルルスさんが帰ってから10日後の明け方、誰かがドアを叩いていた。まだ眠い目をこすりながらドアを開けるとルルスさんが包み紙にくるまれた額に納められた2枚の絵を部屋に持ち込む。

「こんな朝早くにどうしたの〜?」

「世話になった礼をしようと思ってな。それと別れの挨拶に来た」

「・・・・・やっぱり行っちゃうんだね」

「まぁな、俺は放浪画家だから「ちょっと待ちなさい!」何だ!?」

いつのまに起きてたのかリル姉さんが両翼を胸の前で組んで仁王立ちしている。

「ちょっとだけ待ちなさい。今から御弁当を作ってあげるから・・」

それだけを言うとリル姉さんは御弁当を作り始める。私もリル姉さんと一緒に御弁当を作る。

「ねぇ、リル姉さん。姉さんも本当はルルスさんの事が・・」

「・・・・美味しい御弁当を作るわよ、メリン!」

「・・うん!とびっきり美味しいの作ろう!」

これ以上を聞くのは野暮だから私は姉さんの気持ちを優先してあげる。きっと姉さんもルルスさんに一目惚れしてるはずだから。

「さ、これで完成ね!」

樹の皮で作った籠に色取り取りな料理が詰め込まれる。

「メリン、行くわよ」

「どこに行くの?」

「ルルスさんを街の外まで見送るに決まってるじゃない」

「・・・そうだね。ううっ・・見送るんだよね・・」

「ほらほら、こんな所で泣かないの・・」

私と姉さん、そしてルルスさん。三人並んで街の外へと歩いていく。この一歩一歩がとても重く感じる。街の外へ出てしまえばルルスさんには二度と会えない。わかってる・・、わかってるけど、一歩歩くたびに涙が零れていく。とうとう私達は街の門を抜け外へと出てしまった。

「世話になったな。見送りありがとうな」

「また・・・グスッ・・いづが会えるよね・・」

「おいおい、今生の別れみたいに言わないでくれ。生きてりゃその内会えるさ」

「そうね、貴方の事だからひょっこり現れそうな気がするわ」

「リルさん、弁当ありがとな。よく味わって食うからな」

「あんまり此処で長話してると誰かに見つかるわよ。さ、行った行った」

「ああ、じゃあな」

ルルスさんが去っていく。そして初めて会った時のように振りかえらずに後ろ手を振っている。私と姉さんはルルスさんが見えなくなるまで見送った。

「さ、メリン・・。帰りましょう」

「・・・うん」

帰り道、俯きながら歩いていると足元に小さな水滴が落ちる。顔を上げると姉さんは笑顔だったけど瞳には涙が溜まっていた。姉さんもルルスさんの事が好きだったんだ。家に戻り額に納められた絵を二人で見ようと包み紙を破る。

「す、すごい・・。これが私なの・・?」

「メリン・・こっちもすごいわ・・。本当に私なのか疑いたくなっちゃう・・」

一枚は湖の縁にずぶ濡れの姿で立っている裸婦姿の私。控え目な胸も絵に触れるとまるで何か柔らかい膨らみに触れているような錯覚に陥る。体中に纏わりついてる水滴も本当に濡れているんじゃないかと思うほどのリアルさ。そして自然に溶け込むように描かれた私の姿。リル姉さんのほうは見る者に躍動感を与えるほど繊細に描かれた料理中の姉さん。絵に描かれた食材を見てるだけで匂いが漂ってきそうな勘違いをおこしてしまう。もちろんリル姉さんも裸婦だった。姉さんのお尻とか太腿がすごく柔らかそうに感じる・・。それに姉さんの笑顔。こんないい笑顔を描けるなんて信じられない。あの僅か1時間ほど眺めただけでここまですごい絵が描けるなんて。

「メリン。大切にしましょうね」

「うん、一生の宝物にするよ」




ルルスさんが旅に出てから1ヶ月。私の家には毎日行列が出来ている。先日、遊びに来たハーピーの子が私達の絵を見て驚きのあまり皆に喋ってしまったからだ。

「メリンよ!どうか私にこの絵を譲ってもらえないだろうか!金ならいくらでも出そう!もし、この領地が欲しいのならそれでも構わない!頼む!譲ってくれないか!」

「ルリよ。・・・汝が望むなら我の宝を全てやろう。これほど逸品、これから先・・見る事はなかなか叶わないであろう。だからこれを我に譲ってもらえないだろうか」

「きぃ〜〜〜〜〜〜っ!悔しいーーー!!どうして私じゃなくてセイレーンの絵を描くのよーーー!芸術の象徴とも言えるリャナンシーの私じゃなくセイレーンを描くなんてーー!」

領主のヴァンパイアや近くの山に住んでるドラゴン、そして先日ルルスさんに求愛をしたけど見事に撃沈したリャナンシーのフィルミ。ルルスさんの絵に惚れ込んだ人達が連日のように私達の家の前で行列を作る。

「はぁ〜・・・、ルルスさんってば・・とんでもない置き土産をしてくれたわね」

「しょうがないじゃない。あの人、こないだもどこかの街で絵を描いてたらしいけど・・その絵一枚で街一つが買えるぐらいの値段で落札されたらしいし・・」

「それに〜・・、絶対に人物像を描かないって明言してたらしいのに私達の裸婦を描いちゃったから・・」

「あ〜・・メリン、その事なんだけどね。私達の絵って・・・今じゃ国宝に匹敵するほどの価値があるんだって・・」

「「はぁ〜〜〜・・・・」」

姉さんと一緒に溜息が漏れる。それからも毎日続く行列。国宝級の絵を一目見ようと遠い東の地から訪れた者も居た。

















別れたあの日から4年が経った。今でも私達の家の前には行列が続いている。4年経った今では玄関の前に警備兵のリザードマンが立っている状況。あの日からルルスさんは腕を上げ、名声を轟かせ絵画界にその人有りと言われている。そして、その4年間、一度も人物像を描かなかったので益々私達の絵の価値は上がっていく一方だった。

「私は・・絵よりもルルスさんが近くに居てくれるだけで嬉しいのに・・」

「そうね、…今頃どこで何をしてるのかしら?」

そんな事をぼんやりと考えていると外が一気に騒がしくなった。外から悲鳴に近い黄色い声も聞こえる。驚きながらもそっとドアを開けると目の前に懐かしい顔があった。

「よ、ただいま!今帰ってきたぞ」

「あ・・・ああ・・夢じゃ・・夢じゃないよね・・。本当にルルスさんなのね・・」

「おかえりなさい・・、ルルスさん。本当に・・おかえ・・り・・なさ・・・い」

姉さんと私の頬に伝う涙。最後に流した悲しみの涙から一切泣かなかった私達だったけど、この日だけは4年間もの間ずっと溜め込んだ涙を解放した。

「泣いてる所を悪いんだけど・・・、二人に受け取って欲しい物があるんだ」

ルルスさんが2つのチョーカーを私達の首に巻く。チョーカーの中心にはダイヤをあしらった小さな指輪が埋め込まれていた。

「いきなりで悪いんだけど・・。リルさん、メリンさん・・俺と結婚してくれ!!」

「「・・・・・・・」」

「・・・ダメか。やはり4年間も音沙汰無しじゃ・・もう脈は無いよな・・」

「「よよよよよよよよ・・・」」

「よよよ?」

「「喜んで!!」」

外では黄色い悲鳴と絶望の悲鳴が飛び交う。絶望の悲鳴はきっとリャナンシー達だと思う。

「よっしゃああああ!今から教会行くぜ!」

「ええええええっ!今すぐなの!?」

「ちょっと待ってよ!そんなに羽を引っ張らないでーー!」

姉さんと私はルルスさんに羽を掴まれ行列の真ん中を突っ切っていく。後ろからは祝福の言葉が投げ掛けられてくる。4年間もの片思いがこんな形で成就するなんて思ってもみなかったけど、これから先の人生を姉さんと私、そして最愛のルルスさんと一緒に歩めるなんて。

「三人一緒に幸せになろうな!」

「「もちろん!」」


13/07/02 21:17更新 / ぷいぷい

■作者メッセージ
お久しぶりです。グダグダSS大好きなぷいぷいです。
チャット内にてアンノウン様からのリクエスト要望に応える為、ヘボい内容ですがセイレーンちゃんSSを書かせていただきました。

次こそはパーラーDE☆A☆Iを更新させようかと・・。

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